幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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吸血鬼異変──集結、決戦

「いやもうほんと、死ぬかと思いましたね。あそこまで鮮烈に死のビジョンを叩きつけられたのは初めてでした。魔界でも滅多にあんなことはありませんよ。ていうか幻想郷マジでヤバイですね!」

「……そう」

 

 昼頃、意識が回復するなりベットから飛び降りた小悪魔は、口早にパチュリーへとそう伝えた。

 多少大袈裟ともとれる小悪魔の身振り手振りの報告をパチュリーは怠そうな表情で聞いていた。その傍らではレミリアが紅茶を嗜んでいる。

 

 レミリアとパチュリー、そして咲夜は映像を通して妖怪の山での出来事を一から十まで把握していた。

 小悪魔の大虐殺、小悪魔と椛の戦闘、最後の烏天狗による一凪。どれもがいい判断材料であった。とてもじゃないが、前日紅魔館門前で行われていた戦闘のような何かは参考になりえないからだ。

 

「あと少しでも私がかけてた危機自動転移魔法が遅れてたら地獄行きだったわね。実力を見誤るのは三流の証拠よ」

「そんなこと言ったって、アレからは逃げれる気がしませんでした。不条理を体現したような……恐ろしい存在です。もっとも、アレが幻想郷のトップならいいんですけど……どうにも口ぶりからはそんな感じがしなかったんですよね。上位勢の一人であることは間違いないと思うんですが……」

 

 思わず小悪魔は身を震わせてしまった。

 最後に視覚できたのは団扇のようなものを横に凪いだ、ただそれだけだった。気づけば体は魔素の結合が分解するレベルまで切り刻まれており、文字通り死を覚悟した。

 

 そんな小悪魔の様子を見たレミリアは「尖兵御苦労」とだけ伝えて大図書館を後にした。もちろん咲夜がそれに追随する。

 真っ赤な廊下を二人の歩く靴の音だけが響き渡る。普段は数匹程度の妖精メイドがそこらでたむろしているはずなのだが。ふと、窓を覗くと妖精メイドたちが庭先で美鈴と談笑をしているのが見えた。

 咲夜はナイフを取り出し能力を発動しようとするが、レミリアがそれを手で制する。

 

「今日は忙しくなりそうだからね、今のうちに休憩させときなさい。貴女も休んでていいのよ?」

「いえ、お暇はいただきません。それにお嬢様……こんなに昼更かしして大丈夫なのですか? 今日が本番なのでしょう?」

「そうね」

 

 レミリアはそう言うと大きな欠伸を出す。吸血鬼の昼といえば人間にとっての深夜である。お子様のレミリアにとってそれは堪えるだろう。

 だがレミリアは目を擦りながら楽しそうに咲夜へと言う。

 

「楽しみすぎて眠れない。明日の今頃、私たちはどうしているのか……こんなにも不安でワクワクした気持ちは初めてよ」

「左様で……ございますか」

 

 レミリアこそ全能と信じて疑わない咲夜は、今のレミリアの発言にとてつもない違和感を感じた。全てを見通す能力を持つ彼女が「分からない」と言ったのだ。違和感はやがて不安へと変わってゆく。

 咲夜は自分の行う行為を戒めつつもレミリアへと疑問を投げかけようとした。

 

「お嬢様……。まさか……」

「ん?」

 

 レミリアは咲夜の目を覗き込んだ。咲夜は口から出そうになった言葉を無理やり飲み込み、なんでもない風を装った。

 主人を疑うのは、恥ずべきことだ。

 だが咲夜の不安を感じ取ったレミリアはふふっと軽く微笑み、しっかりと言った。

 

「もちろん、負ける気はしないわよ?なんたって、私はレミリア・スカーレットだから」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 さとりは目の前の胡散臭いへっぽこ賢者を今日一番の不機嫌そうなジト目で一瞥し、腹の底から大きなため息を吐いた。

 柔らかい笑みを浮かべながら澄まし顔を作る最高賢者八雲紫であるが、さとりの能力を持ってすればその心のうちは一目瞭然である。

 

 ──ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 

 そう、八雲紫は乱心状態であった。

 彼女の持っているティーカップがカタカタと揺れて、紅茶がテーブルに滴ってゆく様を見てさとりは呆れ返る。

 

 こうなってしまった経緯は把握済みだ。

 何でも賢者たちを煽って紅魔館という場所に突撃させたら何か全滅してたらしい。鼻っ柱をへし折られた紫はその後の会議で会わせる顔がなかったという。ひたすら目を伏せて塞ぎ込んでいたようだ。

 我らが賢者の無能っぷりにさとりは再び大きなため息を吐くと、深い憂いを押し流すように紅茶を飲み干した。

 取り敢えず何か話さなければ何も始まらない。

 

「状況は把握できましたが……それでなぜ私の元へ?こんなところで紅茶をこぼしてる暇があったらさっさと地上へ戻って対策を練るべきだと思いますけど。それに私どもは地上との条約で干渉は最小限ですし。ていうかそれを定めたのって紫さんですよねぇ?」

「賢者たるもの大衆の前で無様な姿を見せるわけにはいかないわ。もちろんそれは藍にも当てはまる。わざわざ自らの失策を周りに知らせるというのはどうにも下策のような────」

「つまり入れ知恵をくださいということでしょう。相談できるのが私ぐらいしかいませんもんね。最初からそう言えばいいんですよ……頼む側の態度っていうのがなってないんじゃないですかねぇ?」

 

 さとりに意見を求めるというのはまさに紫としても苦肉の決断であった。先ほどの会議ではどういうわけか賢者たちからも藍からも今回の失策は追及されなかった。切腹もあり得ると震えまくっていた紫であったが取り敢えず一安心。

 しかし今回の全滅を受けて他の賢者は完全に今回の異変から手を引いてしまい、紅魔館に対抗するべく残った組織的な勢力は八雲だけという崖っぷち状態であった。

 今回の件でキレているかもしれない藍に相談するわけにもいかない。なので彼女には紅魔館の情報収集を行ってもらっている。藍はダメ、かといって自分と考えを共有できる存在というのが周りには決定的に不足していた。ひとえに人望不足である。紫は泣いた。

