異世界転移って、誰もが一度は憧れるよね?

読書好きのおばさんが、好きな作品の作者からの「ごほうび」欲しさに、妄想を思いつくままにつづってみたよ! めざせ、ノルマは5万文字!

――ヤマもオチもイミも期待しないでくださいね。これはおばさんが見た夢ですから。


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たとえばこんなおばさんの妄想

 

 目を覚ますと、真っ暗だった。

 いつもだったら真夜中でも、窓から外の灯りが漏れてるはず。ってか、カーテン閉めて寝てたって、照明のスイッチが光ってるはず。もしかして、停電? ――てか、臭い! どーしてこんな時に鼻がとおってるの!

 万年鼻炎のあたし、慌てて鼻を閉じると、体を起こした。

 なんか腐ったみたいな、饐えたみたいなイヤな臭いが、口呼吸してても襲ってくる。

 誰かあたしの部屋に生ゴミでも持ち込んだ? それとも外から?

 おまけになにこれ! 体を支えた手の平に、湿った藁みたいなイヤな感触。

 慌ててパンパンと手を払いながら周りを見回すと、なんだか思ってたよりもずっと広い空間が感じられた。あたしの部屋より倍は広い。それに、あそこに見える人影は……?

「あ、目が覚めたみたいだよ!」

「しっ、静かにおしっ。殺されちゃうかもしれないんだよっ」

 なんてぶっそうな。てか、しっけいな。あたしをなんだと思ってるんですか。

 部屋の隅にうずくまっているのかな、多分ひとつ、ふたつ、みっつ……よっつ。

 あたしはぜんっぜん“見える”たちじゃあないんだけど、もしかしてなんか“見え”ちゃったりしてるんだろうか。

 と、そのうちひとつの人影が立ち上がった。背は、そんな高くない。でも、頭が丸くなくて、なんかこぶこぶしてるというか。それがおそるおそる、という感じで近寄ってくる。

 そして、手が届かないくらいの場所に立ちどまった。

「……おう、大丈夫かい?」

 甲高いけど、男みたいな声に、とりあえずコックリうなずく。けど、暗すぎて相手の顔は見えない。

「オイラたちゃ、雨ん中道に転がってたアンタを助けたんだ。いきなり攻撃なんてしないでくれよ? 武器なんかは取り上げさせてもらったけど、冒険者は何が出来るかわかんねえからな」

 んにゃぁあ? 冒険者? ……転がってた??

 あたしは思わず自分の体を見回す。でも、暗くて着てる物さえわからない。でも、感触的には普段着てる寝間着と変わりがないみたいで。

「で? なんだって、あんな所に転がってたんだい。風邪でもひいちゃあかわいそうだってんで、とりあえずウチにつれてきたけどもよ」

 さっぱり意味がわかんない。でも、ウチってことは、ここはやっぱりあたしの部屋じゃないって訳で。

 じゃあ、ここはどこよ?

 まじまじと相手を見つめ返したら、彼は大股に距離を詰めるとずいとこちらに身を乗り出した。

「おいおいどうしたい、そんな顔して。オイラの顔に、なんかついてるか?」

 途端、すごい臭いが閉じてるハズの鼻を襲ってきて、思わず顔をそむけちゃったんだけど――うわ~、カビてるっていうか腐ってるっていうかケモノ臭いっていうか、ほんと、なんでこんな時に鼻がとおってるんだろ!

でも、やっぱりそれは失礼なことだったようで。彼はがっかりしたように肩を落とすと、他の三人のほうに戻って行ってしまった。

「やっぱニンゲンってこれだから……」

 そんなつぶやきが聞こえてきて。

いやいや、ちがうの! そんなつもりじゃなかったの!

 でも、それは言葉にならなくて。

「まぁまぁ、アタシらはどこでもきらわれもんだからね。がっかりするこたぁないよ。それに夜目が効かなきゃこんな暗さじゃ、こっちの顔どころか居る場所さえ見えやしないよ。まぁ見えないほうがあんたにゃしあわせってもんかもしれないけどね、ニンゲンさん。あんた、ニンゲンなんだろ?」

 女性らしい声が、向こうから訊ねてくる。

 う……ん、たぶん。たぶん、人間だよね?

……あれ?

なんか、みょ~に自信がなくなってきた。……あたし、人間だよね?

 なやんでる間にも、声はつづく。

「――アタシらは灯りは使わないんでね。なんにも見えないだろうけど、それでいいのかもしれないのさ。アタシらはよその人たちとはとんとなじみがなくってね。アタシら以外の種族についちゃ、よく知らないんだよ。でも、アタシたちゃむかしっから、よその人たちに嫌われてるんだ。だから、ここにいるのがいやだったら、外に連れてってやるよ。外は夜で、雨が降ってるけどね」

 なんにも見えないだろうって言うけど、彼らの居る場所や壁の位置は見える。なんか部屋のそこここに何かが置いてあるのも。あと、あっちの方の、ぽっかり開いた空間から新鮮な空気が流れ込んでくる気がするから、あっちが外に通じてるんだろう。

大丈夫、自分で行けそうだ。

手をついて、立ち上がる。やっぱり、手についた感触がヤなかんじ。これ、絶対明るい所で見ない方がいいんだろうなって系の。

それで、立ち上がって気付いたのが、足に何か履いてるってこと。家で寝てたんなら、絶対靴なんて履いてるわけない。それも、ひもが喰いこむ感じから、はだしにサンダル……ううん、なんだろう、ふくらはぎまでに布で包んで、それをひもでしばってる?

何かを思い出した気がしたけど、それよりも、新鮮な空気が欲しいっ。

だれだか知らないけど、あんたたちが嫌われてるのは、絶対この臭いの所為だから!

心の中で弁解しつつ、出口と思われる方へ歩き出す。

と、後ろから声が飛んできた。

「ああ、言っとくけどな? 装備や荷物はここにあるからな?」

 うん、ここがどこだかわからないのに、どっかに行く気はないよ。でも、ここにいるのは耐えられない。

あたしは彼に向かってうなずくと、足元を確かめながら――でも今なんかグニャッて踏んだ、グニャッて!――外に向かった。

 

 新鮮な空気を頼りに、トンネルみたいなところを歩く。両手を広げたらつっかえそうで、頭をこすりそうだけど、ちゃんと立って歩ける高さはある。ちょっとだけのぼってくだったら、外が見えた。

 そこは外に向かってぽっかりあいた穴みたいで、雨は見えないけれど、水たまりを雨粒が叩く音がする。

 新鮮な空気の香りのうれしさに一気に外へ駆けだそうとしたあたしは、もうちょっとで三メートルほど落下するとこだった。てへ。

天井よりも床のほうが短かったんだ。おかげで床もぬかるんでない。なるほど~。

 壁で体を支えて、外を見渡す(む、さすがにここは濡れてる)。

 暗い空には、何も見えない。

 ざわざわと、樹か草のさわぐ音がする。

 眼下に、ひらけた空間。周りは、森、なんだろうか。

 ここは、崖の斜面に穴を掘って作ったねぐららしい。

 後ろを振り返れば、やっぱりさっきの四人が離れたところからこっちをうかがっている。

 うん、明かりがなければ、やっぱりなんにも見えないね。

 ……よし。とりあえず、寝よう。

 二、三歩戻って、しゃがんで地面を触ってみる。

 とりあえず、ここは土の地面で、ベトベトもチクチクもゴツゴツも――そんなには――してないし、さっきのとこよりは臭くもない。うん、ここがかんじん。あと、濡れないってことね。

 野外だってんなら、新鮮な草か毛布か寝袋が欲しいとこだけど、贅沢言ってちゃキリがないし。

 ――それに、目が覚めたらまた別の展開が待ってるかもしれないし。

 あたしはしゃがんだまま彼らの方を振り返ると、ニコッと笑いかけて手を振った。大丈夫、ここにいるからね~。んでもって、その場で腕をまくらにグルッとまるまった。

 ……あ~、まくらがわりの背負い袋も欲しいかも……あ、さっき荷物とかなんとか言ってたっけ、それも明るくなったら確認しなきゃ……。

 

   ☆

 

 コッコッコォー! コォケコッコォオー!

 けたたましいニワトリの鳴き声が、眠りの底から意識を呼び覚ます。

 ん~? 近所でニワトリ飼い始めた人がいる? 裏の家かな? んでも、まだ眠いかな~。

目を閉じたまま、ゴロンと寝返りをして……あれ? ほっぺに当たるふとんが硬い。ってか、これ、地面なんじゃ……?

 ガバッと起き上がる。

と、そこは異世界だった。

 うん、異世界でしょ。すくなくとも、ここはあたしの部屋じゃない。

 鼻をつく嫌なにおいとともに、昨日の記憶が一気に戻ってくる。

 うわ~、やっぱあれ、夢じゃなかったんだ……。

まず、目に入ったのは、土の壁。

 まくらなしで寝たせいか、ジンジンする後頭部を意識しながら明るい方を見る。

 自分が居るのは土のトンネルの出口のすぐそばで、出口からはきれいな青空が見えた。

 ずりずりと穴の際までにじりよると、そこからは半分森、半分丈の長い草原に囲まれた、ひらけた場所が見えた。

のぞきこめば、高さは三メートルくらいかな。けっこうでこぼこしてるから、両手足を使えば昇り降りには苦労しなさそう。

みあげれば、崖のあちこちに同じような穴があいている。

 典型的な異世界転移か~? ん~、ど~したもんかな~?

……まぁ、ここが地球のどっかって可能性も……ないだろうなあ、このバアイ。

それとも、記憶喪失とか? 秘境探検ツアーの最中、飛行機事故で未開の地に墜落、現地人に助けられて……。うん、こっちはありそう。でも、あたしが海外旅行? ないない。あるわけないわ~、あたし日本語以外しゃべれないもん。

それに、相手の言葉がわかったじゃない? じゃ、まさか、ここが日本だとか? いやいや、日本でこんなフケツな住環境にいる人がいるわけない。……ってこともないか? 浮浪者――あ、なんか言いかたが古い――ホームレス、とか? いっや~、都会で見たホームレスさんたちは公園にけっこう良い住居作ってたじゃない? 臭いは万年鼻炎の所為でわかんなかったけど。こんな森の中でホームレス? ……ないな、うん。

てか、素直に認めよう。こっちのことを「ニンゲン」だの「冒険者」だの、「種族」なんて単語使う時点で、ファンタジー決定だってことを。

 昨夜の何者かとの会話を思い出して、自分に気合を入れると、あたしはおそるおそる後ろ――トンネルの奥のほうを振り返った。最初から、ずっと気配を感じていたほうへ。

 きっと、唯一の出入り口にあたしが陣取っちゃったせいで、今まで外に出ることもできなかったんだろうな~。助けてくれたのに失礼な態度とっちゃったし……、悪いことしちゃったな~。

申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、おずおずと目を上げたあたしの、その目に映ったのは。

ね、ねずみ……?!

それは、どう見てもネズミだった。それも、背の低い人ほど大きさの、巨大ドブネズミ。

つぶらな黒い瞳。ピクピクしてる長いヒゲ。ユラユラ揺れる細い尻尾。濃い灰色の短い毛皮。腰にロープを巻いて、ナイフと袋をぶら下げている。

二本脚で立ち上がって、前脚を胸の前で組んで、空気を嗅ぐようにヒクヒクと鼻をうごかしている。指は、5本あるのだろうか。

その後ろからは、覗き込むように三匹の顔が見える。

雨の中、倒れていた少女をネズミ人が助けたって? うっわ~っあ、な~んて『十二国記』なシチュエイション!

……なんてハイテンションになりかけるけど。

あの親切な半獣さんとは違って彼らの毛皮はフカフカではなく、なんとなくベッタリして不潔そう。いや、昨日のあの臭いからしたら間違いなくフケツ。なんか……会ったことはないけど(ん?ないのかな?)ワーラット、とかラットマンとかってカンジ? 

 ――てか。……少女? ふいに、根本的なとこが不安になった。おや? あたしは、少女……なのか?

「起きたみてえだな」

 先頭のネズミ人さん――ああ、彼だ――は、そう言うとウンウンとうなずいた。

「どっかちょうしのわるいところはねえか? ハラへってねえか?」

 おなか……は、すいてるような気もする。でも、昨日のことを思い出すと、とても彼らの食事が食べられるとは思えない。

 あたしがフルフルと首を横にふると、彼はがっかりしたようにうつむいた。だけどすぐに顔を上げると、ツイとあたしのほうを指をさした。

 つられて指の指す方を見ると――なんと、すぐわきに、装備の山!

 そう、あたしが考えていたそのまんまの、冒険者の装備一式!

 うっわ~、冒険者って、こんなの一人で持ってたの?

 実際見ると、ほんとにひと山ってくらいある。

まずは、丸めた毛布とかロープとかなんやかんやがいろいろくくりつけられた、ひと昔以上前の冬山登山者かよってくらい、いろいろ詰め込まれてるカンジの大きな背負い袋。

 それから、初めて見たよ、皮鎧。ハードレザーアーマーとかいうやつ?

 でもって、矢がいっぱい入った矢筒と、セットに見える布にくるんである細長い包み……中身はロングボウ、なのかな?

ウエストポーチ。マント。短剣と小剣が付いたベルト。

 どれもこれもぜんぜん今風――今風?――じゃなくって中世風? っていうか、ごついカンジ。

 これが、全部あたしの物?

うん、たしかにこの装備もってるなら、冒険者、かもしれないね。……でも、武器は弓だし、何日も山にこもる猟師さんってセンは、ないの……かな? 無理?

だけど、どれもこれも湿ってるうえに、ひどく汚れて、なんだか臭う。

「あんたのもんだよ。オイラたちゃ、指一本触れてねえ。なんかなくなってたら、オイラが見つけるよりも前になくなってたってことだ。ちかって、うそじゃねえ」

「そうだよ、アンタたちニンゲンはどう思ってるか知らないがね、アタシたちはしょうじきなんだ。この子たちが触ろうとしたけど、ちゃんととめたよ」

「でも食べたかったけどね~」

「ね~」

 彼のかげから顔を出してそう言う彼女は、彼の奥さんなんだろうか。じゃあ、後のふたりは子供たち?

 食べたかったって、何を食べたかったんだろう?

 どう反応したらよいかわからなくて、彼の顔を眺めていたら、んー、というように彼は片手でひげをひねった。

 胸元で金属片が揺れる。そういえば、他の三人もおんなじようなアクセサリーつけてる。おそろかな?

「出て行くんなら勝手に出ていけばいいけどな、あんた、ここがどこだかわかってんのかい?」

 ううん。あたし、全力で首を横にふる。

「つっても、オイラもここがどこかなんて説明できねえんだけどな。この村から出て、まっすぐいけば三日で町だ。町から1週間で、おっきい街だ。おっきい街まで行きゃあ、ニンゲンもいるかもしれねえけどな」

 え~と、異世界漂流モノの基本(勝手に決めた!)。自分の置かれている状況が把握できるまでは、なるべく動かない方がいい。ほんとなら、わりあい安全そうで信用できそうなこの家族のそばで暮らして、情報収集したい。

でも、でもね、ほんとにここは臭くて――ううん、臭いだけなら鼻を閉じてりゃなんとかなるけど(すぐに慣れるかもしれないし)、汚いのは耐えられない。見えてなかったけど、昨日のあの部屋の雰囲気は――ほんっと、“見えてなかったけどお察し”ってもので……あうあう~。

 あたしは泣く泣く装備を指でつまむと、身に着けはじめた。

ほんとはこんな汚くて臭いモノを身に着けるのはぜったいイヤ! なんだけど、とてもこれ全部を手に持って移動はできない。

ちょっと心配したけれど、はじめて着るはずの皮鎧もすんなり身につけれた。なんだかやりかたを知ってるみたいな妙なカンジ。

で、その時ようやく気付いたんだけど――あたしが着てたのは、やっぱり寝間着じゃなかったのね。上に着てたのは緑色で染められた、長そででおしり辺りまで丈がある布の服。胸のところの切れ込みをひもでしばるタイプの。下は茶色の布の長ズボン。そう考えてみれば、〈たびびとのふく〉ってやつかしら。でも、なんかこの格好は見覚えがあるような?

ベルトと剣と、弓とバックパック。迷うことなく装備は完了。マントは丸めてなんとかバックパックの隙間に詰め込む。

 それから、黙って見ていたネズミ人さんたちに向かってペコリと大きく頭を下げると――ボディランゲージ、つうじてるといいな――、あたしはトンネルをよじ上るの逆、つまり、よじ降りていった。

 

   ☆

 

 とりあえず、体を洗いたい!

