幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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吸血鬼異変──意地と矜持と*

 妖怪の山は阿鼻叫喚の戦場と化していた。

 横たわるは骸、骸、骸……。これらの死体に共通することは、その全てが凄惨な状態で無造作に転がっていること、そしてその全てが妖怪の山の天狗のものであることだ。白狼天狗、烏天狗、大天狗……ありとあらゆる天狗が殺されていた。

 ある死体は胸から腹にかけてを全て抉り取られ、ある死体は体の穴という穴から血を吹き出し、ある死体はグズグズと煙を上げて溶けてゆく。

 

 これらの所業は全てたった一人の悪魔によって行われ、そして今なお現在進行形で引き起こされていた。

 

「止めろッ! 奴を止めろぉぉ!!」

「これ以上先には行かせるなッ!」

 

 天狗たちは幾度も防衛線を張っては悪魔に対し抵抗を試みる。高密度の妖力弾、天狗の団扇による突風、神通力、河童製の連射火縄銃。今持てる全ての戦力を駆使して小悪魔を抑えにかかっていた。

 だが瑕疵なき要塞とまで称された妖怪の山といえども、懐まで攻め込まれては防衛すらままならない。いや、それ以前に。

 

「えいっ」

 

 そんな軟弱な天狗の壁など、この悪魔にはなんの意味も持たないのだから。

 小悪魔の薙ぎによって前方が大爆発に包まれる。掌に魔力を重鎮させ、それを放射状に放ったのだ。煙が晴れると、そこには何も存在していなかった。今の一撃だけで十数人の天狗が消し飛んだ。

 小悪魔の軽い一つ一つの動作が天狗たちにとっては必殺級。ただいたずらに死傷者が増えてゆくばかりである。

 

「ほらほら〜早く止めないと大将を獲っちゃいますよ〜。それっ」

「ヒギッ……」

 

 小悪魔の蹴りによってまた一人天狗が爆散した。なんとか盾で防ごうとも、衝撃がそれすらを容易に突破してしまう。

 若干Sの気がある小悪魔は一方的な蹂躙を楽しんでいた。自分を前にして絶望と恐怖に歪んだ顔を見ただけで心が躍る。良くも悪くも悪魔らしいと言える。だがそんな彼女もだんだんと飽き始めていた。

 

「うーん……流石に同じ味ばかりだと飽きてきますねぇ。そろそろ変わり種が欲しいところですが……っと」

 

 右側から切りかかってきた白狼天狗の太刀を敢えて肉に食い込ませ、頭を掴む。そしてアイアンクローの要領でこめかみを締め付けた。小悪魔としては痛みに悶え苦しむ姿を期待していたのだが、白狼天狗の頭は万力で潰されたかのようにぐちゃりと潰れてしまったので「柔いですね」と面白くなさげにそこらへと投げ捨てた。

 

 そうしてしばらくのこと小悪魔は殺戮を続けたが、いつまで経ってもパチュリーからの帰還許可が出ないのでいい加減機嫌を損ね始めていた。

 というよりまず、どこまで暴れれば良いのかの指示を受けていない。今のところ好き勝手に暴れているものの、クリア条件は一体どこに設定されているのやら。

 

「……しょうがないですね、こうなったら山を半分ほど消し飛ばしてみましょうか。そうすればここ(幻想郷)の上層部の連中も慌ててなんらかのアクションをとってくるでしょうし」

 

 軽くそう言い放つと、小悪魔は手に魔力を溜め始める。空気が淀み、凄まじい重力が辺りを支配した。悍ましいまでに強大なそれは、遠目に見ていた天狗たちの士気を一気に刈り取った。

 戦いようも、逃げようがない。

 アレに、どう立ち向かえというのだ。ここまで酷な話はあるまい。

 

 ある者は涙を流し、嗚咽しながら地面を殴る。ある者は射殺さんばかりの視線で小悪魔をひたすら睨む。それら全てのリアクションが小悪魔にとって心地よいものであった。本来ならば小者である彼女からすれば今の状況は大魔王みたいでいい気分なのだ。

 柔和な、しかし凶悪な笑みを浮かべると、流し目に天狗たちを見る。

 

「可哀想な雑兵さんたち。上の言うことを素直に聞いちゃったからこういうことになったんですよ?同情しますね。同調はしませんが」

 

 小悪魔の手から溢れる鈍色の光が収束する。これは威力の調節が完了したこと意味した。場を閑静と少量のうめき声が支配する。

 小悪魔はニコッ、と微笑むと地面へ標準を定めた。もう助からない。

 

「さて、そろそろ終わりとしましょうか。次回は地獄か魔界で会いましょう……。それでは、吹っ飛んで────」

 

 

 

 

 

 ──…フツ

 

 泡が弾けたような、軽い音が山に響いた。それが切断音であったとはその光景を目の当たりにした天狗たちも、ましてや斬られた本人である小悪魔ですら一瞬のうちでは気づけなかった。

 それほどまでに、その音は綺麗だったのだ。

 

 自分の意思に反して魔力が霧散する。視界がズレる。……世界が歪む。

 

「……あれ?あれれぇ……」

 

