ダンジョンでLv.6を目指すのは間違っているだろォか 作:syun zan
白亜の巨塔の頂点、最も天に近い50階。
そこに座す二つの銀の瞳が遥か下方でゆっくりと動く二つの白い影を捉える。
見るだけで、よく分かる。
彼らの余りにも特異な魂が語りかけてくる。
「そう。あなたはまた強くなったのね……」
銀の女性は魂の言葉に呟きで返し、興奮が冷めやらないというように、蕩けた視線を注いでいた。
雲間からふとした拍子に差し込む月光が部屋を照らせば、壁一面を丸々占拠する巨大な窓硝子際に立つ部屋の主の姿が、まるでスポットライトを浴びせられたように浮かび上がる。
その姿は、まさに魔性。
「それでいい。貴方はもっと輝ける……でも、ダメよ?あまり隣の子を引き上げちゃ……」
見るもの全てを虜にしてあまりある美貌を携えた女性──神フレイヤは、自らの姿が映る硝子に手をついてカリと音を鳴らした。
神々の
「もっと、もっと輝いて?もっと、もっと沈んで?貴方達には、私に見初められた故の義務がある……」
その瞳には深い情愛と、そして自己より遥かに劣等な存在との間でのみ成立する絶対優越があった。
フレイヤは執心していた。彼ら二人に。
些細な物事なんて放り出して、彼らのもとで
フレイヤの持つ『洞察眼』というべき下界の者の───『魂』の───
その目に留まったものは、それが生前であれ死後であれ非常に幸福だ。
なにせ『美の神』と称される彼女に生きていても死んでいても永遠に可愛がられるのだから。
それが一切の自由を許されない、無限の束縛であったとしても。
「より強く、より相応しく……それが貴方達の義務」
他の神たちと同様に、気の向くままに下界に降りてきても、彼女の
子供たちの本質を、才能を、輝きを見抜き、自分の【ファミリア】に加えてきた。
そして、今、彼女のターゲットとなっている幸運な犠牲者が彼らだというだけのこと。
「私も強い男が好きよ?」
彼らを目にしたのは偶然……いや、あれほど目立つ魂の組み合わせだ、必然であったかもしれない。
だけれども、少なくともあのとき目にしたのは偶然だった。
ある日の早朝。メインストリートを歩む彼の姿を、その銀の瞳が捉えたのだ。
───欲しい。
一目見て、そう思った。
久しく感じていなかった絶頂のような興奮の感覚が湧き出し、全身を襲った。
これまでもそうだったように、アレを自分のモノにしたいという、子供のような素朴な欲求が心の奥底から這い出した。
そして、しばらくして彼の隣にもう一人が現れた。
彼もまた、フレイヤに根源的な欲求を呼び起こさせた。
その二人の魂はフレイヤが今まで見たことのないような色をしていた。透き通るような透明と、全てを飲み込んでしまった黒。
それらが混ざってしまうのか、どちらかがどちらかに染まってしまうのか、それともどちらもそのままなのか……『未知』を前にして神の興味が尽きることなどありえない。
だから、かどうかは彼女自身も良くは分からないが、
しばらく様子を見たくなった。どちらもまとめて自分の色で塗りつぶしてしまうのも面白そうではあったが、経過を見てからでも遅くないような気がした。
「楽しみだわ。貴方達がどこまで強くなれるのか、どうなってしまうのか……どんな色に変わっていくのか」
二人の姿を見つめる視線には確かに慈愛も含まれていた。ただし、歪んだ慈愛ではあるが。
「あら?……うふふ、また気付いたの?」
そして、その凶悪なまでの“愛”が込められた視線の先で、かなり小さくなっているベルが急に立ちどまった。
頻りに顔をふり周囲を見回している。
不安に襲われ、何かを探し出そうとしている素振りだ。
フレイヤが初めて白の子を見つけ、溢れる感情のままに彼を凝視していた時も、同じように彼は視線に勘付いていた。
彼の感覚は思ったより鋭いらしい。
(
そして、眼下で彼らが幾度か言葉を交わしたかと思うと、彼らの姿が視界から消えた。
「あら……もう隠れてしまったのね。残念だわ……」
おそらく、黒の子が何がしかをしたのだろう。
彼の力はなんでも出来すぎて、【ステイタス】の見えない彼女には判別できない。
でも、彼女はそれでも構わないと考えている。
飼い猫を可愛がるように自分の膝の上で撫で回すのも新鮮味に欠けてきた。
時には庭で遊んでいる何もわからない野良猫を可愛がるのもいいだろう。
所詮、そこは自分の箱庭だ。捕まえようと思えばいつでもできる。
「貴方達をものにするのは楽しみだけれども……複雑ね、来ないで欲しくもある。今この時こそが、一番胸の踊る時期なのかもしれない」
きっと、これも今までがそうであったように、手に入れたあとはいずれ関心も薄れ、彼らのことも飽きていくのだろう。
最初に感じていた期待と喜びは掠れていくものだ。感情は経年劣化する。
しかしそういうものなのだ。そう、フレイヤは理解している。
だから、次々に欲しいものは現れ、戸棚を飾る
だから、手出しは本当にたまらなくなった時まで取っておいたほうがいい。そんな風にフレイヤは考える。
「……でも、そうね。あんまりバランスが悪すぎてもいけないわね。バラバラになってしまっては困るもの……」
そう、考えている。しかし、それを実行しているかは別の話だ。
トン、と人差し指をその顎に当てて思案する。
首を少しだけ横に傾けて黙考したあと、部屋の隅に鎮座する、幅が広く、背も高い本棚に向けて歩き出す。
(そろそろ『魔法』ぐらい、使えたほうがいいものね)
フレイヤには他神によって書かれたステイタスを看破することはできないが、それでも魂の輝きから大体の傾向は分かる。
見るに、ベルの『魔力』は未だ0。それがフレイヤには少し頼りなく見えた。
だから、早速
「これがいいかしら?」
フレイヤは本棚から一冊の本を抜き出し、その手の中に収めた。
パラパラとページをめくり、中身を確認すると、彼女は満足そうに頷いた。
「オッタル」
「はっ」
彼女が一つの名を呼ぶと、厳しい声がそれに答える。
一体いつからいたというのか、猪人の大男、オッタルがそこに立っていた。
「この本を……」
と、言いかけ、本を差し出しかけたところで、フレイヤは唇を閉じ、腕を戻して手の中の本をじっと見つめた。
「どうかなされたのですか?」
「……ふふっ、いえ、何でもないわ。今のは忘れて頂戴」
「はっ」
手短に了承する眷属からは既に意識を外し、フレイヤは手の中の本に微笑を向けた。
もし、彼に手渡しでもされたら、あの少年は怯えに怯えることだろう。そして、先にもう一人が読んでしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。
そうだ、
彼に本が渡れば良いのだから。
彼らを見初めたあの場所のすぐそばで営まれている
あそこに置いておけば、いずれこの本は彼の手に渡るだろう。
薄暗い部屋の中、フレイヤは従者に見守られながらクスクスと笑みを漏らしていった。