幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
色々とバラしすぎたかな……?
「悪いね鈴仙。あんたも怪我してんのにさ」
「一人じゃまともに歩く事も出来ないなんて……そんなんで大丈夫なの? ……地底ってとんでもない場所なんでしょ?」
「なるようになるんじゃないかな。もしダメなら、それは私の幸運が切れたって事。因幡てゐの死と同然だよ。どっちみちさ」
こう強気に言ってみたものの、やっぱり支えがないと立つ事すらままならないのはマズイかもねぇ。鈴仙も呆れたように息を吐いていた。
だけど生きてただけでも儲けもんだよ。あの半人半霊が放った一撃は限りなく致死性の強いものだった。永琳が処置してくれなかったら、今頃黄泉の世界で彷徨ってただろう。
目を覚ましてすぐのことだ。
唐突に現れた紫は簡単な書状を投げ渡すと、足早にスキマの奥へと消えていった。多くは語らなかったが、あいつの健在ぷりを見て、私の予感が正しかったことがやっとこさ証明できた。
内容は賢者職を奪う旨、永遠亭以外の土地の所有を認めない旨、そして私たちを監視する勢力と場所が書かれていた。しかも丁寧にみんなバラバラで。
まあ上々のデキかな。
命があって、失ったのは土地だの権力だの、些細なものだけ。そして代わりに得たモノは、限りなく大きいのだから。
因幡てゐ、傷を負ってますます健在ってところかな。……痛い目にはあんまり会いたくなかったんだけどね。これも必要経費、仕方ないか。
だけど、心配ごとはあるにはある。
「……鈴仙は私たちが居なくてちゃんとやっていけるかなぁ。無理だろうなぁ」
「本人の前でわざわざ言う事じゃないでしょうが……! ま、まあ不安がないと言えば嘘になるけど……いざとなれば全員蹴散らしてでも師匠たちと合流すればいいわ! そうでしょ?」
よく言うよ痛みで泣いてたくせに……。
鈴仙は強い。下手すれば永琳を倒してしまう可能性を秘めているほどに。だけどその代わりと言うべきかメンタルが致命的だ。
今回の一件で一皮剥けてくれたもんだと思っていたけど、やっぱり鈴仙は鈴仙だ。
……心配だなぁ。
紫からの書状を中央に、私を含めた四人が向かい合う何とも奇妙な光景だ。
鈴仙は不安げな表情、輝夜は朗らかな表情、永琳は意思を介在させない無表情。三者三様だねこりゃ。私は多分笑みを貼り付けてるんだろうけど。
「──以上があっちの提示してきた条件。私たちにゃ一切の拒否権もないらしい」
「無条件降伏ですものねぇ」
あっけらかんと輝夜が言い放つが、本来なら簡単に捉えるべき問題ではない。
下手をすれば、この四人が再び顔を合わせることはないのかもしれないのだから。……永琳と輝夜に限って『あの世で再会』なんて事は絶対に無いしさ。
私は各々に指定された監視場所の詳細を説明する。竹林から出たことのない三人にとっては全てが未知の世界だろう。
鈴仙は冥界。今回の異変にも参加していた西行寺幽々子が鈴仙の監視を引き受けたという。多少なりの因縁もあるだろうに、どういう魂胆かは想定できない。
輝夜は永遠亭にそのまま残っていい、という事になった。恐らくだが、過保護な永琳に配慮しての決定だろう。下手な扱いをすれば永琳の暴走を招く恐れがある……だからこの采配については私も良しと認めるよ。
あと輝夜には異変中何も手を下していない、という確かな事実があるからね。
私は地底。……何も言うまい。
一つ言うなら、さとり妖怪は私が最も苦手とする部類の相手だ。正直、こんな事になっていなかったなら是非ともご遠慮させてもらいたいよ。
最後に永琳は……。
「……無名の丘は何にも無いところさ。せいぜい鈴蘭が咲き誇ってるくらいかな。んで、監視役の妖怪は……まあただの妖怪ではないよ。オマケに八雲紫はお師匠の事を重点的に睨んでるだろう」
「徹底的に外界との繋がりを断つのが狙いのようね。まったく、厄介な事になったわ」
見事なまでに全員バラバラだ。永琳に関しては多分、無闇に人間や妖怪の居る場所に配置したら調略される恐れがあるからかな。
