Evangerion〜The girl from Roanapura〜   作:RussianTea

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Ep.2

「ミサト。そっちじゃないわよ」

「え、そうだったかしらーん」

「葛城一尉はあれか、職場で迷子になった回数でギネス記録でも狙っているのか?」

 

 病院から本部へとやって来た私たちだが、案の定ミサトは道を間違いかけ、私がそれを訂正し、マリが軽く嫌味を言う、というやり取りは片手で数え切れなくなりそうになりつつある。確かにミサトはドイツ支部から移動してきてそこまで時間が経過していない。いないのだが、広大な本部施設とは言えども、ある程度は用途別にエリアが分けられているのだから、こう何度も間違えるものだろうか。古い友人とは言えども、擁護できる範疇を超えている。

 

「士官としての自覚を持ちなさいよ、全く…」

「そ、それにしても、広報部の連中は喜んでたわね。やっと仕事が出来たって」

 

 話題を反らすにしても、もう少し自然体を装ってできないものだろうか。まあ、ミサトのこのような性格は今に始まったわけでもないし、既に慣れ切っている私はため息をつきながらも、ミサトの話に乗った。

 

「公式発表のシナリオは?」

「B22だって」

 

 私たちの会話を聞いていたマリは、興味なさげにポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつけた。それを見て私も一服したくなり、マルボロを白衣の胸ポケットから取り出す。

 

「パーラメント? 貴方の歳にしては珍しい趣味ね」

 

 10代が興味本位で手を出すにしては渋いチョイスだと思った私は、率直に感想を言う。スーパーライトではあるが、女子が最初に吸う銘柄ではないだろう。そんな風に思っていた私だったが、どうやら普通の倫理観を持つミサトは別の意見がおありのようで、声を張り上げた。

 

「だから、どうしてあなたは堂々と煙草なんて吸ってるのよ! 未成年者喫煙禁止法って言葉知ってるのかしら!?」

「この国に来てまだ日が浅いんだ。知るはずもないだろう」

 

 日本だろうがタイだろうがロシアだろうが、まだ法的に煙草が許される年齢ではないと思うが。しかしまあ、私とてとても大っぴらには言えない歳から吸っているわけだし、ここはマリの擁護でもしておこう。

 

「別にいいじゃないの。誰に迷惑かけるわけでもないんだし」

「あんたにとっては迷惑じゃないかもしれないけどね…」

 

 私がマリの味方をしたことでそれ以上追及する気は失せたのか、ミサトは深いため息を残して口を閉ざす。私とマリがくわえた煙草が燃え尽きそうになった時、ようやく指定されたブリーフィングルームに到着した。

 

「ここよ」

「やっと着いたか」

 

 マリは煙草を靴でもみ消す。

 …前言撤回。迷惑をかけない範囲でのみ喫煙を擁護するとしよう。

 まあ、今は日本における喫煙マナー講座をしている時間もないし、後で教えるとして、とっとと保安部の用事を済ませてしまおう。

 そうしてブリーフィングルームに入ると、私たちを待ち受けていたのは黒服と呼ばれる保安部の職員ではなく、特務機関ネルフ副司令官である冬月コウゾウだった。

 

「ようやく来たかね。待ちわびたぞ」

「副司令、なぜここに? 担当は保安部では?」

 

 担当のはずの保安部直々に嫌みの電話をくらったミサトが副司令に尋ねる。

 

「私とて保安部の人間だよ」

 

 その言葉に偽りはない。保安部や諜報部をはじめとしたネルフの実行部隊は副司令が監督している。それのみならず、各部署の最終決裁や部署間の調整などは彼が行っており、実質的なトップは副司令だと言える。

 問題は、そのような人物がただのパイロット候補の今後の処遇の説明という雑事に出張ってきたことだ。

 副司令はそれ以上の説明を私たちにする気は無いようで、視線をマリに向けた。

 

「さて、今後の君の処遇について話し合う前に、2人きりで話がしたいのだが」

 

 なるほど、副司令はどうやらマリに深入りするらしい。司令に発砲した事件から考えれば、彼女と"2人きり"になった場合の危険性は言うまでもないはずだが。

 …それを言ったら、検査時に2人きりになったことはおろか武装まで手渡してしまった私の危機管理能力の低さが疑われてしまうか。

 

「見知らぬ男性と密室に2人きり、何も起きないはずが無く、ってね。答えは"(No)"だよ」

「…私が信用できないと?」

「保険外交員と同じくらいには信用できないね。聞かれて困る話なのか?」

「私が困るのではない。君が困るのだ」

 

 段々と雲行きが怪しくなってきた。はじめは茶化すようなことを言っていたマリの目が、気のせいか鋭くなっていた。それに伴い、副司令も口調の穏やかさは変わらないまでも、表情が険しくなっている。

 

「私には後ろめたいことなど何も無いよ」

「…そうかね。では、このまま話すとしよう。この写真を見てほしい」

 

 険しい表情を崩さないまま、副司令は手元のリモコンを操作し、部屋の壁面に設置されているモニターを起動した。そこに映されたのは、4名のネルフ職員と思われる男性の職員証写真と、中年男女の免許証の写真。

 ネルフ職員のほうに覚えはないが、中年男女の写真には見覚えがあった。マリを預かっていたとされていた夫婦である。3週間ほど前にIED(即席爆弾)によって爆死したらしいが、その時期は丁度マリが来日した時期と重なっている。副司令はその関連性を疑っているのだろう。私も、この夫婦の死はマリの手によるものだと考えている。自ら逃亡したのか、売り飛ばされたのかは分からないが、マリはこの夫婦の元にいなかった訳だし、何かしらあったことは想像に難くない。

