彼には、いつも助けてばかりだ。
放送室に入ってきてすぐに倒れしまい、今は私の布団で寝かせている本能寺 元弥くんの顔を見ながら、私はそう思った。
「めぐねえ…モトくん、大丈夫かな……?」
「大丈夫よ。熱も下がってきているし、もう少ししたら起きると思うわ」
もとやくんの事が心配でたまらない様子の丈槍さん。凄く悲しそうな顔をして、今にも泣きそうだ。先ほど言った言葉も、声が震えていた。そんな丈槍さんが落ち着くように、私は優しく励ました。いや、励ますことしかできなかった。できる限りの笑顔で言う事しか、私にはできなかった。
そのおかげか、丈槍さんは少し安心した顔つきになり、胸を撫で下ろした。
「モトくん……わたし、頑張るから。だから…」
寝ているもとやくんの右手を、丈槍さんは優しく両手で握りしめた。握りしめたまま顔に近づけて、祈りを捧げるように静かに目を閉じる。数秒間その体制のまま、もとやくんの右手を握りしめた。再び目を開くと、丈槍さんはニッコリと優しく笑ってから立ち上がり、私に声をかけてから部屋を出た。
数時間前の彼女とは思えないほど、とても輝かしい笑顔だった。
私はその事に安堵し、溜まっていたものを出すかのように息を吐いた。数時間前、教室で独り、椅子に座って泣いていた丈槍さんを私は見つけた。ボロボロになり、血が所々にこびり付いてしまっている壁。椅子や机は散々に乱れてしまっている。その教室で丈槍さんは、孤独に泣いていた。
私は急いで丈槍さんに近寄り、話を聞く。すると彼女は、ひゃくりを小さくあげながら、ぽつぽつと呟いてくれた。
「わたし、みんなの…ひっく、邪魔だと…思って……机もあんまり運べないし、ひっく………りーさんみたいに頭も良くないし…どうしたらいいか…わたし、わかんなくなって………」
丈槍さんは、泣きながらも悩み事を打ち明けてくれた。日々、彼女は彼女なりに考えていたのだ。こんな絶望的な毎日を過ごしながら、彼女はみんなの役に立とうと自分なりに考えてくれていたのだ。そう思うだけで、私はどこか嬉しく感じた。
「丈槍さんは、みんなの役にたっているのよ?」
「ほん、と…?」
「えぇ、本当よ。丈槍さんの笑顔は、周りに元気を与えてくれるもの。だからみんなも笑って過ごせているのよ」
これは嘘ではない。心から思っていることだ。
どんよりとした暗い雰囲気になってしまった時、彼女は明るいことを言ってくれる。場の雰囲気を和ませてくれるのだ。後ろ向きに考えていたけれど、いつの間にか前向きに捉えることができる。これは彼女にしか出来ないことだ。だから私は、彼女の笑顔を求めた。
「だから丈槍さん…ゆきさん。いつものように笑顔で過ごしてくれると凄く嬉しいわ」
「……わかったよめぐねえ! わたし、ガンバる!!」
涙で濡れた頬をゴシゴシと拭き取り、ゆきさんは笑顔でそういった。
その時の私は、後悔することも知らずに……
そして、それと同時にかれらは突如姿を表した。
「ヴガガガァ」
教室に私たちの存在を知ったかれらが、黒ぐろしい足を教室に踏み入れた。ここの学校の生徒だという証の制服は、所々破けており、黒い肌がチラついた。白い半紙に墨汁を垂らす、またはそれ以上に、かれらの肌は黒かった。口からは涎を垂らし、輝いていたであろう瞳は、虹彩を失い淀んでいた。
「めっ、めぐねえ!」
ゆきさんが恐怖のあまりか、私の肩の服をギュッと握りしめた。椅子に座っていたゆきさんだが、腰を浮かせて窓際に少し寄り始めている。
一歩、また一歩と、私達に確実に詰め寄ってくる。その距離はだんだん近づき、ついには面と向き合うような距離の近さになってしまった。いつ噛まれてもおかしくない、そんな緊張感と不安、そして恐怖が、自分の中で大きな渦を巻いていく。今にも心臓が口から出そうになり、手には汗があふれでてきた。
ゆきさんも先程よりも強く、私の服を握りしめている。
睨み合いが続くなか、とうとうかれらは襲いかかった。
私の腕を両手で掴み、口を大きく開ける。赤く染まった口からは、鋭い歯が見えた。その歯に噛まれた瞬間、全て終わるのだと思うと、全身が震え上がった。今まで歩んできた人生が、全て頭に流れてくる。この学校に来て、みんなと出会って…もとやくんと楽しく話した記憶が、走馬灯として思い出した。
──まだ……死にたくない。せめて、みんなの安全を確保するまで………それに、もとやくんと、もっと…