 ドシャッ、という土が爆ぜる音とともに小悪魔の掌上半部と首が大地に沈んだ。少し遅れて体が膝をつき、倒れ伏す。

 切断された小悪魔の背後には、太刀を抜き放った前かがみの状態で静止する白狼天狗が一人。その白髪と白狼天狗の証は月光に反射して星屑のように輝き、凛とした佇まいは一瞬で彼女が強者であることを黙認させる。

 敵切断の感触を確かめて滴る黒い血のようなものを払い、キンッ、とそれ特有の軽快な音を鳴らして刀身を鞘に収めた。

 

「……遅くなって申し訳ございません。犬走椛、只今参上しました」

 

 安堵のため息がどこからか漏れた。

 それを皮切りに静寂に包まれていた戦場は一気に沸いた。助かったことに涙し、ともに生還を喜び合った。それほどまでの死線であったのだ。

 

「い、犬走隊長ッ! 犬走隊長が来てくれたぞ!」

「助かったんだ……私生きてるんだ……!」

「うぅっ……死ぬかと思った……!」

 

 場の湧きように椛は少しだけ困惑したものの、それほどまでに目の前で倒れ伏すこの存在は妖怪の山に被害をもたらしたのかと顔を顰める。

 椛の到着が遅れたのは、ひとえに状況が悪かった。幻想郷への全同時攻撃に妖怪の山の有力者たちが駆り出されており、椛はその穴埋めをすべく山の全地点をくまなくカバーしていたのだ。また椛の哨戒部署長官という彼女にとって不本意ではあるが、誉れでもある役職が円滑に動くことを阻害した。

 

「……まさか生き残りが半数にも満たないとは。……いえ、よくやってくれましたね。貴方たちの働きがなければ正直危なかった」

 

 千里眼の力で状況を瞬時に把握する。そして苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 天狗居住区まであと目と鼻の先まで小悪魔は進撃していた。しかもあたり一帯を吹き飛ばすつもりであったようなので、椛の一閃が入らなければ全てが終わっていただろう。

 

 椛は静かに戦没者たちへとお辞儀と黙祷を捧げると、鞘ごと剣を持つ。そして何を思ったか、それを地面へと突き立てた。

 ──ドンッ、と土柱が上がり、地面が爆発する。地面に刺さった鞘の先には黒い触手が蠢いていた。触手は小悪魔の体から伸びており、その進行方向上には天狗たちがいたのだ。いきなりの事態に天狗たちがどよめく中、椛は素早く指示を出した。

 

「まだ終わってません! 負傷者を回収してすぐに後方へ撤退を! また御子娘、及び非戦闘員の再思の道付近までの退避を誘導してください!」

『は、はいっ!!』

 

 天狗たちは弾けるように飛び出した。もはや闘争心だとか戦意だとか、そんなものは微塵にもない。ここから先は自分たちのような凡百の存在が手を出せる次元ではないのだから。

 

 椛は鞘で触手を押さえつけたまま太刀を抜き、みじん切りにする。もっとも小悪魔に応えた様子はないが。現に彼女はずるりと立ち上がる。先ほどの椛の一閃すらも苦に思っていないのだ。

 

「うーん……効きましたねぇ。いや、本当にお速いものです」

 

「嘘をつけッ、貴様の妖力の流れは少しも揺らいではいない! 私の部隊を、妖怪の山をこんなにして……一体何が望みなんだ! 山を吹き飛ばそうとしたあたり収奪が目的ではないことは分かっている! 貴様らは何を目的に……!」

 

 切っ先を小悪魔に向け椛は吼えた。ともに妖怪の山を支えてきた同胞をここまで無惨に殺されたのだ。その怒りは深い。

 一方の小悪魔は椛に問いかけられて今一度自分の目的……ひいてはパチュリー、レミリアの目的が何であるのかを考えてみた。幾つか候補はあるものの、やはり自分ではそこまで考えが及ばない。小悪魔は軽く笑うとあっけらかんに答えた。

 

「さあ?」

「……」

 

 椛の視線が鋭くなる。もはや中堅妖怪あたりでも目で殺せそうな勢いだ。

 だが小悪魔は動じずに言葉を続ける。

 

「所詮したっぱに過ぎない私には何が何だかですよ。取り敢えず暴れてこいと言われたから暴れてるだけですし」

 

 ああ、殺し方は私の趣味ですがね、と付け加える。椛の膨れ上がる殺意を全く気にせず飄々と小悪魔は答えた。

 

「まあ……お嬢様たちの目的に関してはあまり深い意味はないと思いますよ。戦争ゲームの気分ですから」

「……そうか」

 

 椛は静かに、だが力強く目を閉じ……ギリッ、と歯を鳴らした。その動作だけに全ての憎悪が込められていた。殺気が溢れ出す。

 

「そんなふざけた理由で同胞たちは……!」

 

 所詮幻想郷は弱肉強食の世界だ。弱きは淘汰され強きが栄える。至極当然な万物の摂理。天狗も鬼も、自分にもそれは当てはまる。

 目の前の妖怪は強かった。だからあんなことを言えるのだ。同胞は弱かった。だから同胞は死んだのだ。当たり前のこと。

 

 

 ……だからこそ許すわけにはいかない。

 亡き同胞たちの思いを、誇りを、遊び半分のゲーム感覚で踏みにじっていったこの連中を、幻想郷に捨て置くわけにはいかないのだ。

 

