狩人の夜明け   作:葉影

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遅くなってしまい申し訳ありません。
僕は梅雨、結構好きだったりします。


余話 梅雨

「今日も雨、かぁ……」

 

マリアとセシリアがイギリスへ旅立ってから三日目の午前十時。

シャルロットは自室で本を読んでいた。

椅子の上で膝を抱えて、ペラペラとページをめくる。

窓から聴こえてくる雨音が、なんとなく心地良い。

空は薄暗い雲で覆われている。

シャルロットはキリのいいページで本を閉じ、窓の外を見た。

 

「マリアとセシリアは元気かな……」

 

日本は梅雨に入って曇り空の日ばかりが続くけど、イギリスはどうなのだろう。日本みたいにジメジメしていないだろうから、過ごしやすい気候かもしれない。

窓の外、学園の敷地には所々紫陽花が咲いていた。みずみずしい花の色が地面に滴るように、紫陽花に雨が降りしきる。花についた雨粒が、泡となっては、消えていく。

 

シャルロットは気分転換に、学園内を歩くことにした。

 

 

 

◇

 

 

 

シャルロットが行き着いた先は食堂。

とは言っても、大体の生徒が帰省しているので、食堂に入っても物音が聞こえることは無かった。

いつもなら何人もいるキッチンのおばさんも、休みの間は二人程しかいない。

シャルロットは食堂の奥の丸型のソファ席へと足を運ぶ。

するとそこには見知った人物がいた。

 

「あれ、一夏?」

 

そこには、円形のテーブルにノートと本を開いて勉強をしている一夏がいた。

一夏もこちらに気付き、声をかけてくれた。

 

「よお、シャル!こんなとこで何してんだ?」

 

「ふふ、ちょっと久しぶりだね、一夏。僕は気分転換に歩きに来ただけだよ。一夏こそ何やってるの?」

 

「ああ、授業で出た宿題と予習だよ。とは言っても、もう皆が理解してるような基本的な内容ばかりだけどな」

 

「熱心だね、一夏は」

 

「俺は皆より遅れてるからな。シャルにも直ぐに追いついてみせるぜ」

 

「ふふ、僕も負けないよ」

 

ちなみに『シャル』とは、最近一夏が呼ぶようになったあだ名だ。

ラウラの暴走事件があった次の日、シャルロットは自身が女性であることをクラスの前で打ち明けた。クラスの中で驚く声はあったものの、元々中性的な顔立ちであったため、シャルロットも直ぐにクラスの和に馴染むことが出来た。

一夏は友人を自分が呼びやすいように呼びたい性格らしく、シャルロットの名を少し縮めて『シャル』と呼ぶようになった。

シャルロットも人からあだ名を付けられることは初めてだったので、シャルロット自身も嬉しかった。

シャルロットは一夏の隣に座り、引き続き一夏と話す。

 

「一夏、実家には帰らないの?皆帰ってるけど……」

 

「ああ、一度帰ったぜ。家の掃除だけして、二日間泊まって、また学園に戻ってきたって感じだ」

 

「実家でゆっくりはしなかったんだ?織斑先生は?」

 

「千冬姉はなんだかんだで忙しいしな。掃除した時に帰ってきて一緒に夕食を取ったけど、次の日の朝には学園に戻ったぜ」

 

「そうなんだ……」

 

「それに家にいるとつい勉強に身が入らなくなるからな。休みの間にしっかり勉強しておきたいから、今ここにいるってわけだ」

 

一夏はそう話しながら、教科書とノートにメモを残していく。しかし暫く見ていると、結構苦戦しているようだった。

シャルロットは折角だと思い、一夏に提案してみる。

 

「一夏、よかったら僕が勉強付き合おうか?」

 

「え、いいのか?」

 

「うん。僕もう自分の宿題は終わらせたし、特にすることないからね」

 

「助かるぜ!サンキュー!」

 

「ふふ、いいよ。じゃあまずはこの問題だけど……─────」

 

その後、シャルロットと一夏は一時間程勉強に熱を込めた。

 

 

 

◇

 

 

 

