今回の話なのですが、正直この作品でこの人を出すか迷っていました。そして今でも迷っています。
なので今回もサイドストーリーとしての扱いにしました。
物語の展開次第で、やはりこの人は出さない方向にするともし決めた時は、この話を消すかもしれません。
その時は、御了承のほど宜しくお願いします。
それでは、よいクリスマス&よいお年を。
謎の侵入者による襲撃から数日が経った。
あの事件以来、マリアは浮かない表情をよくするようになった。
ある日の夕方。
彼女は校舎の廊下を独り歩いていた。
曲がり角に差し掛かった所で、足を止める。
(誰かいるな………)
自分の背後の遠くで、誰かが自分を尾けていた。気配は消しているが、マリアには感じ取ることができた。
背中に感じる視線に敵意は含まれていないが、しかしそこには自分に対する疑いの目が読み取れる。
マリアは顔を少し横に向け、目で後ろを見る。
視線の主は見えない。恐らく壁に隠れているのだろう。
マリアは再び前を向き、角を曲がった。
◇
マリアという名の彼女は、どうやら私に気付いたようだ。
気配を完全に消している筈なのにそれでも気付くとは、彼女はやはり只の生徒ではない。
暫くして、彼女は再び歩き始め、角を曲がった。
私もそれを確認し、静かに追いかけようとした、その時。
「私に用か?」
「⁉︎」
背後で突然声がし、反射的にその場から離れる。
全く気付かなかった。一体誰だと思って身構えつつ、声の主を見てみると──────。
その人物は自分が丁度追っていた、彼女だった。
少しの動揺も見せまいと私は息を落ち着かせ、彼女に話しかける。
「あなたがマリアさんね?」
「……そうだが」
「驚いたわ。まさか私の後ろを取るなんて」
「追われるのは好きではない」
彼女は落ち着いた感じで話す。
あれだけ距離が離れていたのに、呼吸も乱さず此処に来るなど普通の人間が出来ることではない。
「自己紹介が遅れたわね。私は更識楯無。このIS学園の生徒会長よ」
◇
「生徒会長……?生徒会長が私にわざわざ用があるのか?」
生徒会長と名乗る彼女、更識楯無は肩まで伸びた水色の髪をしている。
楯無はマリアを見据え、微笑む。
「大アリよ」
楯無は持っていた扇子を開く。
そこには『質問』と書かれていた。
「色々聞きたいことがあるの。でも此処じゃなんだから、生徒会まで一緒に来てくれないかしら?」
特に断る理由も無いマリアは、楯無に同行することにした。
恐らく、目をつけられたのだろう。自分の素性について聞いてくるのかもしれない。
かといって、過去の記憶が断片的にしか残っていない私に答えられることなど、あって無いようなものだが。
◇
扉を開けた楯無に促され、マリアは生徒会の部屋に入る。
「好きに掛けてくれていいわよ。お茶も淹れるから」
そう言って楯無はお湯を沸かし始める。
マリアもソファに座って待つことにした。
暫くして、楯無がテーブルにお茶を置く。
「いつもはね、後二人いるのよ。今日は早めに仕事が終わったから帰ってもらったけど」
「そうなのか」
楯無もマリアの向かいに座り、話を進める。
「さて、マリアさん。単刀直入に聞きたいのだけれど、─────あなたは何者なの?」
「………」
さてどう答えたものかとマリアは頭の中で考える。
「質問が悪かったわね。確かに私も急にこんな聞き方されたら、何て言ったらいいのか困るわ」
「いや………」
「話を変えましょうか。あなたが学園に入る前のこと──────つまり、どうやって此処に来たのか」
楯無は脚を組み、静かにマリアを見る。
マリアは以前、千冬から聞いたことをそのまま話す。
「この学園の森林地で私は倒れていたと聞いた」
「知ってるわ。その報告もずっと前に受けてる。私が聞きたいのは、それよりも前の事」
「………」
「あなたも知っての通り、IS学園は一つの島でその形を成していて、校門から沿岸付近の海域まで数多くの監視網が張られているわ。世界中から来る可能性のある反社会的勢力から、学園を保護する為にね」
楯無は湯呑みを口につけ、静かにテーブルに置く。
「でも、あなたは
「………私が監視の目を潜り抜け、此処に侵入した、ということか」
「少なくとも、その疑いはあるわ」
マリアは溜息を吐く。