 椛は重心を下に落とし踏み込むと、つむじ風の如く搔き消える。そして小悪魔の前に出現した。またもや小悪魔の動体視力を遥かに凌駕する身体能力を見せつけたのだ。

 

「私が貴様を殺しても、恨みごとを言ってくれるなよ?これは殺し合いだからな」

 

 小悪魔を頭から切り裂いた。魔力の残骸がパチパチと弾け、黒い血が濁流のように流れ出す。その血があまりよろしくないものだと把握していた椛は触れることなく再び距離をとった。

 またも大きな攻撃を許してしまい、二つに分かれてしまった小悪魔は驚愕の後、愉悦に浸るような表情を浮かべ、互いの断面を影で掴むとくっつけ合う。そして小馬鹿にするように言った。

 

「まあ……そうですね、所詮戦争ゲームですし。……どうぞ、殺れるものなら殺ってみてくださいな。せいぜい自分の命が獲られぬよう御気を付けください」

「ぬかせッ!」

 

 死角に生成されていた八方の転移陣から撃ち出された魔力弾を、椛は分かっていると言わんばかりに太刀を振るって切り裂いた。

 外殻の層が破られ、魔力弾は次々に大爆発を起こしてゆく。だが椛はそれに怯むことなく一点突破し、小悪魔へと疾駆する。

 閃光の中から突っ切るという不意を取る形となったが……()()()()()()()()

 小悪魔の動体視力が三度めにして椛を捉え、タイミングを合わせて魔爪を振るう。命を刈り取るソレに当たれば容易く身は引き裂かれ、臓器を撒き散らして絶命してしまうだろう。

 小悪魔は確信した。もらった────ッ!?

 

 椛の動きが一瞬だけブレた。小悪魔の魔爪は掻き消えた姿を通過し、それと同時に腹部を強い衝撃が駆け巡る。そして横一文字の一閃。

 中身をブチまけながら吹き飛ぶのは、カウンターを仕掛けられた椛ではなく、仕掛けた本人である小悪魔となった。

 

 すぐに体を再生し体勢を立て直そうとするが、目の前にはすでに椛が迫っていた。

 椛は突進力をそのままに盾で小悪魔の上半身を殴り抜けた。──ガゴンッ、と柔らかいものを鈍器で殴る鈍い音が鳴る。

 小悪魔は地面に叩きつけられ、その衝撃で体を何度もバウンドさせた。

 

 小悪魔は崩れ落ちつつも、今、起こったことをありのまま思い出していた。

 確かに姿を捉え、引き裂いたと思った。だが椛は傷一つ負うことなく持っていた盾で腹部を横断し、逆に小悪魔を引き裂いた。ただ、小悪魔の感覚的には、その一連の流れがどうにも不可解だ。

 妖術、魔術を使われた痕跡は一切なし。椛は持ち前の身体能力だけを用いて今の現象を引き起こしたのだ。別に不可解に思っているのは、それが出来ないからとかそういうことではない。椛がその回避行動を行うことを前提として行動を起こしていたことだ。

 未来予知の類い……とは思えない。なぜならその行動に魔力が一切使われていないからだ。あのレミリアでさえも能力使用時には魔力を消費する、例外はおそらくないだろう。

 

 と、ここで一度思考を中断する。

 椛がなおも太刀を掲げて追撃を仕掛けたのだ。小悪魔は地面をバウンドしつつも、しっかりと椛へと照準を定め、腕に魔力を纏いそれを前方扇型に放出した。青白い雷のような魔力が空を走る。

 だが椛は一太刀の元に魔力を斬り伏せ、勢いそのままに小悪魔を数回切り刻んだ。ほんのコンマ数秒の攻防であり、それを椛が制した形となる。

 

 結局考えても現時点では判断材料が少なすぎる。ならばもう少し試してみるか、と小悪魔は次なる攻撃を仕掛けてみた。

 瞬間、切断されていた断面から黒い液体が噴き出すと小悪魔を包み込む。そして弾け、その体を長くしなやかな赤黒い触手へと変化させ椛へと殺到させる。

 何十本もの触手が凄まじい速度で襲いかかり、地面を抉り、貫いてゆく。だが椛は動じることなく軽く息を吐き出すと、太刀と盾を駆使して次々と触手をいなした。死角からの刺突もまるで見えているかのように捌き切った。

 だがそれでもジリ貧。いくら切っても再生し続け、痛みすらも感じさせない触手の前に、椛は封殺されかける。恐ろしいまでのしつこさであった。

 

「────ッ!! 邪魔だッッ!!!」

 

 ここで椛がようやく妖術を使用した。

 体の内へと妖力を蓄え、それを咆哮とともに周囲へと解き放ったのだ。

 ──ゴウッ、という風切り音が辺りを満たし、その衝撃に大地が捲れる。黒い触手は弾け飛び、ビシャビシャと液体として地面に染み込んだ。

 そしてまた一箇所に集まると小悪魔の形を作る。その顔は思案に更けていた。

 