「ふう………ありがとな、シャル!やっぱりシャルの説明は解りやすいな」

 

「ふふ、どういたしまして。ちょっと休憩しようか」

 

「そうだな。あ、なんか飲み物買ってくるよ。シャルは何がいい?」

 

「え、いいよそんな」

 

「勉強教えてもらったお礼だよ。何かご馳走させてくれ」

 

「そう?じゃあ……コーヒーがいいかな」

 

「分かった」

 

一夏はソファから腰を上げ、食堂のキッチン横にある自販機に行った。

暫くして、一夏が二人分のコーヒーを持って来た。

 

「ありがとう、一夏」

 

「ああ」

 

一夏もソファに座り、コーヒーをゆっくりと飲む。

シャルロットもコーヒーを飲み、カップを受け皿に置いたところで、あることを思い出す。

シャルロットはニンマリした顔で、一夏を見た。

 

「そういえばさ、一夏」

 

「ん?」

 

「セシリアとはどんな感じなの?」

 

「ぶっ」

 

危うくコーヒーを吹き出しそうになり、咽せる一夏。

その反応を見て、シャルロットも口を開けて笑う。

 

「な、何でセシリアなんだ⁉︎」

 

「あはは、バレバレだよ一夏」

 

驚いた顔でこちらを見る一夏。

 

「この前、一夏とセシリアが屋上で昼食を取ってたとき、僕とマリアが偶然二人に会っちゃったよね?あの時にもう感づいちゃったかな〜」

 

「ええ⁉︎」

 

「で、実際のところ、どうなの⁉︎」

 

ニヤついた顔で食い気味に尋ねてくるシャルロット。

一夏はセシリアのことを思い出し、顔を赤くさせてシャルロットから目を逸らす。

 

「いや、その、まぁ、何というか……」

 

「うんうん」

 

「お、俺とセシリアはただ仲の良い友人というか……」

 

「え〜〜鈍いな〜〜」

 

「な、何がだよ⁉︎」

 

一夏の顔に焦りと照れが同時に出てきており、もう大変なことになっている。

シャルロットは優しく微笑み、何となくカップを手で回し始める。

 

「一夏は、どう思ってるの?」

 

シャルロットがそう聞くと、一夏は少し深呼吸をして、落ち着いて口を開く。

 

「その……まあ、あれだな」

 

「うん」

 

「こ、好意的には思っている人物だな、うむ」

 

「なんで急に箒みたいな口調になるのさ」

 

思わず吹き出すシャルロット。

一夏も頰を赤く染めながら、コーヒーを口につける。

 

「良いカップルだと思うけどね、僕は」

 

「ええ⁉︎」

 

「本当だよ?羨ましいくらい、すごく良い組み合わせだと思う」

 

「で、でもそんなこと思ってたらセシリアに嫌に思われたりしないか?」

 

一夏が不安そうな表情でシャルロットに尋ねる。

シャルロットは優しい顔をして、一夏に返す。

 

「本当にそう思う?」

 

「えっ……」

 

「今までセシリアと一緒に時間を過ごしてきて、一夏が疎ましく思われるような反応ってあった?」

 

そう言うと、一夏はうーんと唸り、考え込んだ。

シャルロットはなんとなく、カップの中で広がるコーヒーの波紋を眺める。

 

「今までのセシリアを見てきて、僕はそう思ったことは一度もないよ、一夏」

 

「そ、そうなのか?」

 

「うん。一夏もちょっとは自信持って、セシリアの心を信じることも大事だよ」

 

「………」

 

一夏は今までのことを振り返った。

確かに、もし自分のことを好意的に思ってくれてないのなら、アリーナで肩を支えてくれたことも無かっただろうし、イギリスに行く前に、二人で出掛ける約束を交わしてくれなかっただろう。

つまり、少なからず自分も好かれていると思っていいのだろうか。

 

不安と期待が入り混じったような、そんな表情だ。

シャルロットは一夏の目を見て、優しく言った。

 

「応援してるよ、一夏」

 

「あ、ああ!頑張るよ!」

 

「あ、やっぱり好きなんだね」

 

