俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn
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もう完璧にどこぞの軍曹と化してる八幡です。


第17話 俺のトレーニングは正道じゃない

 戸塚の依頼を受け、奉仕部は早速彼の能力向上のためのトレーニングを考案する。
本来であればそれらは雪乃が主導で行っているのだが、今回は何故か八幡がノリ気だったので彼が主導で行うことになった。
そしてトレーニングプランが出来あがったのが翌日。
それを皆に発表したのだが、そこで来たのは困惑した様子であった。

「あ、あの………比企谷君、これは………」
「比企谷君、貴方は一体彼に何をさせようというの?」
「ヒッキー、こんなのさいちゃんが壊れちゃうよ」

3人からそんな言葉を受けた八幡考案のトレーニングプランの一端がこれだ。

 初日………準備運動後に持久走。距離は決まっていないが、敢えて言うのなら10キロ以上は最低限。しかしそれは最低限であり、この日は下校時刻までずっと走る。一定の速さを維持できない場合は背後から『手痛いお仕置き』を喰らうことになるので注意。
最終的目的…………限界を超えて走れ。

 二日………どのような状態であろうともボールを取れるようにする練習。左右の足に5キロ、計10キロの重りを着け、更に両腕に2キロ、上半身に6キロ、合計20キロの重りを付けた状態で戸塚にはラケットを振ってもらう。玉は奉仕部3人から出させてもらうので、同時に3球飛んでくることもありうるが、それをすべて弾くのは当たり前。コートを駆け巡り、どんなボールでも追いつける瞬発力と柔軟な思考を身につけるのが目的。

 三日……………。


 約一週間のトレーニングなのだが、その内容は最近のスポーツ医学からはかけ離れている。まるでスポーツ漫画をそのまま読んだような内容にテニスが実は上手な雪乃は頭痛に襲われた。
確かに彼女は努力を肯定する。もし自分がトレーニングを考案しろと言われたのなら、『死ぬほど走らせる、死ぬほど素振りをさせる』などと言ったように答えるだろう。基礎が大切だということが分かっているから。
だが、八幡のこれはそんなものではない。
最初からオーバーペース。オーバーを通り越してデッドペースとしか言いようない。初日から潰れる可能性がある上に、下手をすれば選手生命すら失いかねない。
雪乃は八幡が頭が悪くないということは知っている。だからこそ、こんな無茶苦茶なメニューを出してくるとは思えなかったのだ。
それは運動が得意ではない結衣でもわかる話であり、その内容を想像して顔を青ざめさせていた。
そしてそれらを受ける張本人である戸塚は当然不安そうに八幡を見つめる。
実に不安そうな3人に対し、八幡はいつもと変わらない表情と相も変わらず濁りきった目で3人に話しかけた。

「これにはちゃんとした理由がある。だからまずは………やってみろ。話はそれからだ。それに戸塚、俺は言ったよな…………死ぬ気でやらないと死ぬかもってな。それぐらいじゃないと、そうすぐには強くなれないぞ」

不安に揺れていた戸塚であったが、その言葉に目を見開き力強く頷いた。

「うん、そうだね! 僕は強くなりたいんだ。だったらここで足踏みしてる暇なんてないよ」
「おう、その意気だ」

 こうしてこの日の放課後からトレーニングは開始された。



 この後のことは実に細かいので簡略的に語ろう。
初日、トレーニングに書かれている通り、戸塚は走ることになった。何故か結衣も一緒にやることになったが、本人曰くは一緒に頑張る人がいた方がやる気が出るからとのこと。
その優しさに八幡は内心で微笑むが、表では寧ろ冷徹に戸塚を扱いた。
しばらく走っていた戸塚であったが、体力が限界に近付いてきたのか息が上がり速度が落ちていく。そしてもう無理かと思われた所で八幡が後ろから戸塚に向かってある物を向けた。
それはオモチャだった。良くある男の子が持つオモチャ。ただし、その注意事項には必ずこの一文が刻まれている。

