話をしよう。
あれは現代日本の、とある兄妹のことだ。

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「今日は子供達に面白いお話を聞かせてあげるわね」

その母親は絵本を広げて、こう言いました。

「今日のお話は、ヘンゼルとグレーテル」
「えぇー、ママァ僕あの話はもう飽きたよー」
「私も飽きたー」
「大丈夫よ、これはただのヘンゼルとグレーテルじゃないから」

母親は絵本のタイトルを子供達に見せました。そこに書かれていたのは、『現代版童話』

「じゃあとりあえず読んで見ましょうか」

母親は子供達に見えるように絵本をひろげました。


ヘンゼルとグレーテル(前編)

あるところに、貧しい四人家族が仲良く暮らしておりました。父親はサラリーマンとして企業の歯車となり、必死に家族を養い、母親はパートの仕事で少しずつお金を蓄えておりました。

 

そんな2人には愛すべき子供が2人いました。1人はとても優秀な兄で、高校に通いながらもアルバイトをして親のためにお金を稼いでいました。その名も、内藤ヘンゼル。漢字で書くと辺是流。キラキラネームを持つ純日本人なのです。

学校にいる時以外はほぼ全ての時間をバイトにあて、家に帰ってもシャワーを浴びて飯を食べて寝るだけ。そんなかれの睡眠時間は4時間。健全な高校生には体の毒なのは言うまでもありません。

 

そして優秀な兄とは対象的に、とてつもなく不出来な妹がいました。名を、内藤グレーテル。兄と同じくキラキラネームをつけられた彼女の名を漢字で書くと、灰色尾。彼女も内藤ヘンゼルと同じく純日本人。

しかし彼女は兄ほど成績は良くなく、おまけに運動神経も悪く、体も弱い。そんな彼女はクールジャパンが誇るべきサブカルチャー、アニメーションに犯されて日に日にOTAKUと化していきました。

しかしそんな彼女にも家族は優しく、中でも兄の辺是流はグレーテルにとても優しく、彼女は徐々に禁断の恋に目覚め始めるのでした。

 

そんなある日の26時。辺是流が家に帰って来ると、いつも通り灰色尾は深夜枠のアニメを見ていました。辺是流は布団を敷き、アニメを見終わった灰色尾と一緒に布団の中に入りました。この家では貧しさのあまり布団も二組しか買えず、両親と兄弟が同じ布団で寝るという事態が発生していたのです。

 

辺是流は妹を抱き枕代わりにして微睡んでいると、襖を挟んで反対側にある部屋から、両親の話し声が聞こえてきました。

 

「今日もあれだけ社畜として働いて、サービス残業もこなしたのに、金はこれしか手に入らなかった」

「給料でこれしか入らないんじゃ、家計も厳しいですね。最近は物価も上昇してて、辺是流のバイトを合わせても食べていくのがやっとなのに……」

「くっ、あと3日経てばドルの値が上がって、儲けが出るのに……」

「外貨貯金を切り崩しますか?」

「それはできない。今外貨を切り崩したら儲けが一気に減ってしまう」

「なら、どうすればいいんですか……」

 

辺是流は妹を抱く。胸元の灰色尾は目をうっすら開けて、愛しい兄を見つめる。

 

「お兄さん……どうしたの?」

「父さんがまだドルを円に変えようとしないんだ。実際僕の見たてでもあと3日経てばドルの値は上がる。でも、それを待てないくらい、今の生活は危ういんだ」

「私は、お兄さんさえいてくれれば三日間何も食べなくても、生きていけるわ」

「灰色尾、世の中そう甘くはないんだよ。それに僕はバイトに行かなくちゃいけないしね。……やっぱりこの前のポンド暴落が響いちゃったね」

 

イギリスのEU離脱を決める国民投票の結果、安定した通貨ポンドは大暴落し、貯金を外貨に変えている人たちの財政を、窮地にまで追い込んだ。それは辺是流達内藤家も例外ではありませんでした。

 