 ぜったい、自分からもにおってるよね……。なんだか鼻もマヒしてきた気がするけど。まったく、鼻がとおってるってこともいいことばかりじゃないんだね。

 崖を降りてパンパンと手をはたいて、そんでもって周りをグルリ、と見回す。

 崖にあいている穴は、みんな入居者がいるのかいないのかわからないけれど、人の――っていうか、住人の?――気配はない。空をあおげば、まだ陽はのぼったばかりのよう。あのネズミ人さんたちは夜行性なのかもしれない。

 ここがネズミ人さんの村ならば、近くに井戸とかあるかな~とかって思ったんだけど、この広場っぽい場所にはなさそうだ。それなら――。

もういちど、周りを良く見回してみる。西のほう――太陽が東から登るとして?――は、何か整然と丈の高い草?が生えてて、その真ん中に道がある。馬車一台くらいがとおれる広さ、かな。あれが彼の言ってた町に続く道っぽい。じゃあ、あれじゃあなくて……うん、南の森の方に、奥に向かって草を踏み分けた道がある。あれかな?

あたしはそっちに向かって歩き出す。

 

森は昨日の雨に洗われて、のこったしずくが朝日をうけてキラキラしていた。

明るい森。遠くで鳥のさえずりが聞こえる。知らない鳴き声――っていっても、あたしが知ってるのは、人里に暮らす鳥くらいなんだけどもさ。

だけど、木が若い。こういうファンタジーの森(?)にでてくるような、『うっそうとした』とか『何かかえかもある大樹』なんてのはぜんぜんない。踏み分け道の両側を見ても、木漏れ日を受けて下生えがうっそうとしげり(あ、ここで「うっそう」ってかw)なんか知らないけど花なんかも咲いてる。

木が密集した「森」っていうよりも、もっとすかすかの「林」ってかんじ? 実際、人――ネズミ人さんの手が入ってるのかも知れない。

にしても……こんな踏み分け道があるくらいだから、ここらには野生動物はいないんだろうな? じゃなくて、危険な生物は、というべきなのかもしれないけど……。

あんまり気持ちの良い場所なんで警戒心もなく歩いちゃってたけど、そういえばここは日本じゃないんだって思い出す。

ファンタジーな世界なら、いきなりモンスターとエンカウント! ってこともありえるんだって思ったら、なんだか不安になってきた。

森を歩くときは、鳥の声が聞こえていれば大丈夫、だったっけ?

ちょっと歩くスピードを落として、あたしは緊張感――そんなものがあるとして――をはりめぐらしてみる。ふつうの人間――てか一般人に〈気配感知〉なんてできるわけもないけどさ、こんな格好――つまり、コスプレ?――してると、そんなまねごとをしてみたくなったりしちゃうわけですよ。

耳をそばだてても……ん~、やっぱり、なにもわかんないよね。

と、思った途端。

パキッ。どこかうしろのほうで、小枝が折れる音がした。

そうだ、この道はネズミ人さんたちが使ってるんだった! 森に入る時は後ろを振り返らなかったからわかんないけど、誰か後ろから来てるのかもしれない!

振り返っても、踏み分け道は木々の合間にかくれて見えない。

あたしは慌てて身を隠す場所をさがした。

ちょおっと、あの助けてくれたネズミ人さん一家以外には、まだあたしの存在を知られたくないかもしれないかもっ。なんかトラブルになるかもしれないしっ。

踏み分け道から数歩分離れた場所に灌木の茂みを見つけ、すばやくその後ろに身を隠す。我ながら、ビックリするほどのすばやさ、手際よさ!

だけど、そうだ、冒険者が体を清潔にするのは、モンスターに臭いで居場所を悟られないためだったんじゃなかったっけ?! あれ、それともはあれは戦士の心得だっけ? んん、どっちにしろ、こんなに臭いんじゃ、隠れてもすぐみつかっちゃうかも……。

 

息をころして待つことしばし。なんだかずいぶん時間がたった、と思った頃。ようやく時々道に落ちてる小枝を踏みつける主が姿をあらわした。――っていっても、実は茂みの後ろに身を隠したすぐあとくらいから、声は聞こえてたんだけどね。

「しずかに、しずかに(ひそひそ)」

「そおっと、そおっと(ひそひそ)」

「みつかっちゃ、ダメだからね?(ひそひそ)」

「うん、みつかっちゃ、ダメだからね?(ひそひそ)」

「どこ行くんだろうね?(ひそひそ)」

「どうするんだろうね?(ひそひそ)」

「でもみつかっちゃ、だめだからね?(ひそひそ)」

「しずかにね?(ひそひそ)」

「そおっとね?(ひそひそ)」

親切なネズミ人さんちのこどもたちだった。我ながら、なんで断定できるのかわからないけど、まちがいない。元の世界じゃ人の顔なんてぜんぜん見分けがつかないのにね?

こっそりあとをつけてきてるつもりみたいだけど、ざんねん、バレてるんだな~。

けど、獣人なら、鼻が効くだろうから、こっちもバレちゃうのかな?

ま、バレたらバレただけど……。

 

そう思ってたら。

ネズミ人さんのこどもたちは拍子抜けするほどあっさり目の前を通り過ぎて行った。

ん~? 意外と獣属性よりも、人属性にかたむいてるのかな、あのネズミ人さんは?

だけど、このまま行かせてもいいのかな? こどもなら、話が聞けるかな?

あんなにブツブツ呟いてるし、向こうもこっそりこっちをつけてるつもりなら……あたしもあの子たちをつけてっちゃおうかな? 運が良ければなにか情報が手に入るかもしれないし、失敗しても問題……ないよね。よし。

あたしはしげみを抜け出して、彼らの後を追った。

 

  ☆

 

なんだかな~。

けっきょく、あたしはネズミ人さんのこどもたちの後ろをつけてるわけなんだけどさ~。

あたし、まぁ見つかったら見つかった時かな~って、まともにうしろ姿が見える距離からついてってるのに、あの子たちったら、ぜんぜん気づかないの。

話してるのも、おんなじことのくりかえし。

いちばん気にしているのは、あたしの荷物の中身のことみたいで、どうやら中においしいものが入ってるって思っているらしい。

ん~、中身についてはあたしもはやく確認したいとは思うんだけどね~。でも、あたしの想像どおりなら、食べ物が入ってるとしたら、それは〈保存食〉ってヤツだと思うんだよね~。

どういうものかはちょっと思い出せないけれど、レーションバーみたいなものじゃなくて、干し肉と乾燥果物、みたいなのじゃあないかな?

 でも、ざんねんだけど、それをあげるわけにはいかない。できればあげたいんだけど、この異世界でのサバイバルのめどがたたないとね……。

 ちょっと注意して見てるけど、何が食べられて何が食べられないかの区別がつかない。いや、正確にはね、判る気はするけど確信がもてない。でも、野草の中には食べられる物もあるはずなんだ。ほんとなら現地民のみなさんの意見をききたいところだけど、ネズミ人さんが食べられる物をあたしも食べられるかどうかが、やや疑問。

 

 しばらく行くと、ネズミ人さんのこどもたちが立ちどまった。

キョロキョロ辺りを見まわしてるので、見つからないように木のかげにかくれる。いや、見つかってもぜんぜん良いんだけどね? まあ、いちおう。

 

「あれ? 川についちゃったね?」

「ついちゃったね?」

「川をわたったかな?」

「わたらないよ、わたったらダメだもん」

「じゃあ、うえにいったのかな?」

「したにいったのかな?」

 

 あ~、もう、あの子たちったら、声をひそめるのわすれてる~。

 思わず出そうになる笑い声を鼻息にかえながら、ギリギリまでネズミ人さんのこどもたちのそばまで近づいてみる。

あ! 水の流れる音がする! やた、川だ! よかったよ~、水がある~ぅっ。

川自体は見えないけれど、今いるところから、数メートルにわたって森がとぎれていた。その向こう側は、どうも、今いる森――林よりも、もっとうっそうとしげった森。

たぶん、川を境に植生がちがうんだね。なるほど、う~ん、大人としたら、あんな森に子供は入ってほしくないよね。でも、あたしは入っちゃうかもしれないよ? 深い森の方が獲物が多そうだし。ん? とすると、危険なモンスターとの遭遇率も、いるとしてだけど、あがっちゃうのか……?

そんなことを考えながら見ていると、ネズミ人さんのこどもたちはちっともひそめてない声で川の上流に行くか下流に行くかをさんざん言い合ったあと、ジャンケンかなんか、そんな勝負をしてようやく決着をつけると、上流に向かってあわてて走って行った。

 

  ☆

 

 わ~、川だ、水だ~!

 それは飛び越えるにはちょっとつらいけど(でもいけなくはなさそうな気もするんだけど)足をちょっとぬらせば渡れそうな浅い川だった。

 水が草を洗ってるから、気をつければ足跡もつかないかな。

 みずぎわまでちかづいて、手だけ、洗う。

 でも、ざんねんなことに、にごっていてとてもそのままじゃ飲めそうにない。

 これが昨日の雨のせいでにごってるだけだったらいいな~。

 そう思いながら、まわりをみまわす。

 ここがネズミ人さんたちの水汲み場とか水浴び場(ありえなそう……)になってるなら、上流に行ったほうがいいよね。いや、彼らの水を汚さないために下流に行った方が良い?

 ちょっと考えるけど、あの部屋の汚さ――臭いで予想――で考えると……もうしわけないけど、上流だな。うん。

 川沿いに歩きだす。

 いや、ほんと、水があってホッとした~。水は基本だもんね。毒さえ入ってなければ煮沸か濾過をすればいけるだろうし、とにかく洗濯よ、洗濯! 洗濯ができるのがうれしい。

 これが両手で水をすくったら終わり、くらいな清らかな小さな泉だったらどうしようかと思ったよ。でもって、それさえ見つからなかったらどうしようかと。

あと、洗濯もしたいけど、とにかく、落ち着いて荷物を広げられる場所をみつけなきゃ。

水がにごってる間は洗濯はできないとして――まさかずっとにごってるってことはないよね――まず最初は、皮鎧の手入れだよ。

気になりはじめたら、なんかほんと切実な気分になってくる。

汚れはともかく、湿ったまんまはまずい。はやくかわかさないと、カビて耐久力が落ちちゃったりしたら、ほんと困るもの。荷物の中に、手入れの道具が入ってるといいけど!

水と、食料と、ねどこ。

食料はなんとかなる。森の中なら、枝を組んで簡易の小屋なんかも作れるはず。

野外活動も、弓をひいたこともロクにないくせに、この自信はなんだろう。我ながらおかしいね。

でも、こういうことに、ずっとあこがれてた気がする。

ウキウキしずぎて、自然に囲まれてるのがうれしすぎて、ついつい、ここがモンスターが跋扈する世界かもしれないってことをわすれそうになる。

しばらく行くと、ちょっとした空き地、というか木の生えてない空間があった。

とりあえず、ここでいいか。

あたしは湿った草地に足を踏み入れた。

 

   ☆

 

バックパックを降ろすと、丸めた毛布を外して広げる。

見上げれば、青空。草の露で湿っても、それが乾けば洗って干す時間もあるでしょう。

でもって、他の荷物も降ろして、毛布の上に置いてゆく。湿って汚れた皮鎧も脱いで――ふう、やっとひといき。あたしも毛布のあいたところに腰をおろす。

おなかすいた。のどかわいた。

 バックパックにくくりつけられてる皮袋に手をのばす。口にコルク栓とかしてあるから、きっとこれが水――でなければすっぱいワインっ。

 栓を開けて、口に流し込もうとして、ハッと気づく。油だったら、どうするよ?!

 慌てて、てのひらにすこし、こぼす。

ん、無色。そっと舌でなめてみる。

…………たぶん、ただの水。ちょっと臭うけど、まだくさってはいないでしょう。

 慎重にひとくちだけあおって、やめておく。次にいつ飲み水が手に入るかわからないから。あ~、はやく川の水が澄めばいいのにな~。

 それから、ウエストポーチを開けて、中身を毛布の上にひっくりかえす。

あたしのことだから、移動中に何かひとくちできるように、なにかそのまま食べれるものを入れてるハズ!

 出てきたのは、しばってあるひもの色の違ういくつかの皮の袋――鈴がついててチャリンと音がしたのは、たぶんお金だね――と、鞘に収まった小さなナイフ。ひもの束、ホイッスル、櫛と手鏡。

 え~と、手鏡は……おしゃれのためじゃなくて、反射させて合図を送るため、だったっけか?

 なにげなく手に取って、のぞきこんだあたしは――――マジで、かたまった。

 

 鏡から見返してきたのは、緑の瞳。汚れてるけど、西洋系の、ほんとに「かわいいっ」ってカンジの、そばかすの散った顔。歳は、いくつよ? こうして見ると十代後半ってカンジだけど、ほんとうは二十代か、もしかしたら三十代かもしれない。ポニーテールに結わえた髪は汚れでかたまってるけど、むぎわら色っての? 茶がかった金色。

 あたし……あたし、彼女を知ってる。あたしだけど、あたしじゃない、〈彼女〉。

〈彼女〉を思い出したら、〈彼女〉の思い出が一気に胸によみがえって、苦しくて、目に涙が浮かんできた。

けど、今はそんなばあいじゃない。

 必死になって余分な――なによりも大切な――思い出を、いったん胸に閉じ込める。

 そう、〈彼女〉なら、この装備。うん、わかる。どの時点の〈彼女〉だかわからないけれど、〈彼女〉なら――。

 あたしは目を閉じて、もうひとつの感覚をひろげる。

陽の光、頬をなでる風、水の音、木々のざわめき――。

自然に、頬に浮かんだ笑みとともに、目をひらく。

風の精霊の笑み、水の精霊の笑い声、樹に宿る精霊のささやき。いつも無口な土の精。光と闇と、心に宿るもの、そして生命。

この世界を動かすものたちを感じて、共に在ることを幸せだって感じる。

ああ、だから、〈彼女〉は森で暮らすのが好きだったんだ――。

 その感覚は、想像を超えて圧倒的で、あたしは感動で身動きもできずにしばし立ち尽くしていた……。

 

 

「きゃ~!」

「たすけて!」

 ふいに聞こえた甲高い声に、あたしはハッと我に返った。何も考えずに、剣帯をひっつかんで声のした方に走る。

「いや~!」

「わあ~!」

 たぶん、先に行ったネズミ人さんのこどもの声!

 足音とか考えずに全速力で走りながら、ベルトを所定の位置に留める。

 弓の方がよかったんじゃないかって思ったけど、もう遅い。どっちみち、弦が貼ってないし準備してるヒマもなかったしっ。

 すぐに、それは目に入った。イノシシに追っかけられてるネズミ人さんのこどもたち!

剣が届く範囲まで待ってたら追いつかれちゃう。おまけに〈彼女〉のファイター技能って一レベルほどじゃなかったっけ? あたし、鎧も着てないし!

闇の精霊よ――意思に呼応して精霊語が口からつむぎだされる、と、思いきや。

え、え? どういうこと?! 声が、声が出ない!

 のどから、ア~ともウ~ともいっさい音が出ない!

 ひどい、こんなの〈あの子〉よりもひどいじゃない!

 でもでも、でもなんとかしなきゃ!

 首をかしげる気配の闇の精霊に向けて、心の中で必死に呼びかける。おねがい、おねがい! アイツに体当たりして!!

 ふいに、あたしの中からなにかの力が闇の精霊へとそそがれる感覚がした。そして、そそがれた力に呼応するかのように、闇の精霊が黒い靄のような姿をあらわにする。

《オッケイ!》

そんな言葉とサムズアップの気配とともに、闇の精霊はイノシシへと一直線に飛んだ。

あれがふつうのイノシシなら、この一発でイケるはず!

ショートソードをぬきはなちながら、祈るようなきもちで〈シェイド〉の行方を追う。

泣きながらこっちに向かって走ってきていたネズミ人さんの子供たちは、黒い闇のかたまりが自分たちに向かって飛んでくるのを見て、悲鳴をあげて頭を抱えるとその場でうずくまった。

何の音もなく〈シェイド〉がイノシシにぶつかって消えるのと、イノシシがその場でゴロンと転がるのはほぼ同時のできごと。

 よかった……!

 あたしは走るのをやめると、ショートソードを鞘に納めながら、転がったイノシシに歩み寄った。

 うずくまっていたネズミ人さんのこどもたちの間をちょうどとおっていったから、ふたりは「え?」って顔して腕の下からあたしをみおくって、でもってすぐ後ろに転がるイノシシを見て「え~!」って顔になる。

 この子たちは魔法を見たことなかったのかな? って、あたしも実際に見たのは初めてだけど! 使ったのも初めてだけど!!

