俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

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ゆきのん可愛いですよね~。


第67話 俺は彼女に甘えられる

 放課後の会議室。

そこは本日も文化祭実行委員が使用としている。

いつもならそれなりの緊張を孕んだ空気だが、本日はそうではない。

何せ実行委員会のまとめ役である委員長がいない……のはいつもの話なので問題がないのだが、その代わりに実行委員会をまとめ上げていた才女『雪ノ下 雪乃』が欠席なのだ。

理由は皆知らないが、顔色の悪さなどから体調を崩したのは容易に想像出来た。

だからこそ、まとめ役を失っている実行委員会は戸惑いを隠せない。

何をして良いのか、何をどうすればよいのか分からない。

そんな行く先が真っ暗な状況に投げ出され、皆不安に駆られていた。

 そのあまり宜しくない雰囲気の中、突如として扉が開いた。

当然そこに皆の視線が集まるのだが、入ってきたものを見た途端に皆その状況に思考が追いつかず唖然としてしまう。

 まず最初に入ってきたのは見知らぬ男子。顔は端正だが目が酷く淀んでいる所為でせっかくの魅力が全て台無しにされている。

そんな男子がぐいぐいと引っ張り混んできたのは、彼等彼女等が見知った人物………文化祭実行委員長の相模 南だ。

彼女は皆から集まった視線を感じて恥ずかしいやら怒りやらで顔を真っ赤にして引っ張ってきた男を睨んでいる。

そんな視線なぞ気にすらならないと言わんばかりに男はズンズンと歩き、皆の視線が集まる中央の座席の前までやってきた。

 

「急な話だが雪ノ下は来れない。だから臨時で2年F組、比企谷が変わりを代行させてもらう。アイツに比べると不安が拭えないようだが、そこはここにいる『委員長』がちゃんとしてくれるはずだ」

 

軽い自己紹介をして皆の前に相模を差し出す八幡。その様子は下手人を捕まえてきたか岡っ引きのようにも見える。

差し出された南は皆からの視線を受け、それまで仕事をサボってきた負い目か顔を青くしていた。

 

 

 

 そして八幡代理によって始まった実行委員会。

八幡はそれまで雪乃が使っていた資料の山を手早く読み、大体の進行状況を把握して指示を出す。

 

「宣伝用のホームページの更新を急いでくれ。出来れば今日中にアップロード出来ればいい。最悪でも明後日までに出来ていなければ支障を来たす」

「まだ全てのクラスが出し物の詳細を報告して来てないようだ。それが判明しない以上全ての領収書を通すわけにはいかない。至急この出してないクラスに出向いて詳細を出すように言ってきてくれ。渋ったりするようなら出店を見直すことも辞さないと言えば無理にでも出すはずだ」

「ここの進行状況が遅い、急いで済ませてくれ。ここが終われば次があるんだ。一々待っていては切りがない。担当者は多少の無理をしても間に合わせてくれ。手段は問わない」

 

「「「はい」」」

 

八幡の指示に実行委員達は若干顔を青くしながらも従順に従っていく。

最初こそ大丈夫かと訝しがられたが、その指示の的確にして雪乃よりも苛烈な対応に皆感心した。

怖いが判断は正しく、まさに今の現状を改善するのに八幡は絶対に必要だと。

有能なトップがいればそれだけ下も活発に動く。故に彼等は八幡の指示に従いテキパキと仕事をし始めた。

そんな彼等を見つつ、八幡は手元にあるノートPCを高速で打ち込み書類をさっさと作りつつ隣に座る相模に紙の束を渡した。

 

「それを一枚ずつ確認して受領の判子を押せ、委員長」

「はぁ!? なんでウチが!」

 

それまでリーダーのように指示を出していた八幡が突如として自分に仕事を振ってきたことに反感を抱く相模。

そんな相模に八幡は目を向けずにその理由を説明する。

 

「何でも何も、そいつは文化祭実行委員長の仕事だぞ。お前がやらずに誰がすると思っているんだ? それにな、俺が今さっき出した指示は全部お前が出すべきはずのものだ。進行状況を把握していれば誰だって考えられるレベルの事だぞ。それすら今まで出来なかったのは、そいつにやる気がないだけだ」

「くぅ~~~~~~!? わ、わかったわよ、やればいいんでしょ、やれば!」

「ちゃんと一枚一枚中身を確認してから押せよ。出ないと後々ボロが出るからな。文化祭で名を残したいんだろ? 不名誉は残したくないんなら真面目にやっておけ、今までお気楽脳天気にサボりまくっていた委員長」

「っ~~~~~~~~~~~!?」

 

八幡に神経を逆撫でられて相模は逆キレしつつ渡された仕事をやり始めた。

その様子を見て皆が同意すると共に思う。

 

(((((この代理の前ではちゃんと仕事をしよう。でないと怖い目に遭いそうだ)))))

 

そう思わせるぐらい、八幡の仕事ぶりは別の意味で酷かった。

学生らしい遊びなど一切排除し、敏腕サラリーマンですら裸足で逃げ出すほどに計画的。その上書類不備なクラスには直ぐに出すよう勧告し、聞き入れられなければどこのヤクザだと言わんばかりに悪質な嫌がらせを平然と指示する。