『人や生き物に向かって撃たないでください』

その名は………エアーガン。
八幡はエアーガンを戸塚ぬ向けると、彼の露出している脹脛に向かって引き金を引いた。

「痛ッ!?」

突如走った激痛に涙目になり戸惑う戸塚。
そんな戸塚に八幡は実に悪人らしい笑みを浮かべてこう告げるのだ。

「痛がる余裕があるならまだ走れる。戸塚、俺はお前を本気で鍛えると約束したんだ。だからこそ、心を鬼にしてお前を追いつめてやる。痛いのが嫌ならとっとと走れ、この○○○」

彼の口からは放送できない単語が飛び出し、それを聞いた結衣と雪乃は顔を真っ赤にして八幡を最低だと罵る。
そしてそれを向けられた戸塚は悔しさと怖さで涙を流しながらも本当にくたびれるまで走り続けた。
 この後八幡が土下座したのは言うまでもない。
ニ日になり、戸塚は指示された通りに重りを身につけてラケットを振るった。
だが、前日の疲労もあって身体は満足に動かず、尚且つ動き辛いせいで空回りをする戸塚。そんな戸塚を心配する結衣と雪乃だが、八幡は昨日と同じように悪人面で戸塚顔面にボールを打ち込んだ。

「昨日の疲れが残っていることはわかる。だが、これはそれこそ必死のトレーニングだ。疲れたから出来ませんなんて弱音はきかない。お前がすべきことはどんなボールでも確実に打ち返すことだけだ。そのためにお前の顔や体にボールが襲いかかろうともな。俺はそれらすら容赦なく打ち込む。昨日も言ったが、痛い思いをしたくなければ死ぬ気で打ち返せ、この○○○の○○○○」
「は、はい!」

涙目になりながらも返事を返す戸塚。
その様子を見て八幡はより好戦的な笑みを浮かべながらこれでもかというくらいに戸塚にボールを打ち込んだ。
 言うに及ばず、昨日と同じく八幡はトレーニング後に3人に土下座をした。
そして三日目になり…………。
戸塚はまず準備運動がてら、結衣のサーブを打ち返していた。
この日の内容はサーブの打ち返しである。だから最初は結衣に軽く流してもらい、その後八幡が行う予定だ。
なので最初は見ている八幡。そんな彼に雪乃は少し険の籠った顔で話しかけた。

「……この二日間における虐待レベルのトレーニングに何の意味があるのかしら?」

その質問に八幡は少しだけ笑うと、昔を懐かしむような顔で答える。

「確かにどう見たってそう見えるよな。まぁ、内容だけなら確かにそうかもしれない。でもな、これは必要なんだよ………戸塚に精神的な強さをつけるために。海外風に言うのなら『ファッキンガッツ』をつけるためにな」
「『糞根性』?何、それ」
「読んで字のごとく、精神的なものだよ。いいか、雪ノ下」

八幡はそこで言葉を一端切ると、雪乃に大切な事を教える教師のように答えた。

「いくら技能が上がろうが身体能力が上がろうが、精神が惰弱な奴は弱い。特に自分の能力を馬鹿正直に自慢気に誇張しているような奴は尚更な。そういう奴に限って窮地に陥った際に一気に崩れ落ちるんだ。戦いにおいて最終的な勝利要因は精神力。絶対に勝つという意思と負けないという気持ち。これこそがそいつを勝利させる。臆病者は生き残るのに最適だが、戦いに勝つには臆病者ではいけない。戦いに勝つには、絶対に勝つという心と諦めない信念が必要になる。そしてそれらを磨きあげるのは、それまで積んできた努力と経験だ。その二つがあってこそ、精神の強さは磨かれる」

八幡の言葉に雪乃は聞きいってしまっていた。
まるで何かの哲学を聞いているような、そんな気持ちにさせられるのだ。そしてそれが何故か正しく、でも同時に寂しく感じる。
何故そう思ったのか分からないが、彼女は八幡に問いかけた。

