艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第8話 「輸送船団を護衛せよ! ④」

 

 

「失礼します!」

 

 よほど慌てていたのだろうか? レシーバーをつけたまま、若い男が執務室に飛び込んできた。

 

 その手には、一枚の電文が握れられている。

 

「何ですか、ノックもせずに!」

 

 いつものファイルの代わりに、空のボトルを3本ほど抱えたトレントが、眼鏡越しに

射るような目で男を睨みつける。

 

「構わんよ、急用なんじゃろ?」

 

 また勤務中に酒を飲んでいたのがバレ、お説教をくらっていたバルドヴィーノ提督は、怒りの矛先がそれたのをこれ幸いと、男を手招きする。

 

「で、どうしたのじゃ?」

「はっ、ただいま、サルディーニャ島に向かって航行中の輸送船団より、敵深海棲艦発見の報が届きました」

 

 下士官は、いったん話すのを止めると、大きく息を吸う。

 

「なお、敵は二隊に分かれており、パンテレリア島方面から駆逐艦3、もう一方は、ボニファシオ海峡を越え、軽巡2、駆逐艦4が確認されております」

 

 

 

 老提督の表情が、瞬時に険しくなる。

 

 

 

「海図を持ってきてくれんか」

 

 トレントはすぐに、大判の海図を執務机の上に広げた。

 

「で、輸送船団は、どこら辺におるのかの?」

「さきほどの報告では、輸送船団はすでに待避行動をとっているようで、現在この辺りを航行中のはずです」

 

 のぞき込むように男が指し示した一点を見ていた老提督は、口ひげをいじりながら満足そうに微笑んだ。

 

「現在位置から考えますと、スパルヴィエロたちがこちらの制海権に到達する方が早いと考えますが」

 

 すばやく、両者の距離と速度から計算したトレントが、安堵の息をつきながら進言する。

 同時に、この切迫した状況のなかで、的確な行動をとったスパルヴィエロの判断力に、トレントは驚きを隠せなかった。

 

「だがそれも、予期せぬ事態が起きなければ、じゃがな」

 

 トレントが我に返ると、バルドヴィーノが海図を睨んだまま、何か思案しているよう

だった。

 

「提督?」

「……ルイジの艦隊は、今どこらへんにおるかの?」

「第1遊撃艦隊、ですか?」

「うむ」

 

 トレントは一冊のファイルを手に取ると、素早くページを手繰り始める。

 

「第1遊撃艦隊は、現在、シチリー島近海の、哨戒任務についているはずです」

 

 トレントが指し示した海図の一点を見ると、バルドヴィーノはニンマリと笑った。

 

「よし、ルイジたちには悪いが、念のためにもうひと働きしてもらうとするかな」

「しかし提督、わざわざ第1遊撃艦隊を差し向けなくとも……」

「念のため、と言うたじゃろ? それにな」

 

 バルドヴィーノは、まるでいたずらっ子ような笑みを浮かべた。

 

「なるべく、早く顔を合わせておいた方が、後々のためにも良い、とわしは思うんじゃよ」

「あっ」

 

 トレントは、ようやく老提督の意図に気がついたようだった。

 

「ルイジの艦隊に、至急、輸送船団の救援に赴くように打電してくれ……ああ、平文で

構わんぞ、とにかく急いでな?」

「は、はっ!」

 

 ひとりだけ事情を知らず、たたずんでいた男は敬礼をすると、慌てて無線室へ向かって走り出した。

 

 

◆◆◆

 

 

 進路を変更し、輸送船団は、一路ナポリに向かって航行していた。

 

【よし、これからおれたちは、接近中の敵艦隊への攻撃に向かう!】

「ちょ、ちょっと待ってください、ネロさん!」

 

 ネロはいぶかしげに眼下に目をやる。

 洋上で、スパルヴィエロがこっちに向かって、必死に両腕を振っていた。

 

 

【何ぃ、おれたちは、直援だと?】

「はい!」

【しかし、軽巡を主力とした艦隊が……】

「あれは、じゅうぶん振り切れます。それより、ネロさんたちには、もっと重要な任務があるはずです」

 

 

 スパルヴィエロの言わんとすることが理解できず、ゴーグルの奥で、ネロは眉を寄せた。

 

 

「もし、この海域に第3の敵……つまり潜水艦がいたらどうするんですか?」

 

 敵艦隊の動向と攻撃にばかり気をとられ、スパルヴィエロに指摘されるまで、敵潜水艦の存在を失念していたネロは、言葉を失ってしまった。

 

 ほんらいなら、潜水艦からの不意の攻撃を回避するためには『定期的にコースを変える』『つねにジグザグに動く』などが有効であるが、敵の追撃を受けている現状では、そんな余裕はなかった。

