今回は由比ヶ浜さんが可愛い。
雪乃のクラスのメイド喫茶にて本人達は知らないがものの見事にやらかしたのを見てほくそ笑んでいる静州とアリス。見ていて飽きがまったくこないのと職場では青春のせの字もない八幡の慌てふためく姿はまさに爆笑の一言に尽きた。まぁ、流石に表だって笑おうものならレイスナンバーズトップクラスの近接戦闘を叩き込まれることだろう。だから内心で腹を抱えつつ二人はニタニタと笑う。
そんな二人に沙希は分からないだろうが八幡は何となくで分かっているだけにジト目が絶えずにいた。
そんなわけで見られる側と見る側の一同は更に文化祭を回っていく。
静州は特に昔を懐かしみながら歩いているのだが、八幡からそんなに年齢はいっていないだろうと言われると苦笑を返した。
「まぁ、色々とあるんだよ。色々とな」
その言葉の真意は分からないが沙希は社会人というのは大変なんだなぁと思ったらしい。その言葉の意味が分かってしまう八幡とアリスは苦笑するしかなかった。この歳で『そんな仕事』をしているのだ。真っ当な人生など歩んでいないということははっきりとしているのだから。
その苦労なんかを考えてこれ以上掘り返すのは止めようと思い、その話題に触れるのは止めた二人。
そして一同は今度は八幡や沙希、結衣が所属する2年F組の出し物を見ることになった。
その意見に衣装を担当し、尚且つどういう話なのか知っている沙希は慌てた様子でこれを止めようとした。はっきり言ってアレは男が見るようなものじゃないと知っているから。
だが、そこはアリスと静州。この押しが強い二人によってその意見は却下となり、若干泣きそうな目で沙希は八幡を見るも、
「俺も少し気になるな。何せ一切参加していなかったから」
そう言われてしまい内心泣きたい沙希がいた。
八幡としては特に意味はないのだが、自分のクラスの連中がどのようなものを作り上げたのか見ておこうと思ったのだろう。
そして多数決の結果見に行くことになり、内心頭を抱える沙希。
「後悔しても知らない」
そう八幡に言い、その言葉の意味に少しだけ考える八幡だった。
そして4人による『星の王子様』の鑑賞が始まった。
「だから言ったじゃない。後悔するって」
そう言う沙希は少しだけ不満気でありながら八幡を心配する。
そう言われた八幡や静州は顔を青ざめさせており、特に静州は吐き気すら感じているようで口元を押さえていた。
「まさかあんなもんをこんな日の昇ってる時間にやるとか、最近の学生はぶっ飛んでるとしか言い様ねぇな」
「え、そう? アテ的には嫌いじゃなかったよ」
「それはお前がアレなだけだろ。俺はノーマルだっての」
発表していたのは名作『星の王子様』。独特でありながらも考えさせられる物語であり良き作品であった。
だが、それをどう改編したのか出てきたのは婦女子発狂確実のドがつくくらい凄いBL(ボーイズラブ)的な物へと変化していたのだ。本来ならばとても深い名台詞も配役を変え言葉のイントネーションを変えるとあら不思議、あっという間に婦女子が大好きなカップリングに大変身である。
見に来た女性達は配役がイケメンと美少年ということで大いに盛り上がるのだが、男から見たら怖気しか出てこない。
特に女性大好きなナンパ野郎である静州のダメージはかなり深いようだ。
「まさかあの名作がこんな迷作へと変わっていたとは…………………」
八幡はそう言いつつ額に手を当てる。正直頭が痛かった。
そんな八幡を見て沙希は心配してきた。
「大丈夫、比企谷? 何か飲み物でも買ってくるよ」
「すまん」
沙希はそう言って飲み物を買いに行く。
「俺、ちょっとトイレにいってくるわ。ぶっちゃけ吐いてくる」
「んじゃアテも一緒にいこうかね~」
静州とアリスもそう言って離脱した。
そんなわけで一人になった八幡。あまりここから動くわけにもいかないのでどうしようと思ったのだが、そこで後ろから声をかけられた。
「あ、ヒッキー!」
凄く嬉しそうな声に彼女の笑顔が浮かび、八幡はそれを思い浮かべて苦笑を浮かべながら振り返る。
「よう、由比ヶ浜」
声の持ち主である結衣はどうやら受付の仕事中らしく、席に座ってこちらに向って手を振っていた。八幡達が劇を見ている間に替わったようだ。
動くわけにもいかないし、何より嬉しそうに笑う彼女を蔑にするわけにもいかない。
だから八幡は結衣の所に行った。
「ヒッキー、劇どうだった?」
想い人に会えたことが嬉しいのか意気揚々な様子の結衣。そんな彼女に八幡は苦笑を浮かべ苦そうな言葉で返した。
