幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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サブタイはアンパンマン味のあるダブルミーニング



野良賢者と月面戦争

 

 宙を見上げるのは嫌いだ。

 

 闇に浮かぶ煌々とした黄金の箱舟。光も闇もなく、宵闇を制す為に欲する神秘的で穢れなき大地。地上の皆はそれを『理想郷』だと呼ぶ。

 

 月とは『憧れ』だ。

 人間も妖怪も、地上の有象無象はアレを無意識に追い求めている。だから皆は宙を見上げて、月を愛で、酒で月を呑んだ気でいる。

 

 私はそれが気に食わないのだ。

 彼処から私を見下ろし嘲笑っている連中が居るのだと考えると、腹が煮え繰りかえる思いだ。願いが叶うなら、私はアレを叩き落としてやりたい。

 憎しみは経験に準じていない。私の血が心に命じ、想いを湧き上がらせるんだから。私の存在が、アレの存在を許さないのだ。

 

 穢れた塵芥から生まれた私は衝動のままに行動を開始した。地べたを這い蹲り泥水をすすりながら何度も叛骨の拳を空へ突き上げた。

 やがて同志を集め始めた。ついぞ私と考えを共にするような奴とは会えなかったが、それはこの際どうでも良い。夜空に輝くアレを穢してやりたいと考えている命知らずを探し続けた。

 

 いずれ来たるべき侵略の時に備えた行動だ。結果としてかなりの人数の妖怪が私の意見に賛同してくれたことを覚えている。

 数が多いに越したことはない。私は歓びを分かち合う為に同志を集めたのではない。なるべく私が好きに動ける時間を稼いでもらう為の犠牲だ。捨て駒……という呼び方は些か心象が悪い。コラテラルダメージと呼ぼうか。

 

 兎に角、月への侵攻に向けて着々と準備を進めていた、そんな矢先だった。

 ヤツが私の目の前に現れたのは。

 

 

『こんにちは。大変興味深い活動を続けている妖怪が居ると聞いて来たのですが……私も貴女方と同じ夢を見てもよろしいでしょうか?』

 

 

 空間を別ちながら現れたあの妖怪は開口一番にそう告げた。ヤツを視界に捉えた瞬間、私は能力を行使した。恐怖は感じた、脅威も感じた。

 だがそれ以上に、私という妖怪が在りながらヤツを目の前にするという、圧倒的な屈辱を感じた。私の血が心に命じたのだ。

 

 

 そして私は叩きのめされた。つらつらと謝罪のような文言を垂れ流される中、私の中の決定的なモノが崩れるのが分かった。

 どうすることもできない理不尽な力の前に屈し、私は否応なしに妖怪としての在り方を変容させざるを得なくなってしまった。

 あの……『八雲紫』という存在を受け入れるという、考えられる限りで最悪の屈辱。今でもそれは忘れていない。この感情は、元は憎悪という部類のものだったはずだ。

 

 それからというもの、私が作り上げた月侵攻軍を前身に紫はさらなる勧誘を進め、かつてとは比べ物にならない程の軍勢を作り上げた。つまるところ、私の野望は乗っ取られた。

 紫が見つけ出した連中の中には明らかに周りとはレベルの違うような化け物が紛れ込んでいたりしたが、そんな事よりも私は紫への畏怖を膨れ上がらせていった。恐るべきはその絶対的な存在の格と、それに裏付けられた暴力的なまでのカリスマである。

 

 あいつに魅入られたら最後、心も体も呪縛されてしまう。現に私と奴が集めた妖怪たちの殆どは、八雲紫という宝石を前にして狂ってしまっていた。……本当に、恐ろしい妖怪だ。

 

 かく言う私も自分の野望を捨て去ることができず、逆に八雲紫を盛り立てて献身的に協力してやった。建前上は月と紫の共倒れを狙っているつもりだったが、心は諦めが支配していたんだろう。

 紫は私のことを友だと呼び、「同じ未来を願うことができる最高の同志」だと言いやがる。リップサービスのつもりなんだろうが、生憎私の心を動かすほどのものにはならなかった。

