艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

21 / 29
第21話 「じゅぜっぺ ①」

 

 エスペランザで久しぶりの食事をすませたスパルヴィエロは、ご満悦といった顔で

自分の艤装の修理状況を確認すべく、ネロと連れだって工廠へと向かった。

 

 工廠に近づくにつれて、中から耳を覆わんばかりの多種多様な作業音が折り混じり、

響きわたってきた。

 

【あいかわらず、喧しいところだな】

 

 四足歩行の悲しさか、耳をふさぎたくともそれもままならず、ネロは露骨に顔をしか

めた。

 

 ゲートで警備にあたっていた兵が、スパルヴィエロに気づくと敬礼し道を明ける。

 

 『工廠』と無駄に大書されたプレートを見上げながら、スパルヴィエロは扉をノック

した。

 だが、待てど暮らせど、なんの反応もなかった。

 

【どうせ、聞こえやしないだろ】

 

 スパルヴィエロはネロの声にうなずきながら、扉を押し開けると中をのぞき込んだ。

 むっとするほどの熱気が全身を包み込み、先ほどに倍する騒音が鼓膜を直撃する。

 スパルヴィエロは眉をしかめると、思わず両手で耳を覆った。

 

【ったく、ここまでくると、音波兵器だな】

「ネロさん、これを」

 

 苦痛に顔をゆがめ、頭を振りはじめたネロに近づくと、スパルヴィエロは心配そうな

顔をしながら、手にした布切れをネロの両耳に押し込んだ。

 

【……ありがとよ】

 

 機械油の染み込んだボロボロのウエスを横目で見ながら、とりあえずネロは感謝の意

を伝えた。

 

 多少騒音に対する耐性ができたため、スパルヴィエロとネロは好奇心にかられ、工廠の中を眺め回した。

 

 入り口から入ってすぐ右側には、高さ3メートルもあるスチール製の棚が、建物の奥

まで一列に並んでいた。

 ところどころ梯子の立てかけられた棚の前には、ドラム缶や段ボール、木箱といった

物が無造作に積み上げられており、蓋の開いた箱をのぞき込むと、ボルトやナットに

ベアリング、それに何に使うのか皆目検討もつかないパーツが詰め込まれている。

 

 棚の反対にある壁際には先ほどの熱気の正体、巨大な溶鉱炉が稼働しており、

ドロドロに溶かされた鉄が燃え盛る川のようにガイドを伝い、下に設置された型へと流し込まれていく。

 炉のそばに、いくつかの人影が見えたが、高熱のせいでその姿はおぼろ気に揺れ動き、まるで蜃気楼のように見えた。

 

「ふぅ」

 

 あまりの暑さに、スパルヴィエロは額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、逃げる

ように溶鉱炉から離れた。

 

 建物の左奥には、高さ2メートル、幅1メートルほどの分厚い鉄製の板が20枚ほど、

規則正しく並べられていた。

 それは、艦娘たちの装着する艤装のメンテナンスや修理、そして平時にそれらを格納

する“ハンガー”であった。

 

 ハンガーの横には、旋盤や放電加工機といった様々な工作機器が置かれ、壁際には

溶接に使うガスボンベがラックに立てかけられ、ズラリと並んでいた。

 

 その奥は、作業用のスペースになっているようだった。

 オレンジ色のツナギを着た人影が床にしゃがみ込み、手にした大振りのハンマーを

苦もなく上下させている。

 

「あっ、いた」

 

 スパルヴィエロは顔を輝かせると、忙しそうに足下を走り回っているツナギ姿の妖精

たちに気をつけながら建物の奥に向かった。

 

「ジュゼッペさ~ん」

 

 スパルヴィエロは口元に片手を当て、お目当ての人物に声をかけるが、作業に没頭しているのかまるで反応がない。

 

「むぅ」

 

 今度は両手を口元に当て声の限りに叫ぶが、結果はやはり同じだった。

 

 

 スパルヴィエロは鼻孔を限界まで開くと、めいっぱい息を吸い込む。

 ただでさえデカい胸が、肺にため込まれた空気のせいで、さらに一回り大きくなる。

 

 

 

「ジュゼッ……ひゃあッ!?」

 

 

 艦娘としての能力か、それとも単に生存本能が第6感レベルまで高まった結果なのか、

うなりを上げて飛来する黒い塊を、スパルヴィエロは間一髪で回避した。

 

 背後で鉄同士がぶつかり合う、鈍く重苦しい音が響き渡る。

 風圧でちぎれ、はらはらと宙を漂う髪を視界の端に捕らえながら、スパルヴィエロは

ゆっくりと背後に目をやる。

 

