問題児たちが異世界から来るそうですよ?  ~無形物を統べるもの~   作:biwanosin

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ねぇ。その葛藤を、どうやって乗り越えるのかな?


一族の物語 ―交わした約束― ②

そこに現れた式神の形は、まるで異なるものであった。

当然だろう。一輝の使役する式神は彼の一族によって生み出されたもの。その血筋にとって最も操りやすい形になるよう、調整されている。

それに対し、久遠飛鳥が従える式神は安陪清明から譲られたもの。陰陽の神によって彼女が使いやすいよう調整されているとはいえ、ベースにあるのは彼の技術。

異なる形を示すのは、道理であった。

 

にもかかわらず、戦場における式神の動きはとても似通っている。一輝は経験から、飛鳥は指導によって。それぞれ「率いるもの」としての最適な行動をとっているのだから。

さて、この戦場。それは結果として、いかなる形を取るのやら。それは是非とも、君たち自身の目で確認してほしい。

 

 

 

 ========

 

 

 

《ギリギリにも、ほどがある……!》

 

はたから見れば、その戦況は互角であるように見えた。しかし実際には、この上なく残酷な状況である。

一つ目に、式神を操る能力そのもの。これには経験の差が存在していたのだが、飛鳥はそれを己のギフトによるブーストで補助している形だ。力技でしかない。

二つ目に、総戦力の差。飛鳥は限られた時間、限られた費用の中で準備するしかなかったのに対して、一輝は箱庭に来る前から保有していたものに加え箱庭に来てからも作成していただけでなく、それが尽きれば檻の中の妖怪を召喚出来る。救いは霊獣クラスは既にほぼ放出しており、自身にはアルマとディーンがいることだろうか。

そして最後に、指示する者自身の強さ。久遠飛鳥本人はさして強くないため隙を見せられず常に守りを固める必要があるのに対して、彼は何かが襲ってきても自分で対処できる。

 

《それでも、私がやるしかない》

「第一部隊、突撃!」

 

笛を振るい、一定数の式神へと突撃命令を下す。死兵前提の命令であるためすぐさま同数の式神を展開しつつ、自分の役割を再確認する。

 

『まず最初、お兄さんは鬼道の当主として……もっと言えば、ぬらりひょんの力を体現する者として戦ってくる。百鬼夜行を、己の部下を従え指示する存在としてね』

 

なぜなら、それが鬼道という一族の力の本質にあたる部分であるため。契約し、その力を得て、アレンジされたとはいえ本質はぬらりひょんのものなのだ。そんな鬼道の一族の正体を語られた以上、彼らの在り方はそのように固定される。これが、このゲームに仕組まれたギミック。正体不明だったそれが明かされた以上、これ以上の秘匿は不可能であり。主催者はその霊格に従って動かざるを得ない。

 

『この三人でお兄さんに挑戦する以上、こうやって相手の力に制限をかけるのが最適解。アジ=ダカーハのようにその力を認められたとしてもゲームへの挑戦権は得られるけど、それは“己を滅ぼしうる脅威”への緊急措置だから、『一輝』としての全力で戦えてしまう。そっちへの勝ち目は……高く見積もっても0パーセントかな!』

 

笑顔ではっきりそう言われてしまえば、腹が立ったとしても言い返せるものではなく。不利な戦いであると知ってなお、その挑戦を続けなければならない。

 

『今警戒しなければならないのは三つ。一つ、いつ式神の群れに木っ端妖怪が混ざるのか。二つ、一輝くん本人への攻撃を行わない。そして三つ、いつ彼が呪術を使用してくるのか』

 

それらへと完璧な対処をすれば、強制的に上げられる出力の差によって力技ではあるもののどうにか押し切ることが出来る。それらへの対処を間違えれば、自分は一瞬で消滅しかねない。ギリギリの綱渡り。

 

「式神混成・狼刀(ろうとう)、急急如律令」

「押し潰しなさい、ディーン!」

 

そして、三つめが使用された。言葉には力が宿る、故にその術名は術の在り方を体現しているはず。狼の刀。武装か特殊な式神か。こちらから干渉しない限りゲームルールによって彼本人は攻撃できないので、後者で間違いない。式神の域を出ていないのであれば、ディーンに敗北はない。しつこく食らいつかんと迫る刃は、拳によって叩き潰された。

 

攻め手を繰り出してくると同時にそれを叩きつぶし、さらにディーンの巨体によって敵の行動も遮られた。この瞬間が、またとない好機!

