幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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 少女は空を見上げた。
 淀んだ水面に乱反射する光源を眺める為に。

 爛々と輝く星が散りばめられた夜空。
 大きな、丸い満月が浮かぶ夜空。
 周りには誰も居なくて、ぽつんと一人取り残された、そんな状態でした。

 「はて、何故こうなったんだろう?」と、少女は深く考えます。
 拭いきれないほどの酷い違和感が彼女の脳内を埋め尽くしました。

 自分に降り注ぐ星の光も、月の明かりも。
 我が身、我が心さえも。
 全てが偽りの中にあるかのような酷い違和感。

 しかし、それらは彼女が特別意識を向けるほど特別なものではなかったようなんです。
 もっと彼女を狼狽させ、焦燥に駆り立てるほどの何かがあるようでした。

 彼女はふと思いました。
 もしかして夢なのか? と。

 覚めて欲しいと願いつつ、少女は強く目を擦ります。
 だけどちっとも夢は覚めません。
 それどころか少女の指には血がべっとりと付着していました。そして思わず、水面に映る自分の姿を見てしまったのです。



 ──ああ、そうか。


 ──そうだった。私は生まれたのか。



 水面に映るのは混ざりつつある二つの色。

 本来の輝きと血の淀みで、徐々にそれは新たな色へと変化していく。もはや元の色には戻れない。全てが遅すぎたのです。


 少女は空を見上げた。

 星と月が彼女の存在を決定付けてくれました。

 それは決して祝福と言えるようなものではないけれど、彼女はとても嬉しく、そして悲しく想い、激しく憂い───。

 月へと手を伸ばすのです。






【デンジャラス秘封倶楽部】

 空を見上げた。

 ああ、今日は最悪の日だ。

 

「はっ……はっ───!」

 

 荒い息づかいとともに、山中を駆け巡る。

 

 木々の間からちぎれちぎれに向けられる灯は、真っ暗な山中から私を燻し出す為のものだ。

 あちらも激しく動いているのか、光の線が激しくブレていた。

 

 時折、野太い男の怒声が聞こえる。「止まれ、止まれ!」と喚き立てているが、生憎、私は止まるわけにはいかない。

 だって私を追いかけている男たちは常日頃、我らが日本国民の生活を守ってくれている機関の人間であり、私は法の侵犯者だからだ。

 

 結界破りは重罪。小学生くらいになれば誰でも知ることになる日本国民としての常識。

 勿論、私も知っている。だけどそれを守るかどうかは別の話になるわ。

 

 うら若き乙女の短き時間を独房で暮らすなんてまっぴらごめんだ。何たって私にはまだしたい事がたくさんあるんだからね。

 それに相方を外で待たせたままだ。

 こんなところで捕まってたまるもんですか。

 

 

 しかし我ながら本当に間抜けなドジを踏んでしまったと思う。

 私のちょっとした能力を過信しすぎたのか、警戒を怠ってしまった。

 場所と時間がどれほど正確に分かってもこの状況では大したアドバンテージにはならない。だって女子大生と警官じゃそもそもの脚力が違う。

 現に私と彼らの距離はどんどん狭まってるし、私の呼吸は荒くなるばかりだ。それなりに、体力には自信がある方なんだけどね。

 

 

 だがしかし、この状況はむしろ「運が良い」と言うべきか? 追われているのが「私一人」であるという点では、ね。

 

 今日はいつもの相方を連れて来なかった。「連れて行け」とせがむ彼女を麓に置いて出発したのだ。万が一に備えての布陣だった訳だが、不運にもその万が一を引き当ててしまったのだから。

 もしも一緒だったなら即詰みだっただろう。

 いや、()()()のいじける顔を見れただけでも今回の収穫は有り余るほどね。ありゃレアよ。

 

 

 と、そんなことを気楽に考える私もとうとう年貢の納め時かもしれない。

 月を見れば現在地を知ることが出来るわけだけど、私の進行方向の先にあるものが中々よろしくないのだ。

 

 十数秒後、私の眼の前に広がるのは恐らく果てしない闇だろう。奈落が口を開けて待ち構えている。だからと言ってこの足を止めれば背後から即逮捕。

 前門の崖、後門の番人。中々ヘビーな選択肢ね。言い換えれば、進めば物理的な死。下がれば社会的な死が待っているんですもの。

 

 

 だから私は、敢えて前門を選ぶわ!

