幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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ちょくちょく伏線を挿入するのが楽しい


境界賢者のとある一日②

「あ、どうも。あまりにも悪夢が多いので回収しに来ました」

「それはどうも」

 

 夢の世界は私唯一の逃避場所である。

 何が存在しているかもあやふやで不規則な八方純白の夢の世界に、ポツンと私と彼女だけがいた。

 

 紹介するわ。目の前の獏の名前はドレミー・スイート。お淑やかな雰囲気があるけど、実際のところ全然そんなことはない獏よ。彼女の口元のにやけ具合を見れば娯楽的なものに飢えていることは一目瞭然。あと愚談だけどスイートってなんか甘そうな名前じゃない?彼女がいつも手に持ってるウニョウニョした変な塊もなんだか美味しそうだし。

 と、そんなことはどうでもいいわね。意外かもしれないが私はこの獏と結構面識がある。なんでも私は酷い悪夢をよく見るんだそうで、その都度に悪夢を回収しに来てくれるのだ。まあ彼女がそう言っているだけで実際はどうなのかは知らないけど。

 ちなみに彼女はめちゃんこ強い。この前私の目の前で月人がボコボコにされてたからね。少なくとも私よりも格上。藍と同等ぐらいかな?まだ性格がキチってないだけ救いである。

 

「貴女も働き者よねぇ。夢ばかり食べてて胃もたれとか起こさない?」

「貴女ほど胃腸は弱くないので。仕事の方も……仕事というより生業といいますか。獏として生まれたからにはしなければならないことなので」

 

 へえ、とてもストイックな性格でもあるようね。今日初めて知った。私も彼女みたいに熱心に打ち込める仕事に就きたいわ。幻想郷の賢者は……ねぇ?

 まあ一旦置いておきましょう。それにしても……

 

「また私が見る夢は悪夢なの?どうにも比率が高くないかしら?」

 

 二回に一回はドレミーが来ているような気がする。ここまで高い頻度で来られるんじゃ私としても流石に異常を疑ってしまうわ。

 それに対してのドレミーの返答は実に納得できるものだった。

 

「そう言われましても私は夢を管理するだけ、夢を見るか見ないかはその人の自由なのです。夢は無意識の意識ですから。現し世で何か苦労なさっていることでもあるんじゃないですか?」

 

 心当たりがありすぎるわね!

 ならばさしずめ今日の夢は幽香にサンドバッグにされる夢かしら?いや、延々とさとりに小言を呟かれる夢かもしれない。

 うん、悪夢だわ!

 

「まあ、私にはどんな悪夢なのかは分かりませんけど。貴女がその内容を教えてくださる気配も見せてくれないし」

「いえいえ、悪夢というのは言葉では形容し難いものですからね。その内容を知りたいのならば、直に見てもらうほかに方法がないのですよ。自分から率先して悪夢を見たいなんて言う酔狂な方もいることにはいますが……貴女もその口で?」

「いいえ全然」

 

 悪夢は現実世界だけで十分よ!

 しかし悪夢ねぇ……。少しばかりは興味あるけど、ドレミーの言う通り率先して見たいものではないわね。素直にドレミーに食べてもらうのが一番だろう。

 

「ならばよろしいでしょう? 私も貴女のスパイシーな夢を食べるのが少々癖になってきまして、両者Win-Winの関係ですよ」

 

「まあよくは分からないけど助かるわね。これからもどうぞご贔屓に」

 

 さて、ここからが本題だ。

 私は夢の世界にドレミーがやって来た際には、いつもとある頼みごとをしているのだ。それを嫌な顔一つせず聞いてくれる彼女は私が好感を持てる数少ない人物である。向こうも私へむやみやたらに関わろうとしないし、いい距離感を保てているんじゃない?

