幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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藍と紫と追憶夢

 私は己の意思なきまま、世界に落とされた。

 

 俗に言う”親”というべき存在は周囲におらず、私に在ったのは内に感じる大きなナニカと、大きな大きな9本の尻尾だけだった。

 

 産まれながらに強大な妖力を有していた私は、その身体を色々な存在に狙われていた。

 妖怪が食えば存在の格が跳ね上がるだろう。人が私を倒せば名声と財産が手に入る。顔や体目当ての連中もいたかもしれない。

 私は子供ながらに自分の存在を着々と理解する。

 

 何を思うでもなく混沌が渦巻く世界を生き抜いた。どんな巨大な怪物も、どんな高名な人間も、私の相手になりやしない。持て余す力を振るい数多の命を奪った。

 会話もなく、意思の共有もなく……目の前の存在にひたすら暴力を叩きつける。

 力が真実であり全てだったのが私周りの世界だ。一身に浴びた殺意は私をさらなる深層へと誘う。盲目な小娘へと。

 

 私には暴力しかなかったし、他に何をしようとも思えなかった。愚かにも力へと身を(やつ)して自分を騙し続ける。

 違う、そうじゃないと分かっていながらも、私に現実を直視する意思も思考も勇気もない。

 

 

 今だから言えよう。

 私は臆病で寂しがり屋だったんだ。

 

 

 負の感情を紛らわすために、自分の存在を誇示し周りに私を知らしめるために、私はこの身と暴力を尽くし続けていた。

 

 実に短絡。

 実に愚直。

 

 狭くて底の見えない世界で私は延々ともがき続けた。

 

 力は要らない。

 知恵も要らない。

 

 愛が欲しい。

 庇護が欲しい。

 

 私の強さが原因なのかと、一度だけか弱い小娘を演じてみたものの結果は変わらなかった。

 私に向けられるのは殺意と醜い欲だけ。

 

 

 寂しい。

 泥土に塗れた孤独な生き様は、渇望する小さな願いへとさらに執着させた。

 

 

 

 

「あらあら……噂の化け狐ちゃんを見に来てみれば、なんて可愛らしいのかしら」

 

 私が生まれ落ちて2年くらいの頃だろうか。

 いつものように波の如く押し寄せる有象無象の雑魚どもをすり潰し、その近場の水辺で返り血なんかがこびりついた体を洗っていた、そんな時だった。

 

 不意にかけられた声は私の薄汚れた生涯の中でもっとも綺麗な音で、私は無意識にその声の主へと視線を向けた。

 

 妖風に長い金髪の髪が靡く。

 (むらさき)のドレスが優雅にひらめき、殺伐とした空間を調和する。紅桔梗の妖しい瞳が私を妖しく捉える。

 そして日傘を翻し姿が一瞬隠れたかと思うと、日傘を残していなくなっていたのだ。まるで空気に溶けたかのようだった。

 

 私は初めに幻覚を疑った。

 だが尻尾に感じた感触が白昼夢ではないことを証明する。その人は私の尻尾を撫でていた。

 

「美しい毛並み…。幾多の血や泥に塗れても金色に輝き続けているのね」

 

 そう彼女は言ってくれた。今の私からすれば卒倒するほどの誉れだ。

 しかし、当時の私は慄き警戒した。私に近づいてくる者なんて害でしかなかった。

 

 即座に周囲へと妖力波を発し、始末にかかった。

 水辺を消滅させ大地を削り取る。

 ──殺ったと、そう思った。

 私に気付かず背後に回り込めたのは賞賛に値するが、もろに受けてしまってはもうダメだ。

 それまでの生涯で私の妖力波に曝された存在は、漏れなく形を残さず粉微塵になっている。昨日も今日も…これからも。

 

 

 

 ───それは驕りだった。

 

 爆風が晴れて視界が開ける。そして目の前に広がっていたのは──満天の星空だった。

 

 思考が固まり自分の居場所を見失った。混乱する頭を押さえつけ現在の状態を把握すること全力を注ぐ。頭の回転は昔から速かったが、この時ばかりは状況認識にかなりの時間を要した。

