月の賢者【稀神サグメ】彼女が見た夢のと現実のスキマの物語

1 / 1
夢と妄想のスキマでスキマで

 私は、何かを忘れてしまっている。

 それが何なのかを、まったく思い出せない。

「ねえドレミ―、私は何を忘れてしまったのかしら」

 私の背後には、夢の世界の主、ドレミ―・スイートが立っている。

 そう、私は今、夢の世界にいるのだ。

 周辺には、夢の塊と思われるモヤモヤがいくつも浮かんでいる。

「さぁ、何を忘れてしまったのでしょうね、昨日の朝ごはんとかでは?」

 彼女は半笑いで私の問いに答える。

 だが、私の忘れたことはそんな些細な事では無いはずだ。

 もっと大変な事だと思うのだが……

「サグメさん!」

 私の考え事を打ち止めさせるかのように、私へと叫ぶ。

 その声に驚き、彼女の方を向く。

 何かを言いたげにたじろぐドレミ―の姿があった。

「……そろそろ朝です、またいつかお会いしましょう」

 私の起床が近づくと、彼女は決まって朝だという事を告げてくれる。

 次第に視界が霞んでいく。

 現実の私が目覚め始めた証拠だ。

 夢の中で彼女と話し、仕事を済ませ、また彼女に会うために寝る。

 いつも通りのサイクルが始まるのだ。

 唯一違うことは……

 

 最後に見たドレミ―の顔が、少し寂し気であったことだ。

 

 目が覚めると、朝日の光が部屋を明るく照らし、私の体を温めてくれている。

 空には、既に日が昇っていた。

「おはようございます、サグメ様、朝食をお持ちいたしました」

 部屋の外から、部下の玉兎の声が聞こえる。

 朝食を持ってきてくれたようだ。

「ありがとう、いつものところに頼むわ」

「わかりました!」

 威勢の良い返事と共に、カタンとプラスチックのお盆を置く音が聞こえた。

 それを聞き、ベッドから足をおろし立ち上がり、部屋の隅にあるタンスへと向かう。

 まずは着替えなくては。

 私の背中には翼が生えており、寝る時にはこれが服に絡まると危ない。なので、一人の時は基本、薄着でいる。

 部屋の外に置かれた食事を取るだけとはいえ、もし誰かに薄着を見られたら恥ずかしい。

 タンスを開き、手前にあったパーカーを羽織り、ズボンを履く。

 着替えを済ませ、寝癖の立ったままドアへと向かう。

 ドアに手をかざすと、自動的にドアが開く。

 これも月の科学力の結晶と言えよう。

 廊下には、いつも食べている月の食事がお盆の上に置かれ並んでいた。

 パンと浄化した飲料水、月で栽培されている桃だ。

 あまりにも見慣れすぎていて新鮮味が無く、酷く粗い味に感じた。

 私はパンと桃を噛み、飲料水で流すように飲み込む。

「ふぅ……、薄いわね」

 以前地上に降りた時に口にした柑橘類や菓子の味が愛おしい。

 また食べてみたいものだ。

 パンを半分ほど残した。お盆の上へと戻し、廊下に出す。

 しばらくして、部下の玉兎が戻ってきた。

「……サグメ様、また残されたのですね」

「ごめんね」

 一言いうと、玉兎は何かを思い出したように話す。

「サグメ様、本日は月の都にて追悼があるのですが、本日はお休みになられた方が……」

「そう、ではお言葉に甘えるわ」

「……はい」

 言い終えると、玉兎は持ち場へと戻って行った。

 葬儀か、でも誰のだ。

 月の賢者として、あまり月の世情を知らないのは良くないことだが、実はあまり世の中に興味が無い。

 いつ、誰が、どうなったかなど、私にとってはどうでも良いのだ。

 いつもの服装になり、翼を広げる。

 私の翼は片方しかない。

 いつだかは忘れたが、私は自ら翼を切除した。

 その片翼は今、どこにいるのだろうか……

 そんな事を考えながら、着替えを済ませる。

 

 都へ出ると、いつも以上に人で賑わっていた。

 寿命の長い月の民にとって、追悼は珍しいものではあるが、こんなにも人が集まるものなのだろうか。

 興味本位で、人々の集団へと向かう。

「あ、サグメ様……」

「サグメ様、来てしまったのですね」

 人々の視線がキツイ。

 私の姿が見えると、彼らが左右横へとはける。

 中央には、石造りの墓石。

 そこへと向かい、歩を進める。

 墓石へと近づくたびに、どんどん体が重くなるのを感じる。

 なんだろう、この感覚。

 周りから音が消え去る。

 私の視線が、墓標の一点に向く。

【ドレミ―・スイート ここに死す】

「……え?」

 彼女は、ドレミ―は既に死んで……

「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!」

 無意識のうちに、雄たけびの様な悲痛の叫びが出る。

 視界が真っ暗になっていく。

 体の感覚が消えていった。

 

「……サグメさん」

 目が覚めると、私の目の前にはドレミ―が立っていた。

 どうやらいつの間にか夢の世界へと来ていたらしい。

「ド、ドレミ―、貴方生きていたのね、という事は、さっきまでのは夢――」

「いいえ、違います」

 私が背けたい現実を肯定するかのように、ドレミ―が私の言葉を遮る。

「サグメさん、目を背けてはなりません、受け入れてください」

「え、そんな、でも貴方は……」

 思考が追いつかない。

 ドレミ―の口が、次々と私へと残酷な現実を突きつける。

「私は、貴方の妄想によって生み出された虚像にすぎません」

「貴方が、私が死んだ、という事に気づいたという事は、私はいずれ消えてしまいます」

 私の妄想が、夢の中の現実に……。

 現実を受け入れきれず、口が半開きなまま閉じない。

「以前も一度、貴方は同じようにして気を失っています。 ですが、私が未だにこうして貴方と話をしているという事は、私はまた貴方の前に現れます」

「ですから、泣かないでください」

 ドレミ―が、私の頭をそっと撫でる。

 思考が回復してくる、だが、それが余計に辛くて仕方がない。

「少しの間苦しむでしょう、ですがまた……」

「またいつか会いましょう、それまでお別れです」

 急な別れに、私は叫ばずにはいられなかった。

「待って、ドレミ―! お願い、逝かないで……、私を置いていかないで……」

 必死に呼び止める。

 だが、彼女は消えていった。

 

 目が覚めると、自室のベッドに寝ていた。

 全てを思い出した。

 200年ほど前、純狐達が月への復讐を実行したとき、夢の世界に月の都をドレミ―に作らせ、そこへ一時的に月の民を避難させた。

 だが、その作戦を読まれ、夢の世界に地獄の女神 ヘカーティアが現れる。

 ドレミ―は夢の都のために彼女と対峙し、殺害された。

 純狐達の復讐は、博麗の巫女によって解決されたが……

「ドレミ―はもう……、はは」

 次第に頭が真っ白になっていく。

 その現実を痛みで忘れようと、片翼を自ら…

 背中が鋭い痛みで疼く。

 

 私は再び、眠りについた。

 

「おや、サグメさん、お久しぶりです」

「ええ、久しぶり。 貴方も、夢の中だけでじゃなくて私の家に来ればいいのに」

「すいません、忙しくて……、夢の中でなら会えますので、それで我慢してください」

「改めてようこそ、夢と妄想の空間へ」

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。