 

「アルマ!」

 

すかさず、乗騎へと命令を下す。聡明な彼女はその意図を正しく読み取り、地面に降りて主を降ろす。手をついて、ギフトを行使。土地へ疑似神格を付与することによって、神殿構築を行う。急げ、だが急ぎ過ぎて土地の霊格を焼き尽くすな。

 

「構築、できた……!式神よ!」

 

自らの領域を作成し、それに合わせて式神を追加展開する。戦うための準備を整える。樹々や土地もさらに掌握、これで……!

 

「ふぅん、器用なもんだ。神霊がルーツにあるとはいえ、ここまで見事にやるもんか」

 

攻め手に移れる。そう考えたところで、飛鳥とアルマの背後から一輝の声が聞こえてくる。飛鳥が振り返るのと同時に、アルマが一輝と飛鳥の間に入りこむ。

 

「……そう言えば」

 

平然と式神を展開し配下を従える一輝に対し、アルマが告げる。

 

「今の貴方の在り方は、百鬼夜行の主たるぬらりひょんの物。他人の領域に入りこむのはお手の物と言うわけですか」

「ま、そう言うこったな。むしろルーツ的にはこっちが本質と言っても過言じゃないし」

 

言いつつ、手に握る神刀・獅子王を逆手に握り地面へと突き立て、

 

「神殿にあるべきは、純粋な神霊だろう?」

 

構築された神域を奪い取りにかかる!

 

「アルマ、追い出して!」

 

それをされてはたまったものではない。準備が整っていない段階だが、それでも一輝への直接攻撃を指示する。躊躇うことなく式神を盾にするが……まぁ当然、突き破られる。引き抜いた獅子王を追加で盾とし、自らも後ろへ飛んで回避する。

 

「はー、やっぱり(しもべ)のレベルがアルマやディーンと比べると低すぎるなぁ」

 

呟きつつ、率いる者として檻から妖怪を召喚していく。神殿を奪えなかった以上式神も妖怪も大して役には立たないが、それでも率いる者として召喚をしなければならないのだ。

 

「あら、そうと分かった上であの配下たちを送りこんだのではなくて?」

「いやはや全くもってその通り。そうと分かった上で、あれくらいの数差し向けないといけない辛さが分かるか?」

「知ったことではないわ。そんなゲームを開催したのは貴方でしょう?」

「このゲーム、別に俺がルール設定したわけじゃないんだけどなぁ」

 

 

 

 ========

 

 

 

駆ける。駆ける。駆ける。

森の中を駆け、背後や横を走るそれらの影に追いつかれまいと全力を尽くす。相手は数も質も高い。一対一であれば確実に勝てるとしても、数が集まればそれは力になる。だから、今の選択肢は……

 

「そこ……ッ!」

 

マルコシアスの恩恵。それをフルに活用して、迫ってきた敵を蹴り飛ばす。当たってから、それが是害坊であることに気付いた。絶好の機会、空を飛べる相手はここで潰す!

 

「これで、終わり……!」

 

鷲獅子の恩恵。その勢いを乗せ、蹴り飛ばした是害坊の腹部へ再びの痛撃。次の狙いは、

 

「首、取った!」

 

体勢を立て直す前に、トドメの一撃。首へ足をかけ力づくでへし折った。そして、

 

「次……!」

 

差し向けられた霊獣は七体。是害坊は今倒したので、残りは白澤、ユラン、九尾、パロロコン、ダイダラボッチ、八面王。空を飛べるのはパロロコンとユランの竜種二体。そこを抑えれば、有利はこちらのものになる!

 

「すぐに、片付ける……!」

 

首元の生命の目録へ手をかける。特殊勝利条件、その内容ゆえに一人が役割を果たしたところで意味は無い。それでも、同士が問題なく勝ち残ると信じて……!

