狩人の夜明け   作:葉影

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第16話 欠片

時計盤の針が動く音が、部屋の空気を伝って、壁に消えてゆく。

規則的な機械音と、重い沈黙が二人の間に漂う。

シャルルの目は時折私に向けられ、そして行き場を失う。

私は彼女の首に下げられたいつかの鍵を、呆然と見つめる。

 

 

『お願い、私を見捨てないで……………私まだ、役に立てるのだから……………』

 

 

顔も思い出せない彼女の声が、頭の中で小さく反響する。

少し色褪せた銀の色は、その鍵がすでに長い年月を経てしまったことを私に伝えていた。

 

「……紅茶を入れよう。少し待っててくれ」

 

「あ……ありがとう」

 

気まずい顔をした彼をそのままに、私は台所へと向かい、ティーカップを出す。

出来上がった紅茶から生まれる微かな湯気は、私の視界を無造作に白くさせた。そしてそれは、夢の中の彼女の優しく、慈愛に満ちた美しい白の髪を思い出させた。

 

私は、シャルルに紅茶を静かに渡す。

 

「出来たぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

おどおどしく、彼女は紅茶を受け取る。

その時、彼女の指が私の指に触れた。

 

「きゃっ!」

 

彼女は驚き、手を引っ込めてしまった。

その反動で、彼女の紅茶が私の指にかかる。

 

「っ!」

 

「ご、ごめん!」

 

「大丈夫だ、君の服にかかってないか?」

 

「僕は大丈夫だよ!それよりも、マリアの指が──────」

 

「冷やせば治るだろう」

 

私は再び台所へと戻り、水を出す。

吐き出される水の冷たさと勢いに、私の指は、少し沁みた。

 

「大丈夫⁉︎ほんとにごめんね!ちょっと見せて!」

 

「平気さ、気にするな」

 

「ううん、ダメだよ!あぁ、赤くなってる……ほんとにごめん!」

 

シャルルは私にぴったりとくっついてしまう。それ程心配されるようなことでもないのに。

 

心配そうに私の指を見つめる彼女の顔は、目と鼻の先にあった。

彼女の顔を見ていると、夢の中の彼女も自然と脳裏に浮かんでくる。

 

「……?ど、どうしたの?」

 

私の視線に気付いた彼女は、私の目を見て少し困惑した表情をした。

私はそれを気にせず、そこにいる彼女と、顔も思い出せない夢の中の彼女を目に映す。

 

「─────似ているな……」

 

気付けば、独りでに私はそう呟いていた。

 

「……え?ど、どうしたの?」

 

「……いや、何でもない。それよりも……」

 

私は水を止め、彼女のジャージへと指を伸ばす。

 

「胸元がはだけてる。風邪を引くぞ」

 

胸元で止まったチャックを静かに上げ、私は指を離す。

すると彼女は顔を赤らめ、腕で胸を隠すような身振りをした。

 

「……マ、マリアのえっち」

 

「………」

 

少し、無神経だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうして男のフリをしていたんだ?」

 

少し落ち着いた私たちは、互いのベッドで向かい合って座っている。シャルルの目は、相変わらず彷徨っていた。

 

「………実家からそうしろと言われて……」

 

「君の実家……確かデュノア社の」

 

「そう。僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令でね」

 

「………」

 

彼女は目を瞑り、浅く息を吸って、吐いた。

そしてゆっくりと瞼を開ける。

 

「僕はね、マリア……。父の本妻の子じゃないんだ」

 

「……どういうことだ?」

 

彼女の目が、少しずつ哀しみの色を見せ始める。

 

「父とはずっと別々に暮らしていたんだけど、二年前に引き取られたんだ」

 

「……引き取られた?」

 

「そう……お母さんが亡くなったとき。デュノア家の人が迎えに来たんだ」

 

母を亡くしてまだ二年しか経っていない。

彼女の表情を見るに、きっとその傷は、まだ癒えていないのだろう。

 

「色々検査を受けていった過程で、IS適性が高いことが分かってね。非公式ではあったけど、テストパイロットの試験も受けたの。でも、父に会ったのは、たったの二回だけ。話した時間は一時間にも満たないかな」

 

「………」

 

自分の娘であるにも関わらず、ただ検査を受けさせ続け、話す時間も持たせてやれないとは、その人物を父親と呼ぶに値するのだろうか。

 

「─────それからだよ。経営危機に陥ったのは……」

 

「しかしデュノア社は、量産機のISシェアが世界第三位じゃなかったか?」

 

「そうだけど……結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ。現在ISは、第三世代型の開発の着手が主流になってるんだ。セシリアさんやラウラさんが日本へ来たのも、そのためのデータ収集が理由だと思う」

 

「……私のことは知っていたのか?」

 