個人的には永琳の監視役に抜擢されていたのが
だが逆に考えれば、大抵の強者が永琳に倒されてしまった今、幽香ぐらいしか永琳とまともに張り合える妖怪が居ない、という事でもある。
そこらへん、紫の気苦労が窺える。
永琳と視線が交錯する。
言いたい事は手に取るように分かった。私とお前が居ながらこんな結果に終わったのは、偶然ではないってことだろう? ……そりゃ、姫さまの行動を咎めたくない故の疑心かい。
「……」
「……」
「ほら永琳もてゐも、しばらくの別れなんだから湿っぽい最後はやめましょう。ほら、
「い、いや〜えっと……あは、はは」
鈴仙の乾いた笑いはよく響いた。
「それでは姫様、どうかお気を付けて。何かあればすぐにでも監視を振り切って駆けつける次第ですので……どうか」
「もう永琳……危ないのは貴女の方でしょ。私は大丈夫よ。イナバ達はたくさんいますし、困ることなんて何一つないわ」
玄関で姫さまに見送られながら私たち三人は永遠亭を発った。見張りは居ないが、どうやら遠方から直接監視されているようだ。多分、紫か隠岐奈か、天魔配下の犬走椛によるものだろう。
竹林から出てしまえばこの三人もバラバラになってしまう。……渡すとしたら今しかないか。これくらいは許してくれよ紫。
「鈴仙。受け取って」
「え? これ……アンタが肌身離さず持ち歩いてるアクセサリーじゃない。ケチなアンタがなんでそんな急に……? なんか気持ち悪いわね」
「この中で一番死んじゃいそうなのって鈴仙じゃん。あっ、あの世に逝くんだから死ぬようなもんかな? まあ何にせよ、これ以上酷い事にはならない事を願って、百パーセント善意の餞別さ」
「びっこを引いてるアンタに言われたくないわ!」
嫌な顔をしつつも、鈴仙はしっかりと受け取ってくれた。これは、そう……気まぐれの老婆心だ。所詮気休め程度にしかならないと思うけど、鈴仙の不幸体質の改善になってくれればいいな。
頼むよ鈴仙。お前は表、私は裏だ。お前にさせたくない仕事は全部私がやってやる。だからお前は私にできない事をさ……頼むよ。
そして……それはアンタもだよ、永琳。
*◆*
てゐと一言も喋らずに、紙を投げ渡しただけで帰っちゃったのは流石にいけなかったかな、と……わたし猛省中です。だって永遠亭っていう空間が最早トラウマで……! いつ何処からあの薬師が現れるか分かったもんじゃないわ!
その後も色々と面倒な事があったが、なんとかそれらを切り抜け、私は八雲邸に帰還していた。はぁ……家に帰っても気怠さが抜けないわね。
原因はかねてよりの疲労と、てゐと、あの新賢者によるものでしょう。良かれと思ってやった事が更なる懸念材料を生み出す事になるなんてね。
さらに意外にも稀神正邪の評判は頗る良かった。下っ端賢者を筆頭に、なんとあのオッキーナまでもが正邪を絶賛していたのだ。なんでも「あの類の気質の持ち主は大変面白いことをしでかすものだ。嗚呼、よきかなよきかな」とのことらしい。わけわからん。
結局、正邪の賢者入りは賛成多数で承認された。ちなみに私は面目の関係もあって白紙で投票したわ。つまり無効票ね。
ああ、そういえば華扇と天魔は結構強めに正邪加入には反対してたっけ。実際には可否のどっちに投票したかは知らないけど。
そうそう、その後に少しだけ正邪と話したんだけどね。なんていうかねぇ……うん、今は敢えて何も言うまい……。
けど悪い事ばかりではなかったわ。藍は未だ寝込んでいるんだけど、その一方で毒矢を受けていた橙が快調し、私が家に帰り着いた頃にはドタバタと家の中を駆けずり回っていた。
……本当に良かったわ。
病み上がりだっていうのに何時ものように仕事を強請るもんだから久しぶりにお茶を淹れてもらったわ。……あら茶柱。こんな悪い事ばかり起きてるのに……これからいい事でもあるのかしら。
あんな事があった後だからだろう、ニコニコと笑顔を絶やさない橙を見ていると私の気分もいくらか楽になるわ。
やはり橙のヒーリング効果は侮れないわね……!
