狩人の夜明け   作:葉影

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恋愛情景を書くのが心底苦手であることを思い知りました。


第32話 休日 Ⅰ

土曜日・午前10時。

学園の正門を出て直ぐの所にある、本島と学園の島を繋ぐモノレールの駅構内のベンチで、マリアは座っていた。

マリアは本島から来るモノレールを待っているところだ。

 

「学園から一緒に行けばいいのにな。そう思わないか?マリア」

 

隣に座っている一夏が言った。

 

「一夏とのデートだ。セシリアも服やら化粧やらで気合いを入れてるから、どうしても時間がかかってしまうんだろう」

 

「てことは、シャルもか?」

 

「かもな」

 

マリアが微笑みながらそう答える。

マリアは今日、シャルロットと近くのショッピングモールへと遊びに行く予定だ。

しかしマリアは朝、シャルロットに「ごめん!先に行ってて!」と言われ、ショッピングモールの前で待ち合わせることになったのだ。

一夏も今日、セシリアとデートに行く予定らしく(しかも同じショッピングモールらしい)、そして偶然にも、一夏もセシリアから先に行っててほしいと言われたそうだ。

駅前でバッタリ会ったマリアと一夏は、モノレールが来るまで時間を持て余していたのだ。

 

「ところで一夏」

 

「ん?」

 

「あの写真は気に入ったか?」

 

「ぶっ」

 

突然の質問に、顔を赤くして咽せる一夏。

 

「な、なんだよ急に」

 

「私にしては上手く撮れてただろう?あの顔もなかなか見れないぞ」

 

イギリスへ行ったときの機内でのセシリアの写真を、マリアは思い浮かべる。

 

「そ、そうだな……マジで感謝するぜ、マリア。サンキューな」

 

「いいさ。またデザートでもご馳走してくれ」

 

そうこうしているうちに、海の上を走る線路からモノレールがやってきた。

マリアと一夏は立ち上がり、モノレールに乗り向かい合って座る。

やがてモノレールは走り出す。

窓の外は終わりのない水平線が広がり、海は眩しい太陽を反射させている。

そんな景色を見ながら、マリアは少し前のことを思い出していた。

 

「そういえば………」

 

「なんだ?」

 

「いつか千冬とも、こうして一緒に乗ったことがあったな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。初めて一夏と会う、少し前のことだ」

 

「ハハハ。千冬姉と二人きりだなんて、緊張したんじゃないか?」

 

「そんなことないぞ?一夏の話を聞いていたんだ。ここでな」

 

「げっ………千冬姉、何か言ってたか?」

 

「ふふ………いいや、仲が良いと思ってな」

 

「?なんだよそれ」

 

「ふふふ」

 

ここで千冬といたとき、マリアはまだ家族のことを思い出せていなかった。

家族のことを話す千冬の優しげな表情を見て、その時のマリアは彼女のことを羨んでいた。

あの時と同じように、マリアと一夏は果てまで続く水平線に目を奪われている。

駅に着くまで、二人の間には静寂が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

駅に着いた後、マリアは一夏と分かれた。一夏たちの待ち合わせ場所はどうやら別の所らしい。

マリアはシャルロットと約束した場所、ショッピングモール前の大きな噴水に座っていた。

梅雨の影響だろうか、今日はいつにも増して蒸し暑い。朝から照りつける太陽に、マリアは頰に一筋汗を流した。

周りでは若いカップルから子供連れの家族、老夫婦まで老若男女が休日の時間を満喫している。噴水の内側では子供たちがバシャバシャと水遊びをしており、微笑ましい光景がそこにあった。

 

目の前を、親子が通り過ぎた。

母親と七才くらいの少女。仲良く手を繋ぎ、二人はお揃いの麦わら帽子、少女の手には大きなアイスクリーム。

笑顔でアイスクリームを頬張る姿に、横の母親も微笑ましい表情をしていた。

そんな光景を見て、マリアは自分の母親のことを思い出した。

自分が母親と手を繋いで外に出たのは、あの夜、あの家から出たときだけだった。

あの親子のように、笑顔を浮かべた記憶はない。

そんなことを思いながら、なんとなく親子を目で追っていると─────

 