 

 私は寝かされていたようだった。そして仰向けの姿勢になっていたから夜空を見上げていたのだ。

 私が水浴びをしていた時間帯は真昼。だが現在私の目の前に広がる光景は、爛々の星が散りばめられていることから真夜中だと分かる。

 

 ほんの数瞬前と状況も状態も異なっていた。まるで時間がぽっかり消えてしまったような、そんな錯覚。私を混乱させるには十分だ。

 

 結局、私は先ほどまでのことを夢と片付けて再び眠りにつこうとした。その時にやっと気づいたんだ。私に毛布がかけられていたことにね。

 毛布なんて勿論その頃は一度も使ってなかった。なにせ布団ですら高価なものだった時代だ。柔らかいという感触は、私が産まれてより自然物や自分の尻尾以外では初めての体験だった。

 

 誰が毛布を置いていたんだろうと考えて、先ほどの妖怪の顔を思い浮かべた。

 

 初めての心地よい眠りだった。

 

 これが紫様との初めての出会いだ。

 

 

 

「はあいごきげんよう。昨日はごめんなさいね……私だって悪気があったわけじゃないのよ? 貴女が急に私を攻撃するものだから……」

 

 次の日も紫様は私の前に現れた。

 私は夢じゃなかったことに驚き、そして紫様が何らかの細工をして私を眠らせたんだと思って強烈な敵意を抱いた。生涯常勝だった私には意識を刈り取られていたなんて発想は思い浮かばなかった。

 

 今度こそ殺してやろうと紫様へ飛びかかったのだが、触れる寸前に視界がブレて、気づけば私は昨日のように毛布をかけられた状態で地面に横たわっていた。

 側の土に何かの文字が書かれていたけど、字の読めなかった私はただそれを眺めることしかできない。諦めて寝るしかなかった。

 

 

「大丈夫だった? ごめんなさいねまだ手加減ができなくて……」

 

 次の日も紫様はやって来た。

 そして挑みかかって返り討ち。

 

「ねー? そろそろお話ししましょう?」

 

 また次の日も紫様はやって来た。

 初っ端から最大火力の弾幕を撃ち出し、粉微塵にしようとしたが日傘に跳ね返されて返り討ち。

 

「もう! 聞いてちょうだいってば!」

 

 その次の日も、次の日も……。

 紫様が口を開く前に攻撃を行う。それがいつしか日課となった。そりゃ相当自尊心を傷つけられたし、なにより怖かったからね。

 私よりも強い妖怪なんてこの一年で国からは消えてしまっていたから、自分よりも遥か上の存在なんて恐ろしい以外の何物でもない。

 だが私は殺し合い以外での交渉を行うことができなかった。

 

 試行錯誤を繰り返し、時に策を練って紫様に挑み続けたが、及ばなく思えるだけだった。

 

 そしてある日も私は返り討ちにされた。

 覚醒した意識の中で悔しさと紫様に対する畏怖に似た気持ちがこみ上げる。

 そしてそのままいつものように不貞寝しようとした、その時だった。

 

 

 

「くぅ…くぅ…」

 

「!?」

 

 呼吸音が聞こえてびっくりしながら横を見ると、紫様が横で眠ってたんだ。

 

 いざ立ち上がり腕を振るって喉笛を切り裂こうとしたんだが……その時に気が付いた。

 ……この方はなんてだらしない寝顔をしているのだろうか、ってね。そのだらしない寝顔を見てると先ほどまでの殺意や敵対心がどうでもよくなった。

 

 

 その後、私は一晩中紫様を見つめ続けた。

 興味とも何ともつかない感情が心の奥からこんこんと湧き出してくる。

 未知で不可解で、とても不気味。紫様のことなんて何もわからない。紫様が敵でない証拠なんて何もない。だけど……初めて暖かさを感じたんだ。

 

 

 

「ん……ふわぁ……。あら、おはよう」

 

「……」

 

