幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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赤より紅く、紅より儚い二人*

 あぁ……ごめんなさい。

 

 

 生まれながらの罪なんて赦されるわけがない。だって、そうなるべくしてそこに在るのだから。余地など生まれるわけがない。

 

 禁忌は常に中にあった。

 腫れもののように焦ったくて、液体のように纏わりついて、病魔のように私を蝕み周りを否定する。

 なぜ私なの?

 暗い……冷たい。辛いし……なにより苦しい。

 底がないほどに落ちているような、そんな感覚。水面はどんどん遠ざかってゆく。手をいくら伸ばしても届かなくて、何もない感触が掌を過ぎてった。

 掴めない、触れない。

 

 怖かった。

 私はなにより自分を恐れた。

 

 気づけば自分はどこにいるのかさえ見失って、一人もがき苦しんだ。

 

 

 ──ありがとう。

 

 

 お姉様はなによりの光だった。分け隔てなく私にさえその光を照らしてくれた。

 笑顔をくれるだけで私は救われる。私を見てくれるだけでその意味は生まれる。

 私は何もできないけど、お姉様は私に全てを与えてくれた。それがもどかしくも、悲しかった。私からはお姉様にしてあげれる事なんて一つもない。ただ一方的にお姉様に甘えるだけ。

 しかもお姉様の幸せを私が阻害している。その事実が辛くて……辛くて。悲しくて。

 

 お姉様の望む私になろうと思った。

 

 なのに……なんで?

 

 お姉様は私の前で笑わなくなった。

 手を振りほどき、私を怒鳴った。

 なんでなの?お姉様の望むフランドール・スカーレットは今ここに在るはずなのに。

 

 ”在る”?ほんとにそうなのか?

 フランドール・スカーレットは存在しているの?お姉様と話していたフランドール・スカーレットは私なのか?

 

 ……違う。

 

 私じゃない。私は私じゃない。

 だって()()は……私が壊したんだから。

 

 直らない。どうやっても私は直らない。

 壊したものは二度とは帰ってこない。簡単で、当たり前の事じゃないの。この世界はゲームじゃない。コンテニューなんてできないんだから。

 どうして気づけなかったのか。可笑しくて笑いがこみ上げてきた。

 だけどいずれはそれすらも煩わしくなって、壊した。こみ上げる度に壊した。

 そうだ、これは疑問に思うからなんだ。だから変な矛盾に気がついて可笑しくなっちゃうんだ。

 ハハ、簡単なこと。

 

 もう壊しちゃおう。全部、全部。

 もういいの。私は何も欲しくない。お姉様が望むフランドールは私じゃないから、もういいの。私にはもう、何もないから。

 

 私は笑いながら疑問を握り潰した。

 

 ああ……ごめんね。

 

 ごめんね、お姉様。

 ごめんね、フラン。

 

 

 *◆*

 

 

 核弾頭はフランドールへと接触すると同時に内部の核分裂によって弾け、凄まじい破壊をもたらした。

 爆風はあるもの全てを薙ぎ倒し、粉々に粉砕。

 そしてそれを熱波が悉く焼き尽くす。元々から木造であった大図書館には致命的過ぎた。

 魔理沙は爆発する寸前に自分を翼で包み、爆風とともに飛んでいった。

 パチュリーと小悪魔は結界によって身を守ったものの、強度が足りないことをいち早く察知し転移魔法で屋外に脱出。

 そしてフランドールは……余す事なくミミちゃんの最大火力を味わった。

 

 

 

 そして場面は元紅魔館前門へ。

 紅魔館は跡形もなく吹き飛び、在った場所には大きな風穴が空いている。どうやら地盤が沈下したらしい。地下には元々から空洞が存在していたみたいだが……

 

「……む? 規模が小さいな。幻想郷を吹き飛ばしてもおかしくないと思ってたんだが……図書館の連中が思いの外抑えてくれたみたいだな。おかげで威力がよく分からん」

「……これは驚いたわ。貴女もまた理を逸脱する存在だったのね。……いや、当然といえば当然か」

「あ? ……その顔とその羽、見たところお前がフランのお姉様の……レミィさんか?」

「ご名答。レミリア・スカーレットよ」

 