 解せないのは4名のネルフ職員である。ネルフ側が接触するまで、マリは組織の存在すら知らなかったはずだ。一般的に知られている組織ではないのだから。

 

「私の好みの顔はないな。ジェンダーに配慮して女性の写真も1枚いれたのは評価しよう」

「…見覚えは無いかね?」

 

 まともに答える気はないのか、マリは茶化すように言い、副司令もそこまで深く追求する気はないのか、半ば諦めているような声音だ。いや、副司令にとっては、マリが答えなかったことが答えとなったのだろう。

 モニターの電源を落とそうと、副司令がリモコンを手に取った、その時だった。

 

「取引をしよう」

 

 マリの雰囲気が変わり、奇妙な緊張が会議室全体を包んだ。ミサトでさえ表情が強張っている。とうの副司令はリモコンを起き、静かにマリの次の言葉を待っていた。

 

「情報には対価が必要だ。あなたはきっと、仮説の証明がしたいのだろう? そのための情報を持つのは私だ」

 

 マリは副司令の前まで歩いていくと、机に腰かけ、副司令の顔を覗き込む。そして、机を指でコツコツとたたきながら言った。

 

「私は貴方が欲する宝を持っている。では、貴方はどうだ?」

「…何が望みなのかね?」

 

 何というか、今の状況を表すと、副司令が悪魔に取引を持ち掛けてしまったようである。そもそも、いい大人がたかだか14歳の少女に雰囲気だけで威圧されている、という状態そのものが異常であり、マリが本当に悪魔などという非科学的なものでもない限り、誰かに言ったとしてもとても信じてもらえないだろう。ミサトに至っては理解が全く追いついておらず、ただただ固まったままだ。

 

「この国における銃器携帯のライセンスを、即座に発行して欲しい。民警と揉めるのも面倒だし」

「…よかろう」

「副司令!?」

 

 ミサトが驚きのあまり声を上げた。一見すると無茶苦茶な取引内容だが、きちんとつり合いは取れている。

 副司令はマリの情報というか、自白なしでもある程度の予測を立てており、それを確実にするためにマリから話を聞き出そうとしているに過ぎない。そしてマリは、ライセンスなんてものがなくても銃器を常に携帯しており、ライセンスはそれを公に認められたものにするだけに過ぎない。

 つまりは、両者ともにこの取引がなくても勝手に思うように思い、やりたいようにやる事柄に関して、確実性を持たせようとしているだけである。

 

「取引成立。新規のお客様だ、特別に今回は私の先払いにしてあげるよ」

 

 マリは画面の前に立つと、写真を指差しながら説明していく。

 

「この2人は南シナ海でダイビングを楽しんでいるだろう。こっちの2人は日本の中央アルプスでハイキング中だ」

 

 ちょっと待ちなさい。一体これは何の話だ。物騒なんてものじゃない。

 つまりは、マリがこの4名のネルフ職員を殺害し、その遺体を海と山に遺棄したということか。いや、そうは言っていないか。あくまで行く末を知っているというだけ。まだ彼女が自ら手を下したと確定したわけではない。

 

「で、明らかに頭が悪そうなこの夫婦だが」

 

 マリはチラリと部屋にあった時計を確認し、

 

「21日と20時間20分前、RGD-5(手榴弾)を利用したIEDの爆発による爆傷によって死亡」

 

 そう、言い放った。

 まず、この2人が夫婦であると断言した時点で、かつての里親であることは理解している。そして、分単位での死亡時刻、死亡原因、なおかつIEDの素材まで言ったとなれば、これは確実にマリが殺害したと言える。しかもそれを、顔色一つ変えず、悪びれる様子も無く、ただ事実を羅列するかのように淡々と言ってのけたのだ。

 事実そのものに驚きはないが、マリの何とも思っていないその姿に衝撃を受ける。そしてそれは副司令も同じらしい。僅かに目を見開き、そして深くため息をついた。

 

「仮説の証明は出来たかな?」

「…ああ、有意義な取引だったよ」

 

 副司令はどこかに電話をかけ、指示を出す。諜報部か渉外部に連絡し、銃器携帯ライセンスを作るように言っているのだろう。短く要件を済ませると、副司令は電話を切り、マリに向き直った。

 

「約束通り、こちらも手配した。1時間以内に出来上がる」

「結構。私としてもとても良い取引だった」

「しかし、何かね。最近の貿易会社は旅行の手配もしてくれるのかね」

 

 貿易会社? 今の話でそのようなもの、一度も出てきてはいない。私が疑問に思っていると、マリには通じていたようで、口元を歪めて笑った。

 

「一度もクレームを受けたことがないほど好評でね。今から君にも手配してあげようか」

 

 それは死人に口なし、というものではないだろうか。そもそも、その旅行の手配とはただの死体遺棄だろうに。

 事実上の殺害予告に、副司令もそれ以上深入りするのは危険だと判断したのか、話題を切り替えた。

 

「それには及ばんよ。さて、それではここに君を呼んだ本題に入ろうか」




冬月先生は昔モグリの医者をやっていたらしいので、マフィアを相手にすることは多少慣れているのでは? という妄想で、マリ相手でもあまり臆さないでガンガン行っちゃうタイプにしました。なお、引き際は一応心得ている模様。
ミサトさんは、たぶんポカーンとしているのではないでしょうか。こういう駆け引き的なものは得意じゃなさそうだし。

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