 

わたしたち(輸送船団)には、敵の潜水艦を事前に察知することはできません。まして、それを撃退できるのはネロさんたちだけなんです。だから、ここは我慢して……」

 

 スパルヴィエロは、まだ話しかけていたようだが、操縦席で苦虫を噛みつぶしたような顔で、ヒゲをいじっていたネロの耳には届いていなかった。

 

 

(まったく、あんな青臭い小娘に指摘されるまで潜水艦の存在に気づかんとは……おれ

もヤキが回ったもんだな)

 

 

「ネロさん、どうかしたんですか?」

 

 問いかけに応じず、沈黙したままのネロを案じて、スパルヴィエロが再度、通信を試

みてくる。

 

【聞こえてるよ!】

 

 ぶっきらぼうに一言だけ答えると、ネロは意識を集中する。

 

 

【よし、各機、高度を下げ、僚機を視認できる限界まで距離を開け。敵艦隊はもちろん

だが、とくに潜水艦の接近に注意せよ!】

 

 ネロの指示に、12機のフィアットCR42はいっせいに機種を下げはじめた。

 

【とりあえずはこれで良し、か。なあ、せめてこの状況を司令部に報告したほうがよく

ないか?】

 

 気持ちを切り替え、部下たちに続くべくネロはフットペダルを踏み込み、握った操縦桿を軽く押し込みながら、スパルヴィエロに問いかけた。

 

「それでしたら、もう打電し終わってます」

 

 間髪入れず、スパルヴィエロから返事が返ってくる。

 

【……左様ですか】

 

 ネロは、スパルヴィエロ手際の良さに内心舌を巻きながら、軽く肩をすくめてみせた。

 

 

◆◆◆

 

 

【まいったな】

 

 ネロは下を見ながら、顔をしかめた。

 

 眼下では、一路ナポリに向かっていたはずの輸送船団が完全に動きを止め、波間を漂っていた。

 バルドヴィーノ提督が懸念した『予期せぬ事態』がじっさいに起きてしまったのだ。

 

「やはり動きませんか?」

「はい」

 

 スパルヴィエロに問いかけられた輸送艦娘が、泣きそうな顔で答える。

 少女の艤装に不具合が生じたらしく、脚部に取り付けられたスクリューが、まったく

動かなくなってしまったのだ。

 酷使しつづけた反動か、おそらくスクリューと機関を繋ぐシャフトに何か異常が生じたのであろう。

 

 だが、このような洋上では、修理もままならなかった。

 

【各機、警戒を密にしろ! 目ん玉見開いて、敵の動きに注意するんだ!!】

【了解ッ!】

 

 今、敵から攻撃を受ければ万事休すである。

 ネロの指示に、護衛戦闘機隊の動きがにわかに活発になる。

 

 刻一刻と時が過ぎていくなか、考え込んでいたスパルヴィエロは、意を決したように顔を上げる。

 

「みなさん、荷をすべて捨ててください」

 

 スパルヴィエロのとつぜんの提案に、輸送艦娘たちが一様に驚いた顔になる。

 

「なっ!?」

「そんなこと、できません」

「みんな、この物資を待っているんです!」

「そうです、これは大切な……」

 

「みなさんの命だって、大切なんです」

 

 異口同音に異論を唱える輸送艦娘たちだったが、スパルヴィエロが諭すような口調で

話しかけると、みな口を閉ざしてしまった。

 

「たしかに、この物資は大切なものです。でも、みなさんにもしものことがあれば、

それさえも運べなくなってしまうんですよ?」

 

 輸送艦娘たちは、黙ったままスパルヴィエロを見つめていた。

 

「今は、生き残ることを第一に考えましょう。生きてさえいれば、また物資は運べます」

 

 微笑むスパルヴィエロを見ていた輸送艦娘たちは、あきらめたように、無言のまま背負っていたリュックや、両手に下げたバッグを海に投棄しはじめた。

 

─ 不味いぞ、スパルヴィエロ ─

 

 空母と妖精だけが通話に使える特殊な思念を用い、ネロがスパルヴィエロに話しかけてきた。

 

─ どうかしたんですか? ─

─ 両翼に展開した部下から連絡があった。パンテレリアから向かってくる駆逐艦は、

なぜか、(速度)が落ちたようなんだが、ボニファシオ経由の軽巡艦隊の方には、このままだと、

完全に追いつかれる! ─

 

 

 

「……そう、ですか」

 

 

 

 

 周りを素早く見回していたがスパルヴィエロは、何かを決意したような顔になる。

 

 

 

 

 

 

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