俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn
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ちょっと切なく八幡が頑張るお話です。


第32話 俺は彼女の望みを叶えたい

 昇降口で少しばかりのトラブルがあったとはいえ川崎 沙希は問題なく下校した。
八幡はそんな彼女にバレぬように出来る限り気配を消して彼女の後ろを尾行する。まぁ、そもそもこの男が仕事並みに気配を消したら普通の人間にはまず感知不可能なのだが。
それを理解しているとしても八幡は手を抜かない。そう考え手を抜いていては、いつか必ず油断に繋がることを彼は察しているから。今までバレたことはほぼない。だが、それがこの先ずっと続くかは別であり、その上弱点があるのだからバレないということはないだろう。だから持ちうる能力を使って常に手を抜かないと決めている。別に全力を常に出していると言うわけではない。適材適所に最適な力を必要な分だけ使っているというだけだ。そこに油断も慢心もない。
そんな真面目な姿勢で事にあたる八幡。彼は彼女に気付かれぬように距離を離しながら追いかける。
学校を出た後、彼女は真っ先にとある場所に向かった。
それはバイト先でもなければ年相応の施設でもない。そこは幼い子供たちが多くいる保育園であった。
そこに着くと彼女は学校では見せたことのないような柔らかな笑みを浮かべながらその門を潜り、近くにいた保育士に話しかけた。

「いつもどうもすみません。妹を迎えに来ました」
「あら、川崎さん、いつも御苦労様です。本当に良くできたお姉さんですね」
「いや、そんなことは………」

川崎 沙希は保育士にそう言われ顔を赤くしつつ目を逸らす。
その姿は学校で見せていた表情とは違い、年頃の彼女の表情なのだと思い八幡は少しばかり見入ってしまっていた。
彼女は凛々しく綺麗であり、可愛いと言うより格好良いという言葉が似合う。だが、この時確かに彼女は可愛かったのだ。
そんな感情を抱いた八幡はもう少し私的に彼女のことを見たくなった。
そして彼女が来たことを知ったのだろう。彼女と同じ髪色をした幼い女の子が彼女に向かって飛びついて来た。

「あ~~~~、さーちゃん!」

飛びついて来た女の子を優しく抱きとめると川崎はまるで母親のような優しい笑みを浮かべた。

「もう、けーちゃん。そんなに駆けたら転んじゃうから駄目って言ったでしょ」
「だってさーちゃんがむかえにきてくれたんだもん」

どうやら女の子は彼女の妹らしい。
大志から情報を手にいれていた八幡はそれでやっと彼女がここに来た理由を察した。

川崎 京華………川崎家の次女にして末っ子である。

彼女の迎えはきっと川崎がしているのだろう。だから保育士があのように言葉をかけたのだと。大志から聞いた話では兄妹全員の世話は彼女が焼いているということからしい。だからこうして迎えにきたのだ……忙しい両親の代わりに。
そう考えつつ八幡は観察を辞めない。
目の前に広がるのは幼い妹を慈愛に満ちた目で見つめる姉であった。
保育園を妹と一緒に出た彼女は妹の手を繋ぎながらゆっくりとしたペースで歩いていた。きっと妹の歩調に合わせているのだろう。隣で楽しそうに笑う妹の様子を見ながら彼女は学校では見せたこともないような優しい笑顔を浮かべていた。

「けーちゃん、夜ご飯は何が食べたい?」
「ん~~~とね~~~。さーちゃん、けーかはんばーぐがたべたい!!」
「そっか、ハンバーグか。ん~~~と、確かひき肉はあったし玉ねぎも……うん大丈夫。それじゃけーちゃん、今日はハンバーグにしようか」
「うん!」

