ゴジラ vs 大仏   作:外清内ダク

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巻の八、決戦、平城二条大路(後編)

 

 平城京、二条大路、東大寺前。

 

 都の皆人、不安に駆られ、あるいは道に、あるいは屋根に、各々這い出で、揃って首を持ち上げた。

 千々に潰走したはずの衛士どもも。

 寺に詰めた文官、僧たちも。

 そして、高野の姫天皇も。

 

 誰もが見上げた。見つめた。見守った。

 固唾を呑んで、拳握って、その光景を目に焼き付けた。

 燃える山々を背景に、真正面からぶつかり合う、ガヅラと大仏の一騎打ち。

 

 

 ――破壊神と仏の、最終決戦を。

 

 

  *

 

 

 やおら、ガヅラが跳びつき、仏の喉元に牙突き立てた。

 恐るべき破壊力。青金製の大仏が、にわかに軋み、小さなひび割れさえ走らせる。

 仏、隆々たる両腕にてガヅラの首を締め上げて、渾身の力で引き剥がさんとした。

 

 が、その側頭部を、ガヅラの尾がしたたか鞭打った。

 

 大仏の巨体が二十尋(36m)ばかりも吹き飛ばされて、都の建物を薙ぎ倒しながら落着する。

 ガヅラは容赦なくその後を追い、走り、飛び、全体重を乗せて、大仏を真上から踏みつけた。

 

 何十もの梵鐘を一挙に打ち鳴らしたかの如き轟音。

 嵐さながらに舞い上がる砂埃。

 都の人々、哀しみ嘆き、その悲鳴は天に渦巻き上る。

 

 ガヅラ、すうと目を細め、足元の獲物にとどめを刺さんとあぎとを広げ――

 

 次の瞬間、ガヅラの口中に、青金の拳がめり込んだ。

 

 仏、震え、よろめき、苦しげに体を軋ませながら、それでもガヅラを押し上げ立ち上がり。

 咆哮とともに二条大路を疾走。

 門ぶち破り、寺を突き抜け、その向こうの山肌に、ガヅラの巨体を叩き付けた。

 

 ガヅラの悲鳴が夜をつんざく。

 間髪入れず仏が殴る。殴る。さらに殴る。

 息つく暇さえ与えずに、拳がガヅラを滅多打ちにする。

 

 

 そのとき。

 

 

 ガヅラの腕が、足が、胸が、背が、全身の鱗がぱくりと裂けた。

 下からのぞくガヅラの素肌に、青白い恐怖の光が灯る。

 

 

  *

 

 

 姫天皇。

「あれは!?」

 

 橘諸兄。

「まずいっ……陛下伏せてっ!!」

 

 

  *

 

 

 轟!!

 

 

 ガヅラの全身から、ありとあらゆる方角めがけて光の槍がほとばしった!

 

 熱線の全方位無差別放射。

 何人にも生存を許さぬ、純然たる破壊の焔。

 

 ただその一撃によって――広大な平城京の半分が、火の海と化したのである。

 

 

  *

 

 

 都に馳せ戻った鈴鹿王は、崩壊した呉爾羅(がづら)対策指令室に駆けつけ、避難する姫天皇らと合流した。

 人数が全く足りぬ。また数えきれぬ人々が犠牲になったのだ。

 

 だが、姫天皇も、院も、橘諸兄も、吉備真備の顔もある。

 鈴鹿王はひとまず安堵の溜息をついた。

 ついてすぐに、安堵している場合ではないと、自ら唇を噛み締めた。

 

 

 山裾をみやれば、そこに、奴の姿がある。

 

 黒鉄の鱗は、ぼろぼろに剥がれ落ちている。

 その下からは、あの光の槍をもたらす膨大な熱が、垂れ流しにされていた。

 今や呉爾羅(がづら)は、全身を、青白くまばゆい焔に包まれて……

 

 ……巨人。

 そう。

 まさに焔の巨人とでもいうべき威容を、夜に浮かび上がらせていたのである。

 

 

 焔の巨人が、一歩、歩いた。

 都へ向かって。

 

 と。

 焔の巨人が、こちらを向いた。

 姫天皇の姿を認めたのだ。

 

 巨人の焔が揺らぎ、膨らみ、弾けるかのように燃え盛り、青の灯となってガヅラの皮膚に収束する。

 無差別放射が来る、もう一度。

 

 

「もう……おしまいだ」

 誰かが呆然と囁いた。

 

 だが、鈴鹿王は姫天皇の前に立ち塞がり、堂々と巨人を仰ぎ見て、曰く、

「いいや。ここからが本番だ!」

 

 

  *

 

 

 ガヅラの全身から破壊の焔が放射された、その瞬間、都を庇うかのように金色の影が立ちはだかった。

 他あろう、大仏である。

 

 ガヅラが放つ光の槍を、しかし大仏はその全身で受け止め、弾き、跳ね返していく。

 

 

「すごい! どうして!?」

 

 誰かの叫びを耳にして、鈴鹿王。

「改二号仏の表面に金鍍金(めっき)を施しておいたのだ。

 金は、ガヅラの光線を弾き返すことができる!」

 

 これは甲賀京跡の治安維持にあたっていた、滋賀軍団のひとびとが発見したことだった。

 甲賀京には、無人となった後、空き巣狙いの盗賊が跋扈した。

 というのも、都の各所には、いくつもの金製品が、そのままの形で残されていたからである。

 ガヅラの光線による絨毯爆撃を受けたにもかかわらず、だ。

 

 この報告を受けた鈴鹿王は、ガヅラの光線は金で防げるのだと推理した。

 そこで、改二号仏の建立時には、莫大な量の金と()(水銀)用いて鍍金を施したのだ。

 