 生きてりゃなんとかなる? 違うわ、死んでからなんとかするのよ!

 後ろからの制止を振り切って足を加速させる。

 やがて前方に現れたのはパックリと口を開けた真っ暗な奈落。このまま進めば真っ逆さま。

 

 敢えて何も考えない。

 思考が介在してしまえば私は寸前で立ち止まってしまう。感情を押し殺せ。

 

「アイ、キャンんん……フラァァァァイッ!!!」

 

 闇へ身を投じる。

 途端に気持ちの悪い浮遊感が体の内から沸き上り、激しい突風が衣服をひらめかす。

 私にできるのは、お気に入りの黒帽子が飛んでいかないように抑えることと、信じることだけ。

 

 ……そうでしょう? メリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女ったら頭おかしいんじゃないの!? ただでさえ暗闇の中で狙いが付けづらいのに私を当てにして崖から飛び降りるなんて……馬鹿よ馬鹿っ! 大馬鹿蓮子っ!!」

 

 相棒の言葉が胸に突き刺さる。

 私にとってもあの行為は一種の賭けだったし、成功確率はあまり高くないと推測していた。

 いざという時の為に受け身の用意だけはしてたんだけどね。

 

「ま、まあ結果オーライだしいいじゃん! 私はメリーのこと少しも疑ってなかったからさ」

「うっさい! もう……これだから行く前に”止めましょう”って言ったのよ。ていうかこんな山中に独り取り残される気持ちも考えてよね」

 

 申し訳ねぇ、申し訳ねぇ、と平謝り。それでも私の立つ瀬はなくて、正直辛い。

 完膚なきまでの正論……全てメリーの言う通りだ。

 

 私が今もこうして無傷で軽口を叩けるのは、メリーの力のおかげだった。

 私のようなパッとしない地味な力じゃなくて、とても素敵な異能の力。現代じゃ証明しきれない、科学神秘主義の絶対を否定する奇異。

 

 羨ましくて仕方がない。

 けど同時に、メリーの能力が私たちを結び付ける架け橋になったんだ。

 

「はぁ……やっぱり私にはメリーが居ないとダメね。独りじゃ何もできないわ」

「その為の秘封倶楽部でしょ? 私だって蓮子が居ないとこんな事はしてない。……って今はそんな話をしてるんじゃなくて!」

 

 メリーの眉がつり上がった。

 あー、こりゃ長くなるかもしれないわね。これにて「メリーをおだてて話題を逸らそう作戦」は見事失敗に終わったわけだ。

 

 ……まあ今回は仕方ないかな。口うるさい説教を甘んじて受け入れよう。

 だけどここは些か場所が悪い。

 

「メリー、一旦街道まで戻ろう。ここじゃさっきの人たちが帰ってきたらすぐに見つかっちゃうわ。それに能力のインターバルはまだまだ、でしょ?」

「そうね……うん、そうしましょう。流石に今の状態で見つかったらマズイわ。ここで捕まっちゃったら初日の出に間に合わなくなるしね」

「今からでも十分グレーじゃない?」

 

 私とメリーは走りながら笑った。

 

 

 

 ここは伊吹山。滋賀県と岐阜県にまたがり古来から信仰を受けてきた山だ。

 ちなみにかの有名な酒呑童子が居を構えていたかもしれない場所でもあるんですって。

 しかしメリー曰く「あり得ない話ではないが、やっぱり大江山の方が怪しい」そうだ。

 境界の質的な違いらしいんだけど、私もなんとなくそんな気がするわ。なんとなくね。

 

