狩人の夜明け   作:葉影

56 / 66
長い間お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません。
ゆっくりペースになりますが、なんとか完結に持っていけるよう再開していきたいと思います。
何卒よろしくお願いいたします。


第50話 錯乱

「くらえ!!」

 

巻紙礼子の蜘蛛の脚部の砲門が一夏を狙い定める。

 

「くっ!」

 

砲門から発射されるレーザー弾を、一夏は後ろに避けた。

 

「ほう?やるじゃねえか」 

 

「あの時、喫茶店に来た巻紙さん……なんで……!」

 

一夏は巻紙礼子をキッと睨むが、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ハッ、仕方なく『巻紙礼子』なんて名前を名乗ってたけどなぁ、これ見てビビんなガキが!!」

 

巻紙礼子は両手を横に広げ、光を放つ。一夏が光から顔を腕で隠した。光が消えると、そこには先ほどのスーツ姿の彼女は居なく、不気味な色を纏った巨大な蜘蛛がいた。

 

「IS……⁉︎」

 

「そうさ、『アラクネ』だよ……こいつの毒はキツイぜ?」

 

ニヤニヤとした気色の悪い声で、蜘蛛は脚を動かす。

 

「ほらよ!」

 

蜘蛛はその数多の脚で大量のレーザー弾を発射する。一夏はロッカーの陰に隠れ距離を取るが、レーザー弾は容赦なくロッカーを薙ぎ倒していく。

 

「なんなんだよ、あんた⁉︎」

 

「ああ?知らねえのかよ?」

 

一夏の剣戟をあっさりと避ける蜘蛛。蜘蛛は幾つもの目で一夏をニヤリと見る。

 

「悪の組織の一人というやつかもなぁ?」

 

「ふざけやがって!」

 

「ふざけてねぇつうんだよガキが!!」

 

蜘蛛はロッカーを荒々しく蹴飛ばした。

 

「秘密結社・亡国企業(ファントム・タスク)の一人、『オータム』様って言えば……分かるかぁ?」

 

亡国企業(ファントム・タスク)……?」

 

「知らないのかい?じゃあ冥土の土産に教えてやるよ……ファントム・タスクがどんなに恐ろしい組織かってことをな!!」

 

オータムは脚部から幾つものレーザー弾を発射する。一夏はそれを避け、オータムと激しい攻防を繰り広げる。

 

(手数が多い……装甲も硬い……!)

 

一夏の額に汗が流れる。

一夏はオータムの動きをよく観察する。

 

(よく見ろ……相手の動きを……)

 

オータムが一夏の頭部目がけて脚部を鋭く突き出した。

 

「そこだ!」

 

一夏は瞬時に蜘蛛の懐に入り込み、突き出された蜘蛛の脚を斬り落とした。

 

「なにっ⁉︎」

 

「よし!このまま────!」

 

一夏はそのままオータムの身体に雪片弐型を斬りつけようとする。しかしオータムはそれを避け、一夏を強く蹴り飛ばした。

 

「ぐああ!!」

 

壁に叩きつけられた一夏。オータムが近寄り、一夏の頭を荒々しく掴む。

 

「小賢しいマネしやがって……」

 

オータムは右手から巨大な銃を発現し、一夏に向ける。

 

ドンッ!

 

「ぐはっ!!」

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!………

 

オータムは容赦なく一夏を撃ち続ける。

 

(マズイ……このままじゃ……)

 

一夏は力を振り絞り、白式のスラスターを吹かせた。そしてオータムの拘束を解き、距離を取る。

 

「ほう?やるじゃねえか!」

 

「うるせえ!」

 

一夏は雪片弐型を蜘蛛に振り下ろす。

 

「おっと!危ねえ危ねえなぁっと!」

 

オータムは銃とレーザーを同時に駆使し、一夏を追い込む。一夏はロッカーの壁に隠れ、蜘蛛を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

「第1アリーナ・ロッカールームに未確認のIS反応です!」

 

モニター照準を蜘蛛に合わせた真耶が千冬に伝える。

 

「やはり学園祭を狙ってきたか。しかし、単機とは……」

 

クラス対抗戦でアリーナに侵入者が現れたこともあり、学園行事の隙を狙った襲撃は少なからず想定はしていたが、嫌な予想が的中したなと眉をひそめる千冬。

 

(数週間前、織斑とボーデヴィッヒがその場に居合わせた襲撃事件……あれと関係しているのか?)