「ううん。イギリスやドイツは、何故だか分からないけれど情報がほとんど手に入らないんだ。だから、マリアのことは知らなかったし、マリアがイギリスの援助を受けてることも知らなかった」

 

「………」

 

「兎も角、このままだと、デュノア社のIS開発許可が剥奪されてしまうんだ」

 

シャルルの言葉を聞いて、何故彼女が男のフリをしたのかを大体察した。

つまり……

 

「それを阻止するために、男を装うことで再び注目を集める、といった訳か」

 

「……そう。広告塔になれってことだよ。それに、同じ男子なら日本にいる特異ケースと接触しやすい─────……一夏とね」

 

「そして、一夏の身体とISのデータを盗用できるかもしれない、か……」

 

「うん……でも、一つ問題が起きたの。同じ男子同士だから、僕と一夏も同じ部屋に割り振られると父は思い込んでた。部屋はターゲットの注意力が最も抜ける環境だから、データ盗用には最適だった。けど、実際は違う部屋に割り振られたから、あの人にとっては想定外だったみたい」

 

本来なら、男子同士を同じ部屋に割り振るだろう。

しかし、以前に会った生徒会長の楯無はシャルルのことを疑っていた。

恐らく、楯無が真耶や千冬を通して、私と一緒の部屋にさせた。

そして楯無が私に転入前のシャルルの情報を与えたのは、彼女が私にシャルルの疑惑を突き止めるよう仕向けた、ということだろう。

 

シャルルは深く息を吐き、少しだけ微笑みを見せた。

 

「なんだか、話したらスッキリしたよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘を吐いて、ごめん」

 

しかしそれでも彼女の顔からは、哀しみの感情が抜けていなかった。

私は、彼女に質問を投げかける。

 

「これからどうする?」

 

「女だってことが知られたら、本国に強制送還されるだろうね……。良くて牢屋行きかな」

 

覇気のない笑いを、彼女は作る。

だが、彼女は私の質問にしっかりと答えていない。

 

「違う。それは君の周りがしようとすることだ」

 

「……え?」

 

「君が……()()()()()()が、どうしたいか、だ。君の意思はどうなんだ?」

 

「ぼ、僕は………」

 

彼女の目に、迷いが生じる。

私は立ち上がり、彼女の横に座って、目を合わせる。

 

「いつか、私に聞いたことがあったな。何故この学園に来たのか………」

 

「う、うん………」

 

「君はどうだ?君は国に帰って、明日も望めないような余生を過ごしたいか?」

 

「そ、それは………仕方ないよ」

 

シャルルは私の視線から逃れるように目を逸らす。

私は彼女の頰に手を添え、此方を向かせる。

まだ、彼女は自分の気持ちを隠している。

私は彼女の本音を引き出すため、棘のある質問をする。

 

「──────もう、自分の人生を諦めたのか?」

 

私がそう言うと、彼女は涙を浮かべて鋭い目を私を睨む。

震えた声で、彼女は声を張り上げた。

 

「そんなわけない!僕だって生きたいよ……僕は僕の人生を生きたい!!でも、でも………どうしようもないじゃないか!」

 

彼女は俯き、肩を震わせる。

彼女の涙は小さな粒となり、服の生地に湿った斑点を作った。

 

「……ここにいたいか?」

 

私は、もう一度彼女に問いかける。

彼女は、私の言葉に大きく頷いた。

 

「いたい!檻の中で過ごすなんて絶対に嫌だよ!僕は……僕は、一人の人間として生きたい……」

 

私の目をしっかりと見て、彼女は言った。

彼女の本当の意思を聞くことが出来、私は彼女の頭を撫で、微笑む。

 

「よく言った。それならここにいろ」

 

「………え?」

 

シャルルは目を見開く。

 

「私が黙っておけば済む話だ。それに、仮にその事実が暴かれたとしても、君の父や企業には手出しできない筈だ」

 

私は頭の中で、IS学園の特記事項を思い出す。

 

「この学園の生徒でいる限り、ありとあらゆる国家・組織・団体は君を拘束することは出来ない。それがこの学園のルールだ。少なくとも三年間は、身の安全が保障される」

 

シャルルの頰の緊張が、少し解れた。

 

「……IS学園特記事項………はは、よく覚えてたね……。特記事項って55個もあるのに……」

 

「ふふ、本を読むのは好きでな。この学園の図書館の蔵書も、大体読んだ」

 

「す、凄いねそれ……」

 

「それに──────」

 

 

 

私の脳裏に、微笑を浮かべた彼女の顔が浮かんだ。

 

 

 

「そんなものが無くとも、私が君を守ってみせる」

 

 

「──────!!」

 

 

 

私がそう言うと、シャルルは私に思い切り抱き着いた。

 

 

そして心の枷が外れたかのように、彼女は涙を流し続けた。

 

 

彼女が泣き止むまで、私も彼女の抱擁を受け止めていた。

 

 

ベッドの横の小さな光が、彼女を温かく包んだ。

 

 

母親を亡くし、未だ傷の深い少女を、現実というものは冷たい棘でその傷を更に深くしようとする。

 

 

夢の中の彼女が、頭の中で私に微笑みかける。

 

 

君は、私を恨んでいないか?私は一体、君に何をした?どうして思い出させてくれないんだ?