私が噛まれた後のゆきさんは、ちゃんと逃げれるのだろうかとか、みんなの事とか、色々思い残したことはたくさんあった。しかし私は、覚悟を決めて、ギュッと瞼を閉じた。
だが、数秒たっても噛まれた痛みがするどころか、かれらが掴んでいた私の腕が、自由になっている事に気づいた。恐る恐る瞼を開けると、そこには、いつも助けてもらってばかりいる彼の顔があったのだった。
「本当に助けてもらってばかりだ…私は教師なのに……みんなを守る側なはずなのに」
そう呟きながら、もとやくんの額を触ってみる。倒れていた時よりも熱は下がっていた。呼吸も規制正しくなっているので、もう大丈夫そうだ。
一安心すると、どっと疲れが出てきた。今日一日で恐怖を味わいすぎたのか、それとも、もとやくんに付きっきりで看病したのか、よく分からないが疲れが溢れ出てきてしまった。もとやくんと比べたら疲労は格段に少ないはずなのに。そう思うと、本当に自分が情けなくなる。せめて私も、何かやりたい。役に立ちたい。無駄に一日を過ごすのではなく、何か…いいことを……
考えながら当たりを見渡すと、ふと、もとやくんの使っている日本刀に目がいった。いつも、もとやくんが、かれらを倒すのに使っている日本刀には前々から興味はあったが、忙しかったため聞く機会がなかった。しかし、今ならすこし触ってみても…。日本刀から目をはなすことができなかった私は、もとやくんが起きないように静かに手を伸ばした。
鞘に納められている一本の日本刀を手に取り、片手で持とうとするが、予想外の事が起きてしまった。
「お、重い…っ!」
そう、持ち上がらないのだ。見た限りだととても軽そうに見えるが、現実はそこまで甘くはなかった。緩い力で持てると思っていた私は、日本刀を見くびっていたようだ。凄く重い。
なんとか片手で持ってみるも、重すぎてバランスがとれずにふらついてしまう。最終的には、私には扱えないと判断し、黙って元の場所に戻した。そして、心の中でもとやくんに謝罪した。
─日本刀すら持てない自分に自己嫌悪してしまう。情けなすぎてそろそろ泣きそうにもなってきた。
苦笑でその感情を堪えながら、先ほどの手に触れた日本刀をぼーっと眺める。
そういえば、この日本刀に名前は付いているのだろうか?
日本刀を見ながら、そんな疑問が生じた。もとやくん自身は、この日本刀の名前を呼ぶような場面はあんまりなかったので、多分だが名前は付けていないかもしれない。そう思った私は、せっかくなので名前を考えることにした。
「村正とか? 龍征! 獅子王とか! …でも、二本あるし……うーん」
頬に手を添えて、とにかく名前を上げてみることにした。そこで一つ、自然と口から出たものがあった。
「双翼……」
二つの翼で、飛んでいく。この絶望的な状況のなか、希望の二つの翼を広げる。と言う感じだ。もとやくんの右翼と左翼。その二つの翼で、もとやくんはどこまでも行くことが出来る。それに、自分だけではなく、みんなを助けるためにもあるその翼は、まさにみんなの救世主と言える。
「二つで一つ。右翼と左翼で双翼。もとやくんと未来を明るくする翼」
「それ、いいですね」
突然そんな声が聞こえて、私は肩を大きく震わせた。声のした方に顔を向けると、そこには起き上がって私を見つめるもとやくんの姿があった。もとやくんは微笑みながら「おはようございます」と言った。もとやくんはニコニコしたまま私を見つめている。私が考えている間に起きてしまっていたようで、恥ずかしいところを聞かれてしまった。
今、穴があったら入りたい。
自分の呟きを聞かれたことで、独りでに恥ずかしがっている私を見て、もとやくんは優しい口調で話した。
「『双翼』いいですね。俺、気に入りましたよ」
笑顔のまま、もとやくんはそう言ってくれた。その笑顔は、誰もが見惚れると言ってもおかしくないほど、魅了されてしまうものだった。もとやくんから顔を背くことが出来なくて、私は黙ったまま眺めていた。いや、眺めることしか出来なかったのだ。
綺麗な濃い茶色の髪の毛に、ほんの少しだけつり上がった目元。微笑んだり笑ったりすると出てくるえくぼ。窓から夕日が差し掛かり、彼の顔を照らした。
彼の顔を眺めているだけなのに、運動した後みたいに、自分の心臓が急に激しく鼓動をし始めた。今日味わった恐怖ではない。他の感情。胸が締めつけられるように苦しくて、息が詰まりそうになる。この感情は、なのんなのだろうか?
