「えー、授業を終える前に……オルコットからお前たちに言いたいことがあるそうだ。では、オルコット」
「はい。ありがとうございます、織斑先生」
セシリアは座席を立ち、教壇へと歩を進める。
クラス代表決定戦が終わった次の日。
一夏たちが授業を受けている一年一組の時計の針は、授業終了五分前を指していた。
教壇に立ったセシリアは、クラスメイトに向かい合う。
「先日、皆さんに不適切な言葉を発してしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした」
セシリアは真っ直ぐな声で謝罪し、頭を下げる。一週間前のセシリアの言動を見ていたクラスメイトたちも、彼女の誠心誠意な態度に驚く。そのセシリアの姿勢からは、心の底から彼女が反省していることが感じ取れる。
「まぁ……誰しも間違いは起こしてしまうものだ。皆も今回のオルコットの件は目を瞑り、改めて仲を深めてほしい」
千冬はそう言い、セシリアに座席に戻るよう促す。そして千冬は真耶に引き継いだ。
「はい、では昨日の試合の結果から、クラス代表が決定しました!ということで─────」
◇
「ということで、織斑君のクラス代表就任を祝って、乾杯!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
夜八時。
一年一組は食堂を借りて、一夏のクラス代表就任パーティを開いていた。
一同は早速お菓子の袋やジュースの蓋を開けていき、会場は大きく盛り上がっていた。
そんななか、一夏だけ腑に落ちない顔をしていた。
「というか、何で俺なんだ?勝ったのはオルコットさんとマリアだろ?」
「それは私が辞退したからですわ」
「辞退?」
一夏はセシリアの方を見る。
「ええ。今回の試合、私は代表候補生という座に慢心していました。形式的には一夏さんに勝ちましたが、私としては反省しなければならない内容でした。そこで、ここは初心にかえるべきという意味でも、クラス代表を辞退することにしたのですわ」
「そうなのか?勝ちは勝ちで良いと思うが……じゃあ、マリアはどうして?」
一夏がマリアに聞くと、マリアは飲んでいたジュースを口から離す。
「私はセシリアとの試合で自分のISを壊してしまったからな。クラスの役には立てないよ。それに、なんとなくだが、こういう役目は私より一夏の方が適任だろう」
「いや〜、セシリアとマリアさん、分かってるね〜」
谷本癒子がうんうんと頷きながら言う。
その他のクラスメイトも、折角男子がいるんだから持ち上げるべきだと笑顔で話す。
一方、一夏の隣に座っている箒は少し不機嫌な顔をしていた。
「人気者だな、一夏」
「そう思うか……?」
「ふん」
「なんでそんなに機嫌が悪いんだよ……」
一夏が大勢の女子からチヤホヤされることを、面白く思わない箒。そんな箒を見て、一夏も溜息を吐く。
一方、マリアは一人黙々とジュースやお菓子をつまんでいた。
(美味いな………)
マリアは殆どお菓子を食べたことがなかった。記憶にあるのは、ケーキがあったくらいだが、そのケーキも殆ど食べたことがない気がする。況してやジュースなども初めて目にしたため、マリアはこんなに美味しい物に出会えたことに密かに感動を覚えていた。
特に気に入ったのは、ビスケットにチョコレートが塗られたお菓子だ。
今度このお菓子を買って、夜にこっそり食べようと密かに決めたマリアの元に、二人の少女が現れた。
「ほほ〜〜。マリリンはチョコビスケットがお気に召したようですな〜〜」
のっぺりとしたその声の主は、袖が深々の制服を着た布仏本音だった。
「本音か」
「おお〜、マリリン!まだ話したこと無かったのに、私の名前を覚えてくれていたんだね〜〜」
「まぁな。それより、その『マリリン』とは私のことか?」
「そうだよ〜。マリアだからマリリン〜〜」
「ふふ、なんだそれは」
マリアは少し微笑む。
