ゴジラ vs 大仏   作:外清内ダク

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巻の七、決戦、平城二条大路(前編)

 

 

 平城京、二条大路東端、東大寺。

 仮設呉爾羅(がづら)対策指令室にて。

 

 舎人(とねり)(衛兵)ども、姫天皇の御前にひざまずきて曰く、

「ガヅラ、紫香楽宮跡より南下!

 伊賀上野において転進、泉川沿いに平城京(ならのみやこ)方面へ接近中!」

「到達予想時刻は、今、夜半!」

 

 

 橘諸兄、舌なめずりなどして曰く、

「……来たな大将ォ!

 

 泉川防衛線の鈴鹿に通達!

 全軍を予定位置に展開、作戦準備を開始せよ、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

 

 下知を下す橘諸兄の背後。

 高野姫天皇は、高御座にて(じっ)と背筋を伸ばし、鎮座ましましていた。

 だが、その手は小刻みに震えている。

 震えが、止まらぬのだ。

 

 そのとき隣に、院のかたが膝を突きて寄り添い、姫天皇の手をそっと包んだ。

 その手の温もりが、骨の髄にまで染み込んだ凍気を、ひととき温ませてくれた。

 

 姫天皇は院を見つめ、頷いた。

 そしてすぐさま、姫は、帝そのものの如く、静かに威儀を正したのであった。

 

 

  *

 

 

 平城京の北、泉川河岸にて。

 

 大伴家持、陣の中にありて、満天の星空に流るる天の川を東に眺め観て、詠める。

 

 

  (かささぎ)の 渡せる橋に 置く霜の

       白きを見れば 夜ぞ更けにける

 

 

 鈴鹿王は、大伴家持のそばで、氷像の如く立ち尽くし、東を睨んでいた。

 もうじきだ。もうじき、ガヅラがあの山間から現れる。

「こんなときにも詩歌とは。

 余裕だな、大伴どの」

 

 大伴家持、くすりと微笑み、

「こんな時だから詠うのよ。

 それが(みやび)の心意気」

 よく見れば、彼の額には、この寒さだというに玉の汗が浮かんでいるのだった。

 

 

 そこで何か思い立ったのか、鈴鹿王、天を仰ぎ見て、歌を詠まんとした。

 ……が、しばらくして、

「やめた。

 私は目の前の仕事をしよう。

 それが、私の歌なのだ」

 

 大伴家持、頷きて、

「そうね。

 とっても、すてきな歌よ」

 

 

 と、不意に。

 

 腹を底から突き上げるかのような、恐るべき地鳴りが届いた。

 金切声が夜に響く。

「ガヅラ到達! ガヅラ来ます!」

 

 そのとき、山の向こうに浮かんだ影が、星空すべてを塞いで立って、漆の黒に塗り込めた。

 ガヅラ。

 

 鈴鹿王、吠えた。

呉爾羅(がづら)調伏ガ號作戦!! 開始!!」

 

 

  *

 

 

「作戦開始!」

「作戦開始了解。

 左右衛士府、弓手一斉射。放て!」

 

 ガヅラの左右を挟む山から、無数の鉄矢が飛翔した。

 その全てがガヅラの顔一点を叩く。

 弾かれ、弾かれ、それでも執拗に叩き続ける。

 一矢一矢は雨だれの如きもの、されど一つに集まれば、雨だれとても石穿つ。

 

 ついにガヅラ、一声呻き、口の中に青白い光を灯した。

 

「攻撃中止! 退避!」

 

 閃光ほとばしり、左を、右を、山を焼く。

 しかしそのとき、すでに衛士は、背後に掘っておいた深い壕へ逃げ込んだ後。

 光線は、ただ空しく木々のみを薙ぎ払う。

 

 そこへ、

「第2陣、大和、河内両団! 撃てーっ!」

 別方向の別動隊から、ふたたび鉄の雨が降り注ぐ。

 

 ガヅラ、すぐさま光線をそちらへ向ける。

 だが今度はまた別の場所から、いや、壕から這い出た第一陣さえもが、代わる代わるに休むことなく矢を浴びせる。

 

 止むことのない猛攻に、ガヅラは怒った。

 大きに吠えた。

 木々は震えあがり、山は凍り付き、星々さえもが雲間に逃げた。

 それでも矢の雨は尽きることなし。

 ガヅラ、怒り狂い、また矢から逃げんとして、谷から平地へと疾走する。

 

 そのとき、

「予定地点、到達!」

 ガヅラの踏み締めた大地が、抜けた。

 

