幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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前話からの続き
ゆかりん有能回


歴史を纏う賢者(後)

 妖怪たちにとっての幻想郷における危機とは、人里から指導者が現れること。

 そうすれば人間たちは間違いなく、幻想郷のルールを破壊し始めるだろう。それを賢者を始めとする者たちはどうしようもなく恐れた。

 

 こうくれば必然的に起こる事となるのが、妖怪たちによる人里勢力争いだった。

 人里は表向きでは緩衝地帯として妖怪各々が保護しているように見えるが、その裏では熾烈な縄張り争いが繰り広げられている。

 

 どこで作られたのかも分からぬ薬を優しくない値段で売りつけるウサギたち。かわいらしい姿を利用して、寄付金という名のみかじめ料を取っていると聞く。

 新聞によって人間の里における「情報」を牛耳り、幻想郷の世論を操る天狗。腹の内が定まる事がないので、言葉を信じる事ができるのはその一瞬だけだ。

 幻想郷の最先端を牽引する類い稀なる技術力によって、人里に近づく河童。 表と裏の顔を使い分けて人間を誘い込み、いざ使い物にならなくなれば容赦なく尻子玉を引き抜いて殺す。

 ほぼ新参ながらも新たな勢力として人里を荒らす狐狸。連中のせいで人里の貨幣経済はもうめちゃくちゃ。定期的に解決役として藍を派遣しているが、勘のいい奴らで到着前にはいなくなってしまう。

 

 

 ……いや、あのね。この現状を私は放置してきたわけじゃないの。勿論よね?

 当然連中のリーダーと思われる因幡てゐや、天魔や、河城にとりに自制を求めた。(狐狸についてはリーダーが存在しない、もしくは幻想郷にいないと思われる)

 しかし帰ってくるのはいつも意味不な言葉で、挙げ句の果てには内政干渉と罵られる始末。

 あのクソウサギの顔見た時は本気で戦争してやろうかって思ったほどだったわ。反省反省!

 

 とまあそういう訳で、連中に一泡ふかしてやろうと私はとある人間と協力することに。

 結果として、私は人里に最高の指導者を作り出した。そしてさらにその指導者に賢者のポストを用意してあげたのだ。

 これにて人里側の自治権……というよりは独立権が強化されることとなり、妖怪たちからすればあまり面白くない結果となっている。

 総じて考えていた最悪の未来が現実になってしまったからだろう。てゐからは目の前で思いっきり舌打ちされたわ。うん、慣れてる。

 

 もっとも、彼方がなにか行動を起こす場合にはちゃんと私に報告&許可の義務があるから大丈夫、だいじょーぶ!

 だって人里が暴走する時なんてのは私か指導者が同時に死んだ時か、人里の力が賢者総員の権力を越した時にしか訪れないから。

 

 それに逆に宥和政策によって何人かの温和な妖怪が人里に進出するという、素晴らしい現象も起きている。幻想郷が、1つになっている……!

 

 んー……やっぱ私って有能!

 

 

 

「……人妖の関係は幻想郷の形に合わせて変遷を迎えようとしているみたいねぇ。人間と妖怪の理想郷にはまだまだ程遠いですけど」

「顔を合わせて一番にそれですか。貴女らしいですね、紫さん」

 

 スキマにもたれかかったままの私と話す彼女は気抜けした様子だ。けれども慣れた様子で使用人にお茶を二人分頼むあたり、流石だろう。

 

 紹介しましょう。彼女の名前は稗田阿求。

 名家である稗田の9代目当主であり、人里内での最高権力者の一人であり、是非曲直庁の重鎮であり、そして私と()()()でもある。

 幻想郷の「光」と「グレー」の部分を書き伝える使命を背負った乙女であり、幻想郷を心から愛している人物。花の髪飾りがとてもチャーミング。

 趣味は妖精虐め。

 

 今日はそんな彼女と色んな事を話し合う予定だ。

 私の知り合いで数少ない戦闘狂ではなく文化人である阿求。貴重な存在ね。

 

 

「霊夢の代になってより幻想郷の漫然と流れるだけだった時間は停滞した。それはとてもリスキーなことではあるけれど、同時にとても素晴らしいことですわ。そうでしょう? 阿求」