 だが奴から特別な言葉を受けるという事は即ち、妖怪としての存在の格を大きく引き上げることになる。そして結果的に、私は名目上では地上の妖怪を統括する立場となった。……実態は八雲紫の操り人形だがな。

 

 

 月への侵攻ルートは紫が予め考え、時限式に設置していたらしく、満月の日に湖に投影される月影を本物とすり替え、一気に軍を投入していくというなんとも奇抜極まりない策だった。

 まあ……とは言いつつも、私が元々考えていた計画も大概だとは思うがな。

 

 そして決行日の数日前くらいだったか。

 この頃にはもう手段と目的が逆転していたのかもしれない。あくまで私が月を堕としたかったのは、私の存在を決定付ける為の願いだったのだから。

 だが八雲紫に遭ってしまったことで『目的』は完全に潰えた。その事実から目を背けるように『手段』へと傾倒していったのだ。

 

 紫はもはや、憎たらしくも必要不可欠な存在になってしまった。私という妖怪が壊れてしまった何よりの証左である。

 やがて妖のものになるだろう満ちていく月を見上げながら、思ったもんさ。……私はもう滅んでいくんだ、てね。

 

 

 

 だがよもや、この言葉が『逆転してしまうとは』夢にも思ってなかった。

 

 この日あたりから紫の様子がおかしくなっていった。大事な決行日が迫ってるというのに、まるで何かに押し潰されそうになっているような、そんな脆さを感じるようになった。

 今更になって弱さを見せ始めた紫に私はイラついた。なんで覚悟を決めてしまったこんなタイミングで、私に逆転の可能性を見せたんだ、と。

 

『テメェ、いい加減にしろよ紫っ! お前……ここまできて辞めるなんて、言う気じゃないだろうな? ……流石にキレるぞ』

『ええ……ごめんなさい。……頭を冷やしてきますわ。すぐ戻ります』

『っ……いや、私も言い過ぎましたよ。取り敢えず機嫌だか体調だか知りませんが、さっさと治しといてくださいね』

 

 思わず入れてしまった喝に対して、あいつは申し訳なさそうに答える。

 そして明滅する瞳の光を讃えながら、紫はスキマの奥へと消えた。この時に一抹の不安を覚えたが、彼女の不甲斐なさへの憤りの方が大きく、取り敢えず放置しておこうと思った。思ってしまった。

 あの時、もし私が紫の後を追いかけていたのだとしても、恐らくこれから先の運命はどうにもならなかっただろう。私はあいつを変えれるような大層な妖怪じゃない。

 

 

 結局、紫は月侵攻の前日になっても戻ってこなかった。

 もう全員大騒ぎさ。なにせ何年も前から計画していた大事な作戦の根幹が完全に抜け落ちてしまっているのだから。

 あの月を相手取るという無謀な試みを共に出来たのは、ひとえに『八雲紫が共に居てくれるから』という絶対的な条件が存在したからだろう。

 私みたいに全てを投げ捨てて闘おうと思っていた奴なんて数える程しかいない。

 

 マズイと思ったね。

 私は混乱する連中を尻目に駆け出し、紫を探した。この広い世界、しかもその裏側の全てまで一瞬で移動できるあいつを見つけるなんて不可能に等しい。それでも諦めきれなかったのだ。

 折角の決意と覚悟を無駄にしたくなかった。多分、それに尽きる。

 

 そんな私の決死の願いもあったのか紫は案外呆気なく見つかった。とある土手の下にある小川にプカプカと浮いてやがったんだ。しかも何時ものような鋭利な表情ではなく、締まりのないそれで。……そんなカオもできたのかと、ビックリしたよ。

 

『脅かしやがって……何やってんですかい賢者様。こんな大事な時に……みんな貴女が居なくて不安がってますよ』

『……なんで?』

『なんでってそりゃあ……貴女がそういう風にあいつらを使ったからでしょう。はッ、賢者様ってのは無知を装ってまで己を善と偽らないきゃならない職業なんですかね?』

 

 キョトンと、紫は所在無さげに首を傾げた。まるで物心ついてない幼児のように。

 流石にこの拭いきれない違和感には気付いた。これでも私は勘のいい方だと思っている。紫に何かが起きていたのは明らかだった。

 