 しかしだからといって放棄するわけにはいかないので、それなら賢者という体面を気にする必要のないさとりに意見を仰ごうと思ったのだ。スキマに胃痛薬と整腸剤を大量に携帯して。

 

 と、以上ここまでさとりはお見通し。

 

「無能です、無能オブ無能。集団のリーダーともあろうものが情けない限りですよ。幻想郷の未来は貴女の手綱次第だというのに……一住民として恥ずかしい。ていうか貴女はなんのために生きているんですか?自分の職務をまともにこなせず、今も生き恥を晒し続けている。明らかに幻想郷にとっての害悪ですよね? 今一度自分の存在意義を確かめてみては?」

「がぼっ、がぼっ……!」

 

 紫は紅茶を飲みながら泡を吹いていた。しかしその状態でも目元涼やかな麗しの胡散臭さ。変に器用である。

 さとりは呆れて再三のため息を吐くと、引き出しから一枚の羊紙皮を取り出す。そして羽根ペンにインクをつけると何かを書き足し始めた。

 

「まったく……頼りない貴女に任せていては幻想郷が心配なので、私からも微力ながら力を貸すことにしますよ。ちなみに私の名誉のために言っておきますけど決して貴女に力を貸しているわけではないのでそこのところよろしくお願いします。……『ツンデレ乙』? ……ブチ殺しますよ?」

 

 さとりは鋭い三つの眼光で紫を睨むと、羊紙皮を丸めて投げ渡した。慌てて紫がスキマでキャッチして回収する。

 陰湿で陰険で冷酷で残忍なさとりではあるが、その器量と頭のキレは統治者として目を見張るものがある。そんな彼女が”微力”を貸し与えてくれたのだ。一応の希望は生まれたと見ていいだろう。かといって信じすぎるのは危険だが。

 早速渡された紙の中身を見てみたが……そこには人物の名前が書かれているだけで、具体的な方向性などといったものは何も書かれていなかった。さらに気になるのがそこに名前で書かれている者たちである。明らかにアカン連中ばかりであった。

 

「……これは?」

「貴女に力を貸してくれそうな妖怪たちの名前です。まあ判断基準は貴女の彼女たちへの記憶ですから、私は数人を除いてその人たちに直接会ったわけではありません。なので内面性的な保障は取れませんが……まあこの際どうでもいいでしょう? 取り敢えず貴女は藍さんと手分けしてその妖怪たちに手助けを乞うことです」

 

 紫は目を細めて明らかに難色を示した。何しろ救援を頼む相手が相手である。まずこちらの言うことを聞いてくれるかどうか……。というかまず話が通じるのかどうかが問題であった。

 

「……他に方法は?」

「全面降伏ぐらいですかね。なお最高権力者は処刑されるのがオーソドックスな流れです。取り敢えず墓は作っときますよ」

 

 紫もこの事態をどうにかするには彼女たちの助けが必要なことは薄々気づいていた。だがやはりなるべく奴らは動かしたくなかった。どんな悲惨な結果になるのか想像できない。

 しかし、さとりから突きつけられたのは残酷な現実。今のままでは自分の命が危ないのだ。……犠牲もやむ得ない。

 

「いろいろと悪かったわね。手間を取らせたわ」

「心と言葉が一致してませんよ。帰りたいんならさっさと帰りやがってください。それではまたのご来訪をお待ちしてますよ」

 

 

 

 ────────

 

 

 

 取り敢えず紫は家に帰ってすぐ胃痛薬を服用、その後に藍を呼んだ。

 

 藍は紫から手紙を受け取ると、内容を隅々まで確認。そして目を見開くと信じられないといった様子で紫に詰め寄る。その鬼気迫る雰囲気に紫は命の危険を感じつつも、譲らない姿勢を取った。

 藍の視線は剣呑な光を帯びて紫へと注がれる。

 

「ゆ、紫様……まさか本当にこの紙に書かれてある通りに……()()()を使うおつもりなのですか!? た、確かにこれだけの戦力を加えることができればこの異変は確実に解決できますが……私と紫様の単独で異変を解決した方がリスクは少ないのでは……?」

 

 紫は慌ててブンブンと頭を横に振った。今回の異変はいくら藍が強いといっても無事に済むかどうか分からないほどの規模だ。もし万が一にでも彼女が陥ちれば紫は一気に無防備になる。

 しかも彼女の口ぶりでは紫と藍の二人で紅魔館に乗り込むていのようである。足手まといにしかならないから勘弁して欲しいと紫は思った。

 

「……彼女たちの助力は異変を解決する上で必要よ。他に手はないわ」

「しかし、この面子は……」

 

 藍は珍しく紫が言うことに難色を示し続けた。彼女の頭の中でも彼女たちの力を借りた未来の幻想郷が色々といけないことになっているのだろう。紫は彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。戦後の後始末など想像するだけで鳥肌ものである。

 だが、今はどんな手を使ってでも吸血鬼に勝つことが大切なのだ。何しろ自分の命と首がかかっているのだから。紫とて引くことはできない。

 

「藍、取り敢えずそれの書いてある通りにしてちょうだい。あとの責任は全て私がとる。大丈夫よ……なるようになるわ」

 

 紫は藍の手を取ると、自分へと言い聞かせるように言った。藍の機嫌だとかそんなものを考慮する余裕すらない。とにかく説得せねば。そして生きねば。

 藍はしばらく紫を見据えていたが、やがて納得したように恭しく頷いた。

 

「……分かりました。貴女様がそう言うのならこれが最善の方法なのでしょう。この藍、紫様のお言葉に従うのみです。私は此方から此処までの者たちに呼びかけてきましょう」

「……助かるわ。ありがとう」

 

 紫は心の底から藍に感謝するともう一度さとりの書いた紙に目を通す。そして少しだけ考え、意を決したように視線を落とすと『風見幽香』の文字を消した後にスキマへと潜るのだった。

 

 

 ────────────────

 

 

 霧の湖を臨む紅魔館とは対岸に位置する鬱蒼とした林。そこが対吸血鬼メンバーの集合場所である。情報を伝え次第すぐに攻撃できるように近くに陣取ったのだ。

 日が沈む黄昏時、今日の終わりを告げる夕日に向かって紫は遠い目を注いでいた。

 