 フランドールと瓜二つのレミリアの姿を見て魔理沙は一瞬だけ固まったが、これまでの情報と照らし合わせ、目の前の吸血鬼少女が件の人物であると推測した。風貌がやけにボロボロなのも霊夢と戦っていたと考えれば納得である。

 

「さっきの爆発は貴女のものみたいね。館の修理費は貴女につけさせてもらうわよ」

「ならチャラだ。私もお前から妹の子守り代を貰わなきゃならん」

 

 軽口を言い合う二人。

 すると魔理沙の隣に霊夢が降り立つ。もちろん霊夢には傷一つなく、体は透けている。弾幕はもう出していないが半透明化は継続されるらしい。

 

「あら魔理沙じゃない。その姿……随分と懐かしいわね。いつ以来かしら?」

「おう霊夢か。……って、まーたその反則技(チート)かよ。いい加減攻略法を教えろって」

 

「ないわ」

「……そうか」

 

 諦めた魔理沙はため息を吐くしかなかった。そしてレミリアをちらりと見た後、ゆっくりと瓦礫と化した紅魔館へ視線を移してゆく。

 瞬間、妖力の波動が解き放たれ、瓦礫が一掃された。波動の中心にはフランドールが蹲っていた。体の所々に酷い裂傷を負っており、腕や足に至っては千切れて何処かへと吹き飛んでしまっている。

 熱線は無効化されるのだが、爆風による風圧は無効化しきれなかったようだ。

 

「いったいなぁもうッ!! 凄く痛い!!」

 

 ゲラゲラと笑いながらフランドールは肘で立ち上がろうとする。しかし肘では立ち上がれず、滑って顔を地にぶつける。かなりの消耗だろう。その再生能力に陰りが差している。だがなおもフランドールは笑っていた。

 レミリアは顔を顰めると思わずフランドールへと駆け寄ろうとして……止まった。

 

 思い浮かぶのは最後にフランドールと面と向かって顔を合わせたあの日。自分がフランドールを壊しておきながら、彼女を否定し拒絶したあの日。

 

 ──自分にフランドールへと寄り添う資格はあるのか?……愚問だろう。ないに決まっている。

 だって……ちゃんちゃら可笑しな話ではないか。あの子はもう……私のことを……

 

 レミリアが俯き、静止している間にもフランドールは再生を行おうとしていた。

 しかし一向に自分の体には霧が集まらず、ただ虫のように地に這い蹲ってジタバタと足掻くだけだった。

 

「アレも一応吸血鬼でしょ? 何やったの?」

「検知妨害魔法をここらにかけてるだけだぜ。腕が生えなきゃ破壊もできんだろうからな。まああいつの再生力ならやがては復活するだろうが」

 

 魔理沙は羽についている瓦礫や残骸を叩いて落としながら答えた。やはり手入れが大変そうだ。

 

 

 

 

「……ここまでね、レミィ」

「……パチェ……」

 

 紅魔館から脱出していたパチュリーがレミリアへと言った。その後ろでは小悪魔が虚空を見つめてブツブツ何かを呟いている。さらにその後方では顛末を見届けるべく美鈴がチルノを絞め落としながら場を見守り、咲夜はその傍らでぐったりと座り込んでいた。コンテニューした妖精メイドたちはガタガタと震えている。

 

 紅魔館勢力はその殆どが霊夢と魔理沙によって落とされていた。肝心の自分は霊夢の夢想天生によってボロボロに、フランドールは今も地面に這い蹲っている。

 まごう事なき完全敗北であった。

 

「あー終わり? まあ霧はもうなくなったし、このまま降伏するんならこの異変は終了、あんたたちも全員厳重注意で解放……だと思うけど。終わりでいいのかしら? 私は早く帰って寝たいのだけど」

「私は本を貸してくれるんならそれでいいぜ。残ってるのかは知らんが」

 