「どうでしょうね。あんな大異変が何度も起きては幻想郷そのものが持つのかどうか、甚だ疑問です。そしてなにより、幻想郷縁起の内容がさらに充実してしまう。ネタに溢れて困るとは、天狗の方々には悪い悩みですよ」

 

 全くもってその通りだと思う。

 霊夢の代……つまり阿求の代になってより幻想郷で起こる異変の周期が凄まじい事になっているのは言うまでもない。

 その度に新たな実力者や新たな勢力が次々に現れて、どのタイミングで幻想郷縁起を纏めて良いものか阿求は迷っているらしい。

 いや勿論だけど、これ以上異変が起きないのが一番なんですけどね!

 

 と、使用人が持ってきたお茶で喉を潤し、次なる話題を選ぶ。阿求とは共有できている情報が多いので話の内容に困ることがないのだ。

 もっとも、中には私にとって不都合な物もあって。

 

「それで、会うのは去年の夏以来ですが……今年の紫さんはどうも忙しかったみたいですね? 異変に参加したり、異変の原因を作ったり。紫さんって介入主義でしたっけ? いや、おかしくなったのは紅霧異変からでしょうか」

「ふふ、耳が痛いわね。私は積極的な介入を良しとするわけでないけれど、日和見に甘んじるほど幻想郷の情勢が安定しているとも思っていない。春雪異変については、アレが一番穏便に済む方法と思い、実践したまでよ」

 

 だって幽々子たちのことボランティアって思ってたんだもん。私はあくまで異変を終わらせたかっただけでね? 別に幻想郷を混沌に陥れようなんてこれっぽっちも思ってないから。

 そして───。

 

「そしてこれより幻想郷へ平穏を享受させる方法を……考えているわ」

「興味深いですね。試しにお聞かせ願えますか?」

「現状の幻想郷は力で全てを決着させる──悪く言えば野蛮な風潮が蔓延しています。最も簡単でシンプルな方法がそれですもの、仕方がないことですわ」

「そうですね。強大な力を持つ妖怪たちが周りに興味を無くしてしまっているのが不幸中の幸いでしょうか。しかしそれが何か?」

 

 それこそさらに簡単な話。

 力を使わないようにすればいい。

 

「決闘方法を力ではなく、技と美しさにすり替えればよいのです。拳や妖力、能力ではなく、この弾幕によって」

「弾幕……なるほど、スペルカードはその為の布石だった、ということですね」

「その通り。ちゃんとルールを定めれば幻想郷破壊を食い止める事が出来ますし、何より『格差』を縮める事ができる。あの時は吸血鬼異変によるゴタゴタで流れてしまったけど、次の賢者会議の際にこれを提言してみようと思っています」

「それで私の元に来たのですね。……今回は賛同がお望みで?」

「いいえ、共同声明が望ましいわ」

「そうですか」

 

 スペルカードルールを幻想郷に普及させる為には兎に角大勢の賛同が必要になる。

 しかし一々個人を訪ね回って賛同をお願いするには時間と手間がかかってしまう。

 だから力ある者とともに共同声明を出すのよ。ヒエラルキーの上位者がルールに恭順すれば、下も続いてくれることでしょう。

 

 そうした意味では阿求は最高に適した存在だ。

 阿求の一存は人間全体の一存と言っても相違ではない。そして文治派の彼女なら必ず私と道を共にしてくれると信じていた。

 

「現状を鑑みるにそう簡単な道ではないでしょうが、一応の協力は惜しみませんよ。妖怪の沈静化は我々にとって利あることですからね」

「左様ですか……ふふ」

「その代わりと言ってはなんですが、(人里)からの要求にはなるべく箔をつけてもらえませんか? それほど大それた事を言うつもりはありませんが」

「いいでしょう。これで互いにwin-winの関係になる……つまり貸し借りはなしね」

 

 なんか頭のいい話しているような気分ね。阿求との話はスムーズに進むからホント楽。

 

 これにて賢者関連のお話は終わりっ! 続いては個人の話に参りましょうか。

 お茶もそろそろ無くなってしまったのでお代わりをお願いしつつ、次なる話題へ。

 

「それでは幻想郷縁起についての話を。率直に聞くけど、どの程度進んでる?」

「取り敢えず今回載せる妖怪の選定と情報の収集はほぼ終わりました。そろそろ紫さんの目にも通して欲しいと思ってましたので、好都合ですね」

 

 私もそろそろなんじゃないかって思ったのよね。あくまで幻想郷縁起は御阿礼の子の主観によって書かれるんだけど、どの代も熱が入るとちょっといけない領域の話まで書いちゃうことがある。

 それを監督するのが私の仕事ってわけ。

 

 阿求から原本を受け取って中身を確かめる。

 なになに?

