幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

74 / 82
幽「まあ師匠が師匠……それも仕方ねぇか。魅魔は所詮、前の時代の……敗北者じゃけえ」
魔「ハァ…ハァ……敗北者?」
幽「?」
魔「取り消せよ、今の言葉…!」
霊「やめろ魔理沙! 立ち止まるな!」
 


フラワリングケア(前)*

 

 

 焦げ臭い瘴気が辺りに立ち込める。

 生に満ち溢れていた命の坩堝は、一瞬にして虚無と化した。黒々とした幾多もの命の残骸が、その(むくろ)を炭として晒している。

 

 そんな死の坩堝に残った生命は二つ。

 大量虐殺の張本人である風見幽香と、その被害者である霧雨魔理沙のたった二人。

 

 焼き尽くされた空気から僅かな酸素を吸引すべく、魔理沙は必死に呼吸を繰り返した。その度に荒々しく肩が上下し、それに合わせて背中から生え出た作り物のような翼が震える。

 

「っ、ハァ……! ハァ……ッ!」

「ふふっ、挨拶代わりの魔砲で無様に息を切らしちゃって。そんなザマで私を倒すどころか、魅魔の仇を取れるとでも? ほぉらもう一発」

「〜〜ッ! うあ!?」

 

 続けざまに放たれた魔力の塊が魔理沙の片翼を撃ち抜き、地面の着弾による衝撃により前のめりに吹っ飛んだ。そして次に魔理沙の視界に映ったのは、凄まじいスピードで迫る剛脚。

 残った片翼で咄嗟にガードを固めたが、それでも幽香の蹴りを防ぐほどの耐久力はなかった。めちゃくちゃな衝撃が奔り、分離したそれは宙を舞う。

 

 あまりの痛みに膝を付いて塞ぎ込んだ。思考がごちゃまぜで全く機能しようとしていないが、本能が脳に煩いほどの警鐘を鳴らしているのが分かる。

 と、額が泥土へと押し付けられた。三角のとんがり帽子をてっぺんから踏み抜き、魔理沙の後頭部へと靴底を叩きつけたのだ。

 為すすべもない暴力の前に魔理沙は早くも戦意を喪失していた。嗚咽と苦悶の呻き声が太陽の畑に細々と響き渡る。いつもならその声を嬉々とした表情で堪能するであろう幽香は、氷のような冷たい無表情のまま魔理沙を見下ろす。

 

「脆い。あまりにも、脆い。人間ってどうしてこんなにも弱いのかしらね。四肢を捥げば何もできない、頭を潰せば即死。息はすぐに切れるし、感情にすぐ左右される。そして何より、儚い」

 

 頭を潰す云々に関しては妖怪も当てはまるのだが、幽香に対してそれを指摘するのは無粋なことだろう────と、炭となった草葉の陰から状況を見守っている射命丸文は思った。

 ちなみにいつでも逃げれるように常時臨戦態勢である。まさかここまで圧倒的な展開になるとは予想だにしていなかった。号外にはなりそうにない。

 

 ──と、そんな文に気が付きつつも、幽香はガン無視。踏み付ける力を徐々に大きくしながら更なる言葉を投げかける。

 

「その翼。まさかとは思うけど、私の真似かしら。構成や使い方がそのまんまだけど、なんにせよ中途半端よ。人間のまま私の力が扱えるとでも? ……それじゃ言葉通り、ただの真似っ子よね」

「──っっ!!」

「おぉ?」

 

 魔理沙は魔力の暴走を故意的に引き起こす。それによって行われるのは身体全体から放たれる特大魔砲。血を媒介として現れるそれは、現段階での魔理沙における最高火力の魔法。

 至近距離からなら──!