 霊夢は静かに紅魔館の面々を見下ろしながら降伏を勧告する。

 魔理沙は消滅した紅魔館を見ながら本の安否を気にしていた。図書館にあった本は間違いなく全て燃え尽きただろうが、空間魔法で保管しているものなら無事だろう。

 

 レミリアは少しばかりメンバーを見渡し……溜息をつくと霊夢と魔理沙へと向き直った。その瞳は消沈している。

 

「参ったわね……私はまだやれるけど、従者たちが限界らしい。ここらで異変は……終いかしらね」

 

 あくまでもレミリアは敗北を認めない姿勢を取ったが、それが虚勢である事は誰にでも分かっていた。

 その小さな身体のいたるところに大小様々な傷を負い、フランドールの姿を見てかなりの精神的ショックを受けている様子だ。

 いかに真の強者であるレミリアだとしても、霊夢の夢想天生の前には等しく無力だったということを静かに象徴していた。

 

 レミリアの言葉を受けた霊夢は妖怪退治の鋭い瞳を閉じ、穏和で間の抜けた、気怠そうな瞳を開いた。そしてふぅ……と軽く息を吐くと、反転し神社への帰路につこうとした。

 だが……

 

「どこへ行くの……まだまだこれからでしょ!?」

 

 フランドールは片腕だけを再生させ、上半身を起こす体勢で弾幕を放った。

 弾幕は霊夢の頭を通過した。透明化しているので勿論ダメージはない。

 霊夢はピタリと動きを止めるとゆっくり振り返り、無機質な目でフランドールを見る。いつもの妖怪退治の目だ。

 

「まだやるの?それはそれでいいけど……命があるなんて思わない事ね」

 

 霊夢は静かに、しかし力強くお祓い棒をフランドールへと向ける。魔理沙はあちゃー、と苦笑いした。

 レミリアが慌てて間に入る。

 

「やめなさいフラン。今日はここまで……潮時よ。おとなしく手を引きなさい」

「嫌だ。この遊びは私の遊びよ。紅魔館とは関係ない」

「……貴女は……紅魔館の一員でしょ」

「……本気で言ってる?」

 

 無機質なフランドールの瞳がレミリアを射抜く。そう言われるとレミリアは何も返せない。悲痛な表情を浮かべ、俯向く。

 その様子を大したリアクションもなく見つめたフランドールは、力を込め異形の翼で空へと舞い上がる。足がないなら飛べばいい。単純明快な話だ。

 

「さあ、最期まで愉しませてよ!コンテニューなんてできないんだからさ!」

 

 フランドールは風穴を挟んで対峙。その手にレーヴァテインを召喚する。灼熱が再び場を支配した。燃え上がる炎剣はまるでフランドールの心情を表すかのようにその激しさを増した。

 

 地響きが鳴る。大地が砕け、鬼神が争っているかのような、凄まじいエネルギーが地面を這う。

 幻想郷が……砕ける。

 

 霊夢がお札を構えるが……それをレミリアが手で制す。弱々しくもどこか力強さを感じさせる。

 

「不始末は……私が片づけるわ。貴女は引っ込んでてちょうだい」

「……まあいいけど」

 

 霊夢が一歩引く代わりにレミリアが一歩前に出る。そして手にはグングニルが召喚された。神槍はしっかりとフランドールの不規則な運命に狙いをつける。

 

「……っ! いけない、お嬢様ッ!!」

「やめなさいレミィ!」

「ぐっ……ザ・ワール────」

 

 レミリアの目を見た美鈴は飛び出し、パチュリーは詠唱し、咲夜は能力を発動せんとする。だが、間に合わない。

 レミリアとフランドール。二人がぶつかり合えばどちらかが死ぬのは目に見えていた。レミリアは本気、フランドールも本気だ。

 

「……終わらせてあげるのが一番なの? ……それが最善策なの? フラン」

「どうだっていい! 諸共吹き飛べ!」

 

 フランドールはレーヴァテインを思いっきり振りかぶった。それと同時にレミリアはグングニルを薙ぐ。

 紅い弧を描く神槍と神剣は、膨大な魔力を空へとぶちまけながら確かな殺傷力を持って互いに迫る。

 

 今、二つの神器がぶつかり────

 

