「ただいま。今日はお客さんがいるわよ」
家に入ると、食欲をそそる香りで満たされていた。膳の準備をしていた少年が、母親の声に駆け寄ってくる。
「よう。邪魔するよ」
少年に声をかけたが、瞼をぱちぱちとさせ、ギンコの後ろを指差す。
「ねぇ、その人どうして光ってるの?」
少年の指と目線は、間違いなく彼女に向けられていた。どうやら母親が言っていた"見えないものが見える"のは本当のようだ。
「こら!お客さんを指差したりして!失礼でしょ」
ギンコに指向けたと思ったらしい母親は、少年の耳をつねり上げた。
「いてててて!」
「ごめんなさいね。さぁ上がって」
そうして、食卓へと案内された。
食事が済むと、夫婦はそれぞれ片付けと風呂の為に、別々の部屋へと分かれていった。残されたギンコは、ようやっと少年とゆっくり話す機会を得る。
「なぁ、お前さん、この人が見えるんだな?」
彼女を横目に見ながらギンコがきくと、少年はこくりと頷いた。
「父さんと母さんには見えてなかったけど、その人はなに?幽霊なの?」
訪ねる少年の目には恐れといったものはなく、むしろ強い好奇心が伺える。
「いいや。ちょいと、蟲の側に寄っているだけだ。生きてる」
そのはずではあるが、ヒトに全く見えないとなると、実を言うと確信は薄れている。彼女を支えて歩いていたとき、微かに違和感は感じていた。それも光酒の影響かと気に止めなかったが、元よりヒトではなく、蟲に近い存在だったからとも考えられる。
「どうだ、彼女に見覚えはないか。家族の元に帰してやりたいんだが」
「うーん、見たことないと思う。ここは山に囲まれてて、余所の村に行くこともないし」
「そうか……」
「それよりさ、あんた、俺と同じものが見えてるんでしょ?色々教えてよ!」
それからは、少年に蟲について教えているうちに、あっという間に夜が更けていった。蟲が見える人間と話すのは初めてのようで、夢中になって話をきいていたが、やがて母親に連れられて寝かしつけられていた。
「家族が迷惑かけて、すまねえな」
男性が申し訳なさそうにしながら、部屋へと案内してくれた。
「いや、こちらも世話になってるんだ。大したことじゃありませんよ」
「それならいいが……」
言葉を濁しながら、そのまま部屋をあとにしようとしていた男性を引き留める。他の里にも行ってみる必要がある。近くに里や村はないかと尋ねた。
「近いとこなら、川沿いに行けば山の中にある村にたどり着くはずだ。少し急な坂だが、まぁ1日もあれば着くだろ」
礼を言い、さっそく明日向かうことにする。辿り着く頃に彼女が人に認識される存在となるかは定かでないが、ともかく情報を集めなければ。もし近くに目ぼしい人里がなければ、やはり彼女はヒトではないのか、あるいはもっと遠い土地から何日も光脈の中で流されていたことになる。
当人は、布団など気にせずに横になり眠っている。大きなあくびを一つして、ギンコも眠りについた。