 10メートルほど後ろに置かれていたドラム缶から、ハンマーの物とおぼしき木製の柄が垂直に生えていた。

 

 

「あ~、ごめんごめん」

 

 

 背後から、少女のものと思われる、快活な声が聞こえてきた。その声音には、まるで

悪びれた様子は感じられない。

 

 オレンジ色のツナギに身を包んだ少女は、「よっこいしょ」とつぶやきながら、両手を膝に当て立ち上がる。

 

「いや~、手がすべっちゃってさぁ」

 

 少女からドラム缶まで、目測で優に50メートルは離れていただろう。

 

 

 ずいぶんと、豪快に手がすべったものである。

 

 

「ホント、当たらなくてよかったよ」

(いま、当てる気、満々じゃなかったデスカ?)

 

 

 もし、とっさに避けていなかったら、間違いなくあのハンマーはスパルヴィエロの眉間に直撃していただろう。

 自分の頭が無惨に四散する光景を思い浮かべ、背筋に冷たい汗が流れ落ちた。

 

 少女は立ち上がると、頭上で手を組み伸びをはじめた。

 よほど長時間、同じ体勢で作業していたのだろう。体のあちこちから、小気味よい音が聞こえてきた。

 

「ん~」

 

 満足げに一声発すると、少女は首に巻いたタオルで汗を拭きながら振り向いた。

 

 ツナギと同じ明るいオレンジ色のおさげが、肩のあたりで揺れている。

 まん丸い黒縁の眼鏡の奥で、くりっとした緑色の瞳が知的な光を宿し、そばかすの

浮かんだ顔や少し太めの眉が印象的な少女だった。

 

 

 室内はかなり気温が高かったが、少女はツナギのファスナーを律儀に首もとまで引き

上げていた。

 

 

 首を左右に曲げ、コキコキと盛大な音を立てながら、少女はゆっくりとした足取りで、一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 

 

 このときになって、ようやくスパルヴィエロは、前に少女と交わした“約束”を思い

だした。

 

 

 

 事情を説明しようとしたが、恐怖のためか口が強ばり思うように動かない。

 いつの間にか、工廠に鳴り渡っていた雑多な音が聞こえなくなり、少女の足音だけが

スパルヴィエロの頭の中に木霊する。

 

 気がつくと、少女は乾いた笑みを浮かべ、スパルヴィエロの目の前に立っていた。

 

「ひっ!……あれ?」

 

 スパルヴィエロは、とっさに目を閉じ体を竦ませるが、何も起こらない。

 そ~と、片目を開けると、目の前にいるはずの少女の姿が消えている。

 

「よっ、と」

 

 背後から声が聞こえ反射的に振り返ると、少女はドラム缶から生えた柄に手を伸ばし、苦もなくハンマーを引き抜いてしまう。

 

「さて」

 

 口を開きかけたスパルヴィエロの鼻先に、少女はハンマーを突きつけた。

 顔立ちや背格好から、少女はスパルヴィエロより年下に見えたが、眼鏡越しに睨み

つける眼光の鋭さにスパルヴィエロは押し黙ってしまう。

 

「あんたは馬鹿だから、忘れちゃったんだろうけどさ。あたしの名前は“ミラーリア”

だから」

 

 少女は手にしたハンマーをくるくると回していたが、先端を肩に当てると軽く叩き

はじめた。

 

「次にあたしのこと“ジュゼッペ”って呼んだら、このハンマーでミリ単位まで叩き延

ばすか、そこの溶鉱炉で溶かして、テキトーな鋳型に流し込むかのニ択だかんね?」

 

 少女は、大輪の花のような朗らかな微笑みを浮かべ、まるで笑っていない瞳でスパル

ヴィエロに話しかける。

 

 スパルヴィエロは、まるで溶鉱炉の真上に吊されたかのように、全身から汗を滴り落

としながら、壊れた人形にように何度も何度も首を縦に振っている。

 

 どうでもいいと言わんばかりに、ドラム缶の上で体を丸めたいたネロが、めんどくさ

そうに顔を上げる。

 

【お前の名前は“ジュゼッペ・ミラーリア”なんだから、どっちで呼ぼうが同じだろうが】

 

 

 

 

「だから、ジュゼッペ言うなーッ!」

 

 

 

 

 室内に轟く騒音をかき消し、工作艦ジュゼッペの血を吐かんばかりの魂のツッコミが、工廠の中を響きわたった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。