 すぐにでもこの違和感の正体について問い詰めたかったが、時間が無い。この場での疑問の払拭は諦めた。

 

『……チッ、まあいいですよ。取り敢えず月との戦争まで時間がないですからね、さっさと戻りましょう。話はそれからです』

『え? えっ……ちょっと』

 

 

 

『やっぱり貴女が居るのと居ないとじゃ士気も段違いだ。ほら一発景気のいい言葉をくれてやってくださいよ』

『わ、私が言うの……?』

『は? 何を今更』

 

 地上軍全員の前に引っ張り出しても紫の反応はあまり変わらなかった。それどころかこんな事をのたまう始末。嫌な汗が背を伝うのが分かった。

 紫の弁論術、そして大衆を操作する演説力は凄まじいものがあった。妖怪に発破をかける事なんて朝飯前のはずなのだ。なのに何故だか紫はロクな事も言わずにスキマの奥へ引っ込んでしまう。

 つまり逃げやがったのだ。

 

 先日のそれとは違い、今回は妖力垂れ流しで瞬時に居場所が分かった。紫は人間たちの都に隠れて居たのだ。すぐに連れて帰ろうとしたが、あいつは否定的な言葉を口にするばかり。

 しかもその途中、捜索隊の一部が凄まじい妖力を持った妖獣とかち合い壊滅するという事件も起こり、地上軍に嫌な空気が立ち込める。

 

 全ての悪因は紫によるもの。私の感情を怒りと呆れが埋め尽くした。実力の差も忘れ去り、紫の導師服の胸倉を掴んで無理矢理詰め寄った。

 あいつは……怯えていた。それがさらに私の怒りを湧き立たせる。

 

『ふざけんじゃねぇぞクソ野郎ッ! テメェ……どれだけ私の邪魔をすりゃ気が済むんだ? 戯れも大概にしねぇと取り返しがつかなくなるぞ!』

『ご、ごめんなさい。ちゃんとやるから! 貴女の言う通りにするわ!』

『……もう時間がありません。ほら満月がてっぺんまで登りました、さっさと湖の月影に向けて全員で飛び込みましょう』

『えっいま水浴びを……? ていうかこの集まりってもしかして濡れb──』

 

 もう紫には頼ってられない。

 取り敢えず月への道が拓かれた湖へと紫を突き落とし、あいつが我先に飛び出したように見せかける。本来のあいつの実力は折り紙付きなので、これで多少なりは士気が上がるはずだと思った。

 

『さあ紫が先陣を切ったぞ! あいつに手柄が取られる前に私は行かせてもらうっ! 地上の力を連中に見せつけてやれッ!!』

 

 ──ウオオオオォォォオオッッッ!!

 

 心地よい叛骨の共鳴。

 弱きを扇動し強きを打ち倒す。そう、これこそ私がこの世に生を受けてより夢に見続けていた物語の始まりだった。

 私は間違いなく、この時は世界で一番の幸せ者だったはずだ。

 

 

 

 そして私たちは完膚なきまでに叩き潰された。月の都にすら到達できなかった。

 

 月の海へ降り立った私たちは、早々に玉兎隊による手厚い歓迎を受けかなりの数を失った。さらに浜辺へと上陸する際に謎の技術による砲撃を受け、更なる甚大な損失を被った。結局、月の地へ足を踏めたのは私の能力圏内に居た奴らだけだったかな。

 他にも上陸できた奴も居たのかもしれないが、極限状態でしかも散り散りだったもんだから、私は把握できなかった。酷いもんだ。

 

『クソ……完全に見通しが甘かった。人数が集まったところでどうにもならねぇ。だけど、今更退くわけにも……!』

『あわ、わわわ……!?』

『おい紫! 最初の計画通り、上陸でき次第、お前のスキマで一気に奴らの中枢まで乗り込むぞッ! 大将を獲っちまえばこっちのもんだ!』

『いやいやいやいやいや!?』

 

 

 だが絶望は終わらない。

 