 紫様が起きられた後、まだ言葉を習得していなかった私は目線で問い詰めた。

 まだ私は幼かったし、今まで相手してきた者たちはとても言葉が通じるような連中じゃなかった。だから若干言語の習得が遅れていたんだと思う。なにより言葉の必要性を感じなかったからね。ただ、相手が何を言っているのかはニュアンスの次元で理解していた。

 

 この時ほど言葉を話せないことを恨めしく思ったことはなかったなぁ。

 

「よく見ると傷だらけね……本当にごめんなさいね。どこか痛むところがあるならそこを押さえて?」

 

「……!」

 

 多少の痛みはあった気がするが、そんなことよりも紫様の言葉が私にとってはびっくりだった。誰かに心配してもらうなんて初めてのことだったから。

 

 固まる私を見て紫様はお笑いになられた。

 

 

 

「ここらの妖怪の数が急激に減ってるって聞いて変に思ったの。それで調べてみると同時に近場の腕利きの退治屋も次々と狐の化け物に返り討ちにあってるらしいとかなんとか。だから何百年生きた妖狐なのか気になっちゃって……あっ、私八雲紫っていうの。よろしくお願いしますわ」

 

「……?」

 

「そうそう。妖狐って長生きであるほど強くなっていくから。けど来て見て吃驚! 貴女相当若いでしょう? まっ、私もすこぶる若いけど!」

 

「……」

 

「失礼なことを言うのね。妖怪の見た目なんてあてにならないんだから年齢なんてあってないようなものよ! そりゃ私はちょっとばかし長生きかもしれないけど、心はいつまでも若々しいままなの! つまり私はめちゃくちゃ若い!」

 

「…」

 

 紫様はすらすらと私が疑問に思ったことに答えてくれた。会話に言葉は不要だった。

 心を読んでいるのかと思えばそうではないらしく、なんでも私が何を思うかは表情筋の動きや妖力の推移、感情の統計で全部想定済みなんだとか。ただ単純に感服するばかりだ。

 

 気づけば夢中で紫様と話していた。喋ってないのに紫様はうんうんと相槌を打っては私に言葉を投げかけてくれた。

 ……今思えばこの頃の紫様はとてもさっぱりしていたような気がする。なんというか、表裏がないっていうか、胡散臭くなかった。

 

 しばらく談笑した後、私は『紫様は私に会って何がしたかったのか』という疑問を思い浮かべた。

 紫様は口を開いて……言葉を詰まらせた。困ったように視線を右往左往させていたと思う。

 

「……えっと、色々あったのよ。妖生敵ばかりじゃ楽しくないわ」

 

「……?」

 

「なんていうかその……まあ成り行きよ成り行き! 旅は道連れやらなんとやら! そんなことよりもご飯にしましょう! 色々あるのよ〜例えば───」

 

 未だにこの時の疑問は晴れぬままだ。この頃は私を式神にしようなんて微塵にも思っておられなかったようだし。

 私のことを見極めていたのだろうか。将来自分の害となるか否かを……。

 

 余談だが、紫様の料理に味を占めてしまったのもこの時だ。スキマから料理を出した時は正直言って抵抗感しかなかったんだけどなぁ。

 

 

 

 それから先はほとんどが紫様との記憶。

 紫様は定期的に私の元を訪れては色々と世話を焼いてくれたものだ。最初はくだらない自尊心で紫様に何度も挑んだが、笑顔で悉く一蹴された。紫様が私を超越する上位者であることを思い知ったね。

 

 やがて紫様に挑むことは諦めた。その圧倒的強さ故に、その器量の大きさ故に尊敬の念を抱き始めたのはこの頃。たくさん話をして、たくさんのことを学ばせてもらった。

 

 地球は丸いこと……世界は三つの層と三界によって成り立っていること……私たちの存在は少しだけ特殊であるということ……。

 当時の私では理解できないことが多かったが、紫様の語り口調は聞いていて飽きなかった。紫様は無限の知識といっても差し支えのない頭脳を持っており、森羅万象の全てを知り得ているらしい。流石です紫様。だが紫様曰く「本当は相対性精神学が一番得意」とのこと。