(明日もまた、この夕日を拝めるのかしら……)

 

 バックには呼び出した妖怪たちが集結している。だが、見たくない。幻想郷を混沌へと陥れる修羅たちと目を合わせたくない。紫にとってできればもう二度と関わりたくなかった面々であった。

 しかし紫は意を決して、振り向く。

 

 蟲の支配者、リグル・ナイトバグ。彼女が一番最初に集会場所へやって来た。このタイミングで呼び出される理由は彼女自身がよく分かっているだろう。つまり彼女の意欲は高いということだ。

 

 闇夜の夜雀、ミスティア・ローレライ。リグルより少し遅れての登場だった。先ほどまでリグルと喧嘩一歩手前の言い合いをしていたが、最終的にはなんらかの形で互いに和解したようだ。その間、紫は気が気でなかった。

 

 蠢く深淵、ルーミア。彼女は木の影からフラッと現れた。現在進行形で体中に血や肉の塊を引っ付けており、なおも謎の肉に噛り付いていた。紫は肉の正体に薄々と感づいたが、敢えて考えることをやめた。ついでにナプキンで顔を拭いてあげる。

 

 何かとお得意さん、多々良小傘。彼女は針物の専属鍛冶屋である。紫はどうせ来て最初に騒ぎ出すだろうと予想していたが、意外にも大人しく、紫のやや後方に陣取った。

 

 氷上の絶対者、チルノと取り巻きの大妖精。こちらは予想通り来て早々に騒ぎ出した。しかしいつもよりも幾分テンションが高く、周りに喧嘩を売っていたので何事かと注視してみると、その後方にいた人物のせいだったようだ。

 

 謎の雪女、レティ・ホワイトロック。紫は彼女を見るのが初めてだった。しかしその凍てつかんばかりの冷たい視線に背筋を震わせ、彼女もまた、ただ者ではないことを知る。少しばかり気温が下がった。

 

 一人産業革命、河城にとりと愉快な河童たち。一言で言うなら装備がメカメカしい。そして何かとゴツくてメタリック。あの周辺だけ三世紀ぐらい未来を行っているなぁ……と紫はしみじみ思う。

 

 友人のようなナニカ、伊吹萃香。いつものように酔っ払いながら千鳥足でやって来た。紫へと伊吹瓢の酒を勧めつつ、新たな酒をねだる。

 

 八雲の式神、藍と橙。集まった者たちを油断なく見据え、騒ぎを起こさまいかと警戒している。一方の紫は彼女たちが集まった連中と問題を起こさないかとハラハラしていた。

 

 最後に我らがへっぽこ賢者、八雲紫。キリッとした凛々しく妖しい表情と佇まいを保ちつつ、お腹を押さえながら蹲っている。

 

 紫にとって錚々たる面子であった。幻想郷で問題を起こすのは大抵ここにいる者たち、つまり紫の怨敵である。だが今日は説教のために彼女らを呼び出したのではない。結束のために呼び出したのだ。

 なお、さとりの書いたメンバーの中には幽香や他数名がいたが紫の独断で削除。またてゐなどのどこにいるか分からないメンバーも削除した。もっとも、欠員関係なしにオーバーキル臭が漂うのだが。

 

 各々が談笑したり敵対したりを好き勝手に行っていた。その光景に腹痛が容赦なく紫のお腹を締め付ける。だがこれより結束式、トイレに入る暇はない。

 紫はお腹を涙目でさすりながら口を開いた。

 

「えー……今日は────」

 

「うらしめやぁぁぁぁぁぁ!」

「───ひゃあっ!!?」

 

 挨拶の直後だった。紫の背後から凄まじい衝撃が生じ、紫は錐揉み前転しながら前方へと吹っ飛んだ。そしてたまたま生えていた木に頭から衝突。ぶつかる寸前に藍が間に入ってクッションとなったおかげで事なきを得たが、それでも全ての衝撃は殺しきれず木をへし折り地面へと崩れ落ちた。

 紫を吹き飛ばした張本人である多々良小傘は悪びれた様子もなく、茄子色の傘をブンブン振り回して体全体で喜びを表現していた。

 

「やったね! 吃驚大成功! やっぱり紫さんは稼げるわー! 今年分の妖力が補充できた──グエッ!?」

「貴様ぁぁ!! 紫様にな、なんということを……! いくら紫様の得意先と言えどもただでは済まさんぞッ!! 橙、お前は腕だ!」

「はい藍様!」

 

 藍がすぐさま小傘の首を絞め落とした。その傍らでは橙が腕ひしぎを決めている。紫というゴングによって打ち鳴らされた一方的な戦いはヒートアップし、周りの野次馬連中が喝采を送った。

 と、しばらくして這い蹲っていた紫が復帰。若干ふらつきながら元の位置へと戻っていった。

 

「そこまでよ……とんだハプニングがあったけど、予定通り結束式を始めるわ。藍、橙……小傘を離しなさい」

 

 紫の命令を受けて即二人は技を解除するが小傘は昏倒、地面へと倒れ伏した。完全に意識を刈り取られているようだ。だが誰も気にしない。紫もあまり関わりたくなかったので敢えて彼女を放置した。

 結果、良くも悪くも先ほどのことで全員の注目が紫へと集まった。

 

「今回貴女たちに集まっていただいた目的は先に話した通り……────まあ察している方もいるやもしれませんが……端的に言うならば私からの懇願ですわ」

 

 八雲紫による直々の懇願。それは紫をよく知る者にとっては衝撃的なものであった。幻想郷最強と謳われる存在からの頼みごとにはかなりの意味がある。萃香を始めとした知己の間柄な者たちだけでなく、リグルなどを始めとした野良勢力も息を呑む。

 

「昨日より出現した、かの紅い館。アレは幻想郷に重大な影響をもたらすものだと私が断定しました。よって、貴女たちの力を借りたい」

あなた(賢者)がたかが館の一つを潰すためだけに私たちにお願いをするの? どうにも胡散臭いわね……なにか裏があるんじゃないの? ま、私はメリットがあって参加したんだからなんでもいいけど」