 

 

 

 

 

「双方そこまでよ!」

 

 

 

 

 

 ────止まった。

 

 神剣と神槍が衝突する直前に()()は割り込んだ。その結果、レーヴァテインとグングニルは彼女の首を断ち切るすれすれで静止したのだ。

 エネルギーの渦中に現れたその存在にレミリアも、フランドールも、紅魔館の面々も、魔理沙も……霊夢も、誰もが釘付けになった。

 

 灼熱と妖風に長い金髪の髪が靡く。

 レミリアとフランドール、二つの強大な存在に挟まれながらも顔色一つ変えない圧倒的器量。

 紫のドレスが優雅にひらめき、殺伐とした空間を調和する。すみれ色の妖しい瞳が周囲を鋭く射抜く。

 

 何も感じなかった。だが彼女はそこに居た。

 

 

 

 

 

 

「一体何事かしら?」

 

 ()()()は優美に扇子を扇ぐ。

 誰かがゴクリと生唾を飲み込む。その音が聞こえるまでに辺りは静まり返ったのだ。

 一挙一動に場の者たちの視線が集中する。彼女が何を為すべくしていきなり現れたのか……それを見極める必要があった。

 しかし皆の期待とは裏腹に、紫が最初に発した言葉は些細もないことだった。

 

「……暑いわねぇ」

 

 紫はチラリとフランドールを見やる。その視線は手に持つレーヴァテインへと注がれていた。場の緊張がやや高まる。

 

「フラン、その剣をしまってちょうだい?」

「あ……う、うん」

 

 気勢を削がれたフランドールは若干慌てつつレーヴァテインを消滅させる。

 あそこまで興奮していたフランドールを一瞬で制した紫の器量に誰もが息を飲んだ。

 だがそのような周りの様子には気をかける間もなく、紫は次にレミリアへと視線を移す。レミリアは目を細め警戒を露わにした。

 

「レミリア、風は肌に良くないわ。少しばかり抑えてくれると助かるのだけど?」

「……分かったわ」

 

 レミリアは素直にグングニルを消滅させる。さっきまでの熱気が嘘だったかのように場が静まりかえった。

 彼女が人の命令を聞くのは相当珍しいことだ。レミリアを長く知る美鈴とパチュリーは、紫の秘める得体の知れない何かに戦慄した。

 紫は少しばかり周囲を見渡す。

 

 荒れ果てた大地。

 吹き飛んだ館。

 汚染された湖。

 破壊された森。

 

 全てが全てこの異変中に行われた破壊による産物である。

 紫は少しだけ眉をピクリと動かすと、無機質ながらも強い意志を感じさせる目で各々を上空から見下す。

 

「少し度が過ぎましたわね。霊夢、これじゃ異変解決とは呼べないわよ?」

 

 紫の言葉を受けた霊夢は鋭い眼光で彼女を射抜き……しかしやがてはそれを抑え、面倒臭そうな顔をしながらアッケラカンと答えた。

 

「いやほとんどの原因は魔理沙だし」

「い、いやいや使わざるを得なかったんだ。まさか”かくみさいる”とやらにこれほどの威力があったとは夢にも……」

「貴女、『幻想郷を吹き飛ばしても可笑しくない』とか言ってなかった?」

「レミリアこの野郎!」

 

 魔理沙の瞳と翼が挙動不審に揺れる。これは間違いなく黒だろう。

 もっとも有力妖怪たちの幻想郷に対する認識は『いくら壊しても明日には直っている便利な世界』である。

 その裏で苦労しているスキマ妖怪とその式がいることも知らずに。

 紫は大きなため息を吐くと、もういいとばかりに魔理沙の言い訳を取り下げる。

 

「……貴女(魔理沙)への追及は後よ。相応の覚悟はしておきなさい。次に……貴女たち姉妹は何をやっていたのかしら?」

 

 レミリアとフランドールへと視線が注がれる。

 紫は剣呑な表情を崩し、面白い見世物を見たかのように軽く笑うと、言い放つ。

 

