文化祭も終わりに近づきつつあり、八幡達は最後のセレモニーを見るために体育館に来ていた。
「学園祭の締めとくればやっぱりバンドだな」
「そうなの?」
「いや、俺に聞かれてもわからない」
有志の出し物を見ながら静州がそう語るが、学園祭をロクに経験していない八幡とアリスでは分かるはずもない。なので二人してそんなものなのかと思いながら見ていることに。
歌にダンスに吹奏楽と様々な出し物が発表され、その度に回りは盛り上がりを見せている。八幡はそれを何となくで見て静州は年長ということで経験談を交えて年の割に落ち着きを見せない様子で語り、アリスはその感想を八幡と共に言い合う。
そこにあるのは年相応の感想ではなく、妙に達観的なものばかりでそれを聞いた沙希が苦笑し結衣がそんなことはないよとテンション高めに返していた。
そんな風に出し物を見ていたわけなのだが、どうにも様子がおかしい。その気配を感じ取ったのはほんの一握りであり、それは八幡達だけであった。周りはこの祭りの熱に浮かれ上がりそれに気付きそうにない。それは一緒にいる結衣と沙希も一緒であり、八幡達の表情を見てやっと違和感に気付いたようだ。
「なぁ」
静州の言葉に八幡は軽く頷き返す。
「あぁ、そうだな。妙に慌ただしい」
「こりゃトラブルの匂いがぷんぷんだにゃぁー」
アリスが何か面白そうなことが起こったとワクワクした様子を見せ、八幡はそんなアリスを窘める。
「ねぇ、何があったの?」
結衣が八幡達の様子を見て不思議そうにそう問いかけると八幡は結衣に話すかどうかを少しだけ考え、そしてやんわりと話すことにした。
「先程から何やら実行委員が慌ただしい。何かあったのかもしれない」
「何かって?」
「そこまではわからないが、トラブルがあったみたいだ」
「それって不味いじゃん!」
若干結衣の声が大きかった為に周りにいた生徒達は何やら怪訝そうな顔をする。その視線に気付き結衣は慌てた様子で愛想笑いを浮かべてごまかすことにした。
「取り敢えず文化祭実行委員会の方に行ってみたら。雪ノ下さんなら何か知ってると思うし」
「そうだな」
沙希からの提案で八幡は頷くと一同でその場から離れて文化祭実行委員が詰めている舞台裏へと向った。
「ゆきのん、何かあったの!」
文化祭実行委員会が舞台裏にて慌ただしく動き回っている中、八幡達はまとめ役をしている雪乃の所へと向った。そこで雪乃を見つけた結衣は凄い速さで彼女に駆け寄ると落ち着きのない様子で話を聞きにかかった。
そんな彼女に雪乃は落ち着くように言い、少しだけ勢いの弱まった彼女に話すかどうかを少し悩んだ。何せこれは文化祭実行委員会の問題であって関係ない彼女に話して良いものではない。
だが、そう言おうと今度は八幡が話しかける。
「お前が困っているんだ、だったら俺達を頼ってくれ。それとも俺達はそんなに頼りないか?」
「そんなことない!」
八幡の言葉に雪乃は少しだけ大きな声ではっきりと答えた。
八幡達が頼りになるということはこれまで一緒にいて良くわかっている。それだけ長い時間を過ごしているのだ、その信頼は揺るがない。
その言葉で決意を固めた雪乃は八幡達に現在の状況を伝えることにした。
「そろそろエンディングセレモニーが迫っているのだけれど、相模さんがいないのよ」
その言葉に何か問題があるのと首を傾げる結衣。そんな結衣に沙希が呆れつつも補足を入れる。
「問題があるの。アイツ、確か実行委員長でしょ? だったらこの後の挨拶なんかもしなくちゃいけなくなるはず。その本人がいないって言うんだから問題でしょ」
「あ、そうなんだ」
「それだけじゃないわ。優秀賞と地域賞の投票結果を知っているのは彼女だけなのよ。このままじゃエンディングセレモニーが始められないの」
思った以上に事が甚大であることに慌て始める結衣。そんな結衣に引っ張られそうになりつつも沙希は代案を雪乃に提示する。
「ねぇ、それって代役は立てられないの? 投票結果に関しては後日発表にするとかして」
「優秀賞はできそうだけど地域賞はこの場で発表しないと意味がないのよ」
その言葉に困り果てた顔をする雪乃。今から相模を探し出すにしても時間が足りないのだ。雪乃達が出来る事と言えばせめて出し物を長引かせたりするなどの時間稼ぎくらいである。それも長い時間は無理だ。
困った雪乃は必死に考え始め、結衣と沙希はそんな雪乃の為にも何か方法はないかと一緒に考え始める。
そんな彼女達を見て八幡はどうするべきかをほんの少しの時間だけ考え、そして直ぐに答えを出した。
彼は相方の方に目を向けると、静州はその視線の意味を察して不敵な笑みを浮かべた。