 あらかじめガヅラの進路を予想し、大きな落とし穴を掘り、その上を材木と葉、そして少々の土で覆い隠していたのである。

 落とし穴とはいえ、ガヅラにとっては膝までの深さでしかない。

 それでも、全力疾走してきたガヅラの足をすくうには充分。

 

 ガヅラ、その巨大な体があだとなり、なすすべもなく転び倒れた。

 そこへ、

 

「剣戟隊突撃!」

 数百の兵が一斉群がり、力の限り刃を叩き込み、

「離脱!」

 即座に転進、逃げ出していく。

 

「続いて破城槌隊! 行け!」

 破城槌、といっても、城壁を持たぬ当時の日本(やまと)に、そのような武器は存在しない。

 これは唐国の文献を元に、日本中から集めた寺社の撞木(釣鐘をつく丸太棒)で作った間に合わせの品。

 とはいえ威力は目を見張るものであった。

 

 大勢の力士たちに、勢いよく槌を叩き込まれ、さしものガヅラも悲鳴を上げた。

 

 ――このままいけるか!?

 

 などと思ったのも束の間。

 ガヅラが倒れたまま、大地を撫でるが如く光線を放った。

 青の光が陣をひと薙ぎ。

 土を抉って堀と為し、軍を蒸発させ白煙と為し、反対へ(こうべ)を廻らして、陣の三つを灰燼と為す。

 

「逃げろ! 逃げろ逃げろっ! 逃げっ……」

 声さえもまた、涅槃に溶け消えた。

 

 

 戦場見下ろす丘の上、鈴鹿王は歯噛みして、

「楊貴妃タイミング遅いぞ!

 何やってんの!」

 

 

  *

 

 

 別の山頂、楊貴妃は唐、天竺の高僧引き従えて、

「今やってるでしょ日本人(リーベンレン)!」

 

 ――羯諦羯諦(ギャーテーギャーテー) 波羅羯諦(ハラギャーテー)

   波羅僧羯諦(ハラソウギャーテー) 菩提薩婆訶(ボーディソワカ)――

 

「般若心経砲! てーっ!!」

 

 

  *

 

 

 高僧たちの読経に応え、山頂より仏の威光が、白き光線となってガヅラを襲った。

 

 般若シン経ではない、その抜粋の意訳の要約に過ぎない般若心経。

 それとて名だたる高僧の手にかかれば、功徳(はかいりょく)は測り知れぬものとなる。

 

 ……が。

 それでもガヅラ相手には足りぬ。

 

 

 ガヅラ、怒りを籠めて立ち上がり、蠅でも払うかの如く般若心経砲を払いのけ、一閃、破壊の青炎を撃ち返した。

 

 楊貴妃、高僧たちと団子になって、大慌てで壕に転がり込み、

「きゃああー!

 やっぱ(マガダ)の時より強いィー!」

 

 

 ガヅラの熱線は、今や無差別に辺りを暴れ狂っていた。

 川が裂け、流れを変えた。

 山が崩れ、ふたつとなった。

 人々は散り、恐れおののき身を潜めるしかなかった。

 

 

  *

 

 

 一方。

 鈴鹿王は、数えていた。

「56、57、58……59、60……」

 

 ガヅラが光線を放っている時間を、だ。

 

 かつて甲賀京が襲われたとき、好き勝手に暴れまわったガヅラは、あるとき突然動きを止めた。

 何故か?

 

 目的を達したから?

 破壊に飽いたから?

 どちらも正解とは言いがたい。

 

 阿倍仲麻呂の目的は朝廷への復讐。

 聖武天皇が崩御すれば、高野姫が新たな帝となることは明白。

 中途半端に活動を停止する理由はないはず。

 

 となれば答えは一つ。

 ()()使()()()()()()()()

 

 鈴鹿王は鮮明に覚えている。

 あの日のガヅラの暴れるさまを。

 ゆえに今でも目の前のことのように思い出せる。

 奴が光線を放つことができる、()()()()を。

 

「……62!」

 

 ガヅラの熱線が、止まった。

 

 

「今だ!

 大盧舎那仏像改二号仏、開眼(リフト・オフ)!!」

 

 

  *

 

 

 東大寺、大仏殿、吉備真備、絶叫。

「動け大仏―――――ッ!!」

 

 大きなる仏、蓮弁の台座より動き、大仏殿の屋根をば打ち割り、雄々しく立ちて、地を踏み締めて、壁、柱などかなぐり捨てて、一目、呉爾羅(がづら)を見据え給うた。

 

 ガヅラもまた、仏を睨んだ。

 これぞ我が最大の敵なりと。

 

 ガヅラ、走った。

 大仏、応じた。

 

 

 今、平城二条大路に、二つの巨影が激突した!

 

 

 

 

つづく。


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