「マリア」

 

「………」

 

「まーりあっ」

 

「ん?ああ、シャルロット。来たか」

 

「どうしたの?」

 

「いや、別に………」

 

「………?」

 

振り返ると、先ほどの親子は、もう姿を消していた。胸の中で、少しだけ虚しい痛みが染み渡った。

マリアはシャルロットに暗い顔を見せないように、笑顔を作る。

 

「シャルロット、可愛らしい格好じゃないか。似合ってるぞ」

 

「えへへ、ありがとっ」

 

シャルロットは腕が肩の辺りまで露わになった襟付きのシャツ、そして下はショートパンツという軽快な服装をしていた。

首にはリヴァイヴの待機携帯であるオレンジ色の十字のネックレス・トップ。

そして彼女の家に伝わる、小さな御守り。

シャルロットの顔を見ると、やはりアデラインの面影が残っていると改めて思う。彼女に似て、優しい顔をしている。

 

「じゃ、行こっか」

 

自然に私の手を取り、シャルロットは笑う。

彼女の背中を見ながら、マリアは帰国した時に彼女が見せた悲しい表情を思い出した。

 

『僕たち、やっぱり見えない壁があるんだね………』

 

今日この時を楽しんでいるようで、それは彼女に無理をさせた笑顔なのかもしれない。

帰る前に、面と向き合って話し合わなければならない。

 

自分の、本心を─────。

 

 

 

 

 

 

駅前すぐの大型ショッピングモールには、ファッション、食料品、本などから、家具、旅行代理店、登山用具、ジュエリーのブランド店まで幅広く揃っており、学園の生徒はもちろん、県外からも足を運んでやってくるほどの人気がある。

更にショッピングモールのすぐ近くには水族館や遊園地があり、買い物だけでなく遊べることも考慮して作られた大型統合施設となっている。また、2020年ということもあり、来月日本ではオリンピックが開催されるため、その影響で周囲には外国人も数多くみられた。

 

「驚いたな……。千冬と外から建物を見たことはあったが………こんなにも広いとは………」

 

クーラーの効いた涼しいモール内で、マリアは独りでに呟いた。

 

「それで、シャルロット。何処か行きたい所はあるか?」

 

「うーん、そうだね……色々あるけど、まずはあそこかな」

 

シャルロットはマリアの手を引き、ウキウキとした様子で歩く。その姿を見て、マリアも微笑んだ。

 

3分程歩いたところで、シャルロットは足を止めた。

 

「入ろ、マリア」

 

「ここは………」

 

そこは女性用下着の店だった。

入り口には流行りの下着をつけた数体のマネキン。店内も広いため、あらゆる種類の女性用下着が揃っており、10人程の客があちこちで下着を比べていた。

 

「マリア、あんまり下着持ってなかったよね?」

 

「ああ。だが不便は特にないぞ?」

 

「だーめっ。だってマリア、いつもサラシでしょ?」

 

ある日マリアが部屋で着替えている時、シャルロットがその光景を見て驚いたということがあった。

なんとマリアはブラジャーを持っておらず、ずっと胸にサラシを巻いて生活していたのだ。

箒のように剣道をしているような人物で、そのためにサラシを巻いているというのならともかく(とは言っても箒もサラシではなくスポーツブラであるとシャルロットは思っているが)、普段の私生活で常にサラシ、という状態なのだ。

マリア曰く、入学時に一応千冬からいくつか下着を支給されたらしいが、マリアは着け方がよく分からず、タンスに入れたままであるらしい。

マリアにとっても生前はブラジャーなど無かったため、単なる布を巻くのが普通だったのだ。

 