「ふむふむ……大体読めてきましたよ、貴女の戦闘スタイルが。ホント、どうにも戦いにくくて仕方がない」

「それはこっちのセリフだ。体が妖力でできているからか? 切っても切っても再生して……やりようがない。だが、少しずつ妖力の流れが鈍くなっているのは分かっている。その馬鹿げた妖力も無地蔵というわけではあるまい!」

 

「ふふ……貴女のその体力も、でしょう?」

 

 うんざりした様子で椛は刀身の液体をビャッ、と払った。そして汗を拭う。椛とて、体力は無尽蔵ではない。

 もちろんそれは小悪魔も同じことであり、彼女にも活動限界というものはある。それは体を構成する魔力がことごとく消耗してしまった時だ。

 攻撃にも再生にもかなりの魔力を消耗する。普通の悪魔なら椛の攻撃を一太刀でも受ければ体を保てなくなってしまうだろう。そうなっていないのは小悪魔に膨大な魔力をストックさせているパチュリーのおかげである。

 そのことは小悪魔もしっかりと把握している。だからこそ余裕の笑みを崩さないのだ。

 

 その後も二人は攻防を続けるが、全体を通して戦闘能力に勝る椛の有利だった。椛に傷はなく、小悪魔に決定打こそ与えられないものの付け入る隙を全く与えない。全く攻撃が椛には当たらないのだ。

 一方的なワンサイドゲームのように思えた。また一撃、太刀が入った。しかしなおも崩れない小悪魔の余裕な素振りは椛の警戒を駆り立てる。

 

「どうしたっ、なすがままじゃないか! 戦うことを諦めたかッ!?」

「ふふ……貴女にはそう見えますか?」

「そんなわけがないだろう! だが、どんな小細工を弄したところで私は倒せんぞ!」

「その代わり貴女は私には勝てませんよ。どうあがいてもね! さあ、最終チェックといかせてもらいましょう!」

 

 小悪魔はブツブツと呪文を短文詠唱すると、魔力を放つ。それとともに彼女の体から呪が噴き出した。そのあまりの濃度に椛の表情が歪む。

 ──あれは……マズい。

 呪術使いに好きにやらせてはならない。古来からの戦闘における常識だ。

 その呪いは明らかに妖怪の山全域を飲み込む規模で増幅、増大している。ここでどうにかして止めなければ妖怪の山は生が育まれることのない不毛の地へと変貌してしまうだろう。

 椛は遠距離攻撃へと戦法をシフトすると、刀に妖力を乗せた弾幕……つまり飛ぶ斬撃を高速で四箇所へと放った。

 

 斬撃は小悪魔に当たらず、周りに展開されていた魔力の渦へと向かい、そして切り裂いた。すると呪の力はみるみる霧散し、やがては消滅した。小悪魔がパチパチと拍手を鳴らす。

 

「いやーお見事です。今のを破ってくるかはどうかは五分五分ぐらいかなーと思ったんですがね。……しかし、カラクリは読めました」

「……っ」

 

 椛の一瞬の動揺につけいった小悪魔は妖力を風として放出し、土煙を発生させる。そして体が煙に飲まれると同時に気配を遮断し、身を潜めた。

 微粒子が吹き荒れ、目を開けることがままならない状況へ。椛は軽く舌打ちすると盾を翳して飛んでくる微粒子から目を守る。そしてなんとか土煙を飛ばそうと太刀を振るうが、

 

 ──ザクッ

 

「ッ……!」

 

 頬を小悪魔の爪が掠めた。

 野生の直感に従って首を傾けなければ、間違いなく頭を抉り取られていただろう。椛の頬を冷たいものが伝う。

 

「はい、ビンゴ。貴女の手の内は完全に把握できましたよ」

 

 晴れた煙の中から小悪魔が姿を表す。

 

「貴女のその腕も、その足も、その妖力も、全てが厄介でした。しかし中でも一番厄介だったのが────その目」

 

 小悪魔は目を細め自分の目をなぞるように指を動かし、椛は目つきを険しくする。

 

 千里先まで遠くを見通す程度の能力。

 それは比喩表現である。確かに椛は千里先まで見ることができる。だがそれは能力のほんの一端に過ぎないのだ。

 彼女のその目の良さは千里先にとどまらず、電子顕微鏡レベルの構成物質まで見ることができ、数千光年先の星の表面すら見えてしまう。

 

 椛は相手の筋繊維や妖力の流れを肉眼で見通し、それによって行われる動作を瞬時に把握して相手を追い詰めてゆくという戦闘スタイルなのだ。

 彼女の能力とその驚異的なまでの戦闘センスによってなせる技だった。

 

「先ほどの呪術を壊した時に全てが分かりました。貴女は的確に魔力の繋ぎ目を断ち切っていましたからねぇ。普通は見えるものじゃありませんよ」

「……だからどうした? それが分かったところで貴様には何もできまい。土埃に頼ったところでもう二度と同じでは食わんぞ!」

 

「いえいえ、カラクリが分かっただけで十分。正面からかかっても貴女には勝てそうにはありませんからね。だから……こうすることにしましょう」

 

 またもや小悪魔の身から呪力が放たれ、辺りの空気が歪んでゆく。今度のものは薄く引き伸ばされており、効力を下げる代わりに広範囲に渡るように調節したらしい。

 こうなってしまっては椛の手には負えなかった。魔力の繋ぎ目が多岐に分布しているのでとてもじゃないが破壊しきれない。

 