 ……のちになって紫様にその相対性精神学とはいかなるものかを尋ねてみたのだが、「そんなこと言ったかしら?」とはぐらかされてしまった。

 

 言葉を話し始めたのもこの頃だったかな。”紫様”の発音が難しくてね……何度も紫様と一緒に発音練習をしたものさ。

 

「りゅかりしゃま」

 

「ちがーう! ゆ・か・り!」

 

「ゆぅ・か・り・さ・ま」

 

「いいじゃない! それじゃもう一回」

 

「ゆかうべっ」

 

「あらら大丈夫? 舌噛んじゃった? ベーしなさい、ベー。……それにしても早口じゃないんだけどねぇ……」

 

 ……こんなこともあったな。むず痒い記憶ではあるが、これもまた私の大切な財産と言える思い出だ。

 

 おめかしもたくさんしてもらったっけ。紫様に撫でてもらうたびに髪の毛はサラサラになっていった。「可愛いんだから綺麗になる権利があるの!」なんて言ってくれて……とても嬉しかった。

 だけど時々紫様が持ってこられた時代錯誤の服は流石に遠慮したよ。服の周りにフリフリの布がついた、俗に言うゴスロリファッションなるものはまだ時代が追いついていなかった。今でも流石に恥ずかしいと思う。……しかしこれは紫様が時代を先取りしていたということになるのだろうか?

 先見の明……流石です紫様。

 

 時々喧嘩もした。理由はもう忘れてしまったが、たわいもないことだったと思う。

 結果は勿論、全て紫様の圧勝。紫様は体術だけで私をいなしていた。能力も妖力も使われていないのに…相手にすらならなかったな。紫様はまさに最強、私は井の中の蛙に過ぎなかった。

 だけど喧嘩の後には絶対紫様の方から私に謝ってくれるんだ。そしたらなんだかとても申し訳なくなっちゃって……私からも泣きながら謝った。

 

 

「貴女の名前は、そうねぇ……。私からの(藍色)を込めて、”藍”…なんてどうかしら? 紫に準ずる、此方側の色よ」

 

 ある日、名前を付けてもらった。

 ”藍”は七色の中でもっとも”紫”に近い色。とても嬉しくて、とても誇らしくて。何度も自分と紫様の名前を交互に呼び続けたっけ。

 紫様の「はいはい」という少し困ったような笑顔も覚えている。

 

 紫様とお会いしてから妖怪も人間も全く近寄らなくなり、私の体からは血の匂いが消えた。紫様との二人だけの時間が増えたが孤独は感じなかった。

 心に空いた虚無は全て紫様が埋めてくれる。

 

 私はもう独りじゃない……いや、紫様がお側に居てくれる。それだけで良かったんだ。ただそれだけで……。

 

 

 

 

 

「バイバイ、藍」

 

 

 紫様がある日を境に消えてしまった。

 今日は都合が悪いからだろう。そう思って明日を待った。次の日も紫様は来なかった。

 雨が降っても日差しが照っても、風が吹いても雪が降っても私の目の前に紫様は現れなかった。

 

 一週間、一ヶ月、一年……

 

 ずっとあの水辺で待ち続けた。そして終ぞ紫様はやって来なかった。

 

 

 寂しい……。

 

 

 寂しい…。

 

 

 長いこと落ち込み続けた。

 私は飽きられたのか? 紫様が抱いていたなんらかの期待に応えることができなかったのか?

 私にとっての紫様と、紫様にとっての私は全く重要度が違ったんだろう。

 

 最後に見た紫様の姿が何度も頭をフラッシュバックする。何の変哲もなかったんだ。紫様は確かに「明日も来る」って言ってたんだ。

 満たされることばかりに甘えて……それから先を全く考えていなかった。

 

 再び辺りに充満し始めた血の匂いを嗅ぎながら私はひたすら考えた。

 

 分からない……分からない。

 なぜ私は……言えなかったんだ。

「あなた様とずっと一緒に居たい」

 これだけの言葉をなぜ言わなかったんだ!