さーてと、あらかた仕事も終わったことですし、藍の看病に戻るとしましょう。
一向に目を覚ましてくれないが、彼女の大好物を鼻の前に吊るしたら起きてくれないかしら? 確か冷蔵庫に油揚げがあったような……。
……ッ。
「──橙。少し席を外すから藍の看病を頼んでもいいかしら。もし目を覚ましたら、しばらくは絶対安静にするように、と」
「はい! お任せください!」
橙が寝室に移動するのを見届けた後、さらに念の為トイレに閉じ籠る。これでもしもの事があっても私の痴態を晒さずに済むわ。
さあ、出てらっしゃい!
【──まったく、できた式神ですこと。私の身としては羨ましい限り。……本当、あの子にはつくづく頭が上がりませんわ】
まったくよ。私には勿体ないわ。
それで、眠り姫はようやくお目覚めかしら? できればあともう少し早く起きてくれればもっと良かったんだけどなー!
【ようやくも何も、そもそも異変の時のアレは寝起きだったのよ。二度寝こそ真なる幸福、ではなくて? そもそも貴女は眠くないの?】
今はあんまりね。そもそも私ってそんな長時間寝るタイプでもないですし。社畜の夜は遅く、朝は早いのよ。覚えておきなさい!
【睡眠時間はちゃんと取っておかないとお肌が荒れるわよ。……ああ、そういえば貴女は冬眠をしないんでしたわね】
冬眠って、いつぞやの妖夢みたいな事を言うのね。熊じゃないんだから……せいぜい惰眠を貪る程度ですわ。冬はいい季節よ〜。
だがその意見にAIBOは同意しかねるみたいで、否定の意思みたいな嫌な気持ちを奥底で感じた。まあ貴女って面倒くさがりやみたいですものね。
【価値観の相違についてはこのくらいでいいでしょう。……ではそろそろ本題に入りましょうか。私が居ない間にかなり情勢が動いたみたいですし】
そうそう、稀神正邪って奴が賢者入りしたんだけど、どうにも変なモノを感じるのよねぇ。今までの妖怪には無い歪さというか。
【……鬼人正邪、ではなく稀神正邪。ふふ、確かに注視するべき人物ではあるわね。そしてその後のあからさまな行為も】
そうそう。アレは酷かったわ。
説明すると、会議終了とともに正邪が賢者たちに大きな箱を配布し始めたのよね。それでその箱の中には金銀財宝がぎっしり詰まってて、正邪曰く「気持ちばかりの献上品」らしい。
そして中でも重鎮に配られた箱は他のと比べてあからさまにデカくて、さらに中でも大きかったのが私の箱だった。この件で周りの賢者から若干の反感を持たれたかもしれないわね。
なお華扇は修行者の身である為、箱の受け取りを固辞していたが、代わりに差し出された菓子の詰め合わせに陥落した。それで良いのか仙人……!
【流石、人身掌握に長けているわ。そして貴女の箱の中身……これが問題ね】
ほんそれ。
ウキウキしながら開けた大箱の中身は空っぽだったのだ! いや、厳密には一切れの紙だけが入っていた。小切手かな?なんて思いながら書かれていた文字を読んでみたのよ。
『あの時の礼だ』
この瞬間、私の中での幻想郷的面倒臭いランキングトップ20に正邪は堂々ランクインしたのだった。メンヘラの類かしら?
心当たりなんて勿論無いわ。
……ねぇAIBO? もしかして、もしかすると──貴女の所為だったりするの?
【どうかしらね。全てを否定することはできないし、大なり小なり関わっている可能性は大いにある。まあどうせ大元は貴女でしょうけど。──だって貴女、
ひ、人聞きが悪いわね! ただ昔のことがちょっと思い出せなくなるだけで……。記憶力自体はいい線いってると思ってる。
そもそも私はどっかの誰かさんみたく都合のいい時だけ記憶を消したりなんてできないし!
