俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn
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これで夏休みも終わりです。


第62話 俺は墓参りに行く。

 夏休みというのは感じ方次第でいくらでもその印象を変える。

一ヶ月半もあると考えることもあれば、だらだらと過ごしていたらあっという間に過ぎてしまったという感じ方もある。

感じ方は人それぞれであり、その時に何をしていたのかで時間への充実感は変わるだろう。

それは学生に皆与えられたものだ。

しかし、そんな中……彼はその時間の殆どを『仕事』に費やしていた。

別に本人にその意図があったわけではない。職場側が彼にいつも以上に仕事をさせたのだ。

その理由は単純。

 

『いつもは学校に行ってる分仕事を当てられるから』

 

実に単純で明快な理由だ。

学校に拘束されないこの長期間の休みこそ、いつも以上に仕事をさせるのにうってつけなのだと。

そのことに彼は文句などない。

彼はまだ年若いとはいえ、その精神は同じ年の人間とはかけ離れている。

それこそ、遊びに恋に、青春に、そういった若者の特権とは無縁だと自ら考えるほどに。

学生でありながら彼は既に社会人であった。言葉に矛盾が生じるだろうが、その言葉に偽りはない。何せ彼は社会人としての基準をすべてクリアしているのだから。

だから彼が働くことに違和感などなく、毎日が仕事漬けだとしても不満はない。

ここ最近はやけに彼らしからぬイベントが多くあったが、それも過ぎれば彼本来の日々を過ごすのみ。

家と職場先からの連絡により現場へと向かう日々。

忙しいとはいえそれに不満はなく、唯一の家族との時間も大切に過ごす。

彼にとってそれは充実した時間であった。きっと他の者が聞けばそんなことはないと言うだろうが。

はっきりと言ってしまえば、彼……比企谷 八幡は仕事狂(ワーカーホリック)なのである。

そんな八幡であるが、たった二つの日だけ、どのような理由があろうとも絶対に休みを取る日がある。

一つは唯一の家族にして最愛の妹である小町の誕生日。八幡は絶対にその日は休みを取り、彼女の誕生を心の底から祝う。それこそ我が子のことのように、父親のように全身全霊を持ってして祝うのだ。そのことに小町は若干の恥ずかしさを感じつつも喜んでくれる。

そしてもう一つは……………。

 

 

 

 夏の苛烈と言えるほどの凶悪な日差しが降り注ぐ。

その中で八幡は一人、そこにいた。

周りを見渡せば、そこら中にあるのは石で出来たナニカがそこいらにある。

その一つ一つには文字が掘られており、皆別々に文字が掘られている。その中で八幡が向かい合っているナニカに掘られている文字は………。

 

『比企谷』

 

そう、これは墓だ。目の前にあるのは八幡の姓である比企谷家の墓である。

そして同じように周りにあるのもまた墓。つまり八幡がいるのは墓地であった。

彼は自分の家の墓の周りの雑草を抜き、墓石に水をかけて磨き、そして花と線香を添える。

線香の独特の香りと煙が仄かに薫る中、八幡は墓に向かって話しかけた。

 

「一年ぶりだな………親父」

 

八幡が話しかけたのは墓に眠るであろうご先祖ではなく、唯一知っている比企谷の者であり彼にとって一番大切だった人。そして……一番の罪の象徴でもある父親であった。

八幡にとって父親は自分をそれまで育ててくれた大切な親であり、ある意味においては初めて殺してしまった人でもある。別に八幡が手を下した訳ではないが、もしあの時八幡があの場にいなければ、きっと父親は死なずに済んだのだから。だから彼は自分が殺したも同然だと思っている。

八幡が年に休むもう一つの日。それは父親の命日であり、彼からすれば大切な親を殺した日だ。

そのような日だからこそ、八幡は絶対に墓参りに来る。

本来であれば小町も一緒に来るべきなのだが、裏の事情のことからも小町には嘘の命日を教えており、その日に小町と一緒に墓参りをもう一回するようにしている。

だから八幡が墓参りをするのは2回。だが、本当の意味での墓参りはこの一回だけだ。

この日、八幡はこの一年を振り返ってのことを父親に報告するように静かに語る。

 

「今年もなんとか無事に生きてるよ。仕事は順調かな。とりあえず致命的なミスはしていない。まぁ、ちょっとばかしやらかして課長……武蔵おじさんにはこってりと絞られたけど」

 

苦笑しつつそう語る八幡。その様子は父親にその日あったことを報告する子供のように見えなくもない。

 

