「すまない、待たせたな」
千冬の渡してくれた服装に着替えたマリアは、保健室を出て外で待っていた千冬に声をかけ、2人は廊下を歩き出した。
「似合ってるじゃないか。サイズも問題ないみたいだな。山田先生に任せて正解だった」
「山田先生?」
「私の同僚だ。マリアを保健室へ運ぶのを手伝ってもらったんだ」
「その人にも礼を言いたい」
「私から伝えておくよ」
「そうか……すまない。ところで、今の女性服はこのようなスタイルが主流なのか?」
自分とは違う時代の人間が着る服装に興味を持つマリアは、早速千冬に尋ねてみた。
「さぁな。服の組み合わせは他にももっとあるだろう。ただ私はファッションには疎くてな。その山田先生に頼んだというわけだ」
「千冬の着ているその黒い服は?」
「これはスーツだ。日本の職場ではフォーマルな服装だ」
ちなみに、マリアの狩装束も山田先生が綺麗にしてくれたらしく、今はマリアの持つ紙袋に入っている。
他愛もない会話をしていた2人は、しばらくした後、建物の外に出た。
千冬によると、今自分たちがいた建物は学園の1年生の校舎で、保健室の他にも、学園生たちが勉強する教室や、1年生を担当する教師たちの職員室などがあるらしい。
この学園は1年生から3年生までの学園生らがおり、日本に留まらず、海外からの生徒も大半を占めているらしい。
そして何より、敷地の広さにマリアは圧倒された。真っ白で現代的な校舎やガラス張りの建物などがたくさんあり、広場には噴水や緑の木々など、まるで一つの街と言ってもおかしくない規模だ。島全体が学園だという事実も頷ける。
しばらくの間、学園の光景に圧倒されていたマリアは、遠くの方で何か大きな物体が飛んでいることに気づく。
目を凝らして見てみると、人が何かの機体に乗って空を羽ばたいていた。
「千冬……まさか、あれがISか?」
「そうだ。IS搭乗者をしっかりと教育するのが、ここでの私たちの仕事だ。整備科のコースもあるから、全ての学園生がIS搭乗者、というわけではないがな」
マリアの生きていた時代では、人間が空を自由に舞うなど夢のまた夢。
時代を経て人間がこんなにも進化した物を創り上げたことに、素直に感動していたマリアだった。
「本当に……凄いな……」
「ISが作られたことによって、ここ10年で社会は大きく変わったな。ISは女性にしか起動出来ないんだ……本来はな」
「本来は?」
「まぁ色々あるんだ。気にすることはない」
千冬の言ったことが少し気になったマリアだったが、再びISに視線を戻した。
マリアのISに対する好奇心は非常に大きく、もっと長く見ていたいと彼女は感じていた。
「近くで見たいか?」
「いいのか?」
「そんな好奇に輝いた目でISを見てれば、すぐに分かるさ」
自分の感情が顔に出てしまっていたことを、マリアは少し恥ずかしく思い、顔を赤らめた。
だが、あの空を舞う機体を間近に見れるのは、マリアにとって嬉しいことに違いなかった。
千冬によると、ISはアリーナで練習を行っているらしい。
2人はそのままアリーナの方へと足を運んだ。
〜〜〜
先ほどの校舎から5分程度歩き、2人はアリーナに着いた。
アリーナは学園に複数あるらしく、2人が今いるアリーナもその内の一つなんだそうだ。
アリーナはISの練習や、学年内の公式試合などに使用される施設らしい。
学園に配備されているISの数にも限りがあるらしく、アリーナでの練習の予約を取るのがなかなか難しいのが学園生の悩みだと千冬は話してくれた。
そんな会話をしながらアリーナの観覧席でISを見ていた2人に、一機のISがこちらに近づいてくる。
そのISは2人の前で、緩やかに停止した。
「やぁ、山田先生。ISの点検は順調か?」
「織斑先生!いらっしゃったんですね。もうじき終わる予定ですよ」
ISに乗った女性は山田先生というらしい。緑色の髪で、眼鏡を掛けており、少し垂れ目で、おっとりとした雰囲気を漂わせている。
山田先生は千冬と話しながら、マリアのことが気になるのか、チラチラと視線をマリアに向けていた。
「織斑先生、この方が……」