 

 ルーミア……うん、危険度は極高に変更ね。チルノも極高に変更。紅魔館の面々も全員極高でいいでしょ。あっ、ちょい待ち。

 

「フランドール・スカーレットの項なんだけど、危険度と人間友好度が逆になってない?」

「えっ……いや合ってますよ」

「なら変更ね。危険度は極低でいいわ」

 

 阿求は思いっきり眉を顰めた。そしてそれを見た私も眉を顰めた。

 いやなんでよ。フランが危険度極高って、他の面々の危険度が天元突破するわよそれ。

 

「……紫さん、正気ですか?」

「当たり前じゃない。嘘は書いちゃいけないわよ」

「嘘、ですか。分かりました……ではそのように」

 

 阿求は渋々といった感じで原本を書き直した。うん、それでいいわ。さて読み進めましょうか。

 

 ってアレ?

 私も幻想郷縁起に載るの? いやいいんだけどなんか恥ずかしいわね……!

 それよりも気になる事が。

 

「私の危険度は不明、ねぇ。ここは極低でいいんじゃないかしら?」

「紫さん。嘘はいけませんよ」

 

 にっこり笑顔で返された。解せぬわ。

 しかし、よくよく考えてみると確かに里人から見れば私って正体不明の妖怪かもしれないわね。危険度なんか分かるはずもないよね。

 まあ、あと10年の間に好感度上げに努めれば極高に変更されるでしょう。

 

 ……ん? 説明文が空白になってる妖怪が何人かいるわね。こりゃどういうことかしら?

 

「レティ・ホワイトロックや因幡てゐ、風見幽香の欄が空白になってるけど、どうしたの?」

「いやー……実はその方たちの情報が集めきれなくてですね。もう載せるのは止めようかなと考えているんです。どっちみち会ってしまえばもう助からないような妖怪ですし」

「変なところで適当ね貴女」

「代々変わらないでしょう?」

 

 お、おう、そうね。いやー結構胸にくるブラックジョークだった。

 けとまあ確かにこの三人はよく分からない部分が多いわよね。レティ・ホワイトロックなんて一回会ったっきりだし。

 ……あの雪女、怖かったわ。

 

 さて、これで妖怪図鑑は終わり。次に続いたのは英雄伝という幻想郷の力ある人間たちを載せたコーナーだった。

 うん斬新でいいわね! 霖之助さんがボロクソ書かれてて笑ったわ。

 

 続いて幻想郷の名所の紹介なんかが載ってて、そして次のコーナーは……。

 

 

 

 なにこれ?

 

「……随分と古いメモを載せてるのね」

「はい! なんせ数百年前のものですから。今でも理解できない単語がつらつらと並べられていて、とても興味深いので。友人の小鈴に見せてみたんですけど、その字の通りだって言われちゃって」

 

 小鈴っていうのは鈴奈庵っていう貸本屋の娘さんのことね。なんでもあらゆる文字を読むことができる能力を持っているらしい。

 私は一度も会ったことがないけど。

 

 それよりも気になるのはこのメモだ。

 GPSだのホーキングの時間矢だの……明らかに数百年前の日本に存在し得るはずのない単語が並べられている。

 そしてこのメモを書いた当の本人も昔の日本みたいだ、とタイムパラドックスを仄めかしている。魂の構成物質、と訳わからん専門用語も。

 

 そして──最後に人名と思わしきモノが書かれている。

 その部分がどうにも気にかかる。何気ない一文なのにどうしても目が惹きつけられる。

 

 

【目が覚めたら()()に言おうっと。さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。】

 

 