 

「それじゃあいつものをお願いしてもいいかしら? 申し訳ないけど」

「ええいいですよ、貴女の夢を食べた後は妙に力が湧きますし。しかし夢は現実以上に精神を犯しますからね。止めるわけではないですが勧められたことでもありません。そこのところ気をつけてくださいよ? それでは……──」

 

 ドレミーが息を吹きかけると、夢の世界は捻じ曲がり崩壊を始めた。空間そのものが歪み、目に映るそれらを延々と狂わせ続ける。そして私はかるく瞳を閉じてそれに身を投じた。

 

 

 ◆

 

 

 

「ゆかりー!」

「ゆかりーん!」

「あらあらうふふ」

 

 左右から飛び込んで来たフランとこいしは私の腕に飛びつく。上目遣いで私を見上げるその姿はなんとも可愛らしい。二人の体から伝わる偽物の、だけども優しく暖かい体温に思わず破顔してしまった。

 また私の目の前ではレミリアとさとりが涙を流しながら土下座している。今までのことを許してくれと何度も頭を下げていた。

 

「どうか……どうか今までの非礼をお許しください! このレミリア・スカーレットこれより誠心誠意紫様に尽くしてゆく所存でございますから……!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 一心不乱に謝り続けるさとりにとてつもなく不気味なものを感じるわね。けどいい気味よ! 本来ならこんぐらい謝ってもらわなきゃ!

 さて、ここらで賢者っぽい一言を。

 

「ふふふ……仮にも上に君臨する立場である貴女たちが容易に頭を下げるものではありません。面を上げなさい。これまでの非礼は私の寛容な心にて不問と致します。その代わり、これまで以上に私と幻想郷に尽くすように。よろしい?」

 

「「ははー!!」」

 

「「キャーかっこいいー!!」

 

 私の言葉に感激し平伏す二人。両サイドでは妹たちの黄色い声が飛び交う。ああ……いいわぁこの優越感……。

 ここらで気がついたかもしれないが、ここはドレミーに作ってもらった世界である。いやね、夢の世界だけでも報われてもいいんじゃないかなって思うの。いいでしょ?夢の中くらい。

 と、視線を奥に移すと揺れる緑が見える。その表情は憤怒に彩られていた。夢の中って分かっててもやっぱり怖いわね。

 

「認めない……私は認めないッ!!」

 

 何を認めたくないのか、地団駄を踏んだ幽香が鬼気迫る表情でこちらへと殴りかかってくるが、私は指から軽く妖力の波動を放ち彼女の体を打つ。

 ゴロゴロと無様に転がる幽香。それを私は上から軽く見下ろす。

 

「うっ……ぐぅ……!」

「精進が足りないわねぇ幽香。……萃香、勇儀、連れて行きなさい」

「「へい」」

 

 両隣に控えさせていた黒サングラス&あの道コスチューム装備の萃香と勇儀に幽香をしょっぴかせた。夢の中では私は最強オブ最強の超美少女大妖怪。幽香なんて目じゃないのよ!

 

 

 

 Q.八雲紫とは?

 

「生き甲斐ですね。私はこの方に仕えることができて常日頃から身に余る思いです」

「頼れるお姉様です! 橙も将来は紫様のような妖怪になりたいです!」

 

 藍がうんうんと頷きながら誇らしげに語る。その傍らでは橙がくねくねしながら思いの丈を語っていた。ぶっちゃけこの子たちは現実とそこまで変わらないわね。まああっち(現実世界)の方は何を考えているか分からないから恐ろしいんだけども!

 

「最強の妖怪だZE! 賢者って響きだけで凄くかっこいいよな!」

「分かるわその気持ち」

 

 魔理沙の言葉にメイドがうんうんと頷く。そうよそうよ、私は幻想郷の賢者よ! どんどん敬いなさい! あっはっはっは!!

 

「紫……」

「あら霊夢」

 

 さてお待ちかねの大本命!博麗霊夢その人がいつものツンとした表情を崩し、デレデレモジモジしながら近づいてきた。ああん夢の中でもやっぱりかわいいわぁぁ!!