たく……私が人の恨みを買うようなマネを進んでするわけがないのに、あんまりな仕打ちよ。誤解されてるならなんとかそれを解ければいいんだけど。
まあ、今その話は後にしましょう。
私には正邪の件以上に気になっている事がある。ここまでなあなあで済ませてきたけど、そろそろ答えてもらいましょうか。
私の心に巣食うもう一人の私。
貴女の正体はこの際不問としましょう。どうせ答えてくれない問いを延々と投げかけ続ける事ほど不毛なものはありません。
だけど目的だけは答えてもらうわよ。貴女が私に何を求めているのかをね!
……それくらいもダメなの?
【ふむ。私の事を知っても貴女には何の利もないのにねぇ。やはり、好奇心とは抑えつけるべきものでは無いのでしょうね。特に、
目の前に広がる謎を放置する事を、良しとする者がいるはずないでしょう! 私が抱いているのはごく当たり前の感情であり、行動力として突き動かしているのは、貴女という謎なのよ!
行動力とか言っても一歩も動いてないけどね! 自分の心と会話ってなんか疲れるのよちくしょう!
すると突然、もう一人の私の声音が神妙なものに変わっていく。まるで大切な話を我が子に言い聞かせる母親のように。
【知らない方がいい事なんて此の世にはごまんと溢れているわ。知ろうとしない事こそが勇気、知ろうとする事は罪である。しかし……秘に葬る事もまた、深刻な間違いでしょう】
な、なんか真に迫るものがあるわね。
【……私の目的。それは、
支離滅裂な発言をいただきました本当にありがとうございます。はいこれでこの話は終わり。
さーて、今日の晩御飯は何にしようかしら。橙の快調祝いで海鮮でも……。
【あら、勘違いしないで欲しいわね。いつも事態を無茶苦茶に引っ掻き回す貴女の邪魔とは、何に直結すると思う? ……ふふ、答えは正しい八雲紫像の構築ですわ。そしてその結果、貴女は幻想郷の更なる深みに嵌ってしまうでしょう。気概、実力共に大きく乖離したこの世界の中枢へと、ね】
なーんでそんな回りくどい話し方ばっかするんですかねぇ!? 幽々子といい貴女といい……そういうのが流行ってるの?
面倒臭いったらありゃしない!
【理由を教えましょうか? それはね、私が嘘をつけないように
嘘をつけない……? いやちょっと待って……貴女いま『作られている』って……。
ちょ、ちょい待ち。
頭が痛くなってきた。
【私は貴女の殆どを知っているわ。成り立ちから思想……そして正体に至るまで。ふふ、何故だか分かる? それはね……『────』」
「ひゃん!?」
思わず声が出てしまった。
「ゆかりさまー? どうしましたー?」
「な、何でもないわ」
心の中からいきなり外界、そして私の鼓膜へとか細かな声が囁かれた。誰も居ないはずなのに幽かな息遣いまで感じる程にリアルな息吹だったわ。
一種の恐怖体験のようなものだけど、私の思考は恐怖よりも先に、困惑と焦る気持ちで彩られていた。一瞬で全てが塗り潰されてしまった。
「あ、貴女……いま言ったことは……!?」
【──うふふ…さぷらーいず】
妖しく戯けて笑う彼女は子供っぽい。だけど奥に秘められた目的と思惑は決して生易しいものではないのだろう。
にわかには信じられない……が、心が繋がっているからかしら、彼女の言葉の全てが真実である事を他でもない私の心が決定づけていた。
【これで私の話の信憑性は増したかしら? できればこの事は伝えたくなかったけど、せめて私のお願いを聞いてくれる程度には貴女が私を信じてくれないと話になりません】
……っ。
オッケー分かったわ。
それで、私に何をして欲しくてそんな話をしたの? こんなタイミングですもの、何か理由があるのでしょう? ……今なら予言だって信じてあげるわよ。
【火種は幻想郷の内外に潜んでいるわ。しかし今差し迫っている脅威は貴女の喉元に突き付けられているようなもの。体制的な崩壊か物理的な崩壊か……どちらかは断定できないけど】
なんか何時ぞやかの滅亡論を思い出すわね……恐怖の大王がなんだのって話。キバヤシ君は元気にしてるんだろうか。
っと、そんな話はどうでもいいわね。肝心な事を聞かなくては。
ズバリ……私はどうすれば?
