記憶、日記、仮面



■某誌に提出した原稿を編集の方に許可を戴き、修正を加えてここに掲載しております

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ウィータ・ネゲントロピー

 

 

 奇想天外奇奇怪怪。あゝ、浮世のなんと恐ろしいことでしょう。

 

 

 

 これは日記でございます。愛おしくも忌々しいこれの引き起こした禍の処理を見知らぬ誰かに託してしまう私の愚かさを許してくださいますことも重ね重ね切願致します。

 日記とは、人の記憶を補完する媒体であることと存じます。主観も、事実も、脳を介して白紙に刻まれ、いつまた開かれるかわからない閉鎖された暗闇の中にしまわれるのだと、私は思っていました。

 残念ながら、私の手で記していた記録庫はその限りではなかったようですが。

 或いは、人の定めた定義の範疇から外れてなどいないのかもしれません。

 記憶には、人の全てが宿ります。たとえ改変された事実があろうと、霧のようにあやふやな像が点在していても、元々人間の脳も同じようなもので、生存するためには手段を選ばないと言います。人を死に追いやる意識の構造は冒涜的かつ異常な行動であり、非人間的な営みであるのも過言ではありません。

 意識が脳の作り出すものなのであれば、日記という現実のスクラップ帳は、人間と相変わらない著者本人なのです。

 私は私が恐ろしくて仕方がありません。生命倫理になんら抵触のしない、傍から見れば奇人の思考そのものなのはわかっています。

 ですが、私の筆が、指が、天から注がれる数多の燃料を消費し湧き上がる使命感が、此世を離れ道を外れた裏側に蔓延る掃き溜めを生み出し存続させていたとなれば、嫌悪感を抱かずにはいられません。

 私は贖罪のために、厚かましいとは痛感しておりますが、貴方にお願い申し上げます。万が一、かつて無信仰だった私のおこがましい祈りを神が聞き届け、空想と同一視されかねないほどの奇跡が起こり貴方がこれを手に取ってしまったのであれば、これから綴る私が存在した罪を、刑を、証を一つ残らず受け取り、受け入れてください。どうか、どうか……。

 

 

 

 

 

 一般的に記憶の喪失というのは、喪失とは名ばかりで、実のところ完全に失われたわけではないのだそうです。少しばかり記憶の収納場所を違えてしまっただけで、ひょんな拍子から戻ってくることもしばしばなんだとか。

 いえ、何も私がそうだと言っているわけではありません。記憶が無かったのは確かなのですが、文明的、社会生活を営むための知識は全くと言っていいほど欠けておりませんでしたし、それどころか、人がそう簡単には真似しない癖、というのも自覚しておりました。仕事もこなしており、給金で日々の飯を食らい、薄ぼやけたテレビのモニターに流れる何度見たかわからない不可解な映像を観察し、こうして筆を執る。何不自由なく過ごせておりました。存外、人間はわたくしのことを知らぬでも生きていけるものです。先に上げた例と違うところを申すのであれば、私の記憶は金属に掘られた銘が摩耗して消えたような、川のせせらぎに底の石が削られ飲み込まれていくような、そんな塩梅で消えていったのであります。なので、私は記憶の紛失に気付いておりました。気づいたときには、手遅れだったのであります。

 まず私の名前を失い、家族を忘れ、隣人を抹消し、勤め先を亡失し、

 友人を認めなくなりました。不思議なことに、それでも私は存在していました。社会というのは、こうも甘く作られていたのでしょうか。改めて私は、この歪な天蓋の下の異常性をしみじみと感じる次第であります。

 その頃から私の生活は変わりません。朝七時に起きると、冷蔵庫の中から卵の殻を取り出し、腐り落ちた野菜と共にフライパンで炒め空のパックから牛乳を注ぎ朝食とします。二十年前の日付の朝刊を流し読みしながら、赤錆びた鳥が枯葉を掻き分け地面に潜っていく様をテレビ越しに眺め、一時間もすると私はゴミ袋を持っていよいよ外に出ます。

 記述するのを忘れていましたが、私はどうやらアパートの一室を借りて生活しているようでした。一端の社会人が借りられるような部屋ですから、LDKはもちろんのこと、ほぼマンションと変わりない構成で、不自由なことは少々駅から離れているくらいでしょう。周辺にスーパーはおろかコンビニも無いため、買い出しに手間取ることがしばしばあります。

 それらを除けば、ここのアパートはなかなかの好物件のはずです。罅割れたな住宅街の中に、マナーの良い住人が揃っているのか森閑な佇まいを持つこのアパートが人気のないはずがありません。ところが、ここに移住して引っ越しの挨拶で近隣住民の顔を窺って以来……幾年が過ぎたでしょうか、たった数年と教える感性の他に、幾十年と囁く直感も存在しています……今の今まで隣人、という者の存在を目撃したことがないのです。隣どころか同階層、あろうことか同荘に存在しているはずの生命体との遭遇経験が皆無なのです。

 全く持って不可解極まりなく、不愉快な話であります。

 三階建て十五部屋の中堅アパートがほぼ無人などありえなく、大家に話を聞いてみようと管理室を尋ねてみたことも数回ありますが、いずれも不在の報せをベルの空しく消え入る寂しさから感じ取ることとなりました。

 擦り切れたプレートの前に、虫唾の避けられない悪臭を放つゴミ袋を置いて速足に立ち去り、生気のはけたアパートを後にして、ようやく私は出勤するのです。

 