 

 もう一度紫様に会いたい。

 

 そのお声をもう一度聞きたかった。

 そのお姿をもう一度お目にしたかった。

 

 

 それから私は人間の世界へと飛び込んだ。時の権力者と思われる者を誑かし、紫様らしき妖怪の情報を集め続けた。

 数多の人間に囲まれるようになったが、もはや彼らに感じることはない。寂しさを紛らわすことはできなかった。

 やがて国は滅びたがそんなことはどうでもいい。次もまた国を変えて紫様を探し続けた。

 

 幾つもの国が私のせいで滅びようとも、私を愛した人間が死のうとも……どうでも良かった。

 

 

 ある日、古巣へ帰ってきた時だった。なんでも隣の島国日本では強力な妖怪が跋扈しているという話を聞いた。たかが知れていると思ってはいたが。

 そして重要だったのは、それらを統括して月への侵略を企んでいる賢者がいるという話。

 

 紫様は強い妖狐がいるという噂を聞いて私の元にやって来た。つまり紫様は強大な妖怪を求めていたということではないか?

 この仮定が正しければ、大妖怪のメッカである日本ならばいずれ紫様に会えるかもしれない。また賢者という者にも興味があり、その賢者とやらならば紫様について何か知っているかもしれないという淡い希望があった。

 

 思い立ったが吉日。早速私は大陸を後にして日本へと降り立った。

 邪魔立てする妖怪や人間を滅ぼしながら、漂う妖力を嗅ぎつけそこへ向かう。

 

 先に結果を言うと私の勘はドンピシャだった。

 しかし、同時にかなり見立てが甘かったと、深く後悔することになる。

 

 日本の妖怪は大半が大陸の者たちと変わらない有象無象の集まりだったのだが……時折、おかしなレベルに達している妖怪と戦闘になっていた。

 

 例えば……

 

「『存在』というものは他者と自身の『認識』の上で成り立つのよ。私をお前は認めない……それだけでお前は終わりだ!」

 

 訳のわからない攻撃を仕掛けてくる都に潜む正体不明の存在。

 

「その身なりで儂の領域(テリトリー)に入ってくるとは。ただの身の程知らずか、それともタダのおバカさんか……のぅ? 狐よ」

 

 卑劣な手段で確実に追い詰めてくる忌々しき化け狸の棟梁。

 

「お前さんは判ってないね? 我々、鬼の性格が! 強い者を見ると力比べしたくなる性格が! さあ、いざ勝負といこうか白面金毛の狐よ!?」

 

 ある荒野で出会った一角鬼……星熊勇儀なんかがその例だ。こいつらは特に厄介だった。

 都で会ったヤツと狸の親玉は特に精神攻撃に秀でていた。少しでも気を抜いていれば間違いなく内側から殺されていたと思う。狸のヤツが紫様に化けた時は本気で危なかったな。

 あの脳筋一角は……まあ言わずもがな。ヤツが腕を振るう度に山地が抉れて一つの平野が出来上がる。パワーだけなら恐らくこの地上で一番強いだろう。あくまでもパワーでなら、だがな。

 

 また、こいつら以外にもたくさんの妖怪に会って、うち何人かは今でも幻想郷で見かけるような連中だ。断言しよう、日本はイカれている。

 

 奴らとの戦いは熾烈を極め、それと同時に私の体はどんどん傷ついてゆく。

 まあ、奴らにはその度に深手を負わしてやったがな。だが何分、散発的に戦いが起こるものだからとてもじゃないが体力が間に合わない。

 

 

 星熊勇儀との戦いを終えた頃には息も絶え絶えで、一旦都に潜伏することにした。いつもと同じ手口でそこの王室に取り入って、紫様や噂の賢者の情報集めを心がけるつもりだった。

 だが情けないことに私の正体はそこそこ力のある霊験者にバレてしまった。おそらくだが、あの時は多分何者かの告げ口があったな。

 

 すぐに追討軍が組織されて波のように武装や霊装をした人間が押し寄せてきた。

 残り滓のような妖力で反撃して死体の山を積み上げてやったが、途中で土着の妖怪や神たちによる攻撃もあって私は限界だった。

 結局、昔に紫様から余興で教えてもらった『式の作り方』を咄嗟に実践して、それを囮にすることで難を逃れたんだが……あまりにも妖力を消費し過ぎた。式を作り出した時にそのほとんど使い切ってしまってたんだ。

