艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第29話 「ハジメテノ演習 ⑤」

「さて、これで攻撃は終わりかな?」

 

 額に手を当てエスぺロは周りを見回すが、肩を叩かれ振り返る。

 

「あっちは、今がヤマ場みたいよ」

 

 

 

 オストロの指さす方に目を凝らすと、1隻の艦娘が洋上で奇妙な踊りを舞っていた。

 

 

 

「ひぃいいいいっ! きゃああああっ!?」

 

 

 

 それは悲鳴を上げ、迫りくる魚雷や爆弾から右往左往しながら逃げ回るスパルヴィエロであった。

 

 

 ふだん妖精たち(艦載機)から恨みでも買っていたのか、はたまた単に的がデカいから当たりやすいと思われたのか、10機近いフィアットやカントから嵐のような猛攻を受けている真っ最中である。

 

 

「どうする、アレ?」

「ほっときゃいいのよ。回避訓練にはちょうどいいって」

 

 肩越しに後ろを指さすオストロに、燃えるような赤い髪をいじりながらエスペロが

投げやりに言い捨てる。

 

「だいたいアイツは、ん?」

「どしたの? あっ!」

 

 頭上から近づく重厚なエンジン音に、ふたりは同時に空を見上げた。

 真紅の複葉機が、風を切りながら一直線に降下してくる。

 

 

「んふふ、そういえば……」

「アンタが、まだいたっけ?」

 

 舌なめずりしながら、双子の艦娘は対空戦闘の用意を始める。

 

「あれ?」

 

 今まさに照準を合わせようと、天に向かって翳された主砲が、わずかに下がった。

 紅く塗られたフィアットCR42の機首が、どう見ても自分たちの方を向いていないの

である。

 

 エスペロたちは、互いの顔を見て小首を傾げた。

 

 

 

 

【悪いがタマ(爆弾)は一発しかないんでな。チョロチョロ動き回る子ネズミや、

鈍くさい牛娘に使うにゃ、もったいんでね】

 

 

 手にした主砲を振り回し、何やらわめき散らしているエスぺロたちや、ついに直撃

を受け黒煙を立ち上らせた頭を押さえ海上にしゃがみ込むスパルヴィエロにウィンク

すると、ネロは操縦桿を軽く捻りフットペダルを踏み込んだ。

 

 

【おれの獲物は……お前だッ!】

 

 

 

 

 ヨタヨタと迫る水上挺(カント501)を魚雷を発射するポイントに達する前に苦も

なく撃ち落としたルイジは、頭上から殺気にも似た気配を感じ顔を上げる。

 

 さらに加速を続ける紅いフィアットを目にするや、ルイジは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふん、目標は……私か」

【おれからのプレゼントだ。受け取りな、お嬢さん】

 

 海上に立ち止まり、こちらを見上げるルイジの姿が照準環に収まるや、ネロは手にした投下索を軽く引いた。

 吊下されていた模擬爆弾が機体からから離れ、ゆっくりと降下しはじめる。

 

 すぐに回避運動に入りながら、ルイジは目だけ上に向ける。ブラウンの瞳がわずかに

見開かれた。

 

 回避に成功すれば、投下された爆弾は、少しづつ本来の形状である楕円形に見える

はずだった。

 だが、頭上から迫る模擬爆弾は、あいかわらず真円を描いたままだ。

 

 それはいまだ、自分が爆弾の直撃コースに位置していることを意味していた。

 

「ほぉ、さすがにいい腕だな」

 

 徐々に大きくなる独特な落下音を耳にしながら、ルイジはネロの技量の高さに対し、

賞賛の言葉を口にすると、顔を上げる。

 爆弾との距離はわずかしかなく、もう回避は間に合いそうもなかった。

 

 ルイジの口角が持ち上がり、右手が音もなく動いた。

 

 次の瞬間、模擬爆弾はルイジに命中する前に、空中で小規模な爆発を起こす。

 

【ちっ、何だ今のは、対空砲……いや、違う!】

 

 ネロの耳には一発の砲声も聞こえず、機体の周りにも対空砲や機銃独特の黒煙は、

一切見あたらなかった。

 

【火砲の類じゃないというわけか……楽しませてくれるじゃないか、ええ、お嬢さんよ!】

 

 爆発した模擬弾の黒煙を突き破り、紅いフィットはなおも加速を続ける。

 

 互いの距離が数十メートルまで迫ったとき、だらりと下がっていたルイジの右手が、

再び雷の如き疾さで動いた。

 

【ぐっ!?】

 

 ルイジの右手が光ったとみるや、眼前に一条の銀線が迫る。

 