 

 

 

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持ち前の身体能力を使い、逃げながら攻撃を避ける。白い竜の拳をいなし、三面六臂から放たれる武器の数々は刃の有無を確認して対処する。

 

《やっぱりそうか……脅威としては、蚩尤が圧倒的に上だ》

 

そんなことを何度か繰り返し、十六夜はそう判断した。

 

後衛を担当している、中華の軍神・蚩尤。十六夜が樹木に囲まれた場所を逃げ続けているためだろう、彼は現在人間体で追ってきている。十代前半程度の身体でありながらそこに宿る力は生命の埒外に存在し、保有する権能によって『武器』と分類されるもの全てを作り出し用いることができる。銃をはじめとする「刃物」の概念が存在しない武器を権能で作りだされれば、それは彼にとっても十二分な脅威となる。

 

それに対して、前衛を担当。三頭龍の姿で追ってくる彼はどうなのかと言えば……はっきり言って、大きく劣る。だからと言って弱いというわけではないが、今の彼は十六夜一人でも倒し切れる可能性が存在するレベル。何故そんなことになってるかと言えば、

 

「なぁオイ絶対悪の魔王サマ!随分と戦いづらそうじゃねぇか!」

『魔王ではない。元魔王、現ノーネームの執事だ』

「……いや、オマエそんなキャラだったか?」

 

すっかり一輝に毒されたというか、なんと言うか。だがそれはそれとして、

 

「疑似創星図が使えない、ってのは随分と不便なもんだな!」

『否定はすまい。あれが私の魔王としての脅威を高めていたのは事実だ』

 

今回は特殊ルールによって、「参加者を対象とする疑似創星図の使用」が禁止されている。それ故になのか一輝の檻の中に残しているのかは定かではないが、なんにせよ彼は疑似創星図を使うことが出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

さて、そうであるのなら。この神霊二人は、

 

《想定通り、俺の手で十二分に倒し切れる》

 

焦るな。この神霊二人には確実に勝てる。

急げ。自分の役割はまだ先だが、それでも早く倒し切らなければならない理由がある。

 

この二人を倒す手段は決まっている。であれば後は、それを用いることのできる状況までどのようにして追い込むか。今の彼は、そのための手段を無数に保有している。

高い思考能力を用いて、対策を組み立てる。神霊二柱の撃破などと言う普通であれば不可能でしかないミッションに対し、彼はこの上なく冷静だった。

 

 

 

 ========

 

 

 

「まぁ、とはいえ、だ。もう手が無いとは、一言も言ってないぞ?」

 

などと告げ。飛鳥の式神に倒される妖怪たちに見向きもせず、己が内へ意識を向けた。

 

「天秤を此処に成せ」

『ッ、マズい!!』

 

いつ攻め込むかと考えていたアルマは、その言霊で全てを察した。そう、彼の内に封じられた埒外は、まだ存在する!

 

「汝、善悪の天秤を成す者。汝、天秤を釣り合わせる者。汝、何一つ望まぬ機械」

 

狙いがバレたことにはもう気付いている。それでもなお、言霊を途切れさせることはない。不意を突くことが目的ではなく、対抗策を準備することが目的なのだから。

 

「さぁ、降臨せよ。傀儡・ユースティティア!」

 

瞬間。一輝の体から金色の光が漏れだし、それが一点に集まりだす。その総量は、蚩尤やアジ=ダカーハと変わらない……ユースティティアの名に恥じない、神霊のもの。

光が集う。形を作る。情欲を誘う肉体を白の衣で包み、目隠しと剣を身に着けた、一柱の女神。返却したが故にその手から天秤は失われているが――その能力値は、この場において翳むことのない水準に存在する。

 

「さてさて。自我は封じてるとはいえ、コイツは本物の神霊……それも、本来箱庭ではありえない制限なしの神霊だ。そっちの戦力には、釣り合うんじゃないか?」

 

指から伸びる呪力の糸を繋ぎ、うっすらと笑みを浮かべながらそう告げる。その様を見て、なるほど確かに今の彼は神霊なのだと飛鳥は理解した。

 

《彼やその先祖たちが殺めてきた異形。その魂を捕え、永遠に使役する術……となれば当然、こうもなるわよね》

 

アルマの背後に隠れ、樹々や式神を並べつつ、心の中でこぼす悔しさ。いつから自分はこうなったのだろうという、負の感情。否、その矛先は自分だけに向いたものではなく、コミュニティ全体へ向いたものだ。

