大志からの情報提供でより推理を進める八幡。
分かった事実は川崎家の経済状況。きっと今年になって大志が塾に通い始めた事と何かしらの関わりがあるのは目に見える。
だからこそ、もっと調べるためにはどうするべきかを考える…………なんてことは彼にはない。
既に次にすべきことは分かりきっている。だから八幡は焦ることもなくそのまま家に帰ったわけなのだが、家に着いた所で何故かニコニコと言うかニヤニヤと言うべきなのか、そんな笑いを浮かべている小町と鉢合わせた。
「あ、待ってたよ、お兄ちゃん!」
上機嫌にそう言う小町。その顔は実に楽しそうだ。
その表情を見てきっと雪乃や結衣達と親しく楽しんできたのだろうということが予想される。依頼も大切だが、小町にはもっと色々と楽しんでもらいたいと八幡は思っているので彼女のそんな表情を見れて内心喜ぶ。
だが、小町がこのような表情をしていたのは、八幡には予想外の事でだった。
小町は待ち遠しかったのか八幡に素早く寄ると、手に持った携帯の画面を八幡に見せる。
その行動にてっきり連絡先交換でもしたのかと思った八幡であったが、映っているものを見てそうではないと判断した。
画面に映っているのは総武高の入り口の門の前当たりの映像であり、どうやら録画したものらしい。
そしてその場面に居るのは雪乃と、そしてダンボール箱に入った比企谷家の飼い猫ことカマクラ。
そして映像は動き、映っている雪乃は気付いていないのだろう。その事からこれが隠し撮りされたものであることは明白。いけないことだと言うことは小町も分かってはいるのだろうが、彼女はこういった悪戯が好きだったりするので仕方ない。八幡自身強く言おうとは思わないのだ。小町が楽しんでるのならそれで良いと。あまり行きすぎるようなら注意はするが。
撮られているとは知らない雪乃はダンボールに近付きしゃがみこんだ。
そして…………。
「にゃー、にゃー」
『にゃー』
「『にゃー』」
それは今まで彼女を知る者なら目を疑うものだった。
あの雪ノ下 雪乃がまさか………猫相手に猫語で話しかけているなどと誰が思おうか。
本当に通じているのかは怪しいものだが、互いの顔を見つめ合いながら話しかける様は本当に会話しているように見える。
その時の雪乃の表情はいつもの緊張が混じったキリッとしたものではなく、子供のように幼く可愛い安らかな笑みを浮かべていた。
そして映像は続き途中でぷつりと切れた。録画時間が終わったのか、もしくは何かしらの連絡が入ったのだろう。
八幡がそれを見終えるのを確認し小町はテンション高めに八幡に話しかけた。
「ねぇ、どう雪乃さん! すっごく可愛いでしょ!! まさかクールな人だと思ってたけど猫が大好きだったなんて思わなかったよ! カーくんを貸してあげたら凄く撫でてあげてて、カーくんも気持ち良さそうだったよ。うん、こんなギャップが堪らない! お兄ちゃんはどう? 雪乃さん可愛い?」
小町の問いかけに八幡はどう答えるべきか悩む。
正直いつもと違った雪乃を見れて嬉しいと思ったし可愛いとも思った。
だが、それを素直に言うのはどうにも憚られる。
だから八幡はその感情がバレないように平静を装いつつ答えた。
「まぁいいんじゃないか。誰にだってそういう一面はあるものだしな」
実に曖昧な答えだと八幡は思うがそれで良いと思った。少なくても余計な追求はされないはずだと。
だが相手は素人ではない。八幡と15年間一緒に生きてきた間柄なのだ。
その答えに小町はニヤニヤと笑いながら判決を下す。
「お兄ちゃん、顔が赤くなってるよ。もう、誤魔化そうとしてもバレバレなんだから。雪乃さんを可愛いって思ったんだね。うん、お兄ちゃんも青春してるようで小町は満足だよ」
「いや、そんなことは…………」
「知ってる? お兄ちゃんって誤魔化そうとする時目を逸らすんだよ。今回もそうだしその上顔を赤くされたら誰だってわかるよ」
「ぐっ………」
様々な事に精通しているレイスである八幡だが、どうにもこの手の話と最愛の妹相手に隠し事は苦手なようだ。ただし、『仕事』の事だけは死んでも隠し通す気でいるが。
八幡は尚もニヤニヤと笑う小町にこれ以上追及されるのを恐れ、話題を逸らすことにした。
「そ、そう言えば結局カマクラを連れて行って何をしたんだ?」
多少強引だがそう聞かれれば小町は答えない訳にはいかない。何せメールをした本人なのだから。
八幡にそう聞かれ、小町は素直に答える。
「えっとね、お兄ちゃん……アニマルセラピーって知ってる?」
「あぁ、一応な。それで?」
「うん、雪乃さんはどうやらカーくんを使って川崎君のお姉さんの心を安らげようとしたの」
どうやら精神的に緩ませた後に働いている理由などを聞こうとしたようだ。
