ゴジラ vs 大仏   作:外清内ダク

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巻の四、ガヅラvs大仏

 乙未(きのとひつじ)。此の夜、空中に声あり、大鼓の如し。野雉相驚き地大きに震動す。呉爾羅(がづら)、真木山より新京へ至り、虐すること甚だし。延焼数千余町。すなわち仰山の背、伊賀、近江等の国、之を撲滅せんとす。兵およそ三千人、甲賀宮より出でて射ること一万矢、不滅(めっせず)盧舍那大仏像(るしゃなだいぶつぞう)未だ成らざるも、開眼を始む――

 

(現代語訳)

 乙未の日(天平17年/西暦745年4月8日)、この夜、空中に太鼓のような音がした。野の雉が驚き騒ぎ、大地は激しく振動した。ガヅラは真木山(現在の三重県伊賀市槙山)から甲賀京(こうかのみや)に至り、甚大な被害をもたらした。数千ヘクタール余りの土地が火事で焼かれた。すぐに多くの男、伊賀、近江などの国がこれを撲滅しようとした。およそ三千人の兵が甲賀京から現れて、矢を射かけること一万発にも及んだが、倒すことはできなかった。盧舍那大仏像はまだ完成していなかったが、やむを得ず開眼を始めた――

(「真日本紀」より抜粋)

 

 

 ガヅラは甲賀京に迫り、迎え討つ軍団は壊滅の危機に瀕していた。

 矢はとめどなく射込まれ、剣戟襖のごとく突き立てられたが、ガヅラは意にも介さなかった。

 爛々と炎めいて揺れる目で足元の小さな者たちを見下ろし、無造作に蹴り潰し、引き千切り、十名余をひと口に噛み砕いた。

 

 軍団は恐慌を起こした。

 もはや歴戦の将“式家”宇合といえども、これを御すること能わず。

 一人逃げれば皆が逃げ出す。

 暴れ狂うガヅラを前に、軍団は潰走した。

 

 

 帝、その有様を眺め見てのたまわく、

「何たること。正しく荒神。ひとの及ぶところに非ず――」

 

 その玉音を聞きつけたわけもあるまいに、ガヅラ、紫香楽宮の帝をまっすぐに睨み、低くうなりを漏らした。

 

 ――そこか。

 

 ぞっ、と、その場の誰もが背筋凍る恐怖を覚えた。

 ガヅラの声を聞いたかに思われたのだ。

 

 ガヅラが走った。

 宮殿へ、帝のもとへ。

 

 高野姫、帝にしがみつきて申すよう、

「ちちうえさま! お逃げを!」

 

 帝。

「逃げてどうなる。朕は帝なり!」

 

 

 と、そのとき。

 

 山合より滑り降り、空裂き地鳴らせ駆け参ず者あり。

 走るは風の如く、勢い滝の如く、憤怒に固めた右の拳を、ガヅラの頬に叩き込む。

 

 ガヅラは雷音さながら悲鳴を上げて、横倒しに倒れ伏した。

 

 幾千の篝火、燃えあがる京の炎が、救いの主を浮かび上がらせる。

 山そのものの如き体躯をした、怒れる仏の姿がそこにあった。

 

 

 帝以下、百官千兵みな歓声に喉を震わせ、佇む大仏に平伏し、合掌した。

 

 帝。

「南無盧舍那仏、願わくばこの苦難より万民を救い給え!」

 

 

  *

 

 

 一方、甲賀寺、大仏開眼供養の祭壇にて。

 

 口々に呪を唱える僧侶たちの中心で、吉備真備は額に汗を浮かべていた。

 やがて小さく呻くや、鼻から一筋の血を垂らした。

 

 橘諸兄、駆けつけて曰く、

「どうした? しっかりしろ!」

 

 吉備真備、青ざめた面で、

「大丈夫……大丈夫」

 

 

 吉備真備が唱えている呪文は、遠く天竺から唐国にもたらされたという霊験あらたかなもの。

 仏の像に、人々の信心を込めて、自ら動く仏の化身と化す恐るべき術である。

 それだけに、扱うには生半ならぬ消耗を強いられる

 無理をすれば命にも関わろう。

 

 しかし、今は吉備真備に頼るしかない。

 ガヅラを調伏しきるまでは。

 故に、鈴鹿王は無言であった。今はただ、任せるのみ。

 

 橘諸兄は、吉備真備の肩を撫でた。

「がんばれ。

 やつを倒したら大いに遊ぼうじゃないか。

 いい女、旨い酒、いくらでも用意してあるぞ」

 

 吉備真備。

「姫さま……」

 

「ん?」

 

「姫さま。教えたい、真名(かんじ)。唐国の学」

 

「ははあん、惚れたな?