「マ、マリアさんが笑ってくれた……」
そう言ったのは、本音の隣にいたショートカットの少女。髪の両側にヘアピンを付けていた。
「君は、静寐か?」
「う、うん!鷹月静寐だよ!よろしくね!」
マリアにいつの間にか名前を覚えてくれていた静寐は、照れながら笑顔になる。
「しずねん、あ、もちろん私もだけど、ずっとマリリンと仲良くしたかったんだよ〜〜。でも、セッシーとの出来事を見てから、ちょっと話しかけづらかったんだ〜〜」
マリアはセシリアとの事を思い出す。
恐らく、セシリアに殺気を放ってしまった時の事を言っているのだろう。
「あの時は、皆に迷惑を掛けてしまったな。すまなかった」
「ううん、いいんだよ。マリアさんもセシリアと仲良くなれたみたいだし!」
静寐は全然気にしてないとマリアに言った。
マリアは二人に素直に感謝した。
「ね、ねぇマリアさん、もし良ければ私たちと一緒に写真撮らない?」
静寐はそう言って、ポケットの中から自分のスマートフォンを取り出す。
「ああ、いいぞ」
「本当⁉︎ありがとう!」
「おお〜しずねん、ナイスアイディア〜〜」
袖をフリフリと振る本音。
静寐と本音はマリアを挟むようにしてくっつき、静寐がスマートフォンを持つ手を少し上げて、自撮りの要領でカメラを構える。
「はい、チーズ」
マリアはこういう誰かとの写真を撮ったことはないため(入学前の書類に添付するための写真は千冬に撮られた気もするが)、どのような顔をすれば良いのか分からず、分からない内にシャッター音は切られていた。
「おお〜〜、綺麗に撮れたね〜〜」
本音が静寐の撮った写真を覗き込んでいる。
静寐も満足そうな表情をしていた。
「マリアさん、ありがとう!」
「ああ」
「いや〜〜、マリリンと一緒に写真を撮るという偉業をついに達成出来たんだね〜〜」
本音は何故か、しみじみとした表情で頷いている。
「大袈裟だな」
「知らないの?マリアさん、一年生の間で凄く人気なんだよ?」
「私が?人気なのは一夏だろう?」
想像もしなかったことを言われ、マリアは驚く。
「一夏くんも勿論だけど……マリアさんの評判って凄いんだよ。容姿端麗で、髪も綺麗で何処か神秘的で、でも戦う時は凄く強くて……」
マリアは、聞いてて恥ずかしくなる。
「そんなこと、考えたことも無いぞ」
「マリリンがそう思ってなくても、皆からはそう思われてるってことなのさ〜〜」
「……物好きだな」
女子ならば殆どが気にするであろう容姿の良し悪しなどを考えたことのないマリアは、二人の言うことを不思議そうに聞きながら、ジュースの入った紙コップを口につける。
そんなことを話していると、一夏達の方でカメラのフラッシュが焚かれた。
「はいはーい、新聞部でーす!今日は話題の新入生、織斑一夏くんにインタビューをしに来ましたー!」
一夏の写真を撮ったのは丸眼鏡を掛けた少女だった。
「あ、因みに私は黛薫子。二年生で、新聞部の副部長をやってるわ。あ、これ名刺ね」
「は、はぁ」
名刺を差し出された一夏は、戸惑いながらそれを受け取る。
すると薫子は一夏に向けて音声レコーダーを出してきた。
「はい、ではクラス代表に就任した今のお気持ちをどうぞ!」
「え?あー……まぁ……頑張ります」
「なんだ普通だねー。もっとこう、無いの?俺に触れるとヤケドするぜ?とか」
「むしろ寒くなりそうな気が……」
「あっはっは、そこんとこは気にしない気にしない!じゃあそこら辺は適当に書いとくね」
「ええ⁉︎」
いいのかそれで。
マリアは心の中で突っ込む。
暫くしてインタビューを終えた薫子は、カメラを取り出した。
「じゃあ、セシリアと織斑くんとで写真撮るから、二人とも並んでー」
「え⁉︎わ、私と一夏さんとでですか⁉︎」
驚いたセシリアは、顔を赤く染める。
「そうだよー、注目の二人だからね。マリアさんとも後で撮るから、さぁ二人とも立って立って」
カメラを構えだす薫子。
一夏とセシリアは立ち上がり、一緒に並ぶ。