「貴様……ッ!」

「少しばかり息苦しいでしょう? 貴女の体に呪いが溜まり始めている証拠です。私の魔力が尽きるのが先か……貴女の息が切れるのが先か。まあ、結果は火を見るよりも明らかですがね!」

 

 小悪魔は妖力弾を次々に椛へと撃ち込んでゆく。椛は太刀で切り裂き盾でいなし、小悪魔の猛攻を確実に防ぐが、激しく体を動かすたびに体がどんどん重くなり、息苦しくなっていった。

 戦いは消耗戦へと陥った。二人の実力はほぼ互角、こと戦闘だけに限るなら椛の方が一枚上手といったところだろう。しかしいかんせん小悪魔のトリッキーな戦法との相性がすこぶる悪かった。

 堅実な戦いをモットーとする椛に対し小悪魔は搦め手を得意とする悪魔である。小細工なしの真剣勝負なれば椛は無類の強さを発揮するだが、搦め手にはこと弱いという大きな弱点があった。

 

「ほらほらぁ動きが遅くなってますよ? 最初の威勢の良さはどこへ行ったんですかねぇ……私を、殺すんじゃなかったんですか?」

「くっ……そォッ!!」

 

 小悪魔は呪いを撒き散らしながら闇魔法でひたすら椛を遠距離から八方攻撃し続ける。椛は全ての攻撃を躱してゆくのだが、徐々に動きが鈍くなってゆく。それどころか目が朦朧として少しばかりの吐き気すら催してきた。椛にとってこれは致命的だ。

 形勢はあっという間に逆転し、椛は追い詰められていった。敗色濃厚だろう。

 だが彼女に敗北は許されない。

 敗北は自分が許さない。

 

「ハァッ、ハァッ……てえゃッ!!」

 

 椛は莫大な妖力を太刀に乗せると、回転し周りへと解き放った。エリアルスラッシュ、という仕組みは単純だがこの状況においては起死回生の一手になりうる技能である。

 空気を伝播した妖力波が小悪魔の魔術を打ち消す。そして足に力を込めて小悪魔へと決死の接近を試みた。

 切られても問題ない小悪魔は甘んじてその一太刀を受け入れる体勢をとり、そしてカウンターの準備を整えた。

 

 だが、──ガチン、という凄まじく硬いものがぶつかり合うような音が辺りを満たした。切断音ではない。

 椛の行った行動を見た小悪魔は、呆気にとられた。

 

「貴女……な、何をしてるんです?」

「ングッ……ングッ……グッハァッ、ハァッ……ぐっ、ゲフッ……」

 

 椛は太刀を振るうと見せかけ、小悪魔の腕を食いちぎり飲み込んでいたのだ。

 小悪魔の体は魔力で構成されている。ならば、飲み込んでそれを()()()()()()()()()。そうすれば体の構成は保てまい。

 だが小悪魔の血は毒だ。先にも小悪魔の黒い血を浴びてぐずぐずに溶けていった同胞たちの姿を椛は見ている。椛の強靭な肉体は溶けてはいないものの、負担はかなり大きかったようで絶えず口からドロドロとした血を垂れ流している。内部はもうボロボロだろう。

 体は限界を迎え、膝をつく。呪いも相成って椛の五感はすでに機能を停止しようとしている。

 

「こ、ここまで命知らずだったとは……カミカゼってやつですか?見上げた忠誠心ですね。しかし、もう流石に限界でしょう。そのような状態ではもはや何もでき────」

 

 ──ザンッ

 太刀が大地を貫いた。

 

「私、が死んでも……天狗は、滅びん……! 貴様が死ねば、そこで貴様は、終わりだッ!!」

 

 太刀を地面に突き刺して体を支えながら椛は立ち上がる。目はまだ死んでいない。いや、追い詰められた獣の目とでも言おうか。

 小悪魔はこのような部類の相手が特に厄介であるということをよく心得ていた。よって、手負いでも手加減はできない。

 

「そうですか……なら死ぬとよろしいでしょう。ただし、貴方一人でね!」

「いいや、貴様も連れてゆくッ!!」

 

 太刀を引き抜き、最期の力を振り絞る。小悪魔も残った腕で迎え撃つ。

 雄叫びを上げて椛は突進。小悪魔は無数の魔法陣を生成し容赦なく潰しにかかった。だがそれをもし椛が突破すれば彼女は容赦なく小悪魔の頭へと食らいつくだろう。そうなれば小悪魔も死ぬとは言わずともこれ以上の行動はできなくなってしまう。

 これが最後の激突になることは必至だった。

 

 

 

 

 

「────はい、そこまで」

 

 ガクン、と椛が地面に崩れ落ちた。それとともに小悪魔の耳元で誰かが囁く。

 反応、できなかった。いつ後方に回られたかも気づけなかった。小悪魔は狼狽え、柄にもなく緊張する。

 その人物は椛の方へと言葉を投げかける。

 

「貴女が死ぬのはダメでしょ。だって、貴女が死んだら誰がそのポジションを務めるというのかしら?……私には無理よ。絶対」

「───ッ!!」

 