 

千冬は以前起きた、一夏が夜に学園内の遊歩道にて何者かに襲撃されたという調査報告書を思い出していた。しかし結局あの調査に関しては、犯人の痕跡が何一つ見つからず、監視カメラ範囲外の場所で起きたため、未だにはっきりとした進展はみられていない。

 

「山田先生。敵の増援に警戒、一般生徒には避難命令を」

 

「了解しました!」

 

今は深く考えても仕方がない。真耶に命令を下した千冬は、次に専用機持ちたちの出撃編成を頭の中で組み立てていく。

 

 

 

 

 

 

「ったく…!一夏はどこに行ったのよ!」

 

「逃げ足の速いやつだ」

 

鈴と箒がムスッとした顔で呟く。

 

「大体シャルロットさんにマリアさん!貴女たちが一夏さんを庇ったりするから……」

 

「そ、そんなこと言ったって……」

 

王子を狙うセシリア姫に、王子の(しもべ)であるシャルロットは苦笑いをする。

 

「……」

 

一方、マリアは舞台に残った僅かな足跡を見て、深く考え込んでいる様子だった。

 

「どうしたマリア?何か思いつめているようだが」

 

「ああ、いや……」

 

ラウラの問いかけに軽く反応を示すも、マリアは相変わらず考え事をしている。

 

(変な胸騒ぎがする……あの教室内で僅かに感じた居心地の悪さだ……)

 

マリアの脳裏に、先ほど教室の喫茶店に来ていた一人の客が思い浮かんだ。

 

『一夏』

 

『あ、ああ』

 

『あの女は、二度と相手をするな。あちらが近づいてきても、無視をしろ。いいな』

 

『……恨みでもあるのか?』

 

『直感だよ』

 

そう、直感だ。その悪い直感が今になってまた甦ってきていたのだ。

僅かに残った足跡を目で追っていくと、舞台に植えられた草むらの根でキラリと何かが光った気がした。だが、視界に捉えるにはあまりにも細すぎて、マリアはすぐに見失ってしまう。

 

(糸…?)

 

やがてすぐ、アリーナ内にサイレンが鳴り響いた。専用機持ちの表情に、一気に緊張感が走り出す。

 

『ロッカールームに未確認のIS出現。白式と交戦中』

 

アリーナ内に響き渡る真耶の言葉に、一同は身を構える。

 

『専用機持ちは直ちにISを展開。状況に備えてください!』

 

「「「了解!」」」

 

専用機持ちたちはすぐさまISを展開する。マリアも皆に倣ってレッド・ティアーズを展開させた。

そして間もなく、管制室から千冬の指令が伝達された。

 

『オルコットと凰は哨戒につけ!』

 

「「はい!」」

 

アリーナ上空へ、セシリアと鈴が飛び立っていく。

 

『ボーデヴィッヒは織斑の援護。篠ノ之・デュノアはアリーナ内に危険物があるか、状況を調査。報告次第、ボーデヴィッヒと合流。マリアは教師陣と共に一般生徒のアリーナ外への避難誘導及び警護を。各自、出動せよ!』

 

ラウラはロッカールームへの通路、箒とシャルロットはまた別の通路へと向かう。マリアも急いで避難通路へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「どこに隠れやがった?」

 

銃撃を止めたオータムは周囲を見渡す。男子更衣室とはいえ、広さは女子更衣室と同じくらいあるので、ロッカーの数はかなり多い。有利にも不利にもなる環境だ。

 

(……)

 

息を潜める一夏。幸いにも、隠れているだけで相手の機体から逃れることが出来ている。やはり蜘蛛、視認性はこちらの方が有利らしい。

 

「テメェが出てこねぇなら…────」

 

だがオータムは躊躇いなく、すべての装甲脚からレーザー弾を周囲に発射した。隠れた一夏をあぶり出すという強硬手段だ。

 

「意地でも出てきたくなるようにしてやるよ!」

 

(あいつ……力で押し切る気か…!)