 

 

──────恨んでもいい。私をその棘で縛ってもいい。ただ………

 

 

ただ、この子だけは、見守ってやってくれないか。

 

 

もし君が、君の欠片が、まだその鍵に残っているのなら──────。

 

 

 

 

 

 

涙も収まり、再び時計盤の音が部屋を支配し始めた頃。

シャルルは私の身体からゆっくりと離れた。

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん……ごめんね」

 

不思議と、シャルルの顔が赤く染まっていた。泣き腫らした後だからだろうか。

シャルルは私に優しく微笑んだ。

その微笑みは、本当に彼女とそっくりだった。

 

「マリア……僕を庇ってくれて、ありがとう」

 

頰を赤く染めて、シャルルは言った。

その優しい顔が見れただけで、もう十分だった。

 

私は、何となく彼女の胸元にある色褪せた鍵を見つめる。

すると、私の視線に気付いた彼女も、その鍵を見た。

 

「この鍵が、気になる?」

 

「あ、いや……」

 

その鍵を見ていたことについ後ろめたさを感じ、目を逸らした。

シャルルはその鍵を手で優しく包む。

 

「小さい頃ね……お母さんが僕にくれたんだ。だからこの鍵を付けていると、いつでもお母さんが僕を見守ってくれている気がして、ね………」

 

「君の母が……」

 

「家に代々伝わる御守りなんだって……。お母さんも、すごく大切にしていたみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()…………?」

 

 

 

 

 

 

愕然とした。

その言葉は、私を混乱させるのに余りにも強すぎる重みを持っていた。

 

『代々伝わる』とは、シャルルの家系を辿れば、()()へと繋がるのか……?

 

それはつまり、シャルルが()()の子孫………?

 

まさか、()()と血の繋がった少女と会うことが出来るなんて──────!!

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、私は涙を流していた。

 

 

 

 

 

「え、ど、どうしたのマリア⁉︎」

 

 

シャルルが私の突然の涙を見て、心配気な表情をした。

 

 

「だ、大丈夫だ……なんでもない。君がここに居てくれて、安心したんだ」

 

 

私は涙を拭き、シャルルに微笑みかける。

 

 

 

 

 

 

もう、二度と会えないと思っていた。

 

 

もう、二度と思い出すことは出来ないと思っていた。

 

 

まさか、()の欠片を持つ少女と会えるなんて。

 

 

─────私がこの世界で目覚めたのも、何か意味が在るのかもしれない─────

 

 

その憶測は、間違いではなかった。

 

 

ここは異世界などではなかった。

 

 

彼女の血は、確かに、ここに存在していた。

 

 

本当に、本当に……会えて良かった。

 

 

 

 

「本当にありがとう……シャルル」

 

 

私はシャルルをそっと抱き寄せる。

シャルルは少し驚いたようだが、また温かく優しい表情をしてくれた。

その顔は、本当に、本当に夢の中の彼女とそっくりだった。

 

 

「マリアこそ……僕を助けてくれてありがとう………」

 

 

これ以上ない優しい温もりが、私たちを包んだ。

 

 

心の中で、私は誓った。

 

 

私は、これから何があっても、この子を守り続ける──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、夢を見た。

目の前には、彼女がいた。

今までは霞んで見えなかった彼女の目も、今では包帯が巻かれているのがハッキリと見えた。

彼女がどんな目をしているのか──────それは包帯が巻かれている限り分からない。

けれど、彼女が優しい目をしているのは、何故だか分かった。

 

手を伸ばせば届く距離に、彼女はいる。

彼女はゆっくりと、私に抱擁をした。

一回り小さい彼女の身体は、少しでも腕に力を入れれば壊れてしまいそうなほど華奢で、その美しい白の髪からは、私の知っている懐かしい匂いがした。

 

彼女は私の耳元で、優しく囁いた。

 

 

『ありがとう』

 

 

そして、彼女は私の抱擁を解き、引き寄せられるようにどんどんと離れていってしまう。

彼女が消えてしまう前に、私は彼女に叫ぶ。

 

 

「必ず!私が君にしてしまったことを、必ず思い出す!!」

 

 

「赦してくれなくてもいい!ただ、あの子だけは──────」

 

 

「シャルルだけは!!側に居てやってくれ!!!」

 

 

涙を流しながら、私は叫ぶ。

 

遠い彼方で、彼女がまた微笑んだ気がした。

 

 

 

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