 エクスクラメーションマークをいっぱい使っちゃったけど、思ったほど興奮もしてないあたし。それをいったら命の懸かった戦闘ってのも初めてで。

もしかしたら興奮しすぎでかえって動揺が抑えられちゃってるのかしら。そんでもって、あとで震えが止まんなかったりしちゃったりするのかも。

 イノシシは完全に気絶状態。脚を持って転がしても、ピクリともしない。

 え~っと、精神点0になった場合、自然回復は六時間だったっけ? ああ、もう、現役離れて長いから、細かいルール忘れちゃったよ。

 そんなことを考えながら、腰のダガーを抜き放つ。そんな経験もないのに、心臓に向かってそれを突き立てる。想像してたほど血がでなくって、なんだかそっちに驚いた。

動いてる心臓にナイフ突き立てたらビッシャーッとかって吹き上げるのかと思ってたよ。これって、何かの補正なのかしらん。

 イノシシの毛皮でダガーをぬぐって、振り返るとネズミ人さんのこどもたちが、おそるおそるといったふうに両側からのぞきこんでた。

「これ、ニンゲンさんがやっつけたの?」

「イノシシ、やっつけたの?」

「すごい!」

「すご~い!」

 ふふん。ほめられたら悪い気はしない。思わず二人の頭を両手でかいぐりかいぐりしてやる。

――うへえ、やっぱりひどい感触! こっそり、イノシシの毛皮でぬぐったりして。まったく、野生のイノシシの毛皮の方がマシって、ど~ゆ~こと!

「ニンゲンさん、さっきの黒いの、魔法?」

「ニンゲンさん、魔法、つかえるの?」

 うんうん。これにはうなずいてあげられる。

「へえ~!」

「すご~い!」

「やっぱりボウケンシャって、魔法がつかえるんだ!」

「ね~!」

 キラキラした目でみあげてくるネズミ人さんのこどもたち。

――ま、問題は、どこまでつかえるのか、なんだけどね?

〈シェイド〉はたしかレベル二の魔法。〈彼女〉ならどの時点の〈彼女〉でもつかえるハズ。でもって、動物系の精神点は――数字は忘れたけど――基本、「きわめて低い」だったハズ。それがとっさに思い出した素で使える――つまり、ほぼ無条件で使える――シャーマン系の低レベルの攻撃魔法のうち、生命点にダメージを与える〈ウィル・オー・ウィスプ〉ではなく精神点にダメージを与える〈シェイド〉を使った理由なんだけど――うう、マジ、魔法、覚えてない……。現役を離れすぎたよ……。

………………。

ショボ~ンな気持ちにピリオドを打ったのは、またまた聞きなれた声だった。

 

「おまえ、なにするだ!」

 親切なネズミ人さんのすさまじい剣幕に、あたしはとびあがるようにして振り返り、立ち上がった。

 鼻にシワが寄った、完全威嚇の表情。手には抜身のナイフ。

うわ、まさかこの森の生き物を殺しちゃいけなかったとか? あちゃ~、せっかく気絶させたんだから、ぐるぐる巻きにしとくだけにしとけばよかったよ~。そうだよな~、六時間も気絶してるんなら、あわててトドメささなくたって、楽勝ロープ取りに戻れたじゃん……。

いまさら思っても、後の祭り。ますます気分はしょぼ~ん。がっくり、うなだれてみせるしかない。

「あ、にいちゃん!」

「にいちゃ~ん!」

 ネズミ人さんのこどもたちが、親切なネズミ人さんにとびつく。ああ、あの人ってあの子たちのお父さんじゃなくてお兄ちゃんだったのか。

「おまえら、アイツに何されただ? 大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ!」

「だいじょうぶ!」

「にいちゃん、すごいんだよ! イノシシ、一発!」

「まほう! まほう!」

 ネズミ人さんのこどもたち、お兄ちゃんの手をぐいぐいひっぱってこっちに連れて来た。

「く~ろい玉でど~んって!」

「ナイフでざく~って!」

 ネズミ人さん、イノシシとあたしを交互に見てる気配。あたし、もうしわけなくって顔もあげられない。

 こどもたちはあたしの後を追っていたこと、森から出てきたイノシシに追いかけられたこと、もう少しで追いつかれそうになった時に、なんでか前から来たあたしに助けられたこと、なんかを順番もグチャグチャにおにいちゃんに報告してる。

 やがて、ネズミ人さんがぼそりと言った。

「……すまなかったな」

 は? てっきり怒られるんだと思ってたあたし、目が点になってネズミ人さんを見た。ネズミ人さんのひげが、しょぼんと垂れてる。視線は下に向けたまま、手はナイフをさやにおさめてる。

「どうやら助けてもらったらしいだな。ありがとな」

 え、え、え? なんでなんで?? あたし、とんでもない、とばかりに首と手を横にブンブンと振る。

「おれいをしなきゃいけねえんだろうが、おいらたちにゃなんもやれるもんがなくて……」

 いえいえいえいえ! 横ふり再加速。ボディランゲージ、つうじてればいいんだけど!

 その時、こどものひとりがツンツンと服をひっぱった。

「ねえねえニンゲンさん、なんて名まえ? おいら、チュージ!」

「あたい、チューカ!」

 え~っと、あたしは……って、しゃべれなきゃ、つたえられないじゃん?

 あたしはできるだけもうしわけなさそうな顔をすると、のどを指差して、口を指差して、両手でバツ印をつくった。……これで、つうじるかな?

 こう考えると、〈あの子〉ってすごかったんだな~って、つくづく感心する。まあ〈あの子〉は子供だったし? 文字は書けたし? 声が出なかったわけじゃなかったからな~。あ、この世界、文字は通じるのかな?

 しかし、あたしのボディランゲージ、なんとかつうじたみたい。今度はネズミ人さんの目が大きく開いた。

「あんた、しゃべれねえのか!」

 うんうんうんっ。あたし、全力うなずき。ネズミ人さんのこどもたちも「え~!」「え~!」って驚いてる。

「そんなら、おいらたちと口もききたくねえってわけじゃなかったんだな?」

 って、そんなふうにとられてたの? するとネズミ人さんの表情がふっとゆるんだ。

「そっかそっか。そりゃあ、わるいことしたな。じゃああんた、ここから一人で、どこだか知らねえが、帰れるのかい? 冒険者だってんなら、仲間がいるんだろ? 向こうが迎えに来てくれるのを、ここで待ってたほうがいいんじゃねえのかい?」

 あたしの、仲間?

それに思いをめぐらした途端、胸へと閉じ込めた〈彼女〉の記憶のフタが、一気にゆるんではじけ飛んだ。

 

 王都への旅。(あたしの)あこがれの人たちとの出会い。闇との戦い。そして――〈彼〉。

大好きな、今でも大好きな、でも、もう二度と会うことのない〈彼〉(とそのプレイヤー)。出会って、旅して、恋して。愛して、育てて、別れて、別れて、別れて――。

 目からポロポロと涙があふれ出すのがわかる。これは、〈彼女〉の記憶。でも、それはあたしの記憶でもあって。――そう、〈彼〉だけじゃない、あの頃の仲間には、もう、会えない――。

 ネズミ人さんたちがオロオロしてるのがわかる。でも、あたしはただ涙をこぼし続ける。

 だって、これはあたしがずっと閉じこめていた涙。〈GM〉を信じて裏切られ、仲間をすべて失って、だけどそれは〈GM〉を信じた自分の自業自得だと、誰にも見せられなかった悲しみの発露。

 そう、今のあたしが〈彼女〉なら、思う存分、〈彼〉を想って泣いても良いんだもん……。

「ねえねえニンゲンさん、泣かないで?」

「泣かないで? どっかいたいの? ねえねえ」

 ネズミ人のこどもたちがなぐさめてくれる。うん、うん、ありがとね。

「すまねえ……。あんたひとりでこんなとこに転がってたんだ、なんかあっただよな」

 こまったようにつぶやいたネズミ人さんに首を横に振ってみせて、あたしは涙を拭いた。ああ、なんかすっきりした。それに、ここならいつでも思い出して泣けるんだし。

 うん、とうなずくと、あたしはネズミさんにイノシシを指差して首をかしげて見せた。あれ、どうしよう?

「ああ、あんたが捕ったならあんたのもんだよ。にしても、りっぱなイノシシだなあ」

「おいしそう!」

「おいしそう!」

 じゃあ、どうぞどうぞ。

「え、おいらにくれるってのか? そりゃ、あんまりにもあんたにわりいだろ。おいらのほうが、あんたにおれいをしなきゃなんねえってのに……」

 いいえいいえ、どうぞどうぞ。あたしがもらったって、食べきれないし? てか、あ~、干し肉とかにすればいいのかな?

 わ~いわ~いと喜ぶこどもたちにまとわりつかれながら、腕を組んで悩んでいたネズミ人さんは、やがてこくりとうなずいた。

「わかった。んで、あんた、これからどっかへ行く当てはあるのかい?」

 首、横振り。

「仲間が迎えに来るってことは?」

 首、横振り。

「じゃあ、おいらたちと一緒に暮らすか?」

 え!? ちょっとギョッとして、思わず身を引いてしまった。いえいえいえ、ちょおっと、あの汚い所には住めないでしょお?!

 でもネズミ人さん、それをどうとったのか、ほおを指でポリポリとかいた。

「あ、いや、おいらんちに一緒に住めって言ってるわけじゃねえぞ? 巣穴はいっぱい空いてんだ、どれでも好きなのをえらびゃあいい。だあれも文句ぁいわねえさ」

 って言われてもねえ。あたしはほほえんでフルフルと首を横に振ると歩き出す。んで、さっき荷物を置いた場所へやってくると、そのあたりを手で示して見せた。

「ここに住むっていうのかい?」

「え、ニンゲンさん、ここに住むの?」

「住むの?」

 コックリひとつ。

「でも、てんじょうないよ?」

「おうち、ないよ?」

 ニッコリ。そして片目をつむってみせる。

「んん……まあ、それでいいってぇんならいいけどよ」

 ネズミ人さんはヤレヤレ、と言った感じでそういうと、ため息をついた。そしてこどもたちに待ってな、と合図すると、再び上流へと戻って行く。次に現れた時には、肩にイノシシをかついでいた。

「ここいらは子供の遊び場だ。イノシシみたいなおっきな動物は滅多に出てこねえ。だが、川の向こう側はおっかねえ場所だからな、入らねえほうがいい。……じゃあもし、なんかあったら、オイラんとこにくるだぞ? ウチがわかんなかったら、その辺にいるやつに訊けばいい。オイラはトリのチュータって呼ばれてるからな」

「ばいば~い」

「ばいば~い!」

 そう言って、ネズミ人――鶏のチュー太?――さんたちはすみかへ帰って行った。

 

   ☆

 

んん~、チュータさんもさ、訊けばいいって、あたしがしゃべれないこと、忘れてるよね?

ネズミ人さんたちの後ろ姿を見送って、あたしは首をかしげる。でも、なんとなく、彼らの巣穴の位置は覚えてるような気がする。これはレンジャーの記憶力ってヤツかしら。たぶん、行けば判るだろう。

あたしは荷物の脇にストンと腰を降ろすと、はあっとため息をついた。

異世界転移、か。まあ、素のあたしじゃなければ、やれることはいっぱいある。

〈彼女〉なら初期設定でなければ、シャーマン五レベル、レンジャー三レベル、セージ――その知識がこの世界で通用するかは別として――が一レベルはあるハズで、でもってどうやらその技能は有効らしい。

でもな~、あたしにはどうもここが〈彼女〉の――『ソードワールド』の世界(フォーセリア、だったっけか?)のような気がしないんだよね~。

『ソードワールドRPG』では明確に魔法の発動には発声による詠唱が必要だったハズだもの。どこぞみたいに〈無詠唱化〉のオプションはなかったハズ。

では、ここがどこかといえば、そんなのわかるわけがない。どこにしたって、しゃべれなきゃ人里に下りてったってトラブるのは間違いない。できれば、人に交わらずにずっとここ――森の中――でひっそりと暮らしていたい。

ふわあ。ゴロンと草の上に寝転んで――その湿り気にハッと思い出す。ああっ、鎧! 鎧の手入れしなくちゃ!

慌てて飛び起きると、ぶちまけたウエストポーチの中身をとりあえずも一度もとの場所に放り込んで、今度はバックパックの中身を取り出す。汚れたマントと、いくつかの布袋。開けて見ると、ひとつはにんじん、たまねぎ、じゃがいもと干し肉、小袋は塩かな? 3日分くらいの食糧かしら。それから着替えの服がはいってるのがいくつか。これは大切に着ないとね。それから、砥石と布きれと液体の入った皮袋――ああ、これこれ! 武具手入れセットの袋は脇によけておく。それから鉄の壺――なべ?――とフライパンと、木の皿、コップにおっきなスプーンと鉄の串。これが重さの原因じゃないの? その隙間におしこんであるような、ごつごつした小さいものが入った小さな皮袋の中身は、案の定、布に包まれたさまざまな宝石たち。アレクラストの高額貨幣みたいなものね。こっちでもそれなりの価値があれば良いのだけど。それから、一番下に入ってた袋の中身を見て、あたしは首をかしげた。――銀の、チェインメイル?

取り出して、広げてみる。ん~、チェインメイルというよりは、チェインシャツ、かな? 細い銀色の金属で編んである、着たら腰くらいまでありそうな半袖のシャツ。たぶん、皮鎧の下に着れるんじゃあないかな?

……まあ、確かに銀なら精霊魔法使うには差し障りはないし、〈彼女〉が持っていてもおかしくはない……のか?

なにか違和感を覚えて、それをおもいきり振ってみる。……ちょっと。音、しないんですけど?

てか、あたし、このくらいの金属がどのくらいの重さか、なんてよくわからないけど……これ、金属製にしちゃ、軽いですよね? 加工が優秀すぎて、ほとんど布みたいだから? ってか、銀ってこんな細く加工できましたっけ? んむむ、金ならできそうだけど、どっちみち銀だとすぐ錆びついてしまうのでは……? ってことは……。まさか、ミスリル製?!

え、え、ちょっと待って。あたし、必死になって〈彼女〉の設定を思い出す。

え~っと、あの事件解決した後、お礼にミスリルチェインをもらったんだっけか? 〈彼女〉ってば皮鎧しか着てないイメージがあったんだけど……ん~、そうだったかもしれない。〈あのかた〉にもらったものだったら彼女、思い出に大事にしまっておいたかもしれない。んで、タンスからそれをひっぱりだしてこっそりながめてるのを〈彼〉がこっそり見てて「やれやれ」って顔してたかもしれない。

うう、自分のキャラのくせにだいぶ詳細忘れてるなあ。なんせ彼女、設定書き下ろしたらたぶん『オーバーロード』のアルベドさんとタメはれるくらいの一大叙事詩になっちゃうからな~、まったく。

と、そこまで考えて、ハタと気づく。あれ? そういえば、〈彼女〉は一度たりとも〈冒険者〉だったことはなかったんじゃ?

ファーイーストの山奥の、名まえもない村の村長兼巫女に育てられ、その跡を継ぐために一年間の見聞の旅に出て――海を渡った大陸で世界をゆるがす事件に巻き込まれて、それを解決する旅の途中で知り合った黒髪長身の騎士と結ばれて、ともに山奥の村に戻って二人の子供に恵まれて、死ぬまでは幸せに暮らしました――死んだあとはお互いひどかったけど――って、おはなしだったもん、ね?

ん~。あたしこの首にかかってる、銀のチェーンでペンダントみたいにしてぶら下げてる二枚の金属プレート、さ、どっかの町の冒険者ギルド証と銀行の認証券だと思ってたんだけど……もしかして、違うとか? じゃあ、違うとしたらいったい……?

考えてもわかんなくって、しまいにあたしは頭をブンブンと左右に振った。

もういいや! とりあえず、今は鎧の手入れをしなきゃ。

 あたしは丁寧にメイルをたたんで袋に戻すと、鎧の手入れにとりかかった。

 

  ☆

 

 鎧の手入れが終わった頃には、もう陽もすっかり高くなってた。

 のどもかわいて、お腹もすいた。

 手を洗いに小川に行くと、だいぶ水も澄んできてて、これなら洗濯もいけそうなカンジ。

 でも、このまま飲むのはな……と思った時、はたと気づく。そうだ、ピュリファイ、あるじゃない! 〈ピュリフィケーション〉――水の浄化の呪文! でも、何レベルだったっけ? 四レベル? ん~、たぶん、つかえるんじゃないかな?

 荷物のところまで戻ると、木のコップと水の入った皮袋と、鍋を引っ張り出す。そんでもって、それらに川の水を満たすと、興味深そうにこっちをうかがってる気配の水の精霊に心の中で訊いてみた。

――ねえねえ、この水、キレイに出来る? やっぱ、無理かな~?

