俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

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ゆきのんにも頑張ってヒロインしてもらいましょう。


第16話 俺は頑張る奴が大好きなんだよ

 戸塚からの誘いを断った八幡。

困っている戸塚を助けたいのはやまやまだが、彼には彼の事情がある。

部活に拘束されることを八幡の上司であろう課長は『保護者』としては喜ぶだろうが『上司』としては歓迎しないだろう。その事に八幡も同意する。

学校生活というものは彼にとって『おまけ』でしかなく、敢えて言うのなら『仕方ない必要悪』というものだから。本音で言えばすぐにでも正社員として会社に入り、小町を見守りながらずっと仕事に専念していたい。

と、今までは考えていた八幡であったが、何のかんのと言いつつも奉仕部に行くことが嫌いではなくなっていた。

だからなのか、本日も彼は部活をすべく部室へと向かう。

依頼がなければその時間の殆んどを自習か読書に使うだけなのだが、結衣と雪乃と自分での3人の時間というのは悪くないらしい。雪乃には変わらず嫌われているようだが。

 

「よぉ」

 

部室に入って最初に目に入ったのはいつもの定位置で本に目を通している雪乃。

その姿は相も変わらず美しく、その様子を八幡は綺麗だと一般的な感性で思いつつ声をかけた。

その声に気付き、雪乃は本から目を外し八幡の方へと目を向ける。

 

「こんにちわ」「こんにちは」

 

軽く挨拶をする雪乃。その際に微笑みは年頃の男なら心揺さぶられるだろ。しかし、八幡にはどうにも警戒態勢にしか見えない。確かに綺麗なのはわかるのだが、その内にはバリケードを張っているような、そんな印象を受けるようだ。

これがどこぞの熱血漢なのならそのバリケードを強引に突破しようとするが、八幡は関わる気があまりないのでそんなことはしない。人間誰だって嫌な事はされたくないだろう。仕事では腐るほどそういったことをしているだけに、プライベートはそうありたいと八幡は思っている。

だから挨拶もそこそこに、自分の定位置に着いて彼は鞄からノートと教科書を取り出し机に広げ始めた。

 

「ここは自習室ではないのだけれど?」

 

そんな八幡に雪乃は軽く声をかける。

部活動の内容自体あやふやなのだから、別に迷惑がかからない限り何をしても問題はない。だからこの言葉は彼女なりの会話なのだと理解した上で八幡は返す。

 

「それを言ったらここは文芸部でもなければ図書室でもないだろ」

「それもそうね」

 

そう答えながら不敵に笑う雪乃。

 

「私も勉強はする方だけれど、貴方も良くするわね。その割に順位は全然上がらないけど」

「うるせぇ、俺はお前みたいな秀才と違ってこうでもしないと成績をキープ出来ないんだよ」

「あら、天才ではないの?」

 

八幡を軽くいじめつつ首をかしげる雪乃。別に彼女自身自分がそんなものではないことを知っている。だが、周りはそうは思わず、雪乃の事をよく褒め称えるのだ。それに嫌気を感じている彼女にとって『秀才』と言われたことは少し意外だったようだ。

そんな彼女の不敵で有りながら可愛いさを感じさせる様子に八幡は教科書から目を離さずに答える。

 

「天才ってのは、何もしていないのに百パーセントを叩きだす化け物のことだ。その点、お前は努力しているってことが良く分かるからな。精々秀才が良いところだよ。良かったじゃないか、化け物呼ばわりされずにすんで」

 

そう言われ顔を赤くする雪乃。彼女は努力を肯定する人間だ。だが、それを悟らせないようにしている。だというのに八幡にそれを見抜かれ、恥ずかしくてそうなってしまったのだ。その所為で言葉が上手く出ず、いつもの調子が出ない。

 