 

 ミスティアの言葉に何人かがうんうんと頷いた。紫は何のひねりもない救援要請に「胡散臭い」などと言われ結構傷ついたが、すぐに弁解すべく口を開く。

 

「これだけの人数を集めたのは保障に過ぎませんわ。ただ彼方側の戦力が油断できないものである事は事実。万に一つもなきよう、私は幻想郷のために最善を尽くさねばなりません。もちろん……参加してくれた貴女たちに対する敬意は持ち合わせていますわ」

 

 唐突に頭を下げる紫。

 あの八雲紫が、頭を下げた。格上が格下に向けて頭を下げるというのにはかなりの決意と意志が必要であり、まぎれもない上位者である彼女のその姿は、紫の今回の案件にかける思いが見て取れた。そんな信じ難い光景に集まった者たちは目を見開き、そしてふと紫の傍に控えている式へ目を移す。

 藍は鬼神の形相で唇を食いちぎらんばかりに噛み締めていた。橙は歯を食いしばりながらスカートの裾を掴んで自分の激情を押さえ込んでいた。式たちの本音としてはすぐにでも主人がとっている行動をやめさせたい。自分たちにとっての絶対者である八雲紫が頭を下げるという行為は何物にも代え難い苦痛である。しかし、紫が確固たる意志を持ってその行動に及んでいる事を二人はよく分かっていた。だからこそ式である自分たちはひたすら耐えるのだ。

 

 10秒にも満たないお辞儀であったが、そのあまりの光景にミスティアは慌てて「撤回! 今の言葉は撤回! 話を続けてちょうだい!」と叫んだ。

 紫はその言葉を聞いて満足そうに頷くと頭を上げる。これで漸く式たちも心を落ち着ける事ができた。いや胸中は決して穏やかでないが。

 

「打算で動かれた方もいるでしょう。しかし、思惑はどうであれ私は幻想郷のために動かれた貴女たちへ最大級の感謝を示します」

 

 紫はしっかりとそう述べると、本題を切り出してゆく。この集まりは結束会である同時に作戦を伝える場でもあるのだ。

 ちらりと、未だに昏倒している小傘の傍に立つ藍へと視線を寄越す。藍はそれに応じて頷くと空気を横に切った。それと同時に全員の手元にスキマが開き、数枚の紙がヒラリと落ちてくる。きめ細かく数字がびっしりと書き込まれていた。

 

「その数字は紅い館の戦力数ですわ。現時点で分かることは奴等が相当な数を溜め込んでいること、そして同時に質も揃えているということ」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら紙を眺めるチルノや、酔っ払ってそもそも紙を見ていない萃香を除く者たちは興味深げに目を通してゆく。

 紫がさとりの元で悪戦苦闘している間、藍は紅魔館の情報収集に務めていた。紙に書かれている情報の8割が彼女の憶測と推測に過ぎないが、紫は彼女の仕事に全幅の信頼を置いている。疑う余地などあるわけがない。

 

「ねえ大ちゃん。これってどういうこと?」

「え、えっとねぇ……レティさん、チルノちゃんに教えてあげれませんか?」

「ええいいわよ」

 

 取り敢えずチルノの方は彼女の周りの者たちがどうにかしてくれるから大丈夫と判断した紫は、酒を煽っている萃香へと近づく。

 彼女はメンバーの中でも最高級の戦闘力と応用力を有している。またそれと同時に戦闘の際の周りへの被害にもっとも懸念を示さざるを得ないのも彼女であり、よく言い聞かせておく必要があった。

 

「萃香、内容は把握できたかしら? 貴女の動きがキーになってくるかもしれないんだからしっかりしてちょうだいな」

「あー? こんな綺麗な満月の日に飲まず食わずで何をしようっていうのよ! 所詮あの連中の相手なんて私からすれば酒の肴にもならないんだからね! 友人のよしみでわざわざ宴会の予定をキャンセルしてまで来てやったんだ、せめてこんな時くらい心置きなく月を呑ませておくれよ」

 

 やっぱり萃香を候補から除外しなかったのは間違いだったかなと紫は今更になって思い始めていた。しかし来てしまったものは仕方ない、お引取りを願うわけにもいかないのでなんとか有効活用せねば。

 ふと、周りがざわついてきたのでそれとなく耳をそばだててみる。

 

「見て! まかいっていうところからいくらでも食糧を召喚してくれるらしいよ! ふふ、今年はホント凶作だったからね……腹を空かせた蟲たちも満足してくれるといいな」

「へえ無限お肉製造魔法? 何それ便利。その魔法を使ってる奴を連れて帰れば毎日お肉食べ放題なのかぁ……えへへ」

「ふふふ、粗末な肉に興味はないわ。私が目指すのは吸血鬼の肉のみ! 昨日はハズレしか引けなかったけど、あの館には親玉が居るらしいじゃない? 食べれば不死になれる串焼きなんて大儲け間違いなしよ! しかもコウモリは鳥じゃないし一石ニコウモリね!」

 

「私、そのお肉食べたけど別になんも変わらないわよ?」

「それはあんた(ルーミア)だからでしょ」

 

 リグル、ミスティア、ルーミアは何やら血生臭い話をしていた。できるだけ関わるのはやめておい方がいいだろうと、紫はそれとなく距離をとった。

 やっぱり彼女たちのような野良妖怪勢を頼ったのは間違いだったかなと、紫は今更になって後悔し始めていた。

 

 河童たちはごちゃごちゃと意味のわからない専門用語を使って打ち合わせを行っている。大方今回の集会に参加した目的は山の盟約がどうとかというより、兵器の性能実験の面が大きいだろう。

 するとうち一人の河童が紫の視線に気がつき、隊長へと耳打ちする。

 技術戦闘機動部隊隊長、河城にとり。周りの河童が物々しい黒色のアーマーのようなものに身を包む中、彼女だけが水色の作業着を着ていた。

 にとりは一度話を中断して紫の方へと近づいてくる。何も仕込んでいないことを証明するように手をプラプラさせているが、実際そんなことはなんの証明にもなりはしないことを紫はよく知っている。

 