 すると精霊がフフンと鼻で笑った気配がして――またなにかの力が吸い取られてゆく感覚――のぞきこんだ鍋やコップの水が澄んだものに変わってた。

ありがとう! やったねっ。なんか、ルールじゃ単一容器の中身しかダメだったような気がするけど、こっちのほうが都合が良いから無問題っ。きっと魔法の効果を現実的にもってくると、常識的に考えておかしくなければオッケイ、ってことなんだろう。うんうん。……てか、勝手に目標の拡大――複数化――されちゃってる可能性もあるってことは……? うわ~。

魔法を使っても、消費MPがよくわからないのがツライところ。いまのところ、たいしたことない気がするけど。

でも、これで出来ることが増えたねっ。

 コップの水をすすりながらまた荷物のとこまで戻ってくると、近くの木陰に水を置く。皿で鍋のフタになるかな。

それから、干し肉を少しナイフで切り取ると、くちゃくちゃ噛みながら――塩漬けでも燻製でもないや――森の中で乾いた木の枝を探す。探しかたを知っていれば、雨上がりでも見つかるってどっかに書いてあったけど、本当にそうらしい。

とりあえず両腕二抱えほど集めてくると、木から充分離れたところの地面をナイフを使って丸く剥ぐ。川から大きめの石を拾ってきて、その内陣を囲うと、中に小枝を組んだ。

ウエストポーチの中からほくち箱を見つけ出すと、――なんと、じつにスムーズに火が起こせてしまった。

う~ん、野外活動なんて、やったことないはずなんだけどな~、これも身体が覚えてるってやつかしら。まあ、ご都合主義バンザイ、だよね。ただ、なにかと手順が悪いのは、あたしが思いつきでうごいちゃうせいだろうな。

火の中で踊り始めた火の精霊に、あんまりはしゃぎすぎないようにおねがいして、石組みの上に鍋を置く。野菜を一個ずつ取り出して、川で洗ってくるとナイフで一口大に切って鍋に入れる。干し肉も少々。……だけど、まな板使わずに切るのって、なんか親指切っちゃいそうで怖いよね。

でもって、火の精霊に、中身が吹いたら火が消えちゃうからね? と念押ししてから――さあ、洗濯だ!

 

 あたしはロープを木の間に張り巡らせると、マントと毛布を持って川に踏み込んだ。

 せっけんはないけれど――いつ補給できるかわからない状態の今、使い切っちゃったら困るから――とりあえず、汚れを落とせるだけ落とすと、しぼって、ロープにかける。洗濯バサミはないから、風がなくてよかったのか悪かったのか。

即席のかまどの火の精霊のご機嫌をうかがって、枝をもすこしくべてから、もう一度川に入ると、今度は服を着たまま水の中にしゃがみ込む。まあ高レベル冒険者――この場合は冒険者技能保持者、の意味ね――だから、そうそう風邪はひかないと思う。そう思い込んで、髪を洗って服ごと体を洗う。

川から上がってから、そういえばタオルなんかなかったってことを思い出す。しょうがないからシャツとズボンを脱いで絞って、髪をざっとふく。……ま、どうやらこの辺りにはネズミ人さんたち以外、知的生物はいなさそうだから、いいでしょ。それらもロープにひっかけて。

 かまどのそばに腰をおろして、髪にくしを入れながら――おわ、ばくはつするみたいにふわふわで、もつれるわ~――火の精霊に、あなたの力で洗濯物、乾せない?と心の中で訊いてみたら、《ちょっと火力が足りないね》って言われちゃった。

 さてさて、そろそろ煮えたかな?

 なべからいいにおいがただよいだしたよ~。

 

   ☆

 

「ねえ、これ、なんのにおい?」

「なんかいいにおいがする~」

「おいしそうなにおい~!」

「たべもの? たべもの?」

「なになに~!」

ワキャワキャした声にふりかえると、ネズミ人さんのこどもたちが何人か、川沿いにやってくるのが見えた。

そういえば、この場所はこどもたちの遊び場だって言ってたっけ。チュージとチューカもいるのかな?

 あたしが立ち上がると、彼らはビクッと立ちどまった。そのうち二人だけが、小走りに近寄ってくる。うん、やっぱりあの二人だ。今度はお友達をつれてやってきたんだね。

「ニンゲンさん、いいにおい!」

「おいしいもの? おいしいもの?」

 あたしはにっこり笑ってみせると、なべをかきまわして味見をする。やっぱ、塩味がたりないか~。コショウがないのもつらいなあ。

それから、ふたりにちょっとまっててねってジェスチャーをすると、辺りを見回して、なるべく大きな葉をつけている木を探して、葉っぱを数枚ちぎってきた。

 鍋の元にもどるときに向こうのほうでかたまってる子たちに笑顔で手招きしてみたけど、なんかこわがられてるよね。ま、いいんだけど。

 だけど、鍋の元にもどってみると、チュージとチューカはおそるおそるといった感じで火をのぞきこんでいた。あ、そういえば、ネズミ人さんたちは火を使わないって言ってたっけ?!

あたしはあわてて手で二人を火から遠ざけると、怖い顔でにらみつけて――できたかな?――手を火に突っ込んで、それが痛い、ってジェスチャーをしてみせた。二人は互いに顔を見合わせてたけど、ちょっと後ろに下がったからわかってくれたんじゃあないかな、って、期待する。

 でもって、ふたりに葉っぱをもたせると、なべから野菜をすくってそのまま葉っぱに――ってわけにはいかないから、いったん自分の木皿に入れて、スプ-ンですくって汁気をきってから、葉っぱにのせてあげる。チュージが興味深そうにフンフンと匂いを嗅いで……あ、鼻に当たったね、熱かったね、落としちゃったね。

 拾って、フウフウして冷ましてから、もういっぺん葉っぱにのせてあげる。

向こうにいる子たちはこないから、まあいいか。

あたしも木皿を取り上げると、いただきま~す!

うん、味気ないけど、こんなもんよね。

 あたしがハグハグ食べ始めたら、むこうの子たちがざわざわしはじめた。

 こっちの子たちも、ようやくおそるおそる野菜を口に運ぶ。

「……おいし~い!」

「……やわらか~い!」

 ほんのひとくち分の野菜はすぐにのどをとおっていってしまう。でもおかわりをあげるわけにはいかない。もともと自分のぶんしかつくってないからね。

「ね、やっぱりおいしいもの、もってたね」

「ね~!」

 あたしは二人の目がこっちを向く前にいそいで皿の中身を口の中に流し込むと――くすん、ぜんぜん足りないけど、見せびらかして食べるわけにもいかないじゃん?――、葉っぱを並べて、野菜を――肉はあげないよ?――一切れずつのっけてゆく。んで、二人に目がこっちむいたところをとらえて、向こうにいる子たちを示して見せた。

「え、あいつらにもやるの」

「あげちゃうの?」

 うんうん、とうなずいてみせると、ふたりはあきれたような口ぶりで言った。

「いいんだよ、あいつら、こないんだもん」

「あたいらのこと、うそつきって、いったしね~」

 うそつき? 大げさに首をかしげてみせると、ふたりはうんうん、とうなずく。

「ニンゲンさんがまほうをつかったっていったら、ウソだって!」

「まほう、つかったよね?」

 使った……よね? って、自分で疑問形つかってりゃ世話ないけどもさ。うん、たぶん、魔法……だね。とりあえず安心させるためにニッコリ笑ってうなずいてみせると、ふたりは互いにうなずきあった。

「な?」

「ね!」

 それから、うしろの子たちにむかって叫んだ。

「ほら! きいただろ? ほんとにまほうだったんだってば!」

「ウソじゃないもん!」

「じゃあ証明してみろよ! オレたち、魔法なんて見たことないからな!」

「やって見せてよ!」

「みせてみせて!」

 ひときわがらの大きい子が言うと、ほかの子たちからも一斉に声が上がる。

「ねえねえやってよ」

「やってよ」

 チュージとチューカからも期待の目で見られるけど、う~ん……こまった。

 なんで困ったかっていうと、なんか、いかにも魔法ですってカンジのワザが思い出せないから。

 攻撃魔法は……〈バインディング〉とか? ツタでからめて――あれは行動阻害だけだっけ? でもダメージが入ったらまずいから――て、んん? 植物の精霊を使うなら。『高位の精霊使いには、テントは要らないんだよね~』。いつかの自分の台詞を思い出す。ん、アレなら一石二鳥かも!

 あたしはふたりににっこり笑ってみせると、洗濯ものを干してある辺りまで歩いて行く。――あ、そういえばあたしったら、下着姿だったじゃない? まあいいか、相手はネズミだしこどもだし――でもっていちばん草地に近い木に手を触れると、樹々の精霊に心の中で呼びかけた。

 あなたたちの力で、こ~んな、樹木のドームを造れない? 雨がしのげるくらいの密度でね、あるていど侵入者も防げると良いんだけどな~?

《ちからを分けてくれたら、できないこともないわよ?》

 その返事に呼応するように、あたしから精霊たちへとなにかの力が注がれる。

たぶん、これが魔法に必要な力=MPなんだろうな。『ソードワールド』では〈精神点〉って呼ばれてて、あたしはそれはつまり“気力”っていうか術を行使するのに必要な精神力だと思ってたんだけど、リアルになってみると、なんか違うっていうか、なんだろ、もっとこう、心の中のふか~いところからわきあがってくるような?

なんて思いをめぐらす間もなかった。精霊たちが力を受け取り始めた途端、辺り一帯の樹々がざわざわと伸びはじめたかと思うとみるみるうちに絡み合って、いきなり目の前に直径10mほどの樹木のドームができたのだ。

……て、10m……。……あの、でかすぎませんか、コレ。

「すげ~……」

「すごい……」

 気付いたら、呆然と完成物を見上げてるのはあたしだけじゃなかった。子供たちもみんな周りに集まってる。

 樹々の精霊たちのドヤ顔な気配。

 〈プラントシェル〉って、直径5mじゃなくって半径5mだったんだ……って、いや、良く考えたら直径だとしても想像してたよりうんと大きいんだけどね。さらに倍って……。ま、まあそうだよね、馬を連れた冒険者パーティーが仮宿にするんだったら、これくらいの大きさが必要なんだよね? ね?

w ……にしても、次に作る時は範囲を縮小してもらおう、うん。たしか6時間だか半日だかで消えるハズだもんね? あでも、魔法の範囲の拡大ってルールはあったけど、縮小って、ルールにあった気がしないぞ……。

「大きいね~」

「ねえねえ、これ、なに?」

 ネズミ人の子供たちが叩いたり体当たりしてもドームはびくともしない。

 だけどあたしがドームに手を触れると、そこだけ樹々がたわんで人ひとりがはいれるくらいの大きさの穴がぽかりとあいた。

「うわ~!」

「すご~い!」

 中は樹々の天蓋におおわれた森そのもので、べつに地面が平らになってたりはしなかった。でもここなら、荷物を置いておいても野生動物に持っていかれることもないだろう。

 ねえ、この中で火を焚いても大丈夫? って心の中で問いかけると、《森に火をつけなければね》とのお返事。まあ、これくらい広ければ、煮炊きくらいは大丈夫でしょう。

 

   ☆

 

 あたしは樹々のドームの中ではしゃぎまわるネズミ人のこどもたちをそのままに、とりあえずせっせこと荷物のお引越し。

煮込みの入った鍋も木皿でフタをしてドームの中に入れて、置かれたままの葉っぱのお皿も荷物のやじうまに再び集まって来たネズミ人のこどもたちにおしつける。

 かまどの火はあとで火種が取れるように慎重に土をかぶせて、生乾きの服をもう一度身に着けると、残りの洗濯物を取り込んで、ドームの中に干しなおす。これで風に飛ばされた時のことを考えなくてよくなってホッとする。あ、あつめたたきぎも取り込んでおかなきゃね。

 そんでもって、荷物のお引越しの次は、点検!

 ドーム内、半径5m内をくまなく点検する。蛇の穴があったりしたら困るし、食べれるモノがあるかもしれないし。寝られそうなところ、かまどを作れそうなところも目星をつけたいし。それに、ここは元の森そのままだから、この森のことを知る手始めには最適なんだよね~。

 そうして点検をはじめてみると、あたし自身はそんなに植物に詳しいとは思わないけれど、なんかヤバそう、とかこれはイケそう、とか、なんとなく判る気がするの。

それが、あたしのやることなすことにキョーミシンシンのこどもたちが、周りを囲んであたしが興味を持つ物にいちいちコメントしてくれる内容とだいたい合ってるから、この“勘”はけっこう信じられるものなんだと思う。

でもね~、その“勘”がレンジャーたる〈彼女〉の経験則によるもので、なおかつ〈彼女〉自身が知ってる植物とはなんか違うんじゃないかな~って確信めいたものがあるのが、ちょっとなんだかなっちゃ、なんだかなんだけど……。

まあ、その勘がはずれてうっかり毒草食べちゃっても、魔法を使う余裕さえあればなんとかなるんだけどね。

 

 そんなこんなでちょっと野外活動に自信持っちゃったあたしは、そのあとネズミ人のこどもたちをひきつれて、辺り一帯の散策――探索?――にでかけた。

 ネズミ人のこどもたちの先をあらそった解説を聞きながらたきぎをあつめてドームへ戻ると、そこに、あの親切なネズミ人――チュータさんが待っていた。

 

   ☆

 

「いやあ、なんだあ、すげえなあこいつは。あんたがつくったのかい?」

「そうだよそうだよ!」

「ニンゲンさんが魔法でつくったんだよ!」

「まほうだよ!」

「あたいたち、見たもんね~!」

 あたしはにっこり笑って、ドームに開けてもらうと中に入って抱えていたたきぎを降ろす。まねしてあつめてくれたこどもたちも当然の顔して入ってくると、どさどさとそこに降ろしてくれる。チュータさんもかついでいた布袋を降ろすと、感心した様子でドームを見わたした。

「住むとこをどうすんのかと心配してたけどよ、こいつはすげえ。冒険者ってのは便利だなあ」

 いえいえ、それほどでも。ってか、誰でも出来ることじゃないですし。

 顔の前で大きく手を横に振ってみせると、チュータさんは笑った。

「これなら、穴倉にゃ住めねえってのもわからあな。でも、さすがに食い物まで魔法で出せるってわけじゃあ、ねえよな?」

「おいしいもの、たべてたよ!」って鍋を指す子、「たべれるもの、おしえてあげたよ!」ってあつめた植物を示す子、「そんなまほう、あるの!」ってぴょんぴょん飛び跳ねる子。大騒ぎの中で、あたしは苦笑いして首を横に振った。そんな魔法がある世界もあるけどね、ざんねんながら、〈彼女〉は知らないんだなぁ。

「そかそか。んじゃ、住むとこは世話してやれなかったけど、こいつは受け取ってもらえるだな」

 チュータさんが開けた布袋の中身は、……草の実? その中からつかみだされたのは、ニワトリ?の卵が数個と生々しい赤い肉。こどもたちがよだれをたらしそうな顔で覗きこんできたから、きっとごちそうなんだろう。

「おいらんとこでとれたもんだよ。あと、こっちはあんたのイノシシを売ったぶんな」

 そう言って渡してくれた小さな袋はシャリンとお金の音がした。え?

 びっくりしてチュータさんを見ると、彼はほおをこりこりと掻いた。

「まあ、あれはおいらにくれたって言ったからな、だから、これはおいらからあんたへのおれいだよ。村のみんなも、久しぶりの肉でよろこんでたからな」

 そうか、ネズミ人さんたちはお金を使うんだ! じゃあ、何か他のものも買えるのかな?

 あたしは荷物から野菜と塩を出すと、チュータさんの前にお金と一緒に並べてみせた。

「あん、なんだいそりゃ? 食いもんかい?」

 あちゃ~。あたしは塩をつまもうとした(きたない)手をあわてて止めて、ほんの少しだけその手のひらに落とす。それを舐めた時のびっくりした顔に、心の中で頭を抱えた。

う~ん、ネズミ人さんたちはこういう野菜も調味料も知らないっぽいな~。ってか、火を使わないってことは、料理もしないってことだもんね。これは困った、ここに住むにしても、最低限、塩はないと生きられない。三日先にあるっていう、町にでも行かないとダメかな?