 

 弱々しくなる呼吸を感じながら空を見上げた。

 いつの間にか日は暮れて私へと夜が降りてくる。……紫様と初めて会った時のように、爛々と星々が輝く美しい夜空だった。

 体も心もいっぱいいっぱいで、私は思わず地面へと倒れこんだ。

 

 ちょうど満月の日だったか。いつも以上に月が瞬いていたような気がした。

 落ちてきそうな夜空の中で、私は泥のように眠った。紫様とのかけがいのない思い出の断片を夢に思い浮かべながら。

 

 

 光が射して私は目を覚ました。

 そして目の前には……

 

「……こ、こんにちは……?」

 

 何故かボロボロになっている紫様がこちらを覗き込んでいた。

 まず一番に疑ったのが、これは夢なのか、それとも(うつつ)なのか。試しに頬を思いっきり捻ってみたのだが、痛かった。

 次に疑ったのが目の前の紫様が本物なのかどうか。憎き佐渡の狸かもしれないと思ったからな。だが幻術の匂いを感じないし、紫様に触ってみてもちゃんと実体がある。

 

 ……紫様だ。

 

「やっと……やっと会えたんですね。私は、ずっと探しておりました……」

 

 感極まって紫様に抱きついた。

 

「……!?…?……!??」

 

 紫様は無言で私の背へと手をまわすと、ぽんぽん、と優しく叩いてくれた。

 この匂い……間違いなく紫様だ。

 

「藍は強くなりました……。貴女とともに歩めるように頑張りました。どうかもう、私を置いていかないで。私を独りにしないでください…」

 

 話したいことはたくさんあったのだけれど、一番最初に口から出てきたのはこの言葉だった。いつ紫様が私の前からまた消えてしまうかもしれなくて怖かった。

 だから……

 

「私は貴女に一生付いていきます。私を、貴女の式神にしてください!」

 

「…………えぇ…」

 

 

 

 ───────────────

 

 

 

「……懐かしいですね紫様。どうやら私も少しは大人になれたみたいです」

 

 呟かれた言葉とため息が縁側から漏れた。

 

 藍はこれまで体験したことを隅々まで思い出すという、仙人の修行に似た仙術を実践していた。自分と紫を一から見直すために。

 だが結局、思い起こせたのは紫に甘えるだけの弱い自分だけだった。

 

 時間は夕暮れ時となり、かなり長い時間記憶に耽ていたことに気づいた。

 ふと、少し遠くを見ると橙がこちらに駆けて来ている姿が見えた。

 

「藍さまただいまー!」

 

「おや……おかえり橙。どうだった?」

 

「紫さまが失踪したことで幻想郷のパワーバランスが乱れつつあるみたいで……その影響か河童が六度目の核実験に踏み切りました! 制裁決議を採択したんですけど効果があるのかどうか……。あとは河童たちが外法の技師とやらを抱え込んでからの成長スピードに関する話題で……」

 

「よしよし頑張ったね」

 

「とっても緊張しました……」

 

 戦闘能力とは別次元の話で、幻想郷最高機関という表向きの組織の会議にはそれなりに神経を使う。橙にはまだ時期尚早であることは藍が一番良く分かっている。

 だが今は橙に任せるしかない。八雲の席はただ紫のためにあるものだ。繋がりを断ち切られている藍が干渉していい案件ではないのだから。

 

 ちなみに賢者会議初日に紫の代理として出席した橙を見くびって貶した賢者たちがいたが、彼らは漏れなく藍にしめられている。

 

「紫さまはいつ帰ってくるんでしょう……。寂しいです……」

 

「……そうだね私も寂しいさ。だけど紫様はいずれ帰ってくるよ。あのお方は二度と離れないと誓ってくれたんだから。さて、それじゃあ夕食にしようか。今日はきつねうどんだよ」

 

「はーい!」

 

