狩人の夜明け   作:葉影

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第29話 帰国

翌日。

マリアとセシリアはエマに連絡し、研究所へと向かった。

幸い二人の機体はもう修復が終わっており、無事に二人の手元に戻った。

あの森であったことをエマに詳しく話すことはしなかったが、月の香りの狩人の襲撃の恐れを考慮し、研究所の地下実験について、これまで通り政府への黙秘を絶対に崩さないこと、そしてセキュリティの管理をより強固なものにさせることを約束させた。

もし月の香りの狩人に地下実験の存在が知られれば、きっと恐ろしいことになるだろう。

またセシリアは、オルコット家の領地であるあの森林地を全て閉鎖。

屋敷に住み込みで働くチェルシーも、身の安全を考え、セシリアは彼女を日本にあるオルコット家の別荘へ連れて行くことを決意した。

 

 

その次の日。

マリアとセシリア、そしてチェルシーは再びロンドン・ヒースロー空港に来ていた。

オルコット家の自家用ジェット機に搭乗していた三人は、ジェット機が離陸するのを待っていた。

セシリアが、チェルシーに少し申し訳なさそうな表情で話しかけた。

 

「ごめんなさい、チェルシー。いきなり連れて来てしまって……」

 

しかしチェルシーは落ち着いた様子で、優しく微笑み返した。

 

「とんでもございません。確かに、住み慣れた土地を離れる寂しさは否定出来ませんが、お嬢様たちと共に過ごせることが、何より嬉しいことだと感じております」

 

「ありがとう……チェルシー……」

 

「それに、一夏にも会えるしな」

 

「ああ!そうですね!」

 

「ち、ちょっとマリアさん⁉︎」

 

「安心なさってください、お嬢様。織斑様を奪う真似はしないので」

 

「チェルシーも悪ノリしないでくださいまし!」

 

「ふふふ」

 

およそ20分後、ジェット機は離陸。

ロンドンの街はどんどんと小さいものになっていく。

マリアは中心街に聳(そび)え立つ時計塔を、複雑な目で眺めていた。

やはり、自分の記憶にあるヤーナムの地形は、現在の状況と比べると違和感が拭えなかった。

 

 

次にあの時計塔を目にするのはいつになるだろうか。

 

本音を言えば、もう目にしたくなかった。

 

しかし、背を向けるわけにはいかない。

 

私は、未だ過去の罪を思い出せていないのだから。

 

 

 

水曜日。

イギリスを出国した一行は、長時間のフライトを経て、日本へ向かった。

 

 

 

◇

 

 

 

木曜日、午後6時。

淡い夕陽が雲を橙色に染め、IS学園は一日の終わりを迎えようとしていた。

 

同刻、一台の黒の高級車が学園の正門前で停止した。

運転手であるチェルシーが先に降り、後部座席のドアを開けた。

車から降りたセシリアとマリアは、久々の学園を眺めていた。

 

「あまり日は経っていないのに……何だか久しぶりに来た感覚ですわ……」

 

「そうだな………」

 

二人の耳元にある緋と蒼のイヤーカフスが夕陽に照らされ、温かい光を放っていた。

暫くの間、無言で夕陽を眺めていた三人だったが、彼女たちのもとへ駆け寄ってくる人影がいた。

 

「おーーーい!!」

 

「ん?あれは……」

 

「い、一夏さん!」

 

走ってくる人物は一夏だった。三人を笑顔で迎えてくれている様子だ。

一夏に気付いたセシリアも、頬が少し赤くなっていた。もしその理由を聞けば、彼女はきっと照れながら、夕陽のせいだと答えるだろう。

一夏が三人の前に着くと、セシリアが一夏に尋ねた。

 

「ど、どうしてここにいらっしゃるんですの⁉︎」

 

赤い顔でセシリアが聞くと、一夏も笑って答えた。

 