【それでは貴女に問いましょう。確実に起こるであろう戦争の火種を放置し自らの保身に走るのか、それともそれを回避する為に如何なる手段をも用いる漆黒の覚悟を決めるのか】
愚問ね。仮にも貴女が私なら、どういう決断を下すのかは想定できるでしょうに。
……指示を仰ぐわ。
どうすればその未来を防ぐ事ができる?
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────────────
「霊夢ー? いるー?」
「──朝っぱらから五月蝿いわね。どうしたのよ」
寝起きで低血圧だからだろうか、不機嫌そうに襖を開けて顔を覗かせる霊夢。いやー、寝装束の霊夢もやっぱりいいわねぇ。
そんな私の目線に気付いたのか、「着替える」とだけ言ってピシャリと襖を閉められた。そして20秒後にはいつもの巫女服に着替えた霊夢が現れる。
それじゃ要件を言いましょうか。
「しばらく幻想郷を空けるわ。ちょっと外の世界に野暮用があってね、それに少々手間がかかりそうなのよ。まあどれだけ遅くても一年以内には帰ってこようとは思ってるけど」
「……ふーんそう。いってらっしゃい。のたれ死んだらさっさと連絡を寄越してね」
そ、素っ気ないなぁ。
まあまあ……落ち込んじゃうけど今日は霊夢のデレを期待してたわけじゃない。
前述の通りしばらくの間、幻想郷から離れる事になった。勿論、あの私とよく話し合った末の結果よ。しかもどうやら、スキマを自由に使える環境ではいられないようなのだ。
私が幻想郷に居ないからといっても大して影響は無いんだけど、藍が満足に動けないこの時に有事があれば……。
というわけで、霊夢の元にこうして色々な策を思案してやってきたわけよ!
「私がこの地を離れているその間、幻想郷で何らかの出来事が必ず起こるでしょう。……魔理沙はあんな調子だし、私はそれらがどうにも心配なの。だから貴女には……」
「監視役を付けるんでしょ? あの時の小傘みたいにね。……これだけやってまだ私のことを信用できないのかしら」
「そんなつもりじゃないんだけど……」
そんな物騒な捉え方しなくてもいいのよ? 私は貴女を監禁するつもりなんてさらさら無いんだから。……異性とのイチャコラは禁止しますけど。霖之助さんは……まあセーフかな。
「まあいいでしょう。取り敢えず貴女には指導役とお目付役を付けておきます。二人とも(多分)優秀なので存分に頼ってもらっても構わないわ」
そう、用意した……というより、用意されたのは二人! そのうちの一人はこの子だ!
スキマを後戸の国に繋げると同時に、勢いよく何者かが飛び出してきた。
見るからにキジムナーと知り合いみたいな風貌をしている彼女の正体はなんと博麗神社に設置されていた狛犬。正真正銘の神獣ですわ。
「いやーようやく話せましたね霊夢さん! 私はこの日を今か今かと待ちわびてましたよー。やっと狛犬としての本懐を果たせて嬉しい限りです」
「えっと……誰だっけこいつ」
「いやだなぁ、狛犬の高麗野ですよー。ちょっと昔にいっぱいお話ししたの忘れちゃったんですかー? ショックだなぁ」
霊夢が困ったように私へと視線を向ける。かく言う私もこの『高麗野あうん』についてはよく分からない。あうんは私の事もよく知っているみたいなんだけど、うーん?
彼女はオッキーナの許しを得てこのように動くようになったらしい。いやーやっぱりバックドアの能力は万能ね。羨ましいわー。
問題はあうんが見るからに駄犬っぽいオーラを発している事だけど……まあオッキーナのお墨付きだし大丈夫でしょ(適当)
と、連れてきたのはあうんだけではない。彼女は一応の監視役。指導役は他に用意……というよりあっちからの強い要望で配属される事になったのだ。
いきなりなつき度MAXのあうんに手を余らせている霊夢だが、多分こっちの方が霊夢にとってはキツいんじゃないかしらね(白目)
違う場所と繋げたスキマから現れたのは我らが賢者の一人! 巷では『七つの大罪の大部分を極めし駄仙』と呼ばれし、常識人枠()である彼女だ!
