「落ち着いたところで一旦、食事にしないか? 俺、全力で走ってきたから腹が減って…」
先程から小さい音でなり始めてきたお腹を両手で抑えてみせる。
そうでもしないと大きな音が出そうだからだ。
家から走って学校に来るだけだが、様々なことが一度に起こりすぎたせいで体と頭を働かせてしまった。
それは自分の予想以上に負担になったらしく、落ち着いてからどっと疲れが押し寄せてきたことに軽く驚く。
そんな俺をみて、先に口を開いたのは胡桃だった。
「そうはいっても、食べるものが無いからなぁ……」
胡桃自身もお腹が空いているらしく、お腹に手を当てて苦い表情をした。
そこで俺は背負っていたリュックサックをドサッと床に起いて、片手を突っ込んだ。
そして、目当てのものを手探りで探し、リュックサックから引っ張り出してみせる。
「だろうと思って…ジジャーン。鞄の中に乾パンや缶詰めをたくさん入れてきました!」
片手に乾パンが入った袋を取り出して笑顔を作ってみせる。
「モトくん、さっすがー!」
瞳をキラリと光らせ、顔を緩ませる由紀。
まるで水を得た魚みたいにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その様子をみていた他の三人は、緊張した顔から一変し、リラックスしたかのように、嬉しそうに微笑んだ。
そして、先程まで赤く染まっていた空は、時間が経過するうちに次第に日が沈んでいき、気づいたときには既に辺りが暗くなりはじめていた。
乾パンの入っている袋を中心に、食事をするべくみんなで輪になった。
「贅沢して缶詰を食べるのもいいけど、大切な食料だから今日は乾パンで我慢してほしい」
みんなの前に乾パンの袋を開いた状態で置く。
するとまっさきに乾パンを手にしたのは、子犬みたいに無邪気な由紀だった。
とても興味ありげに手に取った乾パンをいろんな角度から見ている。
乾パンって意外と美味しいうえに、炭水化物や銅とマンガン成分が高いと聞いたことがあった。非常食であるからこういうときにもってこいの食べ物なのに変わりはない。
「わ、私…カンパン食べるの初めて…」
由紀が恐る恐る乾パンを一口食べてみた。
数秒動かなくなったが、すぐさま残りの乾パンを一口で食べ終えてしまう。
その様子を見て、俺は胸を撫で下ろした。満足してくれて何よりだな。因みに俺は、微笑ましく由紀の乾パンを食べる光景を見ていた。……別に変態なんかではないからな、ソコんとこよろしく。
「そ、それじゃあ、私も頂きます。」
めぐねえも乾パンを1つ摘まんで取りだし、口に放り込んだ。モグモグと口が動き、やがてゴクリと飲み込んで「意外と美味しい…!」と呟いたのが聴こえた。
こちらの方にも満足していただき、我は嬉しゅうございます。なーんてな。
寒すぎるギャグを考えた俺は、独りで苦笑した。
そのあとに続いて、胡桃と悠里も乾パンを食べ始めた。俺も乾パンを4つ摘まんで取りだし、食べながら鞄から体にかけることができるぐらいの大きさの布を引っ張り出し、寝床を作った。ひとまずこれで寝れるところを確保できた。次は、アイツらが学校に入ってこないように、バリケードを作らないと。
「ねえ、モトくんはもう食べないの?」
「ん? 俺はこんぐらいで十分だよ。残りは全部食っていいから。」
ハマったのか、たくさんの乾パンを頬張りながら、由紀は俺に聞いてきた。おいおい、食べ過ぎてみんなのぶんまで一人で食うなよ。少し呆れた顔で由紀をみてから、俺は立ち上がり、屋上のドアを開けた。
「ん! どこに行くんだ元弥? 見回りならあたしも一緒に行くけど。」
「そうですよ元弥くん。1人で行動するのは危険です。行くなら私も一緒に行きます。」
俺の後に続いて立ち上がり、ついていこうとする胡桃とめぐねえを、俺は止めた。俺は男だからいいけど、女の子に危険な思いはさせたくないし、それに今日はゆっくり休んで欲しいからな。気持ちだけ受け取っておくことにする。
「へーきへーき。今日はグッスリ休んで、俺は大丈夫だから。」
そういい残して、俺は屋上から姿を消した。
…………さて、と。まずは3階の安全確保だ。1階にはアイツらがぞろぞろと大量に群がってたから行くことはまず不可能…。ん? そうなると矛盾が生まれるな。
だって俺、一人で屋上まで走ってきたんだったよな? 何で無事で済んでるんだろう……。運が良かったんだな、きっと。
そう思うことにして、俺は階段を足音たてずに降りた。周りを見渡してみると、ヤツらは夕方の時と比べると数が結構減っていることに気づいた。どこかにでも集まっているのか、それとも暗くて見えないだけか…後者の方だったらイヤだな…。