 

 

 何年も前から今の職場にいる気がします。しかしながら、私の記憶では自分の地位はかなり低く、というのも、私は新入社員であり、なかなか後輩の入らない環境であったからで、なのに随分と同じ業務を繰り返し、昇進も昇給も無く、死んだように日々を過ごしている……不気味以外の言葉でどう表現したらよいのでしょうか。言い知れぬ不快感がこみあげてきていました。

 アパートと労働場の距離はかなり近く、徒歩で十五分ほどという個人的ではありますがかなりの好立地にあります。駅から十分足らずで辿りつくという恵まれた環境にもあったので、かなりの収益は上げていたことでしょう。今はもうどんな業種で、市場での位置がどれほどであったのかわからなくなってしまったのですが。

 通勤路のシャッター街を抜け、帰りに私服でも買って帰ろうと計画を立てつつ、中ほどで崩れ落ちた煙突が見えてくると、いよいよ私の職場が近づいてまいりました。

 アスファルトに転がる鉄片を何回か跨ぎ鉄線をくぐった先の、無造作に錆が広がる手入れもろくにされていないトタンの屋根が無残に剥がれたレンガ倉庫群が、それであります。黒い雑草が生い茂り、肥料の代わりにガラスが散りばめられている光景は、さながら人間の悪意の敷き詰められた砂丘でした。

 B1と銘打たれたスイングドアをくぐり、窓枠から薄汚れた鼠の吐息を感じながら事務所に入ると、フィラメントの切れかけた釣り電球の淡い灯以外光源の全くない、五メートル四方の辛気臭い部屋に二つばかり設置されたパイプ椅子と対面するのですが、仕事場と言える場所はここ以外にありません。無事なところが殆どないほど腐食の進んだ代物でありますので、いつ壊れるのか気が気でないのが玉に瑕でありました。

 さて、私の業務は砂塵の積もった木製の机を挟み、私の対面に座る男性との会話を楽しむだけであります。実に簡単な作業だと思う方もいらっしゃるかもしれません。そんな程度で給金を貰うこと等許せるはずもないと、そうおっしゃるかもしれません。

 男性の容貌、風貌は識別できません。男性が存在していることを認識することは簡単なのですが、彼の背丈が私と同帯であること以外、髪型も、体型も、何一つ特徴と呼べるものを掴むことができませんでした。

 顔にしても、目や鼻、口に当たる部分にくぼみや出っ張りがあるだけで、人の顔面であることと脳が処理するだけで精一杯なのです。まるで、体全てをヴェールが覆い隠している…そんな気がしていました。

 会話を楽しむと表記しましたが、その実、私には彼の喋ることを理解することが困難だと感じていました。言語は異国のものでなく、日の本の言葉なのですが、その組み合わせ、意図するもの、描きたい物が全くと言っていいほど伝わってこなかったのです。

酷く不愉快な詩、整合性の無い斑模様の大地が海を嗄らし、灰を被った大木を狩り尽す凶暴性を持った気味の悪い言霊、とでも言えばよいでしょうか。

私の言語理解能力が著しく低い可能性も一時期考慮しましたが、なにせ比較対象が存在していない物ですから、一先ずは、私の正常さを信じることと致しておりました。

 恒常的にこの事務所を訪ねていますが、男性の話す内容に変化はありませんでした。彼の口上に言葉を挟む隙はありません。彼の発する言葉の奔流は私の自我を飲み込んでいきます。

「私の目の前には横断歩道を渡る四本足で歩く能面の人間、居酒屋から出てくるのは青い液体を滴らせる触手を背中から生やした三足歩行の人間、そして正二十面体の瞳をぎらつかせる髪の生えた蜥蜴といった魔界の一端が広がっていたのですから」

 彼はもう狂っていました。そうでなければ、壮大な詩を何度も何度も一言一句違えることなく復唱することは不可能なはずです。狂気は病める世界を創造し、何度目かの崩壊を迎えるのです。

 私が唖然としている間に、男はさらに続けました。

「ラッパを吹き鳴らす騎馬が死を連れてきました、太古の都を陽と砂漠が摩耗し、飲み込むように……。猫は殺されました。無垢な子供が硝子玉に抱く衝動に駆られて殺されました。後悔は人に歩ませません。堂々巡り堂々巡り、輪廻の輪から外れ自我の輪にとらわれる。完全なる自己完結の世界。停滞した世界は萎んで消滅するだけ。囚われた幼子は老いることなく朽ち果てるだけなのです。ああ哀れ、ああ滑稽、愉快な劇場に観客は無し……」

 気づけば空は赤らみ、純黒が電線に留まり獲物を待つ姿を目視できるようになりました。腕時計で時刻を確認し、定時になった瞬間に席を立ち、男をいち早く視界から外さんとドアに一目散に向かい、男の制止を振り切って退社します。

 商店街に差し掛かり、黒ずんだ壁を剥き出しにする店舗に差し掛かるぐらいになると彼の妄言はどうでもよくなり、晩飯の献立を考えられるほどには余裕が出てきます。八百屋と思しきゴミ屋敷から野菜を購入して帰宅し、晩御飯を食べて私の一日はようやく折り返しになるのです。