 いいとも、都合してやる。救国の英雄には誰も文句言わないさ!」

 

 

  *

 

 

 ガヅラが立った。

 吠えた。

 大仏めがけ飛びかかった。

 巨大な爪が、大樹の脚が、鉄鞭の尾が、仏を散々に打ちのめした。

 

 だが大仏は一歩も退かぬ。

 叩きつけられた尾を、両腕にしっかと受け止めて、捻り、投げ飛ばし、捩じ伏せる。

 

 響く轟音、渦巻く砂塵。人々がわめいて逃げ散ってゆく。

 大仏はのし歩き、ガヅラの上に馬乗りになる。

 そして、重々しい青金の拳を、ガヅラの脳天に打ち下ろした。

 

 夜の闇を引き裂くかのような鉄火が閃き、ガヅラの絶叫が木霊した。

 

 

  *

 

 

 楊貴妃、遠巻きに戦況を見ていたが、にやり笑っていう事には、

「ふーん。日本人もなかなかやるなあ。

 これなら般若心経(わたしたち)の出番はなかったかもね……」

 

 だが、高僧のひとりが、ガヅラを指差し、わめいた。

「いいえ! ご覧下さい、あれを!」

 

 

  *

 

 

 大仏が、とどめの一撃を振り下ろさんとした、その時であった。

 

 にわかにガヅラ、あぎとを開き、喉の奥から、灼熱の炎を吐き出した。

 火に巻かれ、大仏がのけぞりよろめく。

 と、そこへ、青白い閃光が襲いかかった。

 

 ガヅラの口から吐き出された炎は、収束し、色を変え、青々しき光の槍の如くなって――

 ひと薙ぎ。

 京と、軍と、背後の山もろともに、大仏の胴を薙ぎ払った!

 

 

 じゃ、と。

 熱した鉄を水に浸けたかのような音がして。

 

 次の瞬間、全てが爆裂、炎に飲まれて消し飛んだ。

 

 

 帝。

「な!?」

 

“南家”武智麻呂。

「なんだ、あれは!?」

 

 鈴鹿王。

「大仏がっ……」

 

 吉備真備。

 無言にて倒れる。

 

 橘諸兄。

「しっかりしろ、真備っ!」

 

“北家”房前。

「これまでかっ……」

 

 高野姫。

「ちちうえさま! お逃げを!」

 

“式家”宇合。

 死亡。

 

“京家”麻呂。

 死亡。

 

 靫負府(ゆげいのつかさ)衛士府(えじふ)兵衛府(つわものとねり)、および慈賀(しが)軍団。

 全滅。

 

 京の民。

 死したるもの、数え切れず。

 

 そして、大仏。

 真っ二つに両断され、なおも、なおも立ち上がらんと藻掻いていた……が。

 ガヅラの脚が、青金の体を、圧し潰した。

 

 

 京は、地獄と化した。

 

 

  *

 

 

 ガヅラは怒り狂い、光の槍を、撃って、撃って、撃ちまくった。

 寺が消えた。

 宮殿が消えた。

 林も、森も。山さえ、ふたつ、この世から消えた。

 

 生き残った者達は、ただ逃げるしか無かったが、一体どこに逃げればよいというのだろう。

 狂乱の中に散りゆく人々に、ガヅラは容赦なく槍を打ち込んだ。

 

 

“南家”武智麻呂。

 死亡。

 

“北家”房前。

 死亡。

 これにて、藤原四兄弟、全滅。

 

 橘諸兄が弟、橘佐為(たちばなのさい)

 死亡。

 

 中納言、多治比縣守(たじひのあがたもり)

 死亡。

 

 

 そして、日本(やまと)が第四十五代、聖武の帝。

 崩御。

 

 後に(おくりな)して、天璽国押開(あめしるしくにおしはらき)豊桜彦天皇(とよさくらひこのすめらみこと)とぞ号す――

 

 

  *

 

 

 鈴鹿王、彼は。

 ただ、逃げることしかでかなかった。

 戦い抜くことも、死ぬことも。

 為すべきことを為すこともできぬまま、走り、走り、走り、逃げた――

 

 ふと、彼は背後に咆哮を聞いた。

 もはや生きるものひとつない地獄の只中で、今なお暴れ狂う、神の声を。

 

 ――呉爾羅(がづら)

 

呉爾羅(がづら)ァァ―――――ッ!!」

 

 

 

 

つづく。

 




 冒頭の歴史書引用風の部分ですが、もともとは漢文、書き下し文、現代語訳の3パターンを書いたのですが、さすがに3度の繰り返しはくどいかと思い、漢文バージョンは削除いたしました。
 が、せっかく作ったのにもったいないとも思いましたので、ここに記しておきます。


 乙未。此夜空中有声、如大鼓。野雉相驚地大震動。呉爾羅於真木山至新京、甚虐。延焼数百余町。即仰山背伊賀近江等国、撲滅之。兵度三千人、於甲賀宮出射一万矢、不滅。盧舍那大仏像未成、始開眼。

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