2020年7月7日 16:13
花月荘 第2臨時特別室
………
……ドタドタドタドタ
バンッ!
時間が無い!患者を中へ!
一夏さん!目を覚ましてください!
待てセシリア!部屋の外へ────
血圧、低下しています!
気管挿管、早く!
ピーーーー
カチャ、カチャ、カチャ
一夏さん!
おい!早くその子を出せ!危険だ!
セシリア!暴れるな!外へ出るんだ!
離してくださいマリアさん!私は一夏さんの側に────
いい加減にしろ!後は医師に任せるんだ!
うぅ……一夏さん……一夏さん………
バンッ!
準備完了です!
よし……3、2、1……クリア!
ドンッ!
ピーーーー
グッ、グッ、グッ、グッ………
ダメだ、もう一度!
3、2、1……クリア!
ドンッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ………
動いたか……
……心拍は回復しましたが、蘇生までの時間が長かったので………未だ昏睡状態です………
………クソッ…………
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ………
◇
2020年7月7日 17:25
花月荘 会議室前通路
コンコンコンッ
「失礼します」
『誰だ』
「デュノアです」
『待機と言ったはずだ!入室は許可できない!』
「っ……」
シャルロットは、ノックの手を下げた。
廊下では静かに泣いているセシリア、彼女の背中に手を回し励ます鈴、壁に背中を預けて静かに目を閉じているラウラがいた。
ラウラがシャルロットに声をかける。
「教官の言う通りにするべきだ」
「でも……先生だって一夏のことが心配なはずだよ!お姉さんなんだよ……?」
「ずっと目覚めてないのに……手当の指示を出してから、一度も様子を見に行ってないなんて……」
ラウラは、海岸で担架に乗せられた一夏を見て医師たちとやり取りを交わす様子を思い出していた。千冬は一切表情を変えず、箒にも声をかけずに会議室へと戻っていったのだ。
「……だからどうしろと?」
ラウラが低い声で言う。
「一夏を見舞えば……涙を流せば、福音を倒せるとでも言うのか?」
ラウラの指摘は冷たいようにも聞こえるが、彼女の言う通りだということはシャルロットたちも分かっていた。
「そうは言ってないけど……」
「……きっと教官も辛いはずだ。辛いからこそ、今は作戦と向き合うしかないんだ」
「………」
少女たちを、どんよりとした空気が支配する。時折滴るセシリアの涙は、夕陽の色を反射させた。
ガラッ
会議室の扉を開ける音がした。
中から出てきたのは、先程千冬に呼ばれていったマリアだった。
「マリア!先生になんて言われたの?」
シャルロットがマリアを見て言った。マリアは一息置いて、それに答える。
「一夏の部屋を見張るように言われた。誰も入れさせないためにな」
「そう……」
「箒は?」
箒の姿が見当たらないことに気付いたマリアが、シャルロットたちに尋ねる。
シャルロットたちは顔を見合わせたが、皆分からないようだった。
「さっきまで一夏の部屋の前にいたんだけど……」
「あの子、どこ行ったのかしら……」
「急にどこかへ走っていったな……」
「そうか……」
マリアもそれ以上は聞かなかった。
マリアも踵を返し、少し離れた一夏の部屋へと向かい始める。
「マリアさん」
マリアを呼んだのはセシリアだった。泣き腫らしたのだろう、赤い目をしたセシリアが立ち上がり、マリアを見ていた。
「その……先程は申し訳ありませんでした……取り乱してしまって………」
セシリアの悲しみに満ちた顔が、夕陽に照らされる。
「……誰も責めたりしないさ。今は……一夏が目を覚ますことを願うしかない………」
マリアは背中を向け、その場を後にした。
◇
2020年7月7日 17:55
花月荘 第2臨時特別室前通路
やはり、何としてでも私が一夏の代わりに行くべきだった。
今更悔やんでも仕方がない。だが、悔やまずにはいられなかった。
作戦会議のとき、一夏は僅かに身体を震わせていた。
過去の襲撃者……無人機にショックを覚えている一夏は、福音も無人機と聞いて恐怖していた。だが一夏は皆に弱音を吐かず、作戦開始前は私に笑顔を見せたのだ。そんな余裕など、なかったはずなのに。
会議室でディスプレイ越しに一夏が福音の頭部を攻撃したのを見たとき、ディスプレイのカメラが不具合で接続不良になり、暫くの間画面が乱れていた。
しかし私だけは気付いていた。福音の頭部から、あの
恐れていたことが、現実となってしまった。
一夏に一度だけでなく、二度も生身の者を斬らせてしまった。
生体センサーに反応は無かった。
あの血が流れていたということは、もう中は人間としての自我を持っていないのだろう。
だが、嘗ては人間だった。
それを一夏に再び斬らせてしまうとは、私は何をやっているのだろうか。
自分が酷く憎い。
すまない、一夏────。
お願いだ。目を、覚ましてくれ────。
◇
2020年7月7日 21:09
花月荘 第2臨時特別室前通路
作戦失敗から約5時間が経過した。
辺りはすっかり夜の空気になっていた。
山から蝉の声が聴こえてくる。
部屋の中からは規則的に聴こえてくる心電図の音。
この音を後何回聴けば、一夏は目を覚ますだろうか。
私は部屋の襖に頭を預け、味気ない天井を見上げる。
目の前の中庭を挟んだ向こう側は、自室で待機している一年生たちがいるのだろう。
しかしどこの部屋も、中からは物音一つせず、まるで人の気配が無いようだった。
ふと、強い風が吹いた。
中庭に生える小さな木から、一枚の葉が風に揺られて踊り始める。
葉は暫くの間、中庭で風に揺られたままで、なかなか地に落ちない。
私はその葉の行く末を見届けていた。
中庭の向こう側の曲がり角と葉が一瞬重なった。
「なっ……!」
私はその葉の向こう側に、先程まで全く人の気配が無かったはずなのに、曲がり角を一人の人物が曲がり、姿を消したのを目撃した。
信じられなかった。
目を疑った。
その人物は、
月の香りを漂わせたその人物が曲がり角に消えたのを目撃した私は直ぐさま立ち上がる。
(何故……何故奴がここに⁉︎)
福音の事件の真っ最中に姿を現すなど、タイミングがあからさま過ぎる。
(とにかく追いかけなければ……!奴をみすみす逃すわけにはいかない!)
通路を走ろうとして、ふと足を止めた。
千冬にも禁じられていたが、私は部屋の襖を開ける。
そこには、呼吸器に繋がれ布団の中で昏睡状態にある一夏の姿があった。
布団から出ている包帯に巻かれた腕は、見ていて哀しくなり、痛々しい。
きっと全身が包帯だらけなのだろう。
(すまない……一夏……)
私は襖を閉めきるその時まで一夏の顔を見た。
そして襖を閉めた後、全速力で奴の行方を追った。