「マリアも僕も年頃の女の子なんだから、もっと身体には気を遣わないと!」

 

「そうなのか」

 

「そうなの!」

 

シャルロットは自分の子に世話を焼く母親のような態度で、マリアに言う。

しかし下着にも随分と種類があるな、とマリアは思った。

似たようなデザインでも少しずつ違っていたり、大きさによってつくりや色使いが変わっているものもあり、選ぶのは時間がかかりそうだ。

 

「うーん、マリアはどんな色が似合うかな……。マリアは何か気になる色ってある?」

 

「そうだな……」

 

あまりこだわりはなく、どの下着でも良さそうな気がするが、それを言うとシャルロットが怒る気がするので、なんとか答えてみることにする。

 

「シャルロットが決めてくれないか?」

 

「え、僕が?いいの?」

 

「ああ。シャルロットが決めてくれたものなら喜んで着けよう」

 

そう答えると、シャルロットが少し照れた。

不意に嬉しいことを言われ、シャルロットとしても嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちだった。

そしてシャルロットは照れながら「そ、そういうの禁止!」と言って、逃げるように下着探しに取り掛かり始めた。

何かいけないことでも言ったかとマリアは首を傾げたが、すぐにシャルロットの隣で下着を見始める。

 

「ねぇマリア。これなんかどう?」

 

暫くしてシャルロットが選んだのは、純白の生地のブラジャーだった。

花の刺繍が縫われたそれは、控え目なアピールではありつつも、マリアの白い肌と髪にぴったりと合いそうな存在感である。

 

「マリアの胸はちょっと大きめだから、こっちのサイズの方がいいかも」

 

そう言って、シャルロットは隣にある同じデザインで、少し大きめのサイズのものを取った。

 

「良さそうだな。ありがとう」

 

「取り敢えずカゴに入れておこうか。他にも色々あるから、探してみよう」

 

「ああ」

 

シャルロットとマリアは再び下着探しに取り掛かる。

とは言っても、マリアはどの下着を手に取っても、なかなか自分が着用しているイメージが湧いてこない。

だが、シャルロットとこういう風に、何か新しいものを探していくことに、新鮮な楽しさを覚えていた。きっと世の女性たちも自分たちの服装を探すときは、こういった楽しさを感じているのだろう。

マリアは新鮮な冒険心とともに、気になった下着を何着か選んだ。自分のセンスが良いかどうかは分からないが。

すると、マリアの取った下着を見て、シャルロットが言った。

 

「黒かぁ。攻めるね〜マリア」

 

まるで母親の目を盗んでこっそりとお菓子を頬張り、しかし見つかってしまった時のような、そんな気不味さと恥ずかしさをマリアは感じた。自分のセンスに自信が無い証拠だろう。

 

「やはり、似合わないだろうか……」

 

「え⁉︎そんなことないよ!むしろ、凄く似合うと思うよ⁉︎」

 

「そ、そうか」

 

「マリアはクラスの中でも……というか、同年代の女の子たちからしても大人な雰囲気だからね。大人っぽい黒はよく似合うんじゃないかな」

 

シャルロットの優しい笑みで、マリアもホッとする。シャルロットがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。自分のセンスは取り敢えずは大丈夫なようだ。

 

 

 

 

 

 

数着の下着をカゴに入れたマリア。

 

「どう?大体決まった?」

 

「ああ、とりあえずこれらの下着にしようかと思う」

 

「そっか。じゃあ試着だね」

 

「試着?買うんじゃないのか?」

 

「買った後にサイズとか着け心地や見た目が合わなかったら嫌でしょ?下着でも普通の服屋さんでも、試着してから買うのが普通だよ」

 

「そんなことができるんだな」

 

まだまだこの世界で知らないことが多いマリアにとって、また一つ勉強になった。

マリアはシャルロットに連れられて、空いている試着室の前に来た。

開いたカーテンの先に、全身が映る姿見がある。

 