 

レーザー弾は強烈で、このままではロッカーが潰れるのも時間の問題だ。

一夏は思い切って、少し離れた隣のロッカーへと移動する。だがオータムはそれを見逃さなかった。

 

「そこか!」

 

全装甲脚をこちらに向け、ありとあらゆる角度で発射してくる。正面から、頭上から、横から反射して迫ってくるレーザー弾をすんでのところで交わし、一夏はロッカールームを、オータムを中心にするようにしてグルグルと飛行し始める。

 

「チッ!ちょこまかと……!」

 

ロッカーの壁を駆使しながらレーザー弾から逃れている最中、一夏の頭である光景がフラッシュバックした。

 

楯無に嫌という程叩き込まれた、過酷な訓練の日々。

グラウンドに球体の付いた柱を立て、それを中心に円状に飛翔していく…────

 

『『シューター・フロウ』で円状制御飛翔(サークル・ロンド)、やってみて』

 

『スピードが落ちてる!円軌道から直線軌道へシフト!』

 

重心、座標、スピード制御、射撃方向、意識の割き方……そうだ、これはまさにあの特訓と同じ状況じゃないか。

 

(間合いが掴める!これなら……!)

 

一夏は気を引き締め、徐々にスピードを上げていく。なかなか捕まらない一夏に対し、苛立ちを募らせたオータムは銃を取り出し、レーザー弾と共に攻撃をする。

 

「うざってぇ…!とっととくたばりやがれ!!」

 

ほんの少しずつではあるが、レーザー弾の軌道が荒くなってきている。相手の集中力が乱れている証拠だった。

一夏はあえてブレーカーの近くで一瞬止まり、銃撃をこちらに集中させる。銃弾は見事にブレーカーを破壊し、ロッカールームは深い闇に包まれた。

 

「くっ…!小賢しいマネを!」

 

自身のレーザー弾と銃口から放たれる連続的な光は、さらにオータムの視界を眩ませる結果となった。

 

(相手の動きが手に取るように分かる……!)

 

カチッ!カチッ!

 

「ああ?」

 

直後、オータムの銃が弾詰まり(ジャム)を起こした。円状に飛行していた一夏は、その隙を見逃さなかった。

 

「今だ!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で間合いを詰め、一夏は雪片弐型を振り下ろす。しかしその瞬間、オータムが不敵な笑みを見せた。

 

「っ…!?」

 

一夏とオータムを挟む真下から突然白い網目状の壁が現れ、一夏の両腕が拘束される。一瞬にして視界に入ったその壁が蜘蛛の糸だということを悟った時には、すでに遅かった。待っていたと言わんばかりに、オータムは自身の手から糸を放出させ、一夏を吹き飛ばしながらその全身を拘束した。

床に倒れたまま、一夏は起き上がることができなかった。顔を動かすだけでも精一杯なほどに、蜘蛛の糸は強力な粘着性を持っていたのだ。

 

「ハッ!やっぱガキだなぁ!真正面から突っ込んできやがってよぉ?」

 

ニヤニヤと糸を手繰りながら、オータムはこちらに近づいてくる。そして高笑いをしながら、一夏を磔のようなかたちにした。

 

「相手の考えを読めてるとでも思ってたか?手のひらで踊らされてるのが自分だったなんて、専用機持ちが聞いて呆れるぜぇ?」

 

一夏はキッとオータムを睨むが、オータムはそれをさらに楽しむかのように飄々とした態度だ。

 

「それじゃあ、お楽しみタイムといこうか」

 

オータムが取り出したのは、六角形の小さな機械だった。と思えば、突然六本の触手のような回路が出現するという気色の悪い造形だった。

オータムは機械を一夏の胸元に装着させる。すると六本の触手が一夏の胴体を締め上げ、非常に高圧な電流を流し始めた。

 

「うぁああああああああ!!!」

 

熱い。熱い。

全身の血が沸騰しそうだ。

一夏は危うく意識を失いかけそうになるが、すんでのところで正気を保つ。しかし長引けばもたない。なんとか脱出する方法を…────

 

