幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

88 / 151
長くなったため明日にもう一話投稿します。


東方悲壮天
幻想郷の黒歴史(前)


 幻想郷成立以来、天狗は幾度となく辛酸を舐めていた。

 

 吸血鬼異変の際は小悪魔に数多の天狗をゲーム感覚で殺害され、その後は八雲紫の風下に立ち続けた。結局、首謀者のレミリアからは一つの謝罪すらないまま現在に至る。

 

 最近では山頂を紫に奪われ、変な神社の設置を許してしまった。奪い返しに行こうにも、直後に襲来した博麗の巫女によって天狗の大半が薙ぎ払われ壊滅状態。神社も倒壊したがそこに住まう神と河童の力であっという間に再建され、苦を被ったのは実質天狗だけ。

 

 そして今回、天狗達はついに詰みへと向かおうとしていた。河童が過去の復讐を名目として奇襲攻撃を仕掛けてきたのだ。

 即座に応戦するものの圧倒的科学力の前には為すすべなく、構築した防衛ラインも河童お抱えの戦車技師 里香が作り上げた戦車師団によって粉砕された。結局、応戦らしい応戦ができたのは犬走椛のみという体たらく。

 

 

「いや……どーすんのこれ」

 

 絶望ムード漂う中、箱入り天狗の独り言は、虚しく幻想郷の空へと溶けていった。

 

 

 

*◆*

 

 

 

 境界の賢者 八雲紫の数少ない根拠地であるマヨヒガには、幻想郷の中枢を担う機関が種類問わず多数設置されている。

 大きな理由として、流石は境界を司る妖怪の部下が管理する場所というべきか、巧妙に世界から隠されている。故に機密性の高い談合などを行うにはうってつけの場所であるし、八雲紫に手を出そうという酔狂な存在は幻想郷に(表向きは)ほとんど存在しない故に、彼女の膝元に置いておけばそれだけで安全を確保できるのだ。

 

 まあなんにせよ、八雲紫の幻想郷における立ち位置がそのまま仕組みとなって現れている形である。やはり、強力無比。

 ()()()()は連れの者と会場外れの廊下を闊歩しながら思いを馳せる。果たしてあの妖怪は未だ自分が手を伸ばすに足る存在なのだろうかと。

 

(約半年、幻想郷を観察して結局分かったのは八雲紫の強大さ、そしてそれに伴う歪み……たったこれだけ。だがそれさえ分かっていればまだ打つ手は十二分に残っている)

 

 かつての八雲紫には届かないだろう。だが今の八雲紫なら、この()()()()の身体ならば──届く。届かせてみせる。

 いや、引き摺り落としてみせよう。今の自分には過ぎたる秘策を総動員しようではないか。微かに腹の辺りが熱くなる。どうやら()()()()も燃えているようだった。

 

 

「けどそれにしても物騒よねー。突発的にこんな大戦がいくつも起こるんだもの。やっぱ怖いわー幻想郷怖いわー」

「確かに、やるにしても事前通告ぐらいはして欲しいわよね。おかげで霧の湖なんてもうメチャクチャよ」

 

 正邪の背後でぼやくのは連れの二人。草の根連合副リーダーのわかさぎ姫と、理事の今泉影狼である。今回の集会に参加するにあたっての護衛役であり、また草の根の重役。

 大抵正邪が表に出て活動する時はこの二人と行動を共にしている。対外的に自分が草の根連合のリーダーであることを示すためだ。

 

「草の根の情報網だけでは些か心許ないですし、しっかりと情報収集をして帰りましょう。他のみんなも気になってる筈です」

「御付きは二人までって制限、面倒臭いわよねぇ。みんな連れて来られれば情報伝達もスムーズにいくでしょうに」

「みんな来たらぎゅうぎゅうよ、流石に」

「ふふ、特に貴女(わかさぎ姫)は体積を取りますからね」

「ちょっと失礼よ! リーダー!」

 

 あははと和やかに談笑する一方、正邪は内心ため息を吐いていた。

 この二人、何かと扱い易く、また顔が利くのでそれなりに重宝しているが、少しばかり幻想郷情勢を読み取る力が不足しているように思える。

 野良妖怪上がりであるので仕方ないといえば仕方ないのだが、気性が穏やかすぎるのだ。手を出されない限りは攻撃態勢を取ろうともしないし、自らがのし上がる為の覇気にも欠けている。