「んなぁ⁉︎」

 

「あははは」

 

結局自分で白状してしまった一夏に、シャルロットも笑った。

そんな二人の元に、食堂の入口から誰かがやってきた。

 

「おはよう、二人とも」

 

挨拶をしてきたのはラウラだった。

学園に転入してきた時は冷酷な空気を纏わせていたが、あの暴走事件以来そのようなことは一切無くなり、今では小さい容姿もあり、クラスで可愛がられている存在だった。

そして事件以来、一夏にとって一つ困ったことが出来たのも事実だった。

 

「嫁よ、こんなところにいたのか。探したぞ」

 

「だから嫁じゃないって!」

 

一夏には全く心当たりが無いのだが、あの事件以来、ラウラはずっと一夏のことを『嫁』と呼んでいる。何故そう呼ぶのかと尋ねると、「部隊の副官から学んだ日本文化」なのだそうだ。なんとも傍迷惑な副官だ。

 

「ラウラは何してるの?」

 

「特に何もしていない。故に、暇を持て余していた」

 

「そうなんだ」

 

ラウラはそう言うと、何事も無いように一夏の膝の上に座る。

 

「いや、なんで俺の膝なんだよ⁉︎」

 

「私の嫁だからな」

 

「答えになってねえよ……とにかく、せめて俺の隣に座ってくれ」

 

一夏はラウラの両脇を掴み、持ち上げて膝から移動させる。

すると一夏は、自分のカップの中を見て驚愕した。

 

「あ、あれ⁉︎コーヒーが無いぞ⁉︎」

 

「ああ、美味かったぞ。礼を言う」

 

「いつの間に⁉︎いや、まぁいいけど……」

 

「ははは、一夏も大変だね」

 

一夏とラウラが話している傍、シャルロットは窓の外を見る。

今頃マリアたちは何をしてるんだろうか。

少しだけ空に想いを馳せた後、シャルロットは再び会話に戻った。

その日は昼食も夕食も三人で一緒に楽しみ、充実した休日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





更識家・地下情報管理室。
更識家には、地下に隠された部屋がいくつかある。
その内の一つ、地下情報管理室で、楯無は大量の情報と向かい合っていた。

「………めぼしい情報はナシ、か」

楯無が調べているのは、無論マリアの素性についてだった。
ディスプレイにはイギリスの戸籍情報や、秘密裏に覗いた反社会的勢力の人員についての情報など、数多くの名前と顔写真が映し出されている。
しかしそのどれにも、彼女の情報に当てはまるものは見つからなかった。

「何故……?今の情報化社会で何の痕跡も残さないなんて、ほとんど不可能な筈なのに……」

ということは、やはり彼女は良からぬことを企んでいる人物なのだろうか。
しかし、以前彼女と話したときは、そんな雰囲気など一切感じさせなかった。

楯無はディスプレイを離れ、書棚にあるイギリスについての書物を何冊か取り出す。
とは言っても、取り出した本はイギリスの地図と写真が載せられた本だ。こんなところに彼女の情報が見つかるとは微塵も思ってないが、楯無自身、少し疲弊していた。
開けても無駄だと分かっているが、気分を変えるために、ペラペラとページをめくる。






ある写真を見て、ページをめくる楯無の指が止まった。

「ん……?」

そこに載せられていたのは、イギリス・ロンドンの観光スポット、Big Benと呼ばれる時計塔を中心とした景色の写真だった。
それを見て、楯無の心の何処かで、違和感が芽生えた。

(イギリスには何回か行ったけど、ここって、こんな地形だったかしら……?)

しかし、ずっと眺めれば、その景色が当たり前だったようにも感じる。
そうだ、これは世界中の人間がよく知る、有名な観光地じゃないか。
しかし、今感じた違和感は一体何だったのだろう。
何故自分はこの写真に写る景色に疑問を感じたのだろうか。
何(・)か(・)が(・)以(・)前(・)と(・)変(・)わ(・)っ(・)た(・)、そんな風にも感じた。

はっきりとしない感情に覆われたまま、楯無はその後もページをめくり続けた。


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