「あ、貴方みたいな目が濁り切っている人にそんなこと言われても嬉しくないわ。そ、それに何で私がそうだってわかったのかしら? 私は貴方にそんな所を見せた覚えはないわよ。後、その話しぶりから知っているようだけど、その……天才っていうのを………」

「目が腐ってるのは標準だって言ってるだろ、たく。それからお前は確かに努力しているところなんて見せていないけどな、そういう奴ほど努力することを肯定するんだよ。だから丸わかりだっての。そして最後に、俺は今までに何度か天才ってのを見たことがあるよ。全員化け物としか言いようがなかった」

 

八幡はしれっとそう答えつつ思い浮かべる……彼が知る限りの化け物を。

人間の生の中でそのような存在と会うのは稀だ。しかし、それが裏側に限ってはそうではなく、結構跋扈していることが多いのだ。八幡は実際に会い刃を合わせたこともあるし、身内に同じような化け物がいるので驚きもしない。そして八幡自身まったく認めていないが、彼自身『そっち側』に於いては同じ『天才/化け物』に区分されている。周りの評価からすれば『隠密の化け物』である。

 

『誰も真似できないのだ、彼のあの業を』

『当たり前だ、アレは既に人の域を超えている。誰にも悟られず、一方的な殺戮を行うことができる存在など、もはや人ではない。それこそ本当の化け物なのだと』

 

以上が八幡の特技における『裏』での評価だ。ここまで言われれば誰が何と言おうとも立派な化け物である……彼がそれを否定しようとも、世界はそうは思わない。だが、それでも…………八幡はただの凡人だと胸を張って答えるのだ。そんな技能は殆んど役に立たないと豪語するのだから。

と、そんな化け物であることを平然と否定する八幡は、気にした風でもなく雪乃に追撃をかけた。

 

「だからさ……俺はお前みたいに頑張ってる奴、嫌いじゃない。寧ろ好きだな」

「ッッッッ!?!?」

 

その言葉に雪乃は耳まで真っ赤になる。

傍から見たら完璧に告白。しかも彼女のことを少しでも理解しているという点が彼女の乙女な部分に揺さぶりをかける。

まさに完璧な青春ラブコメ。辺りに妙な雰囲気が流れ始め、雪乃は八幡から目が離せなくなった。

 

(た、確かに目はアレだけど、見方を変えればそれはそれで個性だし、顔立ちは寧ろ整っていて悪くないし、学力だってそれなりで努力していることは知っているし、私に関して否定的だけどそれは言いかえればしっかりとした自分を持っているというわけで芯はしっかりしているわけで…………)

 

ぐるぐると回りだす良く分からない思考に振り回される雪乃。

そうなると八幡のことを直視できなくなるのだが、何故か目を離したくない自分がいた。

何かがおかしいと自分では思っているのだが、それが何なのか分からない。

ただ、この状況をどうにかしないと、自分はおかしくなってしまいそうだと、そう感じた。

だから雪乃は八幡に声を掛けようとして…………

 

「やっはろー、今日は依頼人を連れてきたよ~!」

 

突如として開けられた扉から出てきた結衣の大きな声によって止められた。

それを共に今まで場を満たしていた妙な雰囲気が吹き飛んだ。それを感じ取った雪乃は即座に乗ることにした。

 

「こ、こんにちわ、由比ヶ浜さん」

「うん、ゆきのん、やっはろー」

 

それまでの雪乃の心情などいざ知らず、結衣は元気よく挨拶を返す。

その様子を見つつ八幡も結衣に軽く声をかけると彼女はそれにも元気よく応じてくれた。決してやっはろーとは返されずにもだ。

挨拶も終えた所で結衣は改めてもう一回さっきの内容を話す。

 

「実は今日、依頼人を連れて来たんだよ」

 

その言葉とともに室内に入るよう促され入ってきたのは、八幡も良く知る人物であった。

彼は八幡の姿を見て目を見開いた。

 

「あ、比企谷君」

「戸塚……」

 