「さ、マリア。入って」

 

「ありがとう」

 

マリアは靴を脱ぎ、下着の入ったカゴと一緒に試着室に入る。「できたら呼んでね」と言って、シャルロットはカーテンを閉めた。

 

マリアは小さな空間の中で、服を脱ぎ始めた。胸部に巻いた白いサラシを解き、下に履いているものも脱ぐ。

そしてシャルロットが選んでくれた純白の下着を手に取った。

 

「いい生地だな……優しい手触りだ」

 

脚を上げ、ショーツの穴に足先を通し、上に持っていく。

ショーツを履き、次はブラジャーかというところで、マリアはあることを思い出した。

 

(着け方が分からないんだった………)

 

改めてブラジャーをじっくり見てみるが、やはりよく分からない。

溜息を吐き、シャルロットに聞いてみようと思ったマリアは、徐にカーテンを開ける。

 

「すまないシャルロット、これの付け方を────」

 

「え?わわわ、ち、ちょっと!マリア!みえてるみえてる!」

 

「見え?………きゃっ!」

 

マリアは自分でも驚くくらいの高い声を上げ、カーテンを閉めた。

店に入って下着を選ぶという初めてのことで、楽しさに気を取られていたのか、うっかりしてたらしい。

幸い店内で此方を見ている者はいなかったが、公共の場で自分の露出した胸を晒してしまうなど、女としてどうなのかとマリアは恥ずかしくなった。

マリアは自分のやってしまったことに対する恥ずかしさがどんどんと増幅し、熱い頰を両手で抑える。そしてそれはシャルロットも同じだったようで、彼女も不意打ちを食らったというように、顔を赤くしていた。

そして暫くして、マリアが真っ赤に顔を染めながら、カーテンを少しだけ開けた。

カーテンの端を摘み、身体を隠して顔だけを出している構図だが、斜めに持ち上げられたカーテンの下からはマリアの肌白い脚が露わになっている。

 

「す、すまないシャルロット………変なものを見せてしまって………」

 

「い、いやいや!大丈夫だよ!あはは、はは」

 

シャルロットは焦りと気不味さの入り混じったような作り笑いをした。

その様子を見て余計に恥ずかしくなったマリアだった。

 

「それで、さっき何か言いかけなかった?」

 

「そ、その………」

 

マリアは先ほどの恥ずかしさが相まって、赤くなった顔を俯かせもじもじとしていたが、顔を上げてシャルロットと目を合わせる。

 

「し、下着の着け方が分からないんだ……」

 

「あ、そ、そうだったね。まずストラップを肩にかけてブラの下側を持って、それで身体を……って口で言っても伝わりにくい?」

 

「あ、ああ……正直」

 

「そっか……じゃあ────」

 

シャルロットは周囲をキョロキョロと見た後、恥ずかしげに小声で言った。

 

「僕が着けてあげるから、ちょっと入るね」

 

 

 

 

 

 

流れるようにカーテンの内側に入ってきたシャルロットに、マリアは少しだけ驚いた。

 

「いいのか?シャルロットも入ってしまって」

 

「て、店員さんに見られたら怪しまれるかもね……あははは」

 

だ、大丈夫だよ!と、根拠のない自信をシャルロットは口にする。

恐らく一般的にこの状況はあまりよろしくないかもしれないが、とりあえずはシャルロットに任せることにした。

 

「じ、じゃあマリア。下着貸して?」

 

「あ、ああ」

 

マリアは、花の刺繍の入った純白のブラをシャルロットに手渡す。

試着室は一人だけ入るように作られているため、幅は1.5m程しかなく、小さい空間だ。

そんな狭い空間で、マリアとシャルロットは互いの息遣いが聞こえるくらいに近い。

その上マリアはショーツを履いてるのみで、ほぼ裸の状態なので、マリアにとっては少し恥ずかしい状況なのだ。

シャルロットはマリアの後ろに立ち、ブラをマリアの前に出す。

 