「やあ盟友の盟友、久しぶりだね。こんな機会を作ってくれてありがたく思うよ。……萃香様が参加しているのには驚いたけど」

「まあ……貴女たちが打算ありありで参加したことはよく分かってますわ。河童の科学力を信頼しての判断でした」

「それは正しい判断だよ。ふふ、妖怪の山じゃ包括的化学実験は禁止されてるから、この発明品たちを試す機会がなかなかないんだ。そう、これから行われるのは実戦であって実験じゃない!」

 

 にとりの言葉を聞くと体が脱力してゆくのを感じた。前世紀、にとり主導による河童たちの産業革命が開始され、妖怪の山……ひいては幻想郷が壊滅的なスピードで汚染されていった。それにとてつもない危機感を感じた紫が賢者たちの合意のもとに『包括的化学実験禁止条約』を河童たちと結んだのだ。

 確立された科学技術は河童たち独自のものであるが、材料は幻想郷という地理上どうしても紫に頼らねばならない。それをカードになんとか締結まで持ち込めた紫はそれなりに有能である。

 だがにとりのこの調子だと、実験の禁止だけでは制約が足りないような気がしてきた。ジェノサイド禁止条約も追加しておいた方がいいかもしれない。

 

 その後にとりに兵器の詳細を聞いてみたが上手くはぐらかされてしまった。大方ろくなものではないのだろう。

 今更ながら河童に頼ったのは多分間違いだったと紫は後悔した。

 

 次にチルノたちだが……

 

「────つまり強めなのが四人いて、その上にボスがいるっていうことよ。分かった?」

「分かったわ! つまり親玉の前に四天王がいるわけね。よし、あたいが親玉を倒すから他四人はレティと大ちゃんで倒してね! 途中で死んだりすればお話的になお良しよ! セリフも決めておきましょ! えっとね……レティが『後で必ず追いつく! 先に行けっ!』で、大ちゃんがー……」

「い、いや……私はできれば見学がいいかなーって。あんまりコンテニューはしたくないから。というわけで……レティさんお願いします」

「やだ、この私を噛ませに使うのね。末恐ろしい子たちだわ」

 

 案外ワイワイと楽しくやっていた。なおこの3人は紫や藍が呼んだのではなく勝手に来ていたのであって、そもそもメンバー外であった。

 なお小傘は未だに気絶中。戦いまでに意識が覚めるかどうかも分からない。

 

 紫は今更になって思った。間違いなく人選を間違ってるな……と。脳裏にはニヤけるさとりの顔があったという。

 さて、全員に十分な情報が伝わったのを見計らって紫が声を出す。

 

「それではこれより簡単な方針だけをお伝えしますわ。貴女たちの実力を疑っているわけではないので、大層な策は必要ないでしょう?」

 

 別に作戦を考えてもよかったが、万が一失敗した際に責任を追及されるのは嫌だったので敢えて無策での特攻である。

 

「館の中は広大な迷宮になっていて、その何処か最深部に吸血鬼の王が控えているようですわ。しかし今回私たちが気をつけるべきは敵の強さや館の仕掛けではなく、貴女たちが一箇所に集中して幻想郷へ深刻なダメージが及ぶことです。よって館突入後はチーム、または個人に分かれて散ることになる。そこまでは大丈夫かしら?」

 

 何人かが頷いた。確かに一箇所で自分たちが集中してはその一点における破壊の規模が大きくなってしまうだろう。他の者たちとの連携などが確実に見込めないメンバーなので集中するのは避けたい。

 

「伝えることはそれだけですわ。あと萃香、貴女には門番の相手をお願いするわ。外部からの破壊が館にどのような影響を及ぼすか分からないから、藍がスキマを通して用意した適当な場所で勝負をつけちゃってちょうだい」

「あいあい。門番を倒したら私はさっさと帰るからね。今からなら宴会に間に合うかもしれないし」

 

 萃香との最終確認を終えた。

 あとは殴り込むのみ。

 

「さあ、教えてあげましょう。妖々跋扈する幻想郷の、真の恐ろしさを──!」

 

 なお小傘は最後まで目を覚まさなかったので毛布をかけてその場に放置した。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 ──……来たか。

 

 睡拳モードで門に体を預け、襲撃に備えていた美鈴は目をゆっくりと開いた。

 いつになくテンションの高い我が主人に言われるがまま、一切の油断なく精神統一(睡眠)をとっていた彼女だったが、なるほど……これは強い、と納得した。

 

 前方からヒシヒシと身に伝わってくる圧力は、敵が紛れもない強者ばかりであることを否応なしに証明している。自分のことを”枯れた妖怪”だと皮肉っていた美鈴だったが、今宵ばかりは燃えた。

 紅魔館史上、これほどの敵勢が現れたことは果たしてあっただろうか。いや絶対になかっただろう。骨のない敵ばかりで毎日を満たされるばかりの忠誠心と眠気で漠然と過ごしてきた美鈴には、それほどの敵は思い出せない。

 強いて言うならば、まだ若かったパチュリーがやって来た時以来か?

 

 なんにせよ、腕がなる。

 敵がいかに強かろうとこの堅き門をそう易々と突破されるわけにはいかない。

 美しき紅の呼び鈴、紅美鈴。今宵こそそのとめどなき恩と忠誠心を主君へ示す時!