 

「どうしたのかしら?」

「えっと、その……ね。貴女のこと、お母さん……って呼んでいい?」

「勿論よぉぉぉぉぉ!!」

 

 かわいい! 霊夢かわいい! 私の娘! 愛してる! なんならママって呼んでもいいのよ!? うふふ、もう一生離さないんだからね!

 そう心で叫びつつ霊夢を抱きしめる。

 霊夢も私が抱きしめるのに応えるように後ろへと手をまわす。そして私を見つめながら横に流れていた髪を凪いだ。もう甘えん坊さんなんだから! けどそんないつもとのギャップがかわいい!

 もう、最高!ドレミーありがとー!

 

 そんな感慨に浸りながら感激の涙を流していると霊夢は「あっそうだ」と呟く。

 

「お母さん、実は貴女にあげたいものがあって」

「あらあら何かしら?」

 

 霊夢はゴソゴソと懐から何かを取り出した。それは淡い光を放ち、私へと向けられる。

 えっと……何そのカード。

 

「死に晒せクソババア。霊符『夢想封印』」

「あばぁ!?」

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 ……え、なに今の。

 若干の微睡みを感じつつも意識が覚醒した。

 デレデ霊夢からいきなり爆殺された夢オチだったような。ちょっとそりゃないわよドレミーさん!? 一番いいところだったのに!

 

 酷い喪失感とともにぱっちり目を開けると、霊夢と目が合った。黒く幽遠に輝く綺麗な瞳は私にここがまだ夢の中だという錯覚を与える。しかし目の前の存在はまごう事なき現実世界の霊夢である。

 霊夢はじーっと私を見つめ続ける。やだなんだか恥ずかしいわ。

 

「……なんであんたがここで寝てんの?」

 

 なんでって……そりゃあ……

 

「……気分?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「死に晒せクソ妖怪。霊符『夢想封印』」

 

 ちょ、ま……!

 咄嗟に開いたスキマでなんとか夢想封印を飲み込む。これをどこかに吐き出すわけにもいかないのでスキマ空間に留めておくことにした。サハラ砂漠あたりに吐き出しても追尾してくる可能性もなきにしもあらずだし。普通ならこんな手段はとらないけど家はもうないから今なら別にいい。

 それにしてもスキマの入り口のサイズがギリギリ足りてくれてよかった。一つでも当たれば私の命がアウトだから。

 ていうか私がこの霊弾をどうにかしなきゃ博麗神社が吹っ飛んでたんだけど……この子はどうするつもりだったんだろう。

 

「チッ……で、もう一度聞くけどなんであんたが私の布団で寝てんのよ。答えが答えならここであんたを退治するのも選択肢の一つだと言っておくわ。言葉には気をつけなさい」

 

 やばい、アレはマジの目だわ。流石に同じ布団で寝るのはまずかったかしら。霊夢も思春期だからね、仕方ないね。

 取り敢えず住ませて欲しい旨を伝えよう。

 

「実は風見幽香の殴り込みで家がなくなっちゃったのよ。だから復興するまでここに住まわせてもらえないかと思って」

「嫌だ」

 

 即答……流石にちょっと傷ついた。

 

「しかも何で寝てたのか答えてないし」

「だからそんな気分だったのよ」

「よし殺すわ」

 

 もう霊夢ったらツンデレなんだから! しかし彼女の迫力はまさしく妖怪に対するそれそのものであり、どこからか取り出したお祓い棒を私へと向ける。ついでに言うと目が据わっていた。

 は、恥ずかしがり屋なのは前から知ってたけど、ちょっと過剰に反応し過ぎじゃ……。まるで本当に私を殺すみたいじゃない!?

 

「……えーっと……」

 

 死角から声が聞こえた。けど霊夢も私も相手を視界に捉えるのに夢中でそちらに視線を向けることができない。目を離すのはこの状況ではちょっとまずいから。

 

「おーい霊夢……愛しの魔理沙さんが遊びに来てやったぜ? それで、この修羅場は一体なんなんだ?」

 

 霊夢がお祓い棒を振りかぶったその時、外からもう一度声が響いた。今度ははっきりと発音されていたので誰が言葉を発したのかが分かる。

 その友人からの声かけに霊夢が一瞬気を取られた。その隙にスキマでその場から急いで距離を置く。魔理沙ありがとう!