 パタパタと元気良く玄関に駆け込んだ橙を見て、藍は心が暖かくなるのを感じた。

 敬愛する紫がかつて自分に接してくれたように、橙を育ててきたが……果たして自分が今抱いている感情とあの頃の紫様が抱かれていた感情とは同じものなのだろうか。愛と親しみの境界とはどこに存在するのだろうか。

 

 万物の境界のことを思考すればするほど周りのことが、自分のことが分からなくなる。

所詮借り物に過ぎない境界の力は、失くしてその力を意識させる。

 

 藍は軽く空へと息を吐いた。

 

 

 

 寂しい。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 

 

 

「ひにゃあぁあぁぁぁあぁぁっ!?」

 

 おおよそ乙女が出さないような声で叫んだ。冷や汗が私の背を伝う。

 心臓がバクンバクン鳴ってるわ。私のチキンハートは確かに軟弱だけど……こうなってしまったのにはそれなりの訳がある。

 そう、悪夢を見たのよ。それも追憶夢!まあ昔の回想みたいなものね。つまり私の妖生におけるトラウマってわけ。

 

 最近ドレミーと会えてないから……悪夢を見ることがしょっちゅうよ。こりゃ寝不足になるのも時間の問題だわ。

 ああ……今思い出しても恐ろしい。藍と初めて会った時はホント生きた心地がしなかった。

 

 

 

 一番初めの出会いは私による一方的なものだった。そう、あれは勝手に月面戦争参加を決定させられてむしゃくしゃしながら都を歩いていた時のことよ。

 

 いつか戦争の主催者を捕まえてとっちめてやる! なんて思いながら散歩してたんだけど……前を歩いていた真っ赤な服を着た女の人にね、狐耳と9本の尻尾が付いてたのよ。分かったかもしれないけど、この女の人が藍ね。

 で、よく見ると着ている服が真っ赤なのは血だらけだったからなのよ!

 それにびっくりして思わず「赤い狐ェェ!?」って叫んじゃったのよね。それがたまたま近くにいた安倍のなんとかって人に聞かれちゃってたみたいで。いっぱい兵士さんがやって来たかと思うと藍を追っていっちゃった。……まあ、私は『怖い妖怪はみんな退治されますように派』だからその時は兵士さんたちを応援したわね。

 

 よくよく考えてみると周りは藍に気付いてなかったみたいだし、何かの術を使って人ごみに紛れてたんだと思う。悪いことしたわ。

 

 その後私は月面戦争に強制参加。月人による虐殺から必死に逃げ回って九死に一生を得た。あの月人姉妹の顔は今でも忘れないわガクブル。

 で、地上に生還した後も私は半泣きになりながら森を走ったわ。だって本当に怖かったんですもの。後ろを振り返れば狂った玉兎たちが銃剣突撃を繰り出してくる光景が目に飛び込んでくるかもしれないっていう恐怖がね……。

 

 頭の上に月が浮かんでいる間は決して安心できなかった。酷い話よねぇ。

 

 そして月が沈み太陽が昇り始めたんだけど、必死だった私はそのことに気づかず足元も見ずにひたすら走っていた結果、何かに躓いて転倒。勢いがついてた分派手に転びまくった。これには流石の私も涙を禁じ得なかったわ。

 ふと何に転んだのか確かめてみたんだけど……そこには藍が倒れてたのよ。

 

 相変わらず血だらけで最初は死体かと思ったわ。だけど胸に手を当ててみるとしっかりと息をしていた。ほっとすると同時に恐怖が込み上げてきた。

 端整な顔つきをしてるけど裏にどんな凶暴性を秘めているか分からないからね! だって血だらけなんですもの! なんかやたら強そうだし!