 

もしかすると。長く彼といて、そのギフトの使用を見ていく内に誤解していたのかもしれない。

 

妖怪たちは皆、その指示の下戦っていた。そこに不満は、感じられなかった。

霊獣たちは中にはぶつくさと文句を言うものも、気だるげにする者もいたが。それでも、自ら彼に従っていた。

神霊たる蚩尤も、彼を従うに足る存在であると認め、その力を貸し与えた。

 

封印の結果を見ていく内に、誤解していたのかもしれない。

 

アジ=ダカーハ。最悪の魔王もまた、彼と殺し合い、その果てに互いを認め、討ち取られた。第二の生だとばかりに本拠で仕事を楽しんでいる様には、心の中でどこか喜びを感じていた。

そして何より、ジャック。南瓜頭の道化師(ジャック・オー・ランタン)であり、正体不明の殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)でもある、彼。自らの霊格を、功績を、贖罪を。その全てを捨て去って戦った彼は、一輝の檻へ自ら封じられた。本来失われるはずだった存在は……しかし、魂のみの存在となって、同士たちと再会した。永遠の再会とはいかなかったが……それでも、救いをもたらしてくれた。

 

そんな術ばかり見ていたから。どこか正しいギフトなのだと、誤解してしまったのではないか。

 

《だって、これは……》

 

眼前の女神、その表情を見る。苦しそうに、悔しそうに、辛そうに歪められ、同時に恐怖を抱く、そんな顔。

耀から、話は聞いていた。主催者権限を封じ、地へ縫い付け、手足を奪う。そうして一切の抵抗をできなくされた彼女を、鬼たちに喰わせた。

 

生きたまま、無限に喰われ続ける。あの感情なんてないように思えた彼女が、悲鳴を上げ、身をよじり、どうかと懇願した。それだけの行いをしつつ、さらには死を選んだ彼女の魂を捕え、人形として使役する。確かに意識は残っているのに、自由を奪われ、望まぬ行いを強制される人形として。

死者への冒涜。それも、この上なく、終わりないモノ。それを平然と行う、眼前の存在は……

 

《はぁ……今すぐにでも、飛びだしていきそうなものだけど》

 

心の中で、ため息を一つ。久遠飛鳥として『何をする、外道!』とでも吠えながら飛び出していくべき場面であるのに、それを考えもしない自分へ抱くべきは失望か諦めか。

 

《知ったことではないわ、そんなモノ》

 

それら全ての迷いを、捨て去った。

何せ、そう言う存在であることは知っていたのだ。大を捨てて自分の感情を取り、人を殺すことに躊躇いはなく、死者の魂を平然と冒涜する。自らの感性にあてはめれば許されることのない外道であり。その上で、仲間として連れ戻すと。友人として向かい入れると。同士として同じ旗の下へ、と。

……一人の人間として、認めさせてみせる、と。

矛盾を承知の上で、そう決めてここにいるのだから!

 

「ディーン!」

「DEEEEEEeeeeeeEEEEEEEEN!!!」

 

焔を走らせ駆けつける、紅の鉄人形。その忠臣の肩に乗り、飛鳥は吠える。

 

「アルマ!」

『ええい、無茶を言う!』

 

自分へと放たれた主の意図を、彼女は正確にくみ取った。故に空を駆け、一輝の前に降り立つ。

 

「おや、なるほどそう来たか」

『えぇ、貴方のお相手は私が勤めます』

「いいのかい?そんなことをすれば、神霊があっちに行くぞ?」

『あなたも神霊でしょう』

 

どっちにせよ神霊を相手にするしかない状態である。

 

『ですがまぁ、同じ神霊を相手にするにしても、貴方と今のユースティティアであれば、後者の方が可能でしょう』

「あらら、バレてら」

 

言いつつ、指から繋がる呪力を通して命令。状況に応じてある程度の働きをする、と言う程度の人形。討伐者による強制支配は当然のこととして、一定量の命令を必要とした。それをアルマテイアの相手をしつつのコントロール……二分するのが正解の状況。飛鳥はそれを、正しく読み取っていた。

 