 

全方位殲滅型閃光砲(オムニディレクションスパーク)ッ!!」

 

 八方を煌々と埋め尽くす極太レーザー。瞬時に膨張した魔力の閃光が幽香を弾き飛ばし、深々と幻想郷の土壌を抉っていく。噴き上がる魔力の渦は数分間止まらなかった。

 蛸足のように交錯する光の柱は互いに結合と分離を繰り返して、辺りに極限の破壊を撒き散らす。

 

 あの美しかった花々の楽園はもう無い。滅びた。

 かつての花園を知る者なら、誰もが同じ感想を述べる筈だ。「地獄」……と。

 

 やがて光は収束した。

 滅線を出し尽くした魔理沙は、ふらりと仰向けにひっくり返る。枯渇した魔力を補充するため、一切の力を要さない態勢を取ったのだ。

 幽香を模倣した翼を生やす魔法、先程の大技、そして感情の起伏による負担。それらによって費やされた魔力は、無尽蔵に近いと思われていた魔理沙の魔力タンクを一瞬で食い尽くした。

 

「ゼェ…ゼェ……どんな、もんだ……!」

 

 吐き捨てるように言い放った。全身全霊の一撃。アレを食らったのならさしもの幽香もただでは済まないだろうという()()からだった。

 これで生きているなら、もう希望は────。

 

 

「面白い技ね」

 

 

 希望、は……。

 

「但し私のような妖怪が使った場合に限るけど。お前のような脆弱な人間が使えばそうなるのは当然よ。身の程を知らないからこうなる」

 

 幽香は無傷だった。

 焼き焦げたブラウスの袖を破り捨てながら悠々とこちらに歩みを進めている。

 そもそもマスタースパークの原型は幽香が使っている極太レーザーだ。その対策法も、勿論幽香が一番よく知っている。同規模の反対魔法をぶつければ無傷でいられるのだから。

 ただ、困難なことに変わりはない。幽香がただ暴力だけに長けた妖怪ではないことの証明だろう。幽香も超一流の魔法使いだ。

 

 悔しさに拳が震える。

 信念も決意も、全てを失ってしまう。

 

 残ったなけなしの力を振り絞り、ミニ八卦炉を構えた。そして放ったのはマスタースパークとは到底言えないほどに弱々しいレーザー。幽香はそれを一瞥もすることなく片手で弾く。情けない音を上げながら光は失落した。

 

「ちく……しょう……!」

「普段のお前ならもうちょっとマシな勝負になった筈。だけど今回はならなかった。それは魔理沙、お前が中途半端だからよ」

「違う! 私は……違う!」

「何が違うって?」

 

 吐き捨てられた言葉とともに脇腹へ強い衝撃。視界と思考が二転三転とクルクル回る。

 

「かはッ……」

「人間にも妖怪にもなれず、矛盾を抱えながらそれを誇っていく人生なんて、ただただ空虚なだけ。……ほら、認めたくないでしょ? それが半端だって言ってるのよ。甘えるな」

 

 蹴り上げられた魔理沙は宙を舞い、何度か地面をバウンドした。幻想郷の青い空が一転、茶色の大地に変わる。そしてうつ伏せに倒れる。受け身を取る力も無い。

 頭から流れ出ていく熱を感じながら、一周回って頭を冷えた事が分かった。今、自分はこの上なく冷静な状態にある。血を流しすぎたか? それとも自分の死期を悟ったのか。

 

 どのみち同じだろう。

 

「私に……どんな道があったんだ……」

 

 普通の人間に落ち着くようなつもりは毛頭無い。そんなつまらない人生で果てるくらいなら、舌を噛み切って死んだほうがマシだ。

 妖怪に堕ちてしまえばなんて楽だっただろう。でもそれはできなかった。思い付く限りの顔ぶれなら自分に「やめておけ」と言うはずだ。

 

 何を目指せば良かった……?

 

「霊夢は強いわね。聞くところじゃ永琳を倒したっていうじゃない。脆弱な人間でもちゃんと磨けばあそこまでの存在になる。アレこそ人間としての完成形と呼べるのかもね」

「……」

「対して妖怪の完成形は、案外少ないわ。紅い館の主人や萃香がその少ない例かしらね。だけど半端でも力を発揮できるのが妖怪という種族の強み。そうね……アリスや紫を想像すればいい」

 

 なら何が違うのか。

 フランやアリス、霊夢に紫……彼女らと自分の何が異なっているというのだ。狭間に生きる者たちは強い。それは両方の力を持っているからだと分析していた。それは間違いなのか?

 

 狭間に生きるという事は、中途半端である事とイコールでは結びつかない?

 何故自分ばかりがこうしてみじめな想いを?

 

 

 全てが、足りないから……?