──もしかしてこれが、人を『好き』になることなのだろうか?
「もとや…くん」
「どうかしましたか?」
「私、もしかしたら…………っ!?」
いつの間にか勝手に喋りだそうとした口を、慌てて両手で塞いだ。
その行動をみたもとやくんは、優しい表情のまま首を傾げる。もし、私がもとやくんのコトを好きなのならば、私はこの感情を捨てなければならない。なんにせ今はそんな状況ではないからだ。もう少し落ち着いて、安心して生活できるような時ではないといけない。
それに……生徒と先生の関係って、禁断の恋。って、言うし……なんと言うか、とにかくダメなものはダメだ。
心臓を落ち着かせるために、息を吸ったり吐いたりを繰り返す。それでも、私の胸の奥は、甘い感情がじわじわと広がっていく。必死に抑えても抑えても、溢れてしまう理由がよく分からない。そんな状況になるまで、私は彼のことが好きなのだろうか?
考えようと試みるが、熱で上手く頭が回らない。先ほどのもとやくんの笑顔が脳裏を横切ってしまし、集中力を掻き乱してしまうのだ。
「うぅ……やっぱりなんでもないわ」
「えぇー、何ですかそれ。ずけぇー気になるんですけど…教えてくださいよ」
職員室の時みたいに、もとやくんはゆっくりと近づいてきた。四つん這いで、徐々に顔を寄せてくる。一歩近づく度に、私は一歩後ろに後ずさった。
もとやくんの体にかかっていた毛布が床に落ち、壁際まで迫ってきた。手を後ろにつこうとしたが、そこはもう壁で下がることが出来ない。とうとう追い込まれしまった。
「どうしても言えませんか?」
「う、うん。言ったら私……当分もとやくんの顔がまともに見れなくなっ……て…」
壁に背中がついて硬直していたら、もとやくんは私の顎を左手で持ちあげた。コレってたしか、最近流行りだしたヤツだった気がする。女子がキュンとするなんちゃらと言う話題で、女子生徒が騒いでいたアレだ。
「もう、心配はかけないので……だから、俺の前からいなくならないでください」
もとやくんは悲しそうにそう言うと、瞼を閉じて、ゆっくりと顔を近づけていた。
えっ、この状況って、凄く不味いんじゃ?
今、やっとキスされそうな事に気づき、顔がものすごく熱くなった。熱くなっただけで、なぜだか抵抗は出来ない。体が動かなくて、避けることが出来ないのだ。
……いや、避けたくないのかもしれない。
私自身が、もとやくんにその行動を求めているのかもしれない。心の奥深くに、キスられてもいいと思っているのかもしれない。そうでなければ、私はもとやくんから逃げるような行動をしているはずだ。拒絶してもおかしくない。それなのに私は、もとやくんにされるがままになっている。
心臓が破裂しそうなくらいにドキドキする。もとやくんの吐息が肌に感じられるくらいまで近づいているし、もとやくんの右手は壁についているので、今さら逃げようと考えるも、不可能だと判断。それなら、もういっそのこともとやくんとキスをしてもいいかもしれない……って、私は何を考えているの!?
ギュッと視界を閉ざし、もとやくんの肩に手を置いた。降伏したと言ってもおかしくない。それはつまり、
もとやくんとキスをすると言う選択を私は取ったのだ。
暗闇のなか、私は心臓の鼓動を聞きながらひたすら彼を待った。早く来て欲しいようで、待って欲しいようで。複雑な感情だが、どこが嬉しい気がした。いつも助けてくれる彼にこんなコトをされるとは思いもしなかったから。
そして、とうとう彼の唇は私の唇に──
はいー。更新遅れましたすみませんでした(土下座)
しかし、更新を遅らせないと原作ストックがなくなって……(言い訳)
日本刀の名前は『双翼』です。よろしく頼むズラ。すみません、1度言ってみたかったんです。
これからもよろしくお願いします!