 私の生涯で最も大事なことは、自宅の机に向かい、ボロボロになった日記帳を開きペンを握ってから始まります。

 日記帳というからに、私が書くのは日々の記録であります。気力精力が日記に吸い取られていく感覚と闘いながら私の体験、所感……大半は男への愚痴でありますが……他、雑多なものを記述し、誤字脱字を修正する間もなく眠気の急襲に負けて布団に潜ります。

 そんな次第であったので、白紙以外を見ることが殆どありませんでした。かなりのページを遡れば私の過去を判明させられることも可能だったのかもしれませんが、禁忌と無意識下で察していたのか、頁をめくることはしませんでした。

 こうして私の半生を振り返って初めて自身の愚行を猛省し、痴態を恥じるようになってから思ったのですから、深層心理へ何らかの働きかけが日記帳からあったと推測できます。

 私を道から外したのは、表紙も背表紙も擦り切れて元の装飾がわからなくなるまでに廃れた忌々しい紙の束だというのがこれで察せられたかと思います。

 いかに私の住む世界が異常で、異世界とも形容できるほど認識の歪んだものであろうとも、これは明らかに異質で、許容できるものではないのです。

 私を構成する何か、魂であるという錯覚すら引き起こすことに私は耐えられなかったのです。

だから私はこうして日記に記すのです。せめてもの反抗の証に、彼の無形に傷跡を遺すのです。一矢報いることも絶望なのはわかっています。私が足掻けば足掻くほど残虐な笑みを浮かべているだろうことも容易に想像できます。

だからこそ抗わなければならないのです。孅さを盾に逃げることは決して許されないのです。

 

 

 

 見えざる手の強制力、そして「私」の影響力の最も強まる時間でありながら、自己を再確認するのに最適な深夜に、この文章を執筆しております。肉体がバラバラになりそうな痛みに悶えながら、藁にも縋る思いでしたためております。今にも体が裂け、有耶無耶になって消滅してしまうのではと恐れております。これは私の及ぶところのものではない、世界の法則からの警告という者なのでしょう。

 期限は六日なのであります。かの教えに不完全と罵られる悪魔の数字、それこそが救いなのです。七日の後に起こる事態を追憶する暇などありません。この先我に返ることが永劫にないことは重々承知しております。神の作りたもうた七という神秘的な象徴に私は苦しめられています。過去の私は信仰と無縁の罪人でありました。しかしながら、どうかこの時だけは、愛多き貴方の御心に私の声が届きますことを。

 懺悔いたします。私がこの完成された牢獄を作りだした経緯と、この脳に再び在りし日の私を呼び戻したきっかけを告白いたします。

 

 

 

 かつての私は、現在と同様中流層に住まう社会人として慎ましい生活を送ってまいりました。両親もまだ健在だったため、心許ない給料の幾らかを実家に送り、恋人に巡り合わぬもどかしさに胸を痛めておりました。

 秋の気配を間近で感じられるようになってきた頃でした。

 それこそ私はまだまだ新人で、後輩がだんだんと増えてきても下っ端という意識が抜けきらない最中、母方の実家から仕送りを貰いました。

 私はあまり料理をしない質でしたが、農家である彼らが収穫した米や野菜をいただくことは、彼らの温かさを感じることができる最良の機会であり、何より味の保証がされているため、仕送りから一か月ほどは自炊に挑戦してみるのが常となっていました。

差し当たって一週間の献立を悩みつつ、翌日も仕事の為に早めの就寝を心掛けていましたが、段ボールの底にいつもの物資とは違う矩形の物を見つけ、異様なほどの執着心を私は植え付けられたのです。

 真紅の布をこしらえ、ところどころに金属製の装飾も見受けられるヴィンテージ風の日記帳です。『DIARY』との表記で私は用途を確信しました。自己を深淵に引きずり込んだ元凶、この世の歪曲の源であります。

 何枚か頁をめくっても書き込みはありませんでしたし、紙の黄ばみも見当たらず、つい数か月前に刷られたばかりの新品の紙であったので、高価そうには見えませんでした。

あまり顔を見せない私の実情を察した両親の、これで日々のメリハリをつけよとの慈しみを受けたものとし、早速一本電話をかけたのですが、帰って来た言葉は戸惑いのものでした。

 確かに食料を送ったのは私たちであると、自信作なので早めに食して欲しいと、私は聴きました。ただ、食料以外の物資を、日記帳を入れた覚えはないと、そう付け加えられました。

 適当な段ボールに詰めたのでその時の混入したに違いないと適当な理由でこの話は打ち切られ、その後は近況を報告する場となり、病魔のように胸に残る不快感を我慢することを強いられることになってしまい、肝心な時に発揮されない勇気をこれほどかというほど恨んだのは言うまでもないでしょう。

 その後、日記に触れることはおろかそれについての思考を巡らせることすら忌避するようになった私は、本棚の片隅に仕舞って布をかけ、極力意識外に捨て置くように努めるようになりました。あまり読書家ではなかったため、そこが最良の隠し場所であったのです。

 届いた食料が尽きる一か月が経つまでは度々不穏な気配を日記から感じ取ってはいたのですが、スーパーで値引きされた惣菜を買いあさる日常が戻ってくると、日記帳の影はだんだんと薄くなっていきました。