 

「今は忙しいのよ。後でにして頂戴」

「そう言ってもな……」

 

 魔理沙の方には目もくれずジリジリと距離を詰める霊夢。やばい、完全にタマを取りに来ている。反抗期の娘って怖いわー!

 

「……まあいっか。今日は団体さんをご案内してるんだ。ほれ」

「おはよう博麗霊夢、それに八雲紫。元気そうでなにより」

 

 いつでも逃げれるようスキマを展開しながら声の方向を見る。そこにはレミリアと彼女に日傘をさすメイド、それにフランがいた。

 レミリアはいつものように妖しい笑みを浮かべながらこちらを一瞥している。一方でフランはある意味真逆のようで同じような笑顔を見せていた。どことなく黒い雰囲気を感じる……? メイドは相変わらず冷たい微笑だ。

 ちなみに現在の時刻は夕方である。レミリアのおはようは……まあそういうことなんだろう。私も霊夢もおはようだけどね。

 

 一見した限りではレミリアとフランの仲は結構良さげに見える。ちゃんとした姉妹仲がないと一緒に神社まで来るなんてことはないだろうし……どうやら昨日の暴露が効いたようだ。これに懲りてDVがなくなってくれればいいんだけどね。次に同じようなことが起きれば霊夢に制裁を頼むしかなくなるから色々と危ないわよ?

 ていうかメイドからの突き刺す視線が辛い。いつでもどこでも所構わず殺気ばっか撒き散らしちゃってさ! メイドとしての教育はどうなってるのよ!

 

「やっほー紫! 私来ちゃった! ……で今さっきまで何してたの? 私には霊夢と一緒に眠りこけてるように見えたんだけど? ねえねえ?」

 

 フランはやっぱりかわいいわぁ。やっぱり夢よりも実物よね!けど心なしか視線が暗いような怖いような、気のせいよね?てかフラン普通に日光が当たってるんだけど。大丈夫なの?

 霊夢はレミリアたちを一瞥すると露骨に嫌な表情を浮かべる。まあ仮にも昨日まで殺し合ってた仲だし、意気揚々とここに訪ねて来れるレミリアの神経がおかしいのよね。

 案内してきた魔理沙も魔理沙だけど。

 

「また面倒くさいのがこんなに! ああ、もう! このクソ妖怪を退治するまでそこで待ってなさい! 勝手に家ん中入るんじゃないわよ!」

 

「お邪魔するわ」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔致します」

「お邪魔するぜ」

「お邪魔してて悪かったわ」

「あんたらねえ!!」

 

 霊夢は眉間に深い皺を寄せると怒鳴りあげた。霊夢も霊夢で苦労人だったりするのかしらね。同情するわ。

 勝手に家へと上がった一団は物色を開始する。

 

「ふーん……詫びしいところねぇ。こんなところに住んでて頭がおかしくならない? 私はおかしくなるわよ。ねえ咲夜、フラン」

「ええ全くです」

「お姉様、これってアレでしょ? 貧乏とか困窮から見出す風情とかいうやつ。よく分かんないけど」

 

 紅魔勢のあまりの物言いに霊夢のヘイトが徐々にあちらへと傾いている。ナイスヘイト稼ぎ、いいタンク役よレミリア! そのまま注意を惹きつけてちょうだい!

 

「ふふ……私の館に来ればいい生活ができるわよ? 毎日でも血の滴るステーキを出してあげる。今なら咲夜も門番も本の虫も付けてあげるわ。だから私の眷属になりなさい。……あら、何かしらこれ」

 

 居間からガチャガチャと何かをあさくる音が聞こえる。まだ私へとお祓い棒を向けていた霊夢だったが、ついにそれどころではなくなったらしい。慌てて自分も居間へと駆け込んだ。大変ね(他人事)

 私もその後を追うと居間はてんてこ舞いなことになっていた。

 レミリアは食器棚から何かを取り出そうとしているが背が足りていないのでプルプル震えながらつま先立ちをしている。非常に危なっかしいのだがメイドは助けるそぶりも見せずその姿を愛おしそうに見つめていた。

 魔理沙とフランはその近くで取っ組み合いをしている。え、なに? プロレスごっこ?