 そもそも護衛を二人も連れてくる時点でかなりシビアな問題なのだ。護衛の上限をフルに行使できるのは賢者の中でも特に力を持った五人のみという暗黙の了解がある。現在、因幡てゐがその座から追い落とされ、正邪がそこへ横入りした形になる。

 当然、そのスタンスには反発も大きい。

 しかし八雲紫に対抗するにはこの時点で(へりくだ)っている場合ではないのだ。一を捨て十を奪う。もっと泥臭く飢えなくては。

 

「あっ、そういえば。この集会への招待状と一緒に色々な所からお手紙が届いてたわよね。確か天狗もしくは河童の味方に付いてくれって内容のものだったと思うけど、草の根の方針としてリーダーは結局どっちを選ぶの?」

「勿論河童です。山の支配者を追い落とそうとするその気概や良し、これに便乗して下剋上の嵐を巻き起こしましょう」

「んー微妙……。河童の人達ってしょっちゅう私の湖にちょっかい出してくるからあんまり好きじゃないわぁ」

「なるほど、私から言っておきましょう。──あとここからはなるべく話を慎むように。一言の失言が命取りになる」

 

 わかさぎ姫と影狼の不用意さを遠回しに窘めながら正邪は辺りを伺う。人影はなく、一見この空間に居るのは自分達だけに思える。

 しかしここはマヨヒガ、八雲紫の勢力圏。どこで配下の式神が話を聞いているか分からない。弱みを見せないに越したことはないのだ。

 

 

 

 

「わぁ、一番乗り……じゃなかった。二番だ」

「早起きして出発した私達よりも早く着くなんて……熱心な賢者様もいるのねぇ。さぞ高邁なお方に違いないわ」

「うんうん」

 

 呑気な事を言う二人は置いておき、正邪は先着していた賢者──が居るであろう御簾の隣に座した。此処は上座にほど近い極少数の者だけが腰を落ち着けるポジションである。

 つまり筆頭五賢者のうち、二角が既に埋まった状態。だが正邪はその中でも所詮末席に過ぎない。新参などこんなものだ。対してもう一方は、実質的なNo.2とも名高い幻想郷の支配者であった。

 

 究極の絶対秘神、摩多羅隠岐奈。

 ゲートキーパーを担う紫とバランスキーパーを担う隠岐奈。この二人こそ、幻想郷の二極というべき存在だろう。てゐが堕ち、天魔が疲弊している今、彼女らに真っ向から対抗できる勢力はもはや月か地獄くらいだ。

 当然のように発言力も賢者内トップクラスであり、護衛(という名の見せびらかし)要員として、いつものように二童子を傍らに侍らせている。二人は糸の切れた人形のようにピクリとも動かず御簾の後方に座り込んでいる。

 やっぱり悪趣味だ。しかし無碍にできる相手でもないので、正邪はそんな嫌悪感をおくびにも出さずに、笑顔で語りかける。

 

「……幻想郷は良いところですよ。適度に不安定で話題に事欠かない」

「だろう? これこそ我々(神々)の愛した幻想郷だ」

 

 御簾の隙間から覗く瞳。狂気に満ちたその光は、溢れんばかりの悪意を部屋中に蔓延させている。影狼とわかさぎ姫などあからさまに気味悪がって距離を置いているほどだ。

 こういうところが人徳の少なさに繋がっているんだろうな、と。正邪は心の中でぼやくに留めた。

 

 目で影狼とわかさぎ姫に合図を送る。二人はそれに無言で頷くと、また適当な事を駄弁りながら退室する。隠岐奈への配慮とも取れる措置だった。

 

「天狗と河童の衝突──字面はあまりにも簡潔。いつかそれが起こる事は幻想郷の誰もが半ば確信していたほどだったと聞きます。しかし、その裏にはもっと単純ではない、様々な思惑や禍根を感じるのです。──残念ながら私はそれに詳しくない。部外者故にね」

「戦争を起こすに至る理由など、当事者にしか分からんよ。私に語れるのは、遠い昔話だけさ。月面戦争よりちょっと昔の出来事だ」

 

 月面戦争……そのワードを正邪にちらつかせる事は挑発以外の何物でもないだろう。だが彼女は稀神正邪。鬼人正邪ではない。

 

「ふぅん、月面戦争。ご生憎様ですが草の根にあの戦争に参加した者は誰一人として居ません。私含めてね」

「はは、その割には老けて見えるぞ」

「大年寄が何を仰いますか」

「半分だけだ。あと半分はピチピチよ」

 

 どれだけ異形に成り果てても二人は一端の女性。この手の話題となるとどうにも白熱してしまう。それは紫やてゐも同じだ。

 

