Evangerion〜The girl from Roanapura〜 作:RussianTea
発令所のモニターに写る、初号機と使徒の戦闘。当初はシンクロ率の高さや動きの正確さから勝てるかもしれないと思われていた。だが、使徒がATフィールドを使用し、そして初号機がダメージを受けたことで、発令所内は緊迫した空気に包まれていた。
「初号機左腕損傷」
「回路断線」
「パイロットの精神グラフに異常は無し」
オペレーターが伝える戦況に、ミサトが怪訝な顔をする。
「異常無し? 腕を折られたのに?」
風変わりで不良じみているとは言え、マリは14歳の少女なのだ。声くらい上げてもおかしくはなかろう。しかし、画面に映るマリの精神グラフは見事に平常を保っている。
「ええ。マリさんは未だに冷静そのものよ」
「そう……フィールドは?」
私の返答を聞いたミサトは、戦闘をモニターしているマヤに尋ねている。尋ねるまでもなく、ATフィールドは発生していない。そもそも発生するの原理そのものが不明なのだ。
「無展開です」
「防御システムは?」
「駄目です、作動しません」
いくらマリが冷静でも、このままではやられてしまうだろう。私は無意識に画面を睨みつけていた。
一言で言えば、私はマリを気に入っていた。
あの男とあの女との娘なのだ。最初は嫌な気持ちしかしなかった。マリは母親似らしく、パスポートの写真を見る限り、苛立ちしか浮かんでこなかった。
だがしかし、実際に会ってるみると、全くといっていいほど似ているようには見えなかった。
鋭く、まるで兵士のような目つき。余裕そうにうかべる微笑。時折かますブラックジョーク。
彼女があの男に発砲した時などは、思わず笑いそうになってしまった。一瞬でも彼の怯えた顔を見ることができたからだ。今ここにいるもう一人のパイロットには、苛立ちどころか時折憎しみさえ覚えている。理由は単純、嫉妬である。
しかし、自惚れかもしれないが、マリとは良い関係が築けそうだった。
だから、死んでほしくはないのだ。
「頭部破損、損害不明!」
発令所には騒々しい警告音が鳴り響き続けている。
「シンクログラフが反転、パルスが逆流しています! 信号拒絶、回路遮断できません!」
「マリちゃんは!?」
「プラグ内モニター不能。生死……不明です」
「くッ……」
ミサトが唇を噛む。ミサトはパイロット保護のためにプラグを射出させようとしているが、信号を拒絶されてしまっては、発令所からのコントロールは無理だ。
「信号拒絶、つまりはプラグ射出も不可能よ」
敢えて冷徹に、事実を叩きつける。悲痛な空気が発令所に流れた。
チラリと発令所の上、司令席を見る。この危機的状況だというのに、こともあろうかあの男はニヤリと口元を歪ませた。
一体何故。初号機が倒れてしまえば、全ての計画が水泡に帰すというのに。
その時だった。
『…
初号機の通信から、微かにそう聞こえた。確かロシア語で“母”を意味する言葉だ。
それを聞いた私は、にわかに確信する。マリは、初号機の中に眠る母親の存在に気が付いているのだと。
「しょ、初号機再起動…!」
「そんな……ありえません!」
依然としてプラグ内の状況は不明だが、初号機の状態を示しているありとあらゆるデータが、先ほどよりも異常な数値となっている。シンクロ率は200パーセントを越え、理論的限界値の上限まで昇り詰める。
そうか。あの男はこれを予想していたのか。だからあの余裕の表情を崩さずにいたのか。
「…暴走……」
初号機の眼に赤い炎が灯る。顎部の拘束を千切り、歪な歯を剥き出しにして咆哮をあげた。その雄たけびは生理的な嫌悪を催すほど悍ましい。明らかに人間の常識外のそれは、しかしながら獣と化した人のようにも見えた。
♯♯
暖かい。何か、とても暖かいものに包まれているような感覚。このまま微睡みに身をまかせていたいような、そんな気分だ。だというのに、閉じた瞼の裏側には、今までの私の過去が走馬灯のように映し出されていく。