「じゃ、マリア。ここのストラップのところに肩を通して」

 

「こうか?」

 

「うん。それで、ちょっとだけ身体を前に倒してくれる?」

 

「わかった」

 

マリアはゆっくりと身体を前に倒す。

シャルロットは次の工程を頭に浮かべ、顔を真っ赤にさせていた。

 

「こ、この状態でバストをカップの中に入れるんだけど………」

 

「……?」

 

「えーっと……こんな感じでおっぱいを────」

 

「んっ……」

 

「あ、あわわわ、ごめんマリア!」

 

不意に口から出たマリアの甘い反応に、シャルロットは思わず手を離した。

だがマリアは少し頰を紅潮させながらも、優しく微笑み返す。

 

「いや、少しビックリしただけだ。続けてくれ。私は何をすればいい?」

 

「そ、そうだね……取り敢えずは、僕のやり方を見ててくれるかな?」

 

「わかった」

 

マリアは鏡に目を移し、シャルロットの手に焦点を当てる。

シャルロットは優しい手つきでマリアの胸を持ち上げる。

すべすべとしたマリアの胸をそっと持ち上げる動作を、実の本人から鏡越しで監視されるような状況を自分で作っておきながら、これ以上恥ずかしいことがあるだろうかとシャルロットは感じていた。

なるべく乳房の先の膨らみに自分の指が当たらないように、シャルロットはマリアの胸をカップに入れていく。

 

「今、バストがカップの中に入った状態だよ。ここで後ろのホックを留めるんだ。マリア、腕を後ろに回して、留めてみて」

 

「こうか?」

 

マリアは覚束ない動作で、なんとかホックを留めることに成功した。

カチッとした音は鏡と壁に吸い込まれ、響くことなく直ぐに消えた。

 

その後もシャルロットの手ほどきを受けながら、マリアはブラの着け方を学んでいった。

そして着け終わった時、マリアは改めて鏡に映った自分を見た。

 

「どう?マリア。初めて着けてみた感想は」

 

マリアは自分の姿を見て、ワクワクとした気持ちになっていた。

自分の身体がどこか変わったわけではない。

だがこの感覚は、自分の気に入っている装飾を身に付けたときのものととても似ていた。

自分の新しい一面を発見した、そんな気分だ。

服装と同じように、世の女性たちはきっと新しい下着を探すときも、自分と同じように楽しんでいるのではないだろうかとマリアは思った。

 

「いい、な………とても良いと思う」

 

「ほんと⁉︎良かったぁ……」

 

先ほどまで赤くなっていた顔は随分と落ち着き、安心した様子を見せるシャルロット。

 

「確かにこれ、質が良いよね。肌に優しい手触りだし、柄も可愛いし」

 

「いや、きっとシャルロットが選んでくれたからだな」

 

マリアはシャルロットの目を見て、そう言った。

するとシャルロットは、また照れた顔をした。

 

「や、やめてよ……」

 

はにかんだ後、シャルロットはほんの一瞬、寂しい顔を見せた。

マリアがその表情に気付いた途端、シャルロットは再び笑顔になって話を続けた。まるで何もなかったかのように。

 

「じゃ、他のものも合わせてみよっか!」

 

次は黒のブラを合わせようと試みるシャルロットとマリア。

マリアはシャルロットの横顔を見ながら、頭には彼女の寂しい表情が脳裏をよぎっていた。

 

 

 

 

 

 

「良い買い物が出来た。ありがとう、シャルロット」

 

「ううん、いいんだよ。良かったね♪」

 

店を出た二人。

マリアの手には、先ほど買った下着の入った紙袋が提げられていた。

マリアはシャルロットに選んでもらった純白の下着がとても気に入ったらしく、折角ならというシャルロットの提案で、そのまま着けて過ごすことにした。

やはり新しく着る物を買うのは楽しい、とマリアは久々に女としての楽しみ方を堪能していた。

 