 

「へーこれが日本の湯呑みってやつかしら? 趣味が乏しいわね。私の館に来たら優雅なティータイムを堪能できるわよ?」

 

「人の趣味にケチつけないでくれる? ていうか持ち方が危なっかしい。さっさとそれを机におきな────」

 

 霊夢が制止するよりも早く、魔理沙と暴れていたフランがレミリアに激突。レミリアはその衝撃で手を滑らせ、床へと落ちた湯呑みは音を立てて砕けた。破片がパラパラと散らばる。そしてその絵柄には見覚えがあった。

 それって……私専用の湯呑み……。

 

 湯呑みを落としたレミリアは気まずそうに周りを見ると、急にしたり顔を作る。

 

「……ふっ、その湯呑みの運命は元からこれだったのよ。私が介入したことによりその時期が尚早まっただけ。些細な運命違いよ」

 

「ていのいいことを言って誤魔化そうとするな。あーもう、メイド!」

 

「もう片付けてますわ」

 

 霊夢が怒りながらメイドへと視線を向ける。対してメイドは軽く涼しい顔でそう返した。

 ふと目を戻すと割れた湯呑みは無くなっていた。メイドが時を止めて回収したのだろう。つくづくおかしな能力だなって思うわ。貴女だけ世界線を間違えてるんじゃないの?ってレベル。

 ていうか私のお気に入りの湯呑みが……。なんなら時を止めて割れる前に回収してくれても良かったんじゃ……。

 

 

 

「で、あんたらはいつからいたの?」

 

 まず霊夢は私へと問いかけた。その眼光はギラつき、嘘をつけば容赦なく殺すと無言で訴えかけている。えっと、親に向ける目じゃないわよ……?

 

「私は日の下り具合を見るに3時間前くらいかしら? 来てすぐに布団に入ったから何もしてないわよ?」

 

 結構な長さの夢を見ていた感じはするけど夢の世界って時の流れがめちゃくちゃなのよね。精神世界の仕組みはよく分からないわ。

 霊夢はこちらを凄まじい形相で睨みつけた。まるで今にも殺してやると言わんばかりの目だ。娘の反抗期ってこんなに激しいのね。確か幽々子も子供の反抗期は大変って言ってたわ……オヨヨ。

 次にレミリアが得意げに続ける。

 

「私が来たのは貴女が起きる五分前くらいよ。起きるまでわざわざ日光降り注ぐ外で待っててあげたんだから感謝して欲しいものね。太公望でもここまでは待たないわよ?」

 

 ドヤ顔で語るレミリアを他所に霊夢の顔がどんどんやばいことになってゆく。あー……本気で怒ってるわねこれ。異変の時でもここまではキレないわよ。寝顔をみんなに見られたからかしら?

 あと物知りな紫ちゃんが補足するけど太公望は待った方じゃなくて待たせた方だから。

 

「魔理沙……」

「うん?」

「どこまで見てた……?」

「えっ……そ、そりゃあうん。えっと……まあなんだ、あれだうん。お前が人の気配に気づかないのは珍しいな、うん。そんだけ夢中だったんだろう。ま、まあ私は別にいいと思うぞ? うん」

 

 言い淀み、視線を不自然に逸らす魔理沙。いや、いったい何があったの? ていうかそんな曖昧な返し方しないでさ! ほらもっと霊夢を宥めるようにしてちょうだいよ!