「ハッハッハッ!そうそう、ついでに教えてやるよ!第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのは、我々亡国企業(ファントム・タスク)だ!感動のご対面だなぁ?」

 

オータムの高笑いが響き渡る。それを聞いた一夏は、朦朧とする意識の中で過去の光景が蘇っていた。

 

死にかけた一本の蛍光灯。

古く錆び付いた車輪の音。

月の香り。

血の匂い。

助けに来た姉の声。

 

途端に一夏の身体の奥底で、どす黒く渦巻いた何かが頭を支配する。不思議とそれは、()()()()()()()()()()()()

 

「てめぇ…!!」

 

歯を食いしばり、身体を縛る機械と糸から逃れようとする一夏。しかしもがけばもがくほど、電流は身体を蝕んでいく。

 

「ああああああ!!!」

 

叫べば叫ぶほど、一夏は頭がおかしくなりそうだった。しかし叫ばずにはいられなかった。

少しでも正気を零せば、もう二度と人間に戻れなくなる気がした。

 

「お前にはもう用がないからこのまま殺してやるよ!」

 

「────あら、それは困るわ」

 

「!?」

 

突然聞こえた、誰かの言葉。

熱で溶けそうな空間を一閃するかのような、鋭い冷気。

 

「一夏くん、私のお気に入りだから♪」

 

崩れたロッカーの瓦礫の上に立つ、水色の髪の少女。それはこの学園の長だった。

 

「た…楯無さん……」

 

「てめぇ、どこから入った!?今ここの全システムはロックしてんだぞ!」

 

「私はこの学園の生徒会長。故に、学園のことは何でも知っているのよ」

 

「はぁ?何言ってんだテメェ!」

 

笑っているようだが、鋭い目で見下している。楯無の余裕な表情に、オータムは苛立つ。

 

「死にやがれ!!」

 

オータムが蜘蛛の脚を楯無に向けて真っ直ぐに伸ばす。先端は鉄をも切り裂く鋭利な形状をしており、まともに食らえば命の保証はない。

しかし楯無はそれを避けようともせず、

 

「っ……!」

 

無情にも、蜘蛛の脚は楯無の身体を貫通した。

 

 

 

 

 

 

14:53

第1アリーナ 観客席東A付近非常通路

 

「皆こっちだ!焦らず、冷静に前の生徒についていくんだ」

 

打鉄を纏った数人の教師陣と共に、マリアは観客席から流れ込んでくる生徒たちを誘導する。非常事態ではあるが、無闇に走るのを促すのはかえって危険性が高ます。不安そうな生徒たちの顔を少しでも和らげるため、マリアは落ち着いた声音でアナウンスをかけていた。

 

『第1アリーナ・東Aエリアの教師陣の方々、マリアさん、聞こえますか?』

 

ISのオープン・チャネルを通して聞こえてきたのは真耶の声だった。マリア含め、教師陣は返答する。

 

『只今第1アリーナにおけるほぼ全てのシステムがロックされています。いくつかの扉のロックは解除できましたが、他エリアでのサーモグラフィー装置から36.6℃〜37.2℃の熱反応を大量感知。まだ大勢が通路内に隔離されている可能性があります。東Aエリアの生徒たちの避難が完了したら、今から伝えるエリアに、各員速やかに出動してください』

 

そして、真耶から各員へ出動場所を割り振られる。マリアは北エリアの担当になった。ほどなくして東Aエリアの全生徒の避難が完了し、教師陣とマリアはそれぞれの場所へと散開する。

マリアは北エリアへと繋がる通路に向かう途中、ラウラにプライベート・チャネルを繋げた。本来任務中に余計な連絡は控えるべきだが、マリアは今ここで言っておかなければならない気がしたのだ。

 

「ラウラ」

 

『どうした、マリア?』

 

「……一夏を頼むぞ」

 

『案ずるな。任せておけ』

 

ラウラの頼もしい言葉に、小さく感謝を伝える。マリアはプライベート・チャネルを閉じ、目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

14:55

第1アリーナ 南エリア地下通路

 