八幡がいたことが嬉しかったのか、戸塚は少し感動した様子で八幡に話しかける。

 

「あれ、どうしてここに?」

 

その質問に対し、八幡は少しばかり気まずさを感じつつも答えた。

 

「俺はこの部活の部員なんだよ。お前の誘いを断った手前で何を言ってるんだとは思うが、平塚先生からの強制でな。それに部活よりバイトを優先していいって言われてるから丁度良くて」

「そうなんだ。確かに部活に入っているんじゃ無理だよね。それにバイト優先なら尚の事」

「そういうことだ。悪かったな」

 

八幡の言葉に微笑みながら頷く戸塚。その様子から本当に気にしていないようだ。

そんな戸塚を見て結衣が簡潔に今回の事のあらましについて語りだした。

 

「部活に行こうとしていたらさ、何やらさいちゃんが何か困った感じだから連れてきたの」

「それっていいのか? 普通は先生の仲介とかがあるんじゃ………」

 

八幡のぼやいた突っ込みは華麗にスルーされ、雪乃が戸塚にちゃんとした依頼を聞くことに。

そして出た依頼の内容が、

 

『戸塚のテニス技能を向上を助ける』

 

ことであった。

戸塚が言うには、自分の頑張る姿、能力の向上を見せれば部員の士気が高まるのでは、ということだった。

その依頼に対し、努力を肯定する雪乃は勿論了承した。

それに続くように結衣も頷き、そして一生懸命が大好きな八幡は勿論依頼を受けた。

 

「自分で言った手前もある。その練習、協力させてもらうよ」

「うん、ありがとう、比企谷君!」

 

八幡の言葉に実に嬉しそうに笑う戸塚。その笑顔は完璧に女子のそれであり、同じ同性である結衣と雪乃までもが見入ってしまった。

 こうして戸塚からの依頼を受けることになった奉仕部。

そこで少し意外に思われたのは、八幡が素直に依頼を受けたことであった。

 

「まさかヒッキーが素直に引き受けるなんて思わなかったぁ」

「そうね。貴方、運動とか好きそうにないもの」

 

女子二人組からの言葉に八幡は答えようとするが、その前に戸塚が前に出て一生懸命に言う。

 

「そ、そんなことないよ! 比企谷君、本当はすごく運動できるんだよ。テニスの授業の時だって僕、結構本気でいったのに普通に返されたし」

 

この発言は普通に聞けば目立つもの。

当然八幡が好きな事でないのだが、今彼はそれ以上に気恥ずかしさを覚えた。

だからなのか、八幡は戸塚を鎮めさせる意味合いもこめて戸塚の頭に手を乗せポンポンと優しく叩きつつ結衣と雪乃の二人に言った。

 

「確かに体育の授業は好きじゃない。だけどな………頑張ってる奴は大好きなんだよ、俺は。だから受けたんだ」

 

 その言葉に言われた当人である戸塚は勿論、先程まで流されていた雪乃もまた顔を真っ赤に染め上げていた。

唯一取りこのされた結衣は、何だか少しだけさみしそうであった。

そんな事を気付かずに八幡は戸塚にあることを伝える。

 

「あぁ、戸塚」

「何、比企谷君?」

 

可愛らしく首をかしげる戸塚に八幡は………頑張る彼に檄を入れるかのようにこの言葉を告げた。

 

「やるからには本気でお前を鍛えてやる。だから………死ぬ気でやれよ。でないと本当に………死ぬかもしれないからな」

「? えっと、その………頑張るよ」

 

まだ戸塚は知らない。

この言葉の本当の意味を。この言葉が無慈悲な死神の大鎌の一撃であることを。

 

 

 

 尚、この後何故か戸塚にだけやったのがずるいと言いだし、女子二人の頭に手を乗せポンポンと叩く八幡がいた。

それを終えると、結衣と雪乃は二人とも耳まで真っ赤になっていたとか。


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