 

 だが時すでに遅し。霊夢を中心に霊気が爆発し家屋がメキメキと悲鳴をあげた。

 周囲にお札を何枚も浮かせ、その外周を陰陽玉が漂っている。さらに指と指の間には封魔針を3本装備。夢想天生を使わない状態での霊夢の最強形態だ。つまり今彼女の目の前にはどうしても消し去らねばならない存在がいるというわけね。

 ヤバイ霊夢が本気でキレてる。

 

「あんたたちの記憶も存在も残さないわ。大人しく消し飛びなさい!」

 

 刹那の直感だった。

 視界が白く染まる直前に私は妖生稀に見るスピードで目の前にスキマを開き、ちょうど近くにいたフランの腕を掴み中へ飛び込む。

 スキマ通過すると同時に凄まじい衝撃が背後を駆け抜ける。急いでスキマを閉めたが体にかかった分の衝撃はどうすることもできず、私は無様に顔面着地、地面をゴロゴロ転がった。

 視界の隅ではフランが何もないようにフワリと浮き上がり着地しているのが見える。幽閉されてたからてっきり病弱なのかと思ってたけど……運動神経いいのね。

 

 フランに無様な姿は見られたくないのでさっさと立ち上がりパンパンと土埃を払った。そう、私は頼れるお姉さんだからね! 顔から着地するようなドジっ子な訳がないのよ! 決して泣いてなんかないんだからね! これは汗なんだからね!

 

「花火みたいで楽しそうだったなぁ。まあ私にはどうもないんだろうけど。それなら眩しい思いをするよりもいっか」

 

 フランは実に無邪気。先ほどの閃光を花火だと思っているようだ。

 違うのよフラン。あれはメギドだとかそんなチャチなものじゃ断じてないものよ。私たちなんて一睨みでイチコロだからあの巫女さんは絶対に怒らせないようにしようね? ゆかりんとの約束よ?

 

 

 ◆

 

 

 博麗神社は跡形もなく消滅していた。

 爆心地の中心に立つのは元凶の巫女。未だなお怒り続ける彼女に親友の魔法使いは呆れた視線を向ける。

 

「ああ逃した! くっ……今度会った時は絶対許さないから!」

「……ヤケに荒れてるな。そんな殺意満々で怒るほどのことか?」

「知らないわよ!」

 

 激昂とともに地を抉る霊力波が魔理沙へと放たれた。魔理沙はため息を吐くと背中から生やした漆黒の翼でそれを弾き飛ばす。

 弾かれた霊力波は博麗神社隣接の林を消し飛ばし、小山にデカデカと傷跡を残した。抉り取られた大地から霊夢の荒れようが象徴されている。

 

 そんな霊夢の様子を上空で見ていたレミリアは咲夜を後ろに控えさせ、困った表情で肩をすくめる。咲夜の表情も優れない。

 

「全くあの巫女は……。ホント教育がなってないんだから。眷属にするにしても色々とやることが多そうね」

「お嬢様、申し訳ございません。他でもないお嬢様に守られるとは……この咲夜、不敬の至りでございます……」

「貴女は私に日傘を差し続けてるせいで避けれないんだからしょうがないでしょ。畏まってもあまり卑屈にはならないことね」

 

 レミリアは周りをキョロキョロ見回す。いるのは霊夢と魔理沙、そして咲夜と自分のみ。紫とフランドールはいなくなっていた。

 

「それにしてもフランはどこに行ったのかしら。あの子に限ってもしものことはないと思うけど……。ま、まさか逃避行!? おのれ八雲紫! フランの友人は許してもあの子は渡さないわよ!」

 

 運命が見れないと極端に不安になってしまうレミリア。

 その姿に咲夜は絶対者レミリア・スカーレットが存在しないことを改めて実感し、ほんの少しだけ寂しくなった。

 

 

 ◆

 

 

「お姉様たちは連れてこなかったの?」

「ええ。アレとかアレとかアレなら大丈夫よ、多分。そう簡単にくたばるものでもないでしょうし」

 

 連れてくる時間がなかったっていうのが本音だけどそこんところは黙っておこう。

 魔理沙はともかく、あの二人組みがくたばってくれるんなら私としては万々歳なんだけどね。けどあれぐらいで死ぬ連中なら苦労はしてない。

 

「ま、それもそっか。けどこれで紫と二人っきりだね! なんかロマンチック逃避行って感じ! 周りもなんか洞窟っぽいし」

 

 あら中々洒落たことを言うじゃない?