「ほら、木曜日に帰ってくるって言ってただろ?さっきまで学園の中を散歩してて、もしかしたらそろそろ帰ってくる頃なんじゃないかって思ったんだ」

 

「まぁ……嬉しいですわ、一夏さん」

 

セシリアは一夏の優しさに、うっとりとした表情をする。

 

「一夏、久しぶりだな」

 

「マリアもお疲れ。楽しかったか?」

 

「ん……まぁ、な」

 

一夏に悟られないように、それらしい返事をしておく。

一瞬セシリアがこちらを見たような気がしたが、あえて目を合わせないようにした。

あまり気に病まないでほしいと願う。

 

一夏はセシリアの後ろにいるチェルシーに気付いた。

 

「なぁ、セシリア。この人は……」

 

するとチェルシーが笑顔で答えた。

 

「初めまして、織斑様。チェルシー・ブランケットと申します。お嬢様の専属メイドを勤めさせていただいております」

 

チェルシーは両手でスカートの裾を摘(つま)み、お辞儀をした。

 

「ど、どうも、織斑一夏です。へ〜〜メイドさんか……やっぱりセシリアの家は凄いな」

 

「ふふ……チェルシーは小さい頃から仲良くしていた、私の幼馴染でもあるんですの」

 

「はい。なので、織斑様のお話はよくお嬢様から伺っておりました」

 

「え、俺?」

 

「ええ。なんでも、『学園に強くて優しい素敵な男性が────」

 

「きゃあああ⁉︎ちょっとチェルシー⁉︎いきなり何をおっしゃいますの⁉︎」

 

顔から火が吹きそうになっているセシリア。

マリアはその光景を見て静かに笑い、そして自分の荷物を持った。

 

「じゃあ、私は先に帰るよ。セシリア、イギリスに連れて行ってくれてありがとう」

 

「そんな……とんでもないですわ。寧ろ、私がマリアさんを無理矢理連れて行ってしまった形だったので……」

 

「そんなことないさ。私が行きたいと決めたんだ。だから感謝している」

 

「そう、ですか………」

 

「チェルシー、世話になったな。また近いうちに会おう」

 

「ええ、是非とも」

 

「じゃあな」

 

マリアは正門をくぐり、真っ直ぐ歩く。

ちょうど夕陽と対面するような形で、少し眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ、一夏」

 

暫く歩いたところで、マリアが振り向いた。

 

「ちょっと来てくれないか?」

 

「どうした?」

 

一夏がマリアの元へと駆け寄る。

 

「ああ、荷物か。確かに重そうだもんな。俺が持つよ」

 

「いや、そうじゃないんだ」

 

「え?」

 

「一夏にこれを渡そうと思ってな」

 

マリアがポケットの中から小さな白い紙のようなものを取り出した。

 

「何だこれ?」

 

手触りからして、それは一枚のフィルムだった。

 

「裏返せば分かる」

 

マリアの言う通りに裏返してみると、そこには機内でのセシリアの姿が写っていた。

肩にまで毛布を被り、ジェット機の窓の外を眺めている彼女は、少し拗ねているような表情で、頰を赤く染めている。

機内で何があったか一夏は予想出来ないが、セシリアのその表情はとても愛らしいものだった。

また、窓から差し込む太陽の光がセシリアの金色の髪をより際立たせ、本当に綺麗な姿になっていた。

一夏は写真を見て、思わず心臓が跳ね上がった。

 

「マ、マリア……これ……!」

 

「一夏なら喜ぶと思ってな」

 

「お、俺がセシリアのこと……っていうの、バレてたのか?シャルにも聞かれたんだけど」

 

一夏はセシリアに悟られないように小声で尋ねた。

マリアはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。

 

「シャルロットにも知られたのか。なら千冬も当然分かっているだろうな。というか、二人の様子を見たら誰だって勘付くぞ」

 

「ま、マジかよ……」

 

