今、古典部とその他2名を巻き込んだ、壮大な戦いの幕が切って落とされる……のかもしれない。
◇
「愚者です!」
部室の地学準備室の扉を開けるなり、古典部部長の
「ど、どうしたのちーちゃん?」
これには部員の
「はい! 私は砂を操れるらしいです!」
「操れないだろう。やれるものならやってみろ。……なんだ、漫画でも読み過ぎたか?」
「そうです! 漫画を読んだんです!」
大きくため息をこぼし、俺――
「まずは落ち着け、千反田。陽気な天気のせいで頭がおかしくなる季節はもう少し先だ。……で、最初から説明してもらえないか?」
「えっと、最初から……。どこから説明しましょう。……そうですね。以前、部員の皆さんをタロットになぞらえたことがありましたよね?」
「あったね。僕が『魔術師』、千反田さんが『愚者』、摩耶花が『正義』、そしてホータローが『力』、と」
「……俺のは当て付けだろう」
「力」は、俺が姉貴やら千反田やら
「それで昨日、タロットの名前が元となっている超能力な戦闘を描く漫画を読んでいたら、あまりに面白くて全部読んでしまったんです!」
「ぜ、全部!? あれすごい巻数なかった!?」
待て里志。その前に突っ込むべきところがあるだろう。そもそもなぜ千反田家にそれがあるのか、誰も疑問に思わないのか……。
「さすがにその超能力が出てくる3部だけです!」
「それでも10巻以上あるよ!」
「はい! おかげで寝不足です!」
その割りに千反田の目は輝いていた。……ああ、なんかわかるな。多分「続き、気になります!」とかってやめるにやめられなくなって全部読んだんだろうな。かくいう俺も読み始めてやめられなくなって一通りだけは読んだ記憶がある。
「そこに出てくる、私がなぞらえられた『愚者』の能力のワンちゃんが、もうかわいくてかわいくて……」
「か、かわいい……? ふくちゃん、あれかわいいっけ……?」
「うーん……。千反田さんの感性は独特だね」
「待て伊原、確かあれ少年漫画だろ。お前も知ってるのか?」
「当たり前でしょ。私漫研よ?」
あ、そうだった。
「とにかくかわいいんです! あのコーヒー味のチューインガムに目が無く飛びついちゃうところとか、最高にかわいいじゃないですか!」
「ま、まあかわいいかどうかはおいておくとして……」
「かわいいです!」
「じゃ、じゃあかわいいでいいわ……。あはは……」
すげえ……。あの伊原が押し切られた……。
「でもね、千反田さん。確かに『愚者』の能力は優れていたし、まあかわいいということにするにしても、味方側にそれに匹敵するか、あるいはそれ以上の能力を持つキャラがいたじゃないか。しかもそのシンボルはこの部屋にいる人間がなぞらえられてもいる」
「と、いいますと?」
「『魔術師』さ。炎を操る能力。敵にも常に危険な相手として危惧されていたそのキャラを差し置いて話を進めようだなんて、10年は早いんじゃあないかな」
言いつつ里志はチッチッチッと指を振ってみせる。それに対して千反田もここにきて少し落ち着きを取り戻したか、あるいは言い返せなかったか、ようやく一旦口を閉ざした。
「……で、伊原がつけられた『正義』はどんななんだ?」
「折木! あんた知っててわざと言ってるでしょ!」
ばれたか。俺もなんとなくだけは知っている。確か「正義」はその名に相応しくなく敵側だったはず。しかもその能力を持つ本体のキャラは……。
「私はあんな嫌味で最悪なばあさんになるつもりはないわよ!」
「でも能力自体は非常に強力だったはずだよ。……まあ摩耶花のイメージからはかけ離れてるとは思うけどね」
「だが本体は老婆だろ?」
「……そういう折木は『力』だった? あんた、それ本体人間ですらないわよ」
……なんですと?