 

『力が欲しいか?』

 

 

 足りない力を────

 補うことができないから……。

 

『『いつかの普通』を『今の形』としてお前に見せてやる事だけだよ』

 

 

 綺麗事で生きていけるほど────

 此処(幻想郷)は優しい場所じゃないから。

 

『幻想郷の皆に如何様にも誇れる力……』

 

 

 遠ざかる星。移り変わる夢────

 願いと理想が遠いから。

 

『己の夢に向けて駆ける事のできるだけのささやかな力……思うままに願いを実現する力……』

 

 

 幼少の頃に抱いた、全ての始まり。そこから紡がれた全ての出会い────

 あのかつての夢が、繋がりが、今は邪魔だから。

 

『幻想郷の英雄よ。──力が欲しいだろう?』

 

 

 手段も目的も、何もかもがぐちゃぐちゃで形を成さない。だけどそれでも、何かを叶えたいという衝動はあった。

 力が無ければ何もできないのだ。

 綺麗事を言うな。自分には選択する権利すら残されていない。だから、まずは失った全てを取り戻さなければならない。

 

 例え守ってきた物を失おうとも。

 何かを得られるのなら。

 

 それでいいんじゃ……?

 

 

 

 沸々と湧き上がり始めた魔力の高まり。それを感じ取った幽香はその源を一瞥する。確かに自分が嘗て対面した禍々しい力そのものだ。

 これを待っていた。

 

「吸血鬼異変が終わってすぐよ。私は逃げ回る魅魔を追い詰めた。そして、ちょうどここで最期の戦いに興じたわ」

 

 ピクリ、と。魔理沙が微弱な反応を見せた。

 もっと激しい感情の高まりが必要だ。全てを投げ捨てる覚悟を決める程の感情が。

 

「力を失って項垂れる魅魔に、私は言ったわ。『言い残すことはないか』ってね」

 

 目を閉じるだけであの時の情景が蘇る。旧敵、旧友に破滅の力を向けたあの時の想いと一緒に、記憶が再生する六十年目の幻想郷と共鳴する。

 両者とも冷静さを大きく欠いている。

 

「なんて言ったと思う? 命乞い……違う。罵詈雑言……違う。自分の事でも、況してや私の事でもなかったわ。────ええ、お前の事よ」

 

 魅魔は悪霊としての自分では死ななかった。魔法使いとしての自分では死ななかった。

 この出来の悪い弟子の、たった一人の師匠として死んでいったのだ。

 最期を悟った魅魔は静かに語っていた。冷たく見下ろす幽香へ縋るように懇願した。

 

 

「『魔理沙には、黙っていて欲しい』って」

 

 

 しん…と、静まり返った。延々と広がる死の世界には二人の息遣いだけがこだまする。

 そしてその静寂を破ったのは幽香だった。

 

「──ふ、ふふ……アッハッハッハ! アイツにも一丁前の自尊心があったのかしらねぇ? 師弟揃って馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」

 

 誰が見ても分かる見え見えの挑発。それは魔理沙の心には響かない。

 だけれど、抱かなければならない感情と、取るべき行動ははっきりと分かっていた。

 くしゃりと頭の金髪を握り締める。

 

「魅魔さま、今更だけどなんとなく分かったぜ。私を破門にした理由が。……もう、遅いよな。ごめんなさい」

 

 ゆっくり立ち上がると、掌からスパークを奔らせる。いつものような眩い光ではなく、影に塗れた黒々しい雷だった。

 悲痛な面持ちで幽香と視線を交錯させる。

 初めて対等に張り合った瞬間だ。

 

「私はもう、普通じゃなくていい」

「それでいいわ。ふふ、いい面構えよ」

 

 幽香の暴風雨のような魔力とは対極に、魔理沙のそれを例えるなら湖の湖畔に広がる静寂。だがその内に秘められた荒々しさは、幽香の顔を露骨に綻ばせるに十分だった。禍々しく、そして輝かしく。

 

 道化を演じるのも飽き飽きしていたところ。

 さあ、ここからが本番だ。

 

「今日限りの大暴れ、悪い遊びを存分に堪能しなさい! どこまでも狂い堕ちて、永遠に忘れられなくしてあげる!」

 