これ以上ないくらい恥ずかしそうな一夏。相変わらず鈍感である。

するとマリアは少し真剣な様子で、一夏に尋ねた。

 

「なぁ、一夏」

 

「ん?」

 

「………シャルロットは元気にしていたか?」

 

「ああ、元気だぜ。今も部屋にいるんじゃないかな。きっとマリアが帰ってきたら喜ぶぞ」

 

「そうか……ありがとう。ではな」

 

マリアは荷物を持って、再び寮へ向かった。

二人の様子を見ていたセシリアだったが、夕陽の逆光のせいでマリアが何を渡していたのか全く分からず、ずっとキョトンとした顔をしていた。

しかしチェルシーは、見えていないが分かったらしく、セシリアの後ろで優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアは、マリアの遠い後ろ姿を見て、思った。

 

 

(マリアさん……正直、貴女のおっしゃっていた話は、未だ半信半疑です)

 

 

(でも、あの森であのような非現実的なことが起きれば……私は信じるべきなのでしょうか)

 

 

(それに、研究所の地下実験……打鉄が損傷反応を起こしたのは私と貴女の血液だけでした………)

 

 

(前々から、貴女と私は何処か似ている……それと同時に、私のお母様の雰囲気も微かに感じられる……そう思っていました)

 

 

(もしも………もしも貴女の話が全て事実で、私の今考えている憶測が本当にその通りなら、貴女は………)

 

 

しかしセシリアは、首を振った。

 

 

(いえ………まさか、ですわね………)

 

 

その後、チェルシーはオルコット家の別荘へと向かい、セシリアと一夏は一緒に寮へと向かった。

実家に帰省している学生がほとんどなので、寮への道は誰もおらず、二人は甘い時間を過ごしていた。

 

 

 

◇

 

 

 

マリアは、自室の前にいた。

扉を開ける手が、なかなか出せない。

シャルロットにどう話しかけようか。

なかなか頭の中で言葉が出てこないマリアだったが、ここで考え込んでも仕方がない。

思い切って、マリアはドアノブを回した。

 

「シャルロット……?」

 

部屋を見ると、シャルロットがいなかった。

しかし浴室の方から、シャワーの音が聴こえてくる。

 

(シャワーを浴びているのか……)

 

マリアはとりあえず着替えることにした。

荷解きも終え、着替え終わり、椅子に座るマリア。

座ると同時に、気が張っていたのだろうか、身体から力が一気に抜け、疲れがどっと押し寄せた。

カーテンを流れてくるそよ風が気持ちいい。

なんだか、瞼が重い。

眠ってしまいそうな感覚だ。

もう寝てしまおうか……。

いつのまにかマリアは、眠りの中へ入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パサッ

 

 

マリアは、何かが落ちた音に目を覚ます。

床を見ると、少し湿ったタオルが落ちていた。そしてその横には、肌白い脚が伸びていた。

マリアは、視線を上にあげる。

 

そこには、少し濡れた髪のシャルロットが立っていた。

 

何故だか、目から涙が出そうなシャルロットだが、ぐっと堪えた。

 

そして少ししゃがみ、マリアと同じ高さに目を合わせ、優しく微笑んだ。

 

「帰ってたんだね、マリア………」

 

「ああ、ついさっき、な」

 

「ふふっ、そっか」

 

どちらともなく、自然に笑みが零れた。

 

温かい空気だった。

 

「おかえり、マリア」

 

「ただいま………シャルロット」

 

 

 

◇

 

 

 

「マリア、何か飲む?」

 

「そうだな……そうしよう」

 

「そのままでいいよ。疲れてるでしょ?紅茶入れてあげるね」

 

「すまない」

 

シャルロットは台所に行き、お湯を沸かし始めた。

マリアもシャルロットの言葉に甘え、おとなしく待つことにする。

 

 

暫くして、シャルロットが2人分の紅茶をテーブルに置いた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

お互い、静かに紅茶を飲む。

紅茶の温かさが、じんわりと身体の隅々まで広がってゆく。

 