 

 ここまでは狙い通り。

 だが、鍍金は薄いもの。

 たとえ表面で光線は防げても、中の本体は長くもつまい。

 

 

 鈴鹿王、姫天皇を振り向き奏す。

「陛下。祈りましょう」

 

「祈り……じゃと?」

 

「我々はかつて、誤りを犯しました。

 大仏は、ヒトの造りしもの。

 造った我々の心を写す、鏡の如きもの――

 

 陛下と同じ。

 日本(やまと)の体現者にございます。

 

 我らは囚われていました。

 呉爾羅(がづら)に対する憎しみに。

 このままでは、大仏は、その御心を――慈悲を発揮できませぬ」

 

 

 姫天皇。威勢よく頷きてのたまわく、

「あいわかった。

 ものども、共に祈ろうぞ。

 

 南無盧舎那仏、救い給え!

 ()()()()()()を救い給え!!」

 

 

  *

 

 

 そのとき、ガヅラの光線を浴び続けていた大仏の、両の瞳が赤光を放った。

 

 ――ガヅラよ。

   聞こえますか、ガヅラよ――

 

 

「なんだ、今のは?」

 誰かが呆然と呟いた。

「まさか、仏が……」

「喋った……!?」

 

 

 ――私は今、あなたの心に語り掛けています。

   ガヅラ、私の話をお聞きなさい――

 

 ガヅラ、咆哮。

 焔を纏った腕で、大仏の首を締め上げる。

 

 が、

 

 ――話を――

 

 大仏、ガヅラを捻じ伏せて、

 

 ――聞きなさいッ!!

 

 そのまま地面に投げ倒した。

 

 

 ガヅラはグルグルと唸りながら身を起こした。

 その前に、大仏は静かに座禅を組む。

 途端、大仏の全身から黄金の光が放たれた。

 ガヅラ、たじろぎ、呆気にとられ、目を細めて仏を睨むばかり。

 

 

 ――ガヅラ。

   私には伝わってきます。あなたの深い深い悲しみと怒りが。

   狂おしいまでの激情。焔の如き心の暴威。

 

   されどガヅラよ。考えてごらんなさい。

   そも、怒りとはなんでしょうか。

 

   ごらんなさい、この都を。

   多くの建物が並び、人々が溢れ、天子(いま)して、ここは都となりました。

   ですが、あなたの焔で焼かれた今、はたしてここが都と呼べましょうや?――

 

 いつのまにか、ガヅラは仏の前に立ち尽くし、じっとその言葉に耳を傾けているかに見えた。

 そう、ガヅラには言葉が通じるのだ。

 かつて誰もが耳にしたではないか。

 甲賀京で、帝を見つけたときの、暗い喜びに満ちたあの声を。

 

 ――今はまだ、都と呼んでもよいでしょう。

   しかし、もっとここが破壊されれば?

   もっともっと建物が壊れ、人が少なくなれば、ここは都ではなくなりましょう。

 

   つまり、都は建物ではありませぬ。人でもありませぬ。

   ただ人々が、ここを都と思う、その思いに因ってここは都であるのです。

 

   万物みなこれに同じ。

   人の思いが、その存在を認めるのみ。

   色すなわちこれ空、空すなわちこれ色。

 

   あなたの怒りもまた然り。

   あなた自身の思いが、その尽きることない破壊の焔を生んでいるのです。

 

   さあ、ガヅラよ。心を鎮めなさい。

   私があなたを導きましょう――

 

 

 ガヅラは、長く長く、苦しげに吠えた。

 焔はいや増して、天を飲みこまんばかりに燃え盛った。

 

 大仏がじりじりと焼けていく。

 その金色の光さえ、焔に焦がされ煤けていく。

 

 

 と、そのとき。

 ガヅラのいと恐ろしげなる咆哮の裡に、人々は魂の叫びを聞いた。

 ――作麼生(そもさん)

 

 仏、朗々とこれに応えた。

 ――説破(せっぱ)

 

 

 ガヅラ、指にて丸を作りて、

 ――天地の間は!

 

 仏、両腕で大丸を描き、

 ――大海の如し!

 

 ガヅラ、十本指を突き出し、

 ――十方世界は!

 

 仏、五本指もて応じ、

 ――五戒で保つ!

 

 さらにガヅラは指三本にて、

 ――三尊の弥陀は!

 

 終に仏は目元を押さえた。

 ――目の下にあり!!

 

 

 その瞬間のこと、であった。

 ガヅラが一声、ひときわ甲高く哭くや、その体が自らの放つ焔によって融けだした。

 焔はガヅラ自身を焚きつけに、燃え上がり、青から赤へと転じて、天へ、星空の中へ、柱となって駆け上っていく。

 

 遥か天上にて焔の柱は横に弾け、十字を描き、しばし美しく空を染め上げると――やがて、潰えた。

 

 

 そして後には、深い深い静寂が残された。

 誰もが、目の前で起きた出来事を飲みこめずにいた。

 が、ただひとり。

 鈴鹿王が、戦場の跡をつぶさに見て、姫天皇の御前にひざまずきて申すよう、

 

「――ガヅラ、完全に沈黙しました。

 

 我々の勝利です!」

 

 

 歓声を上げる人々。

 抱き合って飛び上がる姫天皇と院。

 ただ疲れ果てて座り込む橘諸兄と吉備真備。

 彼らを祝福するかのように、空に朝日が昇り始めた。

 

 日が、白く染め上げる。

 喜びに湧きかえる、日本(ひのもと)の大地を――

 

 

 

 

つづく。


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