 

 

 *◆*

 

 

 地響きは幻想郷を包み込む。それは一つの空間を隔てた八雲邸にまで浸透しており、新築の家屋にかなりのダメージを与えている。

 下手すれば倒壊しかねない状況で、奇しくもその原因となっている妖怪は、前八雲邸を建て直すきっかけを作った妖怪と同人物だった。風見幽香は二度壊す。

 

 賢者の式、八雲藍は不安定に揺れ続ける家屋を片腕の結界で支えながら事の成り行きを監視していた。額には青筋を浮かべながら。

 

「よりにもよってまさか、こんなタイミングで……! あの馬鹿め……!」

 

 風見幽香は八雲主従ともに認める幻想郷トップクラスの危険分子。何より恐るべきはその戦闘能力と手の早さである。好戦的な性分は鬼と同じだが、彼女らと大きく異なるのは、強者でありながら力をセーブしないことだろう。

 殺ると決めたらどんな矮小な存在でも全力で長く甚振る。よって、幻想郷へのダメージも他の妖怪とは段違いだ。

 

 何よりも厄介なのは彼女が暴れ出した時、正面から止める事のできる者はこの幻想郷においてもかなり限られてくることだろう。幽香と戦って少なくとも勝負となる人物は両手で数えれるほどだ。

 ……一応、幽香が暴れ出したのは今回が初めてではないのだが、その都度どうやって収めてきたのかというと、全て紫の手によるものだった。

 藍は、幽香が紫との実力差を恐れてその度に大人しくしていたものと以前まで考えていたが、どうやらそうではない事が最近分かっている。非力であるらしい我が主人は、どんな手を使って幽香を宥めてきたのだろうか?

 戦闘力の有無だけでは量れないその強さに、紫への評価が数段上がった。

 

 だが今回はその肝心の主人がいない。

 まさかその存在を欠いただけで、幻想郷がここまで不安定になってしまうとは……。

 

「忌むべきかな、自分の無力さが恨めしい! こんな重要な局面で動けず霊夢を待つことしかできないなんて……っ!」

 

 憎々しげに己の右腕があった場所を睨みつける。永夜異変の際に妹紅より受けた傷が。当初の予測を裏切って未だに完治しないのだ。

 この理由については同じ蓬莱人である八意永琳より聞き出している。なんでも彼女に付随している"永遠の力"なるものが藍の自然治癒力を妨げているらしい。なんとも眉唾な話だ。

 しかし今のところ半年経っても腕に妖力を纏わせることすらできないのが現状である。

 

 片腕で幽香と戦うなど自殺行為も甚だしい。万全の橙だって、あの花妖怪相手に勝てる確率は一厘も存在し得ない。そもそもそんな死地に愛する式を送り出すことなどできるものか。

 

 霊夢はと言うと、現在絶賛行方不明だ。式分身をフル稼働してその行方を追っているが、その足取りは一向に掴めていない。

 他に幽香を相手できそうな面子はというと……藍と同じく負傷しているか、静観を決め込んでいるかだ。動いてくれそうな萃香でさえ、この状況を静観している。

 他にあの花妖怪に匹敵しそうな者は……動いてくれそうにない。

 

「……天魔に、援軍か」

 

 天魔に治安維持を要請すれば奴は喜んで妖怪の山の兵力を貸し渡すだろう。正直そこらの天狗など必要ないが、文を始めとする実力者集団『新四天王(五人)』ならかなりの助けになる。

 だがそれは藍が……況してや紫が望む選択でないことは明らかだ。このタイミングで天魔の発言権を強めればどうなるか判ったものではない。

 

 だが、それ以外に取れる方法がないのも確か。

 魔理沙が崩れれば幽香の行き場のない暴力が何処へ矛先を向けるのか、それすらも未知数。幻想郷存亡の危機と言ってもいい。

 

 天魔云々よりも前に、守るべき幻想郷が無くなってしまうことの方が紫に顔向けできない事態といえよう。

 藍はゆっくりと、主人の姿を思い浮かべながら天を仰ぐ。

 

「──致し方ない……か」

 

 不甲斐ない私をお許しください、と。何度も心の中で反芻させた。

 そしていざスキマを開き────。

 

 