時計の針が盤上を規則的に動く音が、やけに聴こえてくる。

マリアは、カップをゆっくりと受け皿に置いた。

 

「その……シャルロット………」

 

「どうしたの?」

 

「すまなかったな……突然部屋を空けてしまって………」

 

少し責められるだろうか、と、マリアは感じた。

しかしシャルロットはそのような様子は一切見せず、優しい表情を浮かべた。

 

「ふふっ、いいよそんなの。それより、イギリスは楽しかった?」

 

なんと答えようか迷っていると、シャルロットがすぐに続きを話し始める。

 

「実はね……正直不安だったんだ。なんとなくだけど、マリアがイギリスで危ない目に合ってしまうんじゃないかって………」

 

「………そうか」

 

「うん……。ねぇ、マリア。あっちでは何も起こらなかった?」

 

心配気な表情で、シャルロットは尋ねる。

 

「ああ……大したことは無かったよ」

 

「本当に?」

 

シャルロットがマリアの目をじっと見つめた。シャルロットも勘がいい。それとも、私の嘘が下手になったのだろうかと、マリアは心の中で思う。

 

「……敵わないな、シャルロットには。大丈夫だ。少しセシリアのジェット機が不調だっただけだよ」

 

まさか自分とセシリアが森の中で殺されかけたなど、言えるはずもなかった。

マリアの顔を見て、シャルロットは小さく呟いた。

 

「………ほんと、嘘が下手だよね。マリアって………」

 

哀しく、切ない表情をして、シャルロットは俯く。

マリアも、何も言えなかった。

 

二人の沈黙を先に破ったのは、シャルロットだった。

よく耳を傾けないと聞こえないような呟きだった。

 

「ねぇ、マリア………」

 

「………」

 

「僕たち、やっぱり見えない壁があるんだね………」

 

「それは………」

 

「だって……マリアに話しかけても、まるで壁と喋ってるような気持ちになるんだよ……。せっかく久しぶりに会えたのに、これじゃあ前と変わらないよ………」

 

シャルロットの膝の上に一滴、涙が零れた。

 

それを見て、マリアはやりきれない気持ちになる。

一体、私はシャルロットをこんなに悲しませて、何がしたいのだろう。

しっかり彼女と向き合うことを置き手紙に綴ったのは私の方じゃないか。

私は今、その約束を裏切っている行動をしてしまっている。

シャルロットにこんな悲しい顔をさせている自分が情けない。憎い。

 

でも、彼女にどんな言葉をかけるべきか、分からない。

 

マリアは、何度も口を開いては、閉じたりを繰り返し、結局何も言えずに終わってしまった。

 

 

 

 

暫くして、シャルロットがマリアに尋ねた。

 

「ねぇ、マリア」

 

「な、なんだ?」

 

「明後日の土曜日、何か予定あるかな?」

 

「いや、何も無いが……」

 

涙で少し赤い目をしていたシャルロットは、ニッコリと、明るく振る舞った。

 

「それならさ、近くのショッピングモールでお買い物しようよ!マリアと一緒に服見たいな」

 

「あ、ああ!では行こうか」

 

マリアは、シャルロットが少しでも元気になるならと思い、承諾した。

 

「ふふっ、ありがと♪」

 

するとシャルロットは立ち上がり、飲んでいた紅茶を片付けた。

 

「じゃあ……先に寝るね」

 

「ああ、私はシャワーを浴びてから寝るよ」

 

「そっか。じゃあ……おやすみ、マリア」

 

「おやすみ……シャルロット」

 

シャルロットはベッドに横たわり、掛け布団を被った。

 

 

 

 

 

シャルロットがここまで無理をして明るく振る舞ってくれている。

自分も言い訳はできない。

土曜日、しっかりと彼女と話そうとマリアは決意した。

 

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