 さて、なんで京都住まいである私たちがこんな場所まで来たのかというと、実はそんなに大した理由はなかった。ちょっとした冒険心だ。

 ただ初の日の出を幻に近い場所から迎えたかった……たったそれだけ。

 メリーからは呆れられたわ。だけどそれでも付き合ってくれるあたりメリーも暇なんだろう。

 

 今日は12月31日。

 世界中の人々が年越しに熱狂する特別な日である。いまの時代、縁起なんて全く気にしちゃいないのに虫のいい話よ。私は一向に構わないけどね。

 

 政府雇われの警備員さんが張り込んでいるのは知ってたんだけど、大晦日ならマークも少なくなるかもしれないと、勇んでこの始末だった。

 私たちみたいなのが後を絶たないからかな? うーん、そう考えるとあのおじさん達にも気の毒なことをしちゃったわね。反省反省。

 

「ここまで来れば大丈夫かしら?」

「人ごみに紛れちゃったら分からないと思うわ。暗闇で私の顔もよく見えなかっただろうしね」

「そう。……それじゃあこれからどうする?」

「どうするも何も、山に登れないんじゃ仕方ないわ。京都に帰りましょ」

「はぁ、了解」

 

 連れ回された挙句になんの成果も得られず解散じゃ気も滅入るだろう。ごめんメリー。

 

 

 終電を逃すこともなく電車に乗車し、一路京都へと進む。私たち以外には人は疎らで寂しい。

 そりゃそうだ。だって……。

 

「……0時になったわ。ハッピーニューイヤー蓮子。こんな年越しは初めてよ」

「明けましておめでとうメリー」

 

 深いため息が漏れる。ホント申し訳ない。

 電車に揺られながらそっと空を眺める。正真正銘、”今年の”星空だった。

 計画通りなら今頃山頂であったかいココアでも飲みながら年越しできてただろうに。その無念や烈々たるものだ。

 

 全部こんな計画を立てた私が悪いんだけどね! ごめん! ホントごめんメリー!

 

「で、晴れて新年を迎えたわけだけど、もしかして京都に着いたらそのまま解散?」

「それは流石に……ねぇ? 一応プランは用意してるけど、聞きたい?」

「聞くだけ聞くわ」

「私の家で飲み明かしましょう。こんな事もあろうかといっぱい買い溜めしてるわ」

「やっぱそれよねぇ」

 

 結局何時もの打ち上げと代わり映えがないことは重々承知している。

 だけど酒の力は偉大なのだ。モヤモヤすることなんて全部吹き飛ばしてくれるからね。

 女子大生の新年1発目がこれで良いのかと言われると心苦しいものはあるが、致し方ないだろう。私たちに今必要なのはお酒なのだ。

 

 部屋は……散らかってるけどいいか。

 異性を連れ込むわけでもないし、況してや相手はあのメリーだし。

 

「今日はじゃんじゃん好きなだけ飲んでくださいな! 蓮子さん渾身の奢りだから!」

「言ったわね?」

 

 不敵に笑うメリー。機嫌を直してくれたのなら嬉しいんだけど今度は私の懐がピンチかな?

 

 ここだけの話、結構飲むのよねメリーって。

 

 

 

 駅を降りて市営バスを何回か乗り継ぐ。途中道すがらにお酒を買い足しながら。

 そして私の家に着いたのは真夜中2時を過ぎようとしていた時刻だった。

 

 扉を開ければ何時もの風景が私たちを出迎える。

 入居当時はインテリジェンスなレイアウトを考えてたんだけど、すぐに挫折した。そしてこの殺風景な部屋が爆誕するのにさほど時間はかからなかった。

 メリーの「うわっ」という呻き声が壁に反射してよく響いた。

 

