艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第9話 「輸送船団を護衛せよ! ⑤」

「ここはわたしが、引き受けます。みなさんは、早くナポリに向かってください」

 

 スパルヴィエロが何を考えているのか、瞬時に察した輸送艦娘たちが周りに集まって

くる。

 

「そんな、無茶です!」

「そうです、危険すぎます」

 

「だいじょうぶです。わたし、こう見えてもけっこう頑丈なんですよ?」

 

 スパルヴィエロは、片腕を曲げて(極貧の)力こぶを作ってみせる。

 

「あっ、それから……これをお願いします」

 

 そう言いながら、スパルヴィエロは腰に手をやり、矢筒を差し出した。

 

「もうこの娘たち(カントZ501)は、疲れきっていて戦えません。だから……」

 

 

 

 

 空母が自ら(艦載機)を手放すということが、何を意味するのか? 

 

 

 

 

 輸送船とはいえ、同じ艦娘である少女たちにも、スパルヴィエロの考えていることは

十分すぎるほど理解できた。

 弓と矢筒を受け取った輸送艦娘の両目に、みるみる涙がたまっていく。

 

「さ、急いでください」

 

 スパルヴィエロはそっと指を延ばすと、つぶらな瞳の端に浮かんだ涙を、そっと指先

で拭いとった。

 

「ネロさん」

 

 スパルヴィエロは、頭上を振り仰いだ。

 

 ネロは、スパルヴィエロが行おうとしていることが自殺行為だと分かっていても、一言も口を差し挟まなかった。

 

 ほんらいなら、敵艦隊への誘引を行うのは自分の役目だと思っている。

 だが、そのために船団の直援を投げだせば、万が一スパルヴィエロが危惧する敵潜水艦からの攻撃に、輸送船団を晒す危険が生じてしまう。

 

 

 それが分かっていればこそ、ネロは黙って耐えていた。

 

 

「あとは、お願いします」

【……スパルヴィエロ】

 

 ひとり背を向け、走りだそうとしたスパルヴィエロの動きが止まった。

 

【このチビたちを送り届けたら、すぐに戻ってくる。それまで、無茶すんなよ】

 

 スパルヴィエロは、満面の笑みを浮かべると、今度こそきびすを返し、敵に向かって

白波を蹴立て進みはじめた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 さきほど発生した雨雲はみるみる大きくなり、今は頭上をすっぽりと覆ってしまっている。

 

 スパルヴィエロは視線を戻すと、こんどはゆっくりと周りを見渡した。

 日の光を遮られ、鈍色に見える海原が、どこまでも続いている。

 

「……海って、広いんだな」

 

 なんとも暢気なセリフが、スパルヴィエロの口をついて出た。だが、それとは裏腹に、スパルヴィエロの体は小刻みに震えていた。

 

 思い起こしてみれば、艦娘として覚醒してから数ヶ月が経つが、スパルヴィエロの

そばには、つねに随伴艦の姿があった。

 こうして広大な大海原を、単艦で航海するのは初めての経験だった。

 

 まるでこの世界に、ただひとりだけ取り残されかのような孤独感。

 

 

 

(あっ、これって……あの)

 

 

 ソレは、時折スパルヴィエロを襲う『自らの存在の希薄さ』と『あの夢』に似た

感覚だった。

 

 だが、スパルヴィエロはすぐに、眉を寄せ、顔をしかめる。

 

(でも、この感覚は何か違……つッ!?)

 

 その時、まがまがしいほどの異形の『気』が、スパルヴィエロの思考を強制的中断させた。

 

 ひたいに手を当てながら、顔を上げる。

 水平線に、複数の黒点がいくつも浮かび上がる。

 

 

 

 人にして、人に非ざるモノ。(ふね)にして(ふね)に非ざるモノ。

 

 

 

 スパルヴィエロは唇を噛みしめ、出現した深海棲艦たちを睨みつけた。

 

 

 

 視界内に敵艦隊を確認したとたん、スパルヴィエロは真横に進路を変えた。

 

 

 

 そのまま直進し、しばらくして横を見る。

 深海棲艦たちは、スパルヴィエロと併走していた。

 

「よかった、こっちに食いついてきてくれた」

 

 スパルヴィエロを無視して、輸送船団を追撃する。

 考えていた最悪のシナリオを回避できたことを知り、スパルヴィエロは安堵のため息

をつく。

 だが、同時にこのシナリオの先には、バッドエンドしかないことも、スパルヴィエロは理解していた。

 