 蓮子……か。蓮子って────

 

 

 

 

 

 

 

 変な名前ね。

 読み方は「れんこ」でいいのかな? いや、もしかしたら「はすこ」の可能性も。女の子だろうってことは分かるんだけど。

 

 うーん、分からない! やっぱり名前はシンプルなのに限るわ。(*おまいう)

 

「一通り読みましたけど、特に問題はないと思う。それに今までの中でも一番読み応えのある幻想郷縁起でしたわ」

「本当ですか? ……それは、嬉しいですね」

 

 言葉の通り、阿求は嬉しそうにはにかんだ。……笑顔も代々変わらないのね。

 

「それで次の出版はいつ頃に? 人里の者たちは今か今かと待ち望んでいるようですが」

「来年あたりを考えています。──……あの異変の年にもなりますしね」

「……ああ、もう六十年経ったのね。月日が経つのは恐ろしく早いものですわ」

「まったくです」

 

 さーて、話すことも全部話し終わったし、帰るとしましょうかね。霊夢と小傘の事も気になるし。

 

 

 

 そろそろお暇しようとした、その時だった。

 襖が勢いよく開け放たれる。

 

「阿求! どうも凶暴な妖怪が里に紛れ込んだらしい! 避難指示についての───あれ、貴女は」

 

 青混じりの白髪が揺れる。

 現れたのは里の守護者である上白沢慧音。藍と同じく賢者の座を自ら辞退した傑物。

 能力はよく分かんない。

 

「こんにちは。阿求とは幻想郷縁起についての打ち合わせをさせていただいてましたわ」

「そ、そうか。いや、貴女がいるならなおさら好都合だ。実は先ほど妹紅──連れの者が里内で凶悪な妖怪を見かけたようなのです。なんでも昔に人間を惨たらしく食い殺した妖怪らしく、その実力は相当なものと」

「凶暴な、妖怪……」

 

 い、一大事じゃないの!

 慧音が取り乱すほどの妖怪を人里で野放しにせるわけにはいかないわ!

 今すぐ実力者に情報を伝達して……いや、それよりも霊夢に話す方が早い!

 

「分かりましたわ。ちょうど霊夢が人里に来ていることですし、あの子に退治を頼みましょう。それでは私は彼女の元へ」

「では私は避難指示を。……それで、その妖怪に何かの特徴は?」

 

 スキマに突っ込んだ足を止める。

 危ない危ない……その妖怪の姿形を聞いておかないと霊夢に詳しく情報を伝えれないじゃないの。私ったらおっちょこちょいなんだから!

 

「特徴……確か妹紅は『金色の髪』と『紫の瞳』と言ってたな。金髪自体が人里では珍しいからすぐに見つかると思うんだが……」

「金髪なんて霧雨家ぐらいですからね」

「それに合わせて紫の瞳ねぇ。随分と派手な妖怪がいたものね。これじゃ退治も時間の問題かしら?」

 

 

「ん?」

「あっ」

 ……あ!

 

 阿求と慧音の視線で漸く気付いた。

 それ私じゃん。いや、私じゃないんだけども。

 

「まさか、な?」

「紫さん……人食い妖怪じゃないんですよね?」

「ええそうよ。人肉は苦手だって昔からずっと言ってるじゃない。間違っても人間は食べないわよ。私の名に誓うわ」

「そうですよね。うん」

 

 本当に勘弁して欲しい。今ここにいるのが阿求と慧音だから良かったものの、もし思い込みの激しい奴だったらって考えると鳥肌モノよ!

 うくく……けどこれってもう人里には私と同じ特徴の妖怪の情報が行き渡ってるってことよね? あーんもう表を出歩けないじゃない!