再び悪しき日記帳が存在感を増したのは、四半年が過ぎて肉親の声が復々恋しくなってきたころでした。

 高校時代の友人から私のアパートに寄っていいかという連絡が来たのです。学生時代、彼とは特に親しく、卒業時に涙して別れを惜しんだものでした。進路の都合で私は県内に留まり、友人は隣県に移ってしまったためそれ以降度々メールをする程度の付き合いしかなかったのですが、久方に再開できるという報せは日々心労を募らせていた私の精神をいたく和らげるものでした。

 数日後、アパートでそわそわしながら友人を待っていたところ、正午に差し掛かるか否かという時分に彼はチャイムを鳴らしてきました。

 嬉々としてドアホンに備え付けられたモニターを覗くと、何重にも男らしく凛々しくなった愛しき友人の姿がありました。やけに大きい荷物が目につきましたが、話を聴けば宿を取っていないらしく、私のところで雨風を凌ごうとの算段を付けていたとのこと。私のスケジュールが合わなかったらどうするつもりだったのかは知りませんが、何回か連絡している中で私の予定を把握していたから余裕だったと言われた時には閉口せざるをえませんでした。

 何はともあれ、数年越しの再開を一頻り楽しんだ私たちは昼食を取りに街に出ることにしました。奢りで寿司、奢りで寿司と繰り返す友人を引き摺って定食屋に行き、昔話や珍体験で話に花を咲かせた後、翌日までかなり時間に融通が利いたので、どこかぶらりと寄り道でもしようと数時間ほど男二人で街を散策しました。と言っても田舎にしては、程度の規模だったので数時間もすると粗方回り尽してしまい、晩飯までどう時間を潰すか、かなり真剣に悩む羽目になってしまったのですが。

 路地裏に面白い店を探してみないかと友人が提案するので、私たちはあまり足を運んでこなかった地域に向かい、いかにも怪しげなビルが立ち並ぶ小通りを散策していると、寂れた小道にはやや似つかわしくない、或いは、むしろうまく溶け込んでいるのだろうアンティークショップを見つけることができました。

 看板にびっしりと伝う蔦のせいで店名は分かりませんでしたが、荘厳たる振り子時計や素人目にも高級なものであると判別できるガラス細工など、人を知らぬ間に魅了する魔力のような物を発していました。

 気づけば店に入っていました。

 店内は外観と違わず高尚且つ厳粛な雰囲気で充満されており、我々程度の一般人がやすやすと踏み込んではいけないような神々しさを展示された品々が放っていました。説明書きを見れば、1900年代のものが多く、材質や式調などが可憐な文字で描き込まれていました。

 格の違いをひしひしと感じた私たちは直ちに店を出ようとしました。店内に他の客の気配はなく、店主らしき人影も一片たりとも見当たらなかったため、何食わぬ顔でドアをくぐるだけだったのですが、好奇心とやらは時として警戒本能をやすやすと上回るもので、店の奥に溶け込んでいたドアを私は発見すると、吐き気を催す不安に駆られながらもその中を息を殺して覗き込みました。

 残念ながら、私が発見したその忌むべき禁忌の部屋の全容をここに記すことはできません。想起するだけで心臓の鼓動が弱まり、命の温かさが失われていく感覚が私を襲うからです。ただ一つ言えるのは、魂の無い表情というのは深海のような過激さと冷徹さを持ち合わせているのだということだけであります。

 冷汗をかきながらも朗らかに笑う友人を横目に、私は冷静にでいられる自身がありませんでした。私の魂が私の及ばぬところに連れ去られてしまう憂虞と怖気が私を蹂躙していました。

 それでも、友人との至福のひと時を殺すわけにはいきませんでした。なんとか網膜に焼き付いた顕界の異常を振り払い、悟られることなく……悟られなかったと思いたいものです……アパートに帰るまでもたせることができました。

 帰宅した私は早々に床につこうとしたのですが、無知で幸福な友人は揚々と夜を深める気でいるようでした。私はまだ新人で、仕事も不慣れで気疲れが多いのだと彼に言っても明日も休みなのだからの一点張りで、申し訳ないながら、彼に対する返答はだんだんとおざなりなものへと変わっていきました。

 気にした様子もない友人は私の本棚に目をつけると、私の数少ない蔵書を吟味することにしたようでした。一か月に一冊増えるか増えないかという購入頻度だったので話題になったものは殆ど置いてはおらず、それが彼にとっては逆に新鮮だったようで、私はそれを好機とみて眠気に意識を委ね始めました。

 当然布のかかった一角が見逃されるはずはありませんでした。彼は日記帳を見つけ、何も書き込まれていないことを確認すると、さりげなく譲渡してくれと頼み込んできたのです。どうせお前も日記を書くタイプでもないし、いいではないかと。

 意識をどうしても手放したかった私は、忌々しい日記帳を手放せることを良しとして軽々と承諾してしまいました。

 こうして私は二番目にして最大の失態を犯したのです。

 友人は早速ペンを取り、その日の出来事を記し始めました。

 虚ろな瞳でやけに楽しそうな彼の背中を数秒間眺めた後、私はようやく落ちるように眠ることができました。夢は見ませんでした。

 翌朝早くに友人は出立していきました。元々こちらに来た用事というのが仕事絡みだったらしく、実家に帰省するまでもないということで私の借りるアパートを選んだとのことで、この時に私はようやく得心がいったものでした。