しかし疑われるのも仕方のないことだと思う。
きっとその点に関しては当初、千冬や真耶も疑っていたのだろう。
「あなたは、一体何処から来たのかしら?」
自分がこの学園の保健室で目を覚ました時、千冬にも同じ質問を聞かれたことをマリアは思い出した。
自分は200年以上も前に死に、悪夢に囚われてしまった。
そして自分のいる時計塔に来た、
そんなことを言われて、一体誰が信じるのか。
「………何も憶えていない」
「それだと説得力に欠けるのよ。アリーナでの戦闘の強さを見る限り、あなたは相当な実力者。何処かの組織で鍛えられたと思われてもおかしくはない」
「私が組織の下で動くような人間に見えるのか?」
「見えないわ。だからこそ、余計にあなたという人物が不可解なのよ」
それに、と楯無は付け加える。
「私が最も気になっているのは、あなたの個人情報が何一つ見つからないということ」
彼女が言うには、更識家は対暗部用暗部として古くから伝わる家系であり、当主は代々「楯無」という名前を継ぐらしい。
常に暗部対策の最前線として位置してきた更識家にとって、情報収集の技術はかなり優れたものなのだ。
「この世界の全ての人間には、必ず情報の痕跡─────生きた証が残るものなの。たとえそれを大いなる力で消そうとしても、ね。でも、あなたに関しては本当に何も見つからなかった。あなたの名前・写真でさえも……」
以前、学園の図書館で世界地図や数多くの歴史の文献に目を通したことがある。
しかし、それらの中で『ヤーナム』という文字を発見することはとうとう出来なかった。
本当にこの世界では実在しなかったのか、それとも自分が未だ知らないだけで、それに関する情報が記述された本は隠された何処かに存在しているのか。
頭の中で考え込んでいるマリアの様子を見て、楯無も首を竦める。
「まぁ、織斑先生の言うことだから半分信じていたけれど、記憶喪失というのは本当みたいね。嘘を吐いてるようにも見えないし」
楯無は扇子を開く。
開かれた扇子には『降参』と書かれていた。
さっきと文字が違うことにマリアは軽く驚く。
「便利な道具だな」
「オーダーメイドよ。凄いでしょ?」
「随分と器用な素早さだな。裏でわざわざ書き直してるのかと思ったぞ」
「あら、あなたも速かったじゃない」
きっと先程の廊下でのことを言っているのだろう。
「人より少し速く動けるだけだ。持ち上げる程のものでもない」
「あはは、あのレベルで謙遜されると私の立場が無いわよ。少なくともこの学園で私の背後を取ったのはあなたが初めてだわ」
楯無は笑いながらそう答え、扇子をパチンと閉じる。
「兎に角、生徒会長である私には、学園の生徒を保護する必要があるの」
彼女は真剣な眼差しでマリアを見る。
「忘れないでね。半分信じてるということは、まだ半分疑ってるということよ。あなたは悪い人ではなさそうだからこんな事を言うのは気が引けるけど、もし学園に害を及ぼすような事をしたら、その時は容赦しない」
「………分かった」
マリアも彼女の目を見て頷く。
楯無はマリアが応じるのを見ると、今度はまた笑顔になる。
「でも、そうでないことを信じてるわ。だから困ったことがあればいつでも生徒会に来てね。改めて、ようこそIS学園へ」
再び開かれた扇子には『歓迎』の二文字があった。
「それと、これは今日来てくれたお礼」
そういうと彼女は横にある箱から菓子袋を取り出し、マリアに渡した。
そのお菓子は、最近マリアの好物になったチョコビスケットだった。
「それ、好きでしょ?今日初めて会えた印に受け取って」
「何故私がこれを好きだと知っているんだ?」
「実は生徒会にはスパイがいるのよ」
楯無は自分の手で銃を構えるような素振りをし、子どもが悪企みをするような表情をする。
「はは、なんだそれは」
マリアは吹き出す。
楯無の無邪気な冗談がマリアに笑みを作らせる。
それを見た楯無も、優しく笑った。
「─────やっと笑ってくれたわね」
「………え?」
楯無の言葉にマリアは少し驚く。
どういう意味だろうか。
「この前の襲撃事件があってからか、顔が暗かったわよ?」
「………出ていたか」
「ええ、その綺麗な顔に」
楯無はトントンと自分の頰を指す。
マリアは自分の顔を触る。