「ちょ、ちょっと……二日前に来た時よりも酷くなってない!? 何をどうしたらこんな凄惨な現場が出来上がるの……?」

「いやぁ色々あってさー。確かにはたから見れば家探しされた感じかなぁ。まま、変なのが出るわけでもないし気にせず上がってよ」

 

 机の上に散乱する物を一旦床に置いて、代わりにこれでもかと酒を積み上げた。一方、メリーは足の踏み場に困りながら恐る恐る歩を進めている。

 

「何してたのよ。引越しでもするみたいよ」

「いやいやちょっとした探し物があってね。どうしても見つからないから家をひっくり返すことにしたのよ。あんまり物を溜め込んでるつもりはなかったんだけど、そんなことはなかったみたい」

「それで、その探し物は見つかった?」

「いんや全く。もう諦めたわ」

 

 もしかしたらもうこの世には存在していないのかもしれない。私が持っている気になっていただけで、実は身内の誰かに処分されてたりとか。

 そうだとしたら非常に残念だ。

 アレは私たちの、秘封倶楽部としての活動にとっても役立つものだと思うから。

 

 まあ、無い物ねだりしても仕方がない。モヤモヤする気持ちはあるけど、こういった去年の負を洗い流すべく私たちはお酒を飲むのだ!

 嫌なことなんて全部忘れちゃえ!

 

「いぇーい乾杯!」

「ヤケにテンション高いじゃない。悪いことしかないっていうのに」

「空元気に決まってるでしょ。ほらメリーも」

「カンパーイ」

 

 んぐ、んぐっ……ふぅ。

 やっぱりアルコールはいいものだ……心を安らかにしてくれる。

 酒は百薬の長とはよく言ったものよね。多分何処ぞの呑んべえが酔っ払いながら言った言葉なんだろうけど、どんな諺よりも説得力があるわ。

 

 飲み始めたらもう止まらない。

 

「ふへーたまんないわね〜」

「女子大生が出していい声じゃないわ…」

「あん? 私が親父くさいだってぇ?」

「そんなこと言ってない。それにしてもよくぞここまでの量の酒を掻き集めたものね。この角ボトルなんて……何年前のよコレ?」

「東京には骨董品がたくさん眠ってるのよ」

「仕送りか……」

 

 うちの実家……っていうより旧家からの仕送りの一部。お金には困っていないみたいなので何時も在庫処分と言わんばかりに色んなものを送ってくれるわ。

 もっとも、30年前のジャンプが送られてきた時は流石に変な気持ちになった。私のことをリサイクルショップとでも勘違いしてるんじゃないかしら。

 

 紙魚にやられた古本が相変わらず積み上がってることはちょっとした悩みである。

 内容は面白いんだけどね。

 

 あっ、そうだ。

 

「これ、中々タメになる本だったわ。よかったらメリーも読む?」

「あー……これ知ってる知ってる。巷で有名よ。たしか今も続いてる漫画でしょ」

 

 そうそう。吸血鬼と戦ったり時を止めたり名言を連発したりと忙しい漫画だ。

 メリーの謎空間みたいな能力を持ってるキャラクターも出てきてそれはもう凄いわ。スティッキィファンガーズいいよね。

 しかし現在32部を連載中だが、私と同じ能力を持つキャラクターは未だ登場しない。悲しいなぁ。

 

「さてメリー! お酒も回ってきた頃だし、そろそろ本題を切り出そうと思うわ」

 

 1部を読み進めているメリーに呼び掛ける。

 そう、今回の集まりはただお酒を飲むためだけのものではないのだ。

 秘密を解き暴く。それが私たちの本務!