「まるで経験してきたような言い方ね」
「これでもそれなりに苦労してる身だからな。まぁ、いつも負けてばかりだけど」

苦笑しながら答える八幡。そんな八幡に何故か雪乃は目が離せなかった。

「つまり彼に精神的な強さ、その基盤を作ってあげたかったのね」
「あぁ、まぁそういうことだ。戸塚とラリーして分かったけど、あいつの腕はかなり良い。本人が謙虚過ぎて隠れがちだが、技能は十分に高いんだよ。だからあいつに必要なのは技能ではなく精神的な強さというわけだ」
「普通に彼に言えばいいのに」
「それじゃ伝わらないんだよ、こういうのは。それこそ必死にやって自分で磨いていかなきゃ意味がないものだからな」

八幡の真意を知って、やっと険が取れた雪乃。彼女はこの後結衣にもちゃんと教えてあげようと思った。でないと八幡がただのド変態にしかならないから。彼女的にはそれはそれでおもしろそうだと思ったが。
そんな風に考えていた所で、せっかく出来あがっていた良い雰囲気がぶち壊された。

「あぁーテニスじゃん! ねぇ、あーしらもここで遊んでいい?」

声の方に皆が顔を向けると、そこには八幡と同じクラスの人間が数人立っていた。
クラス内のスクールカーストトップである葉山 隼人率いる集団である。その中に居る女子……三浦 優美子が声を出したようだ。
三浦の言葉に対し、戸塚は困った顔で言葉を返す。

「三浦さん、僕たちは別に遊んでいるわけじゃなくて」
「えぇ、何? 聞こえないんだけど~」

弱々しい戸塚の声にまるで威嚇するかのように返す三浦。
彼ではどうにか出来ないと思ったのか、今度は八幡が彼女に返した。

「あぁ~、ここは戸塚が許可を取って使っているものだから部外者は無理だ」
「はぁ? あんたも使ってるじゃん?」

八幡は正直イラついていた。
まるで話を聞かない三浦がガキだとはっきり分かるように、言って聞かないならどうすればよいのかなど分かってはいる。だが、あまり事を荒立てるのはよろしくないと思い耐え、まだ交渉の最中だと自分に言い聞かせる。

「俺達はテニス部である戸塚の依頼を受けてトレーニングに付き合ってるからいいんだよ。その許可申請等は全部平塚先生経由で出してもらった正式なものだ。だから許可もない部外者は使用不可なんだよ」
「はぁ~? 何意味分かんないし、キモいんだけど」

その言葉が八幡の精神を逆撫でる。
彼はそれなりに世間慣れしているのである程度相手が横暴な態度を取ろうとも我慢は出来る。だが………ガキのように言い分すら聞かない相手をするのは大嫌いなのだ。何せ裏に於いてその手相というのは、妄執な宗教家や独裁国家の政治家など、碌な者がいないのだ。彼らは自分のルールだけで生き、それを他者に強要する。その上否定されると癇癪を起し暴走するのだ。故にまったく手に負えなくなる。
だから一番良いのは相手にしないこと。
しかし、この状況でそれは不可。だからどうにかしないといけないと考えていた八幡だが、その後出た言葉で彼の堪忍袋の緒は切れた。

「まぁ、そんな喧嘩腰になるなって。みんなでやった方が楽しいしさ」

そう言ったのは彼らのリーダーである葉山。
その言葉にそれまで耐えていたものがあふれ出した八幡は、仕事の時に近い殺気を放ちつつ、彼らに静かに話しかける。

「おい、葉山」
「えっと、君は…………」

八幡の声に葉山は顔を向けるが、普段から存在の薄い八幡が自分のクラスの人間であることすら分からず考え込む。
八幡はそんな葉山を気にせずに深く暗く、彼の心を抉るようににやりと嗤う。