「片方は本気で殺そうとしている……片方はわざと相手に殺されようとしている。滑稽な姉妹喧嘩ね。それでお互い満足できるの?」

「……ッ!」

「……!?」

 

 核心を突かれたかのように二人が固まった。互いに図星を突かれたらしい。

 その様子を見た紫は静かに目を閉じた。

 

「喜劇と悲劇の線引きは実に曖昧なもの。だけれど貴女たちはそれが同一のものであると勘違いしているわ。それは違う。このようなかくも醜き美談が喜劇となり得るとでも?」

 

「貴様は……何を言って……」

「聞きなさいレミリア、フラン」

 

 レミリアの言葉を遮る。紫は目を薄く開き、凛として言い放った。

 

「貴女たち二人には事の結論をつけることは難しい。だから何者でもない、第三者である私がその結論を言って差し上げますわ」

 

 紫は扇子をパチンと閉じる。

 

「両者に非はない。互いにすれ違い、非を感じあっているだけ。簡単なことよ」

 

 パチュリーと美鈴は目を見開いた。

 まさか……紫がスカーレット姉妹の確執を把握しているとは。さらに両者を諌めた上で自分たちには言えなかった……だけど誰もが薄々と感づいていた真相を言い当てたのだ。

 あの二人のバランスは危うい均衡の上で成り立っていた。少しでも当人が、また周囲が均衡を崩せばどう転ぶかは分からない。

 パチュリーも美鈴も咲夜も。当事者であるレミリアもフランドールも、半ばそのことが分かっていたからこそ話しづらかったのだ。

 それを紫は……物知らぬ顔で切り込んだ。

 

 レミリアは苦虫を噛み潰したような顔で紫の言葉を重く一笑する。その身から放たれる妖力の重圧がまた一段と強くなった。

 

「……貴女に私たちの何が分かるというの? 私もフランも、貴女に会ってまだ十年も経っていないというのに」

「たかが十年。されど十年ですわ」

 

 紫は薄く微笑を浮かべた。

 

「何も知らなくても分かることはある。レミリア、貴女の愛情は決して間違ってはいない。ただ、それが為す結果をフランの優しさと運命に頼りすぎた。そんなことは自分でも分かっている……だから歯痒いのでしょう?」

「……ッ!!」

「貴女は逃げ続けた。だけれどやがては疲弊していって、最後には全てを終わらせようとした。

”死”……という方法を持ってして」

 

 紫の心を見透かすような視線に言葉を詰まらせる。そして紫の一言一言がレミリアへと突き刺さってゆく。

 レミリアはジッと紫を睨んだ後……目元を柔らかくして体から放出していた妖力を引っ込めた。憑き物が取れたような、清々しい微笑を浮かべる。

 

「……一本取られたわ。貴女はフランのことを私なんかよりよく分かっている。貴女とフランが出逢えたということだけで、幻想郷に来た意味は十分ね。素直に礼を言う。……だけど、どうして貴女は私たちにここまでしてくれたの?それだけが解せないわ」

 

「幻想郷は全てを受け入れる。だけどその後のことは本人たち次第なのよ。ならば……楽しく平和に暮らしてちょうだい。それが私の願いなのだから」

 

 レミリアの問いに紫はなおも笑みを零しながら、透き通るすみれ色の瞳でさも当然のように語る。

 いつもは胡散臭くてたまらない紫だが、今回ばかりは信じきれるような、そんな確かな想いが生まれた。

「あと」と付け加える。

 

「フランのことを一番わかっていて、一番愛しているのは貴女よ、レミリア。そのことは否定しないであげて? それがこの子にとっての誇りであり、誉れであり……本当の喜びなのだから」

「八雲紫……」

 

 レミリアは紫を見た後、思わず感極まった表情を見られまいと顔を背けた。

 だがその一方でフランドールは諦めの表情を見せていた。そして紫へと言う。

 

「……私はもう私じゃないの。壊れた心はもう二度と戻らないから……。いやけど別にこれが嫌だとかそんなんじゃないの。私は満足してるのよ? だけど心がない私にお姉様たちと一緒にくらすなんてそんなことできるはずがない。お姉様も迷惑だろうし、みんなも私を────」