アイツらを殺すことには、もう躊躇いがなくなっていた。母さんを殺した時からだろうか。首と胴体が離れた母さんの遺体と、片腕がない父さんの遺体を、庭の土に埋めて、静かに手を合わせた。その時から、そんな感情が俺から消え去っていった。
──今、俺たちが生き残るための方法は1つ。アイツらを殺して安全を確保するしかない。
そのためには、躊躇いや、人(アイツら)を殺したと恐怖している場合ではない。それに…
「俺がアイツらの仲間入りになったときは、意識があるうちに自殺する。」
誰もいない、暗い廊下で、低く呟いた。俺の回りにいる生存者は屋上にいるあの四人だけだ。
もし俺が、アイツらに噛まれて、意識がなくなって、あの四人を襲ってしまうくらいなら、死んだ方が何倍もましだ。死んだヤツが生きているヤツを襲うのは間違っている。あくまでも俺はそう思っている。そして、あの四人を傷つけるような行為だけは、絶対にしたくない。だから…
「俺は絶対に護ってみせる!」
右腰にある鞘から日本刀を一本抜き取り、目の前にいる闇と同化していたアイツらの首を狙って、切り落とした。
現在1時52分。3階のみまわりを始めたのが、だいたい8時。結構時間掛かったな。
3階のフロア全てを見終わった俺は大きなアクビを一つ着いた。普通に疲れたわ…
闇と同化しているヤツらは殆ど肉眼では見ることはできなく、足音だけで何体いるが判断し、適当に日本刀を振り回して切ってきたが…肉眼で実際に捉えることができたのは、ほんの数体。すぐに終ると油断した俺は、屋上に懐中電灯を置いてきてしまい、暗闇には慣れてきたものの、とてつもなく苦労した。
しかし、なんとなくわかったことがある。
月明かりを頼りになんとかして1体だけだが、ヤツの様子を伺っていたら、ソイツは階段をおぼつかない足取りで降りていったのだ。前が見えなくて追うことは出来なかったが、数分後になんとなく窓を見たら、同じ服を着たソイツが、フラフラと歩きながら学校を出ていったではないか。
何かの間違いだと思ったが、何度目を擦っても、その風景は変わることがなかった。つまり、
肉体的には死んでしまっても『生前の記憶がある』っぽい。まあ、俺の予想なのだけれど…。
「今日はもう良いや…寝よ、眠い。このままここにいたら倒れて喰われる…」
慎重にいきずきて約五時間も集中していたら、とっくに寝る時間が過ぎていた。疲労でもう動けないという体に鞭を打って、なんとかして屋上につくと、俺の意識は一瞬にして夢の世界に羽ばたいてしまった。
「…てモ……、…きてモト…ん! すぅ~っ………、モトくん起きて~!」
「っ!? えっ!? な、なになになにっ!? 地震っ!?」
突然、俺の左耳から大音量の誰かの声が聞こえてきて、慌てて起き上がる。
「もぉー、何回も起こしたのにモトくんが全然起きないから。」
由紀が母さんみたいに、腰に両手を添えて頬をぷくーっと膨らませながら、先程おきて、まだ寝ぼけたままの俺を見下ろして、そう言った。
「な、なんだ、由紀か…ビビるから耳許で叫ぶなよ…」
「モトくんが起きないからだよ。顔を洗ったらアッチにあるカンパンを食べてね。」
由紀はそういい残し、女性群が集まっているところに向かって走って行った。
…ってか、由紀どんだけ声を張り上げたんだよ…未だに頭がキーンとして、痛いし、なにより、叫ばれた瞬間に鼓膜が破れたと思ったくらいデカイ声だったから、正直マジで焦ったぞ。
蛇口を左に捻ると、いつも通りに水が出てくる。その出てきた水を左手で触ってみると、冷たくて気持ちがよかった。手に弾かれた水滴や触れることもなく重力にしたがって下に落ちた水は、全て排水口に流れていく。そう、それはまるで、昨日のことが嘘みたいな、いつも通りの日常で使っている水。使うことが当たり前の…水……だ。
「……なんだろう、この違和感…」
左の掌に当たっている水を見つめるが、その違和感がよくわからなかったため、深く考えずにすぐに顔を洗うことにする。両手で水道から出る水をすくいあげて、手の隙間から水が落ちる前に、顔にビチャとかけた。顔につけた水は、とても冷たくて、そして…
「……………なんかスッキリしないなー。」
違和感が増すばかりだった。
よくわからないが、何だか心がモヤモヤするような…スッキリしないような、そんな感じ。あー。なんかキッカケとかないかな…気になって仕方ないんだけど…。まあ、今はまず飯を食べるか。そのあとにゆっくり考えよう…。
由紀が言っていた場所に行くと、俺のぶんであろう乾パンを袋で綺麗に包み置いてあった。皆はもう食べたのかな?