 フランの言う通り、私たちは今洞窟っぽいところにいる。ていうか地底である。前方に見えるあの洋館が私の胃を締め付ける。咄嗟のことだったから場所も指定せずにがむしゃらに開いたんだけど……まさかここに来るとは……。

 

「ここは地底。嫌われ者たちが跋扈する世界よ。そしてあの館は地霊殿。この前言った心に関してなら世界一の専門家が住んでるの。性格は最悪だけど」

「へぇ、ここが?」

 

 フランは興味深げに地霊殿を見る。まあ見栄えはいいからね。()()()は。

 

「結構良さげなところだね。ほら行こうよ紫」

 

 フランはテクテクと地霊殿へと歩みを進め始めた。私としてはあまり……というか全然気が進まないんだけど。

 まあいずれは地霊殿に連れて行く約束をフランとしたけどさ、ちょっと文字通り心の準備ががが……

 

 

 ◆

 

 

「はいどうも貴女の大っ嫌いなさとりですよ。結局二度と来ないとか言いつつなんだかんだで来るんですね。自分の発言には責任を持った方がいいですよ? ていうかそんなに私が好きなんですか? 照れるじゃないですか。……すいません、ぶっちゃけ言うと反吐が出ます。年増妖怪のそっちの性癖にふれられてるなんて想像しただけで吐き気が……おえっ。……はいはい嘘ですよ。いちいち間に受けないでください。それで今日は? ふむふむ……なるほど。散々な目に遭ったようですね。まあ自業自得ですが。さしずめ来世に期待といったところでしょうか。貴女程度の善行では来世があるかは疑わしいですがね。閻魔からもよく言われるのでしょう? そのくせして毎日怯えて嘆くばかりで自分から行動を起こそうとしない。弱い、弱すぎますよ。ああ、私は貴女のことを思って言ってるんですよ? そこらへん分かってます? それを逆恨みとは……心の狭さがよく読み取れる。恥を知ってください、恥を。お、泣きますか? どうぞどうぞ泣くなり吐くなりお好きに。そうしたところで貴女の体が傷つくだけで何の解決にもなりはしませんがね」

 

 会ってすぐにこれである。

 ……もうやだぁ。半泣き状態でメンタルポイントがとっくにゼロの私へと容赦なく追い打ちが浴びせかけられる。

 このドS妖怪は私のメンタルがブレイクするのを楽しんでるんだ! よくもこうネチネチと……! この陰湿! 冷酷! 残忍! 鬼畜! 萃香! さとり! 幽香!

 

「何とでも言ってください。貴女がさらに惨めになるだけですよ。……ではフランドールさん。よくお越しくださいました、ようこそ地霊殿へ。貴女のことは紫さんの中で見させてもらっています。お会いできる日を予々お待ちしていました」

 

 私へ侮蔑と嘲笑の後、さとりはフランへと体を向ける。そして朗らかな笑みで歓迎の言葉を口にした。……うん?

 

「貴女の不安定さはよく感じています。大変つらい思いをしたんですね。しかし貴女の心は完全に壊れきってはいません。しっかりと治療をすればまた元のフランドールさんへと戻れますよ。……分かりました、貴女のことはフランと呼びましょう。是非仲良くしてください」

「うん、よろしく!」

 

 ……いやちょっと。

 

「あ? なんですか紫さん。今の私は貴女如きに構ってる暇なんてないんですよ。今から彼女の記憶を想起させて心を呼び覚ましますからね。率直に言って邪魔なのであっちに行っててください。大事なことなので二回言いますよ?邪魔です」

 

 あ、はい。

 言われるがままにおずおずと引き下がった私は扉を開けると廊下に出る。

 そしてこっちにフリフリと手を振るフランに手を振り返し、しっかりと扉が閉まったのを確認して……

 

 

 

「なによこの格差ッッ!!?」

 

 腹の底から叫んだ。昨日に引き続いて打ちのめされた心身に引きずられるようにへたり込む。私が一体なにをした?