「そしてこちらが私が居ない間、貴女の生活指導及び修行監修を担当してくれる茨木華扇よ。なんていうか……ごめんなさいね?」
「初めまして。私の名前は茨木華扇、山の方で仙人をやっている者です。かねてより貴女とは話してみたかったわ。よろしくね」
霊夢は「また面倒臭そうなのが出た」って感じの顔をしてる。残念ながらそれは的中してるわよ……。いやホントごめんなさい。
実は前々から博麗の巫女への指導権を巡って華扇から圧力を受けてたのよね。そう、これこそ賢者内における深刻なパワハラ問題である。
私と華扇って役職的には同格のような気がしないこともないけど、やっぱり最後にものを言わすのは武力なのだ……!
いつもはなあなあで流していたが藍が居ない今、彼女からの要求を拒否する事なんてできるはずがない。さらにAIBOからの勧めもあって今回の件に発展したのだ。ごめんね霊夢!
「紫から大まかな現状を聞いてはいましたが、やはり堕落しているようですね。これは修行のしがいがありそうです」
「あん? ……修行なんか必要ないわ。来てもらって早々悪いけどお帰り願うわね。あとこの狛犬も連れて帰って」
「私ここの狛犬なんですけど」
「買い換えるわ」
そりゃ霊夢からしたらたまった話じゃないわよね。最近は居着いた萃香の相手にも苦慮してるみたいなのに、こんなクセの強い二人の追加なんて面倒くさがりやの霊夢には悪夢だろう。ちなみに近々近隣に三妖精やらヘンテコ幽霊やらの移住も決まっちゃってるし……妖怪神社としてますます箔が付いてきた。
……そういえば萃香が居ないわね? どっかに遊びにでも行ってるんだろうか。
まあいいや。
二人を紹介したので私はもうお役御免、さっさと次の場所に向かう事にしましょう。時間が押してるからね、急がなきゃ。
「それじゃ霊夢。幻想郷を頼むわ」
「ちょっと! こいつらも連れて──!」
がんば霊夢!
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「はは、そりゃあいい。これで神社への参拝客はさらに減るかもしれんな」
「代わりに妖怪の訪問が増えそうですけど」
「霊夢にとっちゃ本末転倒だな」
博麗神社の近況を聞いてカラカラ笑う魔理沙に、ちょっとだけ安心した。なんとか心持ちを整えていつもの自分を取り戻す事ができたらしい。
私が彼女の元を訪れたのはAIBOからの助言によるものがあった。まあただ純粋に心配だったっていうのもあるけどね。だってこの子ったら異変が終わった後もずっと目が死んでたんだもん。
ちなみに、重症だったアリスはパチュリーの指示で魔界の方に秘書補佐の悪魔が連れて行ってるらしい。まあ魔界と言ってもアリスの実家がある首都の方では無く、地方に当たる場所らしいけど。なんだっけ……『エクゾディア』みたいな名前の都市だったと思う。なんか封印されてそう。
「それで、なんだってお前がわざわざ私の元に来たんだ? いつもみたいに異変解決の依頼でも持って来たか?」
「そのようなものですわ。……そして貴女にははっきりとした意思表示をしてもらいたい。酷な話かもしれないけど」
「……」
非常に言いにくい……が、延ばしていい問題ではないだろう。私は魔理沙の事を信頼しているからこそ、はっきりとしておきたいのだ。
前にも言ったでしょう? 戦闘面で霊夢を任せられるのは魔理沙くらいなものだって。
だから……。
「今回の異変を体験してもなお、異変解決の英雄として戦う決意はあるかしら? 揺らいでいるのなら……もうこの道の話からは手を引いた方がいいわ」
「やっぱその話か」
いつもの魔理沙なら不機嫌そうに鼻を鳴らすんだろう。だけど今の彼女は弱々しく困ったように淡い笑みを浮かべるだけ。
クソ雑魚の私が言うのもなんだけど、魔理沙が不味い状態に陥りかけてるのは嫌でも分かる。そもそも魔理沙には異変解決の義務なんてないんだから、潮時というものを知らなきゃならない。
「親切なこった……お前みずからな」