「こりゃあ、ニンゲンの食いもんかい。おいらたちは持ってねえなあ」

そんな考えが顔に出たのか、チュータさんも困ったように腕を組んだ。

「あ、でもな、だいたい月に1回くらい、行商人が外のもんをいろいろ持ってくんだあよ。そんなかにゃ、ニンゲンさんが喰えるもんもあるんじゃねえかな?」

 やった、それならここでもなんとかやってゆけるかも! たぶん急に明るくなった表情に、チュータさんも機嫌良さそうにうなずいた。

「たぶん、もうそろそろくる時期だぁな。そん時ゃ、知らせにくるだよ」

 そう言うと、チュータさんは子供たちを引き連れて、村へと戻って行った。

 

   ☆

 

 あわただしい一日が終わった。

 安全に寝られるところは確保できたし、食べる物も、塩さえ確保できれば森の恵みでなんとかやっていけそうだ。

 長く暮らす気なら、着る物も考えなきゃいけないけど、これは来るという行商人さんに期待するしかない。ダメなら、そのうちに町に行ってみるしかない。

 だけど、チュータさんがイノシシをお金に換えてくれたのは、ほんと、助かった。あたしが最初から持ってたコイン――銀貨は、たぶん〈彼女〉の世界のモノ。チュータさんがくれた銀貨や銅貨とは、デザインも大きさも違う。あたしが冒険者に見えるなら、遺跡から見つけた~ってことにすれば通用するかもしれないけれど、いちかばちかでやってみるにはちょっと不安なのよね~。それをするなら、高額貨幣代わりの宝石で試すべきだろうな、うん。

 あと、ネズミ人さんの村で暮らすってことを考えたら、衛生面には気をつけないといけないよね~。鼻が慣れちゃったせいか、こどもたちが持ち込んだ臭いが消えたかどうか、良くわからないのがちょっと怖い。もしかするとネズミ人さんたちがあんなに汚くて平気なのは、RPGにありがちなワーラットとかラットマンみたく、病気にかからないって特性があるのかもしれない。今後も彼らが訊ねてくるんだったら、殺菌効果のあるハーブを床に敷くとか、考えた方がいいかもしれないな~。

 しっかし、異世界転移一日目が無事に終わったことに満足満足。このまま、よくある物語みたく事件なんかに巻き込まれたりしないで、なにごともなくここで暮らせたらいいのに――。

 あたしは元の世界に帰ることなんか考えもせずに、目を閉じる。逆に、目が覚めたら夢でした、なんてのはヤだな~、なんて考えながら。

 

 でも、次の朝、目が覚めてもそれは夢じゃなかった。

 そこは樹々のドームの中で、森の中で、あたしは〈彼女〉の姿をしてた。

 お腹もすくし、喉もかわくし、……トイレにも行きたくなる。

――って、まあ、コレは夢の中でもあるからこれが夢じゃないって証拠にはぜんぜんならないだけどさ。

 今日は何しようかなんて考える間もなくネズミ人のこどもたちがやってきて(昨日よりも多いよ!)、村の周りを案内するからって、わいわいひっぱりだされちゃったよ~っ。

 

    ☆

 

 彼らの村の周りは、深い森に囲まれているらしい。森の中を流れる川は、少しさかのぼると淵みたいになってるところがあって、そこで魚が獲れるそうだ。

 ネズミ人さんたちが棲んでいる崖を登ってゆくと、そこが一番高くて、確かに辺り一帯、森に囲まれていた。ただ、「あっちに町が在るんだって」の方角に向けてだけ、崖の下から広い帯のように草原が続いていた。

こどもたちは「ムギの畑だよ」って言ってるけど、実際行ってみても、それはやっぱり広大なくさっぱらだった。丈の高い雑草が風に揺れている。

 こどもたちによると、この“ムギ”を年貢として“オカミ”におさめなくてはならないそうだ。

おとこのこたちは「大きくなったら自分もおっきい畑を持つんだ!」とか言ってるし、おんなのこは「なまけもののところへはお嫁にいかないから~」なんて言ってる。

口に入るモノならなんでも――人が通るのに驚いて跳び交うバッタでも、ひょいひょい捕まえて食べちゃうのに、どうやらその年貢のために畑をつくらざるをえないらしい。

くさはらのただなかをつづく踏み分け道がどこまで続くのか、こどもたちのおしゃべりをBGMに歩きつづけていると、なるほど、草地になんとなく“畑”らしい区画のパターンが。ん~、ほら、耕作放棄地っていうのかな、畑をほったらかしといたらこうなったってカンジ? そのほったらかされぐあいが、こう、よく見ると、一定の間隔ごとにちがってるの。

う~ん、コレが畑ねえ……なんの畑よ?

そう思いながらも歩くこと小一時間。ふいに草が刈り取られた区画が現われた。それから先、また草地が続いているようだけど、そこからは踏み分け道が両手を広げた分くらい刈り取られてて、ちゃんと“道”ができている。

「このあたりからは、にいちゃんが世話してる畑なんだ」

「すごいでしょ~!」

 いつのまにか両側に来ていたチュージとチューカが、驚いて思わず足を止めたあたしの手をひっぱって、自慢げな顔をする。

「ほっといてもムギはそだつのにな~」

「うるさいニワトリとか飼っちゃってさ~」

 おとこのこたちの批判の声、でもおんなのこたちには高評価のようで。

「でもタマゴ、良いよね~」

「あたいもとくべつな時にはかあちゃんに買ってもらうし~」

 ……すごいって、道がつくってあること、かな? ネズミ人の弟妹の発言に対する疑問は、次の区画に入って、すぐに氷解した。きちんと刈り取られた“道”の両側に生えている雑草が、なんと一種類だけになってたのだ。

 そんでもって、その一種類だけになって、ようやくあたしも気が付いた。あれ? これ、もしかして、カラスムギ?

そういえば、チュータさんからもらった草の実は、この草の実だったかもしれない。

元の世界じゃ雑草としか考えてなかったけど、カラスムギって、雑穀だっけ? 燕麦とか、中世以降は主に飼葉として利用されたらしいけど、小麦や大麦が栽培される前には食用に栽培されてたとか――ってことは、この世界、まさかそこまで文明レベルが低いなんてこと、ありえちゃうの? 

……うわ~、まずい……。これって、うっかりするとあたしがネズミ人さんの世界にオーバーテクノロジーもたらしちゃうとか、そんなラノベな展開がありえちゃうわけ?!

「おう、おまえら。こんな時間に、ずいぶんおおぜいさんだなあ」

 畑の中からひょいと姿を現わしたチュータさんに笑顔で会釈しながら、あたしはこれから先はなるべく行動に気を付けようと固く心に誓った。

 ――あたしの行動で、世界を変えてしまうのは、絶対に、いやだから――。

 道は、その少し先で川にぶつかり、その先は深い森の中に続いていて、チュータさんによるとここで村のエリアは終わりらしい。

 そうしてみると、あたしがここ――チュータさんだけが作ってる“道”の上――に転がっていて、チュータさんに見つけてもらったっていうのは、ずいぶん幸運というか、物語的ご都合主義のような気がする。

これがそのへんの森の中や、じゃなくても畑の中だったらあたし、誰にも見つからずにいたんじゃない?

 あ~、なんかやなカンジ~。

 この世界にきて、ウキウキ気分だったのが、なんか暗雲立ち込めてきちゃった。……取り越し苦労ならいいのにな~。

 

   ☆

 

 オーバーテクノロジー=ラノベ主人公化妄想がかなりこたえたので、三日目からは朝早く、子供たちが現われる前にドームを出て、川を渡った向こう側の森で日中を過ごすことにした。ついウッカリなんかヤバいことしちゃわないように、なるべくネズミ人さんたちとかかわらないように。

こどもたちがいっしょだと、その騒がしさの為に狩りもできなかったし、臭いのために罠をしかけることもできなかったから、それはあたしにとってもずいぶん気が楽なことだった。

 こどもたちには立ち入りが禁止されてるらしいこっちの森の方は、村に近い側の森よりもうっそうとしていて樹々も太く、生き物の気配も濃い。

 だけど〈彼女〉のレンジャー技能のおかげか、方向音痴のハズのあたしでもぜんぜん迷う気がしないし(イザとなれば樹々の精霊に道を尋ねることもできるって安心感?)、周りの生き物に警戒されずに歩けれた。

 モンスター対策のために武装は整えてきたものの、それを利用したのはただ一度――鳩くらいの大きさの鳥を射た時だけ。これはあたしの弓の腕前を試したかっただけ、なんだけど、やっぱりやったことないことができちゃうって、すごいよね。でも、的を外して数が限られてる矢を失くしちゃうのがこわかったので、もう弓はつかわないことにした。

……っていうかね~、魔法を使った方が確実に、苦痛なく殺すことができそうなんだよね……。――血を流しながらもがいてた鳥さんを見て、ふか~く、反省。

 

 そうそう、樹々の精霊といえば、あたしが〈プラントシェル〉の魔法でつくった樹々のドームは一日経っても消滅しなかったんだよね。

 あたし、あれは効果が半日~一日だと思ってたから、驚いて精霊たちに確認したら《せっかく育てた樹を枯らせっていうの?!》って逆にえらく非難されてしまって。

だから、夜にネズミ人の子供たちに襲撃されても、今さらベースキャンプを変えるわけにもいかなかったんだ。

そう、襲撃。

夕方になって、ドームに戻ってきて案内してくれたこどもたちとさよならした後、〈ウィスプ〉の明かりの下で晩御飯のしたくをしてたあたし、再び外からの子供たちの呼ばわる声に、思わず居留守をつかっちゃったんだよね。もしもおすそ分けをねだられたらどうしようと思って。

でも、灯りもついてるしいい匂いもするしで居ることはバレバレだったんだろね。呼んでも出てこないと知った彼ら、そのうちドームによじ登って跳んだりはねたりしはじめたの。

それでも壊れなかったドームの強さには感心してしまったけれどもね。もし踏み抜かれたり壊されたりしたらどうしようかと思って、「こら~っ!」って怒ってやろうとしたんだけど――声、出ないんだよねっ。

それで必死に考えて、思い出したのがホイッスル。非常時に仲間に合図するために携帯してたの――と言っても、ゲーム時に使った覚えはないんだけどね――をバッグから捜し出して、おもいっきり吹き鳴らしたら、思いのほか大きい音が出て、びっくりしたこどもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げてった。――と、思う。鳴らし終わった後に重なり合う枝のすきまからのぞいて見たら、誰もいなかったからね。

でも、その時来てた子たち、なんとその数、およそ五十名。もちろん全員いっぺんにドームに登ってたわけじゃないけど、昼間についてまわってた子たちよりもっとちっちゃい子たちがわらわらいたの。

まあ結局、そのあとすこしずつ戻ってきたみたいで、夜遅く――あたしが明かりを消した後でも周りで遊んでる声が聞こえてたんだけど。……やっぱり、ネズミ人さんたちって、夜行性なのかしらんね~。

 

 そうして数日が過ぎて。ウワサの行商人がやってきた。

 

   ☆

 

 チュータさんによると、行商人さんは、満月の次の日の昼ごろに来るらしい。あたしはその時間に合わせて、完全旅装でネズミ人さんの村に向かった。なにかがあった時(なにかって、なに?)、通りすがりの旅の冒険者に見えると良いな~ってカンジでね。

 もう、行商人さん、待ってたの。ひとりでのサバイバーな暮らしはけっこう楽しんでたんだけどね、なにがツライって、食生活。調味料がないのがね~。塩も持ってる分しかないからむやみに使う訳にはいかないし、ここは日本人の知恵(?)で、骨や野菜からダシをとって誤魔化そうと努力はしてみたけど、味に変化がつかなくて。――まあ、『ログ・ホライズン』の「ふやけた味なし煎餅」にくらべりゃマシだし!と自分をなぐさめてたんだけど……あ~、期待しちゃう。

 見つかるとまたこどもたちにたかられると思って、森の中から崖の前の広場をうかがうと、そこはまるでお祭りのようだった。

 三〇〇人くらい、いるのかな? 大人は三々五々、あちこちでおしゃべりの花を咲かせ、子供たちは広場を駆け回る。

 そのきらびやかなこと!

 っていうのが、男も女も、みんなキラキラピカピカしたアクセサリーでこれでもかってカンジで身を飾ってるの。そう思ってよく見れば、こどもたちもみんなが首から下げているプレートをピカピカに磨き上げている。

 身体は洗わないのにアクセサリーは磨くんだ~、と妙な所に感心してしまう。

 さらに観察を続ければ、成人男性はみんな腰にナイフ、成人女性はほとんどが傍らに大きな手提げ籠を置いている。

――と思ったら、籠から取り出されたのは赤ん坊。なるほど、あの籠はクーハンだったのね。なんて見てるとさらに籠からもう一人。おかあさんは器用にも二人の子供を両手に抱えておっぱいをあげはじめた。すごいね。

でも、まわりはぜんぜん当然みたいに、それを気にもしてない。どころか、あっちでもこっちでも、ダブル授乳の光景が。――すごいわ~。ってか、すごい双子率。ってか、さらにいえばすごい産婦率。てかてか――もしかして、みなさん、さらに妊婦さんなのでしょうか? それとも、たんにふくよかなだけ? でも……あれ? そう考えると子供の数がずいぶん少ないような……まあ、家で留守番してるのかもしれないけどね。

そんなこんな考えてると、

「来たよ~!!」

 畑の道のほうから数人の子供たちがうれしそうに叫びながら駆け込んできた。

 

馬に曳かせた荷車二台でやってきたのは、商人風のキツネ人と、護衛風のネコ人とオオカミ人とクマ人が二人。みんな、ネズミ人さんたちとは違って、きちんと衣装を着ててかっこいい。耳とか尻尾とか……うむむ、この国はケモナーさんの天国なんだろうか。いやいや、ネズミ人さんたちがあたしを人間だって認識したってことは、この世界にも人間はいるんだろうけども。うむ。

 彼らは崖前の広場に入ってすぐのところで馬を留めると、ネコ人とオオカミ人がすばやくゴザを持ち出した。クマ人がにらみを効かすなか、敷かれたゴザのうえにキツネ人がもったいぶったようすで商品を並べてゆく。

 あつまってきたネズミ人さんたちは、みんな興味津々で商品に近寄っては、「触るな!」と怒鳴られている。

 あたしもすっごく興味はあるけれど、やっぱりネズミ人の中にニンゲンってのは隠れてても目立つよね。てか、隠れたほうがあやしいか。でも……。

 さんざんぐだぐだ悩んだあげく、あたしはひとつの魔法を試してみる。〈インビジビリティ〉――これはスプライトってよばれる見えない精霊の力で自分の姿を他人から見えなくしてもらう魔法なんだけど、誰かに触られただけで解けちゃうし、赤外線視はごまかせないし、臭いも足音も消せないから対モンスターではけっこう使いどころがむつかしいけど、この状況なら大丈夫でしょう。あ~、影は、できない……ハズ。うん。できてない。よかった。

レンジャー技能の忍び足で商人さんたちの後ろにまわりこみ、商品に目をこらすけど――なに、これ。

 干からびたチーズ。くさりかけた生肉。焦げたパン。熟れすぎた果物。びん詰めもあるけど、どうやらメインの商品は廃棄処分確定っぽい食品たちだった。実用品もあるけれど、女性たちの視線は、元の世界だったら子供のおもちゃとしか思えないような安ピカモノの装身具にそそがれている。

 ん~、これは……こまったな。ネズミ人さんたちはこんな食品でもよいのかもしれないけれど、あたしにゃあ食べれない……。

 

 そうこうしているうちに、セリが始まった。

……競り売り。

キツネ人が値をつけて、欲しいネズミ人さんが値を競り上げてゆく。買い手が確定すると、オオカミ人がカゴにお金を集め、ネコ人が商品を置いてゆく。オオカミ人もネコ人もネズミ人には触れないようにしてるし、クマ人も長い棒で売れてない商品にはネズミ人をちかづけないようにしてる。

……たしかに、ネズミ人さんたちは汚いし臭いけど――ラットディジーズの問題とかあるかもしれないけど――なんか、ヤなカンジだな。売値も、あんな程度の商品にあの値段は適正なんだろうか? ああ、しゃべれないのはともかく、物価がわからないから値段交渉するわけにもいかないし。

 盛り上がるネズミ人さんたちの輪から離れて、再び森の小道のほうへ引っ込むと、魔法を解いて樹に寄りかかる。

 困ったな~、ここで食材――最低でも塩は手に入れられないと、もうここにはいられない。しゃべれないのを覚悟して、町へ行ってみるしかないのかな~。

「やあ、あんた、きてねえのかとおもったよ」

声に顔を上げると、チュータさんと弟妹がいた。そういえば、チュータさんはプレート以外ピカピカキラキラを身に着けてない。

「買いにいかねえのかい?」

 あたしはあいまいに首を横に振ると、喉を指差した。食材の鮮度が悪いから、って伝えるより競りに参加できないから、って伝えるほうが簡単だしスマートだと思うんだ。

「ああ、あんた、しゃべれないもんなあ。じゃあ、一緒に行ってやるよ」

「行こう?」

「行こう!」

 チュージとチューカにひっぱられるようにネズミ人さんたちの輪に入ってゆくと、みんな一斉にこっちを見た。「あ、ニンゲンだ」「ニンゲンさんだ」「まだ居たんだ」「あれがニンゲン?」って、え~、あの~、だから、目立ちたくないんですけど……とほほ。でも、人垣の輪が割れて、いつのまにか商品の前まで押し出されてしまったりして。