 スーツ姿で出立する彼を見送り、私は再び眠りにつきました。前夜の睡眠で疲れが取れなかったようで、体の節々が痛んでおりました。

 この頃から私は奇妙な夢を見るようになりました。

 夢というのは、脳の記憶処理の過程に見る物だと研究結果が上がっております。ところが、記憶にない、我々と無関係の事象が具現化して夢を蹂躙することが多々あります。それすらも脳に保管された記録の変形だというのであれば、我々はとんだ化け物を思考に飼っているということになります。科学という枠組みで仕切れない不定形で理解しがたい現象を目撃した私からすれば、にわかには許容しがたい話であります。

 友人と別れた日に見た夢に出てきたのは、彼のはずです。確証を持てないのは、確かに体格や服装は前日に見た彼のものだったのに、彼であると判別できる材料、表情や声と言う個性が全てぼやけていたからでありました。

 彼は断末魔にも似た呻き声を上げ、私の方を指差してきました。糾弾しているようにも、在り処を示すサインのようにも、はたまた私への最後の警告のようにも取ることができました。

 そう長くは続きませんでした。彼が一歩こちらへ踏み出した瞬間、私の意識は現実に突き出されていて、全身を気色悪い脂汗が包み込んでいました。

 二、三日もしないうちに彼の両親から彼との連絡が途絶えたとこちらへ連絡があり、私は友人の失踪を知ることになったのです。

 

 

 

 

 

 どうか私に慈悲深き鉄槌を……。あの時日記帳に抱いていた危機感を友人に伝えていれば、一時の眠気に身を委ねず、彼のことを真に思っていれば、日記帳を渡すことなどありはしませんでした。身代わりなんて甘いことは言いません。かの日記帳をこの世から抹消すべきだったのです。それは友人や私のみならず、現世を歪みから救うことと同義なのです。

 口惜しい、この身が狂おしいほど憎らしい。我が身を地獄の業火に投げ、永遠の苦しみに浸っても尚、私の罪が浄化されることは無いでしょう。

 当初、友人の失踪に関して、日記帳が関わっている確信が持てずにいました。無理もないことではないでしょうか。今となっては諸悪の根源が許し難き日記帳であることが判明しているものの、その日私はまだ驚異の可能性としか思っていなかったのですから。現代において、一冊の日記帳がこの世界を滅ぼしかねないなど誰が思うのでしょうか。

 それから私は一週間の休暇を戴き、ひたすら療養に勤めました。

 ありていに言えば、私は心を病んでしまっていたのでしょう。友人のことを考えれば考えるほど、日増しに日記帳の影は濃くなっていきました。

 本棚の空白を眺める度に襲来する安堵感が、背徳感と混ざって私の心臓を握りしめ闇よりも濃い黒色を作り出し私の視界を覆い隠していました。

 暗澹とした心持のまま休暇が明け、この先の展望が全く明るくないことを悟っていた私は最悪の手段を取ることも辞さないつもりでいました。到底許されない手段であり、償いを放棄した非生産的な行為であることも重々承知の上でした。冷静な自分が必死に生へしがみつこうとしているのを横目に、私の魂は無へと着々と下って行きました。

 ヒト型と話すことすら億劫になり、そろそろ頃合いと準備を初めていた時期、両親から暫くぶりに電話を貰いました。 両親には詳しい事情は話していなかったので、ただの気紛れだったのでしょう。しかし、肉親の温かみのある声はこの世界の何よりも優しく私を包み込んでくれました。その時ですら全てを打ち明けることは不可能でしたが、私が弱っていること、希望が潰えようとしていること、自らの命を削りつつあることを拙いながらもどうにか伝えることはできました。母親は何も言わず、私の弱音を受け止めてくれました。

 たったそれだけのことでしたが、私の両肩に載っていた鉛の重荷はまるで風化した岩が波に削られるように徐々に軽くなっていったのです。

 安静と安寧が必要だと判断したのか、私の告解を聴いた母親は何も言いませんでした。現在私の住む町に残る思い出について、彼女は語り始めました。私が借りているアパートの所在地は私の故郷のすぐ隣にあり、両親との思い出も印象深く残っていたため選んだに違いありません。

 友人が彼方へと渡ってしまった責任は重く受け止めなければならないのですが、逃避することは死よりも重い罪であると私は直感し、彼が再び両親や私の前に姿を見せられるように最大限の尽力をすることが、私に課せられた使命であることを理解致しました。社会人になって、初めての号泣を経験したのであります。

 ……美談で終わらせられたらどれだけよかったことでしょう。

 母親に感謝を告げ、明日の出勤のために通話を切り上げようとした時でした。切り際に彼女の発した衝撃的で恐怖さえ煽る事実が、忘れかけていた忌避すべき暗黒の息吹を呼び起こしたのです。

 曰く、以前に間違って輸送された日記帳、その在り処は、かつてこの街の裏路地に存在したアンティークショップで家具を購入した際に、店主から贈呈された袋の中に入っていたものである。その店主は三年ほど前に亡くなられていると。

 はてさて、私の耳も異常をきたしてしまったのでしょうか。もしくは、肉親さえも狂ってしまったのでしょうか。

 一週間前、確かに私はアンティークショップに足を踏み入れました。人気のほとんどない、朽ち果てた、と形容しても遜色のないほど寂れた裏路地に存在していた奇妙な店に私は出会いました。母親に正確な場所を訊いてみれば、そこが私の知る例の怪屋と同一のものであることの確信を持ててしまいました。私は一週間前、友人とどこにいたのでしょうか、私はその奥深くに何を見たのでしょうか、私はまだ、この世に存在出来ているのでしょうか……?