 敵の艦隊は、軒並み30ノット以上の速力を出せたが、対するスパルヴィエロは、せいぜい18ノットしか出せない。

 

 ナポリに引き返そうがサルディーニャに進もうが、目的地に達する前に、敵の砲火に晒されるのは目に見えていた。

 

「でも、ここで諦めたら、生き残る可能性はほんとうに『ゼロ』だ!」

 

 スパルヴィエロは、ガクガクと震えはじめた膝を力いっぱい叩くと、もっとも距離の

短いナポリに向かって、再び進路を変えた。

 

           

 

◆◆◆

 

 

 

 頭上から鼓膜を破らんばかりの轟音が響いたとたん、スパルヴィエロのすぐそば、

数メートルの地点に巨大な水柱が3つ上がった。

 

「あうっ!?」

 

 とっさに“障壁”を展開するが、もとが客船改造の空母であるためスパルヴィエロ

の防御力は、他の艦娘と比べると明らかに劣っていた。

 直撃こそ回避できていたが、今まで受けた数発の至近弾だけでも、スパルヴィエロは

深刻なダメージを受けていた。

 

 反撃しようにも、彼女の武装は数基の広角砲しかない。

 対空戦闘ならいざしらず、対艦戦闘など望むべくもなかった。

 

 もはや、勝敗は決したと判断したのだろうか。深海棲艦たちは、じりじりと距離を詰めはじめた。

 2隻の敵軽巡は正面に陣取り、駆逐艦はスパルヴィエロの退路を断つように、左右に

回り込みはじめる。

 

 霞む視界の中で、軽巡が主砲を持ち上げるのが見えた。

 その砲口から閃光と黒煙が立ちのぼった瞬間、スパルヴィエロは最後の力を振り絞り、飛行甲板を体の前に展開する。

 

「くッ!」

 

 激しい衝撃に襲われた瞬間、スパルヴィエロは、猛烈な勢いで吹き飛ばされ、海面に

叩きつけられてしまう。

 一瞬意識を失ったが、大量の海水を飲み込んでしまいすぐに覚醒する。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

 喘ぐように空気を求めていると、すぐそばに、無惨にひしゃげた飛行甲板が浮いていた。

 必死に手を伸ばし、しがみつく。

 もはや艤装も機能しなくなったのか、海面に立つことすらできそうにない。

 

 深海棲艦たちは、哀れな獲物に止めをさすべく、包囲の輪を縮めはじめる。

 

「……ここまで、か」

 

 絶望感がスパルヴィエロの全身を包み込むが、不思議と恐怖は感じなかった。

 

 スパルヴィエロの脳裏に、笑顔で自分を見つめる、輸送艦娘たちの姿が浮かんだ。

 

 

(わたしに出来ることは、すべてやったよね)

 

 

 満足そうな笑みを浮かべると、スパルヴィエロは静かに目を閉じた。

 

 波を切り裂き、一隻の駆逐艦が、黄ばんだ歯が並んだ口を大きく開けながら、スパル

ヴィエロに近づいてきた。

 血のような色をした口腔の奥から、一門の砲がせり出しす。

 

 だが、それが火を噴く寸前、駆逐艦の船体()に、幾つもの銃痕が一直線に刻み込まれた。

 体を一瞬震わせ、動かなくなった駆逐艦の上を、真紅の複葉機が駆け抜けていった。

 

「ネロ…さん?」

 

 スパルヴィエロは、頭上を旋回しはじめた複葉機を、朦朧としながら目で追った。

 

 突然の攻撃に、深海棲艦たちは戸惑いを見せたが、すぐに反撃を試みようとした、だが時すでに遅かった。

 

 スパルヴィエロを器用に避けるように、十数発の魚雷が陣型を立て直そうと移動を

開始した敵艦隊に襲いかかる。

 

 回避する間もなく、幾つもの爆発と水柱が立て続けに起こり、敵の姿を覆い隠してし

まった。

 

「あれ…は」

 

 スパルヴィエロは意識を失う瞬間、最後の力を振り絞り背後を見た。

 頭上に直援機を従えた五つの人影が、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

(かん)……(むす)

 

 

 

 口元に安堵の笑みを浮かべると、スパルヴィエロゆっくりとまぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

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