俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn
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作者の大好きなレシピですね。


第9話 俺の思い出のレシピはオシャレじゃない

 何故そんなことを言ってしまったのか、全く分からない。

八幡は言った後にそう軽く考える。別にそんなことをする必要などどこにもなかった。

確かに美味いクッキーではなかったが、それでもお礼として受け取ったからには過去の話と合わせて謝罪は完了している。だから本来、そういう必要はまるっきりなかった。

だというのに八幡は結衣を見て言ってしまったのだ。

 

『一緒にクッキーを作ろう』と。

 

もうクッキーの必要はないのに何故そう言ってしまったのか。

彼なりに考えるが、その答えには行きつかない。ただ、敢えて言うのなら、結衣の思い出を美しい形にしてあげたいと思ったのだ。

せっかくお礼として渡したクッキーが美味くないという失敗にしてあげたくなかった。彼女の頑張る姿を見て、それに応えたくなったのだ。

だから八幡はこうして提案したわけである。

可笑しいと思いながらも悪くない気持ちで。

そんな八幡の申し出に結衣は嬉しそうに答え、雪乃は不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「そう、なら私は見物に回るわ」

 

まるでお手並み拝見だと言わんばかりにそう答えると、近くにあった席に座り始めた。

そんな雪乃の視線を受けつつ、八幡は結衣と共に行動に移る。

結衣は再びエプロンを付ける。先程まで付け方が分からずに雪乃に注意されていたが、どうにか自分で付けられるようになったようだ。

そんな結衣を見つつ、八幡はただ制服の上着を脱いで腕をまくるのみ。

それだけだったのが不思議だったのか、結衣は八幡に問いかける。

 

「ヒッキー、エプロン着けないと汚れちゃうよ?」

「いや、これで十分だ。これからやるクッキーはそんなに凝ったものじゃない」

 

八幡はそう言いながら手を水道で手を洗う。その動作はやけに手慣れており、その様子に結衣は見入ってしまう。

そして始まるのは八幡主導によるクッキー講座。

その前に行われるのは、先程まであった結衣のクッキーを作る様子の感想であった。

 

「さっきまで由比ヶ浜の作ってる様子を見ていて分かったんだが、由比ヶ浜ははっきり言って手先が不器用な上に大雑把だ。菓子作りなんて言う細かい事は向いてない」

「昔から思ってたけど、こうして言われると尚更きついかも……」

 

八幡の酷評にさっそく心が折れかける結衣。涙目になってしまうあたり、彼女の精神は強くないようだ。

そんな彼女の様子を見つつ、八幡は続きを話す。

 

「それに今までそういった事をやってこなかっただけに、その手の常識がまったくない。雪ノ下の失敗はそれが当たり前だと言う前提だ。こいつにはそれこそ箸の持ち方レベルから教えてずっと目を離さずにいなきゃ駄目だ」

「流石にそれは言い過ぎじゃないかしら」

「事実を言ったまでだ。それは今思い出して分かり切っているだろ」

 

こうしてはっきりと口にされて、流石にフォローできない雪乃。

確かに教えるのに苦労したが、そこまで酷くは言えなかった。

そこまで言われてさっきまでの優しい雰囲気なぞ何処にいったのかと言わんばかりのスパルタ酷評にもう結衣のライフはゼロになりかける。

 

「だからこそ、そんな壊滅的に駄目な由比ヶ浜でも出来るやつを教えてやる。俺はお前のことを一時も目を離すつもりはないから覚悟するように」

「う、うん……」

 

まったくそんな意味はないのに、そう言われて結衣は顔を真っ赤にする。

その様子に呆れてしまう雪乃。そんな二人の視線を気にせず、八幡は早速材料をそろえ始めた。

 

「まず使うのは小麦粉、バター、砂糖、塩の4つのみ」

 

それまで使っていた材料の中からそれだけを引き出す八幡。それ見た結衣は早速八幡に質問する。

 

「それだけでいいの? さっき雪ノ下さんに教わった時は他にも卵とか入れたけど?」

「入れたり入れなかったりらしい。俺の場合は入れない」

 

そう答えた八幡は結衣に指示を出し始めた。

 

「由比ヶ浜、小麦粉を100グラム、バターを50グラム、砂糖は30グラム程、塩は適量でいいか。それを量ってくれないか」

「うん、わかった」

 

八幡に言われ、覚束ない手つきで何とか言われた材料を量る結衣。それまでやっていた事もあって多少はマシになっている。

そして量り終えるなり八幡は次の指示を出した。

 

「小麦粉を篩にかけ、かけ終わったらバターを切り混ぜ、そして砂糖を入れたら均等に混ざるまで練り続けるんだ」

 

そう言われて言われた通りにする結衣なのだが、やはり手間取っているようだ。

そんな様子の結衣に八幡はまるで身を寄せるように近づけた。

 

「由比ヶ浜、もっと大胆でいい。思いっきり混ぜ合わせて一まとまりになるくらい。こんな感じでだ」

「ひ、ヒッキー!? ち、ちかッ」

 

目と鼻の先にまで近づかれて顔を真っ赤にしながら慌てる結衣は、更に八幡が自分が混ぜている生地に手を入れて一緒に混ぜ始めてしまったことで手が触れ合ってしまっている所為でそれこそ心臓の鼓動が高鳴ってどうしようもない。

 

(ヒッキーが近すぎだよ~! うぅ、目は確かに怖いけど、やっぱりこうして見ると格好いいかも……)

 

そんな結衣の心情などまず知らず、男女間における純情というものなど何処かに置き忘れてしまった八幡は気にせずに続ける。

 