 その時、玄関の向こうから、何か重いものが落下した音が響いてきました。

 

 

 

 紛れもない、死神の足音でした。魂を貪り、魄を弄ぶ狂気の笑い声でした。

 ベランダへと出られる窓を何度も振り返りながら、私は地獄の門の様子を確かめに行きました。心臓が痙攣に近い動きをしていたのをよく覚えています。脳がより多くの酸素を要求し、腱の一本一本が運動を拒否していました。

 分厚いが心許ない鉄製のプレスドアは、もはやほとんど意味をなしていませんでした。扉向こうに潜む者が気紛れを起こし、防護壁を粉々に砕いて幾重にも私を拘束し魔界に連れ込もうとするビジョンが、私の脳内では何度も何度も繰り返されていました。実際には「彼」、或いは「彼ら」にそれほどの力は無かったのかもしれません。ですが、ドアの隙間から滲み出る本来不可視の瘴気と悪意が色と形を顕して聖域を犯そうとしていたのを目の当たりにしてみると、冷静かつ客観的思考は無意識の海に沈んで消えてなくなるものです。

 唾棄すべき怪物は身体の一部を部屋の中に滑り込ませ、確実に私を捕えようと画策していました。

 モニターには、男の影が映っていました。何を間違えることがありましょうか、行方を眩ませていた私の友人でありました。私が最後に見た、彼の背格好そのままで、再び私たちは邂逅しました。

 友人の顔があった場所には何もありませんでした。くぼみ程度の名残は辛うじて残されていましたが、彼がもう、人と呼べるものではないということははっきりとしていました。

 金属同士がぶつかり合う、耳障りな高音がアパートを突き抜けました。等間隔に、連続して鳴らされるそれはまるでノックのようでありました。

 恐怖で麻痺していた脳神経が一気に再稼働し、私は反対方向へ一目散に駆け出しました。目指すはベランダ、そして二つ隣のお宅に設置された非常梯子です。

 窓が枠から外れるのもお構いなしに乱暴に外に出ると、いつの間にか黒々とした空が月を覆い、弾丸のような雨粒を地に叩き付けておりました。

 非常時用の入り口をこじ開け、転がる様に梯子まで辿り着くと、正規の手順で下ろすのも時間の無駄に思えた私は、留め具を蹴り壊して逃げ道を確保しました。

 私の部屋の方からは依然として耳障りな摩擦音が響いてきていたので、時間稼ぎに成功したことを察知できました。

 滑り落ちて死ぬというあっけない最期を迎えまいと一本一本しっかりと握りしめながら下に降り立ち、裸足の裏から染みる水溜りの冷たさを頼りに私は生存欲求をさらに高め、人気の多いところ、灯の密集する、あの街へ遁げ出しました。

 三、四軒跨いでも闇夜を劈く金切り音は、言い知れぬ悍ましさを拡散する彼を撒いたことを証明してくれる事実であったはずでした。ところが、足元を照らす唯一の光源の電灯も、走れば走る程数多く耳に入ってくる車の駆動音も、怪物の気配を私の背後から消し去ることはしませんでした。腐敗した獣の呼吸が私の耳朶を溶かし、外法により醜く退化した魔女の指が私の足に絡みつき何度も転倒を誘いました。

 街の中心街、歓楽の施設の密集する地帯に差し掛かると然しもの歪みも鳴りを潜めましたが、依然として魂を薄く剥いでいく死の感覚は私を蝕んでおり、私は更なる光を求めて急ぐことにしました。

 時刻はまだ十時を回ったところ、人の活気も頂点に差し掛かるタイミングのはずでした。車通りも絶えず、私を人の生きる世界へ連れ戻し、目を覚まさせてくれるのではないかと期待していたのにもかかわらず、生き物の気配は野良犬一匹たりとも感じず、生憎事態は手遅れの様相を辿る一方でした。

 当座、何が起きているのか理解が追い付きませんでした。人の世が私を正気に戻す算段だったのに、私の目の前には横断歩道を渡る四本足の能面の人間、居酒屋から出てくるのは青い液体を滴らせる触手を背中から生やした三足歩行の生物、そして正二十面体の瞳をぎらつかせる髪の生えた蜥蜴といった魔界の一端が広がっていたのですから。

 もはや諦めに近い心境へと生存欲求は変化していきましたが、自身の狂気は自身に認識できず、こうして慌てふためく私を目撃した誰かが私を精神病棟という教会に入れてくれるかもしれないという、突拍子もない希求へと軌道を修正したようでした。

 その場で私が何を口走ったのか、記憶は定かではありません。理不尽な無への呪詛か、無様な懇願か、見た儘を幼稚な作家が表現したような拙い言語だったかもしれません。

 早く救い出してほしい、その一心が喉をからし、目を腫らし、舌を回しました。残念ながら、矮小な人間一人の奮闘は赤子の首を捻るのと同じくあっけなく滅せられましたが。

 彼が追い付いてきました。多足歩行をする人間や顎の無い狼が私の周りに群れだした頃、彼が非常に緩慢な動きで輪を掻き分けてくる様をお目にかかれました。あたかも獅子が獲物の前で舌なめずりをしているようにもとれました。