「そういうことなら、仕方ない……とっととお前を殺して(壊して)、あっちも殺しに(壊しに)行くか!」

 

言葉と共に、抜刀。鞘から表へ出た獅子王は、同時にその姿を変える。主の体より噴き出される妖力を吸い、より肉厚で、重く、幅広の剣に。

一輝はアジ=ダカーハ戦の後、自らの戦い方に修正を加えた。より正確に言えば、いくらかの切り落としを行った。肉体も日本刀より両手剣の類が使いやすいように、調整を加えている。それ故の、形を変えるだけの妖武装。

 

「んじゃ、始めようかアルマテイア。確固たる伝承を持つお前が、俺に勝てるかな?」

『大きく出ましたね、新神(しんじん)ッ!』

 

瞬間、剣と角が衝突する。

 

 

 

 ========

 

 

 

身に着ける武器を確認する。残るのは、両手につけるガントレット。そこには、二つの宝玉。氷結と燃焼を起こす程度のそれ。十分だ、そもそも大した武器を扱えるわけではない。

状況を確認する。一輝はアルマへ剣を向け、振るいつつディーンの動きを見ている。自分の周辺では、ユースティティアが式神の軍勢を相手取っている。目隠しとしては大変優秀な状態。

一輝の様子を、改めて確認する。距離があるので、ギフトを用いて。……間違いない。

 

「悔しいけれど、ヤシロさんの言うとおりになったわね」

 

神霊としての彼は、久遠飛鳥如きを視界に入れることはない。ディーンやアルマであれば警戒されるだろうが、その主は対象外。戦力は大して存在しないし片手間で潰せる存在である、と。

 

良い度胸ではないか、ではそれを利用してやる。その心構えで、状況の観察を続ける。ここまでは何度か想定からズレてこそいたが、それでも今の状態は都合がいい。一輝から距離を取り、ディーンの肩に乗り、アルマが相手をしている。空中は飛鳥の式神、一輝の妖怪、ユースティティア。

 

よし、いけるはず。少なくともアルマが囮の役割を果たしている今なら、最悪の結果にはならない。そう結論付けて……ディーンの腕を、走る。

不安定で仕方ない、道ですらないその場所。周りで式神と妖怪が戦っているのを無視して、ただひたすらに。人間程度の身体能力しかなく、人間程度の体力しかない彼女が。本来体を動かす立場ではないにもかかわらず走るのには、理由がある。

なにせ、アルマとディーンは警戒されているのだ。故に動けば意図がばれ、警戒される。それでも、自分なら。非力極まりない自分が走るのであれば。今の彼は、それを認識することすらできない。

 

そすいて……彼女は、ディーンの掌までたどり着いた。息を整えようと、深呼吸を一つ。無理だった、だが関係ない。ここまでたどり着けたのなら、もう自分が動くことはないのだから!

 

「すぅ……“ブン投げろ、ディーン”!」

「DEEEEEEEEEN!!!!!!!」

 

忠臣へ、命令。素直に従い、カタパルトのようにしならせ、投げ飛ばす従僕。それと同時に、両手の宝玉へも命令を下す。一輝までの一直線、そこにいる妖を燃やせと命令を下し。同時に、そこへ突っ込む自分を保護するように命令を下す。燃焼と氷結の宝玉、共に砕け散るのを躊躇うことなく許容して、全力で耐える。

 

「な……ッ!」

 

時間にしてみれば、ほんの一瞬でしかない。当然だ、ディーンが投げ飛ばしたのだから。

もう眼前まで来た彼女を見て、その意図を察する。だが、気付いた時にはもう遅い。

拳を振りかぶる。若干ずれた標的の位置は、アルマが逃げ場をふさぐことで修正した。

 

「殴り、飛ばせ……ッ!!!!!!!!」

 

非力極まりない拳。それでも自らへ下した命令によって、的確に、鋭く、自分の拳を痛めながら。

 

 

それでも。最も弱いプレイヤーが、最も強い状態の主催者を、殴り飛ばした。

 




乗り越える?そんな必要、あるものですか。
だって彼は、私たち“ノーネーム”の同士なのですから。
高貴に、傲慢に、おもむろに。ただ「帰って来い」と命令すれば、それで十分でしょう?

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