それに途中の話し方が『亜人』の佐藤さんみたいになっていますよ。
午前中に川崎 沙希について少し考えた八幡だが、他人の事情に首を突っ込むわけにもいかないと思いそれ以上考えるのをやめた。
自分ですらそうなのだから、仕事でもないのに他人のプライベートを探るのはよろしくないからだ。
だからそれ以上は考えずに通常の生活に戻る。
普通に授業を受け、普通に昼食を取り、普通に放課後を迎える。
そして部活に行くのだが、今回は部室に向かうことはせずに雪乃、結衣、それに戸塚の3人と共にある場所に来ていた。
それは所謂ファミリーレストラン。お手頃な価額で飲食が出来る家族や学生に優しいお店である。
その中の一つのテーブルに八幡達4人は席に着いていた。
ここが飲食店である以上料理を食べに来た………と言うわけではない。
実はこの場所でテストに向けて勉強をするために来たのだ。
事の発端は八幡がこれから部活行こうと下際に結衣に呼び止められたことである。
別にクラスメイトなのだから呼ばれることなど普通であり、その事に対し誰かが何かを思うと言うこともない。八幡はその呼びかけに対し、普通に対応する。
「どうしたんだ、由比ヶ浜?」
彼の問いかけに対し、結衣は少しだけすがるような、心細そうな表情で八幡に両手を合わせてきた。
「ヒッキーお願い! 私のテスト勉強を手伝って!」
そして結衣が語るに、近々ある中間テストに向けて一緒に勉強会をしようと言うことらしい。何でも結衣は成績があまりよろしくなく、下手をすれば赤点になりそうなのだと。それを回避したく、こうして誘っているようだ。
それは良いのだが、八幡はそんな彼女を心細くするような事を言う。
「それは良いんだが、俺の成績だってそこまで良くないぞ。いつも平均だし順位も真ん中だし」
勿論本当の事である。
八幡の成績は順位的に丁度真ん中。点数も平均点より少し上か下かといった具合なのである。人に物を教えられる程に頭はよろしくない。
と、そう言うことになっているが実はこれ、嘘なのである。
八幡の能力を見れば、普通に高得点を出せるのは目に見えている。しかし、そこで敢えて八幡は悪い点数を取っているのだ。
良い成績を取ればそれはそれで目立ち、悪すぎる点数を取ればそれはそれで目立つ。
目立つことを極端に嫌う彼にとって、それはあまりにも不都合。だからこそ、八幡はいつも『狙って平均的な点数』を取っているのだ。それも違和感を感じさせないようにカモフラージュをしながら。
だから本当は教えるのだって問題はない。だが、平均的な成績ということを言った理由は自分の成績について語ることでそこまで期待しないでくれということを提示しただけなのだ。あくまでも自分は普通ですよというように。
いくら親しくなった相手であろうとそれは変わらない。
しかし、結衣は八幡のそんな言葉に軽く首を横に振り力強く答えた。
「大丈夫だよ! だって私よりも頭いいし」
単純にして真っ直ぐな答え。
そう答えられたのなら、八幡は特に言うことはない。
「わかった。そこまでお願いされたら断れないしな。いいよ」
「うん、ありがとう、ヒッキー!」
八幡の同意を得て嬉しそうに笑う結衣。
こうして勉強会をするということになったわけなのだが、流石に成績の悪い結衣と平均的な成績(偽装)の八幡では開いてもそこまでの勉強になるとは思えない。
そこで更に雪乃にも手伝ってもらおうと思い、八幡は結衣に雪乃も誘うように言った。
そんなやり取りをしている二人に向かってある人物が話しかけてきた。
「もしかして勉強会をするの? いいなぁ、僕もいいかな?」
そう声をかけてきたのは同じクラスメイトの戸塚である。
以前の依頼以来仲が良い友人であり妙に八幡に懐いているからなのか、今も見ていて尻尾を振りまわしている子犬のように見える。
そしてその問いかけに対し、八幡は雪乃にメールしている結衣に入れて良いのかを聞き、戸塚も勉強会に参加することになった。
部室でやるのも良いが、たまには場所を変えた方が刺激があってよいということもあり、こうしてファミリーレストラン……『サイゼリア』に来たのだ。