「……貴女には感謝しているわ。霊夢の助けとなり、霊夢の一番の友として昨今の幻想郷を支えてくれている。だから、今の状況を私は誰よりも危惧しているのよ」
「誰よりも、か」
「貴女が死ねば霊夢が傷付く」
永琳との戦いの時、何が起こったのかは周りの状況と記憶を鑑みて大体の予測がついた。私の意識が途切れ、みんながやられ、アリスがやられて……もしこの時に魔理沙が殺されていたら、あの霊夢でも自分を御する事はできなかったでしょう。
二人は親友ですもの。
霊夢と魔理沙の二人異変解決体制は非常に安定していると共に、一度綻びが生じると全てがなし崩しに崩壊してしまう危険性を孕んでいる。
その一番の原因は、霊夢と魔理沙の実力の乖離にある。私からすれば天上の存在過ぎて大した違いは解らないんだけど、周囲や彼女らの話を聞くにかなりの実力差があるようなのだ。
そしてさらに、私は気付いたのよ。
永琳戦の時、魔理沙が浮かべていたあの絶望の表情の意味は私が一番理解しているつもりだ。アレは目の前にありながら自分の手が届かない、悔しさともどかしさを含んだ絶望だった。
その絶望は今も魔理沙に深く根付いている。だからこうして私が来たのだ。
「私はこれより幻想郷を一時期離れます。その間、一つの異変が起こる事が確定しているわ。ああ、私は微塵にも関わっていないので悪しからず」
「……それで?」
「異変を恐れる気持ちが少しでもあるのなら、貴女は引退よ。実家に帰るもよし、魔法の森に留まるもよし。ただ霊夢とは縁を切ってもらいますわ。脆弱な者との深い繋がりはあの子の枷になりかねない。……だけど────」
ここから本題。
私だってね、魔理沙ほどの傑物を逃すようなことはしたくないのよ! それに尽きる!
「もしやるなら、完膚なきまでにやってやりなさい! そして遅れてやってきた霊夢に向かって言ってやるのよ。『昼寝が過ぎるんじゃないか?』って、いつものふてぶてしい笑みでね」
「……!」
魔理沙が目を見開いた。まるで何か異質で意外なものを見るかのように。
は、恥ずかしいわね……!
やがて驚きは笑いに変化した。
「お前、そんなこと言う奴だったのか。いやー珍しいもんを見せてもらったぜ」
「む……まあ、それだけ貴女を気にかけているという事ですわ。それで、返事は?」
「言うまでもないだろ? 私から異変と霊夢を抜いたら暇で暇で死んじまう。……大丈夫だ、今度こそヘマはしない」
力強い言葉に私は大きく頷いた。
そう、これでこそ普通じゃない魔法使い霧雨魔理沙よ! やっぱ貴女みたいな元気溌剌系女子は自信に溢れてないとね!
それに私が貴女を霊夢の親友、そしてライバルとして認めたのはその諦めない気概を買ったからよ。貴女ならいつか霊夢に追いつけるわ!
あっいや……あの子の先に行くのは流石に可哀想かなーって思ったのようん。
が、頑張れ魔理沙!
ただ私は、己の思惑から大きく逸れた結果へと進んでいる事に気付かなかった。
知る由が無かったのだ。
魔理沙の抱えているモノの危うさと、それに連なる者達の思惑なんて……。
と、保険を掛けておきましょう。
カウンセリングなんて柄じゃないしね! まあフランの時も然り、それなりの才能はあると思いますけど?(ドヤァ)
*◆*
「──で、今回の異変の勝者は誰だと思う? 永琳でも紫でも……況してや私でもない事は確かだ。なあ、アンタなら分かるでしょ?」
「……私、とでも言いたげですね。残念ながら勝者は居ませんよ。誰も得をしない形で終わりました。まあ、見越していた通り」
済ましたような言い方にてゐは喉の奥を鳴らした。心内を見透かす第三の目から伝えられたその思いに、さとりは目を細める。
廊下は長い。目的地まで時間はまだある。
「その浅はかな考えは捨てるべきだと、そちらの上の者に何故伝えなかったのです? ……そう、貴女は八意永琳を恐れていた事もあるけど、それよりも万が一の可能性に賭けていた。自分の幸運と月の頭脳が合わされば紫さんを殺せるかも……と、らしくもない希望を抱いていた。その結果がこれではね」
「だからアンタとは絶対に会いたくなかったんだ。なあ?