「それで、次はどうしようか?」

 

「次は水着を見に行くよ!」

 

「水着?海に行く予定でもあるのか?」

 

「ほら、来月は臨海学校があるでしょ?でも臨海学校はテスト期間が終わって直ぐに始まるから、準備する時間もないだろうし、それなら今のうちに水着も買えたらいいなって」

 

「なるほど、臨海学校か」

 

そういえば連休前に、千冬がHR(ホームルーム)で臨海学校について軽く説明していたなと、マリアは思い出す。詳細は後日改めて話すとのことだったので、その時は日程ぐらいの情報しか聞かなかった。

 

「どんな水着にしようかな〜。そういえばマリア、水着買ったことある?」

 

「いや、初めてだ」

 

「だと思った。日本の夏は特に暑いからねー。油断してるとマリアの綺麗な白い肌もこんがり焼けちゃうよ?」

 

「ふふ、そうならないことを祈るしかないな」

 

暫く他愛もない会話をしていると、水着の店の近くまで来た。

すると、マリアの視界に、見知った人物がその水着の店に入っていくのが見えた。

 

「ん?あれは………」

 

「あ、一夏とセシリアだね」

 

「セシリアの水着選びに付き合ってやるのかもな」

 

「ラブラブだね」

 

一夏とセシリアは初々しくも笑顔で会話しており、見ているこちらも微笑ましい。

そして彼らの後ろを二人の少女が尾け………二人の少女?

 

「シャルロット、あれは」

 

「すごくバレバレな尾行だね……一夏はともかく、セシリアには絶対バレてるでしょ」

 

遠く離れた向こう側からコソコソとやって来たのは、栗色の髪の少女・鈴、そして銀髪の凜とした少女・ラウラであった。何やら店の近くの観葉植物の裏で話し合っている。

そして二人は、一夏たちの入っていった水着の店へ突入していった。

 

「ふっ、少しおどかしてやるか」

 

「いいね、それ♪」

 

そう言って、マリアとシャルロットもその水着の店へと入っていく。

中に入ると、鈴とラウラが辺りをキョロキョロと見渡していた。こちらにはまだ気付いていないらしい。

 

「あ、あの二人……どこ行ったのよ⁉︎」

 

「見失うとはな……全く、中国の代表候補生はこんなにもトロいのか?」

 

「なっ…⁉︎ていうか、あんたが何度も見つかりやすい所に出るから時間がかかったんじゃないのよ!」

 

鈴は目くじらを立てて怒るが、一方のラウラは飄々とした態度である。

シャルロットはゆっくりと、鈴の肩に手を置いた。

 

「やぁ、鈴」

 

「きゃっ!び、びっくりさせないでよ!………あれ、シャルロット?それにマリアも、あんたたち何してるのよ」

 

「んー、ちょっとデート中」

 

「ああ、一緒に遊んでるってわけね。あんたたち、会うのも久しぶりね」

 

「マリアにシャルロット、お前たちも水着を買いに来たのか?」

 

「ああ。臨海学校のためにな」

 

ところで、とマリアは少し意地悪な顔をして鈴に話しかけた。

 

「鈴、さっきから一体何をコソコソしているんだ?」

 

「なっ⁉︎」

 

途端に恥ずかしげな顔をする鈴。

 

「べ、別に誰も探してないわよ!」

 

「ほう、誰か探しているのか」

 

「あっ…!」

 

しまった、という表情を見せる鈴。

すると横からラウラが堂々とした表情になった。

 

「嫁を探しているのだ」

 

「ちょっと、なにバラしてるのよ⁉︎」

 

鈴がラウラに詰め寄るが、ラウラは腕を組んで得意げな顔をした。

 

「嫁?夫じゃないのか?というか嫁って何だ」

 