 弾かれたように私の身体は動き、ガードレールを飛び越えて幹線道路に飛び出しました。けたたましいクラクションの嵐が私の眼前、背後をすり抜けていきました。至る所からガラスの飛び散る凄惨な音が意識に訴えかけてきましたが、気にかける余裕などもはやなく、巨大な凶器の飛び交う狂飆の中を私は突っ切ろうと試みました。

 やはり幹線は幹線。運のとうの昔に尽き果てた私は最後の最後で軽自動車のバンパーに衝突し、束の間の浮遊感を得たのでした。鳥はあれほどまでに清々しい解放感を得ていたのでしょうか。このまま旅立てればどれほど幸せな事だろうか、接地までのたった二秒ほどですが、そんなことばかりを自問し続けました。

 無念ながら私はそこで息絶えることができませんでした。肺を締め付ける圧迫感をどうにか押しのけて息を吸うと、軋む心臓の鼓動がまだ此世にいることを教えてくれました。物体の輪郭すら認識することが危うく、もうそう長くないことを私は悟りました。本望だとも、人によって死ぬのであればそれほど嬉しいことは無いと、そうも思いました。

 如何に対象が瀕死でも彼は追うことをやめないであろうことはわかっていたので、私は這う這うの体でありながら、逃走を続けんと意志を鋼へと変えました。左足の感覚を失っていることなど、その場から立ち去ることができれば些事なものです。格段にスピードを落としながらも私は足を止めることをしませんでした。

 異形すらも寄りがたい暗澹とした路地に差し掛かる頃には、走ることに限らず歩くこともままならなくなってきました。

 頬を溶岩のような熱を持った液体が垂れていくのを感じながら残り短い人生の概算をしてみると、五分も持ちそうにありませんでした。

 底気味悪い暗黒の空間の中では、押し寄せる不快感も少しは霧散したようで、自分の死に場所を見定めるくらいの余裕が私の中には生まれました。

 適当な店の中に入り、奥の奥へ、なるべく彼が到達するのを遅らせようと進んでいきました。目蓋が落ちる間隔がだんだんと狭まってきており、最期に選んだ場所の識別も不如意でありました。

 部屋に入り、扉を後ろ手に閉めて対角に臨みました。ほぼ倒れる形となりましたが、床に腰を下ろした瞬間に体が内側からだんだんと温まっていると錯覚しました。床板のささくれが手首に刺さっていても、痛覚が仕事をしないお陰で安らぎが邪魔されることはありませんでした。

 これも天罰なのでしょう、笑いながら私はそう思いました。歪曲が彼の姿を取って私の前に現れたのも、私の罪深きが引き起こしたことなのでしょう。ならば甘んじて受け入れるほかありません。早く友人と再会し、一切の非を詫びて償わなければならない、と。

 部屋のドアにはめ込まれたステンドグラスには険しい表情をした大天使が描かれていました。生まれて初めて、そして最後の祈りを捧げました。奇しくも、私が選んだ墓場は全ての始まり、アンティークショップの禁じられた部屋でありました。

 不恰好な祈祷が届いたかどうか怪しい内に、ステンドグラスは木っ端微塵に粉砕され……無力、悲哀、ごちゃまぜになった感情の奔流が私を掻き混ぜました。。

 驚く暇もありませんでした。どうやら、外側から固いものを投げ込まれたようでした。それは私の足元に丁度良く転がり、中身を曝け出していました。いたるところに金属の装飾の施された表紙と新品同様の紙、まさしく、かの『日記帳』でありました。

 彼は緩慢な動きで入室してきていましたが、彼の動向を気にするよりも重要な事柄が日記帳には秘められていました。私が手放してから起こった変化、決して起こりえない現象、そして、諦めを絶望へと変換する悪魔の所業と呼べばよいのでしょう。

 彼の筆跡で、彼の日記が次々と書き込まれていっているのを目の当たりにした私は力の限り叫びました。彼は死んでなどいなかったのです。彼はそこにいたのです。私の眼前に、無限の牢獄の中に存在していたのです。それら全てが私の責任だったのです。私一人が背負えばよかった業なのです。

 私が世界から隔離される前、最期に焦点を合わせたのは、凹凸が目や鼻のくぼみ程度しかない、真っ白な仮面を被った友人の姿であります。仮面はまるで、人肌のごとく滑らかに光を反射していました。

 

 

 

 

 

 ラッパを吹き鳴らす騎馬が死を連れてきました、太古の都を陽と砂漠が摩耗し、飲み込むように……。猫は殺されました。無垢な子供が硝子玉に抱く衝動に駆られて殺されました。後悔は人に歩ませません。堂々巡り堂々巡り、輪廻の輪から外れ自我の輪にとらわれる。完全なる自己完結の世界。停滞した世界は萎んで消滅するだけ。囚われた幼子は老いることなく朽ち果てるだけなのです。ああ哀れ、ああ滑稽、愉快な劇場に観客は無し……。罪を、罪を、更なる罪を、償うことを恐れるほどに際限のない罪を。罰を、罰を、次なる罰を、刑の途切れを拒絶するほどの罰を……。

 私はその後、友人を作り変えた惨烈な深淵が産みだした完璧で安定した牢獄に放り込みました。独立した世界といっても過言ではないかもしれません。レンガ造りの倉庫群に隠された一室に拘束された後、仮面を剥ぎ取られました。肌の感触を精巧に再現した見事な仮面を、無形は私から採取しました。残されたのは、顔の凹凸に合わせたわずかな窪みのみです。