マリアからのプライベート・チャネルを終え、ラウラはロッカールームへと急いでいた。しかし目的地に着くまで何重もの扉がほぼ全てハッキングのためロックされており、足止めをくらっている。真っ直ぐに一夏のもとへ向かいたいのが本心だが、扉の解錠や破壊は一筋縄ではいかず、さらには通路内に危険要素が無いかも確認しなければならないので、無闇に走り抜けることは自殺行為に等しい。

 

(……マリアにしては珍しく不安げな様子だったな)

 

周囲に異常がないことを確認し再び走り始めたラウラは、ふとそんなことを思った。

ラウラにとって、マリアは比較的感情の起伏が少ないイメージがある。仲間内で冗談を言ったりして笑顔をもらすこともあるにはあるが、不安や焦りの表情をラウラは然程見たことがない。もちろん先ほどの通話でも極端ではないが、彼女にしては珍しく感じたのだ。

 

『確かに撃たれたんだよ!あいつは……俺の頭を狙っていた……!』

 

『……おそらく、恐怖感による気の動転もあるかもしれない。故に気を失ってしまったのかも……』

 

『本当だって!信じてくれよ!』

 

学園内の夜道で、一夏が縋りついてきたときのことを思い出す。

しばらく時間が経っていたため最近は考える時間は少なくなっていたが、ラウラはあの夜の出来事に、ずっと小さな違和感を感じていた。小さな違和感────しかしそれは、一度考え始めると思考の海に溺れそうなほどの感覚に陥れられるものだった。

あの夜の一夏は、かなり切迫した表情だった。「異常」…という言葉で片付けるにはあまりに一夏に対して冷酷であるが、ラウラの脳裏にはそんな言葉が一瞬よぎってしまったのだ。

あの現場には本当に何の痕跡も見つけられなかった。現在も水面下で調査が続けられているようだが、成果も何も見つからない調査報告ばかりが続いては、調査自体も形骸化が進んでしまう。まるで「襲撃された」……()()()()()()()と訴えるような表情────。

しかしラウラは考えすぎだと首を振り、頭を冷やす。どのみち今考えても仕方のないことだ。

 

ラウラは次の扉を何とか解錠し、あと少しでロッカールームへ着くところまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

14:58

第1アリーナ ロッカールーム

 

「た、楯無さん…?」

 

蜘蛛の脚に貫かれてぐったりとした楯無の姿を見て、一夏はあまりに突然な出来事に全身から力が抜け落ちていくのを感じた。対して当人のオータムは、楯無を貫いたまま何も言葉を発しない。静寂が空間を包んでいた。

 

「手応えがないだと……?」

 

不審に思うオータム。すると死んだはずの楯無の口が、静かに笑った。

 

「!?」

 

オータムの顔が驚きに染まると同時に、楯無の全身は途端に液体となり霧散した。一夏は目の前で起きた出来事に理解が追いつかなかった。

 

「こいつは……水か……?」

 

消えたはずの霧は再び集合し、粒となり、流体となり、螺旋となり周囲を舞う。まるで超常現象のような光景に、オータムの思考は止まっていた。

 

「ご名答。水で作ったニセモノよ」

 

背後で声がしたオータムは咄嗟に前へ飛びながら振り向くが、迫り来る尖鋭なものを僅かに交わせず、胸元の装甲に傷を負う。周囲を舞っていた液体たちは、一夏を護るように集合し、流体はやがてISを纏った楯無へと変化した。

 

「あら、浅かったわ。そのIS、なかなかの機動性を持ってるのね」

 

「何なんだよテメェはよぉ!」

 

楯無のISは、一言で例えるなら『深い霧』だった。

水色がメインカラーの彼女の機体は、他専用機と比べて操縦者の身体を守る装甲が少なく見られるが、それをカバーするように機体の左右一対に浮いているパーツ(アクア・クリスタル)から水のヴェールが展開され、機体をほんの数ミリ空けて流動的に漂い覆っている。そして彼女の持つランスの形をした武器(蒼流旋)にも絶えず水が纏っていた。神秘的ともいえる独特な彼女のISは、しかし形のない謎そのものを具現化しているようだった。

 

「更識楯無……そしてIS、霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)よ。覚えておいてね♪」

 