『地上からわざわざご苦労でしたね。見事、貴女達は我ら月の民の顔に泥を塗る事に成功した。穢土にて誇るといいでしょう』

 

 命からがら海岸へと辿り着いた私たちを待ち受けていたのは、海岸線を埋め尽くす玉兎と桃の木、そしてそれを統括する月人の女。

 太刀を携え気持ちの悪い力を発するその女は、凛とした佇まいで私たちを睥睨する。一瞬で分かったよ、埋め難い実力の差ってのが。

 

『──もっとも、それを地上まで伝える者は、誰一人として存在しませんがね。……これより穢身の者共を殲滅する。一匹とて討ち漏らすな』

 

 掛け声とともに向けられた銃口。奴らが引き金を引くよりも早く能力を行使し、銃弾ではない何かを反射させる。それが功を奏し、私とその近場に居た奴らだけは助かった。

 だが、その他は駄目だった。文字通り塵の一つすら残らなかったのだ。確かにそこにあった大多数の存在が一瞬にして消滅した。

 

 一方で玉兎側も無傷という訳にはいかず、私が反射させた謎の力が包囲の一画を直撃しそれなりの被害が出ていた。今思えばこれが唯一、私が月に一矢報いることのできた瞬間だろう。

 司令と思わしき女は射撃を止めさせると、私の方へ驚いた素振りを見せた。

 

『この力は……そういう事もあり得るのか。ならば無闇に犠牲を出す訳にはいかないわ。──全軍、白兵戦に切り替える』

 

 

 

『なんで……こんな』

『戦え紫っ! アンタならこの絶望的な状況をひっくり返す事が出来るだろ……!? 頼む……アンタしかもう……っ!』

『わ、私にはそんな────』

 

 銃剣突撃が開始され、妖怪が次々と倒れていく。もはや勝てる手立てなど微塵にも残っちゃいない。だけどそれでも私は希望を捨てきれなかった。

 この時、怨みを始めとした悪感情を振り切り、私は紫を心の底から頼った。こいつさえやる気を出してくれれば、事態は好転すると信じきっていた。

 

 

 それは無情にも、生え出た一振りの鋼によって潰える。太刀が紫の胸を横に斬り裂き、じわじわと紅いシミを拡げていく。

 紫は硬直したまま膝から崩れ落ちた。

 

 白い砂浜に紅い水溜りが形成され、その中央では紫が必死に口を開け閉めして私へと手を伸ばす。そんな紫の喉元へ剣先を突きつける月人の女。

 私は呆然とその光景を見守る事しかできない。

 

『あ……え』

『まさかとは思うが、こいつが八雲紫? ──……どうやら八意様はなんらかの勘違いをされていたようね。いや、所詮これが地上のレベルか』

『あ…ぅぁ……い、や……助け』

 

 ──ドス…と、鈍い音が聞こえたと同時に私は逃げた。同じく逃走を開始していた仲間の妖怪達を盾に……犠牲にしながら。

 結局、事前に用意していた一番最初の帰還方法で、私は無事に地上に戻る事ができた。

 あんなに死ぬ気でいたはずなのに、その決心がつかずに仕方なく用意していた、一人用の逃走経路だった。

 

 数刻待って、私以外に生存者はいない事を確認する。念の為に突入口となった湖へ足を運んだが、そもそも行き来できるような力はもうすでに消滅していた。ハナから帰還方法なんて存在しなかったのだ。確かめる術はもう無いが、紫は私たちを切り棄てるつもりだったんだろう。

 

 狂気に瞬く満月を見上げながら考えた。私は一体どこで道を誤ってしまったのか。

 考え付いたのは大きく二つの出来事。

 八雲紫と出会ってしまった事。

 そして、私が地上に生を受けてしまった事だ。

 

 本当に恨めしく思う。

 生まれてこのかた、種族としての誇りを持って生きてきたものだが、それはそもそも誤魔化しに過ぎないのだろう。私が抱いていた薄っぺらな矜持は私の性根による産物だ。

 誇れるような存在では無い。

 

 そう、我が名は鬼人正邪。

 生まれ持ってのアマノジャクだ。

 だがアマノジャクらしい事など何一つとして為すことができなかった。哀れで矮小で、挙句には強者に縋ってしまう面汚し。

 