4人で席に座り、飲み放題にしたので各自で飲み物を淹れて自分たちの前に勉強道具を広げ始める。こういったお店は学生にも優しいので勉強などの長居をしてもそこまで文句は言われないのだ。
そして勉強を始める4人。八幡や雪乃は各自で復習し、それに戸塚も習う。
当然結衣も同じように復習を行うのだが、分からない所が多くて度々八幡や雪乃や戸塚に聞いていた。
それだけならまさに静かに勉強をしているのだが、流石にすぐ飽きてしまう。
なので少しでも飽きないよう結衣と雪乃はクイズ形式で問題を出し合っていた。
「じゃぁ次はゆきのんが問題を出す番ね」
「では、国語から出題。次の慣用句の続きを述べよ。『風が吹けば……』」
良くある国語の問題。その問題に対し結衣が出した答えは……。
「ん~………京葉線が止まる?」
その答えに流石に静かにしていた八幡は突っ込みを入れた。
「由比ヶ浜、そういった慣用句は昔の言葉だぞ。それも江戸とか鎌倉とかそれぐらい古い時代の奴だ。その時代に京葉線が走ってるわけないだろ」
まるで駄目な子を見る目をする八幡。だが、馬鹿な子ほど可愛いと言うこともあってなのか、結衣は八幡にそう言われえへへと誤魔化すように笑った。その様子はそれで男心をくすぐる可愛らしさがあった。
そんな結衣に雪乃は呆れつつ答えを告げる。
「正解は『桶屋が儲かる』よ」
「何で桶屋が儲かるの?」
その答えを不思議そうに首をかしげる結衣。その理由を雪乃は細かく丁寧に教えてあげた。それを聞いた結衣は少しだけ納得し、頭が良くなったような気がすると満足そうだ。
そんな結衣に雪乃は第二問を出す。
「では次は地理より出題。千葉の名産を二つ答えよ」
その問題に結衣は少し考え、そしてこう答えた。
「みそピーと……茹でピー?」
「落花生しかないのか、千葉県は」
その答えに突っ込む八幡。別に結衣の答えが間違っているとはあながち言えないのだが、それでも落花生だけでは不正解だろう。
「落花生も有名だが、それ以外にも枇杷なんかも有名だし、それらを使った菓子なんかも有名だ。だから落花生と枇杷で正解だろ」
「まぁ正解と言えばそうね。それ以外にも海産物もそうだし、あなた達が知らない名産品も多くあるわ」
八幡の答えに雪乃がそう捕捉を入れる。
それを聞いて結衣は感心した様子だ。
そんな風に勉強していた八幡達4人。勉強も進みそれなりに充実した時間が流れる。
そんな4人に突如として声がかけられた。
「あぁ、お兄ちゃん!」
その声に八幡は振り返り、そして声をかけてきた人物の名を告げる。
「小町、こんなところでどうした?」
そこに居たのは八幡の妹である比企谷 小町。八幡と似たようなアホ毛があるも目は澄み切っていてる可愛らしい少女である。
小町は八幡に対し少し難しいような顔で答えた。
「いや、友達から相談受けてて」
その言葉とともに隣に立っていた『男子』が軽く会釈する。
それを見た八幡は顔を少しばかり険しいものに変えた。一瞬だけだが、確かに彼は顔を変えたのだ。
そして相談に乗るはずなのに、何故か小町達はは八幡達がいる席に相席してきた。
どうやら八幡と親しくしている雪乃達に挨拶がしたいようだ。
「いやぁ~、どうも、比企谷 小町です。兄がいつもお世話になってます」
身内がお世話になってますと言った感じに微笑む小町。それは年相応に可愛らしいものであり、隣に座っている男子が見惚れていたのを八幡は見逃さない。
そして雪乃たちも皆小町に挨拶をするのだが、そこで戸塚を女と間違えるハプニングが起こったりなどしたが問題なく雪乃達は小町と仲良く話していく。
「いや~、まさかお兄ちゃんにこんな可愛い人達と親交があるなんて思わなかったから、小町嬉しいです」
その言葉に頬を赤らめる雪乃、結衣、そして戸塚。
八幡は少しばかり突っ込みたくなったが我慢する。
「皆さん、兄のことをこれからもよろしくお願いします。お兄ちゃん、私の所為で今まで学生らしいこと、全然できなかったから……」
少し悲しそうな顔でそういう小町。そんな小町に八幡は彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。