「ああ、マリア。ラウラはね、一夏のことを『嫁』って呼んでるんだよ。ラウラの軍隊の副隊長が日本のサブカルが好きなんだけど、知識がちょっとズレてて……」

 

「なるほど、それで『嫁』か」

 

なるほどと言いながら、実際はよく分かっていないマリアだった。

因みにここでのサブカルとは、アニメや漫画などといった一種の大衆文化のことを指す。日本のサブカル内では、気に入った、若しくは深く好意を抱いたキャラクターを『俺の嫁』と表現されることがしばしばあるが、マリアにとっては知る必要も無いだろう。マリアも特に追求することはなかった。

 

「べ、別にあたしは一夏のことなんて探してないから!」

 

「ならば帰れ。私一人で嫁を見つける」

 

「だ、だから何でそうなるのよ!」

 

鈴とラウラは相変わらず口争ったままだ。

すると、シャルロットが店内を見渡して二人に言った。

 

「でも一夏たち、どこに行ったんだろうね?」

 

シャルロットの言う通り、何組かの女性客たちが水着を選んでいる姿があるだけで、一夏とセシリアの姿は見当たらない。

この店は入口が一つしか無いから、気付かぬ間にすれ違うということは考えられないが……。

 

「店の奥にいる、というわけでもなさそうだな」

 

マリアは店の奥の辺りを暫く見て、そう答えた。

 

「まさか、あたしたちの尾行に気付いた⁉︎」

 

「バレバレだったぞ」

 

「う、うるさいわね!」

 

笑いながら指摘するマリアに、鈴はまた頰を膨らませる。

すると、店の入口で話をしているところに、とある人物が現れた。

 

「お前たち、ここで何をしている」

 

彼女たちのよく知る、学園の教師だった。

 

 

 

 

 

 

マリアたちが水着の店の入口で話し合っている光景を、セシリアはカーテン越しに片目だけで覗いていた。

そう、セシリアは今店の奥にある試着室の中におり、その背中には赤い顔で混乱している一夏がいた。

男女が試着室の中に一緒にいるという、あってはならない状況だった。

 

「セシリア⁉︎ど、どうしたんだよ無理やり……」

 

「いえ、その……選んだ水着が似合ってるかどうかを見ていただきたくて……」

 

「だ、だからって一緒に入るなんて……!」

 

「しーーっ。静かにしてください」

 

セシリアは鈴たちの様子を伺い、この状況からいかにして気付かれないようにやり過ごすかを頭の中で考えていた。

 

「でも一夏たち、どこに行ったんだろうね?」

 

シャルロットの声が聞こえた。奇跡的にも試着室には注目されてはいないようだ。

すると今度はマリアが店内の奥の方を眺め始めた。そしてなんと、マリアの目がセシリアと交わってしまった。

 

(み、見られましたわ!)

 

カーテンを直ぐに閉じればよいものの、不意に見つかってしまった衝撃で、セシリアは身体が硬直してしまっていた。

しかしマリアはセシリアの名を言うでもなく、少しだけ口角を上げた後、また鈴たちに向き直った。

 

「店の奥にいる、というわけでもなさそうだな」

 

「まさか、あたしたちの尾行に気付いた⁉︎」

 

「バレバレだったぞ」

 

「う、うるさいわね!」

 

セシリアはゆっくりとカーテンを閉じ、安堵の息を漏らす。

 

(た、助けられましたの……?)

 

見つかったのにも関わらず、こちらの状況を察してくれたマリアに、セシリアは感激と感謝をせずにはいられなかった。

 

(マリアさん……なんて優しいお方なのでしょう!)