「おや、これはこれはニンゲンさんではないですか。こんなところでどうなさったんです?」

 商人さんのにこやかな顔と、護衛陣の警戒するような顔。あたしは、たぶん、困ったような顔してたんじゃないかな。

「この人ぁ仲間とはぐれちまったみてぇでな、一人じゃ帰れねえってんで、ここにいるんだぁよ」

 チュータさんの説明に、商人さん、にこやかにうなずく。

「ほうほう、そうですか。なにか、わたくしたちでお役に立てることはございますかね?」

 う~、面と向かってたずねられちゃったらしょうがない。あたしはウエストポーチから(残り少なくなった)塩の袋を取り出すと、ひとかけらつまんで商人さんに渡した。商人さんはそれを慎重に見つめて、舐める。

「……塩、でございますね? お売りになられる?」

 いえいえいえ。あたしは思いっきり首を横に振ると、チュータさんからもらった硬貨を商人さんに見せる。わかってもらえるかな? ……ん、どうやらつうじたみたい。商人さんは口角をさらにひきあげた。

「ああ。お求めになられたい。もちろん、そうでございますね。それはお困りでしょう、こちらの方々は必要とされませんからね……。それでしたら、今はこちらの商品の競りの途中ですので、のちほどということでいかがでしょう? 商品としてはお持ちしておりませんが、わたくしどもの手持ちをいくらかおわけいたしましょう」

 よかった! あたしがコクコクとうなずくと、商人さんはちょっとおおげさなおじぎをしてみせてから、中断されたセリを再開した。

だけど、近くで見てみると、競りに参加してるネズミ人さんはそんなにいないのね。

 あたしは野次馬ネズミ人さん――と、護衛の人――たちの視線を浴びながら、じりじりとその輪から抜け出して、ほっとひといき。見たら、チュータさんたちも一緒についてきてた。

そういえば、チュータさんたちは買い物しないのかな? そっちに向けて手を振って、首をかしげてみせると、チュータさんは苦笑いしたみたいだった。

「おいらんとこはそんなに贅沢品が買えるほど裕福じゃあねえからなあ。それにあとひと月もすればオカミの徴税隊がくる。そんときゃ、いろいろ欲しい物があるしな」

「とうちゃんのいばしょをさがしてもらうんだよね!」

「だよね!」

 父ちゃんの居場所? 首をかしげてみせると、チュータさんはポリポリとほおを掻いた。

「タグがねえとな……年貢を払い続けなきゃあなんねえからな。金を払って、占ってもらうしかねえんだよなぁ」

「魔法使いが来るんだよ!」

「ごちそうも、いろんなものも、いっぱい!」

「てわけでな、あんたも、もし都に行きたけりゃ、徴税隊と一緒に行きゃあいいんだぁな。それまでは、もしよかったらおいらんとこの刈り入れを手伝っちゃあくれねえかな? 今年は畑をめいっぱいひろげちまったせいで、オレとかあちゃんだけだと間に合うかどうかちょっと不安なんだぁ。ちゃんと、礼はするだぁよ?」

 そんなわけで、あたしはチュータさんの畑の手伝いをすることになったのだった。

 

   ☆

 

 商人さんはネズミ人さんたちとの取引が終わった後、あたしの境遇を気の毒がって塩以外にもまともな食材をいくらか売ってくれた。なんかうさんくさいって思っちゃってたのが申し訳なくなるくらい親切で、チュータさんからもらったお金はほとんど使ってしまったけど、すごく助かった。

それから、ちょっとびっくりしたのが、ゆずってもらった塩があたしが持ってた岩塩みたいなのでなくて、食卓塩みたいなサラサラのだったこと。自然塩って、こんなにサラサラになったっけ……?

 

 まあそんなことはいいとして、それから約一ヶ月。今度は徴税隊がやってきた。

 チュータさんの話によると、戸籍のチェックや困りごと相談のほか、商品の売買もするらしい。

 現金収入を得るなら行商人さんよりも徴税隊に余剰品を買い取ってもらうほうがいいそうなので、あたしもしとめた大物の毛皮や拾ったキレイな鳥の羽なんかをチュータさんに売ってもらうことにした。

ん~、そりゃああたしも商品には興味があるけどね、来るのが役人さんだってことだから、めんどうなことにならないように、今回はひっこんでることにしたんだ。現金さえ手に入れば、物は買えるし――チュータさんは徴税隊に付いて行けばって言ってくれたけど、そんなことしなくても跡をつけてゆけば迷わずに別の村なり町なり商店のある場所に行けると思うんだよね~。

そんなわけで、今回は軽装で、早朝から森の際にひそんで徴税隊がくるのをこっそり眺めてたんだけどね。

――まあ~あ、それはそれは大部隊! オオカミに乗ったゴブリン――コボルトは犬、オークは豚だから醜い人型のはゴブリンであってたよね?――を先導に、紋章みたいなののついた旗を掲げた箱馬車と幌馬車、荷馬車あわせて二十台以上。役人らしいウサギ人さん三人と商人っぽいネコ人さんが三人。御者兼護衛っぽいゴブリンさん、四十人以上。……すごいね~、あの空の荷台に、畑に置いてあるムギを載せて帰るのか~。

馬車の列が広場にすべて入ると、さっそく馬の世話をするゴブリン以外のゴブさんたちが荷物からゴザを引きずり出して、ネコさんたちと一緒になって広場にゴザを広げると、次々と商品を並べてゆく。その量はこないだの行商人さんの比ではなくて、種類も多種多様。あの広場の隅にロープに繋がれたヤギも商品なのかな?

でも、今回そこで行われたのはセリじゃなかった。ネコ人さんたちが店員として配置につくと、ふつうに対面販売が始まったのだ。ネズミ人さんのほうも、何か持ち込んで買い取ってもらってるもよう。

いっぽう、ウサギ人さんたちが一台の箱馬車の側面を開くと、それは移動図書館みたいになった。棚に並んだ同じような装丁の本や、巻物や、なんやかんやが中にずらりと並んでる。

 カウンターからウサギ人さんが呼びあげる声にしたがって、ネズミ人さんが順番に進み出る。だいたい男のネズミ人さんだから、世帯主なのかな。赤ちゃんが入ってるクーハンを持って。なにかやりとりがあって、帳簿に何か書き込まれたり、何かを手渡したり。そうして、携えているカゴから子供を取り出すと、控えているゴブリンさんに渡すの。んで、そのゴブリンさんはその子たちを別の幌馬車に連れて行く。……ふうん?

 見回すと、広場はこないだのようにお祭り騒ぎで、空になったカゴを持った女性たちも楽しそうに買い物でそのカゴを満たしてる。なんだかなあ。……なんか、腑に落ちない気もするけど。

 そうこうするうちに、ふいに広場がざわめいた。見れば、チュータさん一家が家族四人してウサギ人さんの前へと進み出てゆくのを、みんなが見守っている。

そういえば、チュータさんは行方不明になってるお父さんの行方を占ってもらうって言ってたっけ。なんでも、国民の証であるタグ――みんなが首から下げてる金属プレートのことね――を返却しないと行方不明になっても八年は死亡認定してもらえなくって、年貢を払い続けなきゃいけないとか。家族だけが行方占いを依頼できるけど、それでも四年分の年貢に匹敵する料金がかかるとか。それでも行方をはっきりさせたいから、この一年がんばって働いてきたんだとか。

チュータさんとウサギ人さんとやりとりのあと、ウサギ人さんが声を上げると、一パーティってカンジのゴブリンが六人走り寄ってきた。カウンターごしに大きめの巻物が手渡され、それが地面に広げられる。それから大事そうに小さ目の巻物が手渡され――うう、野次馬に集まって来たネズミ人さんたちにさえぎられてその続きはここからじゃぜんぜん見えない――そのあと、ギャラリーから「おおっ」て歓声が上がった。それから、それから、それから……。人々のざわめきでなかに「おお……」と暗いどよめきがわいて、ギャラリーの輪がくずれた。そのすきまから見えたのは、広げた巻物をはさんで座り込んで対峙するチュータさんと呪術師っぽいゴブリン。ゴブリンメイジ?の足の間にあるのは水晶玉だろうか、片手をそれにかざし、片手で巻物を指差して。チュータさんはうなずいたり首を横に振ったりすると、うなだれた様子で立ち上がった。一緒に後ろから覗きこんでた家族もうなだれてるから、きっと結果は良くなかったんだろうな。

 チュータさんたちが棲みかへ引き上げてゆくのを見送って、まあこんなもんかとあたしも一旦、引き上げることにした。この調子なら、商人さんの時とは違って、とうぶん出発しなさそうだもんね。

 

 ――だけど。

 

「ニンゲンさ~ん!」

「ニンゲンさ~ん!!」

「どこいくの~!」

 川へと続く小路をドームに向かい、とくに警戒することもなく歩いてたあたし、気付いたらこどもたちにとりかこまれてた。

「市が来てるんだよ!」

「お買いもの、しないの?」

「いろいろあるよ!」

 いやいやいや、誘われてもお金ないし、目立ちたくないし、って説明できないの、めんどくさいなあ。いちおう、困った顔して、両手を広げて肩をすくめたりしてはみるけど、こどもたちは「行こ~よ」「行こ~よ」と押したり引っ張ったり。もちろん、子供たちを振り切ることは簡単にできるんだけど……困ったな。

 と、気配に顔を上げると、子供たちのうしろにゴブリンのパーティーがいた。

あたし、あわてて子供たちを後ろにかばうように動く。――けど、子供たちはおかまいなしにあたしにまとわりついてるのね……やれやれ。

だけど、どういうつもり? あれ、たぶん徴税隊についてきてたゴブリンだと思うけど……。

「あんた、冒険者かい?」

 彼らは少し離れたところ――たいがいの魔法が届かない位置ってか?――にたちどまると、そんなふうに呼びかけてきた。

「そうだよ~」

「まほうつかえるんだよ~」

「お肉もつかまえるんだよ~」

 こどもたちが口々になんか言ってるけど、あたしは――正直に、首をかしげて見せた。ここでうなずいても良かったんだけど、なんか嘘つくのも嫌だって思ったの。あたし自身、あたしが冒険者かどうか自信なかったから。〈彼女〉も冒険者だったかっていうと、技能は持ってたけどたぶん違うと思うし。

「じゃあ、旅人かい?」

 それには、うなずく。……もしかすると、“時空の旅人”ってヤツかもしれないけどね? ふふふ。ああ、ここで笑ったらヘンだよね。

「こんなところに人間が迷い込むなんて、ちょいとおかしな話じゃないかい? よかったら、詳しい話を聞かせてもらいたいもんですが、どうですかい?」

 すると、子ネズミ人たちがわあっとゴブリンさんたちにまとわりついた。

「このニンゲンさん、しゃべれないの~」

 しゃべれないの~、と口々に騒いでまとわりつくこどもたちに、ゴブリンさんたちは目を白黒。

 う~ん、やっぱり“おかしな話”なのか? はあ~。あたしは大きくため息をつくと、コックリうなずいた。

 ――でもさ、どうやってしゃべれないあたしから“詳しい話”を聞き出す気なんだろう?

 

   ☆

 

 ゴブリンさんに連れられて村の広場まで戻ると、チュータさんも数人のゴブリンに取り巻かれてた。

「なんかめんどくさいことになっただぁな?」

 チュータさんはのほほんと言ってくれたけど、あたしとしては申し訳なさでいっぱい。だって、あたしがしゃべれないせいで彼が勝手に勘違いしてることがいっぱいあるから。それでチュータさんに迷惑をかけなければいいんだけど……。

あたしたちが無言のゴブリンさんたちに囲まれて待機させられてると、やがてウサギ人さんの呼び出しが終わった。

使っていた箱馬車が閉められると、他のゴブリンさんたちがわらわらと動き出した。

草を食べさせていた馬が次々と馬車につながれて、本を小脇に挟んだ二人のウサギ人さんを先頭に一台ずつ列になって広場を出てゆきはじめると、男のネズミ人さんたちといくらかの女子供もわらわらとそれについてゆく。さっきまで心配そうにこっち見てたチュータさんの家族も。

でも馬車の列の動きはとてもゆっくりで、ネコ人さんたちはそのまま、のこった女性たち相手に商売を続けている。

そんなバタバタとした雰囲気の中で、一人残ったウサギ人さんがとことこと近づいてくると、ペコリと頭を下げた。

「こんにちは、はじめまして。わたしはこの徴税隊の責任者を務めさせてもらっている者です。見たところニンゲンさんのようですが、どんな事情でこんな辺鄙な村へこられたんですか?」

 見回すと、広場に残った人たちの視線がぜんぶこっちむいてる~。

 あたしはウサギ人さんに視線を戻すと、首をかしげて考える素振りをしてから、首を横に振った。う~、これ、我ながらど~見ても、うさんくさいよねえ。

「こん人ぁ、道に倒れてたんだぁよ。どうやら冒険の途中で事故にあったらしくってな、このとおり、しゃべれもしねえもんだからな、おいらもくわしいことは知らねえけどよ」

 チュータさんがアシストしてくれたけど、

「そうなんですか?」

 ん~、どうなんでしょう? こまり顔で首をかしげてみせると、今度はチュータさんが驚いた表情になった。

「ちがうのか?」

 わからないから、首をかしげて見せるしかない。ああ、なんか、胸の奥で嫌なカンジが――悪夢が蠢く気配がする。あたしにとっての真実が、他人には信じられないのは解ってる。でも、嘘はつけないんだ。

困惑顔になったチュータさんとは対照的に、ウサギ人さんはあごに手を当てると、しげしげとあたしの恰好を見た。

「魔法が使えるということでしたが……」

 ああ、今日は狩りとかするつもりじゃなかったから、なんにも武装してないのよね。布の服にウエストポーチと短剣だけ。

「冒険者さんでしたら、プレートはお持ちですね。確認させていただけますか?」

あ~。プレート。これ、そうなのかなぁ? チェーンに通して首に掛けた、〈彼女〉の所持品としては覚えのない二枚の金属プレート。なんか文字と模様が刻印してあるんだけど、読めないんだよね。――ってたぶん、アレクラストの文字だったらあたし解んないと思うわ。……いや、〈彼女〉は一応知能ボーナスとセージ技能一レベルあるから、共通語だったら逆に、読めるのか?

ともかく、それを手のひらに乗せてウサギ人さんに差し出すと、ゴブリンさんたちも一斉に首を伸ばした。

「なんだ……?」

「見たことねぇ」

「ニンゲンだと違うのか?」

「プラチナ?」

「いや、ミスリルか?」

 こそこそ囁き交わす声。そう言われれば、ゴブリンさんたちもウサギ人さんも、ネズミ人さんたちが付けてるのと同じ形のプレートを下げてる。――つまり、それって、あたしが付けてるのとは全然形が違うってことで。う、う~ん。

ウサギ人さんは顔を近づけてふんふん、と興味深そうにそれをながめると、触っても? と身振りで訊くので、あたし、うなずく。

ウサギ人さんは二枚のプレートを一枚ずつ、ひっくり返したりなんだりじっくりと調べた後、ふう、とため息をついて、あたしの顔をじっと見た。

「これは、タグなのですか?」

あー、やっぱちがうのかー。カッコ棒。まあそうじゃないかとは思ってたけどさ。あたしもがっかり。でもその言葉に、周りにいた人たちは一斉にギョッとした顔をした。

「ちがうのかい、おいらてっきり――」

 すごくあせったように言いかけたチュータさんをまあまあ、と制してウサギ人さんは首をかしげた。

「少なくとも、冒険者のプレートでないことはわかりますが。ご存知でしょうが、タグの偽造は重罪です。あなたがこれをタグだと言われるのなら、私は法にのっとってあなたを捕縛しなくてはなりません。そして、偽造者を黙認した者も。しかし、これはわたしの知らないタイプのタグなのかもしれない。それならばなおさら、しかるべき場所で確認されるべきです。タグの不所持は命の危険をともないますからね」

 偽造って、あたし、これがタグだなんて言った覚えもないし、これがなんなのかもよくわかんないのに、犯罪者扱い? てか、命の危険? なんなの、それ。

 あたしのあっけにとられた顔を見て、ウサギ人さんは笑みを浮かべた。

「さいわいなことにわたしも役人のはしくれです。このままわたしと同行されるなら、道中の安全は保障できます。……どうされますか?」

 チュータさんに目をやると、コクコクコクコクうなずいてる。かなり真剣っぽい。

……あ~、なんだかなあ。ここで平和に暮らせると思ったのに……。下手したら犯罪者かあ…………しょぼん。

 あたし、うなだれたまま、コックリとうなずいた。

 

   ☆

 

「タグは何より大事な物だぁよ? ねえと、国民として認められねえだからな? 『国民は国民を喰うべからず』神なるおかたのお言葉だぁよ。そんでおいらたちゃ、喰われずにすんでんだからなぁ」

徴税隊の出立に間に合うように準備をしなきゃってことで、護衛のゴブリンさんたちと一緒にドームまで駆け戻る。ドームを見たゴブさんビックリ。そりゃそうだよね、あたしも最初見た時ゃビックリしたもん。

広げてあった物を片付けてバックパックに詰めなおし、旅装を整えて、樹々の精霊さんたちに別れの挨拶をする。きっと、もうここへは戻ってこないだろう。最後はドームの入り口を開けたままにしておくように精霊さんたちに依頼する。――子供たちの遊び場として使えるようにね。

それから村に戻ろうとしたら、途中でチュータさんがゴブリンさんたちにせっつかれながら水浴びしてるのにでくわした。

「ああ、おいらも一緒に行くことになったんだ。身元保証人ってことでな」

 なんでも、タグを失くした場合の手続きに準じて、そういうことになったらしい。

 この村の住人なら徴税隊が来た時に依頼すれば良いらしいんだけど、そうでなければ最寄りの役場で即刻手続しないと獲って喰われても文句言えないんだって。

そう言われてよくよく思い返してみたら、さっき幌馬車に乗せられてた赤ちゃんたちでさえ、ひとりひとりメダルみたいなのを首にかけられてたっけ。

う~ん、すごい国だぞ、ここは。

……んでも。どうやったら、チュータさんにあたしの身元を保証できるんだろう? だいたい、彼のまわりにいるこのゴブリンさんたち――もしかして、彼はあたしに対する人質だったり?