姉と妹と言うよりは母親と娘のような光景。
だが、そのどちらにしてもそれは優しさに満ちた世界だった。
それは八幡にはもう決して手に入らない光景。彼にはそんな会話を出来る相手はもういないし、小町がそう聞いても小町が作るならなんでも美味しいからと言って自分の要望など出さない。自分はそんなことをして良い人間ではないということは分かり切っているから。
だからなのか、八幡は川崎姉妹の姿を胸が温かくなると共に少しだけ寂しいと感じた。
他人の幸せを羨ましいと、少しだけ思った。
しかし、その感情はすぐに潰される。
そんなことを自分が思って良いわけがない。自分にそんな資格などない。小町が頼れるはずだった、甘えられるはずだった『父』を殺した自分にそんな価値はない。
だからこの時、八幡は少しだけ川崎姉妹のことが羨ましかった。



 その後も尾行は続く。
川崎は自宅まで帰り、洗濯物を取り込んだり風呂掃除をしたりなどの家事をした後に台所に立ち、先程妹の京華の要望に応えてハンバーグを作り始めた。
流石に自宅にまで侵入するのは憚られるので八幡は室内が覗ける外で彼女の行動を観察していた。
念の為本人の為に言っておくが、彼女の着替えなどは一切覗いていない。
年頃の男なら気になる所だが、八幡はそんなことは気にしない。必要な情報を得るためには不必要だからだ。
そして傍から見たら人の家を覗き込んでいる目が濁った少年という変質者そのものにしか見えない八幡だが、気配を消し切っているので誰にも見つかっていない。
こういう時こそ一番役に立つような気がすると八幡は少しだけ思った。
その事に安堵しつつ観察は続いていく。
その後、川崎家では二男と長男である大志が帰ってきて兄妹皆で夕飯を食べ始めていた。両親はまだ帰ってこない様子。両親の分もちゃんと作ってある辺り、川崎はしっかり者なのだろう。良くできた娘だと思う八幡。
そんな光景に当然腹が空くわけだが、この程度の空腹など問題ないと八幡は無視した。サバイバルでも当然鍛えられたので三日間は何も食べなくても大丈夫なようになっているのだ。
だから問題はない。とはいえ流石に小町に悪いと思いメールを送る。
内容は今日は用事があるので夕飯は先に食べていなさいというもの。小町が作ったものを食べないなんて選択肢がない八幡は例え一緒に食べられなくても彼女が作った料理は絶対に食べると決めているのだ。
そのメールの返事はすぐに返ってきた。

『うん、わかった。でも無茶は駄目だからね』

その言葉に胸が温かくなる八幡。それだけで満たされる気になりより頑張ろうという気になれる。
だからもっと彼女を調べようと八幡は動く。
 家事を終えて夜が深まりつつと彼女は家を出た。
家では妹は既に眠ってしまい、弟たちも各自の部屋にいるらしい。だから彼女の行動を気にする者はいない。長男である大志は気にしているようだが、八幡達に依頼していることもあって下手に動くのは良くないと判断し干渉しないようにしているようだ。
だから問題なく川崎 沙希は家を出られる。
そして夜の街へと向かうわけだが、まだバイトの時間には速いらしい。
駅前にあるワクドナルドに行き、ドリンクを頼むと席に座ってそこでノートや参考書などを広げて勉強をし始めたのだ。