 

「実は中々面白い情報を仕入れていてね、暇な時に話そうと思ってたんだけど今がその時でしょ。だから話そうかと」

「今から出かけるのはちょっと怠いわよ。年越しと同じ結果にならないとも言い切れないし」

「ふふ、ご安心を! 怪異なんてこの御時世、何処にでも潜んでいるものなのよ」

 

 ぱたん、と。漫画の本が閉じられる。

 多分メリーも興味が湧いてきたんだろう。

 

「何処でも、ね。なら多分アレでしょう?」

 

 メリーが指差した先にあるのは、これまたお古の旧型ノートPCだった。

 私は笑いながら電源を入れる。

 

「ご名答よ。2,000年代中期頃、急激に怪異の話が増えたことがあるのを知ってる? 世に言う都市伝説ってやつね。広まった理由は解るでしょう?」

「ええ。ネットの普及に伴っての情報伝達規模が格段に拡大したのが主な原因ね。別にその頃に世界で異変が起きたわけじゃないわ」

 

 都市伝説が流行った時期っていうのは日本では主に二回あった。

 一つは先程言った通りの《2,000年代》中期。理由はネット回線の普及と高速化。

 

 あと一つは《1,970年代》後期。有名どころだと口裂け女や人面犬なんかかしら。これにも理由はあって、諸説あるけどその頃の主流だった塾システムによるものが大きかったんだと思う。

 違う学区の子供達が塾に集い、地元で作り上げた想像上の怪事件を交換しあったのだろう。子供達の帰り道も今ほど街灯が多くなくて、暗闇が恐怖を助長していたのも起因するという。

 

 しかし、今回は別件である。

 

「まさかそんな昔の怪談話を実証するわけじゃないでしょうね?」

「違うわ。ちょっとした都市伝説のようなモノではあるんだけど、気になる点がある。ネット普及開始時の大きな混乱の最中、新設されていくブログやサイトの中にね、なんでも一つおかしなものがあったって話なのよ」

「おかしな……?」

「表向きはただのチャットサイトなんだけど、書かれていることが意味不明。普通の人じゃ文字そのものを認識できないんですって」

 

 つまり、普通じゃない人にはその文字が解読できてしまったわけだ。もちろんこれだけが怪異と呼ばれる所以ではない。

 

「その内容を認識してしまった者はね……漏れなく消息を絶ってしまったらしいわ。一時は公安が調査に乗り出すまでに消息不明が多発したんだって」

「……胡散臭いわね」

「私もそう思うわ。昔の人たちもそんな与太話を信じるはずがなく、呪いのサイトなんて言われて、知る人ぞ知る怪異って感じだったみたいね」

 

 こういうのは話半々に聞くのが一番であることはよく分かってるから。

 さて、ここからが本番。

 

「それでそのサイトなんだけど、勿論すぐに削除されちゃって観覧不能になってしまった。まあ当たり前っちゃ当たり前ね。……そして今更になってなんでこんな事が話題になったのかというと」

「……そのサイトが復活した、とでも?」

「あくまでそう囁かれてるってだけ」

 

 そのサイトの存在自体は確認されていないが、謎の失踪がここ最近になって相次いでいることは紛れもない事実だった。

 失踪者の部屋に残されていたのは何気ない生活感の漂う物々と、開かれたまま破損している一台のパソコンだけっていう話。

 それらがあのサイト奇談による事例と酷使している。中々面白そうな話だった。

 そしてなによりも───。

 

「それではこちらがそのサイトになります。どうぞご覧になってみて?」

「悔しながら面白くなってきたわ」

「準備を怠らない秘封倶楽部の鑑でしょ」

 

 実は例のサイトには既に辿り着いていた。

 

 というもののそれは偶然の産物で、家の中をひっくり返していた最中に出てきたノートpcの履歴にそれは残っていたのだ。

 この画面を見た瞬間、私の興味は引き寄せられた。

 

 サイトの名前は《カパネット通信》といい、情報のものと完全に一致する。

 このサイトの異様さを語るのは難しい。一目で普通のチャットサイトではない事が分かってしまう。頭がどうにかなりそうだ。

 一番に目を引くのは文字化けだろうか。意味のない言葉が意味を成さずに延々と羅列されている。背景や文字のフォントにも飾り気が一切なくて、このサイトを利用したいと思う人間がいるとは思えないほどだった。