「任せろよ、相棒。何時間でも持たせてやる。今この場限りの最高のギグを聴かせてやるぜ」
そう言うと近くに置かれていたギターを掴み軽くいじくりながら雪乃に話しかける。
「雪乃ちゃん、ここは俺に任せてくれ。これでも宴会芸としちゃ悪くない腕前なんでね」
そう言いながらギターの曲の一節を弾く静州。それはかなり複雑で高度な腕がなければ弾けない程に難易度が高い曲であった。それを見事に弾き鳴らした静州はしたり顔で雪乃を見るが、雪乃はその見事な腕前に驚愕で言葉を失い周りにいた者達はその巧さに魅入られる。
そんな様子を見て時間稼ぎは十分だと判断した八幡は今度はアリスへと顔を向ける。
「『グレムリン4』、対象の捕捉を頼む。どれくらいかかる?」
八幡のその言葉にアリスはそれまで浮かべていたニヤニヤ笑いから深淵のような嗤いを浮かべる。
「は、馬鹿にすんなし。それぐらいアテなら一分もかからんよ」
その言葉に八幡は頷き今度は雪乃達の方に顔を向けた。その顔にあるのは彼女達を安心させるいつもの笑み。
「俺が相模を探してくる、だから待っていてくれ。絶対に連れてくるから。約束だ」
そう言うと八幡は早足で舞台裏から去って行った。雪乃達はその背中を見つめる。その視線に不安は一切ない。八幡がそう言うと安心出来るから。だからこそ、彼女達は八幡に聞こえなくても呟いた。
「貴方が約束してくれるなら、私達は絶対にそれを信じる」
「ヒッキーの為にも頑張るからね」
「絶対に長引かせるから」
その言葉を聞いていた静州はニヤリと笑いアリスはニヤニヤと笑った。
「まったく、ウチの大将はモテモテだね、こりゃ」
「何せアテの一番のお気に入りだからね」
そして各自は動き出す。
静州はギターを片手に舞台裏から颯爽と飛び出し、アリスは持ってきていたノートPCを起動させるとさっそくこの学校にあるカメラ、果ては道行く人々の携帯、そして遙か上空にある人工衛星まで『侵入』し『詮索』していった。
舞台裏から出た八幡は携帯を片手にさっそく連絡を入れた。
「グレムリン4、対象は見つかったか?」
その連絡にグレムリン4であるアリスが直ぐに答えた。
『当たり前だっての。その場から近い特別塔、その屋上に現在いるよ』
「了解、速やかに確保する」
そう言うと共に八幡は自身最高の技法である自らの存在感を限界まで消して気配をなくす。そして誰にも気付かれぬまま通路内を激走し、時に窓から飛び出して上の階にショートカットし一気に特別塔の屋上へと向っていった。
そして扉を開けるとその先には真下に広がる文化祭の様子を見つめたまま静かにしているショートカットの女子がいた。
それを確認し八幡はここでステルスを解除し彼女に近づく。
彼女からしたら突如として足音が聞こえてくるのだから、その恐怖に身震いしながら急いで振り返った。
「なっ、比企谷!?」
急に現れた八幡にショートカットの女子………相模は顔を引きつらせた。
そんな彼女の心情など八幡は気にしない。ただ事実だけを口にする。
「実行委員長のお前がいないとエンディングセレモニーが出来ない。だからとっとと戻れ」
その言葉に相模は俯きつつ答える。
「まだ始まってないの?」
「お前が優秀賞と地域賞の投票結果を持ってる。ソレがないと出来ない」
その言葉に彼女は自嘲めいた言葉を返してきた。
別に自分じゃなくてもいいだろうと。投票結果は渡せばそれでよいのだと。『私よりも優秀な雪ノ下さんがやれば良いのだと』。
その言葉を静かに聞いていた八幡はというと、特に感情らしい感情を浮かべることなく淡々と答えた。
「お前の言い分は分かった。だが…………それを聞いてやる理由はないし、何よりも…………自分が背負った責任だ。最後までちゃんと果たせ」
その言葉に相模は耐えきれず逆上した。
どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだと喚き散らした。
だからこそ、時間がないからこそ、八幡は単純に解決することにした。
気配を一気に消して急接近。そのまま彼女の首を左手一つで掴んで持ち上げ、そのまま落下防止の柵まで移動するや隠し持っていたナイフを使ってフェンスを切り裂く。
そしてフェンスがなくなった一角にて八幡は彼女を柵の向こう側へと運び、そして片腕一本だけで相模の足元をなくした。
足がつかないという不安定な状態に相模は言葉を失い恐怖する。
そんな相模に八幡は『仕事』の時のような冷徹で残忍気味な声音でこう問いかけた。
「俺達の言うこと聞いて大人しくしていれば何もしない。だが抵抗するならここで…………死んでもらう」
その言葉に相模の心は真っ青になった。