「灰色尾、あと少しの辛抱だよ。僕がこっそりためてたお金で買った株も、もうすぐ高くなるんだ。そうすれば生活はもっとよくなるよ。エンゲル係数も低くなるはずさ」

 

灰色尾を元気付けようと、無理に笑顔を作る辺是流。その精一杯の笑顔は、灰色尾の表情を少しだけ和らげました。

 

しかし両親達は灰色尾ほど単純な人間ではありません。現代日本という荒波に飲まれてきた母親は、その思い口をようやく開きました。

 

「子供を、二人を捨てましょう」

 

その言葉に、灰色尾の顔が凍りつきました。唐突に飛び出てきた死刑宣告に、流石の辺是流も眉をしかめました。

母親の提案に、その夫は困惑したようにこう言い返しました。

 

「いくらなんでも言っていい冗談と、悪い冗談があるぞ」

「私は本気ですよ。捨てたくはないけれど、今のこの状況じゃ、二人で食べて行くので精一杯です。一時的にでも、二人を捨てて損はないと思います」

「捨てたら、帰ってこれないぞ?」

「捨てるって言ってもグンマーの奥地じゃないから大丈夫ですよ。死にはしないはずです」

「でも、帰って来れないんだろう?」

「今は心を鬼にするべき時です。三日経てば金が入るのですから、三日経ったら取りにいけばいいのです」

 

辺是流は灰色尾の息が荒くなるのも気にせず、彼女のことを抱きしめました。

 

「きっと大丈夫だよ。人間は三日間、水さえあれば生きていけるんだ」

「でもそのあと、長期間に渡って点滴が必要になるのよね」

「それはきっと大丈夫さ。医療費は高いけど、その大半が国の税金で賄われるはずさ」

 

辺是流は内心、舌打ちが止まりませんでした。自分の子供達にキラキラネームをつけた挙句、三日間も山中に放置する。経済状況を鑑みれば仕方のないことですが、それでも辺是流の親に対する失望は、言葉に言い表せないほどでした。

 

後日、辺是流のバイトが休みに日に、一家そろってレンタカーに乗り、とある山の奥地へとやってきました。そこで両親に言われて、山奥で食べれるものを探しに行った辺是流達兄妹を置いて、彼らの両親は家に帰ってしまいました。

辺是流達が両親と待ち合わせた場所に来ても、そこには借りてきたレンタカーも、両親の姿もありません。

 

「置いていかれちゃったみたいね、お兄さん」

「そうだね、でも父さんは甘いね。現代っ子がGPSなしじゃどこにも行けないとでも思ってるのかな?」

 

辺是流は車があった場所にしゃがみ込み、地面を撫でます。よく見ると地面に何らかの模様が着いているのです。

 

「タイヤ痕が残ってる。これを追っていけば家に帰れるはずだよ」

「でも、土が露出がしているのは途中までで、そこから先はアスファルトよ?」

「大丈夫さ。アスファルトの道に出ればこっちのものだよ。人に尋ねながら家に戻ろう。なに、問題ないよ。念のためへそくりの札を持ってきたんだ。電車に乗れればすぐ家だよ」

 

兄妹はタイヤ痕を追って舗装された道に出ると、すぐさまコンビニを探して歩き出しました。交番よりもコンビニの方が地元に密着しているので、駅の場所を聴くには丁度いいのです。

 

優しい店員さんに道を教えてもらい、兄妹は電車に乗って家へと帰ることができました。

 

住み慣れたアパートの一室に帰って来ると、両親は泣きながら二人の子供を抱きしめました。

彼らは子供を捨てたことを悔やみ、ずっと泣いていたのです。辺是流と灰色尾も、何も言わずに両親と抱き合いました。親の温もりは兄妹の涙腺を緩め、家族四人で、ただ静かに泣き続けました。

 

泣き疲れた兄妹が同じ布団で爆睡する中、両親は頭を悩ませていました。いくら子供が愛しいとはいえ、背に腹は変えられないのです。金はもう少ししかありません。

 