 石鹸で隅々までしっかり洗えとか、しっかり水ですすげだとか、服を持って待機してるゴブリンさん。田舎のネズミを都会へ連れて行くために、文明化させようとしてるだけなら良いんだけどな……。

 

 村の広場に戻ると、あたしは一台の荷馬車の御者座にゴブリンさんに挟まれる形で乗り込んだ。どうやらチュータさんとは会話が届かない位置取りになるみたい。

 少し動いては止まり、少し動いては止まる馬車の列。それは道沿いの畑に積み上げられたムギを、前の荷馬車から順に積み込んでるせいだった。ウサギ人さんの指示のもと、ネズミ人さんたちが総出で荷馬車に積み込んでる。

荷馬車に乗ってるあたしに気付いた子供たちが「行っちゃうの?」「戻ってくる?」ってなごりを惜しんでくれるんだけど、正直あたしは――ごめん、ちょっとホッとしてた。こういうところが冷たいのかな、なついてくれるのはうれしかったんだけど、臭さと不潔さは我慢できなかったんだ。それでも、ありがとうね。その気持ちを込めて、笑顔で手を振った。

 

荷が満載になると、馬車は後続を残して速度を上げた。畑エリアを過ぎ、小川を渡ると森エリアに入る。馬車一台分だけ木が切り払われてトンネルのように感じる道。先に行ってるはずの馬車も見えない。それでもゴブリンさんたちは警戒した様子もなく、あたしごしに世間話をしてる。どうもゴブさんも人間と関わったことがあまりないらしく、しゃべれないあたしをもてあましてるらしい。

にしてもこの世界、もしかしていわゆるモンスターってもんがいないんだろうか? でなくても、盗賊団とか無法者はいそうなもんだけど……。

それから、一時間くらい過ぎただろうか。ふいにひらけた場所に出た。森の一部を伐採してキャンプ地にしてあるみたい。先行の馬車からはすでに馬が外されているし、火も焚かれているし、それから、それから……料理の匂いっ。そういえば、もう夕方も近いっていうのにあたし、朝からなんにも食べてない(もちろん御飯ってゆうんじゃなくって、ひとくちって意味だよ?)。でもそれは徴税隊の一行も同じだったらしく、同行のゴブさんも期待に満ちた会話をしてる。

あたしは馬車を降りると自由にしてて良いって言われ、あとから合流したチュータさんとの接触を禁じられることもなく、荷物も取り上げられることはなかったけれど、用足しに行く時も水浴びをしてる時も「護衛」のゴブさんが離れることはなかった。……夜警も立てないキャンプで護衛も何もないのにね。

食事も徴税隊の人たちみんなと同じものがふるまわれたんだけど、チュータさんはやっぱり温かい料理は初めてだったらしく、驚いてるようすをみんながおもしろがってるのがおもしろかった。

そうそう、汚れを落としたチュータさんの毛皮はふかふかだったよ。服を着せられて、えらく居心地が悪そうだったけどね。

 

 三日目に森を抜けると、街道に行き当たった。これ、かなり立派な街道だよね、舗装されてるんだから。そこから最初の村――チュータさんいわく町――はすぐだったけど、徴税隊はそこではとまらずにどんどん進む。

ふむ、行商人さんはこの村の商人さんってことだから、チュータさんも帰りは行商人さんと一緒に村に行けば迷わないし安心だね。

通り過ぎる村々の住人も、行きかう人々も、種類は多々あれどみんな獣人形態。やっぱりニンゲンはいないのか、あたしを見ると、みんな驚いたり指差したり。とりあえず笑顔で手を振ってみちゃったりするけど、我ながらなんか莫迦っぽい。

そんなこんなで十日間。いよいよ都へやってきたよ~。

 

   ☆

 

 ムギを載せた荷馬車とゴブリンさんたち、ネコ人さんの商品を載せた荷馬車、そしてネズミ人さんの赤ちゃんを乗せた幌馬車(なんと、“産まれてしまう余分な子”は国が引き取って養育してくれるらしい。ほんと、どんな国よ、ここは!)がそれぞれ違う方角に行ってしまった後、ウサギ人さんの箱馬車と共にたどりついたのはずいぶん立派な建物だった。

「中に入れば受付がありますからね、あとはよろしく頼みますよ、ネズミさん」

「はあ……。気が重いだなぁ……」

 役人ウサギさんの笑顔に見送られて、あたしはチュータさんとともに建物の、やたら大きい入り口をくぐった。

 途端。

 ぞわわっ。なんともいえない嫌な感覚に一瞬足が止まりかかる。でも体は逆に逃げるようにタタッと足早に中に数歩進み――おそるおそる、振り返る。

「……どしただ?」

 一歩入って建物の概要にぽかんと見とれていたチュータさんが、あたしの様子に気付いて首をかしげるけど――そこに居たのは――あったのは、というべきなのか――やけに禍々しいデザインの二体の甲冑。入口を護るかのように、中を向いて立っている。微動だにしないそれは、落ち着いて見ればただの飾りなのかもしれない。でも、そこからただよう気配は……き・も・ち・わ・る・い。なんでこんなのここに飾ってるの?

 でも、まわりを見回しても、だれも気にしてる様子はない。

そこは市役所そっくりの雰囲気。ロビーにはソファや掲示板があって、カウンターがあって、その奥に並べられた机の間には何人もの人がいそがしく立ち働いている。書いてある文字は見たこともないようなもの――いわゆるファンタジー文字ってやつかしらん――で、ちっとも読めない。……んん~、なんだかなあ。

「どういったご用件でしたか?」

 とりあえず、二人してカウンターに近づくと、近くの机にいたウサギ人さんが笑顔で話しかけてきた。チラチラと投げかけられる周りからの視線がなんだかイタイ。どうやらニンゲンとネズミの組み合わせは、かなりの注目を集めるものみたいだね。

「ああ~、すまねえがな、こん人のタグぁ、見てくんねえかな」

 おどおどとチュータさんが話しかけると、受付ウサギさんは笑顔のまま、首をかしげた。

「タグを見る、ですか? 身元確認、ということでしょうか?」

「ん、まあ、そういうことだかな?」

ほれほれ。あたし、チュータさんにせっつかれて、首からチェーンを外してカウンターに乗せる。失礼しますね、と言ってプレートを手に取ったウサギ人さんの目が、急に丸くなった。って、ウサギ人さんの目はもともと丸いんだけどね。

「なんですか、これ?」

「なんなんだかわかんねえから調べてもらえって言われて、おいらたちゃはるばるやってきたんだぁよ。ニンゲンの国のタグじゃあねえのかぃ?」

「タグ……? いえ、至高帝の治められるすべての地において、使われるタグには決められた様式で神聖魔道文字が刻印されています。しかし、この文字も様式もタグに使われているものとは違います。……あなたは、何処からこられたのですか?」

 あたしが首をかしげると、受付ウサギさんは困ったように片手で耳をいじった。

「どこからって、おいらもうまく言えねえだぁよ? おいらの住んでる村は村って呼んでるだけだしなぁ。徴税隊にくっついて、十日もかけて来たけんどもよ。こっからひとりじゃ、帰れるかどうかもわかりゃしねえ」

「徴税隊……ですか。でしたら、そちら様のタグも確認させていただけますか?」

 チュータさんがタグを渡すと、彼女は何やら書き留めてそれをすぐ返した。――ん? 数字? 彼女の手元を良く見ようと伸びあがった途端、隣に圧力を感じて、視線を上げると――クマっ。

 気付くと、あたしとチュータさんの両側に屈強そうなおっきなクマ人の警備員が立っていた。合わせて、四人。がっちり腕をつかまれちゃったりして。

「では、調べてまいりますので、あちらのお部屋でお待ちくださいますか? 係員がご案内いたします」

 ……う~ん、これは、不法入国ってカンジ? ま、とうぜん……だよね~。

あたしはしょんぼりしちゃったチュータさんに向かって、ニコッて笑ってみせた。だ~いじょぶだいじょぶ、こんな文化的な対応だったら、悪いことにはならないって!

 

   ☆

 

警備員クマさんたちに連れられて入った部屋は、尋問室――かと思いきや、かなりまともな応接室だった。窓は無いけど、部屋の隅に花が活けられてたりして。

部屋の一方の壁に徴税隊が掲げていたのと同じ旗が掲げてあるから、それに向かい合う位置のソファにチュータさんと一緒に座る。こんな立派なソファに旅で汚れた服で座るのは申し訳ないね。

にしても、上座とか下座とか、どうだったっけ? この世界にそんな礼儀があるかどうかわかんないけどさ、あたし、営業職じゃなかったから、小卒の誰かさんとは違ってそ~ゆ~ビジネススキルは身に付かなかったんだよね~。

……って、あれ。今、なんか頭にひっかかったぞ? あれあれ? ん~、なんだろう。会話とか? あの、旗……?

 でもそれが何か思い出す前に、いきなりドアがバンって開いて、どかどかと人が入って来た。

 先頭をきって入って来た格闘系な大柄なトラ人がいきなり向かいのソファにどん、と座ると、その後ろに魔法使うっぽいキツネ人さんと神官らしいネコ人さんが立つ。その二人から紙束やら巻物やらを受け取ってテーブルに置くとトラ人さん、両肘ひじをついた手の上に顎をのせて、おもしろそうな表情であたしの顔を覗きこんだ。

「では、審査を始める。これは法にのっとった正式な手続きだ。魔法を拒むなよ?」

 え、て、ん? なにがなんだかわかんないうちにキツネさんがこちらに手をかざしてなにやらつぶやいたかと思うと、つりあがった目を丸くして声を上げた。

「部長! 抵抗されましたっ」

「ふむ」

え、え? 隣のチュータさんを見ると、なんだかぼんやりと笑顔を浮かべてる。……てか、え、これ、〈魅了〉系の魔法? まずい、あたし、抵抗しちゃった?

 あたふたしてるあたしを、部長さん、にやにや笑って見てる。

「こちらの魔法に抵抗した段階で有罪だと、知ってたか?」

 ぶんぶんぶん。知るわけない! ってか、抵抗なんてする気なかったんですけど!

「では、今度は抵抗するなよ?」

 え、え、え~っとっ、ルール上は、相手の魔法に抵抗しないって選択ができたハズっ。うん、きっとさっきはとっさのことだったから、無意識に抵抗しちゃったにちがいない、うんうんうんっ。今度はリラックスして……って、できないけどもっ。

 再び力の投射。――しかし。

「また抵抗されました!」

 ああ~。がっくり。

「有罪だな」

 部長さんは平然と言うと、さらにこちらに身をのり出した。

「で、女。種族は? 名前は? 生まれは? どこからきた?」

 うう、聞かれても返事ができないし、うまく説明できる自身もなっしんぐ。

「黙秘か? おもしろい」

 部長さん、体を起こすと、ソファの背に右手を回すついでに後ろに向かって手をひらひらと振った。

「ところでおまえ、このネズミにオレを紹介してくれないのか?」

 なんだかぼうぜんとしていたキツネさん、その言葉にぴょんと跳びあがると、あわててチュータさんに向かって身をかがめた。

「あ、あ、あ、す、すみません! あ~、この人は私の友人なのですよ、ですから君の友人でもあります。え~、君の名前はなんだったかな? 私は度忘れしてしまって」

「ああ、おいらの名前はトリのチュー太だ。でもって、かあちゃんの名前はササヤキバナで、父ちゃんはサカナのチュー太だ。おとうとの名前は――」

ひどく機嫌の良さそうなチュータさんの声。やっぱりさっきの魔法は〈チャーム〉だったのかな? 偽証防止なんだろうけど、でも、〈チャーム〉ってたしか精霊魔法でもわりと上位だったはず。それに、ドライアドの力なんて、あの時感じなかったし……?

「ああ、自己紹介はそのくらいでいい。ところで、君の連れはどんな人かな?」

「この人は、道で拾っただよ。口もきけねえ、どっから来たのかもわかんねえっていうから、村でめんどうみてただよ。弟たちも助けてくれたし、おいらの畑仕事も手伝ってくれたし、いい人だぁよ? おいら、ニンゲンは初めて見ただけど――」

 気付くと、部長さんがあたしを横目で見てた。で、あたしと目が合うと、ニヤリと笑う。

「口がきけないって? なるほど」

 でもって、今度はキツネさんに裏手突込み。キツネさんは痛そうに右手ではたかれた腹をさすりながら部長さんに眉をしかめてみせる。そして首を左右に振りながら、ふらりと左手をもちあげた。人差し指がこっちを向いてる? 次の瞬間。

「うわあ!」

 チュータさんのびっくりした声。

 にゃぁあっ。バチッときたよバチッて!

 まっすぐあたしに向かってきた、三本のエネルギーの矢。〈エネルギー・ボルト〉? って、古代語魔法っしょ? えっ、この人、二種類の魔法が使えるの?! いや、それでもおかしくはないけどもけどもっ。

「おい、でえじょうぶか!!」

チュータさんがあわててあたしの体をペタペタ触る。

ん、でもたぶん、これ、ダメージぜんぜんくらってない。それってつまり、ダメージが冒険者レベルで止まっちゃったってことで。ってことは三発ともダメージでピン振ったんでもないかぎり、この人の古代語魔法のレベルはかなり低いってことになるんだけども……しっかし、いきなり多重がけ三発って、ひどくない~?

ムゥ~ッとしてキツネさんを見たら、彼は呆然とした顔してた。ネコ人さんは、こっちに向けて両手をつきだしたまま、ぽかーんって顔してる。

……あ、もしかしてこっちの人は神聖魔法の使い手だった? ダメージ受けたら回復しようとしてくれてた? あははは。

 なんか、笑うしかないような。なんなの、これ。

「ふむ」

 部長さん、再び机の上に左肘をつくと、あごに手を当てて、今度は真顔であたしをじっと眺めた。

「本当にしゃべれないとすると……おまえ、ニンゲンか? それとも擬態した他種族か? いや、この聞き方はまずいか。……そうだおまえ、字は書けるのか?」

 どうでしょう? 書けてもこの世界の人に読めるかどうか……て、〈トランスレイト〉が使えれば関係ないか。確か、古代語魔法でそんなのあったよね、文字を翻訳できる魔法。

 あたしは部長さんが押してよこした紙とペンを構えて、首をかしげてみせる。

「では、種族と名前、出身地を書いてみろ」

 種族は人間――と書こうとして、ハタと手が止まる。

んん? 人間でいいのか? この身体が〈彼女〉のものだとして……うん、身体は人間で良いはずだ、うん。中身も、あたしなら純人間だし。なお、〈彼女〉だった場合は……あ~、それは考えるのよそう。

まずは『種族:人間』と書いて。おお、日本語だ。もしかしてアレクラストの文字書いちゃったりしたらどうしようかと思ったよ。といっても、この世界でアレクラストの文字を使ってないとは言い切れないんだけどね。

 続けて『名前:』っと。名前、名前……。あれ。

 なんか、ここへきて、むっちゃ肝心なことに気付いたんだけど。

……あれ。あたしの名前――なんだっけ?