 埃に塗れた机の上には驚いたことに、かの日記帳が置かれておりました。独りでに紙はめくられていき、私の友人が記した日常であろうページに辿りつくと、私から生成された仮面が文字の湖に飛び込んでいきました。比喩などではございません。文字通り、日記帳に飛び込んでいったのです。日記帳は生物学的な動きを見せた後に取り込んだ仮面へと変貌し、そっと私の顔面だった場所にあてがわれました。

 自我が崩壊する新しい体験、自己を自己と証明する鍵をへし折られる感覚といえばよいでしょうか、何とも形容しがたいのですが、繰り返されれば私が私でなくなっていくことが確実でした。切り取られた私の魂は薄く延ばされ、人の形へと加工されていきました。

 気付けば友人の姿をした「私」、言い換えれば友人の魂を模した私が日記帳を持ち去ってしまっていました。その日から毎日、彼は私の元を訪れてきました。そのたびに、私は自由に動ける「私」に向かって現世での体験を全て教授しようと試みましたが、その全てが失敗に終わりました。そして一週間ごとに彼は仮面と化した日記帳を手に部屋に舞い戻り、私の魂と友人の記憶をすり減らして帰宅していくのです。

 一週間の期限の秘密はここに在ります。必ず一週間以内でなければならないのです。一週間もすれば彼はリセットされ、それどころか「私」であったことがだんだんと失われていくのです。こうして記している私がいること自体、天文学的確率の奇跡としか言いようがないのです。

 「私」は友人として一週間をループしています。私の魂であるのに、どうして「私」が、今こうして経緯を伝達せんと目論む私が友人として生活していたのか、それは、日記に記されていたのが友人の記憶だからなのです。「私」が私の魂に友人の記憶を書き込んでいるからなのです。歪んだ無形は先に取り込んだ友人の記憶を使って私を閉じ込めることにしたのでしょう。その試みは確かに成功しました。成果は今こうして明るみに出ているのですから。

 私は全てを仮面に奪われました。友人を襲った仮面、私を襲った仮面、そしてなにより私の仮面に。

 きっかけは些細なこと、私の不注意でした。しかし、失ったものはあまりにも大きすぎる物でした。

 全てを繰り返し、薄れ、魂の残り続ける限り存在し続ける半永久的な世界に閉じ込められ、存在が無になるまで日記を書き続けなければならなくなってしまいました。

実のところ、私が現世から消滅してからどれくらいの月日が経過したのか皆目見当がついていません。一日かもしれませんし、半年ほど経過しているかもしれず、十年は過ぎている可能性も否めませんし、人類なんてとっくに滅びているのかもしれません。

 悠久の昔から続く反復の中で、私本体の意志はとっくの昔に失われました。もはや過去の体験をオーディオのように再生し続けるだけの機械と成り果てました。彼が足掻き、もがき苦しむことはもうないのでしょう。

 最後となってしまいましたが、私が私を取り戻した誘因をお教えすることにいたしましょう。酷く簡単なものでした。これまでの壮大な悲劇に比べれば、くだらない契機であります。

 その日も、勤務から帰宅してテレビをつけ、赤錆びた鳥が地面へと潜っていく映像を見るはずでした。黒々と濁ったカレーをよそい、淡々と晩御飯を済ませ、翌日に仮面をはめ込みに行くその準備をするだけだと。

 すると、画面の中の鳥がふと上を向いたのです。今まで地中にしか興味の沸いていなかった小鳥が青々とした空を眺めていたのです。

 長らく気に留めることの無かった天気が気になって、私は窓を開けました。

 すると生々しい、生の息吹を感じる一陣の風が部屋を通り抜けていきました。

 書きかけだった日記帳のページが恐るべきスピードでめくれていき、日記帳が落ちる前に押さえ等を置いてなんとかしようと慌てて近づいたその時に、私は奇特な記述を目撃したのです。私の筆跡ではなく、勿論、私が書いた覚えのない日付の文章でした。

 友人のアパートに泊まり、日記帳を貰って来たので飽きるまで続けることにしたという旨の書き出しから始まり、その後は纏まりのない思考がただ書き連ねてあるだけの中身の無い物でありました。

 そのとりとめのない文を読んだことによって、私は私であるという自覚を取り戻したのであります。

 私は諦めません。無形の狂気を運命と呼ぶのであれば、私は最後まで抗おうと思います。もしかしたら、無形は警戒してこれ以降の反抗を許さないかもしれません。これが現世の日記に浮き出るのは一回きりかもしれません。

 一世一代の大勝負であります。

 おそらく、日記は今もどこかで猛威を振るっているのでしょう。罪なき人々を食らい、その存在を肥大化させいずれ世界を飲み込むでしょう。

 しかし、これはただの日記、人が記せるものなのであります。これが誰の手でどのような経緯で生み出されたものなのか定かではありませんが、日記の強制力は外からの刺激……本体への書き込みに縛られるようなのであります。つまり、これを読んだあなたが日記の終わりを書き込めばすべてに決着がつきます。歪な完全世界は崩壊し、呪縛は消え去るでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 もしあなたがこの日記帳を手に入れ、忌々しい異形の仮面どもに狙われることがあれば、逃げないでください。たった一文を書き加えるだけであります。そのぐらいの時間はあります。どうか、自分で終わることのできない哀れな囚人をお救いください。地獄から早く、我々を解放してください。








――全ての魂は光を見る。

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