 ネロは反射的に、機体を右に傾かせる。

 次の瞬間、左の主翼に衝撃を感じ目をやった。

 連なるように上下2枚並べられた主翼のうち、下の翼が鋭利な刃物で切り裂かれた

ような損傷を受けていた。

 

 

【何だ、これは……ちっ!?】

 

 

 一瞬そちらに気をとられたネロであったが、自機がいまだ降下中であることを

思い出す。

 

 視界いっぱいに、青い海原が飛び込んでくる。

 

 ネロは折れんばかりに牙を噛みしめ、両腕に握った操縦桿に渾身の力をそそぎ込む。

 真紅のフィアットCR42は、海面スレスレで機体を立て直し、いったん距離を取り旋回

すると、ルイジめがけて一直線に突き進んだ。

 

 主翼から煙を棚引かせながら、なおも加速を続ける赤い複葉機。

 それを静かに見つめていたルイジの瞳がわずかに収縮し、口元に歓喜の笑みが浮かぶ。

 

 だがそれは、ネロとて同じだった。

 

 限界まで見開かれた金色の描眼は爛々と輝き、耳元までめくれ上がった口元から、鋭い牙がのぞいていた。

 

 

 ルイジの姿が照準環のクロスに重なるや否や、ネロはトリガーにかけた指に力を込める。

 ネロの機体がルイジの瞳に映る。だらりと下げた両手には、いつの間にか鈍い光を放つダガーが握られていた。

 

 

 

「ふたりとも、いい加減にしてくださいッ!!」

 

 

 

 怒気を含んだよく通る声が、一人と一匹の耳朶を打つ。

 視線の先に怒りのためか、はたまた爆撃による痛みのせいか、頭を押さえ涙目に

なったスパルヴィエロがこっちを睨みつけている。

 

「ネロさん!」

【チッ!】

 

 ネロはトリガーにかけた指から力を抜くと、操縦桿を軽く左に捻る。

 ルイジの右頬を掠めるように、紅いフィアットが風のように通過していく。

 

「……ルイジらしくない。これは演習」

 

 風圧で巻き上げれた黒髪をなびかせたまま、ルイジは声の方に振り返る。

 手にしたダガーは現れたとき同様、忽然と消えていた。

 

「すまん、アルマンド。少し熱くなりすぎたようだ」

 

 視線を本に落としたまま、珍しく唇を尖らし不満そうな顔をするアルマンドに

ルイジは頭を掻きながら苦笑する。

 

「まったく!」

「見てるこっちは、冷や汗モノだったじゃない!」

 

 あまりに鬼気迫るルイジとネロの迫力に、圧倒されていたエスペロとオストロが、

両手で肩を抱きながら近づいてくる。

 ふたりの袖なしのセーラー服からのぞく細い腕に、うっすらと鳥肌が浮かんでいる。

 

【聞こえるか? お嬢さん】

 

 ルイジの耳に、ネロからの通信が響いた。

 

「ああ、よく聞こえるぞ、黒猫のオジサマ」

 

 皮肉を込めて軽く切り返すと、喉を鳴らすようなくぐもった笑い声が聞こえてきた。

 

【大した腕だ、感服したぜ】

「それは、こちらの台詞だ」

【だが、次はこうはこうはいかねぇ】

 

 ルイジは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 

【今回は邪魔が入ったが、ケリ(決着)はキッチリつける。次の機会にな】

「……望むところだ」

 

 ネロの高笑いが頭の中に木霊する。つられてルイジの口元にも微笑みが浮かぶ。

 

 

「はぁ!」

 

 

 まるで懲りていないルイジとネロに、第1遊撃艦隊の艦娘たちから同時にため息が

漏れた。

 困ったような顔でルイジたちを見ていたトォルビネが、ひとりだけ真剣な面もちを

しているアルマンドに気づくと話しかけた。

 

「どうかしたんですか?」

 

 だがアルマンドは、左手を耳元に当てたまま、何も答えない。

 口をへの時に結んだまま、その視線はページに綴られた活字ではなく目の前の大海原

へと注がれている。

 

 異常に気づいた他の艦娘たちが、アルマンドのそばに近づいてきた。

 

「何があった? 答えろ!」

 

 ルイジに肩を揺さぶられ、アルマンドはようやく顔を上げる。

 頭頂の巨大なくせっ毛を揺らしながら、周りの艦娘たちを順に見渡す。

 その瞳はいつもどおり半開きで眠たげであったが、口から紡がれた声はいつになく

真剣そのものだった。

 

 

 

「……いま、司令部から緊急の通信が入った。敵の艦隊(深海凄艦)が、こちらに向かっている」

 

 

 

 

 

 アルマンドは、ぽつりぽつりと話すと、舵を左に切り西南の方角に目をやった。

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