「親父から見て俺はどうかな? 上手くやれてるのか不安を毎日感じてる。周りは親父よりも断然上だなんて言うけど、俺はそんなことは絶対にないと思う。親父と同じコールサインになったんだから尚更に。誇らしくもあるけど、同時に責任も重大だ。親父はよくこの重圧に耐えてあんなに笑っていられたな。正直関心するよ。俺はまだ、そこまで上手くは笑えそうにない」

 

父親と同じコールサインになったことで、当時父親がどれだけ大変だったのかが良くわかる。

八幡はそのことを父親に毎年報告している。

憧れであった父親と同じ役職に就き、働く毎日は確かに大変ではあるが、同時に父親との繋がりが感じられる。同じ立場になったからこその苦労を父親に聞いて欲しいのだろう。それはまるで父親とのコミュニケーションのようだった。

八幡はそれからも仕事のことについて語る。

時に笑いながら、また時には愚痴りながら。いろいろなことを墓に向かって報告していく。

その報告は言うなれば八幡の成長の報告。もう死んでしまった父親に少しでも息子の成長を知ってもらいたいというものでもある。

だが、それはあくまでもオマケ。

八幡が墓参りをする時に必ず語るのは…………。

 

「小町も今年で中学3年生………受験生になったよ、親父」

 

八幡にとっての本題は小町のこと。

父親を早くに亡くした小町を父親のように見てきた八幡である。それを実の父親に報告するのは当たり前であり、また自分が上手くやれているのかを聞きたいというのもあった。

 

「あいつは総武高を受験したいって。別にそうじゃなくても他の高校もあるのにな。そう聞いたらこう答えてきたよ……『お兄ちゃんと一緒の学校に行きたい』ってさ。本当、妹にそう言われるあたり、俺はかなりあいつに甘えてるんだろうさ。不甲斐なさすら感じてくる。本当に良く出来た妹だよ」

 

小町のことを語る八幡はまさに父親のような顔であった。

そして八幡は小町の成長をそれこそ事細かに笑いながら報告する。自分のことなどどうでも良いと思っているからこそ、それ以上に小町へと愛情を注ぐ。

それが上手く出来ているのかと八幡は毎年父親の前で問いかける。それが毎年の墓参りの内容だろう。

そうして八幡は近況報告をしていく。

話したいだけ話し、聞いてもらいたいことを万遍なく言う。

 

「俺があの時あんなことをしたから、親父は死んでしまったんだ。だから親父は俺を恨んで欲しい。何なら祟ってくれ。だが、俺がそれで死ぬ前に、せめて……小町が立派になるのを見届けてからにさせてくれ。それが終わったら………いつ死んでもいいからさ」

 

そして最後の締めとして毎年こう父親に八幡は言う。

きっと恨んではいないだろう。父親はとても優しい人だったから。だが、それでも八幡は許せない。自分が憎くてしょうがない。だから懺悔の言葉としてこう言うのだ。

小町のことだけはと本当に願いながら。

 そして報告を終えた後、八幡は踵を返す。

次に報告を、墓参りをするのは来年だろう。だから出来るように、死ぬことを許さないように、そう思いながら八幡は墓から去って行く。

そのまま進もうとした八幡だが、突如として携帯が振動し始めた。

誰だと思いながら画面を見ると、そこには小町の名前が表示される。それを確認次第八幡は電話に出た。

 

「もしもし、小町?」

『あ、お兄ちゃんどこに行ってるの!』

 

電話越しに急に怒られ八幡は苦笑し、話をさらに聞くことにした。

 

『もう、せっかく雪乃さん達が来てるのに! 早く帰ってきて!』

「雪ノ下達がってことは………由比ヶ浜と川崎もか?」

『うん、そう! お兄ちゃんに会いに来てくれたんだから、本人がいないと話にならないの』

 

そう聞いて八幡は首をかしげる

何で一緒来ているのやらと。また随分と暇なんだろうかととも。

そこに恋する乙女の好を感じるというのはまったくない。純粋な疑問として八幡は感じた。

 

『あ、それと待たせた罰としてコンビニで雪乃さん達にお菓子買ってきて! ダッシュでね! その方が小町的に(義姉候補さん達)もポイント高いから!』

 

そして切れる通話。

八幡は小町の様子に苦笑しつつ駆け出す。

早く家に帰り、妹と友人達の相手をしなくてはと。

 

(あぁ、そうそう。親父、俺…………友人?が出来たと思う……たぶんだけどな)

 

八幡は最後にそう父親に報告した。

そのとき八幡には聞こえなかったが、墓から……父親は八幡にこう言ったような気がする。

 

(八幡………それはきっと友人というだけではないよ、きっとね)

 

その言葉は本人伝わることはない。だが、八幡の父親はそんな八幡を見ていて、きっと嬉しそうに笑っているはずだ。何せ………息子もまた大切なのだから。




次回から二学期!







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