「その必要はありませんよ。藍さん」

 

 制止するように手首を掴まれた。

 ギョッと目を見開く。

 

「お前は!? ──……いや、寧ろお前だからか。このタイミングで割り込める者などお前か隠岐奈様、そして紫様くらいだろう」

「一応、お褒めの言葉と受け取っておきましょう。それらと同列に語られるのは、どうもむず痒くて堪りませんけどね」

 

 八雲主従が生活しているこの空間は、侵入することこそ容易ではあるが、一切の壁を破ることなくこの空間に足を踏み入れるのはその限りではない。

 自分たちや隠岐奈はそういう能力を持っているからだが、目の前の少女は違う。

 彼女はそこに居るという『事実』と『根拠』を作り出したに過ぎない。

 

 藍は訝しんだ。

 

「何故このような時に? 残念だが紫様はお戻りになられていないぞ」

「知ってますよ。それにこんな時だからこそ、私が来たんじゃないですか。……判っています。猫の手も借りれない状況なのでしょう?」

「そのくらい()()()解るだろうに、あいも変わらず悪趣味な能力だな」

 

 吐き捨てるように言う。そもそも藍は目の前の少女を好いてはいない。あれだけ主人をコケにされて喜ぶ式などいるものか。

 ──そんな事もお見通しだ。

 

「あいも変わらず愚直な方ですね。貴女のような方は一度主人を変えてこそ大きく成長するのです。どうでしょう? 我が館の給仕にでも」

「要件を言え。忙しい」

「『話すのも面倒臭い』と声に出して言えばいいのに……。まあよろしいでしょう。正直私も時間が押していまして」

 

 主従揃って煽り甲斐があると思いながら、淡々と言葉を紡いだ。

 

「今回の件は我々や管理者が手を出すべきものではありません。『見守る』ことが最適解であると、敢えて提言します」

「何を馬鹿な……霊夢が居ないというのに、誰が幽香を抑えるんだ?」

「魔理沙さんですよ」

 

 魔理沙、普通の魔法使い霧雨魔理沙。

 藍は少し考えて、大きく首を振った。……魔理沙を頼るのは流石に無理がある。

 勿論彼女とて実力者だ。通常の異変なら藍は喜んで魔理沙の元へと依頼を出しに行くだろう。実際それだけの実績もある。

 

 だが彼女では幽香に勝てない。

 そう決まっているのだ。

 

「敢えて聞こうか。根拠は?」

「因縁、期待、思惑……様々あります。中でも一番大きいのは、思惑でしょうか。禍々しい裏の力が魔理沙さんを強くする」

「……」

「この異変を裏から利用している者がいます。そしてその策略が成就すれば風見幽香を止める事はできましょう。……彼女の死を以って」

 

 死……すなわち殺される。

 いくら幽香ほどの妖怪でも殺せない事はないと、一応藍も思っている。寧ろ蓬莱人相手ですら、殺す方法を考えるのを諦めてないくらいだ。

 だが流石に話が飛躍しすぎている。何一つとして彼女が言っていることが結びつかない。こんな話し合いに何の意味があるのか。

 

「幽香さんが死ねば喜ぶ者……星の数ほどいるでしょう。しかしこんな大掛かりな舞台を用意できる者は流石にそれなりの数まで限られてくる。ならば、自分の手を下さず幽香さんを魔理沙さんに始末させ、尚且つ魔理沙さんを手篭めにしようとしている存在……と言えば、大体の予想はつくのでは?」

 

 一転、丁寧な説明でまくし立てる。

 心当たりがないかといえば、そうでもない。『何人か』そんな事をやらかしそうな存在が幻想郷の裏には潜んでいる。

 そして藍は、その人物らを常々始末しておきたいと考えていた。理由は言わずもがな、幻想郷の安定を守るため、そして主人にとってのイレギュラーを消しておくため。

 

 それを考慮してこの話を持ちかけてきたのなら、藍にとっては是非もない。紫が帰ってくるまでに幻想郷の遺恨を根絶やしにできれば……。

 