「この問題、少し難しいかも………」

そんな風に言葉を漏らしつつ真剣に問題に取り組む川崎。家では家事が忙しいのでこう言う時にこそ勉強しているようだ。
そして2時間程ワクドナルドで勉強した彼女は店を出て、バイト先である高層ビルの上階にあるバー『天使の階』に向かった。
その後はいつもやっているようにバーテンダーとして仕事をしているようだ。勿論年齢は偽って。
そこまで見届けて八幡は彼女の尾行を終了した。
そして考えをまとめる。
彼女がこんなバイトを始めたのは自分の大学費用を稼ぐため。そして彼女が如何に努力をしているのかを同時に知った。
そう考えると尚更彼女のバイトを辞めさせるのはどうかと思ってしまう。
彼女がしていることは確かに世間的にはよろしくない。だが、それは家族に迷惑をかけたくないからであり、自分のこれから先の人生の為に自分で行動している。
それはとても尊く偉大なことだ。この年頃の人間がそう簡単にできることではない。
とても立派だなことだと思う。世間的にはよろしくなくてもその志は、想いは確かに美しく綺麗で大切なものだ。
だから八幡は考えてしまう。彼女を心配する大志の気持ちも分かるが、それ以上に川崎の気持ちも分かる。
それはどちらも正しくて、どちらもお互いの事を思っている。
だからどうすればよいのか? 普通ならそこで行き詰まる。
大志の気持ちを優先すれば彼女は大学に行けない。逆に彼女の思いを優先すればこの先ずっと家族が心配する。
それだけならまだいい。だが、はっきりしていることもある。
このまま行けばそう遠くない内に彼女は身体を壊す。
今でさえ生活サイクルが可笑しくなっているのだ。その内そのズレはどうしようもなくなりやがては身体を犯し破壊する。
そうなったら大学どころの話ではなくなるだろう。
ならば大志が正しいのかと言えばそうとも言えない。あれだけ頑張っている彼女なのだ。少しでもその思いが叶えられても良いはずだ。家族思いのせめてもの我儘を、それも家族を慮って自分でその問題を解決しようとしている女の子の願いをどうして否定出来ようか。
だからどちらも正しいし、どちらも否定できない。
しかし、それでは問題は解決できない。このまま八幡が目を瞑っても解決はしない。
そしてこの問題はきっと………雪乃や結衣は関わっても絶対に解決できない。
言っては悪いが、これはもう奉仕部の解決出来るスケールを超えてしまっている。
魚の取り方を教えるのが信条というのなら、この場合は彼女に高金利で時間的な負荷がないアルバイトを紹介するということになる。
そんなものがあるわけがない。
そんなものがあるのなら、働く者は皆苦労しない。もしあってもそれは………裏側にある危険で怪しく疑わしいものだけだ。
そんなものを彼女に紹介するなんて出来るわけがないし、八幡は絶対にしたくない。
妹と一緒に帰るあの光景を見たのだ。そんな温かな彼女にそんなことは絶対にしてほしくない。
だから今回の依頼、絶対に失敗する。
もうそれは確定した。彼女の問題を解決するのに奉仕部では何もできない。
だから…………だからこそ、八幡は考えを変える。
ここから先は奉仕部としてではなく、八幡個人として動く。
川崎 沙希という家族思いの一生懸命な女の子を助けたいという想いを持って、自分と似ていながらもまったく違う少女の夢を見せてあげたいと願って。
八幡は大志と沙希の双方の願いを叶えるために、携帯で電話をかけた。
コールすること一回でそれは出る。

『どうしたかね、レイス8』

それは会社の上司にして比企谷家の保護者。
そんな上司に八幡は生まれて初めて我儘を言う。

「課長……すみませんが我儘を一つ、聞いてもらえませんか」

八幡の声に込められた決意を感じ取ったのか、課長は静かに聞き返す。

『話を聞かせて貰おうか』
「はい」

そして八幡が上司に話したのは、常識を疑うほどに馬鹿げた話であった。
それは絶対に可笑しいと誰もが言うだろう。正気を疑われてもおかしくない。
だが、それでも八幡はそれをお願いした。
そしてそのお願いとともにこうも付け加える。

「俺には意味のない物ですから。この先ずっと使われないものに意味なんてないですよ。だったら、それを有意義に使ってくれる人に使ってもらった方がいい。何より、俺がそう彼女にしてもらいたいと思ったんです。彼女が焦がれている夢を、俺がいらないもので叶えられるのなら、それだけで俺は嬉しいです。俺はもう決めてしまいましたしそれ以外を選ぶ気もない。でも、彼女は選びたくてそうしてるんだから、それを助けたいって、そう思ったんです。だから………お願いします」

その言葉に課長はしばらく考えた末に、八幡の……親友の息子が初めて言った我儘を聞いてやることにした。







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