 

「とんだ迷惑だわ。それじゃ巻き込まれないうちに家に帰るとしましょうか」

「ああそれがいい。妹紅の奴……冷静じゃなかったからな。制止の言葉も通じるかどうか」

 

 妹紅っていうのが誰なのかは知らないけどやべー奴だっていうことは分かった。これからも極力合わないように気を付けよう。

 

 阿求への別れの言葉もほどほどにスキマへと潜って霊夢の元へ。

 

 

 

「あっ、紫さん!」

「……紫」

 

 二人はすぐに私に気が付いた。背後から出てきたんだけどすぐに気付くあたり、背中に目でも付いてんじゃないかなって思う。小傘はともかくね。

 どうやら二人も凶悪な妖怪についての情報を有しているようで、今は里に詳しい小傘の土地勘で隠れやすい場所を絞りつつ、しらみ潰しにその妖怪を探そうとしていたみたい。頼もしいわ。

 ついでに誠に遺憾なんだけど当然の如く二人とも私の髪と瞳をガン見していた。泣くわよ?

 

「とんだ人里散策になっちゃったわね。……霊夢、やり過ぎないように」

「善処するわ」

 

 いやマジでお願いします。人里が吹っ飛んだらもう信用回復どころの話じゃなくなるわ。

 霊夢もそこらへんは分かってると思うんだけど、やっぱり不安だわ。

 

「小傘も頼み事の連続で悪いけど、霊夢をサポートしてあげてちょうだい」

「言われなくても大丈夫だよ。人里における妖怪の地位を失墜させようなんて、わちきに喧嘩を売ってるとしか思えないわ!」

 

 おお、小傘が燃えている! これは期待大ね。

 ……いやけどvs萃香の件もあるし、やっぱり期待は小ってことにしときましょう。

 

 霊夢は煩わしいそうにしてるけど、驚かせる為に人里を網羅している小傘と行動した方が効率がいいことは明らかで、霊夢もその事を承知しているようだ。

 そう霊夢。そうやって他との連携を学ぶのよ。魔理沙や藍以外とでも共に戦えるように。

 

 ふわりと浮き上がって、民家の屋根を駆けていく霊夢に小傘が追随する。霊夢が動き出したんじゃ凶悪な妖怪さんももうお終いね!

 さて、私は家に帰ってのんびり報告を待つことにしましょうか───。

 

 

 

 

「よう」

 

 声をぶっきらぼうにかけられた。肩に手を置かれると、無理やり後ろへ振り向かさせられる。

 

 そこに居たのは人里では完全に浮いた存在。

 赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊った白髪の少女が、燃えるような紅い瞳で私を睨みつける。感じるは圧倒的な敵意。殺意がその身から迸っている。

 

 背後の空間がゆらゆらと陽炎のように揺らめいているのは、その身体から放出されている妖力によるものだろうか。

 

 

「見つけたぞ、クソ妖怪。こうして会うのは何百年ぶりだろうな?」

「……」

 

 何か言えるはずもなく、私は必死に状況を把握するしかできなかった。

 今すぐにでもスキマを開いて逃げたいんだけど、目の前の少女がそれを許してくれるとは到底思えない。いやだ、怖い……。

 

 彼女からの憎しみを直視できなかった私は、思わず目を逸らした。逸らしてしまった。

 途端に首が締まる。少女は──いや、憎悪の化身は私の襟首を掴んでいた。

 

「なんとか言ったらどうだ?」

「っ……!」

「だんまりか。私をあまり舐めるなよ……!?」

 

 妖力が爆炎として立ち昇った、その瞬間だった。

 ほぼ無意識。右手を横に動かして境目を作り出す。指定した場所に生み出された境界は空間と細胞を断ち切り、私の首を掴んでいた少女の腕が宙を舞った。

 拘束から逃れた私はバックステップを踏みつつ後ろへ方向転換。そして作り出すはスキマ。一直線に逃走経路へと走る。

 

「……ッ逃がすかよ!」

 

 体がほぼスキマの中に入ると同時に、少女の手が私の髪の毛を掴んだ。凄まじい熱を背中に感じるが、それに気をとられる暇はなかった。

 

「待──」

 

 

 スキマは閉じてまたもや拘束から解放される。勢い余って前のめりに転倒して頭を打った。凄く痛いです……!

 

 目の前に広がるのは見慣れた我が家。そして背後には焼き焦げた私の髪だったモノと、切断された少女の腕が転がっていた。

 ホッとしたら腰が抜けちゃった。

 

 ……何だったのかしら今の。

 全てが突然すぎて現実味を感じない。

 

 あの少女はなんであんなに私に対して殺意を放っていたのだろう?