「じゃあ、二人とも握手してくれるかな。あ、視線はこっちに向けてね」
一夏はおずおずとセシリアと握手する。
慣れてないのか、なんだか気まずそうだ。
手を握られたセシリアは、一夏の男らしさが感じられる大きな手にますます顔を赤くする。
お互い恥ずかしさから遠慮しているのか、少し距離が空いてしまっている二人に対し、薫子は溜息を吐く。
「もう……二人とも離れすぎ!ここはアップで撮りたいんだから、ほら、もっとくっついて!」
薫子が一夏の空いている手を取って、セシリアの背中に回させる。
先程よりもぐっとくっつき、セシリアは自分の心臓の音が一夏に聞こえてしまわないか気が気でなかった。
(ああ……一夏さんの手、大きくて温かいですわ……)
セシリアは、恥ずかしいから早く終わってほしい気持ちと、もっとくっついていたいという気持ちが混ざり合っていた。
何も喋らないセシリアを見て、自分と握手するのが嫌なのではないかと、一夏は心配になる。
「な、なぁオルコットさん……嫌なら無理しなくても……」
一夏がそう言うと、セシリアは一夏を見上げて目を合わせる。
「い、嫌なんかじゃありませんわ……一夏さんは、私とこうするのは嫌ですの……?」
「い、嫌ではないけど……少し恥ずかしいかな……」
「……ふふふ」
それを聞いて、セシリアは顔を綻ばせる。
セシリアの艶然とした笑みに、一夏は思わず顔を赤らめる。
「それと……私のことはセシリアと呼んでくださると嬉しいですわ」
「わ、分かったよ、セシリア」
「はい、一夏さん♪」
「あ………」
何だろう、この感情は。
今、セシリアに名前を呼ばれて、心臓の鼓動が速くなった。
セシリアの笑顔に見惚れてしまっている自分がいた。
彼女も自分を見つめている。
彼女の頰も赤くなっている。
自分も彼女と同じような顔をしているのだろうか。
パシャリ。
そんな二人の空気を両断するかのような音がした。
「おお〜〜……なんか二人ともいい感じだったから思わず撮っちゃった。じゃあ二人とも、改めてこっちに視線くれるかな?」
音の方向は薫子からで、写真を撮られたのだった。
一夏とセシリアは周りにクラスメイト達がいたことを思い出し、余計に恥ずかしくなった。
マリアは、少し離れた所で一夏とセシリアの様子を見ていた。
(なるほど、セシリアも一夏のことが……)
チョコビスケットを一口齧る。
(これは箒だけを応援するわけにはいかなくなったな)
見てみると、箒は一夏達の様子を見て、非常に面白くなさそうな顔をしていた。
意中の人物が他の女子と仲良くしていたら、当然面白くはないだろう。
(また話でも聞いてやるか……)
あくまで中立的な立場に立とうと決めたマリアであった。
「じゃあもう一度撮るよ〜。はい、3、2、…」
写真を撮る様子を眺めていると、突然腕を引っ張られた。引っ張ってきたのは静寐だった。
「私たちも一緒に写ろ♪」
「お、おい……」
「しずねん、ナイスアイディア〜〜」
本音も参加し、よく見ると他のクラスメイト全員が一夏とセシリア達に混ざろうとしていた。
そして箒もいつの間にか一夏とセシリアの間に立っている。
当の一夏達は一瞬のことで、気付いていない。
「1……はい、チーズ!」
パシャリ。
「……って、どうして皆さんが写ってますの⁉︎」
撮られた後になって、セシリアは他のクラスメイト達がいたことに気付く。
「まあまあ、セシリアだけ抜け駆けは駄目だよー」
「もっと撮ってくださーい!」
「あ、次は私が一夏くんの隣だからね!」
「マリアさんも一緒に並ぼー!」
「残念、私の方が一足早いよ〜」
「な、何をー!」
クラスメイト達は皆笑っている。
セシリアも、「全く、もう…」と言いながら小さく笑みを零していた。
ツーショットで撮るはずの写真に写ってしまったが、皆の楽しい雰囲気を見て、まぁいいかとマリアは思った。
◇
パーティはお開きになり、時刻は23時。
部屋が一緒の一夏と箒は、寝る準備に入ろうとしていた。