 

「これが件のサイトねぇ。確かに、かなり嫌なものを感じるわ。電子回路の中に入り込んだ境界なんてかなり珍しいわよ」

「そんなのがウチのpc履歴に残ってたのはホント驚きだわ。家族の誰かが開いたんだろうけど……まあ偶々だろうしどうでもいいか。それでどうかしらメリー。何かそれで面白い事ができそう?」

 

 気難しい顔で画面を睨んでいる相方は時折マウスをクリックしながら操作している。

 噂にある通りならこの文字を読める人が存在したということ。どの言語にも属さない文を読み取るなんて芸当は誰にもできない筈なのに。

 私は勿論読めなかったが、メリーならどうだろう。数多の境界を見つけ出したその眼なら或いは……なんてね。

 

「うん読める。問題ないわ」

「えっウソ!? ホントなの?」

「こんな事で嘘ついても仕方ないでしょ。ただね……読めるんだけど、意味不明」

 

 メリーは鞄からメモ帳を取り出してスラスラと何かを書き始めた。

 どうやら翻訳を書き写してくれているようだ。相方が有能すぎて肩身が狭い今日この頃……。

 

 一体どのような感じであの画面がメリーの眼には写っているのだろう。またもや私には見えない未知で羨ましいエリアだ。

 

 なになに?

 ───『今日の仕事めっちゃ疲れたー。帰ってビール飲もっ』『工場長死ね』『山童死ね』『天狗死ね! 鬼死ね!』『むしろ河童が滅びろ』

 

 ───『ネムネム』『妖怪の山はオワコン』『お前がオワコン』『オワコン定期』『明日は卯の刻出勤でよろしくお願いします』『死ね』『死ね』『死ね』『ひゅい!?』

 

 

 ……意味が分からん。

 

「もっとおどろおどろしい事が書かれてると思ったのに……。拍子抜けというか何というか……俗っぽいっていうのかなぁ」

「けど河童とか鬼とか書いてるわよ。もしかしたら……ん? 画像がアップロードされてるわ」

 

 マウスポインターが文字化けに埋めつくされている所を何度もクリックする。なんだかんだでメリーもノリノリじゃない。

 開かれたのは画像と呼べる代物ではなかった。所々にラグが走ってて下手なモザイクによるものよりも画像の詳細が掴めないようになっている。

 メリーはここらで匙を投げた。

 

「これは無理ね。純粋に識別ができないわ。画像そのものが破損しているみたい。地面を写していて、尚且つ其処が岩場だってことぐらいしか」

「ふーん……。私は何なのか判ったわよ」

「えっ? 空は少しも写っていないのに?」

 

 メリーの言う通りだ。私の眼は月と星が見えないと効力を発揮しない。

 逆説的な考え方だ。この画像を見て私の能力が発動するということはつまり、この画像には我が眼の引き金(トリガー)が存在している証拠に他ならない。

 

「この岩石そのものが月なのよ。つまるところ……この画像は月面を写したものになる! 私の眼を前にして嘘は吐けないわっ!」

「これが月を……? だけど今の時代ならともかくこの画像が貼られた時代はまだ満足に月面着陸すらできなかった頃。これはいったい───……っ!! 画面を閉じるわよ!」

 

 形相を一変させたメリーがpc画面が叩き割れるほどの力で折り畳んだ。メキッ…っと、嫌な音が連結部分から聞こえた。

 壊れたわねこれは。

 

「メリー……」

「ご、ごめんね。私も好きでやったんじゃなくて、これには訳が……」

「謝らなくていいわ。貴女を信じる」

 