 椛は言葉にもならないうめき声を上げた。

 小悪魔はゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには変哲もない烏天狗が一人いるだけだった。肩にバックを掛けており、そこから飛び出している新聞のようなものが目を引いた。

 

「さて、それで……貴女が件の侵入者ってわけですね。ほうほう、ふむふむ」

 

 烏天狗は値踏みするように小悪魔の体を隅から隅まで観察してゆく。小悪魔は言いようのない不快感を感じた。だが何故か攻撃する気にはなれない。

 

「何時から……そこに?」

「ああ、ついさっきですよ。椛を止めた後に回りこませていただきました。後ろからの失礼をお詫びしますね」

 

 烏天狗がヘラヘラと笑いながらカメラを取り出して小悪魔を撮る。「スクープゲットです!」と気楽に言う始末。これには小悪魔も呆気にとられるしかなかった。状況がいまいちよく掴めない。

 烏天狗の声が響くその度に椛の方からうめき声が上がる。

 

「ふぅ、大漁ですよ! これで次回の新聞大会は優勝間違いなしですね! あ、インタビューは要りませんよ。こっちの方で勝手に考えておきますから」

「は、はぁ……」

 

 苦々しく小悪魔が答えると、烏天狗は満足したようにカメラを腰のポーチへなおした。そして────

 

「さて、それでは本題に入りましょうか! ────我らが妖怪の山に殴り込むということは、それ相応の覚悟をちゃんと持っているということですよね?」

 

 空気が凍った。

 小悪魔は身体の芯から震え上がった。それは格上から向けられる自分への明確な殺気。目に見えるまでに放出されるとめどない妖力は明らかに自分のものよりも遥かに多い。

 久しく感じた、恐怖。

 

「あ……ぁ……」

「ここまで滅茶苦茶にしてくれて……いい加減私もキレちゃいそうなんですよね。ジャーナリストとしては恥ずかしいことですが」

 

 烏天狗は未だに笑顔を浮かべている。だが、それが逆に彼女の深い怒りを象徴するものとなっていた。

 小悪魔は震えて声が出ない。

 

「ウチの番犬がいなければどうなっていたことか。しかもよりによって私が天界まで出払っているこの時に……ね」

 

 烏天狗は一歩踏み出す。それとともに小悪魔は一歩後ずさった。

 ダメだ、勝てない、逃げなきゃ……。

 

 小悪魔はそこまで考えて、頭を振った。

 いや、なぜ逃げる必要がある?確かに目の前の妖怪は自分よりも強いだろう。だがそれが負ける理由になりはしないのだ。

 ここで尻尾を巻いて逃げることは紅魔館の不名誉となる。もちろん、主人(パチュリー)にとっても。

 逃げるわけにはいかない。

 

「ふ、ふふ……凄い妖力ですね。正直びっくりしましたよ、てっきり先ほどまで戦っていた方がこの山……ひいては幻想郷最強かと思っていたんですが……」

「あー、それは大きな誤算でしたね。椛は我々天狗四天王の中では最弱。所詮格下に過ぎません。それに苦戦していた貴女もね」

 

 ハッタリだ。そう思いたかったが、烏天狗の鬼気迫る雰囲気からはとても嘘だとは思えなかった。

 もしかしたら、幻想郷は────

 いやな予感が頭をよぎるが小悪魔はそれ以上考えなかった。考えたところでどうにもならないからだ。敢えて気丈に振る舞う。

 

「……それがどうかしましたか? 貴女がいくら強くてもこの私を殺すことはできない! それとも、あのお方のように私の体を飲み込んでみますか? それならば────」

「いや、それは勘弁」

 

 烏天狗は苦笑しながら言った。

 そして腰から取り出した天狗扇を胸に当てる。

 

「だって、そんな必要はありませんからね」

 

 烏天狗は、軽く扇を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「椛ー、意識あるー?」

 

 椛は言葉を受けると血を吐きながらなんとか仰向けに転がる。月明かりが照らす中、眼前には自分のよく知る憎たらしい顔があった。

 そのニヤつく顔を見ると先ほどまでのことが鮮明に思い出される。椛の機嫌が急激に悪くなっていった。

 

「ぐ……く……!よくもさっきは……!」

 

 震える手で掴みかかろうとするが彼女を捕まえれるはずもなくヒラリと躱される。そしてカシャカシャ、とシャッターを切る音がする。

 

「明日の記事は『犬走椛隊長、侵入者に敗北!』で決定ね! ふふふ……これは優勝間違いなしだわ!」

「こ、この……!」

「そうでもしないとアンタ突っ込んじゃうでしょ。頭どついただけで済ませたんだからありがたく思いなさい」

 

 椛は震えながら烏天狗をなおも一層強い視線で睨みつけたが、やがては疲れてしまったのか目を伏せる。そして力無さげにポツポツと言った。

 

「……敵、は?」

「ん、あの妖怪? うーん……バラバラになって散り散りになったわ。死んだかどうかは知らないけど。……あ、手を貸そうか?」

 

 手を差し伸べる。だが椛は面白くなさげに顔を顰めると体に力を入れ始める。

 