「今日は楽しかっただろう。良かったな」
箒が不機嫌そうに一夏に言う。
「まぁ、皆と仲良くなれたかもしれないしな。そういう箒はどうなんだよ」
「そうだな。良かったかもしれない…な!」
箒は自分の枕を一夏の顔に目掛けて投げる。
一夏は顔にぶつかった枕を取る。
「何すんだよ!」
「今から着替える。向こうを向いてろ」
そう言うと、箒はベッドの間にある仕切りの壁をスライドさせる。
「はぁ……着替えくらい、俺が歯を磨いてる間に済ませろよな」
一夏は仕方なく壁を見つめる。
TVも電源をつけてないため、部屋の中は静かだ。静かなため、どうしても音に耳が集中してしまう。
箒が服を脱いでいるであろう、衣擦れの音などがやけに艶かしく聞こえて、一夏は変に意識してしまうが、気を紛らわせる。
暫くして、箒が「もういいぞ」と言ったので、振り返る。
「あれ……帯、変えたか?」
いつものように浴衣を着た箒の帯が変わっていることに気付く。
「よ、よく気付いたな……」
「まぁな。一応、毎日見てるんだし」
「そ、そうか。私を毎日見てる、か……。そうかそうか!よし、眠るとしよう!」
何が嬉しかったのかは分からないが、箒はどうやら機嫌を取り戻したらしい。
一夏はよく分からないまま、箒の言葉に従う。
電気を消して、ベッドに入る。
「い、一夏……」
「なんだよ?」
「その、なんだ……すまなかったな。苛々してしまって……」
「別にいいよ。気にしてない」
それを聞いて、箒は少しホッとする。
「あ、ありがとう……。では、な」
「ああ、おやすみ」
一夏も目を瞑る。
眠いような、眠くないような、どっちつかずの眠気が目にのしかかる。
一夏はパーティのことを思い出す。
どうしても頭に浮かぶのは、セシリアのことばかりだった。
最初に会った時の印象は最悪だったのに、自分やマリアとの試合を終えてから、その印象は大きく変わった。
セシリアに何があったのかは知らないが、間違いなく彼女は変わった。
そして今日のパーティでも、二人で並んだ時、彼女の笑顔に惹かれた自分がいた。
何だろう。
自分の奥底から、新たな感情が芽生えた気分だ。
セシリアの笑顔を思い出して、ベッドの中で顔が熱くなり、暫くの間寝付けなかった一夏だった。
◇
同じ頃、セシリアは机の上を眺めていた。
目線の先は、先程撮った一夏との写真。
薫子から現像した写真を貰い、フォトケースに入れて飾ったのだ。
(一夏、さん……)
パーティでのことを思い出して、胸が熱くなる。
写真はいつまで眺めても飽きることは無く、セシリアがベッドに入るのはまだ暫く先になるのだった。
◇
パーティが行われた数時間前。
夕方でまだ陽は落ちていない時間帯。
IS学園の正門前に一人の少女がいた。
少女は小柄で、その長い髪の毛をツインテールに結っていた。
「ここが……IS学園……」
やっと来ることが出来たと、少女の目は語っている。
抱えたボストンバッグを握りしめ、少女は学園に足を踏み出した。
鷹月静寐はベッドの中で、自分のスマートフォンの写真フォルダを見返していた。
フォルダの中には、IS学園に入ってから撮った写真が沢山ある。そして、先程まで行われていた彼のクラス代表就任パーティでの写真も。
静寐は写真を見ながら、パーティでの皆との交流を思い出し、つい笑顔になる。
画面を指で滑らせ、重い瞼を擦り、クラスメイト達の笑顔を心に刻み込む。
「あれ……?」
ふと、ある写真で指が止まった。
それは、本音と自分を含めた三人で撮った写真だった。
後一人、その人物は彼女である筈だった。
しかし、逆光なのか、レンズが曇っていたのか、それともカメラの不具合なのか、原因はよく分からないが、彼女の顔が隠れていた。
光なのか靄なのか、それらは彼女の顔に被さってしまい、ハッキリとしない。
疑問に思う静寐だったが、これからも沢山写真を撮ればいい話だと思い、眠気には逆らえず、電源を消した。