 さてそれはさておき、本題は妖怪の山の歴史についてである。

 

「今からちょうど千年ほど遡る。ちょうど妖怪の絶頂期に当たるその時代は、一言で表すなら『混沌』だった。各地で強大な妖怪達が小競り合いを起こし、勝者がさらなる強者へと成り上がっていく。特にこの日本という国はまさに蠱毒の実演場」

 

 群雄割拠、もとい妖々跋扈と言うに相応しい時代であった。その余波で齎された被害は莫大で、当時の人間達にとっては悪夢でしかあるまい。

 勿論、人間達の中にも英雄というべき人物は存在していたのだが、ごく一部の例を除き大衆から遠ざけられ、激しい排斥に遭い、中にはその影響で妖怪に身をやつしてしまった者もいると聞く。

 

「そんな時代であったが一つの例外が存在した。それが妖怪の山なのだ。始まりは伊吹萃香を始めとした鬼達がこの山を根城にした事だが、奴等は良い意味でも悪い意味でもオープンな連中だからな、萃香の特に強い意向もあって庇護を求める妖怪が殺到した」

「あんな身勝手な方達が喧嘩相手にもならない妖怪を受け入れるのは不自然ではないですかね。ましてや組織を作るなど……」

「まあ発端は伊吹萃香だが……あいつがどこぞの妖怪に影響されたと考えれば当然の事だろう。要するに真似事だ」

「ああなるほど」

 

 またあいつかと、正邪は内心毒を吐く。伊吹萃香と八雲紫の繋がりは巷でも有名であり、互いに影響を及ぼし会う事はあり得る話だ。つまり妖怪の山は萃香の手によって創られた縮小版の幻想郷ということになる。

 だが長続きするものではなかった。

 

「お前も知っての通り、鬼達はやがて地底へと渡った。妖怪の山は部下の妖怪たちに託されたのだ。せっかくの地盤を放棄するあたり、所詮は鬼よな」

「権力を持つ事が当たり前になると、こういうことも平気でしてしまうのが人間や妖怪、もとい世の常ですかね。……で、実権は天狗に移ったと」

「いや、そうではない」

 

 隠岐奈はさも悲壮げに肩を竦める。後の有識者達は鬼が去った直後のこの時こそが、妖怪の山におけるターニングポイントだと推測している。かくいう隠岐奈もそうだ。

 妖怪達は鬼に依存すると同時に、彼女らを恐れ過ぎたのだ。

 

「鬼を頂点とする組織構造は下の者達に平等を齎した。故に鬼無き後の盟主はおらず各種族ごとでの勢力分裂が起きたのだ。しかも気紛れな鬼に対抗する為、自分達の勢力拡大に余念なきままにな。天狗はその中で最も力を持った勢力に過ぎんよ」

「河童を始めとする妖怪達は天狗の下に就く事を良しとしなかった訳ですか。確かに奴らは傲慢で卑屈と救いようのない連中……しかし力はある。恥を忍んで下に就いてでも天狗を利用した方が優位性は保てるのに、実利を逃したのですか?」

 

 まあそれでも私ならまっぴらごめんだけどな、と正邪はまたもや毒を吐く。恥だとか得だとかそんなものは全く関係なく、ただ単に力に隷属するのが嫌だからだ。何かに縋って保身を得るくらいなら、単身野で生きていく方が数倍マシなのである。

 河童達もそういう矜持があったからこそ従属を拒んだのだと正邪は考えたが、それはあっさり隠岐奈によって否定される。

 

「当の妖怪達は鬼と同様に、天狗達も酷く恐れていたのだよ。特に天魔という天狗の(ゆう)と呼ぶに相応しい存在をな」

 

 いやらしげな声音が御簾から漏れ出す。

 

「妖怪の山で唯一鬼の四天王に並ぶとまで称された奴の強さもそうだが、何より恐れられたのはその思想よ。良くも悪くも、奴は天狗の棟梁として在るべき姿を守り続けたと言える。故に、他種族に歓迎される要素など微塵もなかったのだ」

「天魔……今思えば彼女も謎多き妖怪。そして幻想郷最悪とまで言わしめた事件の張本人でもあります。ウチ(草の根)の者の中には、例の事件の被害者も多数いますからね」

「アレも発端は河童との覇権争いだったな」

 

 愚かな人間は歴史を繰り返すというが、妖怪もそれに当てはまるほど愚かだったらしい。今の状況はかつてのものと酷似している。

 もっとも今回は天魔から吹っかけたものではなく、河童からの奇襲攻撃によるもの。細部と結果はかなり違う事になりそうではある。

 