「お父さん、仕方ないですよ。二人が寝ている間に捨ててきましょう」

「……でも、また帰ってきちゃうんじゃないか?」

「大丈夫ですよ、富士の樹海に置いてくれば、そう簡単には帰って来れないはずですよ」

 

これには流石の父親も頭を抱えました。

 

「樹海ってーーあそこに置いてきたら本当に帰って来れないだろ」

「大丈夫ですよ。最近じゃポケモンをさがして樹海に入る人も多いですから、未開の地じゃなくなってるはずですよ」

 

母親に説得された父親は、なくなく寝ている子供達を車に乗せて、樹海へと向かいました。そして、辺是流と灰色尾が起きないうちに彼らを置き去りにして、家へ帰ってしまいました。

 

朝、目を覚ました辺是流は、自分の隣で寝息を立てる灰色尾を見た後、寝ている場所がいつもと違うことと、空気がやけに美味しいことに気づきました。

彼はとっさに跳ね起き、自分の置かれた状況に気づいて、舌打ちを一つ。

 

「僕としたことが迂闊だった! そうだよ、母さん達がたった一回の失敗で諦めるわけがないじゃないか!」

 

辺りを見回してもタイヤ痕は見当たらず、今回はへそくりもありません。辺是流と灰色尾は、今度こそ本当に、森の中で迷子になってしまったのです。

 

辺是流はひとまず気持ち良さそうに眠る灰色尾の肩を揺らしました。

 

「灰色尾、起きてくれ。僕たちは父さん達に一本食わされたようだよ」

 

辺是流の妹は目をこすりながら辺りを見渡し、すぐに自分たちが置かれている状況を把握しました。

 

「……お兄さん、私たちはまた捨てられたのね」

「してやられたよ。今度はタイヤ痕も残ってない。完全に迷子さ」

「ここが何処かも分からないの?」

「分からない。時々遠くで花火を打ち上げてるような音が聞こえるけど、それがどっちから聞こえてくるのかも分からないんだ」

 

二人は空を見上げましたが、当然花火など打ち上がっていません。辺是流が花火の音だと思ったのは、自衛隊富士演習場で戦車が放った砲弾の音なのですから。

 

もし二人が大砲の音である可能性を見出していたなら、自分たちが富士の樹海にいることも分かったのでしょうが、あいにく、彼らはまた同じ場所に捨てられたと勘違いしているのです。

 

「お兄さん、これからどうしましょう?」

「そうだね、灰色尾。とりあえず花火が上がっている方を探してみようか。……って言いたいんだけど、方角がわからないのに歩き回るのは得策じゃないね」

 

辺是流は山で遭難した時はむやみやたらに動かない方が安全だ、ということを知っていたので、あえて動き回らず、自分たちがいる場所を拠点として、少しずつ探索範囲を広げていくことにしました。

 

山や森ではぐれて、助かる見込みがないと思ったら、まずは川などの、水が流れている場所を探さなくてはなりません。たとえ小学生でも、数日間水を飲み、体温を維持できれば生き延びることができるのですから、高校生達ならなおさらです。

 

しばらく森の中を歩いていると、二人は綺麗な川を見つけることができました。早速辺是流と灰色尾はその川に口をつけ、水を飲むことにしました。

 

しかし、それが兄妹にとってもっともしてはいけない選択だったのです。

 

「おぅ兄ちゃん達! 誰に許可とって水飲んでんだ、あぁん!?」

 

なんとその川は、ヤクザの所有物ーーその土地一体がヤクザの管理下にあったのです。

 

兄妹は突如現れたスキンヘッドのヤクザ達に連れられ、黒いハイエースに詰め込まれ、その事務所へと連行されてしまったのです。




「今日はここまで」

母親は絵本を閉じました。子供達は少しだけ不機嫌そうです。

「なんでいいところで切っちゃうのー」
「もうちょっと先まで聞かせてよー」
「絵本はここで終わってるのよ。ここから先は、作者さんが次の筆休めの時に書いてくれるそうよ」

母親はにこやかに微笑みかけます。

「だから今日はもうおやすみなさい」

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