怒りに身を任せ、ギリッと歯を食いしばるオータム。そして楯無に向かって脚部からレーザー弾を連発した。

 

「今ここで殺してやる!!」

 

「あら、なんていう小物発言かしら」

 

楯無は蒼流旋の先端から放出する水によってレーザー弾をいとも容易く防ぐ。しびれを切らしたオータムは射撃戦闘をやめ、近接戦で乗り込もうと両手にブレードを出現させる。ブレードとレーザー弾の交互で攻撃を仕掛けるが、思慮の浅い力任せな戦法は楯無の前では無力に等しかった。

すると、乱れた弾道を走る一発のレーザー弾が一夏の左手を拘束していた糸に命中した。左手の自由が戻った一夏はなんとか他の拘束部分も解きたかったが、左手だけではどうにもならない。武器を出現させたいが、胸元に装着された触手回路によるものなのか白式が上手く機能せず、もがけば痛みが走るのだ。触手回路を外そうと試みるが、掴むたびに全身が痛みに襲われる。あと少しのところで楯無の背中を守れない自分に苛立ちが募った。

 

全く攻撃が通じない楯無に、オータムの頬に汗が流れる。楯無から距離をとったオータムは、改めて周囲を見渡した。

 

「そんな攻撃じゃ、この水は破れないわ」

 

「ただの水じゃない……何なんだ!?」

 

「あら、鋭い♪」

 

オータムは焦った表情をしながらも、しっかりと楯無を見据える。

 

「この水はISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御されてるのよ。すごいでしょ?」

 

「っ……」

 

「ところで知ってる?この学園の生徒会長というのは、『最強』の称号であるということを」

 

「……」

 

するとオータムは瞬時に楯無に体当たりし、楯無の手足を掴んだまま壁に押し付けた。

 

「最強だと?笑わせんなよ!」

 

オータムは手のひらからレーザー弾を何発も放出し、零距離射撃で楯無を攻撃していく。やがてレーザー弾の粒子エネルギーが最大限にぶつかり合い、楯無は爆発に包まれた。

 

「楯無さん!」

 

一夏の叫びがロッカールームの静寂に響き渡る。爆発の煙が晴れると、楯無は機体を解除された状態で横たわっていた。意識はあるようだが、オータムは容赦無く彼女を放出した蜘蛛の糸で拘束し、首を掴んだ。

 

「これで終わりだ」

 

オータムは手のひらを楯無の眼前にかざし、エネルギーを蓄積していく。生身の彼女にレーザー弾が当たれば間違いなく絶命してしまう。

しかし、当の楯無は頬に汗を一筋流しながらも、涼しげな表情をしていた。

 

「────ねぇ……この部屋、暑くない?」

 

「はぁ?」

 

「気温じゃなくて、人間の体感温度が」

 

「何言ってやがる?」

 

「『不快指数』っていうのは、湿度に依存するのよ。“湿度”────高くない?」

 

楯無はニヤリと笑い、勝ち誇ったような表情を見せる。

 

「────霧は隙間から、装甲の中まで入り込む」

 

「……!?」

 

オータムの身体の周囲をはじめ、ロッカールーム中の霧が濃くなっていく。オータムはこの後何が起こるのか、本能的に感じ取ったようだ。

 

「そう……その顔が見たかったのよ」

 

小さな冷たい笑いが、楯無から聞こえてくる。

 

「己の失脚を知った、その顔がね────」

 

パチンッ!

 

楯無が指を鳴らすと同時に、オータムの装甲が爆発を引き起こした────。

 

 

 

 

 

 

15:04

第1アリーナ 西エリア非常通路

 

「こちらBルート、異常なし。箒、そっちは?」

 

「Aルートも異常なしだ」

 

シャルロットは構えていたアサルトカノンの銃口を下ろし、箒も左手の空裂(からわれ)を構える力を緩める。近距離戦闘型の箒と、中距離戦闘型のシャルロット。思えば、今回の千冬からの出動割り振りは最善の選択内容だと言える。