心なしか、顔から緊張が解けたような気がした。
「生徒の代表として御礼を言うわ。学園と、そして可愛い生徒達を守ってくれて本当にありがとう」
楯無は綺麗な姿勢で深く頭を下げる。
生徒会長としての真摯な態度に、マリアもしっかりと応対した。
◇
「菓子までもらってすまない。ありがとう」
「ううん、わざわざ放課後にありがとね。引き止めてしまってごめんなさい」
「とんでもないよ。きっとまた来る」
マリアはソファから立ち上がる。
楯無も扉まで見送る。
二人が扉の前に来たとき、楯無が「あ、そうそう」と切り出した。
「もう一つ伝える事があったんだわ」
「何だ?」
マリアは楯無の方を見る。
「今度ね、フランスから転校生が来るの」
「フランスから?」
確かフランスはイギリスの南の方に位置している国だと、マリアは図書館の世界地図を頭の中で想像する。
「何でまた私に言うんだ?」
「んー、マリアちゃんのクラスに編入するからっていうのもあるけど………マリアちゃん、今一人部屋よね?」
「ああ」
「部屋割りが確実に整うまでは、マリアちゃんの部屋に入れてあげようと思うの」
「ああ、分かった」
「ありがとう。ただ、一つ問題があって………」
「問題?」
マリアは首を傾げる。
楯無は一呼吸置いて、それを口にした。
「その子、
マリアは少しの間考えて、口を開く。
「………一夏だけじゃなかったのか?」
「
「本当なのか?」
「どうかしらね。まぁ表向きではそう言われてるけど、実際のところは分からないわ」
恐らく、裏があるかもしれないということだろう。
何にせよ、心に留めておくだけでも重要だ。
話も終わり、楯無は扉を開けてくれた。
◇
私は扉を開けて、彼女を見送る。
「また生徒会に遊びに来てね」
「ああ、ではな」
マリアちゃんは微笑んで、別れの挨拶をしてくれた。
彼女は背を向け、生徒会室を出る。
「─────……一つ、聞いていいかしら」
彼女が数歩歩いたところで私は呼び止める。
マリアちゃんとの先程の会話を思い出す。
──────彼女は何処から来たのか?
そう聞いた時、彼女はほんの僅かに、
確信があるわけではない。只の思い過ごしかもしれない。
でも、なんとなくだけれど──────。
もし私の直感がほんの少しでも当たっているのなら──────。
「マリアちゃん、何か隠してない?」
彼女はなかなか口を開かない。
「この前の襲撃事件の謎のIS、私も地下に行って見たわ。人型の機体だけれど、まるで人とは形容し難いものだった」
「………」
「なんとなく、あなたが何かを知っている気がしたの。どんなことでも構わない。何か憶えてない?」
背を向けている彼女は、暫くして顔を横に向ける。
その眼差しは何処か哀しそうで─────。
「──────人は、死んだら何処に行くと思う?」
彼女は静かに、そう言った。
突然何を言い出すのかと思ったが、でも何か意味があるのかと思い、私は暫く考えてから答える。
「………天国か地獄なんじゃないかしら?」
彼女は私の言葉に沈黙したままだ。
私もそれ以上何も言うことが出来なかった。
私たちの無音の中を静かに入ってくるように、彼女の言葉が続く。
「──────それなら私のいた場所は………地獄以上のものだったのかもしれない」
耳をよく澄まさないと聞こえないほどの声で、マリアちゃんはそう言った。
彼女はその言葉を最後に、再び歩き出す。
私もその背中を無言で見送った。
一体どういうことだろうか?
彼女が変な冗談を言っているとも思えない。
人間が死んだら………?
彼女は一度死んだというの……?
いや、そんなことは有り得るはずがない。
しかし、現に有り得ないことは起きてしまっている。
血肉や毛が装甲と同化したISを目の当たりにするなんて初めてだからだ。
まるで獣のように見えたあの機体は、表向きでは無人機となっているが、本当にそうなのだろうか。
それを考えると、彼女の背景にも何か私の想像を覆すような事実が隠されているのかもしれない。
「調べ直す必要がありそうね………」
ふと目に光が入り込み、眩しくなる。
廊下の窓の外からは夕陽が強く差しかかり、生徒会室の窓から空を見上げると、うっすらと白く光る月が姿を現していた。
今日は半月らしい。