「フラン」

 

 紫はしっかりとフランドールを抱きとめる。その抱擁はフランドールの心を諌め、慰め、熱あるものにしてゆく。

 

「そんなことないわ。心とはただ在るものじゃない。生まれ育むもの、そして繋がるもの。そんな簡単には無くならないものなのよ。非常に厄介なことにね」

 

 フランドールは目を見開き紫を見る。

 紫はフランドールの頭へと手を乗せた。

 

「心のことに関しては世界一の専門家が幻想郷にはいるから。……今度私と一緒に行きましょう? そうすれば貴女の傷ついた心も癒えるはずよ」

 

 紫は「一緒に行こう」のところで一瞬迷ったが、すぐに決心したようでフランドールの右手を力強く取った。

 

「……なんで私にこんなにしてくれるの? 私は紫に何もしてあげれないのに……」

「あら、友を助けてあげるのに理由はいらないはずよ? 違うかしら?」

 

 即答だった。

「それにね」と付け加える。

 

「貴女は貴女。他の何者でもなく、紛れもない貴女なのよ。どれだけそれであることを自分や周りが否定しても、それだけは絶対に変わることはないわ」

「紫……」

「大丈夫……私も、レミリアも……全員が貴女のことを見守っててくれる」

 

 フランドールは紫を見て、一筋の涙を流した。急いでぐしぐしと拭う。

 悲しさや悔しさからの涙じゃない。嬉しさからの涙だった。

 

 そしてフランドールはレミリアへと視線を移す。しっかりと向き合うのは400年ぶりか。長い時が築き上げた壁は大きい。

 両者ともに目をそらす。なんだか気恥ずかった。

 そして

 

「……フラン」

「えと……お姉様」

 

 言葉が重なってしまい、また気恥ずかしくなる。姉妹がここまで狼狽える姿を見るのは初めてだと美鈴は目元を拭いながら呟いた。

 

「まあ、まだまだ難しいところもあるでしょうね。だけどそれは時間が解決してくれる。ちょっとずつ前に進んでゆきなさい」

 

 そこまで言って、紫は再び優雅な笑みを浮かべる。その圧倒的存在感は鮮烈なものだった。

 パチュリーは内心紫へと頭を下げた。人に感謝の念を感じたのは久方ぶりだ。小悪魔も感心したように言葉を漏らしている。

 一方の咲夜は面白くなさそうに、だけども安心した表情で姉妹を見た。

 

 

 さて、これにて一応の一見落着……なのだが。

 

 

 

 

 

「で、どうするの?異変は続くの?続かないの?」

 

 放置されていた霊夢がお祓い棒で肩をペシペシ叩きながらぶっきらぼうに言う。控えめに言って雰囲気ぶち壊しだ。

 魔理沙は今日何度目かの苦笑を浮かべた。

 

「……私はまだまだやれるよ?満足してないし!」

 

 フランドールは再び深い笑みを浮かべると、熱りだってレーヴァテインを召喚する。そう、姉妹の仲が進展してもフランドールはまだ満足できていないのだ。

 だが疲弊した体に加え、魔理沙の魔法によって再生が妨害されているフランドールでは霊夢にも魔理沙にも敵わないだろう。

 

 だから肩を支え、寄り添った。

 

「……あら、久しぶりねお姉様。ご機嫌いかが?」

 

 フランドールがレミリアへと向けていたのは喜びや無よりも……驚きの感情だった。

 

「……ええ、最悪よ。貴女は如何かしら?」

「私は楽しいよ! けどやられっぱなしじゃカッコ悪いかな。お姉様も……ちょっとカッコ悪い感じなの?」

「……そうね」

 

 レミリアはその目でジッとフランドールを見つめる。あの頃のフランドールの面影はやはりないが……今までとはちょっと違っている感じがした。

 彼女に影響を及ぼす事ができるのは彼女と同じ存在だけ。だがフランドールは明らかに自分が知らぬうちに多大な影響を受けている。

 悲しみ、怒りをなくしてしまったフランドール。

 偽りの喜びを手にしたフランドール。

 しかし目の前の彼女は……

 