「……貴女の、手は借りない。あと、助太刀もいらなかった。……それだけです」

「無理しなくていいって。あーあ、内臓までやられてんじゃないの? これ。なんなら河童の薬でも貰ってきてあげようか? あのよく効くって評判になってるやつ。尻子玉が入ってるらしいけど」

「……無用、です……っ」

 

 そうは言いつつもやはり内部からのダメージは堪えたか、剣を杖にして立ち上がるが滑ってうつ伏せに転がってしまう。

 烏天狗は椛の姿に頭を抑えてため息をつくと、無理やり手を掴んで引っ張り上げるのだった。

 

「はいはい、それじゃ貰ってくるからね」

 

 

 ────────────────

 

 

 椛と小悪魔が激突した頃、賢者たちはマヨヒガにて緊急会合を開いていた。議論する内容は……もちろん今回の異変についてだ。

 全員の集合とまではいかなかったが、それなりの人数が集まった。全員が難しい顔をしながら考えに更けていた。

 ……若干一名の頭がお気楽な賢者を除いて。

 

「それではこれ以上の召集は見込めないと見て、議論を始めさせてもらいましょう。司会は、僭越ながら私が務めさせていただく」

 

 八雲藍が前に出てそう切り出した。余談だがマヨヒガで会合を行なう場合は大抵、藍が司会を務めている。また天魔の屋敷で会合を行なう場合は、大天狗の誰かが務めるという一種のしきたりのようなことになっているのだ。

 

「今回の吸血鬼による侵攻は極めて大規模なものでございます。これまでに前例のないほどでしょう。しかし我々八雲からすればこれらはただの烏合の衆、危険というには些か足りません。現に奴らの壊滅はほぼ完了しております」

 

 賢者たちはその言葉に耳を疑った。

 あの地を埋め尽くすほどの軍団を賢者たちも目に焼き付けている。配下の妖怪たちを向かわせたっきりでその後の展望は良く見ていないが……アレをすでに片付けた?乾いた笑いが溢れる。

 馬鹿は休み休みに言え……誰もがそう思った。だが視線がある一人の賢者を捉え、その表情を見たとき全員が納得した。

 

 ──そうか、八雲紫が動いたか!

 

 幻想郷最強の妖怪、八雲紫が目を閉じて微笑んでいたのだ。なるほど……彼女、または彼女の配下がやったと言えば話は早い。

 幻想郷各地に蠢く強大な妖怪のうち、かなりの数が八雲紫に降っているという。それらに任せれば短時間での殲滅も可能かもしれない。

 いや、もしかすれば事前に吸血鬼による侵攻の予兆を察知し、それに備えた策を講じていたのかもしれない。つくづく凄まじい存在である。

 

 だが大抵の物事に不干渉を貫く八雲紫が動いたのは、賢者たちにとって少々不自然な気がした。

 そんな騒然とした場の雰囲気を気にするわけでもなく、淡々と八雲藍は続ける。

 

「敵本体はまだ叩いていませんが、どんな手を使ってでも良しでしょう。もはや奴らは袋の鼠、あとは調理法を考えるだけです。よって今回は一度異変のことは置いておき、紫さまの提唱する────」

「し、失礼します!」

 

 一人の天狗がバタバタと部屋に転がり込んできた。あまりの焦燥ぶりに藍は言葉を中止し、天魔が翼を震わせ一喝する。

 

「騒々しい。一体何事だ」

「妖怪の山が西洋妖怪によって大被害を被りました半数以上の哨戒天狗、また烏天狗等が討ち死にし、今もなお戦闘は継続しているとのことです!」

「な……っ!?」

 

 再び場がざわついた。

 妖怪の山は勢力として幻想郷一を誇る巨大組織だ。その規模はもちろん、戦力は凄まじいものであり現在は選りすぐりを違う場所へ派遣していたとはいえ、そう易々と陥ちる場所ではない。

 それが、壊滅状態。

 

「……会合はここまでだ。私は今すぐ向かわねばならんところがある」

 

 天魔は足早に退出。残された賢者たちの喧騒が場を満たす。

 藍は少し考えた後、紫へと視線を向ける。「どうしますか?」といった感じのアイコンタクトであろうか。なお紫がそれをみて「おう、会議が中断したやないか。私司会やで?なに恥かかせてくれてんの?」という風なアイコンタクトに捉えて肩を震わせたのはご愛嬌。

 

 まず紫にとってもこの話は眉唾なものだ。吸血鬼どもはどうせ幻想郷の化け物たちに食われて自滅するのがオチだろうとタカをくくっていた。今回、彼女が提唱したかったのは『スペルカードルール』の制定についてである。

 

 紫は取り敢えず考えてみた。

 なんとかここで名誉を挽回して藍の機嫌を戻さねばなるまい。それにこのような状況では『スペルカードルール』のことを持ち出すことができない。

『スペルカードルール』はこれから紫が平穏な幻想郷ライフを過ごすために必要不可欠な制度なのだ。絶対にこれを機に公布しなければならない。

 

 必死に必死に考え……ふと名案が浮かんだ。これならばこの状況を一気に打開できるだろう。紫は自分のあまりの聡明さにほくそ笑んだ。

 

「妖怪の山が壊滅……フフ」

 

 紫の唐突な発言に賢者たちが注目した。そのあまりのがっつき様に紫は少しばかり引いたが、問題なく話を進める。

 