 心当たりは勿論ないんだけど、ほら私っておっちょこちょいなお茶目さんだから、知らないところで迷惑をかけたのかも。……腕二本とも切り落としちゃったわ。どうしましょ……。

 

 てか今の私の動きカッコ良くない? 今の一連の動作だけで妖力すっからかんだけど、久しぶりに大妖怪っぽい事が出来たような気がする!

 

 あれ、安心したらなんだか涙が……。

 

「紫様! いったい何が!?」

 

 異変を察知したのだろう、ドアを蹴破って藍が飛び出した。慌てすぎじゃない?

 視線が私、私の頭、落ちている腕、千切れた髪の毛、の順に移っていく。そして少ししてからわなわなと震えだした。

 

「そんな……紫様の髪が! お、おのれ……どこの誰だか知らんが許せん! 灰塵と帰してやる!」

「落ち着いてちょうだい。髪ならあとで幾らでも生えてくる……それに彼方はもう生きてはいけないわ。報いなら十分よ」

 

 腕を二本とも切っちゃったから、あの少女は外出血によるショック死で息絶えている頃だろう。殺されかけた身ではあるけど、哀れに思う。

 命を奪うに足る人物ではなかったかもしれない。

 

「さ、左様ですか。しかし……」

 

 藍は地面に落ちている髪の毛と腕を拾い上げた。とても悲しそうな目で髪の毛を一瞥し、続いてさも憎々しげに腕を睨む。

 ……貴女ってもしかして髪フェチ? まあ私の髪は自分で言うのも何だけど綺麗だから仕方ないことかしらね。

 

 ふぅ、疲れた。取り敢えず焼き焦げた髪の毛を整えよう。そして寝る。

 今日もまた、幻想郷に涙した1日だった。

 

 

 

 ───────

 ──────────

 ─────────────

 

 

 

 

 

 今日も私は夢を見る。何の変哲もない可笑しな夢。

 何時ものように喋らない貴女が横に立っているだけの、面白くない夢。

 貴女と一言でいいから話してみたい。さぞ綺麗な声音が聞けるんでしょうね。

 

 どうか、どうか一言だけでも──。

 

 

 

 

 だが、今日の夢は少し違う。

 

「おねーさんは誰? なんでここに居るの?」

「……貴女は……」

 

 いつもと変わらない空間だけど居るのは私とあの女の子じゃない。居たのはあの子に少しだけ似ている幼い少女。

 あの子よりもやや明るい髪色。デフォルメパンダがプリントされたパジャマを着ていて、髪の毛の所々には寝癖が可愛らしく立っている。

 

「ここは私の夢よ。私がここに居たっておかしなことはないでしょう?」

「おかしいわ。だってここは私の夢なのよ? どうして私の夢の中におねーさんの夢が出てくるの? 訳わかんない」

「そうね……私にも訳が分からないわ」

 

 夢と夢が繋がった?

 まさか、ドレミーの介入無しにそんな事があり得るの? それも見ず知らずの少女の夢なのに。

 人の夢はいずれも深い根底の部分で、全ての夢と繋がっている。あり得ない話ではないのだろう。……けど、私にとってはいささか狙われたタイミングのように思える。

 

 あの子の夢とこの子の夢。

 それが変化した。──いや、すり替わった?

 

「取り敢えず自己紹介をしましょうか。もしかしたら互いに只の夢の住人だっていう可能性もある。現実に住まうならちゃんと証拠を示さなきゃ」

「えーっと……よくわかんないけど私から」

 

 少女は警戒感もなく私に自己紹介を始めた。

 

「えっと、宇佐見菫子っていうの。東深見? ってところに住んでるわ。歳は今年で6歳!」

 

 少女──菫子からは年相応の元気さを感じる。精神をありありと映し出す夢の世界でコレってことは、現実世界でもそれは活発な女の子なんだろう。

 菫子が本当に存在するなら、だけど。

 

「6歳……それじゃあ一年生さんね。東深見は聞き覚えがないわねぇ。何県か分かる?」

「県? 分かんない」

「なら東京ってところに近い?」

「行ったことある。おとーさんはいつも東京で働いてるの」

「……神奈川か埼玉あたりかしら」

 