「話を戻そうか。天魔は数々の実績によって自らの武威を示し、混乱する天狗を纏め上げ妖怪の山での版図を野放図に拡大した。その過程で鬼以上の脅威と称される事もあった蟲妖怪の女王を討伐したのは……まあ流石というべきか。戦闘力と狡猾さだけは褒めてもいいかもしれん」

「アンチ天狗の貴女様がそう言うくらいだ、余程の傑物なのでしょうね」

「逆に言えばそれ以外褒める所はないがな。だが天狗達にとってはそれだけで十分だった。乱世を渡り歩く為に必要な条件を奴は満たしていたからな。故に戦いに身を投じる事こそが自身の役目と思っていた節もある」

 

 手段と目的の逆転に気付かないほど愚かしい事はない。いや、気付いていたのかもしれないが、それ以外に天狗の栄華を築く手っ取り早い手段がなかったのだろう。どちらにしろ愚かだ。

 

「現時点の状況を鑑みるに、天魔率いる天狗達は勢力の乱立する妖怪の山の統一を図り、それに成功したんですよね? だから今でも山の盟主は天狗が務めている」

「そうだな。だが知っての通りその方法が些か過激でな、正面から衝突した河童には自身に脅威となる科学力を強制的に放棄させ、強力な従属下に置いた。その他妖怪達も従属──或いは族滅の道を辿る事になる」

「族滅……物騒な」

 

 つまり根絶やしという事だ。天魔による侵攻によって多種の妖怪が絶滅した。特に凄惨だったのがさとり妖怪の虐殺だったという。

 特段表立って天狗に対抗したわけでもなければ、強い勢力だったわけでもない。ただ単に能力を忌み嫌われた故の悲劇だった。

 

「例えばさとり妖怪なんかはこの世にもう一人しかいない。山童に至っては姿すら見ない。それほどまでに徹底された狩りだったな」

「とことん雑ですね。妖怪の山の戦力を自らの手で減らしていくなんて、元々の目的から乖離してませんか?」

「焦っていたんだろう。一刻も早く鬼の四天王や八雲紫……そして自分達の他に徒党を組み始めた妖怪勢力に勝るだけの力を欲したのだ。月との戦争が迫っていたようだしな?」

「あー、はい」

 

 乾いた返事。大虐殺の遠因が自分、もとい鬼人正邪にあったようだが、そんな事をいまさら追求されても「だからどうした」と返すしかあるまい。こんな下らない理由で地底のさとり妖怪に因縁なんて付けられた日には最悪だ。

 どうしたものかと正邪は頭を捻り、はらりと一房の赤毛が顔に垂れる。そんな内情をせせら笑いながら、秘神は語る。

 

「天狗どもを見てみろ。歳をとっているほど傲慢、そして好戦的だ。何しろ千年前から連戦連勝で負け知らず。弱き者を蹂躙した事で自分達の強さを勘違いしている」

 

 嘆かわしい事だよ、と。あくまで幻想郷を憂う賢者のスタンスとして隠岐奈は残念そうな様子で呟いた。なお内心はウッキウキだ。

 

「奴らは過去の栄光に浸るばかりで現状を鑑みようとはせんのだ。……吸血鬼異変で若い天狗が大量に死んでしまった事も、奴ら(老害)の発言力強化に一層の拍車を掛けているな。遅かれ早かれ、天狗は一度滅びる運命にあると言えよう」

「過去の栄光、ですか。私は少なくとも勢力でいえば天狗は貴女様や八雲紫に匹敵するものと思っていましたが……」

「見かけはな。だが実情は酷いぞー」

 

 抑え切れなくなったのか、くふくふと笑みが漏れる。正邪はドン引きした。

 

「経緯はこうだ。妖怪の山をほぼ手中に収めた天魔だったが、たった一つの勢力だけどうしても手を出せずにいた。……山姥(やまんば)だ」

「あー、山姥。アレは確かに厄介ですねぇ」

「中でも坂田ネムノという山姥は天狗に真っ向から敵対した。物騒な気質ではあるが、山の生き物を慈しむ心も持っている山姥だからな、天狗の暴挙を許してはおれなんだ。あわや天狗に滅ぼされかけた妖怪や、忌み嫌われていた厄神、河童からの亡命者も積極的に匿った。ネムノの能力は聖域を作り出す力──敵対者を悉く無力にする力。流石の天狗もこれには手が出せなかった」

 