「しかも序盤に割とあっさりやられてる。この中じゃ間違いなく最弱ね」
「異論なし。敵側だし、相当地味だよ」
「折木さんにはすみませんが……。おふたりの意見に全面同意です」
さいですか。実を言うと自分でも「『力』とかいたか」というほどに影が薄いのはわかっていた。わかっていたが、ここまでの扱いだとは思ってもいなかった。
「というわけで、ホータローは論外、摩耶花が乗り気じゃない以上、ここは最強決定戦は『愚者』の千反田さんと『魔術師』の僕の一騎討ちになりそうだね」
なんだその「最強決定戦」って。大体どうやって勝負つけるんだ。
「たとえ福部さんが相手でも負けません! 『愚者』はすごいんです!」
「なんのなんの。『魔術師』だって……」
「そこまでだ、君達!」
不意に、部室の扉が開いた。
そこに立っていたのは――げっ! 入須
「入須さん!? どうかしたんですか?」
「いや何、ちょっと用事があって来たんだがな。なにやら『愚者』だの『魔術師』だのタロットの話をして、あまつさえ『最強決定戦』とか聞こえてきた。まあ私としては不本意ではあるが、そのタロットになぞらえた呼び名がある以上、参加しないわけにはいかないと思ってな」
言ってることとやってることが無茶苦茶である。まあいいや。俺はそんなことは些事として、考えるのをやめた。
「……で、江波先輩は?」
「私はこの人の付き添いで来ただけです。でももしシンボルがほしいなら、本来ここにいなくていい存在ですので……『隠者』辺りでどうでしょう」
「『隠者』……割とあなどれないと思うんですけど。僕としては好きですよ。くせ者ですし」
「そんなことないでしょう。一番なまっちょろいと評判じゃないですか」
意外ッ! それは、江波も愛読者!
「それで、私はその話はよくわからないのだが、まさか『女帝』というぐらいだ、その能力は勿論強いのだろう?」
里志と伊原が、目を合わせた。どうしたものかと互いに目で合図を送る。
「あの……入須先輩。非常に申し上げにくいのですが……」
「割と空気な上に敵側で出てきてあっさりやられる能力です。あとチュミミーンとか言ってます」
「……え?」
ああ、なんと実に入須らしくなく、間の抜けた声であろうか。
「すみません、入須さん。昨日読んだ私でさえ、いつ出てきたかわからないぐらいです」
「しかもやられる相手の能力は『隠者』。皮肉なことに、そこにいる江波先輩ってことになります」
「……気を落とさない方がいいわ。『皇帝』だって名前の割りに冴えない能力だったもの。……後々もっと強そうに銃使う能力が出てくるわけだし」
茫然自失といった具合で立ち尽くす入須に江波がフォローを入れる。だが彼女は納得いかない様子だった。
「そんな……。だって『女帝』よ!? それこそ物凄い能力を持っているに違いないはずじゃ……」
「残念ながらそんなことはないんです」
「能力聞かない方がいいですよ。……入須先輩のイメージが壊れちゃいますから」
「と、いうわけなので、結局はやっぱり私と福部さんの一騎射ちです」
女帝、あえなく敗れる。本来の女帝からは想像も出来ない展開だ。
「……ですが、さっき福部さんは入須と私に皮肉だといいましたが、私から言わせてもらえばそちらの方が皮肉ですね」
と、不意に江波がそう呟いた。
「ん? 何がです?」
「古典部の機関誌の名は確か『氷菓』でしたよね。その『アイス』クリームという名の冊子を作る部内で、最強を争うは『愚者』と『魔術師』の2人。……まったく因果なものです」
千反田も里志も思わず「ああ」と感心の声を上げていた。というか詳しすぎるだろ江波。何者だ。
「……でも! 『愚者』は負けません! 大体『魔術師』は途中で一旦退場してたじゃないですか!」
「それを言い出したら『愚者』だって途中参加だ。そこのアドバンテージは認められないね」
そして2人はまたそんな話を始めた。この状況でもまだこの不毛な、勝利条件もわからない争いを2人は続けるつもりだろうか。……茫然自失で突っ立ってる来客の入須をさておいて。
仕方ない。「やらなくてもいいことなら、やらない」で見守ってきたが、そろそろ「やらなければいけないことなら手短に」に切り替えるとしよう。
俺は、切り札を切る。
「里志」
「ん?」
「さっきスルーされたが、俺の『力』は当て付けだろう。だとするなら、俺は千反田が言ったシンボルこそが的確と言えるんじゃないか?」
「千反田さんが言ったシンボル……?」
記憶を探っていた里志の顔色がさあっと青ざめる。気づいたのだろう。あの時千反田がなんと言ったか。
「嘘だろ、ホータロー!?」
ああ嘘だぜ、と続けたいが残念ながら本当だ。そして、記憶力のいい千反田がそれを忘れるはずがない。
「そういえば、言いました。『星』ですね」
その通り、「星」だ。その漫画の主人公のシンボルにして、単純ながら非常に強力な能力。挙句の果てに、最後には時間まで止め始める。
納得の表情の千反田。敗北を予感している里志。不機嫌そうだが文句の言えない伊原。茫然自失で突っ立ってる入須。興味のなさそうな江波。
どうやら最強が誰かは、決まったらしい。
「そ、それってつまり……。もしかしてオラオラですかーッ!?」
「……YES! YES! YES! "OH MY GOD"」
きっちりと「隠者」江波が締めた。何者だ、江波倉子、さすが抜け目ない……!
ちなみに自分が好きな話は「ダービー・ザ・プレイヤー」と「イタリア料理を食べに行こう」です。