「まとまったらメン棒で伸ばし長方形に」

「こ、こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じだ。それが出来たら冷蔵庫へ。約15分程冷やす」

 

そして生地を入れて15分程経った所で生地を取り出し、八幡は結衣に続きを説明する。

 

「冷えた生地を包丁で小さい長方形ブロックに切る。手を切らないように気をつけろよ」

「流石にそんなヘマしないよ……って危な!」

 

危ない手つきで生地を切る結衣に八幡は少し呆れつつ、ここからが正念場だと思いながら指示に力を込めた。

 

「オーブンを余熱で温めておき、温め終わったら鉄板にクッキングシートを敷いて上に生地を乗せる。乗せ終わったらここで塩の出番だ。塩を一摘みし、それを振りかける。振りかけ終わったらそれをオーブンに入れて完成だ。焼く温度は150度で25分。絶対に間違えるなよ」

「う、うん、頑張る!」

 

言われた通りに結衣はするのだが、オーブンの設定に危うく間違えかけた。

 

「由比ヶ浜、落ち着いて作業しろ。焼く温度は150度だ。25度じゃないし、150分でもないからな」

「ご、ごめんヒッキー。うん、気をつける! 150度だね」

 

何とかオーブンの設定を終えて待つこと約25分。

終了の音とともに結衣が出そうとしたが、八幡は少し慌てて結衣の手を掴んだ。

 

「ストップだ、由比ヶ浜! まだ熱いから絶対に出そうと思うなよ。後10分程待ってから布を使ってオーブンから取り出すんだよ」

「ひ、ヒッキー、手、手ぇ~!」

 

手を掴まれたことでボンッと顔を真っ赤にして蒸気を出す結衣。

乙女心は大変らしく、今彼女の胸はキュンキュンと高鳴っていた。

 と、まぁこんなことがあったが何とか無事にクッキーはその姿を八幡達の前に表した。

 

「わぁッ!! ちゃんと焦げてないクッキーになってる」

「確かに焦げていないわね」

 

出来あがったクッキーを見てハシャぐ結衣に少し驚く雪乃。

そんな二人の様子を見ながら八幡は少しだけ苦笑しつつ説明を始めた。

 

「由比ヶ浜に作らせたのはスコットランド発祥のクッキーである『ショートブレッド』だ。もともと紅茶菓子として作られたものだから紅茶との相性はいいし、材料も単純な上に作業量も多くないから簡単に作れる。これが由比ヶ浜にも出来るクッキーってわけだ」

 

その説明を聞いて関心する二人。

そして食べると二人とも普通に驚いた。

 

「「美味しい!」」

 

その様子を見て八幡は結衣に問いかける。

 

「どうだ、由比ヶ浜。美味いクッキーは出来たか?」

「う、うん! ヒッキーのお陰だから少し複雑だけど、でも確かに美味しい!」

「それは良かった」

 

結衣の嬉しそうな笑顔に八幡は頷き返した。

嬉しかったのは結衣のはずなのに、何故か八幡も悪い気はしなかった。

 

 

 

 その後、結衣は八幡と雪乃にお礼を言って帰って行った。

 

「ヒッキー、雪ノ下さん、今日はありがとうね! また明日、学校で!」

 

そう言って帰る結衣の背中を見つつ雪乃は八幡に話しかける。

 

「結局殆ど貴方がしているようなものだったけど、これでよかったのかしら?」

「別にいいんじゃないか。俺へのお礼って点でなら、あのクッキーを渡された時点でもう終わってる。だからその後のあれは頑張ってた由比ヶ浜へのご褒美みたいなもんだ。せっかく頑張ったのに失敗したままなんて可哀想だからな」

 

その言葉に雪乃は少し意外そうな顔で八幡に言う。

 

「少し意外かしらね。貴方がそんな事を言うなんて。てっきり作れないのは仕方ないんだから諦めた方が建設的とでも言うかと思っていたわ」

「まぁ、普段ならそう言ってたかもしれないな。でも………そう言えるのなら寧ろ言いたいんだよ、俺は。『本当に言えない時』ってのは、それこそ些細なミスでも取り返しがつかなくなるから。だから今回みたいなのは……由比ヶ浜が本当に頑張ってるから、それに応えたくなっただけだ」

 

そう答える八幡。その顔は何処か悲しそうであり、少しだけそれに見入ってしまっていた雪乃は話題を変えるように話を振った。

 

「でも、今回の依頼、本当にあれでよかったのかしら? 私は、自分を高められるなら限界まで挑戦してみようと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんの為になると思うから」

 

その真剣の入った考えに、八幡は少し緩んだ顔で答えた。

 

「俺はあれでよかったと思うよ。結局、どんなに頑張ったってそいつの為になるかどうかはそいつ次第さ。自分に入ってきたものをどう吸収するかは自分次第なんだからよ」

 

 

 

 こうして初めての依頼は終わった。

その夜、自宅のソファに横になった八幡に向かって小町が愉快そうな笑みを浮かべて問いかけてきた。

 

「初めての部活はどうだった、お兄ちゃん」

 

その問いかけに八幡は顔を覆ったタオルを掴みつつ答えた。

 

「あぁ………凄く疲れた。それこそ働いている方が楽なくらいにな」

 

まさに疲れましたと言わんばかりの対応は、まるでくたびれたサラリーマンを連想させる。

そんな八幡に小町は何やら嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう言う割にお兄ちゃん、顔が何やら嬉しそうだよ」

「え?」

 

言われるまで気付かなかったが、八幡の顔は確かに笑っていた。

 

 こうして彼の初めての部活は終わりを迎えたのだ。

 



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