ロアナプラの思い出だけなら良かった。
だが、ロアナプラ以前のことまでもが脳裏に浮かんでくる。最悪の気分だ。今更思い返してもどうしようもない過去のことだが、それでも不愉快なことに変わりはない。私の人生の中で一等クソだった時代の上映会なんて流石に嫌すぎる。死んでも思い出したくない。だというのに、無理やり記憶を引き出されているかのように、私の始まりの記憶までもが、それも鮮明に蘇る。
それは、私が生きながらにして死者になった日。
薄暗い、常夜灯が照らす狭い部屋。
太った男が脂ぎった手で、私に触れようとする。
その時の私は余りにも無力だったのだ。もし仮に今の自分がこんなことをされたら、遊撃隊仕込みの白兵戦闘で首の骨をへし折ってやるというのに。
そんな益体もないことを考えながら、記憶の中のその男を、手首を掴んで投げ飛ばす。しかし、感触が妙だ。下は畳だったはずなのに、今は冷たい金属制の床になっている。組み付いた男も見た目よりも細く、全裸では無くて白衣を着た医者のような人間だ。
そこで、頭が完全に覚醒する。
「……ここは…」
確か、
「……どういうこと?」
間違いなく、私は使徒に敗れたはずだ。左手を折られて頭を貫かれた。そこで意識を失い、そして今ここに五体満足の状態でピンピンしている。何が何やら、訳が分からない。
すると、視界の端に白衣が写る。ヒールを履いているあたり医師ではないな。ならばネルフの研究者だ。
「混乱するのも分かるけど、取り敢えず手を放してあげたら? 彼、顔が青くなってきてるわよ」
そしてその研究者は、一応顔と名前が一致する人物だった。あの
赤木博士は私を見るなり驚いたような、それでいて呆れたような表情になる。
「ん?」
下を見ると赤木博士と同じように白衣を着た男が、顔を青くしてもがいていた。気が付かないうちに全体重をかけて頸動脈を圧迫していた。きっと私を回収しに来た医者だったのだろう。少し申し訳なく思うが、睡眠中の乙女に勝手に触れようとしたのも悪い。
ストレッチャーを運んできた看護師たちはビビッているのか、私からじりじりと距離を取り始める。はてどうしてかと思えば、無意識にグラッチを抜いて、これまた無意識に白衣の男に突き付けていたらしい。私がグラッチをホルスターに納めて解放してやると、医者は看護師と共に私から20メートルほど距離を取り、テロリストでも見るかのような目付きで私を見てくる。
「いや、何もしてないのに撃ちはしないよ? 癖みたいなものだから」
「どこの世界の常識で考えれば、人に銃口を向けるのが癖になるのかしら。世紀末はまだ先よ」
「どうだろうね。来年にでも砂漠の荒野で水と燃料をめぐって戦う日々がくるかもしれない。それはともかく、状況の説明をお願したい」
「そうね……それもそうだけど、すぐにでも検査をしなければならないの。ネルフ病院まで向かう途中で説明するわ」
医務室ではなく、病院まで併設してあるのかこの基地は。一体いくらかけて建造したのやら。
「貴方は迷子にならないことを願うよ」
「ミサトと一緒にしないで頂戴」
そういえば、葛城一尉が迷った挙句に頼ったのがこの赤木博士だったか。ならば、道案内は問題ないだろう。
病院に向かう道すがら、私が意識を失っていた時のことが語られる。そして私は、初号機が暴走した末に使徒を追い詰め、最後は使徒の自爆によって今回の戦闘に幕が降りたことを知るのだった。
取り敢えず、一話分だけ書きあがったので投稿しました。
かなり昔に放置してしまった作品ですが、読んでくださる読者様がいらっしゃり、作者としてとても嬉しく思います。
相変わらず次の投稿予定は未定の為、連載ではなく未完の状態が続きますが、思い出したら更新するかもです。その際はどうぞよろしくお願いいたします。