まず、アリーナ及び学園上空の哨戒を任されたセシリアと鈴のペア。セシリアは完全遠距離型のスナイパーなため、学園に新たな敵の襲撃が来ようとしても、それを一番に察知できる能力を有している。しかし仮に接近戦になった場合、セシリアはほぼ必然的に不利な状況に立たされるが、それをカバーできるのが鈴の機体だ。

鈴の機体・甲龍(シェンロン)は、双天牙月を用いた近距離戦闘から龍咆を用いた遠距離戦闘まであらゆる戦闘状況に対応できる。敵を遠方に確認した時は二人で遠距離攻撃、学園内に侵入された場合は鈴が近距離で攻めながら、セシリアが遠距離からそれをカバーする。この二人はプライベートでは意見が食い違うこともままあるが、戦闘においては貴重なバディ同士と言えるかもしれない。

そして箒とシャルロット。主に近距離型の箒は紅椿という強力な専用機を有しているが、実戦経験は他専用機持ちと比べてまだまだ浅い。それをカバーするのが中距離タイプのシャルロットだ。仮にセシリアが箒とペアになったとしても、建物内で戦うには遠距離型の操縦士はあまりにも不利になる。

ラウラは生粋の軍人育ちであり、目標を排除するために取る行動を一番理解・実行できる人材だ。千冬も一年間ラウラを見てきただけあって、戦略面に関しても評価している部分がある。主にはレールガンを用いた遠距離型ではあるが、ワイヤーブレードやプラズマ手刀も持ち合わせているので近距離にも対応できる。

そしてマリアは、戦闘方法や潜在能力的にも彼女が最も強い可能性がある。だからこそ、彼女は生徒たちを守る盾の役割を果たさなければならない。どれだけこちらが攻撃を仕掛けても、砦が討ち破られればそれまでなのだ。

あの時咄嗟に判断した千冬を振り返り、シャルロットも「自分も瞬時の判断能力を鍛えなければ」と痛感した。

 

「危険物といっても、これといって手がかりがないな……」

 

箒が小さくため息を吐く。目の前に明確な敵がいるのとは違い、あるかどうかもまだ分からない障害物を見つけ出す任務は、なかなかに神経のすり減る作業だ。一度安全を確認したポイントでも、本当に大丈夫かどうか後から不安になってくる。それはある意味悪魔の証明に似通っており、ある程度実戦経験を積んでいる人間ならばまだ心持ちが違うかもしれないが、箒にとってはまだまだ難しいようである。

 

「どうする?一先ず状況を報告して、再度織斑先生の指示を仰ぐか?」

 

「そうだね……もう少し様子を見た方がいいと思うけれど……」

 

しかしシャルロット自身も、決して油断をしているわけではないが、本当に危険物が仕掛けられている可能性は極めて低いだろうと判断していた。これまで箒とともにアリーナ内の通路を警戒してきたが、何も見当たらなかったのだ。

ここで無闇に動き回るよりかは、箒の言う通り一度状況を報告した方が良いと思い、シャルロットは箒に管制室への連絡を頼んだ。箒も頷き、オープン・チャネルの画面を見ながら通路突き当りの方へ歩いて行った────。

 

「ん?」

 

「どうしたの?箒」

 

箒がこちらを振り返った。

 

「いや、今私の肩に触れなかったか?」

 

「え?ううん」

 

「そうか……ただの勘違いだったようだ」

 

箒は背中を向け、オープン・チャネルのボタンをプッシュする。箒が管制室の真耶・千冬と話している後ろで、反対側の通路を見ていた。

すると、シャルロットは視界の端で何かが反射したのを感じた。

 

(え…?)

 

目を向けても何も見つからず、気のせいかと落ち着く。しかしまた、視界の端で何かが光ったのを感じた。シャルロットは目を凝らし、じっと空間を見つめる。無意識に、シャルロットの頬から小さな汗が滴った。

 

その瞬間。

 

BEEP!!BEEP!!

 

けたたましく鳴る警告音とともに、シャルロットの視界内のHUDが一気に赤く染まっていった。その意味を本能的に理解したシャルロットは、すぐさま振り返る。

 

「箒!危ない!」

 

シャルロットは全力で箒に飛びかかり、箒を強く抱きしめた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。