「俺のことは別にいい。それより葉山………葉山 隼人。サッカー部のエースであるお前がそんな事を言うのか? 部活で必死に練習している人間に対し、お遊びですねとお前はせせら笑うのか? いやはや、天才(笑)様には驚きだな。それを他の学校のサッカー部の連中にも言ってみたらどうだ。お前等の練習なんてお遊びだから意味がない。だから俺と一緒に遊んだ方がまだマシだってなぁ」
「な、そんなことは………」
「ないと言うのか、この状況で。こちらは正式の許可を経て使用している施設に無許可で勝手に練習に乱入しようとしている不躾な輩のご退場を願っているというのに? お前はこんなにも一生懸命な戸塚の練習を自分たちの娯楽のために潰そうというか? いやはや、随分と傲慢だなぁ、お前。クラスで人気者は何をやっても許されるとでも思ってるのか?」

八幡の言葉に顔をどんどん青ざめさせていく葉山。
そんな葉山の様子を見て三浦が慌てた様子で八幡に喰ってかかった。

「ちょっと、いきなり何調子こいてるし! あーしは遊びたいからそう言っただけで、隼人は関係……」
「運動部でもない奴は黙ってろ。おい、葉山……自分の所の雌犬くらいちゃんと躾けておけ。飼い主の躾けのなさが伺えるぞ」

八幡の言葉に今度は葉山が顔を赤くし怒りをたぎらせるが、そこで彼は八幡と目があってしまった。
深い深淵を直に覗きこみ、そこに満ちる殺意を直に感じ取ってしまった。
その結果、葉山は言葉が出なくなり、体中から冷や汗が吹き出す。本能が逃げろと叫ぶのを彼は確かに聞いた。
そんな葉山に八幡は少しだけの慈悲をくれてやった。

「お前も運動部の人間なら、その練習がどれだけ過酷なのかは分かるよなぁ、葉山。お遊び程度の練習をしてる奴が強くなれるわけなんてないからなぁ。それが分からない間抜けじゃないはずだよなぁ。だから……強くなろうと必死に頑張ってる戸塚の邪魔をするなんて『酷い』ことをするわけないよなぁ、なぁ……みんなの葉山 隼人」

その言葉に今度こそ完璧に沈黙する葉山。その身体は寒さに凍えるかのように震え上がっていた。
これで葉山は帰るだろう。
だが、それでも聞き分けのない奴もいるわけで、八幡に向かって睨みつけてきた三浦に対し、八幡は最後の警告を行う。
それまで持っていたボールを上に投げ、持っていたラケットを構える。

「三浦、そこを動くなよ」

その言葉を告げると共に、落ちてきたボールを八幡は渾身の力で叩きつけた。
今まで学校では見せたことのない、比企谷 八幡の『本来の能力の全開』。
それを叩きこまれたボールはラケットによって潰されかけ、ラケットはその衝撃び耐えきれずガットを何本も千切れさせる。
そこから発射されたボールは彼らの認識出来る速度を超えて飛び、瞬時に三浦のすぐ近くの足元へと着弾し、盛大に地面を爆ぜさせた。

「え………」

そんな言葉が三浦から洩れる。
ボールは本来地面に叩き付けられるとバウンドする。
だが、彼女の足元に飛んできたボールは跳ねることはなく、深々と地面に突き刺さり周りの土を吹き飛ばして小さなクレーターを作り上げていたのだ。
その威力は凄まじく、彼女たちの心を凍りつかせるには十分だった。
それを見計らってか八幡は極悪な笑みを浮かべながら彼女たちに告げる。

「これは最終通告だ。このボールはこれから戸塚が受ける予定のサーブでもある。コイツを返せる自信があるのなら遊んでもいいが、俺は容赦なくこいつをお前の顔面に叩きつけるぞ。悪いが素人なんでな、手加減が苦手なんだ。だから何回お前の顔にこれが当たるかは保証できないぞ。それでも…………やるか?」
「ッ!」

その言葉とともに三浦は顔を真っ青にしてに出すかのようにテニスコートから飛び出していった。それを葉山達は追いかける。
一連の騒動を見ていた3人はポカンと口を開けて驚きを顕わにしている。
そんな彼らに八幡はにっこりと、濁った眼で笑いかけた。

「さぁ、トレーニングを始めるぞ」

すっきりとした様子の八幡の顔は、彼らから見て本当に悪魔のように見えたという。







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