 それにしても菫子の反応はやけにリアルだ。

 感覚も現実とそう違いないし、私と同じ現世の存在ってことで間違いなさそう。

 それじゃあ私からも。

 

「私の名前は八雲紫。幻想郷っていう所の管理人をしているの。歳は……まあたくさんね」

「幻想郷? それって日本?」

「ええ日本よ。私もこんな(なり)をしてるけど一応日本の妖怪」

「妖怪!?」

 

 菫子は声をうわずらせた。

 未知のものをみる好奇心の視線。空想上の存在が現れて興奮しているのだろうか。

 ……悪くないわね。

 

「幻想郷は貴女たち人間に忘れ去られた者たちにとっての楽園。人間、妖怪、妖精、神様──ありとあらゆる種族が仲良く平和に……って訳じゃないけど、そこそこ元気に暮らしてるわ」

「す、すごい…すごい! 私の知らないそんな世界があったなんて、信じられないわ! あのさ、幻想郷には空を飛べる人いる? 物を触らずに宙へ浮かすことができる人はいる?」

 

 菫子はマシンガンのように捲し立てる。

 どうやら幻想郷の存在が彼女の琴線に触れたらしい。眩しいほどに目を爛々と輝かせている。……そんないい場所でもないのよ?

 けど、菫子の言うような者たちが沢山いることは事実だ。

 

「ええいますわ。空を飛ぶ巫女さんに手からビームを放つ魔法使い。あっという間に違う場所へ移動する妖怪、人の心を読む妖怪……」

 

 霊夢、魔理沙、私にさとり。

 みんながいる。現実に存在するとは言い難いけれど、形ある幻想として生きている。

 夢なんかじゃないわ。

 

 菫子がこっちに歩みを進める。そして私の手を取った。彼女の温もりもまた、夢ではない。

 

「紫は幻想郷に住んでいるんでしょ! いいなぁ……私も行きたいなぁ。今からでも連れて行ってくれないの? 幻想郷に行けるなら私なんでもするわ!」

「菫子……」

 

 私は手を解いて菫子の肩に乗せた。

 しゃがんで彼女と目線を合わせる。

 

「ダメとは言わない。だけど今の貴女では絶対に後悔することになる。まだこちら側に来るべきではないの」

「後悔なんてしないわ! だって……私の生まれるべき世界は幻想郷だったんだから! ねえお願い紫、いいでしょう?」

 

 駄々をこねられると困るわね。

 神隠しなんて無闇矢鱈にやるもんじゃないのは経験で知っている。菫子は幻想郷に強烈な羨望を抱いているみたいだけど、現実はそうじゃない。

 幻想なのに現実って、変な話だけどね。

 

「菫子が大人になればきっと分かる日がくる。知らない方がいいことも、感じない方がいいことも、この世には溢れかえってる。変わらないに越したことはないわ。無知は幸福よ」

 

 一度浸かってしまえばもう二度と抜け出せない泥沼。現実に反して幻想は醜い。

 菫子は目を潤わせた。

 

「だけど……!」

「それでも乾くのなら……。全てを知ってもなお、幻想を求めるのであれば……」

 

 

 ───受け入れましょう。

 

 

「貴女の未来がどうなろうが結果は突如として去来する。──幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」

 

 

 






「どうもさとりです。今話にて紫さんは自身の事を『有能』と評していましたが、果たして皆さんはお気付きでしょうか? 阿求さんとの話し合いの内情には色々と面倒な裏がある事を。
なーんで自分で気づけないですかねぇ。 ……やっぱりお馬鹿さんだから? ふふ、まだまだあの人には私のお守りが必要みたいですね。
ああ、あと妹紅さんから逃げられたのはめちゃくちゃ運が良かったからです。ぶっちゃけあのクソ雑魚妖怪の紫さんが妹紅さんから逃げ切れるはずがないでしょう? その辺りを説明しますと……時間が足りませんからまた今度。
サザエさん時空? 知らない話ですね。
さて次回は

・出落チルノ
・さとり様は頭の良いお方
・頭空っぽの方が夢詰め込める

だそうです。あっ、どうやら私の出番があるみたいですね。それでは紫さんに起きても醒めぬトラウマを植え付けてやりましょう」

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