 ……もういい。私はもう疲れた。

 覚束ない足取りで我が野望への出発地点だった湖へと向かう。身投げなんて綺麗な死に方、期待してもなかったんだがな。

 まあどうでも良かった。私の死に様を拝む奴なんていないんだから。

 

 体が脱力し、いよいよ飛び込もうかという、その時だった。月が割れたのだ。

 

 

 境目から飛び出したのはあの隙間妖怪。私の脳裏を逡巡していた無様な姿は何処にもなく、妖しい体の至る所に亀裂を走らせながら変な空間で補っている。ぐるぐると眩暈がした。

 

『お、前……』

『あら、貴女は天邪鬼の。……そう、貴女もアレに参加していたのね』

 

 まるで初対面のように──いや、恐らくだが、この出会いは初めての出来事だったのだと思う。私は多分、三人の八雲紫と会ったことがある。

 奇しくも私が妖生において最も疎んだ『八雲紫との出会い』は、奇妙な事に三度果たされることとなってしまったのだ。自分は不幸な妖怪なんだとこの時初めて自覚したよ。

 

『お前が生きている理由はこの際どうでもいい。私がアンタに尋ねたいのはそんなチャチな事じゃねえ。……気分はどうだ? 数多の屍の上に立って見る景色ってのはそんなに爽快なものなのか?』

『ええ、もし私に心という器官が機能しているのなら、とても良い心持ちでいる筈。今回の件が那由多に相当する犠牲であろうともね』

 

『それで、アンタは何を手に入れた』

『過去と未来。これから私達が出会う妖怪全てに通ずる、とてもか細い道よ。勿論、貴女にも大いに関係ある話』

『ハッ、テメェの御託は聞き飽きたさ。私には未来も過去も必要ない……追い縋る理由すらないね。そうは思わねぇか? だってアンタを今ここで殺せりゃ私に思い残すモノはない。少なくとも、私はそう思うね』

 

 安直な話だ。行き場を失った己の行く末を憎悪と怒り、そして憤りに委ねたのだ。私は紫には勝てないだろう。だけど、それもまた良し。

 弱者には弱者なりの足掻き方ってのがある。ヒロイックでもドラマティックでもない、只の弱者の存在証明。けど意味はあるはずなのだ。

 

 それを紫は嘲笑う。

 まるで臭い物に蓋をするかの如く、強大な妖力をむざむざと誇示しながら。

 

『それもまた一興、しかし不毛な事に変わりはない。本来なら疎まれるべきその性質を是非とも違うものに活かして欲しいわね。そう、例えば【コレ】を使って大それた事を考えたり、とか』

 

 比較的小規模なスキマを開き、そこから取り出したのは()()()()()()()()()()()。どうやら底の方に何かが溜まっているようだった。

 紫はそれらをよく吟味した後、一本を私の方へ投げ渡す。まるで芸を終えた動物へと与えるおひねりのように。すぐにでもそのガラス瓶を叩き割ってやりたかったが……できなかった。

 

 体全体が震えていたのを覚えている。

 

『なんだよ……これ……』

『月の民が大事に保管していたものですわ。少なくともこれらを手に入れる事ができた点では、私達の大勝利と言っても過言ではないわね。分かるでしょう? 【それ】の重要性が』

 

 納得せざるを得なかった。

 もしこれを手に入れる為だったのなら……あの犠牲もやむなしと思えてしまうほどの、そんな悪魔的な魅力があった。いや、確かに魅力的ではあったのだが、恐らくそれは私がそのガラス瓶の中身に異常なまでの親和性を持っていたからだろう。

 喉が酷く乾いた。

 

『その一本を貴女に差し上げましょう。どっちみち私にはあまり必要のなかったモノですし、それを最も上手く受け容れることのできる存在は貴女の他にはいないでしょう』

 

『私より施しを受けるのを良しとしないならば、勝手にのたれ死んでいなさい。……もしも力を得るなら、せいぜい有意義に使う事ですね。愚かなる弱者は己の力の大きさを理解しないんですもの。……では、()()