 

 で、この時逃げ出しておけば良かったんだけど……ちょうど藍が目を覚ましちゃったのよね。心臓が縮み上がったわ。

 おっかなびっくりに挨拶したんだけど藍はジッとこっちを見るだけでね。あのなんとも言えない時間帯よ……! ああ思い出したらお腹痛くなってきた。

 

 その後急に藍が私を締め上げてきたのよ。苦しくて苦しくて何回も藍の背中にギブアップのサインを送ったんだけど緩める気配はなかった。

 あの時はもう死んだと思ったわ。一瞬意識が彼岸まで飛んじゃったし、サボり番頭の船がすぐ目の前まで来てた。

 

 運良く私が船に乗る前に藍が締め付けを解除してくれたおかげで生還できたけどね。この時に藍が何か言ってたような気がするけど私には聞こえなかったわ。だって朦朧としてたんですもの!

 

 そして藍が私に対して高圧的に言ったわけよ。自分を私の式神にしてくれって。

 いや何言ってんのお前? 今も昔もずっと言い続けてきたことだけどさ、何トチ狂ってんの?

 

 格上から急に子分にしてくれとか言われるなんてもう恐怖よね。意図が読めなすぎる……。しかも私と藍ってその時()()()なのに。

 結局断ることなんて出来るはずもなく、強制的に藍が私の式神になった。……けど式なんて書けないからね私。取り敢えず「『八雲』の式神にします」って感じで適当に書き込んだだけだからね私。

 なのに藍は涙まで流してやたら喜ぶし……ホント訳わかんない。

 

 今思えばこの日が八雲紫苦難の日々の狼煙になったのよね。挙げ句の果てには私を賢者の座から追い退けちゃって。ぬぐぐ……許すまじ藍!

 

 

 

「どうしたメリー君? こんな真夜中に狂ったように叫んで……」

 

 ぬっと霖之助さんが部屋の向こうから顔を出した。その下には剣の切っ先が見える。先日魔理沙からぼったくった剣だと思う。

 ……剣を持つ姿が中々さまになってるわね。本当は草食系のくせに。

 

 ああ、ちなみに私と霖之助さんの寝床は別々。霖之助さんはロリコンじゃないみたいだけど万に一つを警戒してね。

 この八雲ゆか…ゲフンゲフン! メリーちゃんの美貌に釣られて変なことされちゃ困るもの!

 

「いえ……なんでもないわ。起こしてしまったならごめんなさい」

 

「ふむ、すごい汗だね。大方、子供には酷な悪夢でもみたのかね?」

 

 なんでだろう。霖之助さんに言い当てられるとなんか無性に腹が立つわ。

 

「ご明察よ。はあ……夢が怖いわー」

 

「そうか…ならアレを飲んでみるといい。先日とある知人から貰った丸薬があってね」

 

 霖之助さんは一度引っ込むと何かの瓶を持ってきた。中には幾つかの丸いものがひしめき合っている。なんか禍々しいんだけど。

 

「そ、それは……?」

 

「胡蝶夢丸ウルトラスーパーナイトメア……というらしい。この丸薬を飲むと天にも昇るようなエキサイトかつ楽しい夢が見れるそうだ。さらに竹林の医師のお墨付きらしい。その竹林の医師とやらが誰かなのかは知らないがね」

 

 何そのカービィの題名みたいなネーミング。しかもナイトメアって付いてるじゃない。楽しい夢って感じじゃないわよねぇ!?

 わざわざ持ってきてくれたのに悪いけど、流石にそんな得体の知れない丸薬を飲む気にはなれないわ! ていうかこれってただの厄介物の押し付けよね!

 

 ドレミー! やっぱり私には貴女しかいないわ! 何か楽しい夢をかもんぷりーず!

 夢見る乙女に輝かしい夢をどうか!




補足ですが藍が生まれた時代は夏王朝中期から後期あたりという設定。この頃に中国にいる存在で当時の(2歳の)藍に勝てるのは紫と嫦娥絶対ぶっ殺すウーマンぐらいです。

ゆからんはねぇ……無限の可能性があると思うんだ。年関係、式になったタイミング、二人の間柄……どれを取ってもむふふなストーリーになると思うんだねぇ。今作はロリらんしゃまを愛でる紫様。
ちなみに作者が初めて読んだゆからん本は『水鏡』ですぁああぁぁああああいあああぎいぁあああ



さて、天空璋が楽しみだ!
評価感想くれると嬉しいです

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