源泉の子   作:森崎めくる

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第3話

歩き出してしばらくすると、彼女は意外にも自分一人で歩けるようになっていった。今にも崩れ落ちそうな不安定さがなくなり、嘘のように当たり前に歩いている。ただ、未だその瞳に生気は宿らないままだ。おまけに、ギンコの服を掴んだまま離そうとしなかったが、何にせよ歩いてくれるのは助かる。日が完全に暮れる前に、人里を見つけることができた。

 

畑で作業をしている男性に、声をかける。

「すまないが、ちょっといいか。俺は蟲師をしている者なんだが、あんた、この人に見覚えはないか」

顔を上げた男性は、ギンコを見、そしてその回りを見て首を傾げた。

「この人ってぇのは、誰の事だい」

その言葉に、ギンコは彼女が人に認識されないほど、まだ蟲の側に近いことに気付く。人里に連れて来るには、少し早かったのかも知れない。

ギンコが答えあぐねていると、そこへ灯りを持った女性やってきた。

「あなた、もうそろそろ……あら、お客さん?」

「あぁ。どうやら蟲師らしいんだがな」

どうやら女性はこの男性と夫婦であるらしい。夕陽は山の向こうに消える間際、一際強い光を放っていたが、辺りはもう暗闇に沈みそうだった。心配して手迎えに来たのだろう。

「旅の途中でしてね。……人を探しているんだが、ここらで女性がいなくなったって話は聞きませんか」

夫婦は顔を見合せ、首を降った。

「いやぁ、この里じゃそんなこと滅多にないよ」

「そうか…」

せめて行方を探している家族でもいればと思ったが、この様子では、手掛かりすら得られなさそうだ。

「ねぇ、蟲師って言ってたわよね。良ければ、今夜はうちで休んでいったら?里に来たばかりなら、泊まる場所決まっていないんでしょう?」

どうしたものかと悩むギンコに、女性から有り難い申し出をもらう。

「それは、助かりますが」

言いながら、黙ったままの彼女に目をやる。相変わらずギンコの服を掴んだまま、会話に全く興味を示さない。夫婦には見えていないとは言え、と言うよりも、見えていないからこそ、家に連れて入っても良いのだろうか。

「実は、うちの息子がね」

「おい、やめないか」

「いいじゃない。うちの里に蟲師が来るなんて、滅多にないんだから」

そんなギンコの思案を余所に、夫婦は会話の温度を上げている。

「あのね、息子なんだけど、私たちには見えないものが見えてるって言うのよ。何度言っても言い張るのをやめないし……見てあげてくれないかしら」

反対する男性の声には耳を貸さず、女性は真っ直ぐにギンコを見据えていた。真剣な表情から、息子のことを本気で気にかけているのがわかった。

「世話になる分、見るのは構いませんよ」

「あぁ良かった!じゃあ、早く帰りましょう。あの子がお腹をすかせて待ってるわ」

ギンコの言葉にぱっと笑顔を見せた女性は、そそくさと農具を抱えだす。

「どうも押しが強くてな、申し訳ない」

男性はすまなそうに言うと、女性を手伝って農具を纏めた。それを見ながら、二人には見えない自分の連れについて、教えることはしなかった。

「……まぁ、お互い様ってことで」

夫婦に聞こえないよう、小さく呟いた。

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