「ちなみに発案者は?」
「雪乃さん」
こういっては何だがどうにも個人的な意思が混じっていた。だからあのような映像が出来あがるわけだと八幡は納得する。
つまり雪乃は猫好きだと判明した。
「んで結果は?」
「失敗。お姉さんを待っていた所で川崎君から連絡が来て、お姉さんが猫アレルギーだってことが分かったから。流石に猫アレルギーの人相手に猫けしかけて癒されて下さいってのは無理があるから」
確かにその通りだと八幡は思った。
結局この日はその作戦だけで終了し帰ったらしい。
結果は惨敗、何も判明していない。強いて判明したことは川崎 沙希が猫アレルギーだということだけである。
だから少しだけ落ち込む小町。逆に彼女は八幡の方はどうだったのかを聞き始めた。
「お兄ちゃんの方はどうだったの? 何かわかった?」
その問いかけに八幡はいいやと軽く首を横に振る。
「あんまり。分かったのは大志が今年から塾に入ったことくらいだったよ。それは小町も知ってるだろ」
「うん………そっか~、やっぱり難しいね」
「そう簡単に分かったら皆苦労なんてしないからな」
お互いに調査が進まないことに若干落胆しつつも気にせずに二人は夕食を取ることにした。
翌日になり、いつも通りに学校に通う八幡。
この日も川崎 沙希は遅刻真近だったことから昨夜もバイトだったことが伺える。
時間は過ぎて昼休みになり、八幡は雪乃達と一緒に昼食を取ることに。
思春期の男子なら雪乃と結衣という美少女二人と一緒の昼食など心躍るものだが、この昼食の意味を知る八幡にそのような事はない。
「何かわかったことはないかしら?」
食事を済ませた後に雪乃がそう聞いてきたんは勿論八幡の方の成果についてである。
その質問に対し八幡は正直に告げた。
それを聞いた雪乃は何かを考え込み、考えている間に結衣が自分たちの成果を八幡に報告する。聞いた内容は昨日小町から聞いたものとほぼ一緒であった。
お互いの調査が進んでいないことを確認し合い落ち込む3人。
その後は今後どうするかを話し合いながら時間になり次第解散となったのだが、その前に八幡は雪乃に話しかけた。
「あぁ、雪ノ下。そのだな………暇があったら家に遊びにこないか?」
「!? い、いきなり何を言い出すのかしら!」
「ひ、ヒッキーいきなり何言ってるの!」
八幡の誘いを聞いて顔を真っ赤にして動揺を顕わにする雪乃。そしてそれを聞いて同じく動揺する結衣。
誰だってそう言われればこのようになってもおかしくはない。
八幡の言葉を解析すると、それはつまり異性の家に来ないか、という誘いにしかならない。高校生がそんなことを言えばどうなるのか……それはもう相手を意識してしまうだろう。
(な、何でいきなりそんな急に………で、でも誘われたということはそういう気が彼にもあるということで………やだ、身体が熱くなってきた……)
(ま、まさかゆきのんが! で、でもヒッキーのことだから少し違うことかもしれないし……でもやっぱり私だって誘われたいなぁ)
そんな二人の様子に何故そうなってるのか少し分からない八幡であるが、とりあえず話を進める。
「いや、そのだな……雪ノ下、猫好きだろ。だから家に来ればカマクラ触りたい放題だし、小町も喜ぶと思ってな。俺が家を空けがちだから小町と親しくしてくれると嬉しいし」
その言葉にやっと八幡が言いたいことが分かってほっとする結衣。
(やっぱりそんなことだと思った。ヒッキー、そういうの鈍いし……ゆきのんには悪いけど、よかった……)
しかし、雪乃はそれどころではなかった。
「な、何故私が猫が好きなんてことになってるのかしら? その根拠は?」
動揺のあまり言葉が可笑しくなりかける雪乃。
何せ八幡がそれを知っているのはおかしいからだ。
そんな雪乃に対し、八幡は顔が熱くなるのを感じつつ目を逸らしながら昨日小町に見せて貰った動画の話をし始めた。
「昨日小町が内緒で撮った動画なんだが、そこにその………お前がウチのカマクラと猫語で話しているところが映っていてな………」
「ッ!? そ、そんな、あぁ…………」
八幡の言葉に顔が一気に真っ赤になった雪乃。
そして八幡はそんな雪乃にトドメを刺す。
「そのだな……いつもと違った雪ノ下が見れてその………か、可愛いとは思うぞ」
それを聞いた途端、雪乃は……………。
「…………きゅーーーー………」
顔を真っ赤にしたまま気絶した。
どうやら恥ずかしさやら何やらが感高まって暴走した結果のようだ。
そんな雪乃を心配し近付く八幡だが、余計に悪化すると思い結衣に止められた。
「ヒッキー、ちょっとずるい」
「何がだ?」
「何でも、ふん!」
雪乃の介抱をしながら結衣は不機嫌そうにそう漏らす。
しかし、その言葉は八幡には届かず昼休みは終わった。