「プレミアものの妖怪ですからね。私に出会えた幸運に感謝することですよ」
てゐの皮肉もさとりにとっては褒め言葉だ。忌々しき肩書きではあるが、その事実が自分の大部分を作り上げているのが事実なのだから。
長い廊下は終わりを告げ、てゐを携え大広間へと入る。先客は既に到着していた。
中央に設置されたテーブルを挟んで向かい側に二人。そしてこちら側に一人。
テーブルを挟んだ
てゐと輝夜はまさに『さっきぶり』である。
「やあやあ姫様、壮健そうでなにより。随分あっさりとこっちに来れたもんだ」
「この賢者さんの見張りがザルだったからねぇ。移動も楽だったし、いい人だわ。あら、人? 妖怪? 同類?」
「全部だ。──だがそれにしても、中々のメンツじゃないか。これだけいれば紫の奴も倒せるかもしれんな!」
「ふふ、冗談はそれほどに。……まだ肝心のあの人が来ていない」
一応、『見かけ上』は五人がこの場に居る。肉眼で捉えられない者たちを含めればもう少し増えるだろうか。
何にせよ、居るのは五人だ。
そして今、六人になった。
「──やっぱり地獄は暑いわねぇ。地霊殿にはクーラーすら付いていないのかしら?」
「申し訳ないですが、私たちの生きる時代は貴女の頭の中とは違いますから」
期待した通りの返しに満足したのか、愉しげに笑う。扇子を仰いでも熱風では仕方がない、とスキマの中に仕舞った。
スキマを扱う妖怪は世界広しと言えど……まあそれなりには居るが、オリジナルは八雲紫から始まったものである。だが現れた彼女はおおよその記憶の姿からかけ離れていた。
いや、逆に懐かしいとまで思う。
ドレミーは八雲紫の意外な選択に驚きを隠さなかった。何しろその身体はドレミーが前々回の異変の折、直々に作ったモノで、とうの昔に廃棄されていると思っていた代物だったからだ。
「いくら力の節約とは言えどまさかそれを依り代に選ぶとは……。それほどまでに切羽詰まっている、ということですか」
「恥ずかしながらね」
てゐと変わらない程度の幼い身体を一回転。
『彼女』が霖之助に繕ってもらったドレスを、紫は翻すことで周りに見せつける。まるでそのドレスを自慢するかのように。
「積もる話はございますが、まずは挨拶とさせていただきましょう。────
「……正確には違うでしょう? しかし貴女を無理やり八雲紫だと定義付けするなら──正確には、未来の──……いえ、過去の紫さんだと、呼ばせてもらいましょうか。その辺をはっきりさせておかないと意味がない」
さとりの言葉は紫の妖しい笑みをさらに深めさせた。そう、これくらいは分かっていてくれないと話にならない。
この種族も能力も力もバラバラな六人が居れば、ついに解き明かすことができるのだ。
八雲紫という者の全てを。
渦巻く思惑とゆかりんの行動力が混ざり合って極めておかしい編成になってしまった……! これからもちょいちょい時系列やら視点やらがごちゃごちゃになるかもしれませぬ……!
「ここだけの話、紫さんって地霊殿のことを動物園か何かと勘違いされているようなのです。ドレミーといい因幡てゐといい……次は自分の式神でも送って来るつもりですかね? まあ望むところと言えばそれまでですが(動物好き)
そうそう、一人一種族の妖怪のことですけど、紫さんの他に現在確認されているのは私とレミリアさん、そしてルーミアと幽香さんだけですね。まあ、私とレミリアさんには妹がいるわけですが……アレらを元の種族のまま認識するのは明らかに間違いでしょう。もはや妖怪と言っていいかも分からない存在ですね。
いやぁ、それにしても集まった方々の弄りがいの無いこと。やはり紫さんに味を占めてしまった今、並大抵のことでは満足できそうにありませんね。
……いえ、決して私があの人に依存しているとかそんな話では決して、決してないので変に勘繰るのはやめてください不愉快です」