「その、なんだ…………独創的だったな」
その返答に結衣も苦笑する。
「まぁ、そうなるよね。あれ、ヒナが監督をしたんだけど、ヒナはああいうのが好きだから」
友人の特殊な嗜好に彼女も苦笑するのだろう。見た目は最近の女の子だが、中身は一般的な感性なようだ。寧ろその『ヒナ』という女子がそんなぶっ飛んだ趣味の持ち主だったことに内心戦慄を覚えたくらいである。
そして二人で軽い会話を交わすのだが、結衣は八幡と話せるだけでも嬉しいようだ。
その様子を見て八幡はついつい零してしまう。
「何か由比ヶ浜って犬みたいだな。それも子犬」
「え、そ、そうかな…………」
「あぁ、何て言うか………見てて和む。可愛いからな」
「か、可愛い!?」
その言葉に顔を真っ赤にして俯く由比ヶ浜。八幡は気付かないが彼女の胸はドキドキと高鳴っていた。
(ヒッキーが可愛いって言ってくれた………えへへへへ)
可愛いと言われた結衣は嬉しそうに笑う。その顔につい見惚れそうになってしまう八幡だが、そうすると何やらいけない気がしたので顔に出さないようにした。
その代わりに顔を反らすと結衣の席の近くに置かれているものに気がついた。
それはビニール袋に入った四角い何か。それが気になり八幡はこの気まずい雰囲気を変えるべく話題をそれに向ける。
「なぁ、それってなんだ?」
そう聞かれ結衣は八幡の指したものを持ち上げると中身を八幡の前に見せて嬉しそうに笑った。
「これ? これはハニトー!」
それは四角いパンだった。見た限りスライスする前の食パンを使っているのだろう。パン屋に行けば普通に買える。それを名前からして分かるとおり蜂蜜を使ってトーストした物のようだ。それにこれでもかというくらい生クリームが塗りたくられている。
見ているだけで胸焼けを起こしそうな程に甘そうなそれを結衣は見ていて蕩けそうな程甘い笑顔になる。これが大好きだということがこれでもかと伝わってきた。
そう思いながら見ていた事が彼女に知れたのだろう。結衣は上目遣いになりつつ八幡に問いかける。
「ヒッキー、食べたいの?」
その質問の割に妙に艶やかな結衣に八幡はドキっとした。可愛いのに艶やかさが加わって若干だがエロスを感じさせる。
それを気取られたくなくて八幡は小さく答えた。
「……………少しだけな」
その返答が嬉しかったのか、結衣は満面の笑みを浮かべ手にしたハニートーストを千切る。
「ヒッキー……はい、あーん」
差し出されたハニートースト、それを恥ずかしがりつつも期待の籠もった眼差しを向ける結衣。
その二つに裏切ってはならないという強迫観念に駆られ、八幡はそれまでメイド喫茶でもしていた為か違和感なく普通に応じてトーストを食べた。
(甘い………限りなく甘い…………)
甘すぎてそれ以上の感想を持たない。見た目にそぐわない甘さであり、予想通り胸焼けを起こしかけた。
だが、それ以上に…………。
「どう、ヒッキー? 美味しい?」
彼女の期待の籠もった眼差しと笑顔が何よりも甘くて、八幡のが柔らかな胸焼けを起こした。
そんな彼女のずっと見ていたくなるような笑顔を曇らせたくないから、八幡は何とか言葉を絞り出した。
「あぁ、美味いな」
その言葉により笑顔を輝かせる結衣。
そんな結衣を見れて良かったと思った八幡だが、彼女がこれを本当に美味しいと感じているのか気になった。だからこそ、行動に移す。
結衣の方に手を伸ばし、ハニートーストの一番甘そうな部位を千切ると結衣の前に翳した。
「由比ヶ浜、ほれ」
それがはい、あーんであることなど直ぐに分かり、結衣の顔は一気に真っ赤になった。
そして何かを悩む素振りを見せつつ、そして何か決意を決めて口を開けた、
「あ~ん………」
その仕草が、その様子が何やらキスをするみたいで、見ていてドキドキしてしまう。
だから八幡は素早く結衣の口にトーストを入れた。
そして結衣はそれを真っ赤な顔のまま咀嚼して飲み込んだ。
「どうだ、由比ヶ浜?」
その質問に結衣は潤んだ瞳で恥ずかしそうにしながら答えた。
「その………凄く甘くて幸せな味がした」
そんな彼女と妙に気まずいが悪くない雰囲気になる八幡。これはこの後沙希が帰ってくるまで続き、そこでジト目で睨まれる八幡。その後静州とアリスが戻って来て結衣に挨拶し、会話に花を咲かせるも仕事のため手短にすませることに。
こうして文化祭はより盛り上がっていくのであった。
この時、八幡達はまだ知らない。
この文化祭で自分達がどう行動するのかということを…………。