 一層笑みを深める。

 当時の隠岐奈はネムノに対して拍手喝采を送っていたそうだ。そして御礼を言いに行き、無事聖域から弾き出されたという。

 

「結局、山姥の領域には手を出せず終い。この時点で天狗の悲願である妖怪の山統一は靄と消えた。この事による士気の低下を恐れたのだろう天魔は、ついに妖怪の山領外への侵攻を決意した。後に幻想郷となるここら周辺一帯の支配を目論んだのだ。これが俗に言う『妖怪の山拡張計画』というやつだな」

「天狗には大義がありませんからね。妖怪の山は元々自分達の所属していた組織の領域だから、どれだけ好き勝手やっても内乱に過ぎなかった。しかしその領域外となれば話は別になります」

「ふふ、下剋上を生業(なりわい)にしてるだけあってよく把握できているじゃないか。だがそれだけじゃない。既に幻想郷の原型となる仕組みは形成されつつあったからな、当時の私も対応に追われたよ。……本当、害にしかならん嫌われ者の連中さ」

 

 そう吐き捨てて話は締められる。これ以上はもはや語る必要が無いからだ、

 天狗は人里の手前まで進撃し、途中で踵を返した。その後数日の奇妙な沈黙を続け、やがて【妖怪の山以外には二度と手を出さない】という声明を発表し、やや孤立的ながらも幻想郷の枠組みに参画することとなった。

 

 この変わり身の早さには当時の妖怪達──鬼人正邪も含めて度肝を抜かれたものだ。稀神正邪になってからしばらく真相の究明に努めたこともあったが、結局不明のままだ。

 天魔の突然の心変わり。これに尽きる。

 

 しかもその後も天狗は内部でのいざこざを起こし続け、天魔は日が経つごとに保守的になり、次期天魔の最有力候補とまで目されていた射命丸文は組織に興味を失っている。これが天狗の脆さである。

 今回の件でそれが幻想郷中に露呈した形となった。

 

「一体何を以ってここまで方針を転換させたのか……秘神様はどう思います?」

「ふーむ、クーデターでも起こったんじゃないかと当時は疑ってたな。ただ一つ気になる情報があってだな……」

「へぇ? それはどんな?」

「天魔の近親者の一人が姿を消してしまったそうだ。それ以来、天魔はめっきり大人しくなった。戦死したか粛清されたか……なんにせよこれが鍵になるかもしれん」

 

 大方、自分にとって大切な天狗を失って落ち込んでしまったのか。あまりに人並みでチープなもんだと、正邪は内心鼻で笑う。

 散々妖怪を殺しまくった癖にいざ自分の番となると狼狽え日和る。権力者特有のそれだ。やはり妖怪の山もひっくり返さねばなるまい。

 

 そんな正邪の心意気を感じ取ったのか、()()()()()()()()()()の鼓動が激しくなる。それこそ今にでも暴れ出してしまいそうなほどに。

 血気盛んな彼女を諌めるのは一苦労。隠岐奈に勘付かれぬよう静かに念じる。

 

(まだですよ。合図を待ってください)

 

 




昔話だけで締めるのもどうかと思うので、明日もう一話投稿します。


◾️妖怪の山時系列(幻マジver)

・萃香が紫の真似事を始め、勇儀達と共同で八ヶ岳に妖怪の組織を作る。

・源頼光一行による闇討ち発生。鬼が地底へ。

・天狗が山の盟主を名乗るも、あまりに利己的かつ強権が過ぎたため勢力が分裂。各々しのぎを削る。(河城にとり・犬走椛誕生)

・天魔率いる天狗が強引に妖怪の山の統一を図る。その過程で多数の妖怪が殺害、絶滅させられる。(蟲妖怪の衰退開始)

・残る残存勢力である山姥に攻撃を仕掛けるも失敗。統一に頓挫する。その埋め合わせの為、山の領外へと侵攻開始。(鬼人正邪が妖怪集めを開始し、八雲紫と出会う)

・人里の手前で侵攻ストップ。数日のち紫や隠岐奈に対し宥和的な姿勢を取り、それ以降保守的になる。(射命丸文の出奔)

月面戦争。(ゆかりんと藍が出会う)


ここだけの話、妖怪の山の敗因はバランスブレイカー枠を椛しか用意できない事ですね。内に秘めてるポテンシャルは高いんだけど反目やら不信感やら色々な制限があって本気を出せないタイプ。天狗三人衆が揃えばなんのそのかもしれない。
天狗がひとり足らないよなぁ!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。