「何度も言ってるが、別にお前の所為じゃないって言ってるだろ。それに俺はしたくてそうしてるんだ。だからお前は気にせずに今を楽しめ。お小遣いに不満があればもう少し検討してやるから」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん。お小遣いは十分だから」
八幡の言葉に小町は嬉しそうに頬を赤らめつつそう答える。
その様子に雪乃達は感心した様子で八幡達を見ていた。
「あの比企谷君がこうも真人間に見えるなんて……目は濁ってるのに」
「ヒッキーちゃんとお兄ちゃんしてるんだね」
「八幡カッコいい……」
その言葉に気恥ずかしそうに顔を背ける八幡。顔は耳まで赤くなっていた。
と、そんな風に温かな雰囲気になっていた所で忘れられそうになっていた男子が声を出した。
「あの、川崎 大志っす。比企谷さんとは塾が同じで。姉ちゃんが皆さんと同じ総武高の二年っす。名前、川崎 沙希って言うんすけど……」
その何覚えがある八幡は当然彼女のことを考えるのだが………残念なことにそれ以上の問題が八幡に起こっていた。
「ほう、小町と一緒の塾ね。それに見た所同じ学校のようだな」
「は、はいっす……」
相談をしようとしたはずなのに、まるで殺人鬼に見つめられているかのような雰囲気を感じ取り大志は顔を強張らせる。
突如とした変わった八幡の様子に雪乃たちも少しばかり緊張し始める。
「ところで川崎君? 君、小町を見てどう思う?」
八幡は如何にもな作り笑顔を浮かべつつ大志にそう問いかける。
その質問に対し、大志はどう答えて良いのか迷いながらも当たり障りがない答えを返した。
「その………可愛いと思いますよ。クラスの連中に比企谷さんのファンも結構多いっす」
普通と答えるのもどうかと思いこの返答。当たり障りがなく、尚且つ真実を述べているだけに信憑性は高い。
「そうか、やはりそう思うよな。俺から見ても小町は可愛いからな」
八幡はそう答え、それを聞いた大志はほっとしたのか肩を撫でおろす。
だが次の瞬間にがしっと大志の両肩は掴まれた。
それと共にすぐ目の前に八幡の顔が現れる。
「だから………小町に手を出そうとか、考えたりしちゃ………いけないぞ」
「ひっ!?」
真っ直ぐに大志を見つめる八幡。その目は濁り切っており、大志の精神を不安定にさせる。
そして掴まれている肩により力が込められた。
「もし、小町に手を出したりしたら…………その時は君………数トンの重りとともに千葉の海に沈んでもらうか、もしくは………数十キロの爆薬とともに君の身体を亡国の潜水艦の魚雷発射管の中に詰め込み容赦なく発射してもらう。天皇陛下と俺の上司に誓って絶対にだ。出来ないと思うだろ? 悪いがこちらにはその伝手がある。だから今すぐにでも君を………」
「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
八幡の脅しに大志の精神は限界を超えかけていた。あと一歩踏み出せば崩壊するだろう。
そんな大志を助けるべく、何処から持ち出したのか小町が八幡の頭をハリセンでひっぱたいた。
「お兄ちゃんストップ! 何友達を怖がらせてるの!」
「いや、お兄ちゃんはお前に変な虫が付かないようにだな……」
「言い訳なんて聞きません! 大志君に謝りなさい!」
小町にそう言われ八幡は仕方なく大志に謝る。もうその頃には先程まであった狂気が薄れており、大志は何とか返事を返せた。
そんなやり取りを見て雪乃達は色々な事を考えさせられた。
(彼、所謂シスコンという奴なのかしら? でも、それだけ妹さんのことを心配していると言うことでもあるし……怖かったけど少しだけ羨ましいかもしれないわね)
(ヒッキー怖かったよ~~~~~~! あんなに怒るなんて思わなかったし。でもそうなると案外一番のライバルは小町ちゃんってこと……なのかな)
(八幡ってあんな風にもなるんだ。僕はあんな風になれないから凄いなぁ)
各自がそんな事を思いつつ、大志はやっと相談を持ちかける事に成功した。