 猛々しく燃え盛る闘志を胸に、いざ叫ぶ。

 

「紅魔館に仇なす棟梁跋扈の妖怪どもよ、この門、そう易々と超えれると思うな! さあ、尋常にしょう────!」

 

「ぶ」は出なかった。

 美鈴は足元からスキマに飲まれた。

 

「藍……。門番が何か言ってたわよ? せっかく言ってくれてるんだから聞いてあげなきゃ。まあ、別にいいけど」

「いちいち下っ端の言うことにまで耳を傾けておられては身が持ちませんよ。それでは萃香、行っていいぞ」

「あいさー」

 

 萃香はスキマへと飛び込んだ。その姿を見届けた一同は前門をくぐり、荘厳な扉の前に立つ。今のところ敵からの反応は門番を除いては何もない。

 

「さて……開けるわ」

 

 紫が扉に手をかける────

 

 

 

 

 

 瞬間、景色にラグが走り各々が光に飲み込まれてゆく。バックドラフト現象という物騒な仮説が紫の頭をよぎると同時に光が収まった。

 景色は変わっていた。心地よい夜風は消え、代わりにカビ臭い匂いが体を包む。周りには見渡す限りの本、本、本……。

 どうやら転移型魔法陣が発動する仕掛けになっていたようだ。紫の周りには藍と橙しかいない。他の者たちは違う場所へ飛ばされたのだろう。

 

「あらら、パチュリー様! こっちに来るのは二人だけのはずでしたよね? なんか三人来てるんですけど!」

「む、誤差……?」

 

 紫が藍たちと言葉をかわす前に二人組の声が大図書館に響き渡った。

 目の前には魔女っぽい魔女と悪魔っぽい小悪魔がいた。藍と橙が紫を守るように陣を取り、紫はビビって身構える。

 

「紫様……どうやら他の者たちと分断されたようですね。我々は恐らく式としての繋がりが強いゆえに、三人一緒に飛ばされたのでしょう」

「手間が省けたということね」

 

 紫は内心ドギマギしながら答えた。下手したら自分一人だけで館に取り残されていたのだ。そうなっていれば恐らく、自分の命はなかっただろう。

 

「まあ、二人でも三人でも同じこと。私の前には等しく無力よ」

「ふむ……分かりました。それではリハビリも兼ねて景気よくいかせてもらいましょうか!」

 

 パチュリーの一声により彼女の周りには数千の魔法陣が一瞬で生成された。またその隣では小悪魔が妖怪の山で見せたものと同規模の呪いを撒き散らす。パチュリーと小悪魔、二人が互いの魔力を増幅し合っているようだ。

 

「……っ! 中々の手練れのようだな。橙、我々もいくぞ」

「はい、藍さまっ!!」

 

 二人の強さを把握した藍は目を細めると袖下から何枚もの式札を展開してゆく。そしてそれら全てが藍の姿を形取った。橙もそれに続くようにその身から膨大な妖力を溢れ出させてゆく。

 そして……

 

(ちょ、待ってホント待って!私死ぬから!マジで簡単に死ねるから!ていうかなんで!?なんでスキマが開かないのよぉぉぉぉ!!)

 

 一人激戦地に取り残されたか弱い紫はおろおろしていた。

 スキマを開いてなんとか逃げようとしたのだがパチュリーの計略によって空間が締め出されており、外にスキマを繋げることができなかった。その結果、動揺しながら逃げ場所を探しているのだ。

 

「無限の魔法をくらいなさい。水、土、火、木、金……貴女たちはどれで死ぬ?」

「沈め、淀め、そして狂い死ね!」

 

「八雲を舐めてくれるなよ。紫様の目の前で失態を見せるほど、この私は決して弱くないぞ」

「藍さまも、紫さまもいるっ! よって無条件であなたたちの負けだよ! だって負ける気がしないんだもん!」

(ああああぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 私死んじゃうぅぅぅ!!)

 

 四人が一斉に術を解き放った。

 ──ドンッ!と爆音が鳴り、それと同時に世界に閃光と破壊が降り注ぐ。

 紫は踏ん張ることができずになす術なく吹き飛ばされた。そしてその先にあった物々しい扉へと頭から激突。バンッ、と開いた扉に引き摺られるように吸い込まれてゆき、そのまま薄暗い地下へと続く階段を転げ落ちていった。

 

 

 ────────────

 

 

 スキマに落ちた二人が相対したのは青々しい若草たちが元気に伸びている静かな野原。幻想郷南西部に位置しており、近くに住んでいる妖怪や人間は皆無であるという無人地帯である。

 遅れて参上した萃香の目の前には、いじけながら小石を蹴っ飛ばしている美鈴の姿があった。

 

「ひどい……せっかくかっこいい口上を考えてたのに……。ていうか門を突破されちゃいました。咲夜さん、許してくれないだろうなぁ」

「おーい、さっさと相手をしておくれよ。鬼は正々堂々の勝負を好むんだ。無抵抗な相手をいたぶる趣味は生憎持ち合わせていなくてねぇ」

「あっ、これは失礼!」

 

 美鈴は慌てて萃香に向き直ると拳と手のひらを合わせて軽くお辞儀をする。そして右手を開いて前へ、左拳を横腰に添えて構えを取る。

 その姿勢に萃香の表情が段々と面白いものを見るものへと変わっていった。

 

「へぇ、妖怪の身で武道を収めたか。こりゃ珍しいものだ……ねっ!」

 

 ──ダンッ!と軽く萃香が四股を踏む。その結果として大地は砕け、幻想郷には一つの谷ができた。鬼の……いや、萃香の力ならば造作もないことだ。

 

「確かに、妖怪の身で武道を収めたお前は変わり者だよ。その技術も称賛すべきレベルまで高めているのを佇まいだけで見て取れる。悪いね、正直雑魚とばかり思ってた。だけど……()()()()()は我ら鬼には、何の意味も持たないんだ」

「……!」

 

 古き豪傑。この言葉がここまで似合う存在は他といまい。萃香は不敵な深い笑みを浮かべた。それだけで身にかかる重圧が何倍にも膨れ上がる。

 美鈴は相対する目の前の鬼に呑まれかけた。未だに呑まれないのは、ひとえに美鈴が強者にあたる存在であるからだ。

 

 萃香の無茶苦茶な破壊の暴力に、美鈴は軽く一笑した。決して侮蔑のものではない。しかし、称賛のものでもない。

 なるほど、確かに規格外。殴り合いならばまず間違いなく勝てないだろう……殴り合いならば。自分には、技がある。

 自分の類いまれなる身体能力にかまけず、日々ひたすら技を磨き続けて数千年。その1日1日が美鈴の全てを押し上げた。

 

「ふふ……お嬢様が楽しみにされるわけですよ。……我々従者も、たまにはハメを外しても、許されますよね?」

 

 美鈴の体から濁流のように虹色の妖力が流れ出す。すると美鈴の周りの地面が揺れ抉れ、彼女を中心にクレーターが出現してゆく。その規模は萃香の目を大きく開かせるほどのものだった。