 メリーが何の理由も無しにこんな行動を起こすことはありえない。何か切羽詰まった理由──危機があったのだろう。

 秘封倶楽部の活動方針上、危険はそれなりに付き纏う。慣れっことまでは言わないが私たちは相当数のリスクを犯してきた。

 二人で支え合いながら活動を続けているんだから、片方に危険が迫っていたのなら早急にその危険を排除するのは当たり前のこと。

 今は酒の力で警戒を疎かにしてしまっていたことは否めないしね。

 

 けど一応理由はお聞かせ願いたいものだ。

 勿論、メリーもその事は十分承知していて。

 

「電子回線に張り巡らされている境界は一種の探知機だった。あのサイトの異様さに気付いた人間に対応する為のものだったんでしょうね。電子流動の速度で此方に干渉する事ができるんだから、完全犯罪なんてお手の物なのかも。現に今にも境界が私たちを飲み込もうとしていたし」

「それで原因不明の失踪ってことね。これじゃ警察が対応できるはずもないか」

 

 タネが判るとますます恐ろしい。果たしてこんなトラップを仕掛けて多分異界に居るであろう者たちは何を企んでいるのだろう?

 何にせよパソコンは壊れてしまった。携帯端末の方でサイトを調べても、やはりというべきか検索にはヒットしなかった。

 これ以上の詮索は不可能だ。

 

 パソコンは安全性が不透明とのことで、メリーが謎空間に取り込んでしまった。

 聞くところによるとその空間では物を分解する事なんてお手の物なんだって。

 羨ましいなぁ。

 

「あーあ、面白そうなのを見つけたと思ったんだけどなー。蓋を開ければ怪文書にトラップかー。やっぱり”そういうの”の選別はメリーに任せるのが一番ね」

「そうして頂戴。下手に境界に触れ回ったらどんな事になるか分からないわ。貴女が境界に飲み込まれるなんていう最悪な結果は避けたいもの」

「心配どうも。……それにしてなんであんなのがウチのpcの履歴に残ってたのかしら? それだけがどうしても気になるわ……」

「あとで実家に行方不明になった身内がいないか聞いてみたら? まあ、実はあのサイトを作ったのは蓮子の家族の誰かだったりしてね」

「まさか!」

 

 確かにあのノートpcはかなりの年季が入っている。もしかしたら何代か前の先祖が使っていたのかもしれない。使えるのが奇跡と言っていいほどの代物だった。

 けどなぁ……それはないと思うのよねぇ。

 

 

 だって2,000年代の宇佐見家と言ったら”あの人”が該当するんだけどさ、──”あの人”は誰よりもこの世の不思議を嫌っていた人だから。

 こんな物を作るなんてあり得ない。

 

 

 

「蓮子、アレ見て」

 

 顔を上げると窓から仄かな光が射し込んでいる。

 そうか、いつの間にかそんな時間に。

 

 私たちはベランダから身を乗り出した。

 闇夜を切り裂く朝日が全てを照らす。

 

「初日の出……新たな一年の本格的な境目ね」

「ええ。心機一転、秘封倶楽部のこれからを新たな気持ちで楽しみましょう」

 

 

 今年もまた日本中の不思議を集めて沢山の秘密を暴くのだ。

 

 勿論、メリーと一緒にね。

 

 

「じゃあ初日の出も見たことだし、そろそろ寝るわ。もう瞼が限界。メリーはどうする?」

「ご一緒するわ。なんだか初夢を見たい気分になってきちゃったから」

 

 




RNK「幻マジ真の主役は私たち!」
MRY「これからもよろしくね!」

YKRN「誰なのこの子たち……」

番外編だと思った? そう、本編番外編だッ!
憑依華が発売されるまで投稿を躊躇した理由はこれです。紫と菫子の会話内容によってはかなりの路線変更を余儀なくされるところだった。
結果はまあ……うん。


それでは次回、穢嫌焦(永夜抄)に突入。
はっきり言おう。この異変はヤバイ

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