目を開けると、すぐ側で、知らない男の人が眠っていた。咄嗟にそう思ったが、そうではないとすぐに気が付く。夢の中で、 この人に付いて歩いていたような気がする。彼は私に何か話していたようだが、よく覚えていない。
ぼんやりとする頭のまま、身を起こす。辺りを見回すが、見覚えのない部屋だった。音を立てないよう、静かに障子を開けると、やはりそこには見知らぬ風景が広がっている。へたりと座り込み、何故自分はここにいるのか考えるが、思い付かず、さらに自分がどこに帰るべきなのかを考え、心臓がぐっと苦しくなった。自分の帰る場所がわからなかった。息が止まり、口元に手をやる。目が覚める前のことを思い出そうとしたが、彼のあとをついて歩いていた夢のことしか思い出せなかった。みるみる手が冷たくなっていくのを感じた。
「よう。目が覚めたか」
声に驚き、素早く振り向いた。立ち上がろうとする彼を見て、思わず目を見開き、身を固める。その様子に気付いたのか、白髪の男性は再度膝を折り、座り直した。
「まぁ、そう気を張るな。怪しいもんじゃない」
そう言って、煙草を取り出し火を付けた。彼はギンコと名乗った。蟲師を生業としているらしく、その言葉を耳にことがあるような気もするが、いまいち判然としなかった。
「お前さん、名は?」
尋ねられ、考えてみたがやはりわからない。
「……ぁ……」
伝えようとして口を開いたが、出たのは小さく掠れ、意味を成さない音だけだった。慌てて喉に手をあて、何度か声を出そうとするが、思うようにはいかない。
「待て待て。話せないなら、無理せんでいい」
その言葉に、ギンコの顔を見る。どうやら、怒ったり呆れてはいなさそうだ。少し安心して、肩の力を抜く。
「首を降るだけでいい。質問に答えてくれ」
それから名を含め、土地に見覚えはあるか、郷里、家族について、覚えていることはないかと問われたが、どれにも首を横に降る。
「そうか…」
失望させたかと彼の顔色を伺うが、そんな様子などなく、ただ手に顎を乗せ考え込んでいた。
ふいに顔を上げ、小さな包みを取り出して私へとよこした。
「忘れるところだった。こいつを飲んでくれ」
それは私に必要な薬らしく、光酒とは何か、何の為の薬か、彼は丁寧に教えてくれた。怪しむこともせず、言われた通りに薬を飲み込む。とても苦くて、美味しいとは言えない。
「さて、とりあえず外に出るか。腹も減ったしな」
ギンコは気軽そうに言うと、荷物をまとめ、立ち上がった。動こうとしない私に、再度声をかける。
「ほら。お前さんも腹減ったろ」
そう言われても正直ぴんと来なかったが、反抗する気もさらさらないので、立ち上がり、彼に付いていった。