 美鈴がここまで力を解放するのは珍しいことだ。普段の彼女なら最小限の力で相手を抑え込みにかかり、速やかに無力化する。だが今の彼女は正真正銘のフルパワー。

 萃香は犬歯を剥き出しにして愉快に笑う。

 

「ハハッ! いいじゃあないか! お前さんは久しく見る強者だ! さぁて……とんだ酒の肴だ、酔いが醒めるまでやり合ってやろう!」

 

 萃香が腕を振り上げ────

 

「──ッ」

 

 タ、タンッ、とたたらを踏んで後ろに倒れた。その目の前には姿勢の変わらない美鈴の姿のみ。萃香は重力に従って仰向けに寝転がり、笑いを漏らす。

 

「顔に五発、首に四発、オマケに鳩尾を一発……か。面白い動きをするもんだね」

 

 むくりと萃香が起き上がる。口からは一筋の細い血が滴っていた。何気なく腕で血を拭う。そして美鈴を一瞥した。

 

「さて、次は──私の番かな?」

 

 音が遅れた。

 気づけば美鈴は後方へと吹っ飛び、受身も取れずに地面を引き摺られた。腹からはジンジンと痛みを感じる。これらが意味することはただ一つ。

 

「……っ! 殴られたか。油断したつもりは、なかったんですが……」

 

 痛みを堪え、腹を抑えながら前方を見やる。

 接近するは最強の鬼。本来ならば遥か格上の相手。だが……捉えられない相手ではない。

 

「さて、いきますかッ!!」

 

 美鈴は地を蹴った。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

「あら、チルノ? 大ちゃん? ……困ったわねぇ、もしかして逸れちゃったのかしら。一緒に回ろうって約束したのに」

 

 一人転移されたレティはキョロキョロとあたりを見回す。彼女以外に存在しているのは真っ赤な廊下だけ。他には何もない。

 冬、それも吹雪吹き荒れる大寒波の日を好む彼女である。白銀の世界が彼女の世界だ。そんな彼女がこの風景をよしと思うはずもなく、目に見えて機嫌を落としていった。

 

「目が痛いわぁ……派手な色はあんまり好きじゃないのよ私。さっさと退館しましょう。ねぇメイドさん、出口はどちら?」

 

 レティの冷たい声の響きが廊下に響き渡る。

 

 ──彼女は今いた。そう、たった今からレティのちょうど真後ろにいたのだ。

 

 ナイフで一突。それだけで終わる簡単な仕事だった。

 だがレティの言葉を受けて思わずナイフの手を止めてしまった。まあ、いつでも殺せるのだ。今殺そうが、殺さまいが関係ない。

 咲夜は無機質な目でレティの背中を見つめると、素っ気なく言い放った。

 

「申し訳ございませんが、アポを取得せずに館へ入られた方を客人としてお出迎えすることはできません。よって案内ではなく、私による強制退去という形になります」

 

 

 

 

 

「ただし、この世からですが……」

 

 時を止め、ナイフを振りかぶる。咲夜の一閃はレティの体を易々と引き裂いた。

 たわいもない、流れるような作業。別に咲夜はどうも思うことはない。ただまた一人、格下の妖怪を消しただけ。ただそれだけのこと。

 そして、時は動き出す────

 

 

 

 

 

 

「いやぁね、刃が冷たいわぁ」

「──ッ!?」

 

 レティ・ホワイトロックは何もなく空気を漂っていた。今確実にあの身を切り裂いたはずだったが……?

 咲夜のナイフは傷魂を可能とする。つまり実体のない敵を切り裂くのだ。だがレティには何も変わった様子がない。

 想定外の事態に混乱する咲夜を尻目に、レティは冷たい流し目を彼女へと向けた。この世のありとあらゆる冷たさが内包されたような……悍ましい目だ。

 

「ああ、メイドさん。勘違いしているようだから一つ言っておくけど────私って、貴女よりも随分と格上よ? 大丈夫?」

 

 

 

 ────────────

 

 

 

「どういうことなの……?」

 

 レミリアはデスクの上で唸った。

 本来の計画ならば侵入してきた妖怪たちを分散しつつ八雲紫を自分の目の前に持ってくる手筈であった。現に転移魔法はしっかりと発動している。

 だが、レミリアの目の前には誰もいなかった。

 魔法陣を張ったのはパチュリーであるが、彼女に限って失敗はないだろう。そこのところはレミリアが一番よく分かっている。

 ならば後に考えられる理由は……第三者による妨害を受けた、ということ。

 

「……私は我慢が嫌いでねぇ、待つのも大っ嫌いなのよ。楽しみを先延ばしにされた私の無念、どう晴らしてあげましょうか。……いるんでしょう? 姿を見せなさい」

「……ッフフ」

 

 笑い声とともにゆらりと空気が揺らめいた。

 不可視のものが束になって一つの形を成してゆく。無より生まれ出でたその存在は、じわりじわりと自らの深淵を広げて紅を飲み込んでいった。

 レミリアは持っていたティーカップを投げ捨てると、右手より紅い波動を走らせる。波動は形を成し、妖力吹き荒れる神槍となった。

 振るわれた神槍が空間を切り裂き、三日月の付いた杖によって受け止められた。互いの妖力が反発し合い火花を散らす。

 

「……貴女はお呼びじゃないわね。たかが悪霊風情がこの私に……いったい何用かしら? 返答次第では────」

「うふふ、何を言っているの? この私が相手じゃ、不満だって言うのかい?」

 

 ──ゾワッ、と鳥肌が湧き上がった。彼女が言葉を発するだけで空気は一変し、神槍から伝播してくるドス黒い闇の深さにレミリアの表情が歪む。

 いや、違う。闇が放出されているのではない。闇が彼女に吸い込まれているのだ。

 

「それは傲慢っていうものじゃないか? 西洋コウモリ風情が生意気に」

「ふん、何が傲慢なものか。私の前には実力なんて関係ない、私が上に立つという運命が成り立っている時点で、なるべくして私が頂点なのよ。頂点に傲慢なんてものは存在しない。それが事実だから」

 