 いやもうね、この不当な扱いよ。フランに優しくしたくなる気持ちはよーく分かるけどさ、その優しさを私にもプリーズ! その100分の1でもいいから! お願いします!

 うぅ……何なの今日という日って。なんでみんなは私をいじめるの?なんでみんなは私に優しくしてくれないの? 私は静かに暮らしたいだけなのに。安らかに眠りたいだけなのに。あんまりよぉ……あんまりよぉ……えぐっ、うっ、えぐっ。

 

 

 

 

「大丈夫? ゆかりん」

 

 日が差したかのような錯覚を抱いた。だが私の目の前に立ち、笑いかけてくれながら確かに心配してくれている少女は……紛れもない女神だった。

 

「賢者のお仕事ってそんなに大変なの? 私に何かできることはあるかな? ゆかりんの力になれることならなんでもするよ?」

「こいしちゃん……!」

 

 幻想郷の良心……! 貴女といいフランといい、何で鬼畜姉の妹たちはこんなにいい子ばっかなの。もう貴女たちを祀る神社でも作りたい気分よ!

 ……うん、この程度でめげちゃダメね。私はこの子たちが快適に、そして幸せに暮らせる本物の楽園を作らなきゃならないんだから! 弱いところは見せられないわ! さあ立ち上がれ八雲紫!

 

「ありがとうこいしちゃん。ちょっと立ち眩みで転んだだけよ」

「そうなの? ならいいんだけど。あっそうそう! ゆかりんにいいものを見せてあげる予定だったよね! 付いてきて!」

 

 こいしちゃんは興奮した様子で手をブンブン振りながら廊下を走ってゆく。うんうん、元気なのはいいことだわ。

 子供っていうのはホントかわいいわねぇ。

 それにしても”見せたい物”……か。確かにそんな話があったわね。まあ来たついでだしその”見せたい物”っていうのを見させてもらいましょう。すっごく美味しいケーキとか……とっても大きな宝石とかそんなのかな?

 何にせよ楽しみだわ!

 

 

 こいしちゃんに入るように言われた部屋で一番に目に飛び込んできたのは、壁に磔られている人間の人形だった。私から言わせればなんともチープで悪趣味な人形である。良くできてるとは思うけどね。

 その周りを見ると小さな机やベット、ソファーがある。嫌に生活感を感じる部屋だ。だれかの個室だろうか?

 こんな悍ましいもの(死体の人形)をこいしちゃんが部屋に置くはずがないから……ここはさとりの部屋かしら? いや、そのペットの火車の部屋かもしれないわね。どっちにしてもあんなものを部屋に飾るなんて神経がキチってるわ。

 

 こいしちゃんは私を部屋に入れると何処かへ行ってしまった。取り敢えず帰ってくるまでソファーに座らせてもらうとしましょう。

 

 ふぅ……インテリア的な問題でくつろぎ空間ってわけでもないけど、このふかふか具合が中々心地いい。疲れた体に染み渡るわ。

 さっきの眠りでは結局衝撃の夢オチで叩き起こされたから疲労はあんまり回復してないのよね。

 

 今日二回目の微睡みが私を包む。ホッとしたら眠気が……。

 ……こいしちゃんが帰ってくるまでなら、寝てても大丈夫よね?うん、少しだけ、だから、ね……ちょっとだけなら、いいよね……?

 

 ……ZZZ

 

 

 

 

 

 




二連続寝落ち。ゆかりん疲れてるんだね。
理解のあるヤンデレって私好き!(パァァァァ
ちょっとだけ拡大解釈とかしてますが性格は基本的に(作者が思う)キャラクターのものです。ぶっ壊れてるのはゆかりんくらい?

次回の後書きにちょっとした基準のようなものを載っけます。

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