 おやあ? 固有名詞が、さっぱり頭に浮かばない。〈彼女〉とか〈あの子〉とか、キャラは思い浮かぶのに、名前がいっさい、出てこない。いや、読んだ小説なんかのキャラの名前は出て来るのに、あたし――と、あたしのキャラ――に関わった、すべての人々の名前が、まったく、でてこない。って……え? どうして?

「でえじょうぶか?」

 ペンを持ったまま固まってしまったあたしに、チュータさんが心配そうに声をかけてくる。

 う、う、うん。固まったまま、ぎこちなくうなずいて、あたし、『名前:』の続きに『???』と書き込む。

もう、アヤシサ大爆発。こうなったら、もう、ヤケよね。続けて『出身地:ここではない何処か』って、書いてやる。

そうなのよ、キャラの設定は覚えてることは思い出せるけど、あたしのことはほとんど思い出せないの。住んでた場所とか、家族とか、経歴とか……覚えてる気はするんだけれどもなんだかぼんやりしてて、まず、固有名詞は壊滅状態。

しっかしまぁここまで記憶失くしてて平気ってゆ~か、気付かないってやっぱ、あたしってばおかしいわ。我ながら、つくづく実感。ついでに、さっき書いた『人間』って文字の上に小さく『多分』って追加。もういいですよ~、狂人認定で。

 ゆっくりペンを置いて、どうだ! って部長さんの顔を見上げたら。

 ――部長さん以下二名、すごく妙な顔して紙を見つめていた。

「あ~、……まさか、そうなのか?」

「ええ、これは……」

「それっぽく見えますね」

「そうだな……」

 部長さん、ガリガリと頭を掻いて、でもっておもむろにポケットに手をつっこむと、入っていた物をテーブルの上に置いた。それは、あたしが着けていたプレートのペンダント。返してくれるの? と首をかしげながら手をのばすと、部長さんはうなずいた。

「あんたは、それが何か、知ってるのか?」

あたしがそれを首に掛けながら首をかしげてみせると、部長さんははあ~っ、と大きくため息をついた。

「じゃあ、それがいわゆるタグ――つまり、この国における身分証ではないってことは、認識してるんだな?」

 あたしがうなずくと、部長さんはふたたび盛大に頭をガシガシ掻いた。そして天を仰ぐと――ガン!

おもいっきし、テーブルに頭を打ち付けた!? え?え?

「すまん! これまでの非礼、このとおり、ひらに謝罪する! われらが支配者、至高なる御方は異国よりの旅人の話を求めておられる。あんたを本国へ連れてゆけばお喜びになられるだろう。異国からこられたかたよ、どうかこのまま、我々に協力していただけないだろうか?」

 え、え、え~~~?! よく見たら、テーブルに両手をついて、土下座ポーズ。キツネさんもネコさんも最敬礼。チュータさんはと見れば、なんだか蒼白な顔してる。

「えれえことになっただよ、こりゃえれえこった……」

 え~、なんなの、これ?

 

   ☆

 

 わけわかんないままうなずいたあたしに、部長さんは何度も何度も感謝を述べると、「至急本国へつなぐ。このかたを丁重にもてなせ」と部下に言い置いて大急ぎで出て行った。

残されたキツネさんとネコさんはなんだか呆然とした様子で部長さんを見送ると、今度は慌てた様子で「こちらです」とあたしたちを別室へ案内した。

 そこは、かなり豪華なスイートルーム! BIP用なんじゃないのかな、あたしにゃかなり居心地悪い。

「あ~、本国ってのは……おいらも、行かなきゃなんねえのかい?」

「いや、君は大丈夫ですよ」

「そうそう、あなたの義務はここまで。ここからはこのかたの行動にかかわる責任は我々が持つことになりますから」

 おずおずと訊ねたチュータさんに、役人コンビは苦笑いで答えてるけど……大丈夫って言いかたが、なんとも。

「お里へ帰りたいのでしたら、すぐ手配しますよ。この場合、旅費はすべてこちら持ちとなりますから安心してください」

「ああ、そりゃありがてえが――おいら一人じゃ村に帰れねえからな――けど、あんた、一人ででえじょうぶか?」

 まあ、たぶん、大丈夫でしょう。どうやら絶対君主制でも法治国家みたいだし。あたしが笑顔でうなずくと、チュータさんはほっとしたようだった。

「そっか。じゃあ、おいらはここで失礼するだぁよ。偉大なる御方は、ず~っと昔に街のドブネズミだったおいらたち一族を救ってくださった、神みたいなおかただ。おいらにゃ、そんなおっかねえおかたにお会いするのは、ムリだぁよ。――じゃあ、元気でな」

 くるりと背を向けてさっさと行こうとしたチュータさんを、あたし、慌ててひっぱって止めた。

今まで、さんざんお世話になってきたのに、なんにもお礼が言えてない。せめて、とバックパックの中をひっかきまわして、宝石の入った皮袋を引っ張り出す。アレクラストでは高額貨幣代わりの宝石。この世界では同等の価値はないにしても、キラキラ輝く石ならネズミ人さんなら気に入ってくれるだろう。ひとつずつ包んであるから何かはわからないけれど、半分つかみ出して、チュータさんの手にのっけると、両手で包み込むようにして握らせた。それから、深く頭を下げる。

「……くれるのかい。なんだかしらねぇが、ありがとな」

 彼は無造作に腰の袋に宝石を突っ込むと「んじゃ、送ってくれねえか?」と役人コンビに声をかけた。ネコさんがすばやく「じゃ、こちらに」と動きだしたのを見て、しまった~って顔したキツネさん、ノックの音とともにワゴンを押してうさメイドさんが入ってきた途端に「では、ごゆっくり」なんて言って三人で部屋を出て行ってしまった。はぁ~。

 

 うさメイドさん(やっぱりうさ耳にメイド服は似合う)はあたしの横をすり抜けて居間までワゴンを運ぶと、こちらを振り向いて深々とおじぎした。

「お客様、よろしければ、お風呂の支度をいたしましょうか?」

 え~っ、お風呂、あるの!

 暗に臭いって言われたんじゃないかって憶測は丸ごと脇に吹っ飛ばしておいて、へっどばんぎんぐな勢いで首肯して、バタバタとうさメイドさんの後をついてゆこうとしたら、またドアをノックする音がした。

あたしが動く前にくるりと振り返ったメイドさんがドアへと突進して、現れたのはトラの部長さんだった。

「あ~、本国と連絡がついた。一時間後に迎えの使者がこられる。ついては、それまでに身支度を整えておいて欲しい」

 言葉少なにそれだけ告げると、すぐに部屋を出て行った。……なんだかひどく疲れた様子。官僚組織はどこも大変なのかもしれないね。

 

 そのあと。あったかいお湯のお風呂! いい匂いの石鹸! なんか皮がむけるくらい堪能して。用意してもらったふかふかのタオルにもう感激。ビバ、文明的な暮らし! 髪を乾かしながら香り高い紅茶でテーブルの軽食をつまむ。あ~、森の中もよいけれど、こういう暮らしも捨てがたいわ~。

 にしても、身支度って、どうしよう? 持ってる中では一番まともそうなのを身につけてはみたものの、こちらでの暮らしでもうみすぼらしくなっちゃってる。(汚れについては、入浴前のメイドさんの「洗濯物はありませんか?」の一言でかたがついた。半信半疑でまとめてお願いしたら、十五分後には全部畳んだ状態で戻ってきた。魔法か?!)それに、移動するなら防具は持って歩くより着ちゃったほうが楽だし。

 メイドさんはあたしの恰好を見てなんだか嫌そうな顔してたけど、そんなこんなであたしはドキドキ半分ワクワク半分で使者の訪れを待っていたのだった。

 

  ☆

 

 ――しかし。

 

  ☆

 

 こちらです、とまたまた別室へと案内されて、そこに居る人物を見た瞬間、あたし、固まった。

 セバス・チャン――!?

 思わず、言葉が漏れる――いや、声にはならないけれど。

「おや、私の名前をご存知なのですか?」

 光を吸い込むような黒い空間を背景に、執事然とした老人が佇んでいた。スラリとした長身。姿勢の良い立ち姿。それは『オーバーロード』のイラスト、そのままの姿で――。

 あたし、そのままその場にへたりこんだ。どうして……どうして!

 驚いた顔をしてこちらを見下ろすトラ部長さんなんて眼中になかった。

 女性殺しの優しい微笑み。でも、あたしはそのうしろに鋭さが潜んでいることを確信する。

 セバスって、読唇術ができたっけ? いや、できようができまいが、関係ない。もう、あたしのこの態度で、彼らはあたしが彼らを知っていることを知ってしまったから。

あたし、関わってきたのが獣人ばっかりだったから、みんなが日本語をしゃべってるかどうか判らなかった。言葉のみ翻訳されるパターンもいくつか知ってるから、聞こえる言葉と口の動きがずれてたって、きっと気にもしなかった。でも、この世界がフォーセリアじゃないってことには気付いてたのに! あんなにも、人々の言葉にヒントがあったのに! どうして、あたし、これに気づかなかったんだろ……。せめて、せめてあたしに〈AOG〉の紋章を覚えることができていたら……! そう、あたし、書籍もアニメも、何度も見たにもかかわらず――資料集とかコミックは見てないけどっ――ど~っっしても〈AOG〉の紋章の構図が判らなくて、覚えられなかったんだよ……っ。くそ!

「あなたはもういいですよ。あとは私が引き受けます」

 気持ちの良いセバスの声。トラ部長さんが退出する気配。

「どうされました? ご気分でも悪いのですか?」

 気配もなく、いつのまにか腕をとられていて、あたしはうながされるように立ち上がった。

彼なら、抵抗しようがしまいが、簡単にあたしの腕を引きちぎれるだろう。それよりも、彼なら拘束ついでにお姫様抱っこをしかねない。それはそれで萌えるけど……。

「〈ゲート〉の呪文も永遠に続くものではありませんからね。あちらでお話をうかがいましょう」

 どんなに萌えるシチュエイションでも、行く先は地獄。

ナイスミドルにエスコートされて、あたしはのろのろと足を踏み出した。

 

   ☆

 

 〈ゲート〉の闇をくぐった先は、先ほどよりもさらに豪華な応接室だった。でも、多分ここはナザリックじゃない。そのことに、ちょっとだけ、ホッとする。とてもじゃないけど……こんなみすぼらしく、汚い格好で第九階層に連れて行かれたりしたら死にたくなる。

 ――ああ、そうか、死ねばいいんだ。

 それは天啓のように感じられるアイデアだった。

どうしてあたしが彼らを知っているか、それを説明するくらいなら、死んだほうがいい。

だいたいどう説明しろと? あなたがたは私の世界の小説の登場人物なんですって? そんなの、信じてもらえるわけが――んんん、どうなんだろ? 彼ら自身がゲームキャラクターとして創り出された存在だって理解してるのであれば――ああ、だめだ。NPCはともかく、彼らの創造主である至高の方々及びそれを内包する世界までがさらなる高みの存在に創造られた存在だ、なんて言ったら確実に守護者たちに殺される。いや、すっぱり殺されるならむしろウェルカムだけど、なぶり生かし(殺さない)とか苗床とか、黒棺送りとかされたら――。

肉体ばかりか精神の死さえ許さない人非人たちは恐ろしい。

でも、死んで復活を拒否れば死人に口無し。――よし。あたしは掴まれてないほうの手で腰のナイフをさぐると、すばやく首に――

「なにをするのですか!」

 ――はい、無理でした~。そんな気はしてたんです、絶対に敏捷度ではこの人たちに勝てない。まぁ他の能力も、だけど。

 気付いたらあたしは涙をぽろぽろとこぼしながら、呆然とセバスさんの顔を見上げてた。結局、ナイフを抜くこともできず、軽く押さえられただけに感じた手はしびれて感覚がない。

これ、なんの涙だろう。心が固まって、意識と思考が分離したみたい。これ、彼女の容姿なら様になるんだろうな。あたし自身だったらただみっともないだけだけど。

彼はエスコートの為に添えた手――逃がさない為かも――は離さぬままにスッと膝を落として、あたしと目の高さをあわせるとあたしの頭に手を置いて微笑んだ。

「どういう噂をお聞きなのかは知りませんが、我らが主は慈悲ぶかき方。相手が敵対の意思をみせなければこちらも友好的にというお考えをお持ちです。先程のあなたは、私を攻撃しようとしたのではなかった。ですから、私はあなたを信用します。あなたも私を信用していただけませんか?」

 まるで子供に言って聞かせるみたいに、優しく。頭ぽんぽんって、……この人、ほんとに女殺しだわ。しゃくりあげてても声が出ないって、なんかすごく変なカンジ。

いつのまにか腰かけてたソファ。お茶を出してくれたのは、メイド長――ラザニアさん、じゃなくって、なんのイタ飯だったっけ・ワンコさん。優しげなイヌ顔の中央を走る縫い目が不気味。

そう、この穏健派の二人が遣わされたってことは、とりあえず、アルベドさんにもすぐにあたしを殺す気はないんだろう。きっとこの会見を遠隔視の魔法か何かで見てるはず。そこにアインズ様が同席している確率は――といっても、それでなにが変わるのか分からないけど。

「さて」

 その一言に、あたしは慌てて涙をぬぐって居住まいを正した。そう、泣いてる場合じゃない。なんとか死ぬ方法を考えなくちゃ。

「まず、声が出ないということですが。それは本当のようですね。では、これはこちらからの好意の印としてお受け取り下さい。――ペストーニャ」

「はいです……わん」

 ああ、ペスカトーレじゃないペストーニャさんだった。彼女があたしの体に手を当てて、何か呟く。ふわっとあたたかな感覚が体中に広がって、生命の精霊さんのはしゃぎ声が聞こえた気がした。

もしかして、先天的な異常まで癒すとかいう噂の治癒系の最上位魔法? 驚いて彼女を見返すと、彼女はにっこり笑った。

「これでしゃべれるようになったはずです……わん!」

あたし、立ち上がって「ありがとう!」って頭下げ――あれ。中途半端な姿勢になった。

あ、あ、あ~。あ、やっぱり声、出てない。

「え?」

 ペスさんも驚いた顔した後、また何やら呟いて。

「セバス様、呪詛でもなさそうですワン」

「そうですか。……わかりました。ではお嬢さん、筆談はできますね?」

 あたし、うなずくとストン、とソファに腰を落とした。あ~「アインズ様の好意を無駄にするとは!」ってアルベドさんの怒声が聞こえる気がする……。

 差し出された紙とペン(役場で出された物よりかなり上等)でもって、よろよろと『ご厚意を無駄にしてしまって、すみません…』小さく書く。あれ? あたしが思ってたより綺麗な字だ。

セバスさんはそれを見て笑ったみたいだった。

「それでは、まずお名前とギルド名を教えていただけますか?」

『名前は、わかりません。自分に関する固有名詞が、思い出せないんです。ギルドには入っていません』

 所属の属って字が思い出せなかったよ……。続けて、

『AOGに敵対する意思はありません。WIも持っていません』

 んぎゅっ。あたし、今、なんてこと書いた? 筆がすべった~っ、物語の核心!

 うかがうと、やっぱりセバスもペスもこちらに身を乗り出してる。え~い、こうなったらままよ!

『しかし、あたしの存在自体が20級の危険をはらんでいます。どうか、即時の排除を、お願いします』

 ペンを置き、深く頭を垂れる。――ふっ、ハッタリだけどね! でも、アインズ様、どうよ! これでもあたしをコレクションする危険を冒す? ……ん~にゅ、アインズ様ならレアとして確保しようとするかも……でも、きっとアルベドさんなら!

 祈るような瞬間が過ぎて――。

 

   ☆

 

 ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。

 

 しつこい電子音が続いてる。

 

 ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。

 

 くっそ~、起きろよ……!

 

 ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。ピピッピピッ。

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…………

 

どぅりやぁあ~!!

あたし、ガバッと跳ね起きると、足音を忍ばせて階段を駆け上がった。でもって静かにドアを開け放つと、おもいっきり抑えた声で怒鳴る!

「てめえ、起きゃがれ! 起きねえんなら、目覚ましなんてかけんな!」

 

 こ~の、バカ息子っ! てめえのせいで、続きがわかんなくなっちまったじゃねえか!

 

 寝ぼけて見当違いの所へ手を延ばす息子と鳴り続ける電子音にイライラしながらも、あたし、さっきまで見てた夢を忘れないように必死に薄れゆく記憶に手を延ばす。

 

く~っそ、はよ止めんか、書き留めることもできねえだろが!

あんな面白い夢――ふふふ、これはぜ~ったい、書き起こして渋に載っけてやるぞっ!

 

 

  ――おわり。

 


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