「あぁ、そうだ。名前はマリア、というらしい。学園で倒れていたことは本人も身に覚えが無いらしくてな。とりあえずは今日、私の家で世話をすることにしたんだ」
「そうだったんですね……」
「山田先生、といったか。千冬と一緒に私を介抱してくれて、本当にありがとう」
「いえいえ!いいんですよ、マリアさん。あなたが無事で本当に安心しました。私は山田真耶。ここIS学園の教師です。織斑先生は私の先輩に当たる人なんです」
「そうか。私が着ていた服も、貴女が綺麗にしてくれたと聞いた」
「そんな、お礼を言われることでもないですよ。女性にとって服は大切な物ですからね」
「本当にありがとう、真耶」
「え、あ………あぅ」
真耶は人から自分のことを名前で呼ばれたことが滅多にない人物で、マリアに突然名前呼びをされたため、照れて恥ずかしくなった。
「コホン……山田先生、何を照れているんですか……」
若干呆れ顔で言う千冬。
「え、あああ、すみません!ところで、お2人はどうしてここに?」
「あぁ、マリアはISのことを知らなくてな。記憶喪失も考えられるが……。初めて見たというから、連れて来てやったんだ。見せてやるくらい、大丈夫だろう」
「そうだったんですね」
「そうだ、マリア。せっかくだ。ISのピットに連れて行ってやろう」
「ピット?」
「ISが離着陸するためのゲート、みたいな場所だ。ほら、そことあそこと……全部で4つある」
「あれか。入って大丈夫なのか?」
「私がいるから大丈夫だ。山田先生、もうISの点検は終わりそうなのだろう?後は他の先生たちに任せるといい。山田先生もピットに来てくれ」
「はい、分かりました!」
そういうと真耶は、ISに乗って点検している他の教師たちに礼を言ってから、ピットに向かった。
「では、ピットに行くか」
〜〜〜
千冬とマリアがピットに入ると、真耶は既にISから降りた状態で待っていた。
「山田先生、学園のISになにか不調はあったか?」
「いいえ、生徒の皆さんが安全に使用してくれたおかげで、損傷なども大したものはありませんでした。これで安心して新学期を迎えられますね、織斑先生」
「そうだな」
「マリアさん。これは『打鉄』といって、刀を主な武器としたISなんですよ」
「そうなのか……やはり空を飛ぶだけあって、しっかりとした装甲をしているんだな」
「ISは元々、宇宙空間での使用を目的として開発されたマルチフォーム・スーツでな。搭乗者の身体を守るために、防御機能には特に力を入れているんだ」
「……宇宙か」
『宇宙』という言葉を聞いて、打鉄を見ながら思いつめた顔をするマリア。
打鉄はISが歩んできた歴史を3人に漂わせるように、ただひっそりとそこに鎮座している。
マリアは打鉄に見つめられているような気がして、後ろめたさを隠すように打鉄から少し目を逸らした。
「マリア、どうかしたか?」
千冬に言われ、我にかえるマリア。
「いや、なんでもない」
マリアは顔を上げ、打鉄と向かい合う。
ただ沈黙を守り続ける、一つのIS。
ISと向かい合い、そこから目を離せないマリア。
自分の過去に起きた後ろめたさをISから責められているように感じるのに、マリアはどんどんISに惹かれていく。
マリアは本能で感じた。
───ISに関われば、自分の運命が大きく変わる───
理性では「触れてはいけない」と分かっているのに、頭のどこかでそれが自分の運命だとマリアに囁いていた。
ISに一歩ずつ近づくマリア。
まるで誰かに操られるように、マリアはISに手を伸ばす。
そしてISに手が触れた瞬間、マリアの身体を眩しい光が覆った。
その光からは、とても強い風が吹き出す。
「な、なんだこれは⁉︎」
突然のことに戸惑う千冬と真耶。
長年、ISに触れてきた千冬にはすぐに分かった。
普通の搭乗者とは違う。
マリアが纏う光からは、普通の人間からは出ないような力が溢れ出していた。
眩しい光と強力な風から、腕で顔を隠すようにする千冬と真耶。
光と風が収まり、2人が目を開けると、本来の形から変形したISを身に纏ったマリアがそこにいた。
文書を書くのは難しいですね。
本を書く人は本当に凄いと改めて感じます。