 

だが、鈴たちが諦めてくれない限り、状況は良くはならない。考えたくはないが、最早見つかるのも時間の問題だろうか。

 

「な、なぁセシリア」

 

「は、はひっ!」

 

試着室という狭い場所のため、一夏の声が耳元で響き、思わず力が抜けそうになったセシリア。

 

「外に誰かいるのか?」

 

「へっ⁉︎い、いえ、誰もおおおおりませんわよ!とにかくここにいてくださいまし!直ぐに着替えますわ!」

 

「えええ⁉︎いや、ちょっと────」

 

セシリアは半ばヤケになっており、どうせいつかは見つかってしまうのかと考え、一刻も早く一夏に水着姿を見てもらおうと考えた。

そして上に着ていた服を脱ぎ、下着に隠れたセシリアの胸が見える。

咄嗟に一夏も背中を向けたが、間近で見たセシリアの胸が脳裏に焼き付いてしまっていた。

 

(勢いでやってみたはいいものの、ど、どうしましょう⁉︎)

 

頭の中がぐるぐると混乱するセシリア。

しかし時間はない。

 

(も、もういくしかないですわ!)

 

思い切って決意したセシリアは下着に手を掛け、素早く脱いでいく。

 

(え⁉︎ほ、ほんとに脱いでるのか⁉︎)

 

シュルシュルと、下着と肌の擦れる音が一夏の耳に響く。

自分の想い人が、すぐ後ろで裸になっている様子を想像してしまった一夏は、すでに顔から火が出そうになっていた。

 

 

 

 

 

 

「お前たち、ここで何をしている」

 

入口で集まっていたマリアたちにそう話しかけてきたのは、一組の担任である千冬であり、そしてその後ろには副担任の真耶がついていた。

 

「お、織斑先生⁉︎」

 

シャルロット含め、皆意外そうな顔をする。

 

「こんにちは。皆さん、もしかして臨海学校のための水着探しですか?」

 

真耶が千冬の背中からひょこっと出て挨拶をする。

 

「あ、はい………先生たちもいらしてたんですね」

 

「私たち教師も臨海学校前は学園につきっきりだからな。今日はやっと休みが下りて、山田先生と一緒に来たわけだ」

 

普段と変わらない千冬に比べ、後ろの真耶は何やらウキウキしている様子だ。水着探しを楽しみにしていたのか、それとも千冬と一緒の外出を楽しんでいるのかは分からない。

 

「お前たちも入口に立ってないで、さっさと中へ入れ。ここだと迷惑になるぞ」

 

千冬はそう言って、先に店の奥へと入っていった。真耶もその後に続く。

 

するとその時、試着室の方から聞き覚えのある声が聞こえた。一人は女性、そしてもう一人は男性の声だ。

 

「……この声は、もしや────」

 

千冬が声に気づき、試着室のカーテンに手をかける。

マリアはやれやれといったように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

「変……ですか……?」

 

セシリアと一夏は試着室の中で向かい合っていた。

セシリアは水着姿になっており、蒼の水着を着た彼女の大人っぽい姿に、一夏の目は釘付けになっていた。下に履いてる蒼のパレオが、彼女の色気をより一層際立たせている。

 

「い、いや!そんなことないぞ!すごく良いと思う!」

 

一夏が本心でそう言うと、セシリアの表情がパッと明るいものへと変わった。

 

「ほんとですの⁉︎じ、じゃあこの水着に─────」

 

「お客様?」

 

「「いっ⁉︎」」

 

カーテンの外から店員の声がした。

セシリアと一夏の顔は真っ青に変わり、変な汗が流れている。

もしやこの状況を勘付かれたのだろうか。

セシリアが慌てて店員に大丈夫だと伝えようとした、その時。

無情にもカーテンを開く手が伸びる。

 

シャッ

 

「「あああ!!」」

 

「お、織斑君⁉︎オ、オルコットさん⁉︎」

 

「はぁ………何をしている」

 

開かれたカーテンの先には、わなわなと赤い顔をして震える真耶に、呆れ顔の千冬がいた。

見つかってしまったことへの羞恥と千冬への恐怖を感じているセシリアの目に、向こうで驚嘆の声を上げてこちらを見ている鈴たちの姿と、やれやれと溜息を吐くマリアの姿が映っていた。

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