雪乃の代理に来た人は、雪乃以上に苛烈で悪辣な人間だった。

だからこそ、皆その怖さに怯えつつ仕事を行っていく。

必然的に悪役のようになる八幡だが、皆その矛先を向けられたくないために必死になるので進行速度は寧ろ今までの遅れを取り戻して有り余るほどに速い。

目立ちたくない彼にしては珍しく目立つことになったが、それ以上に恐れられることになった。

だが、そのことに八幡は後悔していない。

ただ考えていたことは一つ。

 

『雪ノ下が帰ってくるまでに作業を規定以上に終わらせる』

 

彼女が倒れてしまったことに己の不甲斐なさと怒りを感じつつ、八幡は仕事に没頭した。

そして委員長は八幡の監視の下、無理にでも仕事をさせられることになった。

 

 

 

 雪乃はその日、文化祭の仕事を考えつつもベットで横になっていた。

本音で言えば無理をしてでも行くつもりだったが、八幡が見立てた通りに3日は休まなければならないことに。

あの後風邪気味だったのが悪化し、あっという間に熱を出した。

元からあまり体が強くない雪乃は微熱とはいえそれでダウン。彼女は自分の病弱さに己を呪った。

そんなわけでふて寝というわけではないが、仕方なくベットで横になる彼女。

そんな彼女に突如として来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 

「誰かしら?」

 

そう呟きつつ出ることにする雪乃はそこで予想通りな、だが予想通りなことが恥ずかしくて赤面してしまうような相手を見た。

 

『今大丈夫か、雪ノ下?』

「ひ、比企谷君!? そ、その、ちょっと待ってくれないかしら!」

 

八幡にそう言いながら雪乃は慌てながら部屋を片し始める。別に部屋は散らかってなどいない。単純に気持ちの問題だ。

少しだけでもいいから片付けを終えた雪乃は八幡に来訪理由を訪ねる。

 

「それで、どうして来たのかしら?」

『どうしても何も見舞いに決まっているだろ。まだ体調が悪い奴を心配することは当たり前だ。それも……自分の体調を考えずに突っ走りそうな奴なら尚更な』

 

そう言われ嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を紅くする雪乃。

八幡が自分のことを理解してくれていることが嬉しい。心配してくれることが嬉しい。

でもそんなふうにバレてしまっていることが恥ずかしい。

そんな乙女心に彼女は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くて仕方ない。

このやり取り、前もあったがまったく懲りないのか雪乃は恋する乙女全開だった。

そんな雪乃から許可を得た八幡は前回と同じようにエレベーターを乗って彼女の部屋まで来る。

そして部屋に八幡を招き入れた雪乃はパジャマに肩掛けという格好で八幡を出迎えた。

 

「いらっしゃい、比企谷君」

「邪魔するぞ、雪ノ下」

 

八幡にそう声を掛けつつ雪乃は彼をリビングに案内する。

案内された八幡は軽く雪乃に話しかけながら彼女の体の調子などを訪ね、雪乃はそれに対し素直に答えた。

 

「そうね……少しばかりだけど微熱があるわ」

「ちゃんと寝てないと駄目だろ、それは」

 

そう言われ、少しだけ強引にソファに寝かされる雪乃。

八幡自身も彼女の寝室に入るのはまずいと判断したからこその妥協案。

多少強引だが、そこがまた男らしいと少しばかり駄目な考え方になる雪乃はソファで仰向けになりつつも八幡を見つめる。

そんな雪乃に八幡は持ってきた手土産を彼女の前に出した。

 

「丁度良かったのかは知らないが、カップアイスを買ってきたんだ。安い奴だが文句は言うなよ」

 

その事に文句など雪乃にはない。

だが、ここで彼女の頭は少し……いや、かなりおかしな事になっていた。

現在の状況………意中の男子と二人っきり。しかも邪魔をするような存在の可能性無し。

自分の状態………微熱とはいえ少し倦怠感があり頭がボーっとする。

相手の土産………スプーンが必要な『カップアイス』。

 

結果………少女漫画にありがちな展開。

 

本来の彼女ならそんなことなど考えない。

だが、今では結衣や沙希、小町と仲良しな雪乃だ。女の子らしい『あれこれ』にも興味があり、それ故に影響される。

彼女はこれからする『お願い』に顔が熱くなるのを感じる。耳まで熱く、きっと鏡を見れば真っ赤になっているだろう。

だが、せっかくのこの時を、彼女は八幡と過ごしたいと強く思った。

だからこそ、震えそうになる体を何とか押さえつけ、喉から絞り出すように八幡に問いかけた。

 

「ね、ねぇ、比企谷君………前にその……言ったわよね?」

「何をだ?」

「ま、前にお見舞いに来たとき、その……甘えていいって……」

「ああ、言ったな」

 

その言葉を聞き、雪乃は目が潤みつつあるのを感じつつも八幡の顔を見つめる。

その様子は自然な上目遣いとなっていた。

そして彼女は自分でも驚くくらい甘い声を出した。

 

「だからね………その……アイスを食べさせて欲しいの……貴方の手で………」

 

それがどういう意味なのかなど、いくら鈍感な奴でも分かるだろう。

そのお願いに潤んだ瞳で上目遣いに甘える雪乃という『可愛すぎるギャップ』に八幡は………正面から顔を見れなくなってしまった。

ただ、この室内はきっととてつもなく甘い雰囲気によって満たされているということを二人は気付かないでいた。


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