「幽香さんは全てを知ってなお魔理沙さんとの決戦を選びました。狂気と戦闘欲に溢れている彼女でも、死ぬのは御免でしょう。それに相応の考えもあるようです」

「……分かった。つまり、今回の件は裏を取る為に『泳がせておく』という事だな? 魔理沙という、高い対価を払って」

「貴女とは紫さんと違ってスムーズに話が進みます。とても喜ばしい事です……が、半分だけ間違っていますね。我々が掴み取るべきは『幽香さんと魔理沙さんを失わない』結果です」

 

 くるりくるりと、細い指が宙をなぞる。

 

「此方が対価を払う必要は無いのです。そんなもの、彼方側だけで充分。魔理沙さんを失わずにこの局面を切り抜ける事が最善でしょう。そしてそれは少々運の絡む賭けになる」

「……私の知らないところで随分と話が進んでいるようだが、紫様はご存知なのだろうな? お前の独断ならそれは──」

 

 ──ただの脅威でしかない。

 紫側に与していることは理解できた。だが自分の知らない水面下で幻想郷の安保における局面を彼女が動かしているのだとしたら……。

 そして、それを紫が知らないのだとしたら──。

 

 そんな藍の懸念を知っているのだろう、彼女は薄く笑った。安心させるように、深く理解させるように……。

 

 

「ええ。『あの人』は知っていますよ。八雲紫と名のついた『彼女』ならね」

 

 不可解なニュアンスに一瞬の疑問を抱く。

 だがそれは一気に払拭された。

 

「……なるほど。……それで、追って説明してくれるのだろうな? 紫様について」

「勿論。貴女には知る権利がある」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 幽界の壁を隔てても感じる強大な力の唸り。有り余る生命が世界そのものを蝕むような酷い錯覚に陥りそうになる。ビリビリと強い衝撃が空間を伝播し、紅い彼岸花を揺らす。

 今、幻想郷と親友がどうなっているのか、霊夢は気が気ではなかった。できることなら今すぐにでも飛び出してこの面倒臭い事態を解決したい。だけど、ここで待つ事が何よりの最善手であることは分かっていた。

 

 焦る気持ちとは裏腹にゆったりと進む彼岸の時間にイライラは募るばかり。

 いや、なによりも今も呑気に欠伸なんかしている目の前の死神が気に入らない。

 というか、そもそも異変における原因の片棒を担いだのはこの死神だという話ではないか。今はジッと我慢しているが、目の前の死神は霊夢の滅殺リストに堂々と追加されている。

 

「……」

「ふわぁ〜……そう()くもんじゃないよ巫女さん。巫女にゃ短命か長命しかいないんだ。私に手を患わせないでおくれな」

「随分な言い様じゃない。アンタの上司とやらがここに来るまでにアンタを退治することなんて造作もないんだけど?」

「だからそんなカッカしないでくれって。時間は短くも長くもならないんだし、距離もまた然りさ。慌てない慌てない」

 

 荒ぶる巫女を宥めようとする小野塚小町のもっともらしい言葉は、霊夢からすれば適当も甚だしい。時間を操る人間に、距離の意義を介さない妖怪……幻想郷には何人も該当する存在がいる。

 そんなこと幻想郷担当の死神なら知ってそうなものだが、恐らく小町がしらを切っているだけだろう、と判断した。故に霊夢を宥めるには弱い。

 

 一方小町も好きでこんな対応をしているのではなかった。命令でなければ激昂した博麗の巫女の相手など御免被るのが本音だ。

 そもそも死神の本業とは接客ではない。そこらへんに関する仕事仕切りへの白黒については、厳正なる上司が定めていたはずだが、今回は当の本人よりその定めを破るよう言い遣っている。「珍しいもんだ」と思いつつも、異変の件で詰られなかっただけマシというものか。

 

「……そもそも、今回のアンタらからの要請がかなり無理矢理なもんだってことを理解してるかい? アンタらが言ってるのは万物流転の理におけるタブーを黙殺し、あまつさえその行為に協力しろってことだ。正直、普通なら鼻で笑うよね」

「ええまあ、その類の話はあのバカ共に言ってよ。それに閻魔様はセーフって判定してたじゃない。ならいいでしょ?」

「いやいや限りなくグレーに近い黒だから。ていうか四季様も終始難しい顔してたじゃん。多分、四季様としては完全にアウトだったんだろうさ。それに融通利かせてやったってワケ」