「それはさぞかしの大戦力を使ったのでしょうねえ。千か、万か……いずれにせよそれは最初に彼方が展開した戦力を遥かに上回るものでしょう。そして今も妖怪の山で交戦中。ならば……今あの館は手薄じゃなくて?」

 

 賢者たちは「なるほど」と頷き、藍はうん?と眉を顰めた。紫は続ける。

 

「敵の大将の所在は不明だけれども、どこにいようと今のあなた方の戦力ならば容易に打ち勝つことができるのでは? それに配下の妖怪も十分に集めているでしょう? まあ、私自らが出るのもよろしいですが……皆様も手柄は欲しいかと思いまして。 見事一番にあの館を陥せた方には報酬も思いのまま……悪い話ではないでしょう」

 

 胡散臭い。この上なく胡散臭い話である。しかも煽り方が豊臣秀吉方式。

 しかし理に適っている。今の軍団規模なら紅魔館を攻め落とすことなどわけないはずだ。それに紫は「報酬も思いのまま」と明言した。これは大きい。賢者としてさらに上のポストを目指すも良し、富を求めるも良し、八雲紫自身を求めることだって良しなのだ。

 八雲紫から認められること。それは妖怪にとって一種のステータスとなり得る。

 

 多少の胡散臭さでこれを見逃すにはあまりにも惜しい。賢い者と書いて賢者と読む彼らでさえもそう思った。

 結果、賢者たちは数人の文治派を除き我先にと討伐軍に志願し次々と退出してゆく。その姿を紫は満足そうに見送るのであった。

 

 藍がしばらくして紫に問いかける。

 

「紫さま……まさか今のは……」

「ええ、今貴女が思い描いていることと同じよ。貴女には苦労をかけるわね……ごめんなさい」

「……いえ、よろしいのです」

 

 紫は藍に先ほど恥をかかせたことを謝った。

 一方で藍はこれから訪れるであろう多忙の日々に少しばかり暗いものを抱きつつも、主人()の言うことならと受け入れる旨を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

「八雲紫は……。まったく、酔狂なことだね。まあ私には関係ないけど」

 

 会合の内容を襖一枚隔てて盗み聞きしていた賢者、因幡てゐは体を壁に預けつつ、呆れたように肩を竦めた。彼女がマヨヒガへと到着したのはついさっきのことである。

 竹林での処理を終えて戻ってきたと思えば、慌てて何処かへと飛び去っていった天魔の姿を見送ったのだが、まあなにか大きな問題でも起きたのだろうとあまり気にしなかった。寧ろ気になったのはその後の八雲紫の言葉だ。

 

 確かに賢者たちの内包する妖力や、所持する戦力は大きい。一国に戦争を仕掛けるにも十分なほどだ。しかし、それらを結集したとしてもあの紅魔館という吸血鬼の総本山に通じるかどうかといえば……正直無理な話だ。

 賢者たちには気付けなかったようだが、てゐをはじめとする幻想郷の猛者たちは紅魔館が出現してから空気の質が一変したことを肌で感じ取っていた。

 つまりあの館には自分たちと肩を並べ得る、またはそれ以上の存在が複数存在していることに感づいていたのだ。雑魚吸血鬼の殲滅がハイスピードで行われたのは、それに触発されたからとも言える。

 そんな連中が跋扈しているであろう館に賢者たちをけしかける。それが意味する八雲紫の目的は……まあ、一つだけだろう。

 

 まさかこのタイミングで賢者の半数を切り離しにかかるとは、流石のてゐも予想ができなかった。

 

「さてと、面倒ごとになる前に引きこもっておこうかねぇ。賢者っていうのはどうも……割に合わない気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 賢者の軍勢は紅魔館へと無事到着。しかしシエスタ門番の睡拳の前になす術なく全滅した。特筆すべき点はない。

 血の海に沈んだ大妖怪たち。死の間際、賢者たちの脳裏には八雲紫の冷たい微笑だけが繰り返し流れていた。ここでようやく彼らは気がついたのだ。自分たちは八雲紫に嵌められたのだと。

 だが、もう何もかもが遅い。

 

 

 

 なおゆかりんは知らせを聞いて吐いた。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 こうして吸血鬼異変の初日が終了し吸血鬼側、幻想郷側、双方に甚大な被害をもたらす結果となった。

 吸血鬼側は従来の紅魔館メンバーを除く者たちと数多の使い魔たち。

 幻想郷側は妖怪の山における半数の勢力と武闘派賢者たち。

 実に初日で双方の過半数の兵員が消失したことになる。

 

 だが、この異変における主役たちはまだほとんど出てきていない。俗に吸血鬼異変と呼ばれているのは初日ではなく……二日目なのだ。

 




というわけで初日終了でございます。画面外で殉職した武闘派賢者たちに合掌!
小悪魔は大魔王気分を味わいたかったのでしょう。そうに違いない!なお強化?に従って役職が変わってるキャラがいたり……。
椛の紹介はいつか。

モチベーションがあれば次の投稿は早くなると思います。そろそろヤムチャの方もやっていきたいので…。
感想、評価がくれば作者が小躍りします。







あやもみいいよね……

いい……

はたもみもいいぞ!

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