 レミリアは目の前の異質な存在を感じつつも、そう言い放った。生まれてこのかた、彼女はたった一つを除いて絶対であり続けた。

 彼女にとってはその一つが致命的だったのだが、それは妹が補ってくれた。妹がそれをレミリアに気づかせてくれたのだ。

 相対する者は鼻で笑った。そして杖を振るいレミリアから距離をとると、その艶やかな緑髪を凪いだ。

 

「まあ、あんたがどう思おうと勝手だけどね。口ならばどうとでも言える。全ては結果さ、結果のみが全てを実証するカギとなる」

「ええよく分かってるじゃない。だから貴女はここで思い知るのよ。私の邪魔をしたことがどれだけ愚かで、どれだけ許されざることだったのかをね! 現世にしがみつく無象の魂よ、チリと消えろ!」

「さぁて、どうかね……?」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「────……ぃぁぁぁああああッ!?」

 

 地下へと続く階段をひたすら転がり落ちてゆく。止まろうにも勢いが強すぎて自分の力では勢いを殺しきれない。いっそのこと障害物に当たってくれればまだいいのだが、階段は永遠とも思える長さで直線に伸びていた。よって紫はただ叫びながら転がるしかないのだ。

 

「怖いいぃぃぃぃぃ!! 気持ちわるぅぅぅぅぅぅぅぅ!! オェェェェェ!!」

 

 麗しの淑女がおおよそ出していいものではない絶叫を上げる。もとより今日の紫は体調がとりわけ不安定であった。頭の激しい揺れはかなり堪える。

 紫は思った。いったい私が何をしたというのか。なんで私はローリン()()()なっているのか。なんで誰も助けてくれないのか。お願い誰か助けて……できる範囲ならなんでもしますから。

 口からいけないものを吐き出しながら紫はほろりと涙を零した。

 と、ここで願いが叶ったのか階段は唐突に終わりを告げ、紫は勢いよく壁に叩きつけられた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 踏まれた猫のような声を上げたこの淑女が幻想郷最高にして最強の賢者であると誰が信じれるだろうか。

 ずるずると重力に従って紫は地面に落ちた。しばらく蹲って痛みに悶えた後、フラつきながら立ち上がる。心身ともにボロボロだ。

 

 涙を拭いながらふと前方を見てみる。そこにはこじんまりとしたドアが一つ。埃だらけであり、しばらく使われていないことが見て取れた。

 古い館……地下……使われてない扉。これらのワードから導き出された紫の答えは……

 

「宝!? もしかして金銀財宝!?」

 

 ……大層残念なものであった。

 自然とニヤける表情を抑えつつドアに手をかける。紫の脳内は金銀財宝を換金して何を買おうかという非常にお花畑なものだった。

 そんな彼女はドア越しに漏れ出す無色の狂気に気づくことができなかった。

 

 ──ガチャ

 

 ドアは簡単に開いた。

 室内は薄暗く、本棚がまばらにあるだけ。紫の予想は裏切られた。無駄にショックを受けながらふと、部屋の中央に置かれていたベッドに目を移す。そこには一人の少女がうずくまって座っていた。

 明るい金髪にナイトキャップと赤いドレスを着込んでいる。なにより目を引いたのは七色の宝石がぶら下がった翼。妖怪であることは間違いなさそうだ。

 紫は眉をひそめてその少女を覗き込む。疑う気持ちは微塵にもなかった。普段の紫なら少しぐらいは警戒するだろうが、疲労困憊の状態と予想を裏切られたショックで考えが及ばなかったのだ。

 

「……ごめんくださいな」

「────?」

 

 少女は顔を上げる。光のない瞳からは少しばかりの喜色と興味が窺えた。

 

「こんばんは。勝手にお邪魔してごめんなさいね。迷惑じゃなかったかしら?」

「……いいや、別に。ところで貴女は誰なの? ご飯をくれる人? それとも一緒に遊んでくれる人?」

 

 紫は少しだけ考えて答えた。

 

「私の名前は八雲紫。言うならば……招かれざる客といったところかしら」

「……そう、どっちでもないんだ」

 

 少女は無機質な瞳を紫へと向け続けた。悲しんでいるのだろうか?

 その姿を見て紫は胸にチクリとした痛みを感じる。霊夢を持つ身としては、やはり子供が悲しむ姿は見たくない。

 ご飯をくれる人……つまり食事運搬役であろうか。生憎、今の紫は食料を持ち合わせていない。スキマに保存食があることにはあるが。

 次に一緒に遊んでくれる人だが……これなら別にいいんじゃないかと思った。上に上がろうにも藍たちの戦闘が終わらなければどうすることもできまい。この部屋に避難させてもらう間だけ話し相手にでもなってあげればいいだろうか。

 

「上がちょっとばかりうるさいのよ。少しの間だけここに居させてくれないかしら? 遊び相手……というか話し相手ぐらいにしかなれないけど」

 

 少女はその言葉に笑顔を見せた。紫も一安心である。

 

「ありがとう、えっと……ゆかり、だっけ?」

「ええ、紫よ。八雲紫」

「そっか、紫かぁ……いい名前。私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。お姉様やみんなはフランって呼んでるわ」

「フランドール……フラン。可愛らしくていい名前よ。これからよろしくね」

 

 紫はフランドールへと手を差し伸べる。西洋らしく握手で応じようと思ったのだ。

 だがフランドールはそれに応じず、紫の眼前へと手を伸ばす。そして掌を翳した。

 

「うん、ありがとう紫!私、貴女のこと絶対に忘れないからね!」

 

 フランドールは、ナニカを握り潰した。

 




みんなのもくてき!

リグル→肉
ミスティア→肉
ルーミア→肉
チルノ→ノリ
大妖精→心配
レティ→戯れと色々
小傘→吃驚うめぇ!
にとり→実験という名の実戦
萃香→酒、友の好、酒
藍→紫様万歳!
橙→ゆかりしゃま万歳!
紫→幻想郷は私が守る(`・ω・´)キリッ

うちのふとましさんはレティ提督なんですよ。うん。
次回で吸血鬼異変終わるかな?終わるといいな。

評価、感想を頂ければ作者がモリヤステップを踊りだします。おまけにラッセーラもつけちゃう!

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