「ふーん」

「今度はアタイがむしゃくしゃしてきたよ……」

 

 末端には何も知らされない。

 結局、損を被るのは率先して動いている現場の人間なのである。彼女らは被害者だ。

 ……いや正確には霊夢だけだろうか? 正直なところどうでもいい。

 

 

「おっ」と、小町が不意に声を上げる。視線の先はぼやけてよく見えない三途の川が広がっている。生ある者なら忌避するこの世で最も大きく、強力な境目。それをなぞる者がいる。

 ぼやけていた輪郭は徐々に収束し、正確な像を映し出す。あの仰々しい服装で分かった。彼女こそ、霊夢が待ち侘びた存在。

 紫が苦手とするあの世とこの世のゲートキーパー。幻想に生きる者達を裁く最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥ。

 

 前情報を頼りに霊夢は最大限の警戒を以って映姫に臨む。対して映姫は変わらぬ無表情で、しかし少しだけ眉を顰めた。

 

「ふむ、生者にしてその目つき。何か妙な情報をあの隙間妖怪より吹き込まれてますね? 神職者たるもの、そのような詭弁に惑わされてはなりません。そう貴女は世間を知らな過ぎる。それ故に流されやすく、それでいて頑固なのですよ、貴女は」

「なるほどね。つまり紫の言ってた内容を薄味マイルドにしたのがアンタってわけ」

 

 つまり紫の言うことはあんまり間違ってはいなかったという事だ。側で腹を抱えて大笑いする小町を尻目に、映姫は大きく溜息を吐いた。

 気苦労の多さが見て取れる。

 

「ただでさえ貴女方のせいで我々は激務に追われているというのに……今度はこんな案件を……全く、呆れてものが言えません」

「そう何度も言われると流石に悪い気がしてきたわよ。なんていうか、悪かったわねウチの連中が色々と」

「いえ貴女が謝る必要はありません。これは全て……あのお馬鹿さんの仕業なのでしょう? みなまで言わずとも分かります」

「お、お馬鹿?」

「馬鹿者や愚か者ではアレを形容できませんからね。故にお馬鹿さんです」

 

 そのお馬鹿さんとやらが誰なのかは知らないが、私の知っている人物なのだろうか? と、霊夢は首を傾げた。どちらにしろロクでもない奴みたいだ。

 と、映姫は小町に目配せし、彼女も黙って動き出す。程なくして小町が持って(連れて)きたのは、一つの霊魂。霊夢には他の霊魂と区別が付かなかった。

 

「……そいつでいいの?」

「間違いありません。この者は此方でも問題児でしてね、対処に困っていました。だからと言ってこのまま現世に戻すのも世界の理に背く事となる。実に難しく、今も納得のいかない裁量でした」

「無理したのね」

「ええ、そうです。しかし一応の理論では彼女は冥土へ向かう事を拒否できる権利を有しているのも確かですから、故にグレーなのです。……例えそれが外法の術だったとしても」

 

 呆れた視線を向けると、霊魂は僅かに揺れる。何か言いたげなようだが、生憎死人に口無しである。喋ることはまだできない。

 最近見ないから何処をほっつき歩いているのかと思えば、まさか死んでいたとは。しかも巧妙なマッチポンプ自殺。

 

「アンタねぇ、魔理沙を虐めるのも大概にしときなさい。そもそも私がここに来なかったらどうするつもりだったのよ? もう……ホント迷惑な奴ね! 今も昔も、大迷惑!」

 

 




 
 
覚「終いにゃ終いにゃ馬鹿娘。巫女と狐の馬鹿娘。それらの機嫌を取って死ぬ。実に空虚じゃありゃせんか? 妖生空虚じゃありゃせんか?」
映「妖怪正しくなきゃ価値なし!クソ雑魚ゆかりん生きる価値なし! ゆかりんゆかりん敗北者!ゴミ山賢者 敗北者!!」
藍「ゆかりん妖怪 大妖怪だァ!!」
霊「戻るな藍! 乗れ!」

ゆかりん「私の知らないところでめたくそ罵倒されてるような気がする…」
魅魔「同じく」



次回で異変終了と思われ
早い? だってゆかりんがスタンバッてるし…。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。