そんなことを思いながら、屋上の床に腰をおろして包みから乾パンを取り出して食べ始めた。
──変だ。何かが変だ。
俺は四つ目の乾パンに手を出そうとしたとき、その正体に気づいた。
──静かすぎる…。
いつも騒がしい由紀の声が聞こえない上に、物音一つすらしない。もしかして…
嫌な予感を感じながら、恐る恐る後ろを振り返ると、案の定、屋上には俺一人しか居なかった。
「ふぁ、ふぁいふふぁ、ふぉふぉにいひぃやふぁっふぁ(あ、アイツら、どこにいきやがった)!?」
残りの乾パンを全て口に放り込み、急いで日本刀を持って屋上から飛び出した。
確かに昨日は、夜遅く(もう深夜だったが)まで『アイツら』を斬っていたが、確実ではない。確かに階段は苦手かもしれないが、昨日気づかずに見逃していたヤツがいるかもしれない。もしソイツと遭遇したとき、誰一人と武器を持っていなあの四人だったら……一瞬で…
自分でも顔から血の気が引いていくのがわかった。あの四人を護るって、昨日誓ったばっかりなのにっ!!
もしこれで、すでに間に合わなかったとしたら、俺はどうするのだろうか。罪を感じて自殺するか? まあ、今はどうでもいい。ひとまずあの四人が生きてるかどうかが問題だ!
階段を急いで降りて、角を曲がろうとしたら、何かと衝突してしまった。
「うぐッ」
「のあっ!?」
相手は何か持っていたらしく、ガッシャーンと派手な音をたてていた。俺も脇腹に何か角みたいなものが刺さって、そのまま床に尻餅をつく。脇腹から痛みがじんじんと大きく広まっていって、言葉で表せないほど、とても痛い。
「ってぇー。脇腹に刺さった…」
「っ!? 誰だっ!?…って、元弥かよ。」
異常な痛みがする脇腹を抑えながら、顔を上げると、そこにはシャベルで戦うつもりだったのか、シャベルを手に持って、構えている胡桃がいた。
俺は胡桃とぶつかったらしく、同じように尻餅をついたらしい。そのときに、俺をアイツらと勘違いして、急いで立ち上がったのだろう。そして、ぶつかった場所付近を見てみると、すぐ近くに机が倒れてあった。その机と胡桃を交互に何回か見てから、俺は察したように頷いた。
「机を運んでバリケードをつくってたんだな。」
「おっ、正解。」
胡桃はニカッと微笑んでから、どこか申し訳なさそうに俺に手を差し伸べてきた。
「脇腹…ぶつけちまっただろ? ゴメンな。」
「……ホントだぞ、角に刺さったからな?」
「あはは、わりー、わりー。」
大袈裟に溜め息をついてみると、胡桃は少し悲しそうな顔をした。これにはさすがにやり過ぎたと後悔した俺は、胡桃の手を借りて何とか立ち上がると、胡桃の頭にポンッと、優しく手をのせた。
手をのせられて驚いているのか、ビクッと肩を震わせ、目を閉じる胡桃だったが、ゆっくりと目を開いていき俺に顔を向けた。
「少しからかいすぎた、すまない。ホントはそこまで刺さってないから。」
少し強がってみました。顔は笑顔で貫いてるけど、体の方はしんどいかな…嫌だってさ、あんな顔されたら…ねぇ? 強がるしかないでしょ!
手を離すと、音に気づいたのか、めぐねえと由紀と悠里が走ってこっちまで来た。
「すごい音がしたけど…恵飛須沢さん大丈夫だった?」
めぐねえが胡桃のもとへ近づくが、胡桃は「大丈夫です。」とだけ言うと、めぐねえは隣にいた俺に視線を移した。
うむ、あの胡桃の顔は「強がってる事ぐらいバレてるぞ。」って、言ってるような顔だな。
……ちぇ。
「元弥くんも大丈夫でしたか?」
「あ、はい。全然へいk「結構強くぶつかりました」おい。」
胡桃がそう言うと、三人同時に俺を見た。
「…確かにぶつかった。けれども、俺に何も言わずに勝手に仕事してた方が、俺は傷ついたけど。」
「「「「うっ」」」」
後に勝手に作業をしていた四人を、3分間ぐらい説教したのだった。
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