 

 スキマの奥へと消えていくあいつを私は見送った。……最後まで私のことを評価してるのか見下しているのか、判らん奴だったよ。

 ふとおもむろに投げ渡されたガラス瓶を眺めた。宝石のように私の心を掴んで離さないそれは、私にある一つの決意を抱かせた。

 

 鬼人正邪に約束しよう。

 私はお前が足掻き続けた日々を消して忘れない。お前の悲願は私が達成してみせる。

 だからまずは鬼人正邪がちゃんと生きていける世界を作らなきゃならない。今のままじゃ彼女は苦しみ続けることになってしまう。

 "彼女"の為に生きやすい世を作る。

 それが"今の私"の在る理由だ。

 

 決意とともにガラス瓶の中身を飲み干した。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 ◁▷季

 穢れを地上にて廃棄。天野若彦処断の功を得る。

 八意様の推薦を受け意思決定機関へ就任。同時に月の都における危機管理部を兼任。

 

 

 ○○季

 覚醒者の反乱対策を以って、幾人より細胞の採取を決定。これにより今後の反乱処理等が簡略化される。初期は私を含む五名より開始。

 反乱を起こした場合、当事者は即刻処理され、残された細胞より似て非なる者を作成。意思と記憶は議会の決定に順ずる。

 

 

 □□季

 蓬莱山の姫が禁忌を犯した罪により地上へ送られ、ほぼ同時期に八意様の失踪が確認される。以後、彼女らの行方を知る月人は私のみとなる。

 姫と八意様のクローン作成を差止め。

 

 

 △△季

 地上より穢身の者共が襲来。綿月姉妹の活躍により大多数を討ち取るも八雲紫に月の都への侵入を許す。損失確認中。

 殲滅戦に関連して議会より反乱の予兆との嫌疑をかけられたが、事なきを得る。

 

 

 ↩︎↪︎季

 初期五名の補完細胞の紛失を確認。八雲紫の手に渡ったと推測される。よって残る三名のみ細胞の再採取を実施。

 八意様の要請により軍事技術の一部を流出。

 

 

 ##季

 ここ数千年凍結されていた八雲紫抹消の詔を受け、計画チームの長官に渋々ながら就任。夢の支配者ドレミーと接触し地上侵攻を試みるが、地底の妖怪なる者の妨害により頓挫する。

 

 

 €€季

 地上より科学による侵攻の予兆が散見され、玉兎の筆頭格だった綿月姉妹のペット『レイセン』が逃亡。また月の都に仇なす仙霊が異界の神と手を組み、ちょっかいをかけ始めた。

 以後は依姫と私で玉兎隊を二分し、片割れのイーグルラヴィの指揮を持つことになる。その折二匹ほど優秀なのを引き抜いた。

 

 

 @@季

 八雲紫の力を一時的に封じる事に成功したが、機を誤りドレミーを失う。

 逃亡した八意様が月への恨みで地上に与したとの噂が流れる。さらに例の災厄の活動が再び活発化し、対策を迫られる。

 

 

 〓〓季

 依姫に謀反の疑いがかかり幽閉された。

 裏切ったと噂される八意様と呼応し月の都を落とし入れる計画だという事だが、恐らく災厄側が吹聴したものと思われる。事実上、私と豊姫で月の都の安全保障を担っているという危機的状況。

 

 

 〆〆季

 ……私の娘と名乗る者が会いにきた。……正直、訳が分からない。

 

 

 

 





正邪「認知しろ!」
サグメ「……そうではない(震声)」

描写はありませんが、紫様があらかじめ連れてきていた妖怪の中にはルーミアと幽香が混じってました。何気にルーミアはゆかりんの頼みは絶対聞いてくれる健気な女の子なのです(大嘘)

正邪たちが浜辺に上陸するまで包囲に気付かなかったのは綿月姉の方の能力ですね。何気に扇子よりもこっちの方がヤバイと思う。
豊姫は空間能力なら紫の上位互換で、依姫は巫女としての力なら霊夢の上位互換というトラウマ姉妹らしいじゃないですか。リベンジしなきゃ……(使命感)


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