 レミリアは穏やかな笑みを浮かべ、霊夢と魔理沙を見る。

 紅魔館を相手に悉くその力を正面から打ち破った二人の人間。自分たちを易々と受け入れた一人の妖怪。

 彼女たちの運命はもはや紅魔館を……レミリアとフランドールの運命ですらその輪に巻き込もうとしている。

 

 ──貴女の思惑通りかしら?八雲紫

 

 いつの間にかこの場から居なくなっている紫を思いつつ、内心苦笑した。

 今回の異変は完敗だろう。

 彼女たちに勝てるヴィジョンも浮かばないし、まず紫と話をした時に薄々と自分の敗北を悟りつつあった。

 だがこの結果は結果で悪くはないと思う。元々はただの余興で始めた異変だ。だがここまでの成果を残す事ができた。……代償は高くついてしまったが。

 

 かつての自分ならここまで潔く自分の敗北を認めることはなかっただろう……と、レミリアは内心感じていた。ここまで清々しい完敗は吸血鬼異変ぶりだ。

 

 だが────

 

 

 

「やられっぱなしは……確かに性に合わないわね」

「……お姉様?」

 

 レミリアはフランドールへと手を翳し、妖力と魔力を霧状に送り込む。するとみるみるうちにフランドールの千切れた腕と足が再生してゆく。

 再生した腕をまじまじと見つめたフランドールは、レミリアを見た。

 嘗てと変わらぬ……愛のある表情を浮かべる。

 自分を壊し、騙し続けたフランドール。だが、レミリアに対する愛は壊れてはいなかったのだ。

 

「ありがと。これでまだ遊べる!」

「ええそうね。だけどこのままじゃ私も貴女も負けてしまうわ」

 

 フランドールはレーヴァテインを召喚し、ブンッと振り払う。

 

「負けないよ! そんな運命なんて私が破壊してあげる!」

「……ふふ、その通りよフランッ!!」

 

 レミリアはグングニルを召喚し、ブンッと振り払う。

 そして神剣と神槍が重なり合った。

 同調する二つの紅い妖力はともに増幅し合い、幻想郷へと降り注ぐ。紅色の幻想郷が幕を開けた。

 つまり、異変続行の意思を示したのだ。

 

 相対する霊夢はお札と封魔針を指に挟み、霊力をその身へと漲らせてゆく。

 魔理沙は翼をはためかせ、八卦炉を握り締めた。

 

「魔理沙は引っ込んでていいわよ。私が両方やってあげるから」

「霊夢がすっこんでな。私が一瞬で決めてやるから」

 

 ……協調の意思はない。

 

「さあ行くわよ。見せてあげるわ……吸血鬼の本当の恐ろしさを!!」

「骨の髄まで恐怖しろ!!」

 

「来るわよ魔理沙。引っ込んでなさい」

「来るぞ霊夢。引っ込んでろ」

 

 

 

 

 異変最後の戦いが始まった。

 緋色の幻想郷は激しい発光に彩られ、最後の戦いを飾るにふさわしいものだった。またそれは、紅魔館の新しい日々の開始を祝福するような美しいものであった。

 

 異変は夜明けとともに幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 stage6.クリア

 

 stageEX.クリア

 




とまあ最後は駆け足気味でしたが紅魔郷は完結です。霊夢と魔理沙の友情が幻想郷を救うと信じて……!(なお協調性はなし)
妖々夢からはかなり文体が変わると思います。戦闘をそれなりに削ぐことになるかと。

ちなみにレミリアとフランが攻撃し合った際、どちらとも相手に殺されようとしてました。二人はどちらともに罪悪感を抱いてましたからね。するとゆかりんの言葉に「うん?」となる部分がありますが……まあそれは次回。
ちなみにこのゆかりんはゆかりんですよ?
どうでもいいけど美鈴を打つときに「みすず」と打たなきゃ出てこないのが辛い。「ほんめいりん」なら出るのに。

次回はゆかりん視点で紅魔郷完結です。
感想、ご意見あればどしどしお願いします。評価なんていただければ励みになります。

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